アルファーノ 「シラノ・ド・ベルジュラック」 東京オペラ・プロデュース公演
アンドレア・シェニエの時はなかった新国のクリスマス・ツリー。
次回演目、ソールドアウトのトリスタンの時は、初日の25日だけ、このツリーが拝めるのかしら。
わたしは、違う日なので、これが見納め。オペラシティの巨大ツリーも。
楽しみにしていたオペラ公演。
中劇場を使っての東京オペラ・プロデュースの出し物は、アルファーノ(1874~1954)の「シラノ・ド・ベルジュラック」。
つい先頃、アラーニャの名舞台を記事にしました。
1年以上かけて聴き込み、DVDも観て、充分に把握してから臨んだ今回の舞台上演。
やはり、実際の舞台にのると、こうも違うものか。
そして、こうもワタクシを感動させ、虜にしてしまうものか。
邦訳がなかったもので、誤訳してたり、内容理解が不十分だったところが、舞台に接することで完全に掴むことができました。
こうした珍しいオペラを次々に取り上げては日本初演を繰り広げている東京オペラ・プロデュース。
その舞台の充実度は毎度のことながらに、手探りのやってみました、なんて次元よりはるかに高いレヴェルで、そのオペラの理想像を打ち立ててみせることに感嘆するしかない。
原語が、フランス語というイタリア・オペラ。
そんな実に難易度の高いオペラを、日本人だけでこうして上演してみせることに、わたくしは尊敬と感謝の念を捧げたいと思います。
今日は、前から3列目。かなり左手26番という席で、舞台の全貌が観えるし、オケ近すぎながらも実によい音で、良席でした。
これでもB席ですから、中劇場はいいです。
シラノ・ド・ベルジュラック:内山 信吾 ロクサーヌ:大隅 智佳子
クリスティアン:三村 卓也 デ・ギーシュ伯爵:秋山 隆典
カルボン :村田 孝高 ル・ブレ :峰 茂樹
ラグノー :和田 ひでき 家政婦・修道女:和田 綾子
リーズ・修道女:小西 美緒 ヴェルヴェール:岡戸 淳
リニエール・騎士:白井 和之 モンフルリー:八木 清市
時任 康文 指揮 東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
東京オペラ・プロデュース合唱団
演出:馬場 紀雄
(2010.12.12@新国立中劇場)
公演パンフレットにあるアルファーノの記述や、本オペラの紹介など、とても参考になり、ますますこのオペラへの理解が高まりました。
劇の筋や、アルファーノに関しましては、弊ブログのこちらの記事をご参照いただければと存じます。
今回の演出は、DVD映像でもそうであったけれど、無用な解釈を廃し、劇の時代設定と筋立てに忠実に従った、極めてオーソドックスなもので、初演ものだし、ましてシラノという実際の人物を描いたオペラだけに、わたしは大賛成。
慣れない初観劇オペラで、あれこれ解釈されちゃったら、観る方も、演じる方も大変ですから。
4幕5場で、各幕と場は、それぞれ30分たらず。
しかし、場面設定がそれぞれに異なるから、舞台転換がたいへんだ。
だから、休憩が大中小合わせて3回あり、5分の小休止もあった。
出ずっぱりのシラノ役のことを思えば、この舞台設定のための休憩は必須だったでありましょうが、ドラマの緊張がややとぎれてしまったのは否めない。
特に、3幕と4幕は、シラノの死を際立たせるためにも、連続ないしは、小休止ぐらいにして、観客は席にとどめた方がよかったかも。
でも、舞台を観ると、戦場と修道院内部とであまりにかけ離れている設定なので、機能上やむをやないのかも・・・。
1幕
クリスティアンの若い三村さん。なかなか飛ばしてまして、いい第一声でしたね。
そして、シラノの男粋溢れるカッコイイ登場は、内山さん。
大きな長い鼻。ドンキホーテばりのお髭。実にさまになってまして、出だしこそ慎重だったけれど、あの剣劇をともなうアリアはお見事。
シラノは、最初から最後まで出ずっぱりで、最後の大往生まで声を駆使しなくてはならないから、そのスタミナ配分がさぞかし大変だったのではないでしょうか。
街を隔てる門と、その街並みの背景はなかなか優れた設定でしたね。
2幕1場
人のいいラグノーを優しそうな和田さんが歌ってくれました。
ラグノーは浮気性の女房に手を焼き、料理人兼詩人ゆえに、女房に逃げられちゃうます。
DVDでも、貴族のギーシュは憎たらしいけど男前だった。
今回の秋山さんもなかなかのスノッブで、嫌な感じを出してました。
で、いよいよ登場したのが大隅ロクサーヌ。
ファンなものだから彼女の本格登場を心待ちにしてた。
シラノの気持ちを知ってか知らずか。いや、まったく知らない彼女。
少しばかりの高慢さもにおわす、大隅さんのしっかりとした歌唱に演技。
さすがであります。
2幕2場
ロメジュリならぬ、バルコニーの場。
このオペラのひとつの白眉。
アルファーノが書いた愛の二重唱は、先達プッチーニともまったく違う。
ワーグナーのトリスタンの世界にも肉薄する愛と死、そして自分の思いを封じ込めて苦悶する複雑な情熱の吐露。
内山・大隅・三村の素晴らしいトリオによる熱唱に、わたしは心が熱くなりました。
震えました。
そして、顔で笑って、心で泣いて。
背中で演技するかのようなシラノに、男ながらに感じ入ったのでございます。
3幕
殺伐とした戦地の陣営。
いつも影のようにシラノとともにいるル・ブレが、戦地をかいくぐってロクサーヌにクリスティアンになりきって書いた手紙を届けるシラノに友として忠告する。
峰さんのル・ブレは、親愛に溢れた素晴らしい友でした。
そして、元牧童の美しい笛に乗って歌う故郷の歌と合唱。
解説には、ムソルグスキーのようだとあったが、ほんとそうかも。
圧政と偽善に泣く兵士たち。
それを許すことができないシラノと、ギーシュの対立。
そして、この幕でも大隅さんの素晴らしい歌唱。
あのバルコニーの場を夢見つつ語る歌。
今日一番の聞かせどころだったかもしれない。
はりのある声と、豊かな声量、そして感情移入の的確さ。感動しまくりでしたよ。
そして、三村クリスティアンは、この幕ではやたらと悲壮感が強まってました。
ここではカルボンを歌った存在感溢れる村田さん、こちらも敵に殺られてしまうのですね。
クリスティアン亡きあと、雄たけびを挙げ、敵地に乗り込んでゆくシラノ。
その後ろ姿を巧みに演出してました。ヒロイックでした。
4幕
清涼感と荒涼感のあふれる修道院の庭。
大きな木の下には、枯れ葉が散ってる。
背景は美しい赤い夕暮れの光景。
とてもきれいでした。
しかし、わたしは、やがて来るシラノの壮絶な死を知ってるだけに、切なくてしょうがなかった。
家政婦さんと、修道女の二役の和田さん。笑顔がとても素敵なチャーミングなメゾです。
彼女に十字を切ってお祈りを受けるシラノは瀕死の重傷。
それを知らずに、編み物を続けるロクサーヌ。
シラノになりきってしまっかのような内山さん。
高音の力強さと威力。
何度か新国の舞台やオケのソロでも聴いてるけれど、こんなに立派なテノールだったとは思いもよらなかった。
かつて自分で書いたクリスティアンの辞世の手紙。
そこには、その時の涙の滲みと、クリスティアンの血のあとが・・・・。
それを淡々と読み始め、やがてそれは情熱的になってゆく。
あまりの素晴らしさに、わたしはもう涙あふれ、くちびるが震えてしまう。
そうと知ったロクサーヌが、あなただったの・・・、何故・・と大隅さんが悔恨こめて歌うとき、わたしは感動のあまり嗚咽しそうになってしまいました。
オテロの死を思わせる幻影との戦いと死を受け入れる諦めのシラノ。
そこに立ちつくす親友と愛するロクサーヌの前で、シラノは死んでゆくのでした。
DVDでは、友がシラノの瞼を閉じてあげたけれど、今回は、友の腕の中、ロクサーヌがシラノの手を取るなか静かに息を引き取りました。
残された三人は、遠くを見つめるようにして・・・・・。
ほんとうに素晴らしい上演でした。
劇場はあんまり埋まらなかったけれど、その場に居合わせた方々のすべてが、このドラマに酔い、大いなる感動を味わわれたのではないでしょうか。
トゥーランドットの補完者は、単なるアルファーノの一面で、このように素晴らしいオペラがあるんです。
そして、再度書きますが、東京オペラ・プロデュースに感謝です。
時任さん指揮するオーケストラも、全然素晴らしいのでした。
このオペラを完璧に知悉し、のめり込むようにして指揮をしていた時任氏。
こういうオペラ実力派がいるから心強いです。
第二、第三の若杉さんが輩出してきております。
いま、公演の様子を思い起こしつつ、W・ジョーンズの歌ったCDを聴いております。
プッチーニ同世代イタリア作曲家。ともかく大好きです。探訪は続きます。
新国エントランス。
誰もいない大劇場のロビー。
クリスマスツリーのみが光ってます。
そして最後は華やかに。
オペラシティ内のツリー。
毎年お目見えのおなじみです。
つりーの足元のご夫婦。
なんだか羨ましくも微笑ましいですね。
アルファーノ関連 過去記事
「アラーニャのシラノ・ド・ベルジュラック」
「アルファーノの復活」
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コメント
昨日行きました。なかなか魅力のある曲だと思います。
特に最終幕は傑作で、演奏もよく、私も涙腺が刺激されました。
大隅はほんとうに素晴らしいソプラノですね。
投稿: コバブー | 2010年12月13日 (月) 07時10分
コバブーさん、こんばんは。
ご一緒でしたか。
展開がやや唐突の感は否めませんが、筋立てもおもしろく、何よりも音楽が美しく情熱的です。
いいオペラに思います。
3幕あたりから、わたしも涙腺決壊でした。
大隅さんは、次は二期会サロメ(コンヴィチュニー)が控えております!
投稿: yokochan | 2010年12月13日 (月) 21時41分
こんにちは
オペラシティの巨大ツリーはアンドレア・シェニエのときにはもうあったのに、劇場にはなくて、ちょっとがっかりしました。きちんと待降節を待ったのでしょうか。お正月前には正月飾りに変わってしまうのかな? だとしたら、今年は出会えなくて残念です。
>「シラノ・ド・ベルジュラック」
以前の予習映像鑑賞につづいて、本番劇場鑑賞記、興味深く読みました。クラシカでドミンゴのが放送されたのを観ました。皆さんのように良く鑑賞できませんでしたが、とりあえずTBします。
投稿: edc | 2010年12月14日 (火) 08時03分
euridiceさん、こんばんは。
劇場のツリーは待降節を待ったのか、もしくは、シェニエでは血なまぐさいとか配慮したのか??
劇場の木質の光りの中で見るツリーはきれいでした。
25日で終わってしまうんでしょうね・・・。
シラノのTBありがとうございました。
このオペラ、最近のドラマのように展開が早く、舞台転換も目まぐるしいので、ある意味では印象を捉えにくいのかもしれません。
今回、徹底して観て聴いて、音楽のよさを実感できました。
アラーニャでイメージを作ってしまいましたので、ドミンゴはどうも?という感じですが、終幕を年季の入ったドミンゴ、それ以外を若々しいアラーニャ、なんてのがいいかもです。
でも、わたしもドミンゴの映像は観てみたいと思います。
投稿: yokochan | 2010年12月14日 (火) 21時21分