シェーンベルク 「ワルシャワの生き残り」 アバド指揮
芝浦の運河のひとコマ。
手前は行き止まりで、納涼船やクルーザーが待機してますが、いつも気になるのは、橋梁の方が低いこと。
潮が引くと出れるんですかね。ふむ。
シェーンベルク 「ワルシャワの生き残り」
語り:マクシミリアン・シェル
クラウディオ・アバド指揮 ECユース・オーケストラ
ウィーン・ジュネス合唱団
(1979.8 @ザルツブルク)
1947年、アメリカ亡命時のシェーンベルクの作品。
第二次大戦後、ナチスの行った蛮事が明らかになるにつれ、ユダヤ系の多かったリベラルなアメリカでは怒りと悲しみが大きく、ユダヤの出自のシェーンベルクとて、姪がナチスに殺されたこともあり、強い憤りでもって、この作品を書くこととなりました。
クーセヴィッキー音楽財団による委嘱作でもあります。
73歳のシェーンベルクは、その前年、心臓発作を起こし命はとりとめたものの、病弱でその生もあと数年であったが、この音楽に聴く「怒りのエネルギー」は相当な力を持って、聴くわたしたちに迫ってくるものがあります。
12音技法による音楽でありますが、もうこの域に達するとぎこちなさよりは、考え抜かれた洗練さを感じさせ、頭でっかちの音楽にならずに、音が完全にドラマを表出していて寒気さえ覚えます。
ワルシャワの収容所から地下水道に逃げ込んだ男の回想に基づくドラマで、ほぼ語り、しかし時には歌うような、これもまたシュプレヒシュティンメのひとつ。
英語による明確かつ客観的な語りだが、徐々にリアルを増してきて、ナチス軍人の言葉はドイツ語によって引用される。これもまた恐怖を呼び起こす効果に満ちている。
そして、叱咤されガス室への行進を余儀なくするその時、オケの切迫感が極度に高まり、いままで無言であった人々、すなわち合唱がヘブライ語で突然歌い出す。
聖歌「イスラエルよ聞け」。
最後の数分のこの出来事は、最初聴いたときには背筋が寒くなるほどに衝撃的だった。
この劇的な効果は、効果というようなものでなく、抗いがたい運命に従わざるを得ないが、古代より続く民族の苦難に耐え抜く強さと後世の世代にかける希望を感じるのであります。
アバドのザルツブルクライブは、若い演奏家たちの熱い思いが独特の緊張感を孕んでいて感性の鋭い演奏となっております。
M・シェルの極めて劇的な語りも絶妙です。
後年、アバドはウィーンフィルと正式に録音しておりますが、こちらはウィーンフィルの独特の音色が不思議な雰囲気を醸し出していて、かつG・ホーニクの語りは歌い手のようで、オペラティックな様相を呈しております。
こちらも好きな演奏。
レコード時代、大いに聴いたのがブーレーズとBBCの鋭利で冷酷な演奏。
これはすごかった。
いまだに完璧です。
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コメント
再び失礼致します。
おっしゃる通り、頭でっかちな印象は、この迫力の前に消し飛んでますよね!私は二つ目にアップしてらっしゃる盤のみ所持しているのですが、併収の“パッサカリア”聴きたさに購入しました。しかしながら、同様に“ワルシャワ”の迫力を前に、一瞬にして消し飛んだ感がございました。
投稿: Booty☆KETSU oh! ダンス | 2013年2月 1日 (金) 18時18分
初めまして
いつも楽しく拝見しております。
「生き残り」のアバド&ECジュネスオケの演奏は
確か私が高校生くらいのときにNHKFMで放送され
カセットにエアチェックしたのをよく聴いていました。
懐かしい!
とくに語り手がすばらしく、
あのような声の演技は、歌の専門家(オペラ歌手も含)
には、かえって難しいものではないかと思います。
そのエアチェックテープは
残念ながら生き残ってません。
投稿: 美東 | 2013年2月 1日 (金) 23時33分
Booty☆KETSU oh! ダンスさん、こちらにもありがとうございます。
この音楽のインパクトは強烈ですね。
12音や無調を超えてしまった衝撃とでもいいましょうか!
アバドのCDは、わたしもウェーベルン目当てでしたが、本当は、シェーンベルクは外して、ウェーベルンだけ。
シェーンベルクは、別に1枚作って欲しかったところです。
それだけ、あのウィーンのパッサカリアは魅力的です。
コメントどうもありがとうございました。
投稿: yokochan | 2013年2月 2日 (土) 00時40分
美東さん、こんばんは、はじめまして。
ご覧いただき感謝です。
わたしも実は、このザルツブルクライブは、高校から大学の頃のNHK・FMのエアチェック音源でお世話になったのです。
ポリーニによるベートーヴェンの4番、プロメテウス序曲、シェーンベルクに火の鳥、アンコールがプロコフィエフのロミオのティボルトの死。
この完璧な演奏会のライブCDです。
語りのシェルは、バーンスタインとの共演も当時あって、独特のすご味がありました。いま聴いても鮮烈でした。
コメントどうもありがとうございました。
またどうぞよろしくお願いいたします。
投稿: yokochan | 2013年2月 2日 (土) 00時50分
連投申し訳ございません
確かに仰る通りです
同じ学派だから併収、では、余りに芸がない気が致します
その点、かつてのLondonレーベル20世紀音楽シリーズは、非常に素晴らしいシリーズでしたね!
投稿: Booty☆KETSU oh! ダンス | 2013年2月 2日 (土) 13時38分
お早うございます。ブーレーズのシェーベルクは、ヤコブの梯子や期待や室内交響曲やモーゼとアロンまでそろえたのに合唱曲が盲点なのです。ワルシャワの生き残りもナポレオンへのオードも晩年の弦楽四重奏曲も聴かなきゃならないと思っているのですが、今も昔もお金がないため、未聴です。新旧アバドとブーレーズどれも聴きたいですね。これは前から疑問に思っていることなのですが、ストラヴィンスキーにせよシェーンベルクにせよ20世紀の大作曲家は目まぐるしいぐらい生涯に何度も作風を変えてますよね。あれ、どうしてなんでしょうね。19世紀の大物作曲家ならブルックナーみたいに似たような曲を何作も造ってかつ内容を深化させていった人もいるのですが…20世紀の大物はなぜそういうことをしなかったのでしょう?吉田先生の親友で大評論家で何にでも詳しかった加藤周一さんも「20世紀の芸術家だけがなぜ…」と不思議がっていました。画家のピカソも小説のトーマス・マンも皆そうです。20世紀が目まぐるしい時代だったからでしょうか?文化・芸術に関心のある人ならじっくり考えてみる価値のあることだと思います。
メンデルスゾーンの第1番、初々しくていい曲ですよね。ウェーバーの第1番(マリナーが最高です)やシューベルトの第1番もいいですが。手持ちの音源はカラヤン指揮ベルリンフィルとブリュッヘン指揮のCDだけですが、またじっくり聴きなおしてみたいと思います。
投稿: 越後のオックス | 2013年2月 3日 (日) 11時04分
たしかに、ロンドンの20世紀音楽シリーズは素晴らしかったですね。
アサートンという英国指揮者が大活躍。
アバドのレパートリーの問題はありますが、DG は大系化がにがてのような気がします。
投稿: yokochan | 2013年2月 3日 (日) 16時30分
越後のオックスさん、こんにちは。
シェーンベルクの合唱系の音楽は、たしかに縁遠いですね。
わたしもそうです。グレ・レーダーならお得意なのですが。
まだまだ課題がたくさんあるシェーンベルクは、これからのチャレンジ精神をかきたてる世界でして意欲がわきます。
で、作風の変化ですが、これはまたわたくしにはわかりません出来事でして、おかげでいまのわれわれは、彼らの音楽を楽しませていただいている状況ですね。
20世紀となると、クラシック以外の音楽も横断的に楽しめるようになるし、他国の音楽も聴けるようになるし、総合芸術的な発想が芽生えたわけですね。
いまある21世紀の世紀末は、もっと他次元化して、複雑化しているわけでして、まだ耳で確認できる前世紀末は一般的にも受容範囲内です。
いやでも、ご指摘のとおり、なかなか深い問題ですね。
やわらかい頭で、今後も聴いていきたいと思います。
投稿: yokochan | 2013年2月 3日 (日) 22時15分
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
投稿: 送付状の就活 | 2013年6月18日 (火) 10時12分