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2012年2月 1日 (水)

「真夜中のドア」 松原みき

Shinjuku_love1

LOVEであります。

西新宿にありますLOVEです。

外人さんも、肩寄せ合ってシャメしてLOVEです。

人生は、いつの世もLOVEです。

別に男女のことに限らずです。

ちょっと用事がありまして、方南町(丸ノ内線の支線の終点・杉並区)に行きました。
その方南町は、わたしが新宿に続いてサラリーマン時代、住んだ街。
会社の車で直帰して路上駐車を平気でして、翌朝渋滞の中、新宿を抜けて竹橋までよく出勤したもんです。

今回、方南町から新宿まで距離をスマホで計測したら約4Km。
電車賃を浮かせることもできるし、これなら軽いと思い、まっすぐ一直線歩きました。
しかし、意外とアップダウンがあって結構キツイ。
でも40分くらいでクリアしましたよ。

Miki_matsubara_2

松原みきをご存知でしょうか。

またまた郷愁の思い出話で恐縮です。

オヤジの昔話にお付き合いください。

1979年の冬、大ヒットとなった「真夜中のドア」を歌った松原みき。

1959年11月生れの彼女、わたしとほぼ同世代で、しかも同じ月の生れ。

クラヲタ兼あらゆる音楽をどん欲に聴いていた大学生のワタクシ、すぐに彼女に注目して、そのシングル・レコードを買い求めました。
45回転のドーナツ盤をすり減るほど聴きましたよ。

ジャズの心得のあるパンチの聴いた抜群の歌唱力に、少しハスキーだけど、可愛い歌声。実力とチャーミングな美貌に恵まれた彼女です。
「夜のヒットスタジオ」のビデオも実家のどこかにあるはず。

その後も順調に活躍し、作曲活動も盛んにおこなった彼女。

松原みきは、2004年に癌のため44歳で亡くなってしまったのでした。

青春時代から大人の世界を垣間見だした頃、何度も聴いた彼女の歌。

家庭も成し、子供にも恵まれたころに、彼女の訃報に接した時は、本当にショックでした。

東京の都会の冬のひとコマを歌った「真夜中のドア」。



私は私、あなたはあなた

昨夜言ってたそんな気もするわ

グレイのジャケットに見覚えのあるコーヒーの染み

相変わらずなのね、ショーウィンドウにふたり映れば・・・



冬の寒い晩、二度目の冬を迎えて、別れてしまったふたり。
そんなちょっと悲しいけれど、都会的な別れをスマートに歌った曲です。

この曲に、いまのような喧騒で雑多な渋谷でなく、わたしの大学時代の古きよき、そしてちょっとお洒落な渋谷を思います。

Miki_matsubara_1

 

youtubeお借りしました。

もう懐かしくてしょうがありません。

しょっぱい毎日ですから、よけいに心に染みました。

そして、このレコードのB面「そうして私が」も名曲なのでした。

http://www.youtube.com/watch?v=-N7AdT-WJQw

 

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コメント

Stay with me 雨が雪に~ おっとっと、もとい Stay with me 真夜中のドアをたたき~ 懐かしいですね。松原みき様。可憐な印象の美人でしたよね。亡くなられて8年近い月日が経ちますね。当時の私の直属の上司が彼女の大ファンで、朝のワイドショーで訃報知って「僕のみきちゃ~ん」と半泣きしてた事を思いだしました。44歳…若すぎる死でした。

投稿: ONE ON ONE | 2012年2月 1日 (水) 01時36分

知りませんでした。松原みき様。。。そうだったんですね。1959年!なんてこった!私と同い年。。。しかも美人ちゃんではないか^^おしいなー。。44才は早すぎます。私の同級生の美人ちゃんたちも30代でやはりガンで亡くなっています。5人です。葬儀で泣きました。
最近どうしたものか1959年物にこだわり始めました。先日、1959年のコニャックでポールジローのヘリテージというのをゲットしました。低所得者の私には高額極める品でしたが、2本購入しました。1本は保存用、1本は毎晩少しずつ飲むために。この1959年年にモナコが初来日した。この年に現天皇陛下がご婚礼の式を行われた、この年にローバーミニが作られた、この年に「少年マガジン」「少年サンデー」創刊、この年に長嶋選手が天覧試合で本塁打を。。。。
私の生まれた年、1959年!コニャックのポールジローは今最高の味になっています。

投稿: モナコ命 | 2012年2月 1日 (水) 14時40分

ONE ON ONEさん、こんばんは。
ふふっ、聖子ちゃんじゃありませんね。
みきたん、いや、みき様でした。
わたしも大好きな歌手でした、歌手でライターの実力派でしたし、可愛かったから・・・・。
亡くなったときは、わたしも悲しかったですよ。
同世代だけに、時代のお終いみたいでしたから・・・

投稿: yokochan | 2012年2月 2日 (木) 00時37分

モナコ命さん、こんばんは。

えーっ、そうなのですか、30代で5人も・・・。
なんということでしょうか。

そして59年へのこだわり、実に正しきことに存じます。
モナコの初来日、あのオテロの年ですねぇ~
あぁ、わたくしは1歳です(笑)
東京タワーと同じ年、そして今年、若手のスカイツリーにその地位を譲り渡す悲しさです。

それにしてもヴィンテージ級のブランデー、わたくしも味わいたいです。
ポール・ジローですか!
ちょっと調べてみました。
なんだかとても美味しそうなブランデーですね。
1958は難しそうですが、普通のヤツを早速探してみます。

投稿: yokochan | 2012年2月 2日 (木) 00時46分

はじめまして!

私も松原みきさんのファンでした。「真夜中のドア」のほか素敵なナンバーが沢山ありました。

これからというときにがんで亡くなるとは・・・・(涙)

このブログを見て、久しぶりにCDを棚から取出し
聴き、安らかなひとときを過ごしました。

投稿: suzushi8 | 2012年2月 4日 (土) 20時27分

suzushi8さん、こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。

松原みきの死は、本当に衝撃でした。
EPレコードをいつくしむようにして大事にしてきました。
CDで買い直そうと思ってます。

ほんとうに、懐かしです。
そして、もう永遠に聴くことにでいない歌声なんですね。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2012年2月 5日 (日) 00時16分

こんにちは、クラヲタ様。みき様ネタをもうひとつ。先に登場した当時の上司O課長。今で言う女子会に彼を呼んで飲んだ際「俺の永遠のアイドルはみきちゃんだ~」と熱く叫んでおりました。私は話半分で聞いていて、松原みき様と朝倉未稀様を勘違いし「え~っ、売れなくなってきた時、ヘアヌード写真出しちゃった人ですよね~?」と言ってしまい、こっぴどく叱られました。その後、みきちゃん違いを謝り、松原みき様を褒め称えた事は言うまでもありません(汗)

投稿: ONE ON ONE | 2012年2月 5日 (日) 15時52分

ONE ON ONEさん、こんばんは。
なかなかナイスな上司さまじゃありませんか。
それにしてもグラマーな朝倉未稀と間違えるなんて(笑)
そっちのみきさんも、懐かしいですねぇ。

投稿: yokochan | 2012年2月 6日 (月) 23時30分

みきさんのCD買って聴いてます。何やら最近、世界中で大ヒットしてるそうです。私が好きなアーティストの声を二度とリアルタイムで聴けない時代になりました。でも当時の彼女の声や演奏、それを聴いていた私たちの記憶や感覚は生き続けています。

投稿: セッチ | 2021年6月20日 (日) 23時05分

セッチさん、コメントありがとうございます。
東南アジアを中心に、この曲が流行ってるようですね。
松原みきさんの歌を聴いて、もう40年以上が経過し、彼女の早すぎる死からも17年が経ちました。
 でも、この曲を聴くと、あの頃のこと、自分がどうだったかなど、走馬灯のように思い出させます。
まったくおっしゃる通りです、わたくしも同じです!

投稿: yokochan | 2021年6月23日 (水) 08時15分

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