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2011年1月27日 (木)

マーラー リッケルトの詩による5つの歌曲 シュヴァルツ&アバド

Rotsupongi_hills1

今日の写真も六本木ヒルズ。
こうして、東京タワーをながめると、美しくてスカイツリーにその役割はうばわれても、ずっとトーキョーのシンボルであってほしいと思うもの。
生れを同じくして、よけいにそう思う。
頑張ろうぜ、と小さい声でいいたいぞ・・・・。

Abbado_mahler5

マーラーの交響曲の源泉は、その歌曲にもある。
「リッケルトの詩による5つの歌曲」は、1901年と02年に書かれた曲集で、交響曲第5番の時期で、次の6番とともにそちらと密接な関係にある。
また第5は、同じリッケルト(1788~1866)の「亡き子をしのぶ歌」や「子供の不思議な角笛」とも関連がある。
この歌曲の裏返しとしての交響曲(そしてまたその逆)というあり方は、5番くらいまでで、6番はやや薄め。それ以降は、それまで内在してきた相反する要素や世界観が、純粋オーケストラによって、まるでオペラのようにドラマとして表現されるようになってゆき、世紀末感もますます高まるようになってゆくわけです。
5番と6番には、そのターニング・ポイントの境目があるようでならない。

「リッケルト」と「亡き子」を並べて聴くことにもそうした意義があるように思う。
そして、さすがにアバド
アバドの1回目のマーラー録音は、5番はシカゴ響とのもので、2枚組のレコードのカップリングでは、「リッケルト」が最終面に収録されたものだ。

      Ms:ハンナ・シュヴァルツ

    クラウデゥオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
                       (81.2 @シカゴ)

 1.「私の歌をのぞかないでください」
      悪い行いを見られたようです・・・、でも見たらその時は、
      あなたが味わって下さい。
    自分の歌がまだ発展段階だけど、見て見て、というユーモラスな短い歌

 2.「美しさのために愛するなら」
      美しさのため、若さのため、財宝のため・・・それなら愛さないで。
      でも、愛のためなら、私を愛してください。。。
    なんだかまぁ、そうですかって感じだけど、シンプルな美しさをもった歌

 3.「私はこの世に忘れられた」
      私は世とともに多くの時を浪費したが、
                 今や世は私の消息を聞かなくなって久しい。
      ・・・・世の騒音から私は死んでしまい、しずかなところにやすらいでいる。
         私はひとり私の天のなかに、
                そしてまた、私の愛と私の歌の中に生きている。

    なんてまた厭世感と自己陶酔的な詩と、それに完璧に付随したかのような
    マーラーの音楽なのでしょう。
    イングリッシュ・ホルンの前奏からして、ぐっときてしまう。
    第5交響曲のアダージェットの世界でございます。

 4.「ほのかな香りを私はかいだ」
       愛する人の贈り物のリンデの花、ほのかに愛のやさしいかおりをかぐ私
    これまた美しい歌、チェレスタとハープが次の世代を先読みしている

 5.「真夜中に」
       わたしは激しく戦った。人生よ、おまえの苦しみに
              わたしは打ち勝つことができなかった・・・・
       真夜中に 私は私の力をあなたの手にゆだねました
              死と生を司る主よ
       見守りたまえ  真夜中に
    絶望の淵、虚無的にひびく梟(クラリネット)。暗くまた厳しい。
    しかし、最後は光明の光りが射しこめまばゆく、未来が見える(かのよう)
    弦なし、管、ティンパニ、ハープ、ピアノのみ

この曲集の曲順は任意なのか。
アバドは、最後にこの作品のハイライト的な「真夜中に」をこの録音では持ってきている。
ちなみに、ルツェルンでのコジュナーとのライブでは、「真夜中に」は真ん中で、最後は「私はこの世に忘れられた」を持ってきている。

ともあれ、80年代のアバドは明晰さはそのままに、シカゴの怜悧で刃金のようなサウンドを研ぎ澄まされた感覚で磨き上げ、敏感極まりない「リッケルト・リーダー」を作りあげている。静かななかで歌うという、アバドならではの指揮ぶり。
ベルリンフィルの退任コンサートでは、クヴァストホフの歌とともに、深淵の極致ともいうべき驚異的な極致の演奏を成し遂げていて、音源化して欲しいもののひとつ。
コジュナーの映像はまだ未視聴なんです。

ハンナ・シュヴァルツは、80年代、マーラーやワーグナーのメゾのロールに欠かすことのできない人で、柔らかくかつすっきりした歌唱は、このときのアバドの演奏にはぴったりかもしれない。
シュヴァルツは息の長い歌手で、今秋は、新国にやってきて、「尾高サロメ」に出演します。

なんだか、よく眠れそうで、そうでもない気分になった、今宵の「リッケルト歌曲集」でございました。
     
       

      

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コメント

このLPレコード、中古の輸入盤で買って聴いていました。初めて買ったマーラーの5番のレコードでした。豪華なケースだったのを懐かしく思います。

カップリングのリュッケルト歌曲集の美しさにも心奪われておりました。

いまはLPレコードは売り払ってCDで聴いています。シュトラウスの4つの最後の歌とのカップリングです。

投稿: ピースうさぎ | 2011年1月28日 (金) 06時34分

ピースうさぎさん、こんばんは。
思い出がいろいろ共通ですね。

5番は、メータ&ロスフィルのレコードが初でして、その後にレヴァイン、アバドとレコードを揃えました。
組み合わせが、アバドのみがリッケルトで、ほかは10番アダージョだったところが当時の指揮者の見識だったと思います。

CD時代になって買いなおしたときは、リッケルトは、6番と組み合わせ2枚組になりました。
シュトラウスとの組み合わせの1枚もあるのですね!
いずれにしても、この演奏がCDで聞けるのはありがたいと思います。

投稿: yokochan | 2011年1月29日 (土) 01時06分

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