« コープランド 「ビリー・ザ・キッド」 スラトキン指揮 | トップページ | 松山にて »

2011年6月15日 (水)

バーバー ヴァイオリン協奏曲 ジョシュア・ベル

Manhattan1

こちらは、マックのビック・アメリカシリーズ第2段の最後を飾っ「マンハッタン」。
2011年の第2段は、ボックス入りで、テイクアウトする際にも型崩れせず、原型のサンドが味わえることとなりました。

Manhattan2

バンズからして、いつものと違うし、はみ出るレタスがヘルシーさを呼び起こし、都会派のランチタイムにぴったりと思わせました。

Manhattan3

目をひくのは、パシトラミビーフのソーセージ。
そこにビーフパテと、決め手は、すっきり系のチーズクリームソース。

あぁ、こりゃ、おいしかったですねぇ。

シリーズ中、かなり上位にくる作品だったのでは。
それと、若い人以外にも受ける味でしたよ!

ハンバーガー大好き。

Barber_vmcon_bell 

サミュエル・バーバー(1910~1981)のヴァイオリン協奏曲

数あるヴァイオリン協奏曲の中で、わたしの最愛の作品のひとつ。

ベルク、コルンゴルト、ディーリアス、エルガーなどと並ぶ大フェイヴァリットでして、三大BやMやTもいいけれど、それらは積極的には聴かない音楽たちとなってしまいました。
こんなこと言いつつも、実際Bや、M、Tを聴くと、すっかり気分よくなってしまう自分だったりするんですな、これがまた。

要は、ヴァイオリン協奏曲の名品は、至上の有名作品ばかりでなく、いろんな作曲家たちが心血を注いだジャンルゆえに、たくさんあるということなんです。

わたしは、世紀末や英国系に傾きがちですが、バロックや古典、ロマン・民族など、あらゆる時代に、素敵なヴァイリン協奏曲が残されているので、ともかく偏らずに、このジャンルの遍歴も楽しいものだと思います。

さて、バーバーです。

本ブログでは、もう何度も登場しちゃってます、泣けちゃう音楽のひとつ!

この曲を初めて聴いたのは、そんな昔じゃない。

アン・アキコ・マイヤース嬢の弾くテレビCMだった。
コピー機だったでしょうかね?
この協奏曲の急速感ある3楽章を弾く、彼女の姿、そしてそのキリリとした音色に、かっちょいい音楽に魅せられた。
 ほぼ、同時期に、N響に来演し、バーバーのこの協奏曲を弾いた。
それをテレビとFMで味わったのでございます。
その時の指揮は、サー・アレキサンダー・ギブソンでした。
 もう、なんどもなんどもビデオで見ました。
ギブソンのシベリウス2番も素晴らしかった。
同時に、ギブソンは、N響定期3つを指揮して、RVWとハイドンのロンドンシンフォニー、コケイン、フィンガル、スコットランド、ベルリオーズ、マンフレッド交響曲などを精力的に指揮しましたねぇ。
名指揮者のひとりです。
忘れられません。いまもCDRはわたしのお宝ですよ!

このバーバーの協奏曲の特徴は、1940年という戦時の作曲にありながらも、溢れいずる並々とした抒情にあります。
アメリカ保守派・穏健派のバーバーではありますが、戦時にもこうした、ノスタルジックな音楽が成立しえたこと、そして、それが余裕をもって音楽界に受け入れられたこと、それ自体が国力の余裕でございましょうか。

NHKの朝の連続ドラマを見てますが、あの戦時のドラマもきっと、当時の戦況と日本の状況からしたら手ぬるいと思われます。
 あの時代、日本という国は、切羽詰まっていたし、そういう状況にこそ、やたらと強い国だった訳なんだけど、戦争のもたらす悲壮感は、あのドラマにも少しは出ていると思います。
(実は、もっと暗くてやるせないはずだし、そうした朝ドラもNHK様はかつて制作していた。
それが、いま、軽めの基調となっているのは、時代の流れや震災の影響でしょうか・・・)
いずれも、お国は、本質をひた隠しにする体質。いまもおんなじですねぇ。

話はそれましたが、コープランドと別な意味で、アメリカの保守派で同国の良心のにじみ出たような音楽の数々を残したバーバー。

ノスタルジックで、幸せな家族の夕べの団らんのような素敵な第1楽章。
第2楽章の、遠くを望み、目を細めてしまいそうな哀感は、歳を経て、庭に佇み、夕闇に染まってゆく空を眺めるにたるような切ないくらいの抒情的な音楽。
もう、泣いちゃいそう。
ここまでの二つの楽章は、コルンゴルトの協奏曲にも似てます(涙)。
いまも、何度も繰り返し聴いてますが、泣くしかありません。

ところが、ここまで泣かしといて、無窮動的な性急かつ短編的な3楽章がきて、あっけないほどに終わってしまう。
この3楽章の浮いた存在は、バーバーのこの協奏曲を聴く時の謎のひとつだが、保守的なばかりでない無調への窓口をもかいま見せる作者の心意気を感じる次第。

ふくよかな抒情を紡ぎ出すとともに、鮮やかな技巧の冴えも存分に聴かせなくてはならない難曲。
そして、若い感性も必要。
ジョシュア・ベルのヴァイオリンは、線の細ささえもがここでは強みとなって聴かせる素晴らしいもの。
ジンマンの指揮は少しあっさり君で、かつてのスラトキンやプレヴィン!が懐かしく思い起こされますが、知的なアプローチはこれはこれで、いいかも。

アメリカ音楽、ことにコープランドやバーバー、ハンソンは、夢や希望がストレートにビューティフルで、心なごみます

 過去記事

「スラトキンのハンソン」

「シャハム&プレヴィン」

|

« コープランド 「ビリー・ザ・キッド」 スラトキン指揮 | トップページ | 松山にて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バーバー ヴァイオリン協奏曲 ジョシュア・ベル:

« コープランド 「ビリー・ザ・キッド」 スラトキン指揮 | トップページ | 松山にて »