ヴェルディ 「オベルト」 マリナー指揮
ひと気のなくなった六本木ヒルズ。
オリンピック誘致の垂れ幕の向こうは、けやき坂のイルミネーションが美しい。
今日は、生誕200年のヴェルディのオペラシリーズに取り掛かります。
全26作(その他改作が2作品含むと28作品。)
すでにブログで取り上げた作品が舞台を入れて11作ありますので、ほかの作品をなんとか今年は記事にしてみたいと思ってます。
未知のオペラもいくつかあり、ブリテンの残りのオペラとともに難行ですが、やってみたいと思います。
そこへゆくと、ワーグナーはすべて馴染みの作品ばかりで血肉化してしまってますので、気が楽なのですが。
ヴェルディ 「オベルト」 (サン・ボニファッチョ伯オベルト)
オベルト:サミュエル・ラミー レオノーラ:マリア・グレギーナ
クニーツァ:ヴィオレタ・ウルマーナ リッカルド:ステュワート・ニール
イメルダ:サラ・フルゴーニ
サー・ネヴィル・マリナー指揮
アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
ロンドン・ヴォイセズ
(1996.8 @ロンドン)
ヴェルディ(1813~1901)のオペラ第1作。
1839年、ヴェルディ26歳。
イタリア・ブッセート近郊に生まれ、ブッセートで才能を除々に開花させ、やがてミラノに出て音楽教師ラヴィーニャのもとで学ぶようになったのが19歳頃。
スカラ座とのパイプも有していたラヴィーニャは、ヴェルディの才能を見抜き、自身が係わっていた合唱団の指揮をヴェルディにさせ、やがてオーストリア皇帝フェルディナント1世の生誕コンサート向けの音楽の作曲をするようにもなりました。
しかし、世話になったブッセートでその街の音楽監督ともいうべき人物の死去により、ミラノに後ろ髪惹かれつつ、ブッセートに戻ることとなり、かの地で最初の妻となるマルゲリータと結婚し、男女ふたりの子供も生まれますが、長女は1歳で亡くなってしまうという悲しみも経験しております。この時、ヴェルディ25歳。
ただ経緯は不明ながら、この頃、オペラ「ロチェステル」を作曲していて、パルマでの上演を希望していたようだが、ミラノで知り合った指揮者マッシーニを通じて憧れのミラノでの上演をも画策しつつあり、再度ミラノへ居を移すことを決心。
ミラノで、さっそく脚本家ソレーラと作り上げたのが「オベルト」なのでありますが、登場人物の書き直しの様子や、ソレーラの手腕からすると、「ロチェステル」が「オベルト」に転じたのは間違いないとされます。
紆余曲折を経て、スカラ座で初演されることとなった「オベルト」ですが、係わった人物が、みなヴェルディの才能と熱意に感化されるという結果のたまものにほかなりません。
かくして、「オベルト」初演は成功をおさめ、各地で上演されたのであります。
ちなみに、アルプスの向こう側、同年のワーグナーはその頃はもう、初期3作のオペラを書きあげておりました。
その後のヴェルディのハイピッチのオペラ創作に驚くわけです。
オペラの概要
1228年頃 ヴェローナ近郊バッサーノ
いくつもの公国が割拠した当時のイタリアが背景。
オベルト伯爵は、ヴェローナ内での権力闘争に敗れ身を隠すものの、娘レオノーラは伯母のもとヴェローナに残っていた。
オベルト伯を破ったヴェローナ公の助けを借りたのがサリングエッラ伯爵リッカルド。
その彼は身分を隠し、レオノーラに近づき、結婚の約束をして、やがて情報だけを得て、彼女を捨て、ヴェローナ公エッツェリーノ家の娘クニーツァと婚約してしまう。
第1幕
第1場
エッツェリーノ家の居城、婚姻のためやってきたリッカルドを人々が盛大に迎え、リッカルドは威勢よく勝利と憎しみを、そしてレオノーラへの愛情も込めてアリアを歌う。
一方、城の前では、すべてを知ったレオノーラがいまだリッカルドを愛する気持ちと裏切りへの怒りの二律背反する心情を強く歌うという、後々のヴェルディのお馴染みのパターンでもって登場する。
娘の不運を知った父オベルトが入れ替わりに故国に潜入して登場し、娘を叱責し、にっくき男に復讐せんと歌う。
そこへレオノーラが再び登場。親娘ふたりの、これまたヴェルデイお得意の麗しい二重唱が歌われる。家名をこれ以上傷つけるな、さむなくば私は死を選ぶのみ、しかし憎きはあおの男!
第2場
夫人たちの祝福を受けるクニーツァ。でもリッカルドの少しよそよそしい態度に気も晴れず、登場したリッカルドはそんなこととは知らずに、気をとりなおそうと美事麗句を。
仲直りして幸せを誓いあう二人。
一方、城に潜入したオベルト親子は、クニーツァの待女イメルダに取次を頼む。
身分を明かし、驚くクニーツァ。これまでの経緯を親子から聴き、心やさしいクニーツァは彼らを応援することを約束し、ふたりを別室にかくまう。
クニーツァはリッカルドをはじめ城内の人々を呼び集める。
そこでレオノーラが進みでて、自分を裏切ったリッカルドを責め、オベルト伯までが進み出て彼を叫弾することとなりその場は大騒ぎに。
その流れで、オベルトとリッカルドは決闘を約すはめとなる。
第2幕
第1場
待女イメルダを介して、リッカルドが面会を求めてくるが、クニーツァは会うことはせず、自分のことはあきらめてレオノーラのもとへゆくようにと、これまた自分の恋を抑える複雑な胸の内のアリアを歌う(このアリアは素晴らしい)。
第2場
クニーツァへの同情を歌う廷臣たちの合唱。
近くの寂しい荒れ野では、オベルトが気持ちを高ぶらせ、まだまだ負けないとアリアを歌う。
廷臣たちがそこへ来て、クニーツァが決闘をやめるようにとリッカルドにとりなしていることを伝えるも、オベルトの気持ちは変わらず。
そこへ、リッカルドがあらわれ、決闘の延期を相談するが、臆病者めが、と一掃するオベルト。さらにレオノーラとクニーツァふたりが登場し、決闘を見送るように、そしてリッカルドにはレオノーラと再びよりをもどすことを約束させる。
が、しかしオベルトは、決心を変えず剣を抜き、森で待つと立ち去ってしまう。
廷臣たちが集まって祈りが始まるが、遠く剣の交わる音。
戦いを止めようと彼らは森に向かうが、リッカルドが血のついた剣を下げて出てくる。
リッカルドは、えらいことをしてしまったと、大きく後悔し、神への慈悲を乞い歌い、やがて走り去る・・・・。
リッカルドを探しにきたクニーツァとイメルダのもとに、オベルトの亡きがらが運ばれてきて、ほどなくやってきたレオノーラはそこに泣きつくす。
(彼女が出てくるとき、合唱は、「あっ、彼女だ!」と歌うのですが、「S'avvicina」(サヴィチィーナ)は、どう聴いても、「寂ちぃ~な!」としか聴こえず、初めて聴いていらいここを楽しみにしております)
彼女は、自分が父を死に追いやったと悲しむうちに、リッカルドから贖罪の旅に出る内容の書き置きも届き、相次いで愛する人を失った悲しみを歌い、希望をなくして死を望んで幕となる・・・・・・
幕
みなさん直情型で、まったく救いの結末のドラマは、ちょっとばかばかしくなるくらい。
このオペラの50年後、劇場生活50周年の記念に、「オベルト」を上演してはどうか、との勧めを大家となったヴェルディは受けたが、自分のスタートは「ナブッコ」以降で、いまの聴衆には作風が古すぎて合わないからやりたくないと、固辞しております。
しかし、後年のヴェルディの萌芽はそこかしこに見出せます。
あふれ出る旋律の宝庫と、聴き手の心に本能的なまでに響く豊かなカンタービレの心憎さ。主役級4人に公平に与えられたアリアの素晴らしさ。
(その一方で群衆たる合唱の扱いがぞんざいになってしまった)
ドニゼッティやベルリーニらの諸先輩を超えたオーケストラの鳴りっぷりのよさ。
4人のソロが実力者でないといい上演にならない難点はありますが、捨て置くには惜しい歌満載の処女オペラ「オベルト」でした。
NHKで数年前放送されたものを録画したのですが、ただいま失踪中。
ワーグナーソプラノ、ヘルリツィウスがレオノーラ、新国でお馴染みのベントレがリッカルドを歌ってました。
序曲をまず知っておけば、その旋律が各処にあらわれますし、思わぬ素敵なアリアも各声部には現れます。
そして、前述の「寂しち~な」を探してください(笑)。
今日のCDは、驚くべきことにサー・ネヴィル・マリナーとアカデミーがそのオーケストラなのです。
2年ほど前に手に入れて、たまに流し聴きしてはおりましたが、真剣に聴いたのはこの1月から。マリナー卿のロッシーニの延長だろうと思わないで欲しい。
これはまた実にヴェルディしてる、流麗かつ歌心にあふれ、力感にもみちた見事なオーケストラなのですよ。
そしていつものように明確なアンサンブルと、少し薄めのサウンドが透明感あふれるヴェルデイを作り上げているのでした。
フィリップスへのマリナーのヴェルディは、ガルデッリの初期オペラシリーズを補完するものでしたが、残りはルイージに引き継いで、これ一作で終ってしまった。
ラミーのオベルトが貫録と堂々たる歌声でもって圧倒的。
あと気にいったのはウルマーナのコクのあるメゾ。
グレギーナの声もすごいと思うが、ちょっと強すぎて耳に響きすぎる。
舞台だときっとそんなことはないと思うけれど。
ニールの素直なテノールは悪くはありません。
冒頭のアリアでは高域を見事に決めておりました。
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コメント
クラヲタ人さま、はじめまして!
数年前からこちらのブログを愛読させていただいていますが、初めてコメントいたします。
ヴェルディが大好きなのですが、さすがにマイナー作品まではなかなか手が回らず、「オベルト」の記事、うれしく拝読しました。ありがとうございます。
「寂ちぃーな!」ですが、同じくヴェルディの「海賊」にも、「寂ちぃーなー」が出てきます!第三幕の、パシャ・セイドのアリアです。ものすごく明るいメロディで歌うので、その矛盾っぷりがおかしくて、いつも笑ってしまうのです。
そしてこのアリア、「アッティラ」のエツィオのアリアにメロディがよく似ています。
「オベルト」にも「寂ちぃーなー」が出てくるというのを読み、ついコメントしたくなってしまいました。
今後もたのしい記事を楽しみにしています!
投稿: タビウサギ | 2013年2月 6日 (水) 19時00分
タビウサギさん、こんばんは、はじめまして。
ご覧いただきありがとうございます。
わたくしも、ヴェルディ初期オペラは手薄でして、こうした機会がないとこれまでなかなか手が伸びなかった領域なのです。
今年、どこまでやれるか楽しんでみたいと思います。
そんななかで、お楽しみを発見する喜びもありますね。
まさに、「寂ちぃーな」です(笑)。
男子団体で、いきなりでしたので、空耳アワー状態で唖然としました。
そして、「海賊」にもあるんですね!
そちらは、もう少しあとですが、この勢いでは、ちょこちょこ「寂ちぃ~な」攻撃がありそうです(笑)。
「アッティラ」もいいですね。
初期オペラも捨てがたい魅力が数々あります。
コメントどうもありがとうございました。
ますます精進します!
投稿: yokochan | 2013年2月 6日 (水) 23時41分
はじめまして、ブロウチェク(またはうさじい)と申します。
今朝、マリナーのオルベルトを聴いていてこちらの記事にたどり着きました。
内容、あらすじまで丁寧にまとめられていて素晴らしいですね。
私も26歳のヴェルディがこれほどまでにきちんとした音楽の基礎を既に持っていたことをこのマリナーの演奏でよく学びました。
このCDは2枚目の最後に3曲の付録トラックがありますね。
ヴェルディの魅力のひとつ、努力に努力を重ねたような改訂や異稿もこの最初期の頃からあったのでしょうか。
その経緯も知りたい気がしてきました。
こちらへはちょくちょく立ち寄らせていただいてきましたが、
今後とも素晴らしい記事を楽しみにしております。
投稿: ブロウチェク | 2014年5月 2日 (金) 10時40分
このオペラの録音、PHILIPSレーベルにこの作曲家な初期マイナーオペラのレコード化に、心血を注いだガルデッリさんが、何故かORFEOレーベルに入れていたのが、不思議かつ印象的でした。このデビュー作と『一日だけの王国または偽のスタニスラオ』は、全曲LPもしくはCDを未だに入手しておりませんので、解った風のコメントは控えさせて戴きます。まだ、ドニゼッティやベッリーニの影響下にあるような、フィオリトゥーラの技法の披露に流麗で、息の長い旋律などが満ち溢れて居るのでは‥?と、想像を巡らせております。
投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月 1日 (日) 16時29分
6年前に聴いてから、そのままになってまして、詳細はサビチーナ以外覚えてませんが、かなりヴェルディならではのサウンドだったと思います。
フィリップスのヴェルディ録音は、一貫性が途中から切れてしまいましたのが残念ですが、ガルデッリの諸録音はヴェルディ好きにとって、ほんとうにありがたい存在であります。
投稿: yokochan | 2019年12月 4日 (水) 08時30分
同オペラのCD初購入です。マチェラータのラウロ・ロッシ劇場での、1999年ライヴ録音です。ダニエーレ・カレガッリ指揮、ミケーレ・ペルトゥージ、ガブリエッラ・コレーキャ他の出演で、foneレーベル(2033~34)の、輸入盤です。御高説の通り、オーケストラの響きや劇的なナンバーの歌の曲想、明らかにヴェルディそのもので、ありました。むしろ、後の『ナブッコ』の方が、ベルカント・オペラっぽい流麗さのかいま見えるような気が、致しました。
投稿: 覆面吾郎 | 2021年10月10日 (日) 15時11分
オベルトの音盤、映像もふくめて、ずいぶんと発売されるようになりましたね。
お買い上げのCD,なかなか強力なキャストのようです。
この作品のあと、次々とオペラを作曲していくヴェルディですが、どれもこれもふんだんな歌に溢れていて、それは最後のファルスタッフまで変わらずでした。
8年前のアニヴァーサリーで、全作踏破ができず、思えばいまもそのまま・・・・
時間が足りません・・・・
投稿: yokochan | 2021年10月15日 (金) 08時51分
イタリア・オペラのマイナー作品と申しますと、BonGiovanniが『Ci・penso・io!』とばかり頑張って居るように思い勝ちですが、Foneレーベルも見落とせませんね。マスカーニ『ランツァウ家の人々』も同レーベルのライヴCDで、入手出来たのですよ。
投稿: 覆面吾郎 | 2021年10月15日 (金) 12時04分