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2011年1月

2011年1月31日 (月)

グリーグ 交響曲 ミッケルセン指揮

Rela

千歳アウトレットモール「Rela」です。
空港のそばのアウトレットで、規模は日本最大級。
シネコンもできるみたい。
樹木の具合や雪で、ヨーロッパっぽいです。
最近は、出張がめっきり途絶え、うずうずしてます。
時おり過去の写真を棚卸しては懐かしんでるんです。

そんな思い出にひたったり、そして北国の風物に思いを寄せたりするのにぴったりの曲。
グリーグの交響曲を聴きましょう。

Grieg_symphony

グリーグ(1843~1907)の唯一の交響曲ハ短調
この交響曲は、グリーグ自身によって演奏禁止の封印を押されてしまったという件は、諸所書かれております。
わたしのような古めのリスナーには、グリーグの交響曲は、その辞書にはなく、ある日忽然と登場した幻級のシンフォニーなのだ。
1981年に蘇演され、ほどなく録音もされ、当時のロンドンレーベルから発売され、購入せずともFMで放送されたものを録音して何度か聴いたけれども、どうも印象が薄く、ドイツロマン派の流れを組んだ中途半端な交響曲との印象で終わっていた。
80年代初めに、もうそれで自分では終了していたこの交響曲。

で、ちゃんとした音源で買ってみたのが一昨年。
ヤンソンスも活躍していた録音優秀なSIMAXレーベルのものを発見し、そしてフィヨルドが、わたしの好きな夕焼けにそまっているジャケットなものだから。

何度も聴きました。
そして、やはり、これはグリーグでしかありえない音楽だと実感。
ロマン派と後期ロマン派の狭間にあった時代に、ノルウェーという民族主義に根差した独特な流儀を貫いたグリーグならではのサウンドが随処に聴きとれるじゃありませぬか。
きっちりした4楽章形式と生真面目な構成に、やや堅苦しい旋律運びがドイツ風と思わせる。
でも、何度も繰り返される1楽章の第2主題は、まるでラフマニノフを思わせる憂愁の旋律で、これを中心に進められ、とても気持ちのよい楽章。
第2楽章の白夜のようなロマンあふれる佇まいはとてもいい。
3楽章のリズミカルなところは、ノルウェーの哀愁に満ちた舞曲みたい。
終楽章が、実はいまひとつのところがあって、いっちょう盛り上げたろ、的な感じが先走って竜頭蛇尾に終わった感がなきにしもあらず。
でも、どこをとってもグリーグな気がするのは、そう思って聴くからかしら。
1864年の作品。
マーラーは、まだ4歳。
ワーグナーは、リングの半ば、トリスタンとマイスタージンガーの間くらい。
ブラームスは第1交響曲ですらまだ生み出していないお悩み中の時期。
この作品の立ち位置がおわかりいただけますか。

なにもしらない人に、ブラインド視聴してもらいたいです。

ミッケルセンという指揮者は、ノルウェー出身の中堅で、北欧・東欧を中心にかなり活躍していてCDもお国ものふくめてかなり多い。
伸びやかで、きっぱりとした中に抒情性に富んだ歌いまわし。
かの地の音楽のスペシャリストといった感じ。
オーケストラは、リトアニア国立交響楽団
とてもうまくて機能性も充分ながら、管などが少し鄙びた雰囲気なところがいいじゃないですか。
バルト三国のひとつリトアニアの首都、ヴィリニュスの聖ヨハネ教会での録音はとても響きがよろしくて雰囲気でまくり。
バルト三国は、長く大国に翻弄されたが、ソ連崩壊、独立後は、ヨーロッパの一国として、世界情勢的には北欧とされている。
地勢的な位置では、ノルウェーと全然違うけれども、大国や列強に悩まされた経緯と民族主義の勃興という意味においては同じ。
ヴィリニュスの街の画像を拾いました。

Vilnius_2 

なんだか、とても清々しい雰囲気の街じゃありませんか。

今週は、北欧特集です。

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2011年1月30日 (日)

ニールセン 「アラジン」 ロジェストヴェンスキー指揮

Tdl

どこぞの中近東の街と見えるでしょ!

実は、ここ、ディズニーシーなんです。
アラビアンコーストというアトラクションエリアのひとつで、夜になるとやたらと雰囲気ありありになるんです。

Tdl1

この歳になると、ディズニーランドにはなかなか行けなくなるもの。
子供たちに連れていってもらうようになるんだろな・・・。
これらの写真は、まさに子供に引率されて行ったときのものであります。

そして、この写真をとった時から、この雰囲気にある音楽を求めていたけれど、「シェエラザード」じゃ、あたりまえすぎるし、と思っていたところ、昨秋見つけたのが、ニールセンの「アラジン」でありました。

Niesen_aladdin_rozhdertvensky

ニールセン(1865~1931)が、コペンハーゲンの王立劇場の指揮者とつとめたのが1908~14年。
そして、2つのオペラと10の劇付随音楽を残しているから、シンフォニストとしてばかり目が行きがちだが、その神髄は劇音楽にもある。
「アラジン」もそのひとつで、後者の劇音楽のひとつ。
1919年に、王立劇場の要請で書かれた作品。
「千夜一夜物語」の「アラジンの魔法のランプ」をもとにした、同じデンマークの詩人・劇作家のアダム・エーレンシュレーアーの戯曲上演のために書かれた。

プロローグ
 貧しい奴隷の息子アラジンは仕事もしないプータローだったけれど、陽気で気のいい若者。アフリカの魔法使いヌルディンが親族を名乗ってやってくる。
彼は、古代の巻物を研究して、ランプの秘蹟を信じ、そのランプを得られるのがアラジンだけと知り、ペルシアまで旅をしてきたのだ・・・・。

第1幕
 イスファファンの市場。
アラジンの父が死に、葬送の音楽が流れている。
注意深くアラジンを探すヌルディン。
そのあと街角にいたアラジン。商人がオレンジを3つ落としてしまい、そのふたつを見事キャッチしてあげたアラジン。ところがあとひとつは、こっそりターバンの中に・・・。
そんな姿をみとめたヌルディンは、アラジンを連れて街から離れた財宝が眠る山へと連れてゆく。
その地下壕に入れるのはアラジンだけ。魔よけに指輪を与えてもらい中に入るアラジン。
山の精の歌が聴こえる。そしてランプの方からも声が聴こえる(バリトンの歌)。
目当ての銅のランプを手に入れるが、金銀財宝に驚く。
帰ろうとしたが、途中目にした美しい果実(実は宝石)が気になって引き返してしまい、ランプを待ちわびるヌルディンはイライラ。
しかし、入口の岩戸が閉まってしまい隙間しか開いていない、ヌルディンはランプを手にすることもできず、アラジンを見捨てて行ってしまう。
 そこを通りがかった山に住む娘ふたり。ハンサムな青年に気を奪われる。
アラジンが、なんとか出ようとしたときに、岩に例の指輪を擦ってしまうと、魔神があらわれ、アラジンを家まで連れ帰してくれたのだ。

第2幕
 アラジンは市場で、スルタンの娘グルネアにひと目ぼれ。かあちゃん、結婚したと言いだす。
ところが、彼女には親の定めた婚約者サルディンがいた。その婚礼も今宵。
アラジンは、例のランプをひとこすり。
すると魔神が登場し、「ご主人さま、なんなりと」と言うではないか。
アラジンは、新婚用のベットをサルディンの部屋に運べと命令。
「了解、すぐさま」
そこで寝たサルディンは、気が付くとバルコニーにいて空には星が光ってる。
そんなことが2夜続き、気持ち悪くなったサルディンは、スルタンに娘との破談を申し出る。
障壁のなくなったアラジンは、グルネアに求愛し、ふたりは仲良く暮らし始めた。

第3幕
 アラジンは、スルタンの望むすべての金銀・財宝をランプの魔神に命じて揃えることに。
宮殿は、お宝だらけになり、これより、奴隷や各部族のパフォーマンスが延々と始まる。
行進曲、中国人、囚人、黒人、ヒンズー・・・・。

第4幕
 窓を開け、幸せにひたり、歌うグルネア。
それをじっと見つめる魔法使いヌルディン。
彼は、水晶玉で、アラジンが抜けだして、絶頂にあることを確認してここへやってきたのだ。
新しいランプを、古いのと交換します、なんていって商いをしかけ、グルネアの付き人がこれを見つけ、彼女は交換してしまう。
まんまと魔法のランプを手にしたヌルディンは、魔神を呼び出し、宮殿ごとアフリカの自分の地に移してしまう。
 スルタンとライオン狩りに出ていたアラジンは、戻ってくると宮殿が消え去っていたことに愕然。スルタンはアラジンが仕組んだのではないかと疑い処刑してしまおうとするが、アラジンは人気者で、市民の暴動も起き、やむなくとりやめに。
40日の猶予を与えて、娘を探し出すように命じる。
 アラジンは、母親の家へと向かったが、そこで見つけたのは、母の死であった。
母の亡きがらを前に、悲しみの歌を歌うアラジン。
 39日が経ち、例の山の地下壕へ。
そこで、指輪を岩にこすりつけると、最初の魔神が登場。
アフリカの地へ向かうこととなる。

第5幕
 朝、鳥の声とともに目覚めると、そこはハイジャックされた宮殿の真ん前。
グルネアを見つけ、喜ぶ二人。ヌルディンは肌身離さずランプを持ってるし、慎重に棚の中に隠していると。
アラジンは、毒入りの麻酔薬を渡して、グルネアは、求愛を受け入れるふりをして、その薬を飲ませることに成功し、ヌルディンは死んでしまう。
ランプをふたたび手にしたアラジンは、宮殿をイスファファンに戻し、自分たちはメッカに送ってもらう。アラーの神に感謝を捧げるために。
ところが、それを盗み聴きしていた魔法使いの弟ヒンドバッドは、二人を追ってメッカに向かう。
ヒンドバッドは、グルネアも知る知恵者の老女ファティムを知り、彼女に変装して、魔神を封じこめることを考える。
魔神は、ヒンドバットという男がアラジンを狙っていると警告する。
アラジンは、頭痛に悩まされ病気となってしまった。
グルネアは賢者ファティムを呼んだが、やってきたには変装したヒンドバッド。
病床のアラジンのもとにやってきた。
アラジンにもっとも大切なものを見せなさいと命じ、短剣をにぎり、自分たち運命をアラーにゆだねなくてはならないと言い、ふたつの剣を持ってこさせ、善と悪の戦いとなる。
しかし、戦いに消耗したヒンドバッドは、自らの剣で命を絶ってしまう。。。(よくわからん)
 抱き合う二人に、正しき魔神。
最後は、合唱が、マイティ・プリンスとアラジンを称え、プリンセスも称え、アラーの神も讃えます。

                  ~ 幕 ~

原作が原作だがら、80分の劇音楽に凝縮したらかなり荒唐無稽になっている。
はしょってる部分も多々あり、原作とも異なる展開(とくに、最後の場面)もある。
劇場用に、悲しみの場面も挿入されていたり。
まぁ、これはこれでよくって、筋がどうのこうのではなく、ここではニールセンの書いた面白い音楽を聴けばよいわけである。

交響曲などで知っている、晦渋な雰囲気のニールセンは時おり顔を出すくらいで、アラビアという異境の地を意識したエキゾテックな節回しを伴った非常にわかりやすい音楽がここにあるんです。
魔神の声(男性合唱)は、かなり禍々しく、異教徒的で、古臭い映画音楽みたいだし、その対称として、プリンセスの歌う幸せの恋唄の美しさ、母を亡くしたシンドバットの悲しみの歌などは、とてもオペラティックで、メリハリがとてもよい。
さらに、吹奏楽としても人気の、舞踏の場面の数々のシーン。
思わず指揮したくなるダイナミックなリズムにあふれてまして聴きごたえありでした。

全体の印象としては、散漫ではありますが、オペラをはじめ劇音楽が得意だったニールセンの一面がよくわかる「アラジン」です。

ロジェストヴェンスキーは、こうした音楽はやたらとうまい。
聴かせ上手な手腕がまさに爆裂で、例のダンス音楽の連続シーンなどはバッチリである。
デンマーク放送響の力強いサウンドも素晴らしいものだった。

     Ms:Mette Ejsing     Br:Guido Paevataru

    ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮
             デンマーク国立放送交響楽団/合唱団
                         (92.5@コペンハーゲン)


Tdl2

ニールセンは、史劇や聖書物語が好きだったようで、「バベルの塔」や「サウルとダヴィデ」などの大作がほかにもあります。
順次聴いて行きたいと思ってます。

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2011年1月29日 (土)

ねむいですにゃん

Hamanyan2

気持ちよさそうに眠ってる「にゃんにゃん」を発見。
まだ暖かったころ。
そろりそろりと近づくワタクシ。

Hamanyan3

あ、イカン、起きてしもうた。

Hamanyan4_2

「うーーーん、ねみぃなぁ、なんだぁ、こいつは?」

Hamanyan6
 
「くそっ、邪魔しにゃいでくれぃ」

Hamanyan5_2

「いょっとこしょっと」

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あっち向いちゃった・・・・・。
さいならpaper

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2011年1月28日 (金)

マーラー 「亡き子をしのぶ歌」 リポヴシェク&アバド

Hills_3

ヒルズとテレビ朝日の遠く先に満月見えました。
テレ朝のガラス面には、相棒見えます。
はて、あの先の建設中のビルはなんでしょうかね。
こんな東京の眺めも美しい。

Rotsupongi_hills2

月、拡大fullmoon

Abbado_nono_mahlar

マーラーは、リッケルト歌曲集と同時に、交響曲第5番を、そしてそのあと同時期に、交響曲第6番と歌曲集「亡き子をしのぶ歌」を作曲している。
ともに、1904年の完成。
世紀が完全に20世紀になったわけだが、世紀末ムードはますます変わりなく、間もなく来るという期待と興奮から、退廃と絶望色が強まっていく訳であります。
 明確な線引きはないけれど、これをまたいだ作曲家たちは、その音楽にその影響を残しているわけであります。

覚えてますか?、われわれも次の世紀末を体験してるわけですよ。
2000年問題とか、進化・デジタル化した社会問題もあったけれど、21世紀に突入するときの興奮と期待感。
しかし、突入後のがっかり感と、何も起こらなかった感。
それは今も続いてるし、ますます、政治への虚脱感と、ボーダーレス化した国際間における日本の「疎さ」の実感。

いまもまだ次の世紀末感を実体験中なのであります。

100年前の世紀末は、マーラーさまにお任せしましょう。

そのマーラー、お気に入りのリッケルトは、16日間で、二人の娘を亡くしてしまうという悲劇を自ら体験した詩人で、そんな思いと八つ当たり的な辛い悲壮感がその詩に滲みでている。
結婚したての、幸せの絶頂のマーラーがアルマと娘を授かっていた時期に書いたのが、この歌曲集と6番の交響曲。
いったい、どんだけ不幸好きなマーラーなんでしょうか。
いいとこ出のアルマは、そんなことしてるなんて知らなかったのではないか?
 3年後、娘マリアは死んでしまい、グスタフ自身も心臓の病を知ることになるわけだ。
こんな不幸を、一杯に背負って、もがきつつ、名指揮者・先端作曲家としてユダヤ人として活躍したマーラーはスゴイのであります。

       Ms:マリアナ・リポヴシェク

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                          (92.9.3@ベルリン)

1.「いま太陽は明るく昇る」

      
昨日のことなど、なかったように、太陽がまた昇る。
       その不幸は、わたしにだけ訪れた・・・

     冒頭から暗いです、落ちてます。
     半音階の下降音がさらに腑に落ちない悲しみに拍車をかけてます。

2.「今、私にはわかるのだ、なぜあの暗い炎を」

          
わたしたちは、あなたのそばにいたかったの・・・・
       もうじき、遠くへいってしまうから、よく見ていてね
       この瞳は、来るべきときには星になってしまうのだから・・・・

     あぁ、もうやめてよ。なんてドラマのような涙誘う詩なんでしょう。
     音楽は、甘美なまでの優しさの境地に誘ってくれます。
     ホルンが、ハープが、あまりに儚いです。
      
3.「おまえの母さんが」

      
おまえの母さんが戸口から入ってくるとき・・・
        いつもわたしが視線をくぐらせるのは、
       敷居の、ずっと近いところなんだ
        おまえのかわいい顔がそこにありそうなので・・・

       娘のありし日をいつまでも思い続ける父親は悲しい。
      イングリッシュホルンの淡々とした調べではじまるこの歌は、
      切々と悲しみに覆われてゆくような音楽で、マーラーさん、新婚で
      これはイカンだろうと思ってしまいます。

4.「よく私は考える」

      
子供たちは散歩にでかけただけ・・・。
        また帰ってくるだろう・・・・
       あの子たちは、ただわたしたちより一足先に出かけただけ
        だったら、わたしたちも、もうそろそろあの子たちを追って
        あの高みへいってみよう
       あの高いところでは、晴れて美しい

      だんだんと、その死を受容し、さらに自らを高みへあげようとする親たち。
      音楽は平易な様相で、メロディアスながら、詩に敏感に反応したかのような
      心刺す深い内容を帯びてます。
      
5.「こんなひどい嵐の日には」
      
      
こんな嵐うなる日には、子供たちを外に決して出しはしなかった
         ・・・・・、こどもたちは母の家で眠るように
       神の御手につつまれて憩いについているのだろう
       子供たちは、母の家で眠るように憩いについているのだ

      悔恨にくれる親の心境と嵐の様子が、マーラーらしい、
      ある意味カッコよさでもって描かれているが、最後は浄化の世界が!

マーラーを愛するアバドだが、「亡き子をしのぶ歌」は、もしかしたらこの1枚だけかも。
角笛とリッケルトは、再三取り上げるのに、「さすらう若人」と「亡き子」はそうじゃない。

アバドに聞いてみたい不思議のひとつです。

ベルリン時代の、統一テーマに基づいた総合芸術の一環としてのシーズンプログラミング。
このCDは、ノーノの反ファシズム・コミュニシズムにもとづく反体制的なモットーを持った作品とカップリングされていて、アバドならではの理想平和主義の思いが込められている1枚なのだ。
「亡き子」には思想はついてこないが、その根底には、リッケルトの無情すぎるリアルな詩につけたマーラーの深い同情と共感、そして無垢な子供という存在への愛情が満ち溢れていると思う。

女性であり妻のアルマからしたら、まだ見ぬ子供に結び付けてしまったことで、許さざるべからず的内容かもしれないが、ここで言う「子供」はマーラーの存在そのものの裏返しなのかも・・・・。
そしてみずから、ナイーブでシャイな子供時代の思いを表明しているアバド。
マーラーへの親近感をずっと持ち続けている。

ここで歌うリポヴシェクは、ユーゴスラビア出身で、録音当時、分裂と戦火に揺れていた。

そんなことも総合して、このメッセージ性の強い演奏会のライブCDがなりたっている。

100年たっても変わらない世紀末があり、次のものは自分は当然に経験できないかもしれないが、その世紀末が平和に繰り返されることを願ってやまないのでありました。      
       

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2011年1月27日 (木)

マーラー リッケルトの詩による5つの歌曲 シュヴァルツ&アバド

Rotsupongi_hills1

今日の写真も六本木ヒルズ。
こうして、東京タワーをながめると、美しくてスカイツリーにその役割はうばわれても、ずっとトーキョーのシンボルであってほしいと思うもの。
生れを同じくして、よけいにそう思う。
頑張ろうぜ、と小さい声でいいたいぞ・・・・。

Abbado_mahler5

マーラーの交響曲の源泉は、その歌曲にもある。
「リッケルトの詩による5つの歌曲」は、1901年と02年に書かれた曲集で、交響曲第5番の時期で、次の6番とともにそちらと密接な関係にある。
また第5は、同じリッケルト(1788~1866)の「亡き子をしのぶ歌」や「子供の不思議な角笛」とも関連がある。
この歌曲の裏返しとしての交響曲(そしてまたその逆)というあり方は、5番くらいまでで、6番はやや薄め。それ以降は、それまで内在してきた相反する要素や世界観が、純粋オーケストラによって、まるでオペラのようにドラマとして表現されるようになってゆき、世紀末感もますます高まるようになってゆくわけです。
5番と6番には、そのターニング・ポイントの境目があるようでならない。

「リッケルト」と「亡き子」を並べて聴くことにもそうした意義があるように思う。
そして、さすがにアバド
アバドの1回目のマーラー録音は、5番はシカゴ響とのもので、2枚組のレコードのカップリングでは、「リッケルト」が最終面に収録されたものだ。

      Ms:ハンナ・シュヴァルツ

    クラウデゥオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
                       (81.2 @シカゴ)

 1.「私の歌をのぞかないでください」
      悪い行いを見られたようです・・・、でも見たらその時は、
      あなたが味わって下さい。
    自分の歌がまだ発展段階だけど、見て見て、というユーモラスな短い歌

 2.「美しさのために愛するなら」
      美しさのため、若さのため、財宝のため・・・それなら愛さないで。
      でも、愛のためなら、私を愛してください。。。
    なんだかまぁ、そうですかって感じだけど、シンプルな美しさをもった歌

 3.「私はこの世に忘れられた」
      私は世とともに多くの時を浪費したが、
                 今や世は私の消息を聞かなくなって久しい。
      ・・・・世の騒音から私は死んでしまい、しずかなところにやすらいでいる。
         私はひとり私の天のなかに、
                そしてまた、私の愛と私の歌の中に生きている。

    なんてまた厭世感と自己陶酔的な詩と、それに完璧に付随したかのような
    マーラーの音楽なのでしょう。
    イングリッシュ・ホルンの前奏からして、ぐっときてしまう。
    第5交響曲のアダージェットの世界でございます。

 4.「ほのかな香りを私はかいだ」
       愛する人の贈り物のリンデの花、ほのかに愛のやさしいかおりをかぐ私
    これまた美しい歌、チェレスタとハープが次の世代を先読みしている

 5.「真夜中に」
       わたしは激しく戦った。人生よ、おまえの苦しみに
              わたしは打ち勝つことができなかった・・・・
       真夜中に 私は私の力をあなたの手にゆだねました
              死と生を司る主よ
       見守りたまえ  真夜中に
    絶望の淵、虚無的にひびく梟(クラリネット)。暗くまた厳しい。
    しかし、最後は光明の光りが射しこめまばゆく、未来が見える(かのよう)
    弦なし、管、ティンパニ、ハープ、ピアノのみ

この曲集の曲順は任意なのか。
アバドは、最後にこの作品のハイライト的な「真夜中に」をこの録音では持ってきている。
ちなみに、ルツェルンでのコジュナーとのライブでは、「真夜中に」は真ん中で、最後は「私はこの世に忘れられた」を持ってきている。

ともあれ、80年代のアバドは明晰さはそのままに、シカゴの怜悧で刃金のようなサウンドを研ぎ澄まされた感覚で磨き上げ、敏感極まりない「リッケルト・リーダー」を作りあげている。静かななかで歌うという、アバドならではの指揮ぶり。
ベルリンフィルの退任コンサートでは、クヴァストホフの歌とともに、深淵の極致ともいうべき驚異的な極致の演奏を成し遂げていて、音源化して欲しいもののひとつ。
コジュナーの映像はまだ未視聴なんです。

ハンナ・シュヴァルツは、80年代、マーラーやワーグナーのメゾのロールに欠かすことのできない人で、柔らかくかつすっきりした歌唱は、このときのアバドの演奏にはぴったりかもしれない。
シュヴァルツは息の長い歌手で、今秋は、新国にやってきて、「尾高サロメ」に出演します。

なんだか、よく眠れそうで、そうでもない気分になった、今宵の「リッケルト歌曲集」でございました。
     
       

      

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2011年1月25日 (火)

マーラー 歌曲集「子供の不思議な角笛」 アバド指揮

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夕暮れの六本木ヒルズ。
バラの巨大オブジェの下で。
都会のど真ん中に巨大バラ1本。
不可思議なる光景です。

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土曜日の聖響&神奈川フィルのマーラー4番の感銘の余勢をかって、今日もマーラーします。
交響曲第2番~第4番までが、角笛交響曲と呼ばれる由縁の歌曲集「子供の不思議な角笛」。
アルニムとブレンターノの二人のロマン派詩人は、ドイツ古来の伝承詩に、ロマン派ならではのテイストを、時に皮肉たっぷりに、時に悲劇的なまでに付けて600もの詩を残した。
そこに歌をつけたのは、マーラーが一番多い。

1888年から1899年にわたって書かれた数曲をまとめあげたもので、その頃、交響曲は1番から4番までを書いていた。
この曲集から、3~4番の楽章が転用されていて、それらを省くケースもあり、10曲だったり、12曲だったり、14曲だったり、いろいろです。

以前は、バーンスタインのコンセルトヘボウ盤で取り上げたことがあるが、今回はアバドの指揮で。

         Ms:アンネ・ゾフィー・オッター  
         Br:トマス・クヴァストホフ

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                             (98.2@ベルリン)

 1.「レヴェルゲ」(Br)        起床ラッパがなる、太鼓がなり、行進曲が
                   完璧なマーラー・ワールド
                   でも詩の内容は不気味なのでありました。
 2.「ラインの小伝説」(Ms)  レントラーによる可愛い歌
 3.「不幸の時の慰め」(Br) 男女で歌われることもあるが、ここではBrのみ
 4.「無駄な骨折り」(Ms)  ここでもレントラー調のユーモラスな歌、
                 ウィーンのオペレッタ風、第4交響曲の旋律も    
 5.「番兵の夜の歌」(Br)  1曲目に持ってくることが多い、いかにもマーラー風
                 軍楽隊の響き、夢想、不平不満などが入り混じる
 6.「この世の生活」(Ms)  母ちゃんハラペコ・・・、少しお待ちよ・・・、これが続いて
                 子供は死んじゃった。
                 皮肉極まりない辛辣な内容。第10の煉獄のベースとも。
 7.「塔の中の囚人の歌」(Br) 囚人とその外の恋人との会話
                   ここでも軍隊の勇ましい響きと、
                   恋人のセリフの木管の面白い動きが両極端
 8.「誰がこの歌を作ったのか」(Ms) これまたレントラー。R・ポップの声が耳に・・
                   鮮やかな歌いまわしを要する桂品。
 9.「魚に説教するパドヴァのアントニオ」(Br)   第2交響曲3楽章~ 馬の耳に
                  念仏状態の虚しさをユーモラスに皮肉たっぷりに
10.「高き知性をたたえて」(Br) かっこう、ろば、ナイチンゲールが鳴きみだれ
                    第5交響曲の終楽章ロンドの明るいモティーフ
11.「トランペットが美しくひびくところ」(Ms) 空しく響くラッパが寂寥感をあおる
              この曲集1,2の深い内容の音楽に耳をそばだてるしかない 
12.「少年鼓手」(Br)       第5交響曲の葬送行進曲のイメージ
               営巣から引っ張りだされて絞首台に向かう少年の歌~暗い
13.「原 光」(Ms)        第2交響曲の4楽章
                    アバドは最後にもってきた。深淵です。

アバドは、最後の方に、深みのある曲を持ってきて、作品スタイルがまちまちなだけに、散漫な印象で終わってしまうこの歌曲集に有終なる完結感をもたらすことに成功している。
それにしても、アバドとベルリンフィルの描き出す精妙極まりない背景は、生き生きと、そしてどこまでも歌心にあふれた新鮮なもので、マーラーへの愛に溢れ出た演奏なのだ。

ルチア・ポップの歌が情感にあふれすぎて(それはそれで大好きなのだけれど)、そう何度も聴けないのと対象に、フォン・オッターのクリアーで蒸留水的歌唱は、冷た過ぎもせず、冷静な中に恋人の心情や、母親、しいては人間そのもを嫌味なく歌っていて気持ちがよい。ときに、オクタヴィアンみたいなところもあって面白い。
とりわけ、11と13は名唱です。今回も何度も聴いてしまいました。

クヴァストホフの多彩な歌も聴きごたえがあって、FDのような言葉ひとつひとつへの思い入れを込めた歌とは違う意味で、やたらと上手く感じる。
頭脳的な歌唱ともいえるけれど、アバドのたくみなサポートもあって濃淡もゆたかに味わい深い歌が楽しめる。

アバドのマーラーへの傾倒ぶりがよくわかる1枚。
この歌曲集、これらの中から選抜して、リッケルト・リーダーとともに、アバドは、いまも何度も何度もことあるごとに手掛けております。

                

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2011年1月23日 (日)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 金 聖響指揮

Minatomirai1

「みなとみらい」にあるオブジェ。
軽やかで美しいマーラーを聴いたあとに、河岸を変えるべく移動中の17時でございました。

Minatomirai3

薄暮の水辺は美しいのでした。

Kanagawa_phill201101_2

  モーツァルト ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調

          P:菊池 洋子

  マーラー   交響曲第4番 ト長調

          S:大岩 千穂

      金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
                   (2010.1.22@みなとみらいホール)

昨年から続く金聖響神奈川フィルマーラー・シリーズ。
そして、モーツァルトの最後のピアノ協奏曲とマーラーの短いが優しさと死の影に満ちた交響曲との組み合わせの妙。

聖響さん、古典・ロマン派系の音楽では、ついつい辛口になってしまうけれど、後期ロマン派、ことにマーラーに関しては手放しで誉めたたえてしまいます。
今回の交響曲第4番もそう。

歌うことに心がけた、気持ちのよい演奏で、指揮者もオーケストラも、マーラーの音楽にほどよく没頭していたところがよろしく、少しばかり醒めていたところも私にはうれしかった。
曲にあまりのめり込まずに、ある程度客観的に、さらとりした中に、マーラーの「歌」を解放してしまったようで、濃厚マーラーが辛い時には、金さんマーラーは耳に心にとても優しいのです。
演奏の精度はさらに上を求めたくなるけれど、わたしはこんな素敵なマーラーが、横浜の地で聴き続けることができることに、「大いなる喜び」を感じる。
それとともに、美音の神奈川フィルという個性あるオーケストラのマーラー、それを無理なく引き出す聖響さんの素直なマーラー、日本中に誇れるものとなっているのではないでしょうか。

かつてわたしがマーラーを聴き始めたころ、交響曲第4番は「大いなる喜びへの讃歌」というタイトルが付いていた。
それは、最後の楽章の天上の歌ゆえのことだが、4楽章という古典的な形式へのパロディでもあり、2楽章のような奇矯な姿と深淵さを見せる3楽章、歌曲のひとつのような終楽章という多面的な存在の交響曲。

軽やかだけれども、大きく深呼吸するようによく歌い込んだ第1楽章は、オーケストラの各パートも充実して楽しい聴きものでした。特にフルート陣とオーボエが見事。
第2楽章。調性を変えたヴァイオリンを持ちかえての石田コンマスのソロは、やはり素晴らしく、音楽が引き締まるし、われわれ聴衆の集中力も高まる繊細さと鋭さを併せ持ったもので、トリオとの対比も鮮やか。
私の大好きな3楽章。
2と3の楽章の間で、ソプラノ独唱を入れると思ったら、そのまま3楽章に入っていった。
どこで出てきて、どの立ち位置になるんだろう??
正直、気になってしょうがなかった。
あの素晴らしいピークがこの楽章にあるもんだし、4楽章へはアタッカで入るわけだしで・・・・。
まぁ、そんな思いはともかく、この神妙かつ絶美の音楽は、神奈川フィルの音色の魅力を堪能するのにうってつけ。
対抗配置が威力を発揮したのもこの楽章。
チェロによる夢見るような旋律。ビオラと第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンによってゆるやかに広がってゆき、天国的なまでに美しい場面が展開されてゆくのでした。
オーケストラのソロ、パート、すべてがマーラーの音楽に感じ入って聖響さんのもと、演奏してるのが見ていてよくわかった。
 休憩時間に、飲んだビール(モーツァルトが素晴らしくよかったもんで、むちゃくちゃ旨かった)のせいか、ただでさえ涙もろいワタクシですから、この楽章のクライマックスの前、ビオラと第2ヴァイオリンがやたらとキレイに歌う場所(聖響さんも、ここでは思い切り振りかぶって指揮してました)ではまたはらはらと涙が・・・・。そして最高のピークを築く。
そしたら、しずしずと天使のようなまっ白いドレスで、大岩さんが登場して、指揮者の真横のソリスト席に立ったものだ。
このインパクトありすぎの雰囲気に、気押されてしまったのもワタクシでした。
3楽章が始まる前に、オーケストラの奥あたりにいて欲しかったなぁ~
 ともあれ気を取り直して、消えゆく3楽章を味わい、ゆるやかな終楽章へ。
木管のやわらかな響きと鈴の音がとても心地よい。
でもソロの大岩さんは、ちょっと不調だったのかしら?
やや生彩にかけ、オケの軽やかさに比して、苦しい声に聴こえたのは私だけ?
しかし、それでも終りよければすべてよし。
オーボエ主席の鈴木さんが何故イングリッシュホルンだったのか、ハープとともに大納得の清浄なるエンディング。コントラバスの残り香も最後まで深く美しい。
その余韻にしっかりと、どこまでも浸ることができました。

われわれ、聴衆も素晴らしい。

1曲目の、モーツァルトもそれはそれは美しいモーツァルトでございました。
何よりも菊池嬢の澄み切った、混じりけのないピアノの音色が素晴らしい。
モーツァルトのK595の協奏曲は、ともかく大好きな曲なのだけれども、すごく深い音楽というイメージが若い頃、どうも某評論家先生から植え付けられてしまって、自分ではめったやたらと聴くことがない曲になっていた。

しかし、このように若々しくも陰りのない演奏で聴けば、そんな難しい思いを抱くことなく、なんのことはない、いつものモーツァルトが微笑んでいたのでした。
そして、モーツァルトだからツツツィーッと来るだろうという予想に反して、そこそこかけられたヴィブラートが心地よく、冒頭からして、かつての神奈川フィルの音色があったのでした。
これはまた嬉しいモーツァルト。

演奏会終了後は、新年の恒例乾杯式。
Kanagawaphill201101

こんな様子です。
「拍手が来ないでよかった」と金さんも嬉しそう。
それでもまだ外は明るい。
いつもの仲間と、楽員の方々と、オーケストラ事務局の方々とも楽しくお話することができました。

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アフターコンサートは、ベイサイドを横切って、横浜地ビールの飲めるビアレストランにご案内いただきました。
ちょっと影になっちまいましたが、濱麦ラガー(瀬谷区産の大麦使用)と綱島・桃エール(綱島産の桃使用)の2種類でもって乾杯。
うまぁぁぁぁぁ~っbeer

Yokohama_brewery

撮った写真を編集してみました。
食事はどれも美味しかったけど、ピザ各種は最高でしたね。
右上のチョコレートスタウトはできたてホヤホヤの新作。
チョコレートの甘さというよりは、ほどよい苦みがうれしい味でした。
よいお店をご紹介いただきありがとうございました。
皆さん、毎度お世話になりました。

次のマーラーは、5番です。

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2011年1月21日 (金)

シェーンベルク 交響詩「ペレアスとメリザンド」 エッシェンバッハ指揮

Nagoya1

名古屋駅のイルミネーション。
去年、日帰りしたときのもの。
名古屋駅周辺は、JRタワー、そして、トヨタの新社屋ができたりしてかつてと様相が一変して、もう数年が経ちます。

わたしが、単身赴任しておった頃は、ビジネスは駅前もそうだったけれど、丸の内あたりが繊維街もあったりして名古屋本来の中心だったで。
そして、商業は栄、夜の飲食は錦三と決まっておった。

名駅は、さらに秋葉原化するともありましたで。
太閤口のユニーがやってた生活倉庫は、いまやビックカメラで、そこには昔HMVがあったもんだわ。
それから、桜通口には新駅ビルが出来て、そこにはヨドバシカメラが入るし、さらに名鉄ヤング館にもヤマダ電機が入るっていうでな。
なんやら、風情がありませんなぁ。
日本中、同じ街になっちまう。

Schoenberg_pelleas_eschenbach

アルノルト・シェーンベルク(1874~1951)の交響詩「ペレアスとメリザンド」。
大好きな曲でして、もう3度目の登場になります。

トリスタン、R・シュトラウス、マーラーと、思い切り私の好きな音楽の流れをしっかりと受け継いだ、濃厚かつ甘味なる後期ロマン派臭ギンギンの響き。
作品番号は5で、1902~3年の作で、「浄夜」が1899年、「グレの歌」は完成は100年前の1911年ながら、1901年からしたためていた。
ゆえに、このペレアスの立ち位置もおわかりでしょう。
今週聴いてきた作曲家たちの諸作は、いずれも1900年を境とするその前後の作品。
ツェムリンスキーの作品のみが、1800年代のロマン派に軸足があったが、その他はいずれも1900年後で、シェーンべルクも無調や十二音に走る前のもの。

ほぼソナタ形式による単一楽章、4管の巨大編成による作品ながら、その間に緩徐楽章的なものやスケルツォも交えていて、シンフォニックな構成にもなっている。
トリスタン風の半音階の調べで開始するこの曲は、とどまることなく旋律が展開し、対位法も複雑の極みで、ときに斬新な和音も響き渡る。
オーケストラの分厚い響きと、めくるめく濃厚ロマンティシズムに加え、クールで青白い抒情の輝き。
具体性は薄めながら、ゴローの暴力的な性格や、二人の悲劇的な逢瀬と別れ。
そして最後の死そのものの音楽。
それからなんといっても、素晴らしく夢見心地になってしまうのが二人の愛の情景。
生クリームを横にホイップした、あま~いザッハトルテをひとくち食べたような感じ。
口中が濃厚で芳醇な味わいで満たされ、その芳香がずっと残っているような思いに満たされる。
この味わいを洗い流すには、ビターで濃い口のブラックコーヒーがいいみたいだ。

エッシェンバッハの指揮は、まさにそんなイメージで、ねっとりと48分間にわたるペレアスを描きつくしているのだ。
シェーンベルクのペレアス史上、最長の演奏時間かもしれない。
辟易とする寸前でとどまった濃密な演奏。
エッシェンバッハを嫌いな人は、こんなところがついてゆけないところなんでしょう。
私は、結構好きで、ワーグナーにブルックナーにマーラー、それぞれ実演も含めて堪能してます。
オーケストラはテキサス洲の大都市ヒューストンの交響楽団。
ストコフスキーやバルビローリ、プレヴィンなどがその先達指揮者で、エッシェンバッハは、88年から99年までその任期にあって、ドイツものを中心に活躍していた。
このオーケストラは、実にうまくて、アメリカのメジャーにひけをとらない。
いまは、ハンス・グラーフがその指揮者で、ナクソスにツェムリンスキーなんかを録音しているから、世紀末系にゆかりもあるグラマーなオケなんだ。
94年11月の録音。
あとこのコンビには、新ウィーン楽派の3人のオケと室内楽作品を1枚に収めた素晴らしいCDがありますので、そちらはまたいずれに。

シェーンベルクのペレアス。
バルビローリ、ベーム、カラヤン、ブーレーズ、シノーポリ、エッシェンバッハ、アバドなどを愛聴してます。
あと狙いは、ティーレマンDG、バレンボイム&パリ管、メータ&イスラエルのいずれもソニー盤であります。

Nagoya6

CooL Nagoya

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2011年1月20日 (木)

ツェムリンスキー 交響曲第2番 シャイー指揮

Iketani

ほんわか、日本蕎麦。
この時期、あったかい蕎麦が滲みますなぁ。
山菜蕎麦なんです。
薬味に柚子なんぞを、ちょろっと乗っけて、ずず、ずぃ~っとすすります。
もう、鼻孔が広がり、ほゎ~んとした気分になります。

Zemlinsky_sym2_chailly

アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871~1942)。
今週は、週末の神奈川フィルのマーラーを見据え、それから、年末の新国トリスタンの系譜をたどるようなかたちで、ワーグナー、マーラー後のウィーン・ドイツのユーゲント・シュイティールの音楽を聴いております。
いわゆる、爛熟・退廃系の世紀末音楽なのであります。
さまよえるクラヲタ人のもっとも好むところなのです。

同じような時期に、同じ場所で活躍したから、お互いに知り合いだったり、親戚だったり、反目しあったりで、関係がともかく深い作曲家たち。

マーラーが世代的にも、一歩抜きんでている。
もし、マーラーが51歳を前に、あんなに早く死ななければ、世紀末における音楽はもっと異なる様相を経ていたかもしれない。

だが、マーラー後の、ユーゲント・シュティールの核は、今回のツェムリンスキーだったかもしれない。
アルマ(マーラーの奥さん)の先生であり、シェーンベルクの義兄でもあり、義弟を中心とする新ウィーン楽派の師でもあった。
音楽の指導者、作曲家、指揮者というマルチな存在でありつつも、やはりユダヤ系ということが災いとなり、のちに亡命生活を余儀なくされ、その名前も失われてしまった。

シュレーカー、コルンゴルト、ツェムリンスキー。
同じ運命をたどった作曲家3人を、今回まで聴いたわけです。

コルンゴルトは、保守系のロマン主義を生涯保ったが、あとのふたりは、その生涯において、初期と盛期では、その作風が全然違う。
なかでも、ツェムリンスキーは、別人のような変貌ぶり。

1800年代までの数年は、ごたぶんにもれず、ワーグナーの洗礼は受けつつも、なんとブラームス派としての活動で、古典派風のカチッとした型をふまえつつ、ブルッフのようなロマンあふれる音楽を書いた。

1900年、そう、20世紀からは、マーラーの後継者としてはっきり表明したかのような、表現主義的で、和声も思いきり拡張した豊満な音楽を書くようになった。
「人魚姫」と「抒情交響曲」から入門したツェムリンスキーだから、それがツェムリンスキーとばかりの印象を持っていたのが10年以上前。

今回の、シャイー指揮による交響曲は、作曲者の像のジャケットがそれ風だし、指揮が人魚姫のシャイーだったから、二匹目のどじょうのつもりで、喜び勇んで購入した1枚。
 だがしかし、その期待は裏切られ、そこに鳴り響く豊穣なる音は、後期ロマン派のそれでなく、ブラームス風の古典の姿をまとった懐古調ロマン主義音楽だった。
これには、裏切られたと思った。
もっと、濃厚・ギンギン・甘味料過多の音楽を期待していたのに。

その後、ツェムリンスキー前後の人々や、その人生などを聴き知るにつれ、この中途半端な立ち位置の交響曲が普通に聴けるようになってきた。
ブラームス楽派として万全を期した大作であると同時に、その派閥からの脱却はシェーンベルクとの友好関係にもよることが多く、その脱却をはかるべき最後の作品的な存在なのでもある。
この曲と、人魚姫を、同じシャイーベルリン放送響で聴くとき、その客観的・知的解釈ゆえ、当時を映す表裏一体的な音楽と捉えることができる。

J・コンロンとともに、シャイーは、こうした時期の二局面をとても見事に描き尽した指揮者なのであります。
ツィムリンスキー編曲のブラームス作品のよう。
それから、先にあげたブルッフのようで、ハンス・ロッド、ベルワルド、スタンフォード、パリー、こんな人々の感じも呼び覚ますツェムリンスキーの初期作品なのでありました。

1897年の作品、全4楽章は、とてもきっちり。
アレグロ→スケルツォ→アダージョ→パッサカリア
ことに終楽章は、ブラームスの4番のそれをオマージュしているそうな。

シャイーのスリムでかつ歌謡的な解釈は、こうした音楽への適正ばっちりで、ベルリン放送響との相性も含めて、一番よかった時期のひとつだったんじゃないかしら。

わたしには、思いのほか、ゆるすぎるツェムリンスキーの初期作品でございました。
でも、このお蕎麦のように、妙にほのぼのとしてしまう日常感あふれる音楽でもありました。

Iketani2

関東のつゆは、こんな風にまっ黒け。
これで馴染んできたんです。

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2011年1月19日 (水)

コルンゴルト ピアノ五重奏曲 K・ブレイク

Harada

いまやおなじみ、ガトー・フェスタ・ハラダのショー・ウィンドウ、冬バージョン。
群馬の高崎郊外が本拠地のハラダ。
そこへ行くと、工場併設で、やたらときれいなショップがあって、いつも賑わってます。
どこでも買えるようになったけれど、本場へ行くと、ケーキやゼリー、フランスパンまで売ってる。

Harada_2

冬限定のチョコレートコーティングラスク。
白と黒。下のゴージャスな方は、チョコが分厚くて、すごく食べ応えありです。
これで、ウィスキー飲むと最高なんだけど、いまはお酒を控えてます。

Korngold_piano_quintet

シュレーカーに続いて、戦争や民族の血によって翻弄された作曲家をもうひとり。
こちらも、わたしのブログの中ではシリーズ化しております、エーリヒ・ウォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)のピアノ五重奏曲を。
少年時代より神童ぶりを発揮したコルンゴルトには、モーツァルトと同じように、親父の願望と引立てがあった。
親父ユリウスは音楽評論家として、ウィーンでは辛辣でかつ実力者だった。
シュレーカーさえも、こき下ろされていたんだ。
でも息子のためには、一生懸命で、息子の才能もさることながら、いまわれわれコルンゴルト・ファンは、親父さんにも感謝しなくちゃなんない。

後半生は、映画音楽に活路を見出しつつも、不遇の人生だったけれど、9歳から本格曲を書いていたから、いま聴くことができる作品の多くが、ともかく若い時の作品ばかり。

今宵の素敵な「ピアノ五重奏曲」は、1920年、コルンゴルト23歳のときの作品。
そう、あの名作オペラ「死の都」を残した年であります。
そして、この曲もあの幽玄なオペラと雰囲気的には、一部相通じるものがあるのでありました。
夢想的で、ロマンテック、苦い雰囲気に、甘い雰囲気の混在。
3つの楽章からなっていて、わたくしは、30分間、うっとりと聴き惚れるのみでした。

ことに、第2楽章のアダージョが素晴らしい!
自作の「4つの別れの歌」の3曲目「Mond so gehst du wieder auf」~月よ、ふたたび・・・・の旋律に基づいたもので、これはもう夢見るように、とろけるまでに素敵な音楽なのです。
かつて、フォン・オッターの歌とフォシュベリのピアノによって両方がおさめられたDG盤を聴いてやたらと感動したものであります。

明るいなかにも、陰りを帯びた抒情味あふれる第1楽章は歌心満載で、ウィーンの世紀末ムードをしっかりと継承していて、飽くことなく聴くことができます。
中間部は、ことさらに美しく、ここは、第2楽章と双璧。
3楽章はロンド。ヴィルトーソ感もあふれ、常動的なところは、ほかのコルンゴルト作品の終結に多くみられるところ。

Kathy
ワシントンで活躍する奏者たちによるこの演奏。
若々しく、生き生きと演奏している様子がよくわかる。
陰りは少なめだけど、こんな健康的なコルンゴルトもよいかも。
ピアノはキャスリン・ブレイクという、見るからにアメリカンな雰囲気の女の子。


コルンゴルトの室内楽作品記事

歌曲と室内楽の作品集 フォン・オッター&フォシュベリ

弦楽六重奏曲

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2011年1月17日 (月)

シュレーカー 「音楽箱と王女」 ヴィントフール指揮

Rotsupongi1

六本木の夜。
六本木の顔は、かねては華やかだった交差点周辺。
いまもそれはそれは賑やかだけれども、商業施設によって分散し、ヒルズとミッドタウンに多くの人や車が流れている。
2月のバレンタインの頃まで、けやき坂のイルミネーションは続いてます。
クリスマスが過ぎても、まだイルミしてるこちら。
クールなトーキョーが味わえます。
車の中から、こんな感じ。

Schreker_spielwerk_2

フランツ・シュレーカー(1878~1934)のオペラシリーズ。

9作中の第3作目、「Das Spielwerk und die Prinzessin」。
さて、この独語の邦題をいかにすべきか?
Spielは、おもちゃとかゲーム、Werkは、お仕事。
ますますわからんぞ・・・。
Wikiなどのネット上では、「おもちゃと姫君」なんて訳されているけれど、CDのリブレットの英訳では、「The music box and the princess」となっている。
これを素直に和訳すると、「音楽箱(オルゴール?)と姫」なんてことになる。
オペラタイトルは、そのオペラのイメージの第一印象だけに、これじゃメルヘンチックになってしまいかねない。
ツワモノ、シュレーカーとメルヘン調とはすぐにはかみ合わないし、事実、このオペラの音楽は、わたしたちにとってお馴染みの、甘味で濃厚、夢幻的かつ悪魔的なシュレーカーの音に満たされているわけなので、どうもそれらの邦訳はそぐわない気がするのだけれども・・・・。
かつてレコ芸の長木先生は「からくりの鐘と王女」とつけておりました。
それはそれで、オペラの筋立てに即した素晴らしい題名かとも思います。

でも、わたしは、「音楽箱と王女」といたしました。
リブレット英訳を見てるとBOXばかり出てくるし、そもそも、その「おもちゃ」なるものは、音楽に共鳴して得も言われぬ響きを奏でるのだ、とあります。
そうした「からくり箱」、そしてなんとなく曖昧なままで、ということで。
なにか気のきいた名前があれば教えてください。

前段からして、長くなってしまった。
かようにして、シュレーカーの作品たちは、その素晴らしい音楽に反して、作品の背景理解がなかなかに難しく、劇内容と台詞も複雑で、英訳されたリブレットを見ていてもさっぱりとわからない。
音楽の方は、ずっと聴き続けて1年あまりで、すっかり耳になじんだのだけれど、対訳に悪戦苦闘すること数日。
適当に脚色して、ここにその概略を残します。

前作はるかな響きが、1912年の初演・大成功で、ウィーンでも認められ、ウィーン音楽院教授に迎えられたシュレーカー。
翌1913年2月には、シェーンベルクの「グレの歌」の初演指揮をウィーンで行うなど、同地での活動のピークを徐々に築きつつあった。
同年、フランクフルトとウィーンにおいて、この「音楽箱と王女」を初演。
しかし、おもったほどの成功は得られず、当時の音楽批評家のジュリアス・コルンゴルト(あのコルンゴルトの親父)のアンチ・シュレーカー報道でスキャンダル化してしまった。
のちの1915年、シュレーカーは、このオペラを縮小改編して、1幕ものの「Das Spielwerk」として書きなおし、1920年にワルターの指揮で演奏されて成功をおさめている。
このように、シュレーカーをとりまく人物たちは、お馴染みの名前の人々ばかりで、彼の弟子筋も同じく有名人ばかり。
シュレーカーだけが埋もれた存在となってしまった。
つくづく、ナチスという存在が疎ましい。

この作品の唯一の音源は、1913年の初稿版によるもので、キール劇場におけるライブ。

 マイスター・フローリアン:トーマス・ヨハンネス・マイヤー
 王女:ユリア・ヘニング     旅の職人:ハンス・ユルゲン・シェーフリン
 ウォルフ:マティアス・クライン リーゼ:アンネ・カロリン・シュルテル
 城の執事:ハンス・ゲオルク・アーレンス   ほか

   ウルリヒ・ヴィントフール指揮 キール・フィルハーモニー管弦楽団
                     キール歌劇場合唱団
                         (2003.1@キール)
プロローグ

ここでは4人の男たちがかつて、この街で起きたことを語らんとするが、いずれも問わず語りで、神のみぞ知る・・・・と。

第1幕

 夜明け、親方フローリアンの職場のドアをたたく女ひとり。
彼女は、離縁した親方の妻リーゼ。
道に若い男が倒れている、それはあなたと私の息子よ、と叫ぶ。
しかし、フローリアンは、私に息子などいない、頼むからもう行ってくれ。ととりあわない。
(リーゼは、なかば錯乱していて、かねて王女の恋人だった息子がいなくなってしまったことで、王女を恨んでいる)
 で、その倒れていた若い男は、旅の職人で、城近くで、執事に会うが、執事からは、この街はよろしくないから、早く出ていった方がよいと忠告される。
職人は、聴いてくれとんばかりに笛を取り出し、シンプルな調べを奏でる。
すると、あたりから鐘が鳴り響き、えもいわれぬ雰囲気になる。
親方フローリアンは喜びが数年ぶりに戻ってきたと、執事は古い音楽箱が鳴り響いたことに感謝し、さっそく城に報告に行く。

フローリアンはその職人に語る。
王女には、ヴァイオリンを奏でる若い恋人がいた。それは彼の息子だった。
彼は、誰にも真似することのできない美しい音色でもって、フローリアンの作った音楽箱を春の歌のように共鳴させることができる唯一の男だった。
王女と息子は、その音楽と不思議な箱でもってお互いにのめり込み、若い日々を浪費するがごとく狂乱の宴へと没頭してしまうようになった。そして、親方はそんな息子を追放してしまった。
 音楽箱を、自分の妻の手引きで、弟子のウォルフが細工したから、このように人を惑わす響きを出すようになってしまったからである。
いまや、こうして清らかな音を取り戻したということは、自分が必死に調整したからであると。
フローリアンは、若い職人の旅の疲れをねぎらい自宅で歓待する。

王女があらわれる。そこへ敷物を敷きなさい、豪勢な食事も出しなさい・・と贅沢な注文ばかり。執事は、じつはよろしきお知らせでして、今朝ほど若い男が。。云々と語るも、うつろな王女は耳を貸さない。
でも王女もこの時を待っていた、死だけが私の充足・・・と歌う。

今度は、王女とウォルフの会話。
あの箱のお陰でこんなことになってしまった、あの箱に今宵、真鍮をかぶせてしまうのです。
それは、わたくしが・・・とウォルフ。
ウォルフの姦計に心も体も、騙されてしまう王女であった。

第2幕

朝、親方のところに泊まった若い職人は、前夜に見た不思議な夢をかたる。
「女王(Queen)の大祝賀会に自分は舞踏の曲の演奏をするために招かれ、笛を吹いたのだが、彼女は生まれたままの姿で、それを問うと、何故?と笑って悲しい目をした・・・・・。」

朝、外へでて、笛を吹く職人。またしても芳しい響きが。
そこへ、ほうほうの体で、王女がやってきて苦しそうにしている。
これは大変と、介抱し、水を飲ませてあげる職人。
語るうちに、王女は、ここから自分を連れてどこか遠くへ連れて行って欲しいと懇願するが、職人は、今日が済めば明日にでも、と語る。
彼は、彼女が王女であることを知らないのである。
今日は、病気の王女を癒しにいくからと。
彼女は、そいつは悪魔だ、老親方もそうだ・・・と訳わからないことを口走り、これには職人も混乱。
しかし、彼は、王女を救いたいのだ、彼女のために死んでもいいとまで、語る。
それが終わったら、一緒に逃げてくれる?と王女。
そう、あたりまえさ、君を愛している。必ずやりとげるさ、と職人。
彼女は、去り際に、それはきっとできないわ、と呟く・・・・。

夜、4人の男たちが死んだ男を親方フローリアンの家の前に運んでくる。
ウォルフは、なにも自分たちの祝賀の晩に死体なんてと怒るが、男たちは、死者をその父のもとに届けにきた。彼は天に昇るため、そして彼のヴァイオリンを弾くことになろう・・・と。
次の場への間、この横たわる男は起き上がり立ち去り、空は雲が立ち込め、城はあざやかなイルミネーションにおおわれ、鐘が鳴り響く。

楽しげな音楽に乗り、市民たちが繰り出してきて、それは酔っ払いもまじって乱痴気騒ぎとなり、やがて魔女は誰だとか始まり、王女を殺せと言い始め、城に殺到する。

ウォルフは、彼女に罪はない、悪いのはあの親方で魔術師だとするからまたややこしい。
 さらに、リーゼは、悪いのはあの女、母たちよ、息子たちを守りなさいと、これまた煽るようなことを言い、王女は怖れおののき、わたしの人生には何の意味もなくただ死にたいと語るも、リーゼの王女へのなじりは、息子の死体を見てしまった故に激しさを増すばかり。

そこへ、執事にいざなわれて若い旅の職人が混乱のなかに登場し、王女を紹介され、それが今朝あった彼女とわかりびっくり。
 わたしにはできるとして、職人は笛を取り出し吹き始める。
すると、おなじみのえも言われる雰囲気が醸し出され、虚ろな病魔の王女は様子が一変。例の音楽箱も神々しく響きはじめ、市民たちも神妙になり踊りだす。
そして、フローリアンの家では箱に合わせて、死んだ息子もヴァイオリンを弾きだすのが見える・・・・。
王女と職人のふたりは、城近くの丘に登りつつ、この晴れやかな日に、旅立つ喜びを歌い合い熱い二重唱となり、城の中に消えてゆく。
フローリアンは、市民よ待ってくれ、聴いてくれ、息子がいまヴァイオリンを弾いているのだ、死がいま音楽を奏でているのだ・・・・と錯乱状態。
ウォルフに扇動されて松明をもった人々があわられ、松明を投げつけ、親方の家は燃える。
ウォルフは、王女はどこだ?せっかくの祝宴が、おまえの恋人はここだ。。。とこちらも混乱。
やがて、城が朝日に浮かびあがり、音楽箱も鳴りをひそめる。

が、しかし、鐘の音だけは、街に降り注ぐようになり続けるのであった。
 それを聴いたフローリアンは、狂気の笑みを浮かべ、傍らにはリーゼがうなだれいて、「聴こえるか?聴いたか?」と。
人々は、そんな親方には目もくれず、ひざまずいて祈ります。
「おお、主よ、わたしたちの罪ゆえ、お慈悲の道のすべがないのを知りました・・・・」

                ~幕~

どうも、よくわからない内容。
かなりの誤訳・作文はお許しを。

こうして書いてて、「パルシファル」と「マイスタージンガー」を思い起こした。
職人は無垢なるパルシファルと歌合戦に臨むワルター、親方は、グルネマンツとザックス。王女は、アンフォルタスとクンドリーとエヴァ。
ウォルフは、クリングゾルにベックメッサー。
リーザはクンドリー。
(おまけに彼女たちは二面性を併せ持っていることで共通)

このオペラの台本の冒頭には、ニーチェの「ツァラトゥストラ」の真夜中の歌の一部が、シュレーカーによって引用され、記載されている。
「だがすべての快楽は永遠を、深い永遠を欲する」と。
そう、マーラーの第3交響曲で歌われる深いアルトの独唱、永劫回帰の思想。

人間の欲望の尽きることのない性(さが)とそれへの肯定感を、シュレーカーはいつもその独特なドラマの選択によって描いている。
いままで聴いてきたオペラでは、それは、ついついイタいことしてしまう女性たちによってあらわされてきた。
ここでも、王女と、親方の元妻たちがそう。

この筋の内容の考察は、まだまだ足りないと思うし、もしかしたら考え違いかもしれない。
また改めることもあるかもしれない。

しかし、シュレーカーの私にとっての素晴らしい音楽は変わりがない。
ふたつの幕の2番目の置かれた前奏曲のような間奏曲は、単独で聴いてもまったくシビレるほどで、これまで聴いてきた彼のオペラの間奏曲や前奏曲たちと並べて、機会あるごとに聴いている曲なのだ。
甘い歌に、熱い二重唱、邪悪なモティーフを伴ったクレド、民衆のはちゃむちゃ・ハーレムサウンド・・・・、どのオペラにも共通のシュレーカー流儀。
濃厚かつ甘味なる世紀末サウンドの典型。
 ワーグナー、マーラー、シュトラウス、ツェムリンスキー、新ウィーン楽派、コルンゴルトと来て、当然の帰結としてたどりいたシュレーカー。
そのほかにもその周辺作曲家はたくさんいるけれども、こうして聴くほどに、自分の波長にぴたりと合っていることを痛感する。

キール・オペラの面々は、実にしっかりしたキャラクター作りでもって、万全の歌を聴かせてくれた。
新国でもヴォツェックとマンドリーカで、お馴染みになったマイヤーはことに立派で印象的。
エキセントリック感もある王女のヘニングと、リリカルなシェーフリンも気に入った。
リーゼのシュルテルの存在感もすごいもので、ウォルフ役はその点、少し弱かったかも。

ヴィントフールは、この手の知られぬオペラをよく取り上げてくれていて、以前、シュトラウスの「ダナエの愛」をここでは記事にしております。
ベルリン・ドイツ・オペラでも活躍中の実力派のようです。

これにて、シュレーカーのオペラは4作目。
あと、音源が手に入ったものふたつを用意してあります。
年内にいけるかな?


シューレーカーのオペラ記事

 「炎」~Flammen

 「はるかな響き」

 「烙印を押された人々」

Rotsuongi2

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2011年1月15日 (土)

ヘンデル 「水上の音楽」 プレヴィン指揮

Shibaura2

芝浦、竹芝桟橋あたりからレインボー・ブリッジを望むの図。
海はエエなぁ~。
本格的に、心が解放されるんだわぁ~
そして、造られた街、トーキョーはこうして美しい。

Handel

今日は、プレヴィン
ヘンデルは英国に帰化してるから、英国ものともいえます。
「水上の音楽」は、ヘンデルでもっとも有名な曲かもしれないが、でも最近は意外なまでにこの曲を聴くことが少なくなった気がする。
ご多分にもれず、いまやこの曲の演奏スタイルも古楽器によるピリオド奏法が主流となり、室内オケや一般オケの録音や演奏会ではあまり登場しなくなった。
多くのオペラやオラトリオが見直されていて、そちらの方へ興味も流れているし。

学究による版もふたつあり、60年代初頭までは旧ヘンデル全集、以降は新ヘンデル全集のレートリヒ教授版。

さらに、いくつかのオーケストラ版もある。
それらの中では、なんといっても英国の作曲家・指揮者のハミルトン・ハーティの編曲によるフルオーケストラバージョンが一番かもしれない。
わたしのような世代だと、音楽の授業で聴いた「水上の音楽」は必ずハーティ版で、なんらの疑念も挟まずに、そのゴージャスな響きを堪能していたわけだ。
「メサイア」の演奏にもかつてはそうしたことが言えて、英国や米国の指揮者たちのメサイアは華麗なイメージもあったのだ。
まったく、時代の変遷というものは恐ろしいもの。
澱や埃が払われて、生まれた当時のピュアな響きをまとって復刻される音楽たち。

でも、それがすべてかというとそうでもない。
私たちの音楽には、それらが育まれ、聴かれてきた過去があるわけで、それらを否定してしまっては、また見失うものも多い。
事実、今宵、ハーティ版ヘンデルを、久方ぶりに聴いてみて、これまた耳が新鮮な喜びを感じているのだから。

   ヘンデル  序曲 ニ短調 (エルガー編)

          「水上の音楽」組曲 (ハーティ編)

          「王宮の花火の音楽」組曲 (ハーティ編)

     アンドレ・プレヴィン指揮 ピッツバーグ交響楽団
                          (82.12@ピッツバーグ)


プレヴィンとピッツバーグ響の紡ぎだすヘンデル。
かつて学校で聴いたはずのカラヤンとベルリンフィルのゴージャス演奏とは対局にあるような渋さである。
重い響きを出すこのコンビだったが、なかなかに思索的な雰囲気もあってエアなどは、こんなにゆっくりと抒情のたけを込めて演奏しちゃっていいんだろうか、と思ってしまうくらい。少し腰が重すぎると感じてしまうのは、録音と原編曲のせいもあるかもしれない。
そのあたりを封じるには、華麗にバリバリ演奏しちゃうのが手かもしれないが、プレヴィンはそんなことはしない。
プレヴィンらしい、温もり感もあって、爽快さとはまた違った意味で気持ちのよい演奏であります。
ピッツバーグのホルンセクションの鮮やかさと、打楽器群のキレのよさも楽しい。
録音はフィリップスらしいピラミッド型の重厚なもので、あのケチャップの名を冠したハインツホールの響きも美しい。

なにか、いにしえの名曲を聴いたような気がする今宵なのでありました。

Shibaura1

現代の舟遊びは味気ないものです。

ハーティの音楽過去記事

「ハーティ ヴァイオリン協奏曲&ピアノ協奏曲」

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2011年1月14日 (金)

ブリテン 管弦楽曲集 マリナー指揮

Hiratsuka

湘南海岸の夕暮れ。
遠くは伊豆半島。
儚い雰囲気です。

Marriner_britten

今日は、フェイヴァリット指揮者、サー・ネヴィル・マリナー行きます。
しかも、英国音楽の中でも、上位に好きなベンジャミン・ブリテンの作品。
マリナーで、ブリテンというと、シンプル・シンフォニーや変奏曲、室内楽的声楽曲ばかりだけれども、「シンフォニア・ダ・レクイエム」と並んで、唯一のフル・オーケストラとのレコーディングがこちら。

 ブリテン  「青少年のための音楽入門」

        「ピーター・グライムズ」
            4つの海の間奏曲

        「善意の人々」

   サー・ネヴィル・マリナー指揮 ミネソタ管弦楽団
                        (1983.5@ミネアポリス)


マリナーのアカデミー以外のポストは、これまでのところ、ロサンゼルス室内管弦楽団、ミネソタ管弦楽団、シュトゥットガルト放送管弦楽団があげられるのみ。
現役最高老(86歳)の指揮者のひとりで、おそらく録音音源数上位、最広範のレパートリー、という数々の勲章を抱えている。
にもかかわらず、つねに謙虚で変わらず、若々しさとユーモアを兼ね備えた名匠。
それこそが、サー・ネヴィルなのだ。

ポストには恵まれない、というか、オケからは愛されるのに、本人が意に介さずのところもあって、いつも正指揮者の華やかな影に甘んじ、しずかにオケをまとめあげているタイプ。
 部長以上の実力を持ちながら、一課長として、課員からは信頼と愛情を集めつつも、いいところは、部下や部長さんに持ってかれてるタイプ。
見る人は見て、しっかり評価してるけど、その人も、人前じゃ、声高には褒めない。
でもいつも、しっかり拝見してて大いに安心感を抱きつつ、評価をやまない存在。

どの社会にもいますよね。
みなさまのまわりや、社内にもいますよね。

異論はあろうかと存じつつ、こんなサー・ネヴィルが、わたしは等身大的に大好きなんです。
ブログをやるまでは、黙っていたけれど、こうして情報発進できるいま、、このようにして何度もサー・ネヴィルを褒め称えてしまうんですよ。

アカデミーのマリナーが、アメリカのフルオーケストラの指揮者になったときは驚きだった。
1979~86年が、その任期で、前任はスクロヴァチェスキ、後任がデ・ワールト。
これだけでもすごいでしょ。
ストコフスキやワリター、オーマンディ、ミトプー、ドラティとゆかりのあるオーケストラで、マリナー後もワールトに、われらが大植に、ヴァンスカ。
いずれも、オーケストラビルダー的な指揮者ばかり。
実務的な面もあるマリナーもその中の布陣と捉えられるかもしれない。

こちらのブリテンは、フルオケによる有名曲を集めつつも、華やかにならずに、つつましくも、実にエレガントに、そしてブリリアントに響くのであります。
「青少年」は、おもしろ・わかりやすい演奏というよりも、渋い名作的に18分間が連続した交響詩のようで、達者なソロたちも、その中で機能している感じを受ける。
N響にかつて来演したときの音源はかねてより聴いていたが、それに加えて、映像も先ごろ放送され、若いハツラツたるマリナーの指揮ぶりが味わえてうれしかったけれども、これはまったくすばらしく熱い演奏だった。
演奏終了と同時に、マリナーは、オケに親指をたてて、ナイスのサインを送っていたものだ。
対するこの音源も素敵ななもので、終結部の拍子の錯綜が、ひとつにまとまってゆくさまは、鮮やかというほかはない。

わたしの、チョー大好きな「ピーターグライムズ」の音楽は、もう何度も何度も聴いて、その都度、その演奏がよく感じるものだから、八方美人的な受け止め方になってしまっているけれども、壮絶なクールさななかに抒情を感じ、英国絵画をめでるに等しい様相。
疲れたがごとくの味わいと、寂寞感を味わえるピーターグライムズなんだ。
こちらは、別音源として、ベルリン放送響とのものも持ってます。

クリスマス・キャロルが巧みに配された「善意の人々」は聴きやすく、フレンドリーな音楽で、これはまた、マリナーにぴったりなのでした。

Hiratsuka2

右手に大磯の湘南平、奥には箱根の山々。
砂浜には、わんこの足跡に、その飼い主様。

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2011年1月13日 (木)

エルガー 交響曲第2番 ハイティンク指揮

Gunma

某北関東の街の壮絶な夕暮れ。
眩しかったです。
沈む直前は、ものすごい輝き。
このあと、急速に光を失っていくのでした。

Elgar_sym2_haitink

2曲あるエルガーの完成された交響曲。
いまや、補筆完成の3番も加えて、3曲。
わたしは、もうあれはエルガー(テイスト)の立派な作品だと確信している。
マーラーの10番がそうであったように、エルガーの3番も、しっかりと市民権を得る時期が来ていると思う。
しかし、レコード産業の不芳で、音源も少ないし、なかなか広まらないのが実情かも。

1番が大好きだけど、2番もとても好き。3番もすっかりお馴染みになった。
3曲ともに、万遍なく聴きたいエルガーの交響曲なのです。
3つとも録音しているのは、コリンとアンドリューのふたりのデイヴィスだけ(たぶん)。
尾高さんや、M・エルダーあたりにも完結していただきたいところ。
でも、今宵のハイティンクやプレヴィンは、絶対3番をやらないだろうと推測。

  エルガー 交響曲第2番 変ホ長調

   ベルナルト・ハイティンク指揮 フィルハーモニア管弦楽団
                         (1983年 ロンドン)


伸びやかだけど、重厚さと晦渋さも兼ね備えた2番。
ハイティンクの気質には1番よりも、こちらの方がしっくりくる。
なんといっても、荘厳なる第2楽章のラルゲットが素晴らしく、毎度おなじみの泣き虫の私は、いつにも増してうるうるとしてしまう。
でも今回、厳冬の晩に、しかも寒い部屋でマフラーを首に巻いて聴いた1楽章。
同じようなフレーズの繰り返しながら、それらが時に毅然と、時に諦念に満ち、そしてエルガーならではの高貴さに満ち、登場するのを20分間に渡って聴いていたら、体がジワジワと内側から温まってくるのを感じた。 
 一聴、しんねりむっつりのハイティンクの棒が、徐々に熱を帯びて神々しく輝いてゆくのは、彼の音楽を聴いていつも思うこと。
ブルックナーやマーラーのときと同じように、真摯な音楽造りがなしえる技であろう。
この楽章の最後は、そりゃもう感動しました。
そのあとに、あの2楽章なのですから。
快活な3楽章と、夕映えのような終楽章の完結感。
素晴らしい曲であり、演奏にございます。
ロンドン・フィルとの関係がちょっと薄くなったとき、フィルハーモニア管と結びついてエルガーやラフマニノフを録音したハイティンク。
EMIの録音にいつものことながら一言いたいところだが、くすんだロンドンフィルの音色に比べて、フィルハーモニアの弦楽器が柔和な響きなところがうまくとらえられているかも。

ともあれ、ハイティンクが、エルガーやウォルトン、RVWらの交響曲を録音しておいてくれたことがとてもうれしく、EMIさんには感謝したいデス。

以下は、過去のエルガー2番記事。
1番よりは少なめ。
ためしに、ググってみたら、結構上位にありました。
しかし、なんと、わたしの文章を完璧に使用しているブログがありましたがな(・_・)?

「尾高忠明 読売日本交響楽団」

「ハンドレー追悼 ロンドンフィル」

「大友直人 京都市交響楽団」

「大友直人 東京交響楽団」

「B・トムソン ロンドンフィル」

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2011年1月12日 (水)

ノーノ 「力と光の波のように」 ポリーニ&アバド

Tokyo_tower2011

東京タワーの週末イルミネーション。
細部アップ。
ボケ具合がかえってよろしい。

Nono_pollini_abbado_3

今夜は珍しく、現代音楽。
でも、ちょっと古めの70年代のもの。
めったに現代音楽は聴かないけれど、このCDは、ジャケットがポリーニだけど、指揮がクラウディオ・アバドだから。
前衛作品もふくめて、現代ものを好んで取り上げてきたアバド。
かつての大物指揮者たちにはあまりなかったことで、スカラ座、ロンドン、ウィーン、ベルリンと、これまでのポストでは、必ず現代ものを取り上げ、ウィーンにおいては、「ウィーン・モデルン」 なる現代音楽のフェストを企画し、連動してレコーディングもいくつか行った。
いまや古典なれど、ウィーンフィルにリゲティやノーノ、リームなどを演奏させてしまったのもアバドならではのこと。

完璧な精緻さと、イタリア人ならではの明晰さが、新しい音楽においても滲み出てくるので、アバドに演奏してもらいたがった作曲家もたくさんいた。
ルイジ・ノーノ(1924~1990)は、すでに物故してしまったイタリア人作曲家であるが、アバドとポリーニの朋友でもあった人。
ノーノは、ブーレーズとシュトックハウゼンと並んで、かつて前衛三羽鳥と呼ばれたが、さすがはイタリア人。
ほかの二人と異なって、声楽を用いた作品や、オペラなんかもある。
ネットラジオでそのオペラ「非寛容」をぼぅ~としながら聴いたことがあるが、シュプレヒッティンメを活用し、トーンクラスターもキーキーなって、いかにも風な作品だった。

このノーノは、コミュニストであったところも、その音楽と完全に密接化していて、今日のこの作品も、ギンギンにその手の思想のもとにあるわけ。
70年代、ミラノにいた、アバドもポリーニもそうした思想下にあったわけで、当時のイタリアの政治の混乱ぶりもそれに拍車をかけていたのかもしれない。

しかしノーノは筋金入りの社会主義者で、スペインのガルシア・ロルカやパブロ・ネルーダにまつわる曲を書いているし、こちらの「力と光と波のように」は、チリ革命にちなんでいるわけである。
解説によると、70年に成立した共産党系のアジェンデ政権の生ぬるさを批判しつつも、強く支持し、かつ改良しようとした運動に奉じた若い革命家ルチアーノ・クルスと、ノーノは知り合い、強く共感していた。
しかし、そのルチアーノが27歳で急死してしまい、その追悼詩にもとづいて、この作品が書かれたという。
初演は1972年6月に、ミラノスカラ座で。
ポリーニとアバド、スカラ座、そしてタスコーヴァのソプラノで。
そして、73年10月に、ミュンヘンでこの録音がなされた。

  ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ  S:スラヴカ・タスコーヴァ

   クラウディオ・アバド指揮 バイエルン放送交響楽団
                   +電子音~テープ
                        (73.10@ミュンヘン)

曲は4つの部分からなる30分くらいのもの。
あらかじめ録音された電子音が常に鳴り響き、そこにソプラノ、そしてピアノに膨大なフルオーケストラが絡み合う。
1部はかなり不気味なもので、ソプラノが歌うでも語るでもなしに、「ルチアーノ」を連呼しまくる。その詩が、お若いの、君は燃え続けるだろう、革命のように、波のように若々しく、光を発し続けるだろう・・・・云々、という、あっ、そうですか的な内容。
なんか嫌だなぁ、と思っていると、第2部と第3部ではピアノが打楽器のような打鍵の凄まじさを伴って登場する。そうはいっても、ここはやはりピアノで、正直ホッとします。
ここでのポリーニの凄まじさといったらもう・・・・・!
テープ録音の自分のピアノと左右に分かれて弾き・叩きまくる、といった風情で、オケも大咆哮と鋭いトーンクラスター炸裂で、オケ好きとしては、あぁ、快感。。。。
3部の終りの超高音は耳イタイ。
4部は今度は合唱も加わり耳イタイ。でもホルストの惑星のように、フェイドアウトして徐々に消えてゆきます。  うーーーーむ。

正直、あんましよくわかんない。
詩の内容ももあんまし深くないし。
ここは無心に、音の面白さとポリーニの凄まじさを聴きとることしか、わたくしにはできません。
アバドが、バイエルン放送響と残している唯一の録音でもある。
同時期に、おそらく一夜の演奏のもう一方演目の、ブラームスの交響曲第3番は、CDRで聴けますよ。
ドレスデンともまた違った、推進力と明快さあふれる演奏です。

Nono

初発売時のレコ芸の広告。
左下の顔がジャケット。
これがルチアーノか?
赤とピンクと黄色のすごいジャケットで、レコード店で何度も手に取って眺めたものの、ついぞ購入しなかったもの。アバドだったのに。

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2011年1月10日 (月)

プッチーニ 「トスカ」 T・トーマス指揮

Ningyocho1

日本橋人形町の金曜の晩。
お客さんのところへの帰り。
ちょっとほろ酔いで歩む人形町通り。
暮れは、味のある出店で賑わっていたけれど、新年は提灯のみ。
ちょいと寂しい。
この街は、ネコもネズミも、地の元気な奴がたくさんいる。
閉まったシャッターを駆け上るマウス君を見たことがあります。
下町でありつつ、城下町の気品もあり。

今週のお題は、このブログの基本路線をあらためて確認しつつの、その路線のご紹介もかねてのもの。(になろうかと存じます~酒気帯びの状況に応じて変じます)

週末は、オペラ
土曜も仕事をうだうだすることが多いから、その準備は周到にしております。
中心はもちろんワーグナー
当ブログの柱のひとつでもあります。
いつでもどこでもワーグナー。常に「トリスタンとイゾルデ」が頭に鳴ってます。

対するヴェルディは、かつて熱烈没頭したけれど、ここ数年は弱め。
むしろ、プッチーニが大好き。
そして、ヴェルディ後のイタリアオペラ作曲家探究が命題。
あとは、何といってもR・シュトラウスと、ワーグナー後のドイツ・オーストリア系の世紀末系オペラ
新ウィーン楽派系からツェムリンスキー、コルンゴルト、シュレーカーなどなど。
もっとも深めたいエリアにてございます。
 あとは、バロック系オペラを斬新演奏にて!
そして、人知れないオペラの数々の探訪。

作曲家や時代エリアでは、後期ロマン派以降。
ジャンルではオーケストラと声楽作品。

好きな演奏家、というか指揮者では、なんといっても、もう40年近い付き合いとなるクラディオ・アバド。
アバドは、ずっと聴いてきた。
音楽しか頭にない無垢の人格にも惚れてます。
一緒に歳をとってゆく、兄貴みたいな存在だけど、ますます若くなるこちらの兄貴にはついてゆけません。
あと現役指揮者のフェイヴァリットは、ハイティンク、プレヴィン、マリナーという地味系。

そうそう、ワーグナー、アバドとならぶ巨星ジャンルは、英国音楽です。
ヘンデル以降に目立った人がいないこともあって、後期ロマン派のジャンルに準じる英国作曲家たちを、ともかく愛してます。
こちらはまだまだ奥が深くて、わたしでも知らない作曲家がたくさん。

まとめると、ワーグナー、アバド、英国音楽、オペラ、後期ロマン派、地味系指揮者数人・・・、といった感じでしょうか。

それにしても気が多い。
クラシック音楽の懐は深く、愛好家のみなさんには、こだわらず、幅広くご興味の枠を広げて欲しいと思います。

あっ、あとビートルズも英国音楽のひとつとして、ブリティシュ系の軽めのロックに、世代的にこれまた軽めのアメリカンAOR。
日本の歌も、いまもアンテナ張ってますよ。レミオロメンなんか大好きなんだから。

Puccini_tosca_mtt

今日は、プッチーニ「トスカ」を。
このような名作になると、もう鼻歌まじりに軽く聴けちゃう。
CD棚にこれがあるのを発見。なんで、これ持ってるんだ?
たぶん、どっかの中古屋さんで安いからという理由だけで買ったんだろうな・・・・。
不思議な顔ぶれの「トスカ」。

  トスカ:エヴァ・マルトン     カヴァラドッシ:ホセ・カレーラス
  スカルピア:ホアン・ポンス   アンジェロッティ:イシュトヴァン・ガーティ
  堂守:イタロ・ターヨ       ほか

   マイケル・ティルソン・トーマス指揮ハンガリー国立交響楽団
                        ハンガリー国立放送合唱団
                         (1988.12 @ブタペスト)


ティルソン・トーマス(MTT)がオペラを。
これ自体が珍しいし、オケがハンガリーなもんだから。
聴きつくしたこの作品を、MTTは陰影豊かに、細やかな表情をつけて解釈していて、ただでさえよく書けてるプッチーニの音楽がシンフォニックに鳴り響いている。
しかし、2幕のスリルと緊張感はやや弱め。
さらにオケの精度がいまひとつ。これがロンドン響だったら・・・・。
なんで、ハンガリーなんだろう?
録音時、ハンガリーは、ソ連や東欧諸国とともに、共産政権下末期にあったはず。
そんなことを考えつつ聴くのもクラシック音楽の楽しみですな。

主役3人では、カレーラスが頭抜けて素晴らしい。
ディヴィスやカラヤンとのものから10年。
声の輝かしさは一歩後退したものの、真摯な歌いぶりに、味わいも加わって悩める渋い男カヴァラドッシとなっている。
マルトンは、大味だけど悪くはないです。でも、カヴァラドッシのおっかさんみたいかな。
ポンスは、好きなバリトンだけど、その美声いやらしい具合に駆使して悪漢らしさを出してます。
ハンガリーっぽい名前の端役たちにまじって、当時70歳を超えていた、大ベテランのイタロ・ターヨがフガフガ言いながら堂守を歌っているのがおもしろい。

多くの方にお薦めはできないけれど、カレーラスとMMTゆえに悪くはない「トスカ」でした。

「トスカ」過去記事

 「マゼール&ニルソン、コレッリ、FD」

 「シュタイン&コンヤのドイツ語トスカ」

 「新国立劇場2009 タマちゃんトスカ」

 「チューリヒ歌劇場映像 カーセン演出 マギー、カウフマン、ハンプソン」
   こちらは、MTTが振る予定だったけれどキャンセルした上演
 

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2011年1月 9日 (日)

法善寺横丁のにゃんにゃん

Houzenji_nyan7

大阪のミナミ方面に行くと必ず立ち寄る場所が、法善寺横丁近辺。
水掛不動尊を中心に、夜も昼も味のあるスポット。
去年のお話です。
金曜に客人と飲んで、土曜はゆっくり帰るだけ。
お散歩がてらにさまよう横丁。

Houzenji_nyan1

前方20メートルに、にゃんこ発見。
よしよし、路地だし逃げ場はないぞ。
慎重に近づくさまよえるオジサン。

Houzenji_nyan2

逃げ場を探している様子。
容赦なく近ずくわたくし。

Houzenji_nyan3

上をうかがう、にゃんこ。
しまった、そういう手があったか。
でも、手足短くねぇ?

Houzenji_nyan4

おっと、飛び上がった。
あわてるワタクシをしり目に、まさに手足しか見せてくんない・・・・・。
でも、短くねぇ?

Houzenji_nyan5

それでも、その場を立ち去らずに食い下がる、さまよえるワタクシ。
それをあざ笑うかのように、上から目線。
チクショーーーーup

Houzenji_nyan6

そして、きゃつ(キャットとかけてみました~そんなのわかっとるわい)は、さらに向かい側に飛ばんとする姿勢を見せ、鮮やかな跳躍をワタクシの真上でやってくれたのでした。
画像はありませんが、きゃつの性別が、真下から判明したことを、ここに謹んでご報告いたします。
はぁ。

Houzenji_nyan8_2

苔むした不動明王。

あのにゃんこは、いったい・・・・・・・。

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2011年1月 8日 (土)

チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 小澤征爾指揮

Azumayama4_2

いつもの山の頂き。
冬枯れの芝とシンボルのような一本の木。
寂しいです。
薄日差す冬空も厳しいし、相模湾もいつもの輝きがないです。

名曲シリーズ。
最後の今夜は、こんな景色にぴったりの音楽を。

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」なのです。

「ジュピター」「運命」「未完成」「新世界」「悲愴」。
かつての交響曲の名曲は、いずれもタイトル付き。
入門者にはイメージしやすいし、レコードも売りやすい。
だから当然に、わたくしも、このあたりから集めていった。
回数の都合から省略しましたが、あと「田園」「合唱」「英雄」「時計」「イタリア」などでしょうか。ベートーヴェンは強かった。
いまの若い方々からしたら、あまりに手ぬるい世界と思し召しにございましょう。
わたし達の世代の音楽入門は、よい子の音楽教室的に入り方をしたのです。
メディアはレコードとNHK、レコ芸しかなく、情報が限られていた。

番号のないブラームスやチャイコフスキーを聴いたのは少しあと。
マーラーやブルックナー、ショスタコーヴィチなんて、ずっとあと。
いまやこの3人が超人気作曲家となり、いきなりこれで入門される方もいらっしゃる。
世の中、変わりましたなぁ・・・・、としみじみしてみる。

過去の追想と、このしみじみ感を毎夜味わい続けた今週でございました。

Tchaikovsky_sym6_ozawa

「悲愴」の演奏で選んだのが、小澤征爾指揮するパリ管弦楽団
1974年の録音で、小澤さん39歳。
サンフランシスコ響にボストン響の音楽監督を兼務し、ヨーロッパでは、ベルリンフィル、ニュー・フィルハーモニア、そしてパリ管の常連指揮者。
文字通り、世界を股にかけた小澤さんの活躍は、眩しく、そして輝かしいものだった。
高校時代、近かった箱根にクラブで出かけたとき、外人さんに会って、「どこから来たんですか?」と聞いたら、「ボストンよ」と答えてくれた。
思わず「Oh! Seiji Ozawa!」と言ってみたら、そのご婦人は、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれたもんです。

パリ管とは、EMIから始まり、フィリップスにその録音が引き継がれたが、チャイコフスキーやストラヴィンスキーなどのロシアものが多い。
ボストンとの兼ね合いで、フランスものの録音がなかったのが残念だが、ともにミュンシュつながりのオーケストラ。
ほんとうは、ショルティやバレンボイムじゃなくって、小澤征爾がパリ管の指揮者になればよかったのに。
パリ管は、歴代不思議な指揮者ばかり起用してる。
わたしたち日本人は、フランス、とくにパリと名がつくとどうも弱くて、憧れというか、おしゃれ感を感じてしまう。
だからパリ管には、本場の指揮者を求めたくなってしまう。
小澤さんは、その許せる指揮者のひとりだ。
70年の万博で来日したパリ管は、プレートルとボドという、いま思えば最高の組み合わせだった。
インターナショナルなオケとなってしまったパリ管より、フランス国立管の方が、フレンチムードと機能性を併せ持った優れものになっているように思う・・・・。

小澤の悲愴は、のちに、ボストン響、サイトウキネン、ベルリンフィル(映像)との演奏があるけれど、後者ふたつは未聴。
自在なボストン響よりも、カラフルで、いい意味で軽さのあるパリ管との演奏の方が好き。
胸かきむしるような悩み多き悲愴ではまったくなく、ロシア系の演奏とは対局にある悲愴。
当時、ハツラツとして溢れんばかりの情熱に満ちた演奏が多かった小澤にしては、ちょっと踏み込みも足りないような気がするが、仕上がりがとてもキレイで、流れるような節回しが嫌みなく、すっきりとさせてくれる。
アバドとともに、大好きな悲愴の演奏であります。

カップリングの「眠りの森の美女」は、録音も含めて、もっと素晴らしい。
LPでは、くるみ割りと合わせての発売だったが、そちらはCDでは未入手。
これぞフランスのオケと、しなやかな小澤節がぴったりと噛みあった演奏なのでした。

これにて、昭和の名曲シリーズ、交響曲部門終了。
次回より、いつものワタクシに戻ります。
管弦楽曲等、続編はまたいずれ。

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2011年1月 7日 (金)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」 セル指揮

Azumayama1

今回も、山頂の満開の菜の花の写真から。
正月3日目、箱根駅伝が駆け抜けたあと、西湘・湘南地区は急に曇り空になってしまった。
それでも、こんな空と早春の花の対比は都会では、まず見れるものではありません。

Azumayama2

山を降りて散策してみたら、こんな商店がいまだに存在。
こちらは、○○電機といって、ワタクシの小学校の御用達のお店。
まだ存続していて驚愕にも似た驚きでした。

完全に時間が止まっている。

こんなのんきで、悪く言えば田舎の街に愛想をつかして飛びだしたけれど、いまやまた、この育った街が愛おしくなって、散々に街のすみずみを歩き尽すようになったワタクシ。

この街を離れてからの年月。
変わったつもりでも、それは結婚して、子供たちに囲まれただけのことで、実は、自分の心象はまったく変わっていなかった。
山の麓の小学校、海辺の中学校。
それも変化なく存在しているのを見るにつけ、そう思う。

名曲は、自分の過去を映し出すもの。

いまの自分の嗜好は、ここ数年ではぐくまれたものなので、過去の思い出は少なめ。
でも、有名曲は昨今まったく聴かなくなってしまったものの、年明けの今回、連続して聴いてみると、過去の自分の思い出ばかりをこうして語ってしまう。
共有・共感できない方々には、申しわけございません。
 そしていまある、昨今の演奏と音楽を、未来に懐かしむ方々には、絶対に味わうことができない豊穣の世界を、わたしと同じような世代の方々が共有していることも申し訳なく思います。

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ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界から」。
これまた名曲中の名曲。
この曲を指揮者たるもの、指揮し、録音せざるをえなくなる。
あらゆる指揮者で、これを録音していない人はいないかも。
一番やりそうもなかった指揮者も、なんだかんだで録音してます。
K・クライバーと、アバド、ベーム、フルトヴェングラーがそう。

ごたぶんにもれず、わたしの初レコードは、「新世界」です。
それも、ケルテスとウィーンフィルという鉄壁の演奏で。
これや、同じ指揮者とロンドン響のものは、すでに記事にしてます。

今回は、それに次ぐ懐かし「新世界」ということで、ケルテスのハンガリーの先輩、ジョージ・セル指揮のクリーヴランド管弦楽団の音盤で。

早世してしまったケルテスは、ウィーンとロンドンで人気があり、ロンドン響をプレヴィンに譲ったあと、セル亡きあとの後任として請われていたクリーヴランド管との関係にあったわけである。
あの、テルアビブでの死がなければ・・・・・・。

実は、そんな思いに浸ってしまうくらいに、ふたりのハンガリー系指揮者たちに共通する「新世界」なのである。
いまでこそ、信じられないことながら、ハンガリーは、戦後は東側の国。
大きく、くくるとチェコもともに、スラヴ系であるわけだが、同じ戦後の東諸国の一員であることが、ますはセルとケルテスの共通点。
そしてドヴォルザークやスメタナとともに、自国のバルトークにも共感をよせ、得意演目にしたこと。

ふたりの「新世界」は、快速でドラマテック。
でもケルテスの方が雰囲気的で歌心があるのに、セルはスピード感についてこれない人をそぎ落として、残された優秀なクリーヴランドでもって、きっちりと仕事を済ませた感がある。
何もそこまで、飛ばすことはねぇだろう、とおもうくらいに、キビキビと、そして淡々とことは運び、気がつくと終楽章になっているっていう寸法だ。

この指揮に完璧についているクリーヴランドも驚きとともに、セルの導きだす自在なアゴーギグの変化にも、さっとついてゆく技量に驚く。
 そのセルの指揮は、常に、完璧な練習からうまれる容赦ない音の再現みたいな感じを持っているけれども、懐かし写真とともに70年に来日したおりの指揮姿、そして万博を経て、絶頂期に向かいつつあった日本を思ったりすると、なんだか、とても切なく思えるようになってくるのだ。
鉄壁さゆえの悲しさ。
さらにそこに味わいがあるからなおさら。

今回、セルの新世界を久々に聴いて、確たる印象を持てなった。
曲にも演奏にも。
明るく開放的に、そして表題性をはずして明快にすっきりと、それがいま多い演奏スタイル。
セルの指揮のものは、それとは別次元の孤高の雰囲気だった。
しかし、それがいいかどうか今宵はわからなかった・・・・。
酔いすぎかも・・・・・。

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2011年1月 6日 (木)

シューベルト 交響曲第8番「未完成」 クリップス指揮

Azumayama_suzuran1

いつもの山のうえは、水仙も満開。
甘くて、初春の香りがあたり一面をおおっておりました。
ちょいと調べたら、この香り豊かで愛らしい花は、彼岸花科に属するそうな。
あの毒々しくもミステリアスな花と同種とはとうてい思えない。

Azumayama_suzuran2

でも、邦名として別名「雪中花」ともいう。
これは、きれいですな。
そして、英名は「ナルシサス」。そう、ギリシア神話由来のナルシストでございます。
自分を見つめ続けて、花になっちゃった・・・・・、ふむふむ。

花言葉もいくつかあるけれど、気にいったのが、「詩人の心」。

そんな言葉にぴったりするのが、シューベルトにございましょう。

Concerthall

オチも決まったところで、本日の名曲をば。
シューベルト交響曲第8番「未完成」。

番号がコロコロ変わって、いまや7番「未完成」なわけだけど、わたしはそんなの嫌だ。
同じように、「ザ・グレイト」も、絶対9番か、せいぜい7番。
グレイトが8番だなんて、わたしは許さない。
時代考証に逆らう頑固オヤジです。

何度も書きますが、「運命」&「未完成」は、レコードとして定番で、常にベストセラーだったわけで、カラヤン、ワルター、バーンスタイン、フルトヴェングラー、クリュイタンス、セルなどなど、レコード店には常に並ぶ常連でございました。

でも、小学生だったわたしにはレギュラープライスのLPは、誕生日かクリスマスくらいしか手に入らない。
そんなときに登場したのが、日本コロムビアが出した「ダイアモンド1000シリーズ」。
1970年。これは画期的なことで、べートーヴェンの生誕200年も重なり、べートーヴェンのほとんどの曲が1000円。
そしてメインのシリーズでは、古今の名曲が次々にリリースされていった。
その記念すべき、番号1が、「運命&未完成」だったのでした。
買いましたよ、初運命。
未完成は、17㎝LPでミュンシュ盤をすでに持っていたから2枚目。
演奏は、運命が、ハンス・ユイゲン・ワルター指揮のハンブルク・プロムジカ。
未完成が、渡辺暁雄指揮の日本フィル。
マッターホルンのジャケットが郷愁をそそります。

この和製「未完成」がなかなかに歌心あふれる名演奏だったのです。
でも本当は、ミュンシュとボストンの演奏が、いまだにわたしの刷り込みNO1。

そのあとの「未完成」は、会員制レコード頒布組織のコンサートホールで求めた、ヨーゼフ・クリップス指揮するウィーン音楽祭管弦楽団のもの。
これは、同レーベルのハイライト盤みたいなうLPで、ほかにマゼールの眠りの森の美女なんてのも収録されていた。
この演奏が、妙に雰囲気のある「未完成」で、中学生のわたくしは、毎晩聴いてロマンに浸っていたものです。

生粋のウィーンの指揮者クリップスは、ウィーンフィルとの活躍に加え、ロンドン響の指揮者もつとめたから、同響との録音がとても多いし、晩年のコンセルトヘボウとの録音も素晴らしいものがたくさんある。
オペラ指揮者でもあったから、意外なものも復刻されてたりしていて、R・シュトラウスの「エジプトのヘレナ」などはもう、感涙ものであります。

この未完成は、柔らかなタッチで、ことさらロマン風にもせずに、ごく普通にシューベルトの歌心を自然に紡ぎだしている。
ゆったりとしたテンポで、柔和な表情づけが繊細で、何も変わったことはしていないのに、スコアに書かれた音楽のみがそこに流れている感じ。
だから素直に「未完成」という曲の真髄を、さりげなく味わえてしまう感じ。
ことに第2楽章は、ほんとうに美しいと思う。

こんな芸風の指揮者は、いまやなかなかいませんね。
正体不明のオーケストラは、いろんな説がありますが、木管にウィーンの響きがするから、ウィーン交響楽団か、ウィーン国立歌劇場のものと推測。
コンサートホールがCDで一時復活したとき、シューリヒトの爽快グレイトとのカップリングで発売され、それを今聴いてます。
録音の、もこもこ感は否めないものの、これもまた私には懐かしい雰囲気を呼び覚ますものなのでした。

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2011年1月 5日 (水)

ベートーヴェン 交響曲第5番 ベーム指揮

Hamamatsucho_2

以前紹介しました浜松町駅の小便小僧さん。
クリスマス・バージョンから、新年バージョンに暮れのうちに衣替え。

Hamamatsucho_1

ラビット・コスプレshine
それにしても勢いがエエですなぁcatface

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本日の名曲は、ユルすぎの写真とは、あまりに似合わない曲。

しかし、脱兎のごとく機敏なK・クライバーと同じオーケストラを指揮しながら、じっくりとした歩みでもって聴かせてしまったベームの指揮は、古今東西、もっとも有名なこの交響曲演奏の中では一番ゆったり聴こえるかも。

べートーヴェン交響曲第5番
いわゆる「運命」という曲を、カール・ベーム指揮のウィーン・フィルハーモニーの演奏で。

この曲をベームで、という場合、今では晩年に日本にやってきたときのライブの方が「ライブで燃えるベーム」の特質がありありとしていて一般的かもしれない。
ベルリンフィルとはモノラル録音があるが、そちらは未聴。

そして、名曲となると、昔話ばかりで恐縮ですが、私には、ベームのべートーヴェンは、70年代のDGへの全集録音なのです。
ことに第5と第9は、全集に先駆けて、70年4月に録音され、超速攻でその年の暮れにはもう日本発売されたはず。
DG、当時は日本グラモフォンから、ウィーンフィルが出てくるのも初めてだったし、カラヤンばかりでお馴染みだったグラモフォンの黄色いジャケットが、ウィーンのムジークフェラインだったから、これまた新鮮だった。
さらに驚きは、「運命」というと、「未完成」がつきものだった(そう思い込んでいた)当時、これ1曲でレコードのA・B面を使用するという超贅沢さと、不条理感。
しかも、第9はこれまた驚きの2枚組。

いやはや懐かしい思い出でございます。

若い人に昔話を語るに似たブログ記事になってしもうたわい。

それでも演奏時間は35分。
繰り返しなし、決して遅くはないタイムだが、とてもゆっくりに感じる。
それは縦のピシッと決まったリズム感というよりは、横へ横へ広がるようなスケール感というか伸びしろが大きいゆえかもしれない。
ライブだと、これに思いもよらぬ自在さと、驚きの迫力が加わるのだが、スタジオ録音だとまとまりのよさとガッシリ感が優先する。

70年代のウィーンフィルらしいまろやかな音色に、まだ鄙びた感じの残る管楽器の響きも魅力だし、デッカのゾフィエンザールのリアル録音と異なり、丸みを帯びた音響と豊かな残響を捉えたDG録音も素晴らしい。DGはまだムジークフェラインを使っていなかった。
1楽章はどちらかというとおおらかで、音の伸ばし具合も眺め。
2楽章の味わいとミステリアスなまでの深淵さが沁みる。
4楽章突入の巨大なフォルテに、じっくり進むクライマックスも久々に聴くと以外や熱いもんです。

ベームの第5?、なんて言わないで、若い人に聴いてもらいたい大人の第5でございます。
欲を言えば、60年代半ばくらいに録音して欲しかったかも。

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2011年1月 4日 (火)

モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」 ワルター指揮

Azumayama1

お正月は実家にて過ごしてました。
暮れから正月、地域で天気が全然違う。
雪の多い地方の皆さまには、申し訳ないくらいに温暖の地が私の郷里。
いつもの山の上では、菜の花が満開。
その向こうは、相模湾。

Azumayama3

箱根駅伝は、今年は応援に行かずにテレビ観戦。
シード争いのデットヒートがスリル満点でございました(大声あげてしまいましたよ)。
そして、散々飲んで、この山に登ったのでございますが、もう、心臓バクバク、足はへろへろ。
もう若くないのです。

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今年の川崎大師はすごい人出。
境内も、屋台も超混雑。

Kawasakidaishi2 Daishi_2010 Daishi_2009_a

不遜な写真なので、ちっちゃく。クリックで大きくなりますよ。
左から、2011→2010→2009。
年々、お札の数が・・・・・・・。

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今年の屋台の新顔メニュー。
ラーメン・バーガーでございます。
ラーメンを型焼きして、具材を挟んで、醤油または塩ダレをかけていただきます。
食感は、パリっとしていても、味は完全にラーメンでございました。
ビールに最高noodle

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もういっちょう、新メニュー。
「八戸せんべい汁」にございます。
せんべいがやたらと多くって、腹一杯に。
だし汁がやたらとウマイんだわ、これが。

Kawasakidaishi4

飴買って、達磨せんべい買って、くずもち買って、家帰って大宴会。
ふぅ~っ、正月は体に悪いわ。
まだ始まったばかりだけど、来年も元気に正月を迎えたいものです(笑)

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モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。
こんな名曲に言葉は不要。
ハ長調の調和のとれた均整美と荘厳さすらただよう音楽。

今風のキビキビ・はつらつのピリオド演奏に飽いたら、わたしたちの音楽受容の原点に戻ってブルーノ・ワルターの正しい演奏で。
コロンビア響の、薄めのオケも、今や懐かしい思いに浸らせてくれて、不思議なほどの安心感を与えてくれる。
それもこれも、ゆったりしたワルターのつくり出す落ち着きあふれる音楽と歌心があるから。
ピリオドで、繰り返しを全部やって40分の大ジュピターを聴かされるよりは、正味30分の緩やかなテンポのワルターの演奏の方が、モーツァルトの真髄を極めた大交響曲に感じる。
名曲・名盤でございますね。

今週は、名曲シリーズいきます。

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2011年1月 1日 (土)

リスト ピアノ協奏曲第1番 アルゲリッチ&アバド

2011_fuji

twozerooneone年が始まりました。

本年も皆さま、よろしくお願いいたします。

大晦日夕刻、近所のヨーカドーに行ったらすごい人出。
でも売ってるものは正月用の食材ばかり山となしていて、普通の売り場と違っちゃってる。
でも今度はヤオコーに行ったら、正月と普段が混在。
メガドンキ(ドンキの総合スーパー業態)に行ったら普段通り+少しの正月。

いまのご時世、どのやり方がいいのでしょう。
大きな組織は大きく売るから小さな舵が取れないもの。
今年は政治の世界も、生活感を重視した政策を打ち出して欲しいもんです。

さまよえるクラヲタ人は、大局におもねることなく、自分の好きな音楽を今年も聴きます。
でも、美人や美音にはからきし弱いときたもんだ。
こちらは、ミーハーに走りますよ。

Abbado_chopin

今年は、リスト(1811~1886)の生誕200年。
生誕200年が、次々とやってきます。
私の年代では、ベートーヴェンあたりから始まって、ロマン派を徐々に経てやってきます。
あと2年後には、1813年生まれ、1883年没のワーグナーの年となるのだから、それまで健全でいたいもの。
そして、その時は、わたしも浮かれて大変なことになりそう。

そのワーグナーの義父がリスト。
ほぼ同い年なのに、こういう関係になってしまった。
ハンス・フォン・ビューローに嫁いだリストの娘コジマといい仲になり、お互い再婚してしまったワーグナー。
ビューローとの娘もいたが、ワーグナーとコジマから生まれた子供たちが、現在のバイロイトに君臨するワーグナー家となっているわけだから、お互いが強い血で結ばれたことを、ワーグナーファンは感謝しなくてはなりませんね。

でも、親父リストからしたらどうだったろうか。
ワーグナーの才能を早くから見抜きバックアップしていったフランツ・リスト。
「ローエングリン」の初演まで指揮してるわけで、ワーグナーを前提としてしまうと、立役者的な存在として影にまわってしまう。

交響詩の父であり、幾多の独創的なピアノ音楽を残したリスト。
一時期、そのピアノ作品に夢中になり、ブレンデル、ケフェレック、クリダなど、かなりのレコードを揃えたけれど、CD時代はソナタくらいしか買い直していない。
義息子との関係や、ほかの作品など、今年、解き明かしてみたいものです。

1年のスタートに、1番のピアノ協奏曲を。
交響詩のようなピアノ協奏曲といっていいかも。
4つの楽章に分かれているが、お互いに関連をもった形式で、中間のトライアングルの活躍は、古今のクラシック音楽で随一。
クラシック聴き始めのころは、今回のレコードのこともあって、散々聴いていたが、その後醒めてしまい、どうもしっくりこない曲に思え、演奏会でもあんまり取り上げられないのではないかと、ちょっとマイナー扱いしていたのでした。

で、その1枚が、マルタ・アルゲリッチのピアノ、クラウディオ・アバド指揮のロンドン交響楽のもので、1968年の録音。
このレコードを手にしたのは、まだ中学生だった。
最初はおもにショパンばかり。
でもリストの面白さに気付き、両方均等に聴くようになった。
いまなら、全然普通だし、幻想味豊かで、技巧と抒情の兼ね合いがとてもいい感じに思えるようになった。
 そして、アルゲリットとアバド、ラテン系の血をもった若い二人がぶつかり合うさまと、精妙な歌心。もう二度と生まれない情熱のかたまりの二人の若い演奏。
DG初登場だったロンドン響もうまいもので、アバドの指揮に必死に食らいついてます。
最後は、ソロも指揮者もオケも熱くなってます。
いい演奏です。

それでは、今年も皆さまにとってよい年になりますように。

これまた例年どおり、実家に帰りますので、しばしお休みを。

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