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2012年4月16日 (月)

マーラー 交響曲「大地の歌」 バレンボイム指揮

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千葉の某院にてみつけた枝垂桜。

15日の日曜、まだ見ごろでございました。

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桜の種類も数あれど、この桜ほど華やかで、少しばかり異国めいているものはありませぬ。

この桜の下に座して、世を憂いて、歌などを読みつつ、したかかに酔ってみたいものでございます。

 
  人生がただ一場の夢ならば 

  努力や苦労は私にとっていかばかりであろうや?

  それゆえ私は酒を飲む 酔いつぶれて飲めなくなるまで

  終日酒に溺れようぞ。


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   マーラー  交響曲「大地の歌」

        T:ジークフリート・イェルザレム

       Ms:ワルトラウト・マイアー

    ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団
                 (1990 @シカゴ)


毎年、1作ずつ完成させていったマーラーの交響曲、荘大無比の8番のあとは、歌曲シンフォニーとしての「大地の歌」。

8番(1907年)、大地の歌(1908年)、9番(1909年)、10番(1910~)。

「大地の歌」が番号を持っていないことは、有名すぎる話でありますが、8番で輝かしい聖なる勝利を描いたマーラーは、一転、「大地の歌」「第9」「第10」で、厭世感と彼岸に満ちた透徹の世界に足を踏み入れた。

ほぼ完成していた8番と同時に、娘マリアが亡くなり、ウィーンとも決裂・渡米。
自身も心臓病の兆候があることがわかり、まったくいいことなかったマーラーが知り合ったのは、唐詩の独語版を編んだベートゲの「中国の笛」。

マーラーの死を背負った厭世的なイメージは、晩年となってしまった「大地の歌」以降の作品ゆえに強いものだが、こうして連続聴きしてみて、ほぼ年1作書かれるマーラーの交響曲の変遷の中に捉えると、大地以降が、決して「死」に彩られた作品じゃないと思えるよになる。

その詩の内容から、思いきってこの曲のモットーを抜き出すならば、「青春」「若さ」「春」「酒」「回顧」「別れ」。
でもその別れは決して悲しくはない。
明日もまたある別れと捉えたい。

素材の唐詩は、独語訳によって漢字の持つ「言外の意」みたいなものがそぎ落とされてしまった感はあるが、描写的であり、その情景が容易に脳裏に浮かんでくるものである。

この6つの歌曲の集まりを交響曲と呼んでいいか、いまだにわからないが、詩や音楽の相互の関係から、交響曲としての姿を類推することもありのようだ。
わたしは、あまりそんなことは考えずに、テノールとメゾが交互に歌うそれぞれを、素晴らしいオーケストラとともに味わうのみとしたい。
8番で最高潮に達したマーラーの作曲技法は、大地の歌と次の第9でもって、さらに精密に、そして耽美的・表現主義的に色合いが濃くなり、次なるシェーンベルクやウェーベルンの姿さえちらつくようだ。

それにしても、「告別」という音楽には、言葉がありません。

いつの季節に聴いても、暮れゆく山影と、昇る煙に、真っすぐに山間に延びる道。
そこをゆく一人の男の後ろ姿を見る思いがする。
それはときに、自分だったりするのだから、ここにはやはり希望ある明日があることが相応しいと思いたい。

バレンボイムとマーラーというのは、どうもしっくりこない感があるが、この「大地の歌」はなかなかのものです。
すこしばかりあっけらかんとしていたり、味付けが濃すぎる感もありながら、要所要所でうなり声も聴こえるほどの音楽への没頭ぶりを見せていて、並々ならぬ雰囲気を感じさせてくれます。
ことに、「告別」は深いです。
オケがマーラーを持ってるシカゴであることが成功の一因でもありましょうや。

トリスタンとイゾルデ、ないしは、ジークムントとジークリンデのようなコンビが歌う「大地の歌」。
イエルザレムは少し青臭く、オペラに傾きがちなれど、マイアー様は実に素晴らしく、そしてほのかな色香がたまらなく美しい声なのだ。
「告別」では、バレンボイムの指揮と相まって、まるで「愛の死」みたいな甘味かつ抒情的な「永遠」ぶりなのである。
Ewig・・・が沁みます。

 愛する大地にふたたび春がくれなば、

 いたるところ花は咲き、緑はふたたび栄えるであろう。

 いたるところ永遠に、遠きはてまで輝くであろう、永遠に・・・・・・

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マーラー 「大地の歌」過去記事

 「ショルティ&シカゴ交響楽団」

 「バーンスタイン&イスラエルフィル」

 
  「ワルター&ウィーンフィル」

 「シノーポリ&ドレスデン・シュターツカペレ」

 「アバド&ベルリンフィル」


神奈川フィルハーモニー 定期演奏会

 
  マーラー 交響曲第10番~アダージョ

        交響曲「大地の歌」

  T:佐野成宏   Ms:竹本節子

   金 聖響 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

2012年4月20日(金) 19:00 みなとみらいホール

どうぞ、お聴きのがしありませんように

 
 

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コメント

いーなー^^-この演奏会!私も聴いてみたい!
確か,こちらのオケのコントラバスに私の知人がいるはずです。
大地の歌といえども,私は指揮者やオケ以上に歌手重視で聴いてしまいます。とりわけテナーが誰かが重要な要素です。
エルサレム!よいなー。コロ!なお良いなー^^
キング!しびれます。ヘフリガー。。。あー。。。ちょっとなー。。。
居並ぶ名テナーの中でも,私はヴンダリッヒがベストです。オケの音も薄っぺらく録音されているし,指揮のクレンペラーはもたもたしているし(ファンの皆さん!すみません)いろいろ不満はあるけど,ヴンダリッヒさえ歌ってくれたら,大地の歌は最高になる^^
と,とても偏った観点からいつもこの曲を聴いてしまっています。

投稿: モナコ命 | 2012年4月18日 (水) 13時59分

モナコ命さん、こんばんは。
いま、もしかしたら、定番の組合せのプログラムです。
やたらと、楽しみにしてます。
神奈フィルのコンバス、どなたでしょうか。明後日のコンサートのあと、乾杯式がありますので、そんな思いで、じろじろしてきます!

そして、大地の歌のテノールは、わたしも基本で選択します。
コロ、イエルザレムときたら、ホフマンですね!正規に録音を残さなかったのが、残念です。
あと、ヴィントガッセンなんか、あったら最高でしょうね。
ヴンダーリヒは、クレンプ以外にないのでしょいかね?
エヴァンゲリスト系では、ヘフリガーや、シュライアーより、いいと思います。

投稿: yokochan | 2012年4月18日 (水) 23時05分

ヴンダーリヒの『大地の歌』は、1964年度ウィーン音楽祭でのライヴCDが477-8988の番号で、DGより発売されていたようです。クリップス指揮ウィーン交響楽団に、フィッシャー-ディースカウと言う豪勢な共演です。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年9月 8日 (日) 10時46分

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