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2011年1月12日 (水)

ノーノ 「力と光の波のように」 ポリーニ&アバド

Tokyo_tower2011

東京タワーの週末イルミネーション。
細部アップ。
ボケ具合がかえってよろしい。

Nono_pollini_abbado_3

今夜は珍しく、現代音楽。
でも、ちょっと古めの70年代のもの。
めったに現代音楽は聴かないけれど、このCDは、ジャケットがポリーニだけど、指揮がクラウディオ・アバドだから。
前衛作品もふくめて、現代ものを好んで取り上げてきたアバド。
かつての大物指揮者たちにはあまりなかったことで、スカラ座、ロンドン、ウィーン、ベルリンと、これまでのポストでは、必ず現代ものを取り上げ、ウィーンにおいては、「ウィーン・モデルン」 なる現代音楽のフェストを企画し、連動してレコーディングもいくつか行った。
いまや古典なれど、ウィーンフィルにリゲティやノーノ、リームなどを演奏させてしまったのもアバドならではのこと。

完璧な精緻さと、イタリア人ならではの明晰さが、新しい音楽においても滲み出てくるので、アバドに演奏してもらいたがった作曲家もたくさんいた。
ルイジ・ノーノ(1924~1990)は、すでに物故してしまったイタリア人作曲家であるが、アバドとポリーニの朋友でもあった人。
ノーノは、ブーレーズとシュトックハウゼンと並んで、かつて前衛三羽鳥と呼ばれたが、さすがはイタリア人。
ほかの二人と異なって、声楽を用いた作品や、オペラなんかもある。
ネットラジオでそのオペラ「非寛容」をぼぅ~としながら聴いたことがあるが、シュプレヒッティンメを活用し、トーンクラスターもキーキーなって、いかにも風な作品だった。

このノーノは、コミュニストであったところも、その音楽と完全に密接化していて、今日のこの作品も、ギンギンにその手の思想のもとにあるわけ。
70年代、ミラノにいた、アバドもポリーニもそうした思想下にあったわけで、当時のイタリアの政治の混乱ぶりもそれに拍車をかけていたのかもしれない。

しかしノーノは筋金入りの社会主義者で、スペインのガルシア・ロルカやパブロ・ネルーダにまつわる曲を書いているし、こちらの「力と光と波のように」は、チリ革命にちなんでいるわけである。
解説によると、70年に成立した共産党系のアジェンデ政権の生ぬるさを批判しつつも、強く支持し、かつ改良しようとした運動に奉じた若い革命家ルチアーノ・クルスと、ノーノは知り合い、強く共感していた。
しかし、そのルチアーノが27歳で急死してしまい、その追悼詩にもとづいて、この作品が書かれたという。
初演は1972年6月に、ミラノスカラ座で。
ポリーニとアバド、スカラ座、そしてタスコーヴァのソプラノで。
そして、73年10月に、ミュンヘンでこの録音がなされた。

  ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ  S:スラヴカ・タスコーヴァ

   クラウディオ・アバド指揮 バイエルン放送交響楽団
                   +電子音~テープ
                        (73.10@ミュンヘン)

曲は4つの部分からなる30分くらいのもの。
あらかじめ録音された電子音が常に鳴り響き、そこにソプラノ、そしてピアノに膨大なフルオーケストラが絡み合う。
1部はかなり不気味なもので、ソプラノが歌うでも語るでもなしに、「ルチアーノ」を連呼しまくる。その詩が、お若いの、君は燃え続けるだろう、革命のように、波のように若々しく、光を発し続けるだろう・・・・云々、という、あっ、そうですか的な内容。
なんか嫌だなぁ、と思っていると、第2部と第3部ではピアノが打楽器のような打鍵の凄まじさを伴って登場する。そうはいっても、ここはやはりピアノで、正直ホッとします。
ここでのポリーニの凄まじさといったらもう・・・・・!
テープ録音の自分のピアノと左右に分かれて弾き・叩きまくる、といった風情で、オケも大咆哮と鋭いトーンクラスター炸裂で、オケ好きとしては、あぁ、快感。。。。
3部の終りの超高音は耳イタイ。
4部は今度は合唱も加わり耳イタイ。でもホルストの惑星のように、フェイドアウトして徐々に消えてゆきます。  うーーーーむ。

正直、あんましよくわかんない。
詩の内容ももあんまし深くないし。
ここは無心に、音の面白さとポリーニの凄まじさを聴きとることしか、わたくしにはできません。
アバドが、バイエルン放送響と残している唯一の録音でもある。
同時期に、おそらく一夜の演奏のもう一方演目の、ブラームスの交響曲第3番は、CDRで聴けますよ。
ドレスデンともまた違った、推進力と明快さあふれる演奏です。

Nono

初発売時のレコ芸の広告。
左下の顔がジャケット。
これがルチアーノか?
赤とピンクと黄色のすごいジャケットで、レコード店で何度も手に取って眺めたものの、ついぞ購入しなかったもの。アバドだったのに。

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コメント

ノーノの作品を初めて耳にしたのが、この演奏でした。ただ、電子音楽のテープとピアノ(変調処理アリ)、そして管弦楽の多様な響きは、その後のノーノの作風とは随分異なったものでしたし、ノーノの初期の音楽のスタイルとも違う。今思い返せば、ポリーニというピアニストの個性にアジャストした音楽だったのだと思う次第です。
アバドのファンとしては、彼の指揮の長所を見出したいのところなのですけれど、同時期に発売されたケーゲルの怜悧な解釈のほうが作品の本質的な部分に合致していて、この作品に関する限り、DGGの録音が恨めしかったなあ。ほんと、録音で存したディスクでした。

投稿: IANIS | 2011年1月13日 (木) 21時15分

失礼、「存した」ではなく「損した」でした。

投稿: IANIS | 2011年1月13日 (木) 21時17分

IANISさん、こんばんは。
ノーノのその後は、アバドの音源のいくつかを聴いて、ご指摘のように、この作品の独自性がわかります。
ほんと、ポリーニあっての作品なのでしょうね。

ケーゲル盤は未聴ながら、そちらの方が世評が高いですね。
あちらのピアニストが誰だか不明ですが・・・。
アバド盤は、ロンドンやシカゴでやってくれたらもっと面白かったかもです。

投稿: yokochan | 2011年1月13日 (木) 21時50分

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