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2012年10月 7日 (日)

ブリテン 「ピーター・グライムズ」 新国立劇場公演

201210shinkoku_1

久しぶりの新国立劇場。

我慢できずに駆けつけました。

新シーズンオープニングの「ピーター・グライムズ」。

英国音楽、ブリテンの音楽が大好きなわたくしですから。

数年前、尾高さんが札幌交響楽団で演奏会形式上演を行ったとき、チケットを購入しておきながら、家庭の都合で行くことができなかった。
その尾高さんが上演にこだわった「ピーター・グライムズ」は、尾高さんも首の持病でピットでの指揮が叶わなかった・・・・。

今回の、R・アームストロングは、英国の本格オペラ指揮者。
キリ・テ・カナワをはじめとする名歌手たちのソロCDによく名前を見ることができます。
文句なしの指揮者と歌手を揃えていただきました。

201210shinkoku_2

エントランスの勅使河原茜作のお迎えの花。

英国舞台芸術フェスティバルの一環でもあって、背景にユニオン・ジャックがうかがえます。

Britten_peter_grimes_shinkoku

      ブリテン  「ピーター・グライムズ」

 ピーター・グライムズ:ステュワート・スケルトン 
 エレン:スーザン・グリットン
 バルスロード船長:ジョナサン・サマーズ  
 アーンティ:キャサリン・ウィン=ロジャース
 姪1:鵜木 絵里                               姪2:平井 香織
 ボブ・ボウルズ:糸賀 修平         スワロー:久保 和範
 セドリー夫人:加納 悦子          ホレース・アダムス:望月 哲也
 ネッド・キーン:吉川 健一          ホブソン:大澤 建

   リチャード・アームストロング指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
                        新国立劇場合唱団(三澤洋史指揮)

      演出:ウィリー・デッカー
      
      芸術監督:尾高 忠明

      ※ベルギー王立劇場の上演よりレンタル

                     (2012.10.5 新国立劇場)


思い立って出かけた金曜の夕方。18:30からの上演。
16:30に劇場に到着し、当日券を確認すると、2階席センターの思いのほか良席を確保できました。
まともな昼食をとってなかったので、オペラシティのインド・カレー屋さんでビールとカレー。
そして劇場入りすると、かなりの空席。
オープニング公演にも係わらず、他日もチケットはまだかなり残っている様子。
ブリテンのオペラはまだまだ馴染みないのでしょうか。
幕間での話し声を盗み聴きましたが、「こんなの普通聴かないよ・・・。」

わたくしは、ちょっとがっかりでしたが、きっとそんな風に思っていた方々も、ブリテンの音楽の素晴らしさと、社会派としての問題提起と人間への愛にあふれた劇作の鋭さ、そしてなによりも全スタッフが全霊をかけた高品質な舞台に接して、きっと感動につつまれたのではないのでしょうか。

16作あるブリテンのオペラのうち、2番目の「ピーター・グライムズ」で自国を舞台にしたシリアスな作品でもって、世界に英国オペラの地位を確立したといっていい。
大オーケストラに合唱も加え、グランドオペラ的な性格も。
しかし、一番の特徴は、ブリテンが常にテーマとしている、社会的存在からの除外者とそれを生む社会への警告。
そして、キリスト者としての優しい目線。
また、ここでは「海」も主役のひとつ。

演出のウィリー・デッカーは、ザルツブルクの「トラヴィアータ」を映像で見た程度で、装置はほとんどなく、静かな人物描写のみが印象的だった。

以下、舞台の様子に触れますので、今後観劇の方ネタバレ注意です。

背景に海の荒天を想起させるスクリーンを配置し、舞台はピットに向かって傾斜がつけられ、左右の黒い壁が広がったり狭まったりして、巧みな空間処理ができる仕組み。
それ以外は、椅子やテーブル程度で、モノトーンのすっきりした舞台。
閉塞感と逃げ場のない緊張感、変わることのない背景は小さな村社会をそれぞれ表現していたように思う。
終始そうした場面設定で行われるプロローグと3つの幕。
1幕と2幕の間に休憩。
休憩もあっという間に感じられる、密度の濃い上演でした。

プロローグ
 軽快な木管のユニゾンで始まると、そこは村の集会場と思しき場面で、どうみても座れそうにない座高の高い椅子がおかれ判事スワローが飛び乗り、弟子の死に関しピーターを皆で問い詰める。
この冒頭からもう、村のアウトロー、ピーターは、1対数十人の動きとして、完全に浮いた状態として描かれていて早くも異常な村の体質と頑迷なピーターという印象を植え付ける。

間奏曲1~夜明け(ここでは幕が降りたかどうか覚えておりませんが、各幕や場に設けられた6つの間奏曲では、幕が降り、オーケストラの演奏にじっと耳を澄ますことになります。

第1幕
 教会か集会場のような整然と客席に向かって椅子が組まれたスペースに三々五々、人々が集まってくる。手に紙か~聖書のような書であろうか~を持って歌う。
漁をするために、徒弟を孤児院から連れてくるというピーターの考えに、皆が拒絶反応を示し、ピーターを集団の動きでもって追いつめて行く・・・。
そこに割ってはいるエレンは、聖書の「わたしたちのうち罪のないものがまず石をなげるがよい」との言葉を引用してピーターをかばうと、村人は一気に退いてしまう。
こうした人々のメリハリのはっきりした動きの扱いが実に見事だし、怖いものがある。
このエレンの感動的な歌は、聖歌風のテイストもあって、感動的でほんとうによくできている。

間奏曲2~嵐 鳥肌がたつカッコよさ!

 居酒屋ボーア亭を外を仕切る巨大なドアでもって表現。

Pg_london
 (モネ劇場のサイトより)

卑猥で粗雑な酔った村人の中、ピーターがドアを急に開けて入ってくる。
そこには後ろからスポットがあてられ、いかにも浮いた存在に。
(よく知らない場所で、思いきって初めての小さな小料理屋さんの扉を開けたりすると、一瞬シーンとしてしまうのに似てるあの感じ~笑)
大荒れの外、突然の余所者の来訪の陰鬱を晴らそうと「年寄りジョニー」の陽気な歌が歌われるが、その時にダンスの振り付けも面白い。
やがてやってくる少年ジョンの登場も、さきのピーターのときと同じような運命的な現出の仕方だった。

                休憩

間奏曲3~日曜の朝 鐘のモティーフが爽やか

第2幕
 左右の仕切りが真ん中ですぼまり、その先は教会という設定。
人見知りするジョンは、エレンが構おうとすると逃げてしまい、壁にくっついてしまうピーター2世みたいな人を受け付けない様子。
本来ジョンのセーターを編み物している場面だが、舞台はなにもなく壁のみ。
教会の中からは讃美歌が聞こえてきて、エレンはジョンに新しい生活を説き、少年も心を開きエレンに飛び込む・・・、しかし少年の首にあざを見つけ、また暗い陰りをエレンは感じる。
そこへピーターがやってきて、ジョンを漁へと連れていこうとするが、安息日だし休みを取らせなさいと止めるエレンとの間でひと悶着を起こし、少年を担いで出ていってしまう。
これに気付いた村人たちはエレンに尋問し、ピーターの所業を聞き出そうとするが、まるでエレンを犯人扱いするかのような厳しい演出。
ピーターの家へ押しかけようとする男衆は抗議デモのようにホブソンが太鼓を叩きながら舞台左端から行進してゆく。
こうした打楽器の巧みな使用と、聴く側を興奮させるリズムは、ブリテンお得意の技。
男だけのオペラ「ビリー・バッド」でも凄い効果を発揮している。
 それに対比するかのような、女4人による重唱は、思わずホロリとくるメロディアスで哀しげな雰囲気。身勝手な男たちに翻弄される女性たちへのブリテンの優しい目線であります。

間奏曲4~パッサカリア、ヴィオラの虚しい旋律からやがて厚みをまして壮大な音楽に

Pg_london2
 (コヴェントガーデンのプロダクションより)

斜めになったピーターの家には、大きなベットがひとつ。
支度に急きたてる無常なピーターに怯える少年は見ていて気の毒だ。
しかし、家庭を築く夢などを優しい口調で歌うピーターに少年も打ち解けて、抱きついたり飛び乗ったりして、観衆は少し心なごませる。
各場にあるピーターのモノローグだが、この場ほど、喜怒哀楽が激しく長大なものはない。
スケルトンは、もうこのあたり乗りに乗ってすさまじかった。
やがて、人々の行進のざわめきが・・・。
焦ったピーターは部屋の隅にある穴から、少年を崖ずたいに下らせ船に行かせるが、やがて長い悲鳴が聞こえ、転落してしまったことがわかる。
あとを追って姿を隠すピーターのあと、村人が潜入しひと気のない部屋を確認して立ち去る。
そのあと、ピーターは赤いセーターを着て動かなくなった少年を抱えてベットに降ろし、途方にくれる。静かで不気味な幕切れ。
 (原作では、ピーターは戻らず姿を見せず、彼の理解者たるバルストロードのみが部屋に残り、ピーターの後を追うことになっている)

間奏曲5~夜の海、月明かり・・・・目を閉じて聴いていたら涙が出てきた

第3幕
 あの日から3日後の夜、お馴染みの先が閉じる仕掛けの集会場の中では、村人たちが飲んで歌っての乱痴気ぶり。
全幕の流れからのあまりの急転直下ぶりは、「ヴォツェック」と同じく、ひとりの部外者の悲劇とは関係なしの場所にいる無関心な人々との対比を鮮やかにするもので、ブリテンの見事な手腕に感服。
女性は赤、男性は黒の服で、頭には家畜や動物のかぶりもので、群れとしての存在。
ここでもユニークなダンスが隙間から垣間見られ、卑猥な動きもあります。
 スノッブな噂好きのオバハン、セドレー夫人の活躍。
赤いセーターを見つけたエレンとバルストロードの会話を盗み聴きして、ピーターの犯行を吹聴してだんだんと騒ぎを大きくしてゆく。
その証拠品セーターを早く隠せばいいのに、ついにみんなに取られてキャッチボールのように残酷にも投げ渡されてしまい、おろおろするエレン。
人々は十字架までも登場させ、エレンに迫りまくる。
クレッシェンドして興奮高めて行く音楽。
耳と心を震撼させる「ピーター・グライムズ!!」と叫ぶ人々の声とエレンに迫る恐怖。
恐ろしき群集心理を激しく描いてやまない演出。
 (エレンのグリットンの歌う刺繍のモノローグは、悲しくって涙さそう名唱)

間奏曲6

Pg
 (モネ劇場のサイトより)

疲れ果てたピーターが上着を抱えながら舞台奥から登場。
錯乱状態に陥ったピーターは、色んな想いにとらわれていて、海の悪霊や「年寄りジョニー」を口ずさんだりする。
何もない舞台に、荒涼とした背景にピーターひとり。殺伐とした光景は印象的だ。
遠くで響くピーター探しの声。
やがてエレンとバルストロードがあらわれ、エレンの救いの言葉も耳にはいらない。
「さぁ行こう、船の準備をしよう」というバルストロードに、エレンの「NO!」
「陸が見えなくなったら、沖で船を沈めるのだ。お別れだピーター」
歌わずに静寂の中で語られるこの最後の場面。
ピーターは、バルストロードの胸に手を置き、一人背を向け去ってゆく。

嗚咽するエレンひとりを幕前に残し、いったん幕が降りたあと、そこは集会場で、エレンとバルスロードの席を残し、村人がじっと座っている。
音楽は静寂から、夜明けの間奏曲の旋律。
ピーターの上着は傍らに脱ぎ捨てられたまま。
沖で沈没船があるとの報もあるが、もう助けられない、どうせまた噂でしょ・・・。
無表情に、白い紙を顔まであげて「海」を歌う。
バルストロードに続き、やがてエレンも席に着くが、彼らは最後まで白い紙を顔にまであげることはせず、印象的に曲を閉じる。

                   

(最後の場面、原作では、ピーターが沖に出るのを手伝う二人で、浜辺で別れを交わす。
それと人々は、朝を迎え、日常生活の準備中で、やがていつもと変わらない毎日がまた始まるという設定になっています)

幕が降りて、わたしは感動のあまり、拍手もできず固まってしまいました。

幕が開くと、体当たりの熱演をしたスケルトンがひとりカーテンコールに出てまいりました。

Skelton
 (今年8月のプロムスでのスケルトン)

スケルトンは、パルシファルを聴いたことがあるが、こんな没頭的で個性的な歌手だとは思わなかった。今年のプロムスでのピーターも際立っていたスケルトン。
こんどはジークムントあたりを。
スーザン・グリットンは、シャンドスの英国ものでは必ず登場する名ソプラノで、同情に満ちた暖かい歌唱と英国歌手ならではのクリアボイスが実に魅力的でありました。
サマーズの毅然としたバリトンも、英語圏特有の高貴さと力強さを感じるバリトン。
最後のピーターへの別れの台詞には泣けました。
酒場の女将アーンティの複雑な豹変ぶりを歌ったこれもまた英国のウィン・ロジャースもよい。
定評ある日本人組も存在感たっぷりで、憎まれオバハンを歌った加納悦子さんのなりきりぶりが目立ちました。

先にふれたアームストロングの指揮は、この日好調の東フィルから、前半は固かったものの、シャープでブリリアントなブリテンの音色を見事に引き出してまして、間奏曲は曲を追うごとに凄いことになっていきました。

ごてごてと飾らないデッカーの舞台演出は、求心的なブリテンの音楽にぴたりと合っているように思えます。よけいな動きや解釈を施さなくても、音楽だけの力で、人々の群集心理と、個々の人物たちが追いつめられてゆくさまを描くことができるという典型に思います。

共同制作でも、レンタルでも構わない。
質の高い、先端の上演を確実にキープしてもらえるなら。
お金のかかるオペラだからこそ、知恵をふりしぼって、上演本数を確保してほしいものです。

来年は、ブリテン(1913~1976)のアニバーサリー・イヤー。
新国でも、もしかしたら、「真夏の夜の夢」や「ねじの回転」、「カーリュ・リヴァー」などのどれかが体験できるかも。  

 ピーター・グライムズ 過去記事

 「ハイティンク指揮 コヴェントガーデンCD」

 「ラニクルズ指揮 メトロポリタン ライブビューイング」

 「ガードナー指揮  スコテッシュ・オペラ プロムス2012」

 「ラニクルズ指揮 サンフランシスコオペラ 4つの海の間奏曲」

 「ビエロフラーヴェク指揮 BBC響 4つの海の間奏曲」

 「マリナー指揮 ミネソタ管弦楽団 4つの海の間奏曲」

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コメント

こんばんは。
おお、行かれたのですね!私は今日行ってきました。
いやーホント素晴らしかったですね。5日はウィークデイだったので空席もあったのかもしれませんが、祝日は結構盛況でした。ブラヴォーも凄かったですし。別にブリテンの回し者じゃないけど、イギリス好きとしてはうれしかったです。

タイトルロールのスケルトン、凄い熱演でしたね。何かが乗り移ったみたいだったです。

投稿: naoping | 2012年10月 8日 (月) 23時06分

naopingさん、こんばんは。
禁オペラ&神奈フィル以外コンサートの誓いを破って、無謀にも当日飛び込みしました。
休日は席も埋まったようですね。
ともかく、このプロダクションはアタリですね!!
普通に素晴らしいブリテンを楽しめました。
スケルトン氏はワーグナーとは別人の変貌ぶりでした。
そしてやたらと興奮するタイプみたいですね。
床を踏みしだいて、オケを讃えてました(笑)

投稿: yokochan | 2012年10月 8日 (月) 23時24分

同じ日だったんですね!

とにかく強烈でした。
音楽も物語も、怖くて、悲しいです。

投稿: edc | 2012年10月 9日 (火) 09時58分

yokochanさん、お久しぶりです。演奏会通い復活でしょうか!?
僕も5日の公演に来てました。4階席はほとんど満員だったので、大盛況かと思ってました。
「ピーターグライムズ」は初体験でしたが、音楽の素晴らしさに圧倒されました。
公演のレベルの高さも文句なしで感動しました。
演出から、僕はキリスト教への問題提起を感じたのですが、yokochanさんは「愛情」と感じたのですね。
また是非アフターコンサートで一杯やりたいですネ!
TBもつけさせて頂きます。

投稿: pockn | 2012年10月 9日 (火) 12時23分

euridiceさん、こんばんは。
久々に新国に登場しましたが、また同じ日だったのですね。
わたくしも、震撼してしまった舞台です。
いまの世相を考えると、ブリテンの問題的は普遍的なものがあります。

投稿: yokochan | 2012年10月 9日 (火) 23時12分

あ~っ、pocknさん、まさか同じ日に同じ空気を味わっていたんですね!
復帰とまではいきませんが、ブリテンとなると無理やり叱咤してあとも顧みずに・・・・って感じで初台に飛んでいきました!

2階と下を見下ろしたら空席がかなりありました。
食わず嫌いでしょうね。
でもだれでも、この舞台に接したら、感動しまくりの上演だったはずですよね。

ブリテンの愛情は、アッチのほうじゃなくて(?)、これもまたキリスト者としての人間の尊厳や平和希求の愛と思ってます。このあとのオペラの数々も、そんな思いがたくさん詰まっていると思います。

思いつきでコンサートに行く時は、メールいたしますね!
一杯やりましょう!
TBどうもありがとうございます。

投稿: yokochan | 2012年10月 9日 (火) 23時18分

10/11、観てきました。
女房入院中のためと上京時間の疲れのため、第1幕第1場は記憶が飛んでましたが、第1幕第2場から最後まで、しっかり記憶に留めてきました。
拍手、出来ませんでした。「ブラヴォー」、「ブラヴァ」もかけらる雰囲気(僕的には)ではありませんでした。
悪いのではないんです。テーマが重くって・・・。村八分。「個」vs「集団」。「いじめ」。そのテーマが重く・・・。「軍人たち」、「ヴォツェック」、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」に共通する現代的テーマが共通したものたちは皆、観終わった後の感動は重かったです。
いい舞台でした。ブリテンの音楽云々というよりも、舞台全体で感じさせられた公演でした。


投稿: IANIS | 2012年10月11日 (木) 23時31分

IANISさん、こんばんは。平日の観劇、どうもお疲れ様でした。
奥様ご入院中とのこと、それはまた心配ですね。
お大事にどうぞ、そして早期のご回復をお祈りいたしております。
IANISさんも、無理なさらいようにお願いしますね。

そんな中での「ピーター・グライムズ」は重たかったですね。
長い仕事不芳の日々、ワーグナーにもましてブリテンゆえにかけつけた舞台は、わたしにとって、いやなことをひと時忘れさせ、シリアスな人間社会に目を向かわせることとなりました。
ご指摘のとおりに、テーマは重たいのですが、ブリテンは生涯、これ系のテーマと、孤独でストイックなまでの平和希求を追いかけた作曲家だと思います。
後年の作品に比べたらら、その音楽はまだまだなじみやすく、メロディックですが、観劇のあとの重たさは、なんといっても秀逸な演出と集中力あふれる演奏だったと思います。

投稿: yokochan | 2012年10月11日 (木) 23時56分

こんばんは。
日曜、行ってきました。当方は二列真ん中、かみさんは一列右端のほうでした。かみさんの感想は、CDとギャップがかなりとのこと。かみさんのCDはピアーズの国内盤です。スケルトンがカーテンコールで床をドンドン鳴らし、のっていましたが、反応はあまり有りなく冷ややかでした。異様に疲れました。

投稿: | 2012年10月15日 (月) 20時07分

Mieさん、こんばんは。
作者自演盤とは、特に歌の様子やデッカのリアル録音とが、今回実演とかなり違っていたと思います。
ことにピアーズはそうでして、いまやピアーズのように繊細かつ知的に歌うピーターはいなくなりました。

作者と協力者の時代から、この作品はいろんな側面を楽しめるようになったと思ってます。
でも、たしかに、重くのしかかる内容でしたね。

投稿: yokochan | 2012年10月16日 (火) 22時57分

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