ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」 ポリーニ
六本木ヒルズ内のイルミネーション。
こういう暖かいシンプルなのがいい。
ベートーヴェン ピアノソナタ第29番 変ロ長調 「ハンマークラヴィーア」
マウリツィオ・ポリーニ
(1977.1,6@ウィーン、ミュンヘン)
なんという大きな作品でしょうか。
規模いう点での大きさという意味でもさることながら、音楽の持つ内容が大きすぎる。
今回のポリーニの演奏時間がほぼ44分。
ロマン派のピアノソナタでは一、二を競うの長大ぶり。
そして、その音楽の持つ堅固さと、深遠さでは、おそらくピアノ・ソナタではナンバーワンかもしれません。
わたくしのような、腰の座らない聴き方では、とうてい捉えきれない音楽なのです。
ですから、不遜にも、この音楽を語ろうということはできません。
スヌーピーの漫画、ピーナッツの登場人物のなかに、シュレーダーという、いかにもドイツ系の男の子がいました。
彼は、子供のおもちゃピアノをいつも体を屈めるようにして弾いていて、そんな彼をルーシーは大好きだった訳だったけれど、そのシュレーダー君が私淑していたのがベートーヴェン。
アニメ版では、ベートーヴェンのピアノソナタを始終弾いていて、それらのなかの一曲が「ハンマークラヴィーア」の第1楽章だったと記憶します。
漫画の世界だからこそですが、おおよそピアノに携わる方々の大いなる指標のひとつが、この「ハンマークラヴィーア」ソナタ。
交響曲のピアノ版ともいえるくらいに、威容を持ってそびえ立つその音楽の中心ともいえる核心部分が、緩徐楽章たる第3楽章でありましょう。
約20分もの長尺で、終始アダージョで、底知れぬ深みを持って、沈思黙考したような音楽なのです。
でも、そこには暗さや、寂しさ、危うい情熱や強さもありません。
静かな湖面をたたえる静寂の湖のようなイメージを思い浮かべてください。
生き物や植物、いや万物の存在をそこに感じますが、一切見えません。
透明感あふれるその景色のみが静かに心に語りかけてくる感があるんです。
「何もないけど、あふれてる」~「明鏡止水」
ベートーヴェンが到達した境地なのでしょうか。
不思議と、微笑みと明朗さも感じます。
こんな音楽も、わが人生の永久の手向けに相応しい一曲かもしれないと、つらつらと思う寒い一夜です。
かのシュレーダー君が弾いた快活なる1楽章。
スケルツォ楽章に徹しながらも、実は次の3楽章があるので難しそうな2楽章。
さらに終楽章は、前の楽章の雰囲気を引きずりながら、フーガの形式を整えてゆく巧みの音楽。技巧的にもこれは相当なものではないでしょうか。
4つの楽章が、それぞれに硬軟・易難とりまぜつつ存在しあう大音楽、それが29番のソナタでした。
かつて、ゼルキンのCBS盤をFM録音してずっと聴いていたけれど、ポリーニが3枚組のLPでいきなり世に問うた後期ソナタ集。
そのなかでも、29番「ハンマークラヴィーア」は圧倒的なくらいに完璧。
あの時代特有の硬質かつ強靱な打鍵に裏打ちされた、表現の幅の驚異の広さ。
さらに、そこに漂う明度の高い透明感。
いまでも素晴らしく感じます。
でも、この音楽に共感し、理解してゆくには、わたくしなんぞ、まだまだ未熟であります。
深いです。
| 固定リンク
コメント
ベートーヴェン最後期のソナタの中でも、非常に特殊なソナタです、29番。つっかえひっかえですが、何とか弾けるこの曲の第3楽章は、高校生の頃からの付き合いでした。だから、人一倍親近感があります。ベートーヴェンの音楽に対する見方が変わったのは、この音楽のお蔭かもしれません。それと、吉田秀和の、確かレコード芸術の連載で書いていたエッセイ(確か、高校生の時分、自分の学友が弾いていたこの楽章のちょっぴり感傷的なエピソード)の素敵な思い出に拠ることも-。
不可思議といえば、むしろ第1楽章やスケルツォ、さらにはフィナーレでしょう。弦楽四重奏の大フーガも難敵ですが、このピアノ・ソナタの終曲もそんな世界です。「理解してゆくには、わたくしなんぞ、まだまだ未熟」などとは言わないでくださいね。
ところで、29番の演奏については、私、内田光子やイリーナ・メジューエワの演奏に強く惹かれております。どうも男性ピアニストの演奏、厳めしくって・・・。
投稿: IANIS | 2012年12月20日 (木) 02時48分
ハンマークラヴィア、好きです。ポリーニを聴いてしまうと他が聴けなくなるのが難点です。「ドライだ」とか「感情が足りない」とか「ドイツ的じゃない」とか色々言われるけど、どうしてもポリーニが好きです。バックハウス先生やケンプ様もいいのですが。。
IANISさんはこの曲を弾けるという!尊敬です!私は全くダメです。生涯リスナーに徹することにします。
さまよえる様のブログに登場する方々は皆エリートぞろいなんですね。これからは慎重に発言するようにします。って。。もう遅いか^^;
投稿: モナコ命 | 2012年12月21日 (金) 13時36分
IANISさん、まいどです。
こちらの3楽章が弾けるなんて、まさに聞いてないよ~的な驚きです。
わたしも高校時代に目覚めた後期ソナタの数々ですが、ほかの番号に比べ、長さ的にもちょっと苦手意識がありました。
今回、年取って聴く3楽章は沁みましたね。
まだまだ聴きこめねばならない点で、まさに未熟なんです。
そして女流ピアニストに着目されるとはさすがですね。
メジェーワは、これまでろくに聴いてこなかった方ですから、なんとか機会を持ちたいと思ってます。
投稿: yokochan | 2012年12月22日 (土) 13時55分
モナコ命さん、こんにちは。
やはりポリーニはいいですね。
わたしもほかの過去の大家をどうも聴けなくなってしまいました。
バックハウスのこの曲はモノラルだったと思いますが、だんだんと記憶のかなた的になってしまいました。
そして、これからもずっとモナコ命さんらしいコメントを楽しみにしておりますよ!
投稿: yokochan | 2012年12月22日 (土) 14時21分
再来週の読売日響の定期演奏は、ブルックナー交響曲第9番ということで行ってきます。おそらくyokochanさんはいかれないと思いますが、サントリーホールで生演奏を聴くのは初めて。かつ私と同じ誕生日のMr.Sが鍛えたクリーヴランド風に柔軟に鳴り響く日本でもTOPを争う緻密なアンサンブルを奏でるオケというわけで、楽しみにしています。指揮者は下野竜也さんです。
さて、最近youtubeでエミール・ギレリスのハンマークラヴィーアとピアノ・ソナタ第31番のだめでも登場した第3楽章を聴いています。ミスター・ベートーヴェンと称えられた解釈者、鋼鉄のピアニストとも言われた技量を持って、雄大なスケールと力強いこの演奏は、PCに取り込んだ、レコード芸術人気1位のポリーニよりも、個人的には好みです。
https://www.youtube.com/watch?v=mjwph_NG89E
https://www.youtube.com/watch?v=k7hiNR4wxUs
最晩年のギレリスの演奏で、ピアノ・ソナタ第32番を聴いてみたかったですね。
投稿: Kasshini | 2014年8月30日 (土) 17時04分
Kasshiniさん、こんにちは。
読響の実力は安定してますね。
しばらく聴いてませんが、シモノーさんとの組み合わせも好評のようですし、彼ならではの面白いプログラムが刺激的です。
楽しんでいらしてください。
ギレリスは、全曲録音できなかったのが残念ですが、DGの選集をいつか欲しいと思ってます。
70年代、西側に出て、ギレリスのすごさが世に出ましたね。ヨッフムといれたブラームスが忘れられません。
投稿: yokochan | 2014年8月31日 (日) 11時30分