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2013年3月 1日 (金)

ラフマニノフ 交響曲第2番 ラトル指揮

Omurice_keyaki

シンプルかりシュールな面持ちの「オムライス」。

赤いケチャップが官能的なまでに艶を放ち怪しい。

昔ながらのしっかり焼いた卵の下には、少し薄味に調味されたケチャップライス。
玉ねぎがほっこりなくらいのアクセント。

あ~ぁ、美味しかった。

Rachmaninov_sym2_rattle

  ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 

   サイモン・ラトル指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック
   
                      (1984.1.@LA ドロシーチャンドラー)


ラフマニノフの交響曲第2番との出会いは、これまでいくつも書いた過去記事の中ではまっtれさんざん触れてます。

ですからシツコイようですが、ここでも簡単に触れます。

プレヴィンとロンドン響が来演し、この曲の完全全曲版をひっさげてきました。
NHKが放送し、おぼろげながらテレビで見たのが1972年。
そして、ずっとあと、81年、FMで、ヤン・クレンツ指揮ケルン放送響のライブを録音した。
これが実にすばらしい演奏で、音源化を熱烈所望したいが、このカセットを冬の侘びしいサラリーマン1年目の一人住まいの部屋で、ホットウィスキーを飲みながら連日聴き、そうしてこの曲についに開眼したものでした。
同時に買ったのが、送ればせながらの、プレヴィン&LSOレコード。
これがもう、いまにいたるまでの刷り込みと化したのは、その演奏のソフィスティケイトされたゴージャスぶりと、プレヴィンの歌い心地の良さ。

その後間もないCD化での初CDは、85年頃に発売のラトルのEMI盤。

録音の横ばかりに広がる縦軸の少ない音はいまだに不満ですが、ロスフィルの明るさと機能性がラトルの俊敏さと大らかさんにぴったりと、はまっていて、わたしには文句ない音盤なのです。
思えば、バーミンガム時代のラトルはゆくところ敵なし、好きにやりほうだいの、恵まれた環境にあった。
そのレパートリーも拡大中ということもあって、好きな作品を、鷹が獲物を狙うがごとく確実に実力を開陳していった時期でした。

ところがベルリンフィルの指揮者となると、独自性は維持しつつも、そのポジションに求められるベートーヴェンやブラームスの全曲を残すという使命。ほかにも天下のベルリンフィルがあるべき演目は外すこちができないので、自由が奪われること必須。
アバドも通った道だし、アバドが切り開いた自由な風潮の恩恵もあるラトル。
ベルリンでのラフ2のライブ音源を聴いたことがありますが、ロスフィルに聴かれる輝きとアップ感はまったくありませんでした。

そんなわけで、いまだにこのラトル&ロスフィル盤が好きなのです。
最後の猛アッチェランドにも、いまだに興奮です。

このラトル後、プレヴィンのRPO盤、ウィーンフィル、オスロフィル、N響のそれぞれFM音源も楽しんでおりますほか、たくさん聴いております。

神奈川フィル応援のサークル・フェイスブックに投稿した記事を、以下貼り付けます。

「ラフマニノフはネクラか? いいえ違います。あ、いや、わかりません」

セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)は、ロシアの世紀末を生き、その後はヨーロッパとアメリカに居住・活動したコスモポリタンです。  作曲としての比重と同等以上に、ピアニストがメインで指揮活動も盛んだったから、学生時代に、スクリャービンとともに作曲家の才能を開花させた人にしては、ラフマニノフの残した作品数は少なめなのです。

交響曲3曲(プラス1)、ピアノ協奏曲4曲+変奏曲、管弦楽作品、室内楽、ピアノ作品多数、オペラ3曲、歌曲多数、合唱曲、と多岐にわたってますが、作品番号あるなしを入れて90曲ぐらいでしょうか。

そしてその多くが短調でなりたっているのです。

「ラフマニノフの短調」、それは見逃すことのできないことでして、ラフマニノフの代名詞のような、憂愁、ロマン、憧れ、郷愁、甘味さ・・・・あらゆるそれ系の言葉に結びつくのですから、これはもうその呼び名は定番といっていいかもです。誰もが知るピアノ協奏曲第2番も当然にハ短調ですがまさにそんなイメージ。

今回演奏される交響曲第2番ホ短調も同じです。

でも短調というと、先のイメージとともに、暗さ、陰鬱、沈滞なども同時に浮かびあがってきますが、ラフマニノフの音楽には、そうした曲もちゃんとあるんですよお客さん。
甘口憂愁派ばかりでない、一方の姿は、救いのない「フランチェゥカ・ダ・リミニ」と「けちな騎士」のオペラ、1番の交響曲、交響詩、室内楽と歌曲などにもふんだんにあらわされております。
ことにオペラは最初から最後まで、暗くて陰湿。そこに甘さを聴くのは至難の技。

想像するに、劇作音楽の場合、その内容にあまりに共感を覚え同質化しすぎてしまう傾向があったのかもしれません。

ラフマニノフは裕福な家に生まれながらも、祖父の作り上げた財産を管理できず破綻させてしまう父親と離縁した母方に育てられ、かなり苦しい家庭環境だったようです。
このトラウマが結集したのが、劇作品の持つ暗さだと思いますし、ときのロシアの持つ社会風潮と、それらを先取りして文学として残したプーシキンの影響もあると思われます。

加えてラフマニノフの立ち位置は、彼自身が私淑し尊敬したチャイコフスキーに代表されるヨーロッピアンミクスのモスクワ派と、5人組の流れをくむロシア国民楽派的な、サンクトペテルブルク派とが対立した時期のあとにあって、両派が中和した時候の存在だったのです。
ロシア革命を境目にしたラフマニノフの活躍時期は、ちょうど、ロシアの世紀末といってもいい時期でした。

王室およびブルジョア階級は迫りくる波を予感しつつ不安な中にも豪奢さを求め、民衆はやがて来る時代に明るさを同じく予感し、力強いロシアの大地と自然を賛美する。

そんな刹那的な世紀末的な流れもロシアにはあった。

そこにぴたりと符合するのが、ことにヨーロッパとロシアの間にあったラフマニノフの存在だったのかもしれません。
世紀末が及ぼした刹那的な切迫感から来る憂愁・甘味がこうしてラフマニノフにも息づいていることをここで確認しました。

一方で、トラウマからくる暗さ、プラスロシアの社会状況からみた暗さもラフマニノフにはあることを述べました。

そしてもうひとつ、「死」ないしは、「終末」へのこだわり。   有名な引用例では、ベルリオーズの幻想交響曲の終楽章。
そのグレゴリオ聖歌の「ディエス・イレ」~「怒りの日」への異常なまでの執念。
自身の作品で、この旋律が登場するのは、交響曲第1番、パガニーニの主題による変奏曲。交響的舞曲、交響合唱曲「鐘」、合唱曲「晩祷」などがあげられます。

なぜにこんなに・・・・、そもそも「怒りの日」とは、キリスト教思想でいうところの、天と地との選別が行われる、最後の日ともいうべきものです。

まさに、天に選ばれ生きながらえる人と、地獄行きのレッテルを張られ業火にさいなまれる人が、その最後の日に選別されるという終末思想なのです。

そのモティーフを愛し多用したラフマニノフの心情は・・・・。

これらの引用は、ロシア亡命の前後にわたって登場してますので、故国のことよりは、やはりラフマニノフ本人の人生観が反映された諸所にわたる引用なのでしょう。

これら引用作品の必ずクライマックスないしはエンディングで登場するこの旋律。

死を恐れ、一方で死による解決、すなわち終末を待ちわびる様相をラフマニノフ作品において思いめぐらすことは、甘いだけじゃない、暗いだけじゃない、ラフマニノフの姿を理解するうえでポイントかもしれません。

交響曲第2番は、1番が壊滅的失敗と思いこみ、神経衰弱に陥ってしまったラフマニノフの復活ともいえる大成功作品。
57~8分を要する完全全曲版が、いまの定番。
しかし、今回、神奈川フィルの演奏会では、カット版が演奏され、その演奏時間も45~7分くらいに短縮されると思われます。

プレヴィンが見出し、復活したこの交響曲は、いまや人気曲ですが、完全版しか聴けなくなったなかで、1楽章の繰り返しは当然にわかるにしても、どこが略されているかをも楽しみに聴いてみたいのです。

本来なら完全版なのでしょうが、当夜は前半もなかなか充実の長さなので、やむなしといったところでしょうか。

神奈川フィルで聴きたい曲の最右翼にあるラフマニノフ2番。   連綿たる第3楽章の泣きのクラリネットも楽しみですが、1楽章の感傷的な第2主題、2楽章のリズムあふれる乗りのよさと中間部の甘さ、そして歓喜と憂いが交差しつつ盛り上がる大フィナーレ

ライブで聴くと感動もひとしお、神奈フィルを楽しみましょう。

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コメント

 お早うございます。演奏会観劇お疲れ様でした。
私がラフ2を初めて聴いたのは高校1年の時のことでプレヴィン指揮ロイヤルフィルの演奏でした。プレヴィンはラフマニノフの音楽を世に広めた大功労者ですよね。今はヤンソンス指揮サンクトペテルブルクとアシュケナージ指揮コンセルトヘボウで聴いています。ラフマニノフはいろいろ聴いたつもりですがブログ主様にはとても敵いません。オペラは3作ありますが未聴ですし…
 ラトルはベルリンフィルの常任指揮者になる前の方がよかったですね。自由奔放でした。ロンドン・シンフォニエッタを指揮したジャズ・アルバムなんか最高でしたね。若いころにジャズバンドでドラムを叩いていただけのことはあります。特にラプソディ・イン・ブルーのカッコいいこと。
 池辺さんの交響曲世界初演、私も聴きたかったです。私の世代だと世界の宮崎駿監督が製作にかかわったアニメ「未来少年コナン」の音楽の人というイメージが強いです。三枝さんもガンダムの音楽を作っていますし…
 レーガーは私も未開拓の作曲家です。ナクソスから出ているポール・デッカーという指揮者がニュージーランド響を指揮したモーツァルト変奏曲とヒラー変奏曲を持っているのですが、もっと真面目に聴かないとなぁ…南半球のオケが最近格段に上手くなったと思います。湯浅さんが指揮したナクソスの日本作曲家シリーズに南半球のオケを起用した演奏が多いのですが「管楽器のソロ、上手いなぁ」なんて驚きながら聴いています。

投稿: 越後のオックス | 2013年3月 3日 (日) 07時35分

越後のオックスさん、こんばんは。
長い、充実のコンサートでした。
2番ばかりがやたらと有名になったラフマニノフですが、やはりこの曲は格別です。
何度聴いてもいいですし、そのたびに胸焦がれる思いとばります。
ラトルはベルリンフィルとの放送音源ももってますが、若きロスフィル盤の方がいいことはいうまでもありません。

一度では分かりにくい作品でしたが、極めて真摯に自然と人間の兼ね合いに踏み込んだ音楽のように聴こえました。
佐村河内さんの影響もうかがえる・・・なんていったら怒られてしまいそうですが。。。

レーガーは、聴き込んでいったので、思わぬほどの楽しさでした。晦渋なだけではない、明るさも感じました。
ともかくいいコンサートでした。

投稿: yokochan | 2013年3月 3日 (日) 23時50分

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