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2011年3月27日 (日)

ヴェルディ 「ドン・カルロ」 アバド指揮

Ueno_tosyoguu

いつまで寒いのか。
土曜の寒さは、北風もつのって、ほんとに厳しいものでした。
昨夏の熱さと、今冬の厳寒。
この震災という自然の猛威と何か関係があったのでしょうか。
いずれにしても、自然の力には、人間の無力を感じます。

今年は、桜の便りも届かない。
4月も近いのに、いまだに冬の格好をしてる。
そしてこちらは、上野の東照宮の参道。
でっかい灯篭の影が伸びてます。

Verdi_don_carlo_abbdo_scala

ヴェルディ(1813~1901)の中期末のオペラの傑作「ドン・カルロ」を聴く。
今年、没後110年は地味すぎだけれど、再来年2013年は生誕200年となる。
それは同年のワーグナーも同じで、2013年はオペラは、すごいことになりそう。

ワーグナーを、そして少し遅れてヴェルディを聴き始めて久しいが、イタリア・オペラの華であり、その作品がいずれも祖国愛と人間愛に満ちていて、高潔なヴェルディその人がそのドラマの素材選びとともに偲ばれる。
そして、その音楽は、歌は人間の声の魅力を最大限に引き出し、そしてオーケストラは聴く人の心を揺さぶるリズム感と抒情味あふれるドラマテックなもの。

一方の、ワーグナーは、伝説や神話の世界に、どろどろした人間(神々)ドラマを持ちこんだ、雄弁であるいみ強引な音楽で、人はわかってはいてもそれに飲みこまれてしまう。
わたしは、こちらに飲まれてはや40年近くが経とうとしている。

さて、「ドン・カルロ」はヴェルディらしい、気品と深い感情表現、そして相反する立場の相克の度合いを充実の筆致で描きつくした大作品。

1886年に、パリのオペラ座からの依嘱によって書かれたグランド・オペラとしての性格も有し、その初演版や若干のカットを施した版は、5幕でバレエ音楽までを含んでいた。
その後、当然にして母国イタリアでの上演にさいしたイタリア語版がバレエ抜きの5幕版で出て、さらに序幕を省いた4幕版も一時主流となったりして、いまやだいたい7つの版が数えられるようになったようだ。
 わたしは、こうした版云々は、ほかの音楽もふくめてあんまり気にしない。
旋律や全体のイメージが大幅に違わない限りは、別にどうでもいいじゃないかという気になる。

しかし、「ドン・カルロ」は、そうでもなくって、版による違いがかなり大きい。
 まずひとつに、言語の違い。フランス語とイタリア語では大違い。
これは、なんといってもイタリア語です。
ヴェルディの音楽には、子音の強いイタリア語がしっくりくるのであって、まして明快なヴェルディの音楽には抜けるようなフランス語は合わないと思う。
そして、上演時間が30分は短縮される4幕版と5幕版の違い。
ただでさえ長いオペラだが、序幕のフォンテンヴローの場面は、カルロとエリザベッタの出会いの場なので、これを端折ると、次の幕からの唐突感が否めない。

敬愛するアバドの正規録音が、5幕のフランス語版なのが残念だし、最高のキャストを揃えたカラヤン盤が4幕版なところも残念。
カラヤンは常に4幕版で、これはドラマが冗長にならず、求心力を高めるために有効なことでもあるとはいえる。

 フィリッポ2世:ニコライ・ギャウロウ ドン・カルロ:ホセ・カレーラス
 ロドリーゴ:ピエロ・カプッチッリ    宗教裁判長:エウゲニ・ネステレンコ
 修道士:ルイジ・ローニ        エリザベッタ:ミレッラ・フレーニ
 エボリ公女:エレナ・オブラスツォワ テバルド:ステファニア・マラグー
 レルマ伯爵:ジャンフランコ・マンガノッティ
 天の声:フランチェスカ・カルダーラ 使者:ルイジ・デル・コラート
 その他


  クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                  ミラノ・スカラ座合唱団
     合唱指揮:ロマーノ・ガンドルフィ
     演出:ルカ・ロンコーニ
                    (1977.12.7 @ミラノ・スカラ座)


この放送録音がこうして耳に出来る喜びは、いかばかりのものでありましょうか。
先に書いた正規DG盤が、1983年の録音。
こちらのキャストとまったく違うメンバーでの録音は、何故フランス語?という思いに今でもとらわれているもので、どうもしっくりこない。
アバドは、「ドン・カルロ」を若い頃から得意にしていて、スカラ座初期やコヴェントガーデンでも取り上げていたし、スカラ座芸術監督時、満を持してシーズンオープニングに取り上げたのが、こちらの上演だったし、ウィーンに移った時も取り上げている。
「シモン」とともにアバドの愛するヴェルディ作品である。

初演や原典にこだわる時期のあったアバドが選んだ版だったし、カラヤンにベスト・キャストをかっさわれ、最高の録音をされてしまったあとに、カラヤンの常套的な版ではない、アバドの独自性を意地でも残したかったのかもしれない。
そのカラヤンとの、この上演のいきさつは有名な話となっている。
スカラ座が、そのイタリアの威信をかけて、全世界にテレビ中継を企画したのが、この上演の1月のサイクルの一夜。
ところが、それに文句をつけたのが大人げないカラヤン御大。
75年から、ザルツブルク音楽祭で上演していて、このほぼ同じキャストで、ユニテルにビデオ収録を予定し、歌手たちと契約しているとしたのだ。
やむなく、スカラ座側は、ドミンゴ、M・プライス、ブルソン、オブラスツォワ、ネステレンコで上演し、予定どおりテレビ中継をした。
こちらも豪華なキャストであります。
 日本でもNHKが、テレビとFMで放送してくれました。
観ましたよ、わたしも、興奮しながら。
でも、映像がイマイチで、やたらと暗かった。
そして、FM放送の音源もデッドで乾いたものだったのが残念で、そのテープはもう失われてしまった。
こんなことが、始終あったもんだから、わたしのカラヤン嫌いは増長されたのであります。
しかも、自分のほうのビデオ収録は、結局、復活祭音楽祭の83年まで、しかも違うキャストでしか録画されなかったのだから。
要はきっと、78年に自身がEMIに録音するものと、キャストがほぼ同じだったから、妨害したかったのではないかと。

これによって、アバド&スカラ座のドンカルロは、後年のフランス語バージョンに転じてしまったのではないかと思料。
75年に「マクベス」、76年に「シモン」、79年に「仮面舞踏会」、80年の「レクイエム」、81年の「アイーダ」と続いたアバド&スカラ座のDGへのヴェルディシリーズ。
77か78年の「ドン・カルロ」が、すっぽり抜け落ちているのですから。
まるで、巨人軍のようなカラヤン様。

しかしですね、カラヤンの「ドン・カルロ」も、ベルリンフィルの威力をまじまじと感じる凄い演奏なところがニクイんですな、これが。
カラヤンの同オペラは、わたしのお宝として、75年のザルツブルクライブがあります。
こちらの歌手たちに、ドミンゴとルードヴィヒが変わってます。

オペラの筋は、どこにも書かれてますので、今回は省きます。

ハプスブルク朝スペインの末期、宗教の対立による国民難と政治と宗教の間に挟まれ悩む国王。一方国王を意のままにする保守本流の宗教の権化の存在。
結婚を約束し愛し合いながら、期せずして義母と義息子の立場になってしまった若い二人。
そこにからむ、愛国心と義侠心、友情に富んだ勇猛な男と、美貌ゆえに嫉妬と不倫に苛まれ、最後はみずからけじめをつけんとする強靭な女性。
 こんな、相対立する人物たちのドラマ。

アバドは、こんな複雑にからみあった人間の心理ドラマに、深く食い込んだ作品が大好きで、そこに決して鋭くならないメスを入れ、登場人物たちの心情を鮮やかに描いてゆく。
明晰でしなやか、どんなちょっとしたフレーズにも歌があふれ、オーケストラは常に流れるように停滞なく、くっきりとしている。
カラヤンのような強烈なドラマテックな響きはここにはなく、登場人物たちによりそうような音楽が時に強く、そして時には優しく鳴り響くのだ。
高名なフィリッポ2世の、「ひとり寂しく眠ろう」は文字通り、愛する息子や妻から愛を得られない男の無常をオーケストラによって描きつくした名伴奏だ。
この美しさともなう雄弁さは、変な例えだけれど、アバドの愛するマーラーの音楽をも思いおこしてもしまった。

そして、そのフィリッポ2世を歌うギャウロウの素晴らしさをなんと例えよう。
深みある美しい琥珀のバスは、わたしたちの世代にとって忘れえぬ歌声で、目を閉じるとフィリッポ2世の頭の上に悩みの王冠が見えてくるようだ。
 同じく忘れえぬ歌声と、そのお姿は、カプッチルリ
おおよそ、オペラのロールのなかで、もっとも高潔でかくありたいと思う人物の一人がロドリーゴなわけなんだけれど、カプッチルリは、彼のシモンやマクベス、リゴレットとともに、完全に役に同質化してしまっていて、友愛のバリトンと呼ぶに相応しい存在なのだ。
この低音男声ふたりを、わたしは幸いにして何度も聴いた経験があって、最近はそれでもってもう私の人生よしとしたくなるんだ。
 そのふたりに、フレーニが加わると、これはもう鉄壁。
フレーニの優しく女性的な歌声は、思わぬ強靭さももって耳に溢れてくる。
この3人は実夫婦であり、兄弟妹のような関係にあって、インタビューで、アバドがフランス語版を録音した時、ユーモアでもって、イタリア人がイタリアのオケとイタリアの歌手とドイツの会社にヴェルディをフランス語で録音した・・・、と言っていたのを覚えている。

カレーラスの生真面目で、いくぶんひ弱な感じを漂わすドン・カルロは、その真っ直ぐぶりがとても相応しく、わたしには、訳知り顔(声)のドミンゴより好ましい。
当時、大活躍のオブラスツォワは、その声の威力と上から下まで万遍なく伸びる声が、きっと舞台で聴いていたら、耳にびんびんきてさぞかし興奮させられるんだろうと思う。
実際、スカラ座の客は、彼女に大興奮である。
しかし、わたしたちは、コソットやヴァルツァを知ってしまっているから、凄いだけのオブラスツォワは、やや大味か。でも、立派な歌であることは間違いないです。

このオペラは、名アリアや重唱がたくさん。
ロドリーゴの友情あふれる死の場面には、今回も泣かされましたね。

このCD。正規ではありませんが、ちゃんとしたステレオ録音で、音は鮮明かつリアル。
NHK放送の寂しいデッド感はなく、へたな正規録音よりずっとましですよ。

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コメント

ヴェルディの「ドン・カルロ」、お気に入りのオペラです。ギャウロフのフィリッポII世の悩み、大審問官とのやりとりなど、実に立派ですね。王子カルロにフランドルの解放と未来を託すロドリーゴの歌は、悲壮かつカッコいい。音楽は充実しており、見応えがあります。
もっぱら、レヴァインによるメト盤などで楽しんでおります。
カラヤンとアバドの間に、そんなことがあったのですか。まあ、商売と芸術的政治と、両方あってのことでしょうから、理解できますが(^o^)/

投稿: narkejp | 2011年3月27日 (日) 20時51分

こんばんは。「ドン・カルロ」アバドイタリア語初録。フランス語再録共、私も手元にあります。
私もイタリア語の方が断然いい。フランス語歌唱はソフトな響きでおしゃれですが、ヴェルディが本当に描いていたのはイタリア語なのか、そちらの方がシャープです。
アバドのドイツ・グラモフォン録音ヴェルディ作品は全て手元にあります。後はベルリン・フィル最後の「ファルスタッフ」スカラ座別テイクを集めた「オペラ合唱曲集」と独り占めしてしまいました。(笑)
カラヤンとアバドの録音で注目は「仮面舞踏会」カラヤンが晩年にナポリ検閲官からクレームを浴びせられお蔵入りとなったスウェーデンを舞台にグスタフ3世という。ドミンゴがアバドでは現行版のリッカルドでカラヤンがグスタフ3世と配役を変えると現実的で恐かった。
東日本大震災は東京でも余震があるのか、徐々に被災者の身となってしまいました。春に開かれる町のイベントや桜祭りは中止とのこと。ラジカセやマイクなど大量に電気を使うのは控えるのが現状なのでしょうね。

投稿: eyes_1975 | 2011年3月27日 (日) 20時57分

narkejpさん、こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。
今年は、被災地が思いやられます寒さが続きますね。
早く春がやってこないものかと思います。

ドンカルロは、私も大好きです。
若い頃は、ヴェルディの男性的なダイナミックな音響にくぎ付けでしたが、歳を経て、内面的な部分に大いに感銘を受けるようになってます。
そして、ロドリーゴは役としても人間としても素晴らしいです。
レヴァインの映像や音源は、いずれと思いつつまだ経験しておりません。
今年メトがきて、上演するようですが、高値の花です・・・。
アバド好きゆえ、ちょっとアンチカラヤン風に書きすぎてしまいました。カラヤンのヴェルディも素晴らしいです。

投稿: yokochan | 2011年3月27日 (日) 23時21分

eyes_1975さん、こんばんは。
いまだに寒いですねぇ。
私も、ドンカルロは、基本イタリア語です。
シチリアの晩鐘もそうです。
やはり、ヴェルディはイタリア語。
後年のアルファーノやレオンカヴァッロはフランス語もOKなので、ヴェリスモ系は大丈夫みたいです。
わたしも、当然に、アバドのヴェルディはコンプリートしてますが、このドンカルロ正規盤だけは、ちょっと残念です。
仮面舞踏会では、明らかにアバドに歩があるようです。
晩年のカラヤンは、ちょっと重々しい。

そして、節電ムードも加わって、なにごとも自粛。
静かな日本になってますね。
桜もやってこないし。

投稿: yokochan | 2011年3月28日 (月) 00時27分

この音源、私も愛聴しています。
ライブのドンカルロの最右翼じゃないでしょうか。
燃えたときのアバドのヴェルディの凄まじさがよくわかる演奏だと思います。
スタジオ録音だと、シモン以外は少し冷静なのは残念ですね。

投稿: コバブー | 2011年3月28日 (月) 08時05分

連続失礼します。
アバドには70年のスカラ座ライブ、4幕版というのもありますね。これは若々しいアバドで、ほんと素晴らしいです。天才的としかいえない演奏です。77年版とは甲乙付けがたいという感じでしょうか。

投稿: コバブー | 2011年3月28日 (月) 08時22分

コバブーさん、こんばんは。
この77年盤は、音質もいいし、素晴らしいですね。
シモンとマクベス以外は、すこし大人しめのスタジオ録音。
ファンとしては、ちょっと残念ですが、こうしたライブが今後発掘されることを望みます。
ミュンヘンオリンピックのときのアイーダもスゴイですが、音が悪過ぎます。
そして、実は、70年盤は、まだ未聴なのですよ。
そうと聴くと無性に聴きたくなります!

投稿: yokochan | 2011年3月30日 (水) 23時56分

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