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2011年3月 8日 (火)

エルガー 戴冠式頌歌 ギブソン指揮

Nihonbashi

お馴染みのお江戸日本橋。
上にすっぽりかぶった首都高の閉塞感もまたお馴染み。
どうにもならないですが、夜などはこんな風にして、内照なども川面に反映して不思議に美しい光景となるのでした。

現在のこの橋、Wikによれば、江戸から数えて19代目だそうで、1911年(明治44年)のものだそうであります。

Elgar_coronation_gibson_2

本日は、エルガー(1857~1934)。
英国のマーラーと同世代人であります。

エルガーの作品で、マーラー第5~第6あたりでいうと、「戴冠式頌歌」という声楽作品があります。
1902年、エドワード7世の戴冠式用に作られた曲で、まさにマーラーの5番の年。
しかし、エルガーにはその前年、1901年に作曲した「威風堂々」第1番の行進曲があって、その中間部の名旋律に歌詞をつけたらどうかね?との打診も、同じ国王から得ていた。
同時進行し、頌歌の方が完成は先んじたけれども、国王命の方によって書いた「威風堂々」による合唱作品、そう、プロムスで必ず最後の定番となる、「希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)」の方が早くに初演され、大ブレイクした。
その数ヶ月後に、7部からなる「戴冠式頌歌」が初演されることとなった。

クリストファー・ベンソンという作詞家による名作であるが、相前後した「希望と栄光の国」と、本来の「戴冠式頌歌」の最終大7部目にすえられた「希望と栄光の国」では、詩も音楽も異なるのであります。

曲の始めから、「God shall save the king, God shall make him great,Goda shall guard the state, all that hearts can pray,・・・・」と、いかにも英国風な、生真面目、王室愛的な英国国教会の世界ではありますが、エルガーはなんら疑念もなく、まっすぐな音楽を書いているように聴こえます。
 しかし、曲も詩もやがてすこし陰りを帯びていて、南アフリカにおけるボーア戦争(英国がまつわる植民地戦争)という当時の戦火の影もにおわせているという局面になる・・・。
この時期の前後、英国は中東での火種を植えつけてしまった張本人だし、衰えつつある大国のイメージをずっと引きずってゆくことになる。

帰る国、出身の国を持つことのできかったマーラー
対するエルガーは、どこからどこまでも英国人で、帰る場所は英国と定めらていたし、本人も完璧な英国人として生きて死んだ。
マーラーは、その点、なにも持たないひとりの人間だったし、生国も死ぬる国もなかった。
どちらが幸せだったか?
そりゃ、エルガーの方でしょうな。
でも、世界中が今、コスモポリタン兼亡国のマーラーを愛し、夢中になってる。
クールなマーラーと、愛国・熱中の騎士エルガー。
日本人である、わたくしには、どちらもまたよしなんです。
どちらも、いまのくだらん閉塞社会を突き抜ける要素を強くもってると思う。

この35分の熱っぽい音楽の最後、最初はアルトの気品に満ちた独唱から始まり、いくたの苦難を超えてきたあとの結末として、やがて晴れやかなあの名旋律が、オーケストラと合唱の大ユニゾンでもって壮大に奏でられるのです。
しかし、ここでは行進曲とそれに準じた「希望と栄光の国」のように、晴れやかにジャンジャンと終わることなく、そう、まるでマーラーの「復活交響曲」のような神々しいファンファーレでもって、曲を閉じるのでありました。

  S:テレサ・カーヒル         A:アン・コリンズ
  T:アンソニー・ロルフ=ジョンソン B:グィン・ハウエル

       アレグサンダー・ギブソン指揮 スコテッシュ・ナショナル管弦楽団
                            同       合唱団
                                                         (1972.12 @ペイズリー)


ギブソンの熱い指揮が全編を覆ってます。
精度云々は別な次元のはなし。
こんなような素晴らしい演奏を前に、なにもいうことはありません。

1911年、こんどは、ジョージ5世の戴冠式にも演奏されたそうですが、そこではまた歌詞が一部刷新されたそうでございます。
詞は変わっても、エルガーの反戦と純粋な愛国心は変わらなかったのです。

そして、その1911年は、冒頭の日本橋19世の生まれた年なんですね!
歴史は、みんなつながってる!

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コメント

こんばんは。
愛ですな!この作品に対する愛のこもった解説です。
かく言う私は、仰られるようにあまりに愛国的でまっすぐな音楽に引いてしまい、同じ演奏のLP盤を手放してしまった記憶があります。エルガーは大好きなのですが、このあたりがエルガーリアンになりきれない所以でしょうか。
でも今だったらきっと違う聴き方もできるだろうと思っています…。

投稿: Tod | 2011年3月 9日 (水) 18時21分

Todさん、こんばんは。
エルガーの愛国心には、ある意味で慣れてしまいまして、英国好きの感情と自分のなかで一体化してしまったようです。
ほんとうは、エルガーはこうした曲よりは、オラトリオなどの大規模作品の抒情と篤信とに強く惹かれているのです。
でも、久しぶりにこちらを聴いて、心が晴れた思いもありました。
是非、再度チャレンジください。

投稿: yokochan | 2011年3月 9日 (水) 23時14分

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