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2013年3月15日 (金)

ブリテン 「冬の言葉」 辻裕久&なかにしあかね

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都会の冬。

2月の六本木ヒルズ。

暦は春になったいま、イルミネーションは春の夜には映えません。

でも、わたしはしばれる冬の夜が好きです。

命がけの極寒にある方々には申し訳ありません。

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  ブリテン  「冬の言葉」

      テノール:辻 裕久

      ピアノ:  なかにし あかね

              (2001.8 滋賀 高島)


ブリテン(1913~1976)の残したもっとも有名で素晴らしい歌曲集「冬の言葉」。

ブリテンの音楽や生涯に少しでも興味がおありの方なら、ご察しのとおり、ブリテンの歌曲のジャンルはほとんどがテノールを前提として書かれました。
これをもって、レッテル貼りをされ、遠のかれる方はさようなら。
歌の分野に、ブリテンの残した足跡は、オペラのそれと並んで、大きなものがあります。
それらを聴かずして、ブリテンを語れません。
「冬の言葉」という8曲からなる歌曲集も、そのカテゴリーに入り、ブリテンは、朋友ピアーズとともにテキストを精査し、その彼の声や音域を意識し前提とした作曲を行いました。
その当時者たちがもうずっと昔に亡く、わたくしたちは、音符として残されたあらたなブリテンの音楽の解釈をごく普通に受容できるようになったのです。

戦争批判の「シンフォニア・ダ・レクイエム」が軍事国家の日本に受け入れられなかった。
それとは同質でないにしても、ブリテンの嗜好が災いしているとしたら大間違い。
彼ほどに、人間の本質を見つめ、どこまでも純心に愛した作曲家はいないのではと思う。

  1.「11月の黄昏に」
  2.「旅する少年」
  3.「セキレイお赤ん坊」
  4.「小さな古いテーブル」
  5.「コワイヤマスターの葬式」
  6.「誇り高き歌手たち」
  7.「駅舎にて」
  8.「命の芽生えの前と後」


トマス・ハーディの詩集「冬の言葉」によるものですが、この晩年の詩集からは、6曲目の「誇り高き歌手たち」のみを取り上げ、ハーディの他の自在で色彩的な詩からアットランダムに選ばれ構成さえたのがこの歌曲集です。

このCDの解説によりますれば、ブリテンの「冬の旅」とも称せられる曲集とありますが、聴きこんでくると、そのようにも、まさに孤高の歌とも思われてくるソング・サイクルなのです。

辻さんと、なかにしさんの毎年行われる英国歌曲コンサートの一連で聴きました。

そのときの印象をそのまま引用いたします。

>私は、R・ティアーのCDを持っているが、本日、辻さんの歌で聴いて、ティアーの歌は心理的な歌いこみが勝りすぎてちょっと厳しく聴こえてしまうようになった。
辻さんは、さりげなく、そしてブリテンの優しさにを巧まずして歌いあげたように聴かれた。
汽車を模倣する独特のピアノのリズムに乗って歌う「旅する少年」のブリテン特有のミステリアスな不可思議さ。
オペラのひと場面のように曲想が変転する「コワイヤマスターの葬式」。
劇的な「駅舎にて」は、これもオペラの一節のようなテノールの独白。ピアノがつかず離れずにまとわりつく。
そして、終曲「生命の芽生えの前と後」は、最後を飾る明快な旋律線が戻ってくる。
辻さんの心のこもった歌唱。なかにしさんの弾くピアノも感動的だ。
しかし、どこかふっきれない疑問を投げかけるのがブリテン。<

いまこうしてCD音源として聴いても変わらない思い。

とくにブリテンの目線の優しさは、ほかの社会派オペラ聴くにつれ革新と共感を持つようになってきました。

 誰にもおそらく想像がつくように そして地上のさまざまな証拠が示すように

 
 意識というものが生まれる前 万事はうまくいっていた・・・・・

 しかし、感じるという病がおこった 

 そして原始の正しさは間違った色に染まり始めた

 いったい無知が再認識されるのは あとどれくらいの時間がかかるのだろうか


終曲の意味深い歌詞を読んで、ブリテンの研ぎ澄まされたこれまでの問題意識への完結感とも思われるすっきりした音楽を聴くにつれ、ここには英語もふくめ、あらゆる言語を失語的に封じてしまうディープなものがありました。

イングリッシュ・テノールの世界的な第一人者辻さんと、あかねさんの、おふたりの演奏はもう完璧で、アーティキュレーションも含め、歌いこみの豊かさにおいて、わたしのもう一方の愛聴盤、ティアー&レッジャーの音盤を凌駕しておりました!

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コメント

この曲は例のコンビでききました。ほかにも「セレナード」「ヘルダーリン」「ミケランジェロ」などの主な自作歌集、RVW、Fブリッジ、アイアランドの歌曲集、コープランド、グレインジャーなど、いろんな録音がYoutubeでも試聴できるようです。ブリテンは、多作家のわりに録音が多いですね。
ピアーズは声がすき。あっち系というのはぜんぜん関係ないし、あやしげといえばカウンターテナーのデラーなんかも、ときどき聴きたくなる。芸術家は翳りがあったほうがおもしろいし、わざわざ、毛嫌いするひつようはないと思います。

投稿: もちだ | 2013年5月 3日 (金) 21時58分

もちださん、こんにちは。
例のなかよしコンビは、自作以外にも、ほんとうに多くの共演がありますよね。
シューベルトなんかも一度聴いてみたいと思ってます。

ピアーズは線は細いですが、逆にその細やかな歌い口が心理描写にも長けていて、さすがと思わせる役柄もたくさん。
おっしゃるとおり、「陰り」という要素は、ことに歌手にはとても大事な要素かもしれません。
あっけらかんとした、イタリアオペラでも、そうした歌手が歌うと味わいの奥行きがとても増します。

投稿: yokochan | 2013年5月 4日 (土) 09時30分

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