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2012年5月20日 (日)

バッハ カンタータ第56番「われ喜びて十字架を担わん」 F=ディースカウ

Reinanzaka_church_6

最後の晩餐、席を立つユダ、そして十字架を背負い丘を登るイエス。

教会には、聖書の物語がこうしてステンドグラスで描かれております。

かつて、文字が必ずしも読むことができなかった庶民にもわかりやすくするためといわれてます。

霊南坂教会にて。

Reinanzaka_church_5

全体はこのようになっておりました。

前にも書きましたが、オルガンの練習もされておりまして、ひとり、心澄んだ時を過ごすことができました。

この教会はプロテスタント系。
質実な雰囲気が、バッハの音楽にとても相応しく感じられる。

Bach_cantaten56

 バッハ カンタータ第56番「われ喜びて十字架を担わん」BWV56

      Br:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

  カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団/合唱団
               Ob:マンフレート・クレメント
                      (1969.7@ミュンヘン)


三位一体節後第19日曜日用、1726年10月27日に演奏。

苦難に満ちた人生の道行は、死という安らかな港にたどりつくことによって初めて救済に導かれる。(CD解説書より記載)という思想が貫かれたカンタータ。

バリトンのソロカンタータとして、もうひとつ、82番「われは足れり」とともに充実した作品として録音も多いです。

バッハのカンタータによく見られるパターンで、当初迷う人間が、イエスや神を得て、明るく、それは甘味なまでに飛翔し、最後には神を賛美して締める。

十字架を担う深刻さと苦痛を深く感じさせる冒頭のアリア、イエスとともに歩む舟路を人生に例え、チェロにはさざ波をあらわす音型が繰り返されるレシタティーヴォ。
そして、オーボエの喜ばしいソロを伴った歓喜のアリア。
このアリアは、本当に素晴らしくて、暗中の森を抜けだしたかのような光明を与えてくれる。
そして、次のレシターティーヴォでは安らぎが支配し、死への不安もさり、静かで感動的な最終コラールを迎える。

簡潔ながらバッハの音楽の持つ深みと、コンパクトな設計の中に、世の人々の人生がしっかり描かれていることを感じます。

先日亡くなった偉大な大歌手、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの名唱で。
明るくハリのある明快な歌声に、繰り返しの言葉にもそれぞれの思いを変えながら、意味合いを付加してゆく巧みさ。
声のテクニックが鼻につくことなく、バッハの禁欲的・献身的な音楽の中に、しっかり納まっている。
バッハに関しての盟友ともいえるリヒターとともに、明晰なバッハがこうして聴けることに感謝したいです。

リヒターが54歳で亡くなったのは1981年。もう30年。
そして、フィッシャー=ディースカウが今年、享年86歳。
ほぼ同じ世代でありました。

リヒターの音楽は、若い日々のものほど厳しく厳格。
晩年は、バッハ以外の音楽も多数手掛け、芸風も変わっていった。
ライフワークだったカンタータ録音が、リヒターが長命して全部行われていたら、古楽奏法への対応など、いったいどのように変化していったことでしょう。

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コメント

そうでしたか。FD様とリヒターは同年代だったんですね。私が大学生のときにリヒターが宮城県仙台市でコンサートを開くというので、バイトのお金をためて待っていましたが、突然の訃報を聞いた思いであります。当然コンサートは中止。まぼろしのコンサートです。
2人とも演奏上の妥協がないところが似ています。
FD様のバッハは特に好きでした。バッハのカンタータは時に退屈するのですが(私は不勉強者なのです^^;)FD様が登場すると急に華やかな気分になって、楽しく聴けるのです。カンタータもイエスもオテロもオランダ人もこうもりもFD様のおかげで大好きに!感謝してもしきれません。きのうさまよえる様に聞いてからもまだ死去のニュースを信じたくありません。
今夜はとっておきのコニャックのポールジロー1959年ものでお通夜をします。

投稿: モナコ命 | 2012年5月20日 (日) 19時17分

モナコ命さん、こんばんは。
わたし今日もFDを聴いてしまいました。
日曜日ですし、やはりバッハを聴きたくなりました。

わたしも今回生没年を調べるまでは、ふたりが同世代ということに気が付きませんでした。
ゆえに、悲しみもひとしお、そして想像力もひとしお湧きあがりました。
神様はいつも厳しいことをされます。
FD様を聴くとき、わたしもモナコ命さんと同じ感覚を覚えます。
わたしは今宵、ビールと発泡酒と安ワインを飲み過ぎでした。
そして明日は早起きして曇り空を眺めるのでした・・・

投稿: yokochan | 2012年5月20日 (日) 23時06分

 お早うございます。過去記事に書き込み失礼いたします。
FDさんが亡くなってからもうだいぶ経ってしまいましたね。交響曲とカラフルな管弦楽曲ばかり聴いている私でもFDさんの歌唱は、沢山聴いているのだと思います。レニーのマーラーにもショルティのワーグナーにもリヒターのバッハにも出ていましたから。
 ヘンスラーとブリリアントのバッハ全集を持っておりますが、FDさんはヘンスラーの全集にも出ていますね。バッハのカンタータ全曲鑑賞、しぶとく続けております。どちらの全集でも教会カンタータは60枚ですが、ブリリアントの全集のカンタータをやっと47枚めまで聴きました。2年ぐらい前から聴きつづけていますが、ほかの作曲家に熱中したり、うつで寝込んだり色々ありましたのでこんなにかかってしまいました。ブリリアントのルーシンク指揮の全集の素朴でアマチュア的な演奏が好きです。リヒターやリリングのような高性能オケを指揮して、FDさんのような大歌手を起用した演奏より、こっちのほうが好きになってしまいました。
 私が某通販サイトでルーシンク盤を好意的に書いたら「安かろう悪かろう全集を持ち上げるアホ」と噛みついてきた御仁がいて、一時期ストーカーのようにしつこく付きまとわれましたが、私が毅然とした姿勢で一回だけ反論したら、塩をかけられたナメクジのようにおとなしくなってしまいました。今、あの御仁、どうしてるでしょうね。今ごろになって気になりますね(笑)。

投稿: 越後のオックス | 2012年8月 4日 (土) 10時26分

越後のオックスさん、こんばんは。
偉大なるFDの死も、時間の経過で、その喪失感が薄れつつありますね。
歌手の場合は、これもよく書いてますが、引退後、間があることから、その印象が薄れてしまうんでしょうね。
でもFDの声は末永く耳に残ってます。
その代表格がバッハでもありますね。

ブリリアントのカンタータは聴いたことがありません。
というか、カンタータは、リヒターの選集とガーディナーやヘルヴェッヘの少しのみというていたらくです。
全曲まじかの、越後のオックスさんの快挙、お待ちしております。

通販サイトのコメント投稿は、サイトが企業のものなので、
貴殿のような純粋なる聴き手と、資質を異にする方もいらっしゃるのですね。
 でも、音楽を始め、芸術は、自分が受けた印象が一番で、他人様は参考意見にすぎません。
なにを言われようと屈しなかったのは見事でしたね。
してやりましたね!

投稿: yokochan | 2012年8月 5日 (日) 00時41分

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