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2013年3月16日 (土)

ワーグナー 「タンホイザー」 スゥイトナー指揮

Akabane

カトリック赤羽教会。

カトリック会の頂点たる法王が、先ごろ前法王の辞意を受けてのち、確定しました。
南米から初の教皇誕生でしたが、今回、報道もされましたが、その選出がコンクラーヴェという名前であることや、不選出時には黒い煙を焚くことも初めて知りました。

絶大な権威を誇る教皇はバチカン司国の長でもありますが、その歴史は、イエスの弟子ペテロにその祖をさかのぼるものです。

ペテロといえば、わたしたち音楽好きとしては、バッハの「マタイ受難曲」における感動的なシーンとアリア「ペテロの否認」を思いだします。

ワーグナーの「タンホイザー」も、ローマと法王にまつわるシーンがキモになっております。

Wagner_thannhauser_suitner

ワーグナー 「タンホイザー」

 

  タンホイザー:スパス・ヴェンコフ エリーザベト:チェレスティーナ・カサピエトロ
  ヴェーヌス:ルドミュラ・ドヴォルジャコヴァ 
  ウォルフラム:ジークフリート・ローレンツ ヘルマン:フルッツ・ヒューブナー
  ワルター:ペーター・ベンツィス  ビテロルフ:ペーター・オレッシュ
  ラインマール:ギュンター・フレーリッヒ  ハインリヒ:ヘンノ・ガルデゥーン
  牧童:カロラ・ノセック

   オトマール・スゥイトナー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団
                      ベルリン国立歌劇場合唱団
                    
                          (1982 @ベルリン)


ワーグナーの中期ロマンティックオペラ第2作。

ワーグナーの劇作品を大きく3つに分けると、初期オペラ3作(妖精、恋愛禁制、リエンツィ)・中期ロマンティックオペラ3作(オランダ人、タンホイザー、ローエングリン)・後期ドラマムジーク(トリスタン、マイスタージンガー、リング、パルシファル)となります。

その充実度と完成度の高さから、どうしても後期作品ばかりを観て聴いてしまうのですが、親しみやすさと適度な長さから、中期作品も感動がお約束された名作ですから、わたくし、さまよえるクラヲタ人としても巡行するようにして聴かなくてはならないのです。

Th_1

中世13世紀頃、国としては神聖ローマ帝国にあったドイツ中部のテューリンゲンが舞台。
ミンネジンガー=吟遊詩人たちは、高尚な恋愛や騎士道を歌にして、城内や貴族館などで歌い演じていて、それは職業ではなく、従者や城仕えのサラリーマン、騎士、貴族などさまざまだったといいます。
タンホイザーとその仲間たちもそうい連中だったわけで、2幕のヴァルトブルク城での歌合戦では、こそばゆいくらいに美辞麗句、高尚なる古風な純愛の歌を披露する仲間たち。
それを聴いて生ぬるい、俺はリア充だぜぇ、と酒池肉林の世界に行っていたことをカミングアウトしてしまうタンホイザー。

Th_2

ローマ神話の愛と美をつかさどる女神ヴェーヌスは、原始キリスト教においては、迫害者としてのローマの神々であったし、カトリックにおけるマリア信仰と対をなす官能の女神として邪なる存在であったのです。

その世界におぼれてしまっていたタンホイザーは、キリスト教社会から足を踏み外してしまったアウトローでありまして、その素行がばれてしまった歌合戦の場では、タンホイザーをその場で手打ちにしてしまえ的なことになってしまうわけです。

しかし、そこへ身を挺して、怒る人々とタンホイザーの間にたち、必死に彼の命乞いをするのがエリーザベト。
この場面は、ワーグナーの書いた音楽のなかでも、もっとも感動的なもののひとつと思ってまして、歳とともにその味わいがわかるようになり、人の痛みや苦しみを共感しようという高潔なヒロインの真摯な歌に心から感銘を受けるようになってます。
舞台で観たら絶対に泣いてしまうシーン。
 彼女は、ローマへ許しの旅に出たタンホイザーを待ちわび、ついには自分の命を投げ打って快楽に魂を売った男を助けるのです。
ワーグナーが描くヒロインたちはこうして滅私的な美しい女性か、可愛いだけの女子が多くて、作者の自己中な女性感が思料されます。
ちなみに、ワーグナーがいきついた最後の女性が、クンドリーで、クンドリーは、献身者であるとともに、救いを求める悪女でもあり、最後には救済されて普通の女性となりますので、ワーグナーの描く女性のあらゆる性向が混在するデパート状態なのだと思います。

タンホイザーも身勝手な男ですが、彼の受けた劫罰は、いかなる辛酸労苦を重ねても許されることがないと、ローマ法王に決されてしまうくらいなものだったのです。
その杖にした枯れ木に、芽が芽吹くことがないようにおまえは救われないと。
 しかし、エリーザベトの儚い命が、奇跡を起こし、タンホイザーが手に持つ杖から若い芽が吹き、そして彼はエリーザベトの名を口にしながら息絶える・・・・。

ここでもお約束の感動がしっかり味わえますが、主役のテノールと友愛のバリトン(ウォルフラム)、そしてこの原作の素晴らしさを邪魔しない演出と力強い合唱が揃わないと困ったエンディングになります。

前にも書きましたが、コンヴィチュニー演出では、エリーザベトはよたよた出てきて、首にナイフをあてて自決するところを見せるし、タンホイザーに捨てられた設定のヴェーヌスは、ウィスキー瓶をもったアル中状態で、しまいには瀕死のふたり、タンホイザーとエリーザベトを抱きかかえ、ふたりを抱きしめ、よしよし的な存在になっちゃうし。
仲間はずれのウォルフラムは、ヴェーヌスいいよなぁ~風にチラチラ見ながら、寂しく階段を昇っていってしまうし・・・・。最後の合唱は妙に浮かれた連中だったし・・・。
エリーザベトとヴェーヌスを同質的に描きたかったのかもしれず、上演や録音では、同じソプラノで演じることもかつては多々ありました。

バイロイトでもいろんなことが起きてますし、タンホイザーをはじめ、ワーグナー演出にはいろんな可能性や冒険が秘められておりますね。

しかし、日本の新国立劇場は、さほどの過激性はなく、安心してオーソドックスな舞台を楽しめる世界トップクラスの劇場だと思います。

Th_3

本日のCDは、N響の名誉指揮者でお馴染みだったオトマール・スゥイトナーがベルリンの本拠地で上演したライブ録音。
放送音源によるもので、正規レーベルのものではありませんが、ちゃんとステレオで鮮明な録音です(少し揺れは感じますが)。
この録音の翌年、ベルリン国立歌劇場の引っ越し公演で「タンホイザー」が上演され、テレビとFMで放送され、食い入るように聴き、観ました。
快速テンポながら、ぎっしりと音が凝縮していて密度は濃く、ここぞというときの迫力はなみなみでなく、ライブで燃えるスゥイトナーの実力をまざまざと感じましたが、この音源でも同じことがいえます。
カセットテープから起こした自家製CDRも確認しましたが、どちらも素晴らしい演奏だと思ってます。
ドレスデン盤によるもので、序曲は完全終始して、そのあとヴェーヌスブルクが始まります。1幕の最後は、短縮エンディングなところが寂しいのですが、スウィトナーの自在なワーグナーは貴重なものです。

ベームと同時期にバイロイトで活躍したスゥイトナーは、ベームとリングを振り分けたほか、オランダ人、タンホイザーを担当しましたが、正規のワーグナー全曲録音がひとつもないのが残念なところ。
ベルリンでは、東側体制下だったので、どのようなアーカイブがあるか不明なので、NHKが放送した、「タンホイザー」と「マイスタージンガー」の来日公演はなんとか復刻して欲しいものです。
ちなみに、マイスタージンガーは観劇できましたし、録音も録画も所有しております。
あと、サンフランシスコオペラのドイツもの担当でもありましたので、そちらのリングやR・シュトラウスの音源があるような情報も見た記憶がございます。

歌手では、なんたって、スパス・ヴェンコフのタンホイザーがめちゃくちゃイイ。
声の太さと力強さ、ノーブルな輝きとほの暗さ。
タンホイザーとトリスタンのためにあるような声です。
この人の貴重なアリア集の記事はこちら

日本公演では、パパゲーノが評判を呼んだ、いい人バリトンのフライアだったけれど、ここでは美声のローレンツ。リート歌手のような几帳面でまじめな歌ですが、美声です。
エリーザベトのイタリア人歌手カサピエトラの明瞭な歌唱も素敵だし、ベテラン、ドヴォルジャコヴァのヴェーヌも妖艶でよろしい。

画像は日本公演のものを当時の雑誌から。

過去記事 一覧

「ヘンゲルブロック2011バイロイト放送」
「カイルベルト1954バイロイト盤」
「ドレスデン国立歌劇場来日公演2007」

「新国立劇場公演2007」
「クリュイタンス1955バイロイト盤」
「ティーレマン2005バイロイト放送」

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コメント

若かった頃は大行進曲を好きで繰り返し聴いた。聴いてる時は座ってなんかいられないくらい大興奮でした。
今はもうすっかり私は枯れてしまって巡礼の歌が好きになった。「ハレルヤ-ハレルヤ-」と歌われるだけで心が乱れてしまう。なんて素敵な音楽だろう。これっぽっちも宗教心を持たない私が少年のように純粋に感動してしまう時間である。最近は例によって蓄音機でタンホイザーのあちこちを聴いている。CDよりも、LPよりも好きです。
タンホイザーを通して聴くのは生涯でもう何回できるだろう。とか考えながら聴くようになりました。

投稿: モナコ命 | 2013年3月18日 (月) 22時24分

モナコ命さん、こんばんは。
なんとも、滋味あふれるコメントありがとうございます。

晴れやかな行進曲は、わたしもまったく存外でして、巡礼の合唱の陰りや、2幕のエリザベトの嘆願、そして精も根も付き果てたローマ語りに心動かされます。

ワーグナーを聴くときの極意は、ご指摘のとおり、あと何度、生のあるうちに聴けるか。。。ということです。
そうなると、トリスタンやリング、パルシファルがやたらと愛おしくなります。
絶対、棺桶に入れて欲しいです。

投稿: yokochan | 2013年3月20日 (水) 00時52分

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