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2013年8月

2013年8月29日 (木)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演記録 ③

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日記にある、演出についてのメモ。
今思えば恥ずかしい、昨今の演出を知らない、四半世紀前の自分が書いてます。

「今回のリングの核心は、そのトップクラスの演奏陣もさることながら、やはりゲッツ・フリードリヒの演出。
日本のオペラ上演史においても、これだけの世界的な才人の演出がかかるのは稀なこと。
 ヴィーラント・ワーグナーの抽象的な新バイロイト時代の様式から完全に脱しきった、かといって、単純な具象性のみを追及しないリアルな舞台。
シェローのような過激性のリアルでもなく、あくまで、ワーグナーの音楽に充分則した考え抜かれた演出。
 細目は、各日記したが、四部作通してのタイムトンネルが、統一感と永続性とをもたらした。
SF的であるには違いない。
奥へと続くトンネルは、光による絶妙の影を作りだし、どこまでも続くと思わせる神秘感を醸し出した。
 ワルハラ城はスモッグに煙る、かつ地上からまばゆく七色に光る夢の時代のような城であり、グンターの家は近未来の文明人のそれであった。
という具合に、それぞれの場面・スペースがまったく我々の誰にもわかる簡易性をもってタイムトンネルの大きな枠組みの中で繰り広げられる。

人物の描き方も適切。それぞれの動作が多い。それもまったく多い。
動かず、じっとしていることがない。その動きに注目していると、他の動きが見過ごされてしまうくらい。
 これが舞台に観客を集中させるのに役立ったにはもちろん、登場人物たちを個性的に描き分けたポイントかもしれない。
 照明の使用の具合も効果的で、登場人物の心理までもたくみに照らし、あぶりだしていた。
 すべての場面が、脳裏に残っているが、とりわけ、黄金がラインに戻り、すべてが「ラインの黄金」の原初へと戻る、「神々の黄昏」の大詰めが実に感動的で、すべてが終わったという感と、また再び始まるのだ、という新たな気持ちとで、言い知れぬ深い感動に包まれた。
拍手もできなかった。
 ついに、「リング」を体験できたという偉大な喜びもあり、その感動は今でも覚めやらない。
次は、バイロイトでリングを観るこちが、僕の最終目標だ!」

まだ20代だったワタクシの世間知らずの偉そうな稚拙な文章ですが、思えば、いまも大した進歩は認められない恥ずかしさ。
当時、それでも、リング体験は、二期会で、「ジークフリート」と「神々の黄昏」の日本初演を経験していた。
朝比奈隆と新日本フィルの演奏会リングも体験していた。
ただし、シェローのリングは、映像でもまだ未体験だったはずで、写真と音源のみだったと思う。
そんな自分が、フリードリヒ演出に、いかに驚き触発されたか、おわかりいただけますか。
いまだに抽象路線だった日本のワーグナー演出や、無難な外来演出しか知らない自分がドイツの最先端の舞台に接した新鮮極まりない驚き。
ある意味、自分の中に指標ができたのかもしれません。
K・ウォーナーのトーキョーリングもポップだけれど、路線的には、このG・フリードリヒにも近いし、社会派路線のクプファーやSF感漂うレーンホフも、Gフリードリヒを抜きに語れない演出だったと思います。

ワーグナー  舞台祭典劇「ニーベルングの指環」

     ヘスス・ロペス・コボス指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団/合唱団

           演出:ゲッツ・フリードリヒ

           舞台装置・美術:ペーター・ジコーラ

        (1987年 10月30日、11月1日、4日、7日 東京文化会館)


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                        (ベルリンでの上演)

 「ジークフリート」  11月4日

  ジークフリート:ルネ・コロ         ミーメ:ホルスト・ヒーステルマン
  さすらい人:ロバート・ヘイル        アルベリヒ:ゴットフリート・ホルニック
  ファフナー:ベルント・ルントグレン    エルダ:ヤトヴィガ・ラペ
  ブリュンヒルデ:カタリーナ・リゲンツァ 鳥の声:ガブリエリン・ワトソン


第1幕 3日めともなると、こちらにも余裕が出てくる。
森の中のミーメの仕事部屋。いままでで一番派手。 森は児童画のような美しい花々に満ち、虹、月、星、太陽が輝く。
ミーメは小屋の幕を開け、照明に光を灯してゆく。



ジークフリートは熊の敷き布をかぶって帰ってくる。彼は、母親を動物に例えてミーメに問うときは小屋の上の登る。さらに、ミーメは、そこへ追ってきてライトを拭いたり、ちょこちょこと動きまわっていて忙しい。
さすらい人は、ジークフリートが最初に森へ戻る前からやってきて、小屋の上にいる。
槍に布を巻いている。
3つのミーメへの質問では、赤い○、緑の□、黄色の△の表示を出して連想ゲームのようなやり取りをする。
ウォータンが槍を地面に立てると、槍の先がピカッと光る。ミーメは小屋に隠れてしまう。
 ジークフリートの鍛冶の場面はわりとオーソドックス。
ふいごの紐を引きながら歌う。剣を仕立てて行くさまがリアル。
ハンマーに仕掛けがあるのか、打つたびに青い火花が飛ぶ。
ミーメは深鍋を使って、カタカタとかき混ぜながらお料理。終わると水筒に詰めて外出の支度をする。
剣が完成し、ジークフリートが金床を思いきり叩くと、小屋はたくさんの試作剣を一斉に落として、カーテンも落ちて、もろとも壊れてしまう!

第2幕 薄暗い森。奥は紗幕で仕切られていて、上から森の模様の幕が垂れている。
前方左手に膨らみがあるが、アルベリヒが迷彩布をかぶって、森と同一色になっている。

 大蛇は、図のように(絵を描いているんです、わたくし)、宇宙船のようなロボットの頭で、目は大きく光り、光線を発射する。
ジークフリートが剣を刺すのは、その真ん中あたりで、そこからファフナーが登場する。
 小鳥は、幕に一筋のライトであらわされているが、やがて驚いたことに、紗幕を透かして、宙づりの森の小鳥が羽をパタパタさせているのが見えてくる。
 ミーメを大蛇とともに、放り込んだあと、紗幕が前面に降りて、大蛇はすっかり片づけられて、二口のタイムトンネルがあらわれ、ジークフリートはそこへ飛び出すように消えてゆく。

第3幕 ワルキューレ2幕のように、奥は古びた宇宙船のような壁で仕切られている。
エルダあ、赤やオレンジのクリムト風の巨大な布の中に眠っていて、赤い紐(これは、たそがれで、ノルンたちが持つのか?)がぐるっとまわりを取り巻いている。
出てゆくときは、地を這うように左のタイムトンネルの壁の穴から去ってゆく。
 さすらい人は、よく見ると坊主頭だ。
ジークフリートがやってくる。さすらい人は左端で、つばの広い帽子をかぶり、何気なく槍も交換したようだ。
ジークフリートは、大きな身振りでさすらい人をからかう。
父の敵とわかると、剣を振り上げ、さすらい人の槍を折ってしまうが、このときもピカッとしてストロボをうまく使っている。
 その少し前あたりから、壁の向こうから赤い光が漏れたり、煙が漏れたりしている。
一番左の穴をウォータンは開けると、真っ赤に燃える向こう側が見える。
ジークフリートは、角笛を吹きながらそこを元気に出て行くわけだ。
ウォータンは折れた槍を手に、右手の袖へ行くが、立ち止り、しばらく舞台を見ている。
 角笛の吹く中、壁が左右に開き、ワルキューレ第3幕の場。
火はなく、ものすごい煙が立ち込め、各マンホールから真っ赤な照明が立ちあがっている。
この煙はすごい。オーケストラボックスに流れ込み、指揮のコボスの姿も見えない。
この煙が消えゆくと、ジークフリートは中央左手に立ち、脇にはブリュンヒルデが横たわっている。たしか、ワルキューレ3幕であった、奥の鉄柱のようなものが、真っ白になって、左右に折れて朽ちているのが、時間の経過を思わせる。

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 ジークフリートの口づけによる目ざめの場面では、少し高台に眠るブリュンヒルデに上から強い白い光を当てる。
この光りは最後まで、ずっとそのまま。
ラストでは、二人ともここに登り、ジークフリートはブリュンヒルデの楯と槍を投げ捨て、彼女は黒の革ジャンを脱ぎ捨て、白いブラウスになる。
二人は抱き合い、横になるところで、歓喜のうちに幕。ブラボー。
 

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2013年8月28日 (水)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演記録 ②

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ベルリン・ドイツ・オペラの本拠地。

ネットから拝借しました画像です。

ベルリンには、有力なオペラ・ハウスが3つ。

ベルリン国立歌劇場、ベルリン・コーミッシェオーパーが旧東ベルリンで、西にあったのが、ベルリン・ドイツ・オペラ。

戦後の東西分断で、栄光の歴史ある国立歌劇場が東側のものとなってしまい、従来あった市立劇場的なものを、威信にかけて再スタートさせた西側きっての劇場。
数奇なもので、東西統一で、3つになってしまったハウスを統合してしまおうという動きもありましたが、いまはその声も収まり、3つの個性を際立たせながら並存しております。

コーミッシェ・オーパーが、実験的な様相を持つハウスとすれば、国立歌劇場は、世界水準のトップをゆく国際的な存在。そして、ドイツ・オペラは、その両面を併せ持ちつつある劇場。そんな感じかな。

3つとも、日本への来演も多くて、いずれも高水準の舞台を繰り広げてくれました。
国立歌劇場は、80年以降だけど、ドイツ・オペラは、60年代からたびたびやってきてくれました。
63年(ベーム、マゼール、ホルライザー)、66年(ヨッフム、マゼール、ヘンツェ)、70年(ヨッフム、マゼール、ホルライザー、マデルナ)、87年(コボス、ホルライザー)、93年(デ・ブルゴス、コート、ホルライザー、ティーレマン)、98年(ティーレマン、コート)。

ワーグナー200年の今年、9月と明1月に、G・フリードリヒの「リング」が、現地で通し上演されます。
2000年にフリードリヒは、亡くなっておりますので、ベルリンではレパートリーとしてしっかり定着していたことになります。
しかも、指揮者はサイモン・ラトル。
来年は、現音楽監督のドナルド・ラニクルズ。

さて、本日は、87年の「ワルキューレ」の舞台を思い起こしてみます。


ワーグナー  舞台祭典劇「ニーベルングの指環」

     ヘスス・ロペス・コボス指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団/合唱団

           演出:ゲッツ・フリードリヒ

           舞台装置・美術:ペーター・ジコーラ

        (1987年 10月30日、11月1日、4日、7日 東京文化会館)


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                (ベルリンでの上演、サイモン・エステスのウォータン)

  「ワルキューレ」   11月1日

  ウォータン:ロバート・ヘイル      ジークムント:ジークフルート・イエルザレム 
  ジークリンデ:ユリア・ヴァラディ     フンディング:マッティ・サルミネン   
  ブリュンヒルデ:カタリーナ・リゲンツァ  フリッカ:ダイアン・カリー

  ゲルヒルデ:ルシー・ピーコック      オルトリンデ:バーバラ・フォーゲル
  ワルトラウテ:アナベル・ベルナール  シュヴァルトライテ:カヤ・ポリス
  ヘルムヴィーゲ:シャロン・スウィート  ジークルーネ:野村陽子
  グリムゲルデ:バーバラ・シェルラー   ロスワイセ:アニタ・ヘルマン


1987年の日記より転載

第1幕 タイムトンネルは仕切られ、奥がなく壁となっており、入口のドアもある。
上の方は、格子のようなものが並んでいて、光が漏れている。
全体に、黒と白のモノトーンが基調で、最後の赤い炎が活きてくる。
 ジークリンデは最初から部屋の中をせわしく動き、ジークムントがやってくる直前に部屋奥の椅子にじっと座る。
ジークムントは扉から入ってくる。フンディングの登場では、彼は皮のジャンパーを着ており、男たちが7~8人長い黒皮のフロックを着て、手に懐中電灯を持ち入ってきて、ジークムントを照らす。

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そのあと、二人はテーブルの両端に座り食事をするが、ジークリンデはいそいそと働く。
本当に酒を注ぎ、フンディングはリアルに食べている。
ジークムントの物語で、フンディングは興奮して立ちあがるが、そのとき、男たちも同時に立ちあがる。
ジークムントの正体を知り、決闘を挑むと、男たちは去るが、入口からはなおも、顔を出している。
剣は、舞台に据えられた真っ二つに裂けた木の中央に刺さっており、剣のライトモティーフとともに赤く輝く。
驚いたのは月の光が差すところ。奥の壁が左右に開き、椅子が何脚か音とたてて倒れる。外は、月の光にまばゆく、白く輝く樹木。美しい。
ジークムントは剣を抜き、二人、手を取り外へと飛び出してゆく・・・・。

第2幕 タイムトンネルは奥にふたつ。
左奥には、巨大な馬が首を折って倒れてる。3か所に、ミニチュアの都市模型があり、ニューヨーク、ローマ、・・・か?
右手前には、どういうわけか、乳母車が倒れており、何かがこぼれ出ている。
ウォータンは、例のごとく白のフロックコート。フリッカは白いドレス。
例の仮面も手にしてる。

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(リゲンツァの、一生涯忘れることのできない素敵なブリュンヒルッデ)

ブリュンヒルデは、黒の革のスーツに、槍と楯。頭には理想的な兜、かっこいい。
 ウォータンは苦悩のあまり、のたうちまわる。
ブリュンヒルデとの対話のなかで、終末を願い願望するところ。ウォータンは、コートを脱ぎ、その下の鎧も脱ぎ、Tシャツ1枚になり、舞台前面に出てくる。
「Der Ende」で真っ暗になり、ひとりスポットを浴びる。
アルベリヒが子をもうけたとのくだりでは、例の乳母車から何かを取り上げる(赤ん坊か?)
 この乳母車の脇では、(逃避行中の)ジークリンデが倒れ込む。
これはやはり、ハーゲン=ジークフリートの複線を意味するのか?
 ブリュンヒルデは、死の告知のところでは、例の衣裳で、槍には白い布を巻いて出てくる。
この槍を、ジークムントは掴みながら、やりとりをする。
勇気をもらったジークフリートは、タイムトンネルの奥へと走り込んでいった。
(闘いと、ウォータン、ブリュンヒルデ、ジークフリートの場面は、ここでは書けません。絵で表現してました・・・・、いまこの絵を開設すると、左手奥に馬上のウォータン、右手奥にブリュンヒルデ。左手中ほどにフンディング、右手中にジークムント。そして、舞台最前面中央にジークリンデが、全体を見とれる位置に。こんな美しいシンメトリーでした)。
最後に、ウォータンは槍を使うことなく、手振りで追い払うだけで、フンディングを倒す。

第3幕 まるで野戦病院のよう。
中央台にワルキューレたちがうずくまっている。彼女たちの中には、ナチスの将校風の人もいる。とてもダルな雰囲気で、ブリュンヒルデが登場するまでは、明るく楽しそう。
トンネルの両脇の穴のところには、白いパイプベットが8つ。
死体というか、英雄というか、が乗っている。
 ブリュンヒルデとジークリンデが登場する。
子が宿ったことを知らされたジークリンデは、両手で体を包むようにして、ワルキューレたちに懇願する。感動的な場面だ。
 ウォータンは、怒号とともにやってくる。ワルキューレたちを槍で横にしてかわし、追い払う。
 ブリュンヒルデとの長い対話。ときにウォータンは、こちらに背を向け、じっとしている。
そに長い対話の終わりの方でもそのようにしているが、娘の懇願に負け、感動し、槍を投げ捨て、ついに前面にやってきて娘と抱き合う。告別の場面だ。
最高に力の入る例の場面では、ブリュンヒルデが逆にこちらに背を向け、中央の台に楯を置いたウォータンがこちら(客席)を向いてブリュンヒルデを寝かせて、そして眠りにつかせる。
 ローゲを呼び、炎を着けるが、舞台上のマンホールのひとつを槍で押すと、火がちょろちょろっと出る。そのあと、次々と7つあるマンホールの火が、パチッ、パチッと着いて行く。
赤いオレンジの照明に満たされる。
白い煙が充満してきて、ブリュンヒルデはすっかり包まれてしまう。
舞台前面に、ウォータンが出てきて、槍をかざして「Wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das Feuer nie!」と歌い、幕。


リゲンツァについては、最後に書くとして、ワルキューレでも、R・ヘイルの少しマッチョなテキサス風ウォータンが素晴らしかった。
最後の告別での悲しげかつ、ヒロイックな姿と、その豪勢な声の魅力は忘れえぬものです。
そして、初めて接したヴァラディのジークリンデのけなげなまでの、真摯で夢中さあふれる歌と演技。言葉ひとつひとつに選ばれた女性的な表現と、その声の美しい魅力。
最高のジークリンデでした。
それと、熱っぽい没頭感あふれるジークムントのイェルザレムの素晴らしさ。
聴いてて涙が出てくるほどの役柄への打ち込みぶり。
当時まだ不評だったイェルザレムを聴いて、そのとんでもない評価に腹がたったものです。
このあと、ルネ・コロが実際に聴けてしまうという、いま思えば贅沢極まりない公演だった。
「ジークフリート」では、降り番のイェルザレムが奥さんと劇場に来ていて、休憩時間に、まるきり真横に並んでみたものです。
チョーデカイ人でした。

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2013年8月26日 (月)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」 ベルリン・ドイツ・オペラ来日公演記録 ①

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  ワーグナー  舞台祭典劇「ニーベルングの指環」

     ヘスス・ロペス・コボス指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団/合唱団

           演出:ゲッツ・フリードリヒ

           舞台装置・美術:ペーター・ジコーラ

        (1987年 10月30日、11月1日、4日、7日 東京文化会館)


ニーベルングの指環の通し上演、その日本初演が行われたのは、いまから26年前のベルリン・ドイツ・オペラの引っ越し公演。
10月17日から11月15日までの1か月間にわたって、3サイクル。
1回目は、横浜の県民ホールで、残り2回は東京文化会館。

ゼルナーに次いで、ベルリン・ドイツ・オペラの黄金時代を築いたG・フリードリヒの斬新な演出はその年、ベルリン市制750年の記念上演をそのまま、日本の劇場サイズに合わせて持ち込み、指揮は、音楽監督ロペス・コボス(Ⅰ・Ⅱ)、ハインリヒ・ホルライザー(Ⅲ)。
歌手も、豪華なベルリンのチームをそのまま。
ちなみに、この来日では、フィデリオをコンサート形式で全曲、ワーグナーコンサートなどを3回も演奏している豪華版。
いまでは考えらえない、まさにバブル期の出来事。

当時、まだぎりぎり20台だった私は、その薄給に鞭を打って、2回目のサイクルをS席の通し席で観劇しました。
これまでのあらゆる音楽体験で、その感銘は、最上位にくるほどの忘れ得ぬもので、いまでも数々のシーンや歌声が脳裏に刻みこまれております。

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                          (ベルリンでの舞台)

ステージにタイムトンネルを据えて、そこから登場人物たちを出入りさせることによって、時空間を舞台上に再現してしまった、G・フリードリヒの秀逸な演出。
その装置をベルリンからそのまま持ち込もうとしたら、日本の文化会館の奥行きにはその長さが収まりきれず、わざわざ日本向けにストレートでなく、折り曲げたトンネルを製作するという本格的な対応。
こうしたことで、遠近感は薄れたものの、客席から見ていて、トンネルの奥から出てくる人物の影が側壁の写しだされ影が大きくなって近づいてくる、そこにその人物なりのライトモティーフがオーケストラピットから立ちあがってくると、その素晴らしいほどの効果に震えが来るくらいでした。

当時から、音楽日誌を書いていて、そこそこ詳細に舞台の印象もありましたので、ワーグナー生誕200年の今年、ここにその記録に少し手を入れて残しておきたいと思います。

  「ラインの黄金」  10月30日

 ウォータン:ロバート・ヘイル       ドンナー:ゲルト・フェルトホフ
 フロー:トニー・クレイマー        ローゲ:ジョージ・シャーリー
 フリッカ:ダイアン・カリー         フライア:ケイ・グリーフェル
 エルダ:ヤトヴィガ・ラペ         アルベリヒ:ゴットフリート・ホルニク
 ミーメ:ホルスト・ヒーステルマン    ファゾルト:マッティ・サルミネン
 ファフナー:ベルント・ルントグレン   ウォークリンデ:キャロル・マローン
 ウェルグンデ:バーバラ・フォーゲル  フロースヒルデ:アニタ・ヘルマン



幕が開くと、奥へ続くタイムトンネル。
白い大きな布をすっぽりとかぶった人が(おそらくリングの東京人物を意味するのか)、ところどころに、立ち、または座っている。
オーケストラボックスは、1分間ほど、真っ暗。したがって無音。
 そこから、低音で、あの開始音が始まる。
波のモティーフが盛り上がってくると、さきほどの人が、一人立ち、二人立ち、手前の布から上へ下へ動き、奥まで3枚ある白い布が、波のようにうねる。
その奥では、ラインの娘たちが、布をまとい走り回っている。


宇宙服を着たアルベリヒ登場。
ラインの乙女が、ときおり前へ出ては誘惑。

黄金は左右に動く、オレンジ色に輝く宇宙ゴマのよう。
アルベリヒは下からその玉を思いきり掴んで、右側に消える。
そのとき、突然にして波は消え去る。

ワルハラの動機とともに、いつのまにかウォータンが舞台で寝ている。
奥のドアから、フリッカが登場。その奥は紗幕がかかり、七色の光を受けたワルハラ城。
形は多方形の城。
ウォータンの動きは激しく活発。

 巨人登場。高下駄を履き、ガタガタと歩く。手には鉄パイプ状の杖。
神々は、それぞれにベネチアの謝肉祭または舞踏会のような仮面をつけている。
フライアは連れ去られるときに、ウォータンは下界へ行く決心をしたときに(ローゲはそれを拾う)、ほかの3人は、ウォータンとローゲが下界から帰ってきたときに、その仮面を外している。
 ニーベルハイムには、紐をつないでふたりで降りてゆく。
ニーベルハイムでは、左手からコンピューター付きの錬金工場が出てくる。
テレビが6台ついて、光眩い。(※当時はPCなどは一般的じゃなかったからテレビなんていっちゃってる自分)。
ベルトコンベアで黄金が上がってくる。
アルベリヒはマシンのカウンターで、機械操作してあれこれ指示している。
そこへ、右側の階段からウォータンとローゲが登場。
アルベリヒは、胸にチーフを射したスーツ姿で、ちょっとした成金タイプ。
かくれかぶとの場面では、驚いたことに見事な大蛇が出てきた。
カエルは、カウンターの上をほんとに、ぴょんぴょん跳ねてる。客席に背を向けカエルを捕まえる二人。そこはカウンター越しにカエルと思いきや、アルベリヒの手をつかんで引きずりだした。
 小人たちは、ほんものの子供。ライト付きのヘルメット装着。
上の世界へ連れ出されたアルベリヒ。
紐に繋がれ、西部劇の悪人のよう。
タイムトンネルの穴は奥にふたつ。
囚われのアルベリヒ、指先をかざすと小人がぞろぞろと黄金を運んでくる。
ウォータンは、アルベリヒの手を槍で無理やり切り落としてしまい、その手は、ローゲがつかんで、わきのの方へ投げてしまう。
 そう、縄や槍は、左右に武器置き場があったのだ。

巨人は大きな布を持ってきて、そのうえに黄金を乗せる。巨人はしゃがむことができないので、フライアが手伝う。
ファフナーは、かぎ型の金具の付いた杖の先で、上手に黄金をさばき、兄弟ふたりで引っ張ってゆく。

エルダは下からでなく、舞台奥から出てきて右袖に去る。
黄金を与え、フライアが戻ると、神々は輪になって談笑していて、笑う。
その間に巨人たちは兄弟喧嘩するわけ。
 ドンナーはまん中に出てきて、スポットライトを浴びて雷を呼ぶ。
雷は、ほんとうにすごい音響だったし、照明もすごい。
続くフローの場面も、同じスポット。虹色のワルハラ城がくっきりと見えている。
そして、ウォータンと交代。
神々の入城は、それぞれ手を真横に広げ、二歩進み、二歩軽く下がる・・・という感じで進む。
ローゲは横で、笑っている。
あげくのはて、入城には加わらず、舞台左の袖から退場して幕。

以上、日記よりの転載。

多分に、稚拙で肝心な点を見逃してる感もありますが、そのまま書き写しました。

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指揮や歌手のことは、最終でまとめてありますが、このラインの黄金で、初めて接して驚きだったウォータン役のロバート・ヘイル。
ヘイルは1938年テキサス生まれのバスバリトンで、地元やNYシティオペラでレパートリーを作り、その後ドイツで活躍したが、まさにドイツにて名をあげつつあった時の来日でありました。
録音も、デッカが途中で断念してしまった、ドホナーニのリングのウォータンと、オランダ人、そしてサヴァリッシュのリングの映像にもウォータンで出ております。
なめらかな美声と、押しの強いバス・バリトンの声は、文化会館に、大オーケストラを圧するようにして響きわたったのでした。

続く。

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2013年8月23日 (金)

危険な「にゃんにゃん」

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あぶねぇ~。

あやうく手を出すとこだった。

こいつは危険だぁupwardright

見るからに凶暴?

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やべぇ。

やばいよ、ねぇさん。

完全にコッチをにらんでるじゃないすか・・・・・。

おらおらsign03

Danger_cat

あ~、痒い~っ。

暑いから大変ね。

早く過ごしすくなるといいねcat

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2013年8月22日 (木)

ディーリアス 「夏の夜、水のうえにて歌える」 エリジアン・シンガース

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先週のお盆休みにドライブした山中湖。

実家から1時間30分くらいで高速を使わずに行けました。

平日ならもっと空いてて、思い立ったらすぐに行けるところが嬉しいのでした。

わたしに、ゆったりした老後がやってくるか不明ですが、もしそんな時が来れば、実家近くに戻って、海や山に囲まれた余生を送りたいものだ・・・・・。

そんなことすら贅沢に思える、昨今の厳しい日常の日本国。

なんて、慌ただしく殺伐とした日々なんだろ。

そんな日々に安らぎを覚えるのが、盆や正月のお休み。

そして、愛おしいディーリアスの音楽。

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  ディーリアス 「夏の夜 水の上にて歌える」

          ~ふたつの無歌詞・無伴奏のパートソング~

      エリジアン・シンガーズ・オブ・ロンドン

           T:ステファン・ドウズ

          (1992.9 @ハンプステッド・カレッジ・スクール、ロンドン)


パートソングは、英国でいう無伴奏の合唱作品で、世俗的な歌から聖歌風のものまで、気の置けない家族や仲間で、つつましく親密に歌う合唱作品をいうのです。

ディーリアスをはじめ、英国の作曲家は、このジャンルに涼しげで、懐かしい曲調の音楽をいくつも残しております。

そんな中でも、一番に夏向きで、聴いた瞬間のクールダウンをお約束できるのが、今宵の「夏の夜 水の上にて歌える」です。

2つの短い無伴奏・アカペラ・パートソングからなるこの曲。
1917年のディーリアス55歳の作品で、後世にずっと過ごした、フランス、グレのシュールロワンの流れるともない河のほとりの邸宅にて作曲された音楽のうちのひとつ。

1曲目は、合唱だけで、どこか寂しげな短調で、「Ah~」と歌われる。
泣きたくなるほどに美しく、哀しく、夏の夜の川辺での物憂いアンニュイを感じます。

2曲目は、合唱とテノール独唱。今度は、「La~LaLa・・・」です。
この流動感と、少し浮き浮きする川遊びの楽しさ思わせる清涼感。
でも、その終わりはどこか寂しく、思いは遠い子供時代に飛んでゆくようだ。

夏の終わりは儚いもの。

そんなひと時の移ろいゆく美しい瞬間を、ディーリアスの音楽は巧みにとらえております。

ディーリアスは、日本人の情緒的な心意気にぴったりと寄り添う音楽に思います。

四季それぞれに、ディーリアスの音楽は、わたしの心を慰めてやみません。

故三浦淳史先生の名タイトルほど、この曲の雰囲気を伝えるものはないですね。

かつて、ロンドンレーベルから出た川面がキラキラする美しいジャケットのレコードが忘れられません・・・・・・。

過去記事

 
「レッジャー&キングスカレッジ」

 「エリジアン・シンガーズのパートソング」


youtubeにありましたので、是非ともお聴きください。

ただし、テノールがかなりイマイチです。

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2013年8月21日 (水)

モーツァルト ピアノ協奏曲第17番 ピリス&アバド

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黄花コスモス。

こちらは暑いさなかから咲きますね。

緑とオレンジ系の色合いは、とても美しく暖かい取り合わせです。

思えばまさに、東海道線の色合いじゃありませんか。

Shonandensya

この型式の電車には、ほんとうにお世話になりました。

子供の頃の、近くの大きな街のデパートへの買い物と、そちらの大食堂でのお子様ランチを楽しみに。
東京の親戚のお家へ行く、都会へ連れていってくれる夢の電車。
当時は、まだ床が木で、油の匂いもしました。

高校時代は、西方面への相模湾を見ながらの通学に。
大学時代は、日々の上浜と上京に。

そして川崎時代の大洋ホエールズカラーだったことを忘れちゃいけません。
いまのスマートな、マリンブルーなどは薬にもしかくないほどの、どん臭さ。

このいまのように広域でない緑とオレンジは、わたしにとってノスタルジーでもあるんです。

そして、モーツァルトをノスタルジーとしちゃいけませんね。

モーツァルトは常に、身近に感じていたいし、変わらぬ存在であるべきです。

聴き尽したと思ったら大間違い。

このところ、大きな曲や、アニバーサリー作曲家ばかりの毎日。

でも、モーツァルトを忘れちゃいけませんね。

Mozart_pfcon_pires_abbado

   モーツァルト ピアノ協奏曲第17番 ト長調

       ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス

     クラウディオ・アバド指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団

                       (1993.6 @フェララーラ、イタリア)


モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも、この17番はとりわけ大好きです。

モーツァルト18歳の屈託ないト長の調性は、明るい色調の中にも、2楽章では、ある意味お約束どおり途中は哀しみの短調三昧。

モーツァルトのこの二面性も、わたくしたちにとっては、もうマーラーと同じように、日常茶飯事の心象として普通に受け止められるもの。
かつての昔のように、その対比を深刻に演奏するものもないし、それをシリアスに襟を正して受け入れる聴き方も、もしかしたらないのかもしれない・・・・そんな現代。

感情の機微が大きくぶれ、豊かな感情表現のあり方は、技巧的に、戯画的になってしまいつつあるような気がします。
これもまたネット社会の編み出したデジタルな感情表出ありきなのでしょうか。

人と人、アナログ的な交わりが生み出す喜怒哀楽。

本来の感情表現が、いまは懐かしく、いにしえのものになりつつあるような気がしますが、如何に・・・・・・。

ピリスとアバド、純なる音楽表現を根差す演奏家たちが導くモーツァルトには、心洗われる無為なる世界がありました。

ブッファ的な3楽章には、「フィガロの結婚」の天真爛漫とも呼べる感情の麗しい機微を強く感じます。
素敵な曲に、微笑みと優しさあふれる演奏。

気持ちいい水曜日の晩でした。

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2013年8月19日 (月)

交響曲第1番「HIROSHIMA」 大友直人指揮 東京交響楽団 特別演奏会

Muza

8月18日の、ミューザ川崎の夕暮れ。

この日、わたくしは、白昼に、某交響曲を、こちらのホールで聴きました。

ただでさえ暑い毎日、巨大な音楽を聴いて、胸が高鳴り、火照った体を持て余して、お盆明け、日曜日の川崎の街で、冷たいビールを飲んでクール・ダウン。

再び、ミューザとラゾーナに舞い戻って、このような美しい夕空に巡りあいました。

今年、3回目のライブ演奏体験。

すぐさまに、チケットを入手したこともあって、佐村河内ご夫妻のほど近くの席。

すなわち、お近くでまみえるのも、これで3度目。

そうしたエポック的なことを差し引いても、自分とこの曲との関係が明らかに変化していっているのが、この猛暑の夏に確認ができた。

いままでで、一番、涙を流さなかった。

でも、静かな感動がふつふつと、心の中に芽生え、これまでの長いクラシック音楽受容の数々の体験と、そのあり方がともになりつつあることを確認できた。

Samuragochi_201308

 
    「弦楽のためのレクイエム・ヒロシマ」~世界初演

    交響曲第1番「HIROSHIMA」


       大友 直人 指揮 東京交響楽団

           (2013年8月18日 @ミューザ川崎シンフォニーホール)


弦楽オーケストラによって演奏された初演曲「弦楽のためのレクイエム・ヒロシマ」あ、そのタイトルが、いかにも武満作品を思わせるのでありますが、佐村河内作品は、それとは似ても似つかぬもの。
当初は「4声ポリフォニー合唱曲≪レクイエム・ヒロシマ≫弦楽合奏版」としてタイトルされておりましたが、初演にあたって、標題のものにかえられました。
この音楽の持つ清廉さと、高貴なまでの哀しさ。でも、その哀しさは、決して暗いものではなく、優しい哀歌のように聴かれるのでした。
バーバーの曲のような哀しみの美しさを感じさせましたが、より追悼感あふれる、直截な表現と優しさは、佐村河内音楽ならではと思いました。
約10分の短編。

休憩後は、長大な交響曲。

心して挑み、そしてその思いは100%かなえられました。

震災後、この曲と巡りあい、2年と5ヶ月。
あれ以降、大きく変わってしまった日本社会。
そして、それは、自分にもやってきました。
まったくの不堪な日々が、その前にも増してやってきました。

そんな毎日に、渇を与えてくれ、励まし、後押しし、活路を開かんとする力を与えてくれていたのが、この音楽なのです。

寒かった2月の東京全曲初演、暑い横浜の先月の神奈川フィルの演奏、そして残暑の今日、ジャンヌ・ダルクとも呼ぶべき大友さんの指揮。
ともに、これまで以上に心震わせる演奏でもって、明日への希望を開陳してくれるようでした。
繰り返し聴き続けて、すっかり、自分と血肉化してしまったこの「交響曲」。
長大な3つの楽章の隅々まで耳で覚えてしまったので、ライブで聴く楽しみとして、ここはヴィオラ、次は第2ヴァイオリン、そしてチェロ、バスクラ、ホルン・・・・・、次々と音の橋渡しを、ヴィジュアルで確認できる。
そんななかでも、本日、近くだったので、もっとも気になったのが、ハープ。
ハープという楽器から、清らかさと、終末観を、見事に引き出したスコアだと思います。
全曲にわたって、ハープは大活躍します。

このように、スコアがなくとも、オーケストラ全体を俯瞰しつつ、味わう佐村河内音楽は、耳にも素晴らしく刺激的で感動的・開放的でありますが、オーケストラがこうして万遍なく各パートの持ち分を発揮して、それぞれが見通しよく、すべてがよく耳に届くことも驚くべきこと。
こうして、ライブで聴くと、あきれ返るくらいにそれがよくわかる。
そして、帰宅後、CDで再確認すると、演奏会のリアル感そのままが、スピーカーやヘッドホンを通じて味わえる稀有の経験の追体験となります。

すべての場面に、大友&東響が、これまでこの曲を慈しんできた片鱗をうかがうことができる。
3楽章の、2度にわたるカタストロフの凄まじさは、最初は余裕を満ちながらも、本当の悲劇の力を見せつけてくれ、2度目の最終段階では、さらにまだあったフォルテッシモの高みを表出し、あのお約束の安らぎの旋律を導きだしました。
こうなるのがわかっていたので、涙はお預け。
 しかし、東響の弦楽メンバーズと、大友さんの心のこもった指揮を見て、聴いていたら、もういけない。
涙の結界は破れ、頬には塩分を含んだ液体がひとしずく。

3楽章の、誰しもを興奮のはざまに導きだす場面以降は、この曲のひとつの鉄板の場面ですが、大友&東響の演奏は、そこはひとつの最終クライマックスとして、手慣れた表現として流しつつ、1楽章と2楽章のシリアスで、繰り返し訪れる絶望的な音楽を、最終章へのひとつの導きとして表現していたように思いました。

宿命的ともいえる怖れと不安が交錯する第1楽章。
音の彫りがとても深く、消え入るピアニシモと壮絶なフォルテとの対比が完璧で、オーケストラの技能も、耳に馴染んだCD以上の充実ぶりに感じる。
消え入る、この楽章と次の2楽章の終結部の研ぎ澄まされた感覚には、息を飲むこともはばかれるくらいの完璧さ。
わたしがいつも思う、ワーグナーの「パルシファル」のような、救われぬ苦しみや、自己批判の求道ぶりを2楽章にあらためて強く感じる痛みさえ思う演奏。
無常感に満ち溢れたトロンボーンに始まるコラール。
この場面の美しさと内面的な表現も素晴らしいものがあります。
東響のホルンセクションの神々しいまでの素晴らしさにも驚き。
しかし、打楽器は神奈川フィルの方が上か。(あの客演ティンパニは凄まじかった)
そして、3楽章は、その後半、先に述べたとおり、奏者ひとりひとりが、音楽を感じつつ、そして大友さんの導きによって聴衆とともに感動の大きな渦を引き起こしながら、ホールを光の波で埋め尽くしてしまった。

喝采の声と拍手に応えて、佐村河内さんも、登壇し、ホールを埋め尽くした聴衆ひとりひとりに、オーケストラの団員のみなさんに、感謝を捧げていらっしゃいました。
スタンディングして拍手していたわたくしも、つられてお辞儀してしまいました。

この大曲のすみずみまでを把握し、一音一音を自分のものにすることは、相当に難しいことですが、CDではなく、こうしてホールという共通空間で、多くの方々と共通体験を重ねることによって、自分の中でこの曲を冷静に受け止め、そして聴くことができるようになってきました。
暗から明、苦難から解放へ、希望の曲として捉えることも充分にありなのですが、そうした効能を持つ音楽、HIROSHIMAの名を冠した標題的な音楽、それぞれでもあり、いまはまた純粋な音楽、いや、いまの世に生まれた純粋交響曲として聴くことができている。
それは、もしかしたら交響曲というしっかりした枠組みは持ちつつも、まるでワーグナーの楽劇のような、ひとつの世界観を保持した音楽作品なのではないかと思っています。

今年生誕200年のワーグナー。
そのワーグナーとの付き合いも、もう40年近く。
今年は、ネットの恩恵もあって、「ニーベルングの指環」(リング)を、もう3回も通しで聴いてしまった。
そんな耳と頭で、この交響曲を聴くと、ここには、リングのような思想や哲学を感じてしまうこともあります。
「リング」には、ワーグナーが30年近くもかけて熟成させた叙事詩的な壮大な物語と思想がある。
「人間が愚かにも自然から奪った世界が手に入る黄金、その争奪戦のあげく、すべては消失し、最後にはその黄金ももとあったところに戻り、世界は平和を取り戻す」
そんなリングの物語は、人が常に陥る業と、そして諦めによる美化と終末感とに集約されます。

この交響曲にも、そのような人間の咎と救済があるように感じます。
そして、わたくしの場合、ある演出によって大いに影響を受けているのですが、救済=終末のあとには、再びまた始まりがあるということ。
「終わりの始まり」。
救いがもたらされ、終了した瞬間に、また次の、場合によっては形を変えてまた同じことが繰り返し始まる。
そんな思いを、この交響曲の暗澹とした始まりと、輝かしい終結部とに感じるのです。
ワーグナーの無限旋律のように、ここには、成長し派生してゆくかのような音楽が、しかも緻密に考えられたうえで成り立っています。

このような思い、希望を捉えて聴かれる方には、お怒りも感じられるでしょうか。
でも、この音楽には、わたしたちへの警鐘もあるということを常に感じていたいです。

汲めども尽きない交響曲の魅力。

素晴らしい演奏会でした。

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※本記事は、執筆当時のままにつき、事実と異なる内容が多く含まれております。

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2013年8月16日 (金)

ブリテン 戦争レクイエム ガーディナー指揮

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8月15日の吾妻山。

いつも早いコスモスの開花。

終戦記念日の青い空。

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   ブリテン   「戦争レクイエム」

    S:ルーバ・オルゴナソーヴァ  T:アントニー・ロルフ・ジョンソン
    Br:ボー・スコウフス

  ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 北ドイツ放送交響楽団
                         北ドイツ放送合唱団
                         モンテヴェルディ合唱団
                         テルツ少年合唱団
                          ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮

                (1992.8 @聖母マリア教会、リューベック)


ブリテン(1913~1976)の「戦争レクイエム」は、伝統的な「死者のためのミサ曲」の典礼文に基づく部分と、ウィルフレット・オーエンの詩による独唱による部分。
このふたつを巧みにつなぎ合わせて、ひとつの、いわば「反戦」と「平和希求」をモティーフとする、独自の「レクイエム」を作り上げた。

8月のこの時期には、決まって聴く音楽。

イギリスの伝統としての制度、「良心的兵役忌避者」の申告をして、その条件として、音楽ヴォランティアに従事することを宣誓し、予芸以上の指揮とピアノで、戦時下の人々を慰め鼓舞する仕事に従事する一方、その傍らでも、熱心な創作活動を継続したブリテン。
その行動の根に常にあった「平和主義」でありました。

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1961年、戦火で焼失したコヴェントリーの聖ミカエル大聖堂の再築落成に合わせて作曲された「戦争レクイエム」。
翌62年の同地での初演は、戦いあった敵国同士の出身歌手をソロに迎えて計画されたものの、ご存知のように、英国:ピアーズ、独:F=ディースカウ、ソ連:ヴィジネフスカヤの3人が予定されながら、当局が政治的な作品とみなしたことで、ヴィジネフスカヤは参加不能となり、英国組H・ハーパーによって行われた。
翌63年のロンドン再演では、ヴィジネフスカヤの参加を得て、かの歴史的な録音も生まれたわけであります。
戦争は終わったものの、国の信条の違いによる冷戦は、まだしばらく続行した、そんな歴史を私たちは知っております。
この曲が生まれてから50年。
世界各処、いや、いまの日本のまわりでも、思いの違いや立場の違いから諍いは堪えません。

年に1度、この時期に、この曲の持つ、戦没者への追悼という意味合いととともに、ブリテンが熱く希求し続けた反戦平和の思いをあらためて強く受け止め、考えてみるのもいいことです。

しかし、この曲は、ほんとうによく出来ている。
その編成は、3人の独唱、合唱、少年合唱、ピアノ・オルガン、多彩な打楽器各種を含む3管編成大オーケストラに、楽器持替えによる12人の室内オーケストラ。
レクイエム・ミサ典礼の場面は、ソプラノとフルオーケストラ、合唱・少年合唱。
オーエン詩による創作か所は、テノール・バリトンのソロと室内オーケストラ。

この組み合わせを基調として、①レクイエム、②ディエス・イレ、③オッフェルトリウム、④サンクトゥス、⑤アニュス・デイ、⑥リベラ・メ、という通例のレクイエムとしての枠組み。
この枠組みの中に、巧みに組み込まれたオーエンの詩による緊張感に満ちたソロ。
それぞれに、この英語によるソロと、ラテン語典礼文による合唱やソプラノソロの場面が、考え抜かれたように、網の目のように絡み合い、張り巡らされている。

以下は、昨年の記事からの引用です。

「重々しく不安な感情を誘う1曲目「レクイエム」。戦争のきな臭い惨禍を表現するテノール。
曲の締めは、第2曲、そして音楽の最後にあらわれる祈りのフレーズ。
第2曲は長大な「ディエス・イレ」。戦いのラッパが鳴り響き、激しい咆哮に包まれるが、後半の「ラクリモーサ」は、悲壮感あふれる素晴らしいヶ所で、曲の最後は、ここでも祈り。
第3曲目「オッフェルトリウム」、男声ソロ二人と、合唱、二重フ―ガのような典礼文とアブラハムの旧約の物語をかけ合わせた見事な技法。
第4曲「サンクトゥス」、ピアノや打楽器の連打は天上の響きを連想させ、神秘的なソプラノ独唱は東欧風、そして呪文のような○△※ムニャムニャ的な出だしを経て輝かしいサンクトゥスが始まる。
第5曲は「アニュス・デイ」。テノール独唱と合唱典礼文とが交互に歌う、虚しさ募る場面。
第6曲目「リベラ・メ」。打楽器と低弦による不気味な出だしと、その次ぎ訪れる戦場の緊迫感。
やがて、敵同士まみえるふたりの男声ソロによる邂逅と許し合い、「ともに、眠ろう・・・・」。
ここに至って、戦争の痛ましさは平和の願いにとって替わられ、「彼らを平和の中に憩わせたまえ、アーメン」と調和の中にこの大作は結ばれる。」

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最後に至って、通常レクイエムとオーエン詩の、それぞれの創作ヶ所が、一体化・融合して、浄化されゆく場面では、聴く者誰しもを感動させずにはいない。
敵同士の許し合いと、安息への導き、天国はあらゆる人に開けて、清らかなソプラノと少年合唱が誘う。
このずっと続くかとも思われる繰り返しによる永遠の安息。
最後は、宗教的な結び、「Requiescant in pace.Amen」~彼らに平和のなかに憩わせ給え、アーメンで終結。

この楽園への誘いによる平安に満ちた場面は、ドラマティックでミステリアスなこの壮絶かつ壮大な作品の、本当に感動的なか所で、いつ聴いても、大いなる感銘を受けることとなります。
オペラでも器楽作品、声楽作品でも、ブリテンの音楽のその終結場面は、感動のマジックが施されていて、驚きと涙を聴き手に約束してくれます。

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今年は、1992年のリューベックの聖堂ライブの映像を鑑賞しました。
1942年の空襲で、破損した聖鐘が保存されている、こちらの聖堂での演奏は、戦火から50年という意味合いもあります。
ドイツで、ドイツのオーケストラ・合唱、イギリス・スロヴァキア・デンマークの指揮者と独唱。
各国演奏家が手を携えてのこちらの演奏は、いまは当たり前となった世界水準のメンバーによるスマートな演奏スタイルでありました。
もっと切れ込みの鋭さが欲しい感もありますが、教会内の様子や、編成や各楽器の演奏の様子などを確認しながら聴けるこの映像は、また格別なものがありましいた。
歌手では、ロルフ・ジョンソンの気迫と美声が素晴らしいもの。

ちょうど、この頃は、ヴァントが、同じオーケストラを指揮してブルックナーの名演を繰り広げていた時期。
同じ大聖堂でのライブ録音もありました。

Britten_8

平和で、戦争も災害もない世界でありますように。

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2013年8月13日 (火)

エルガー 「南国にて」 マリナー指揮

Sukashiyuri

房総の海辺に咲く、海洋植

スカシユリでした。

花の部分は、その毒々しさそのままに、丘のユリと同じくする姿ですが、こちらの葉は、ごらんのとおり、ワイルドなとげとげしさを持ってまして、浜近くの砂上にも耐えうるようなたくましさを感じました。

千葉のこのあたりでは、絶滅が危ぶまれている種ですが、わたしが見たここでは、廃墟があったり、道が変に封鎖されていたりで、この種のものに、あまり予算が配慮されていない様相でした。
でも、訪れる人が少ないので、またその自然の在り方がおのずと再現されつつあるようにも感じました。

なんともいえませんね。

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  エルガー  コンサート序曲「南国にて」

   サー・ネヴィル・マリナー指揮 

 

        アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ

                  (1990.11@ヘンリー・ウッド・ホール、ロンドン)


1903年にエルガーが訪れた南フランスから、イタリアにかけての地、アラッシオ。
ここは、フランスとの国境も近い、サヴォーナ県に属する広域では地中海、リグリア海に面する美しい街。

かねての昔より、イタリアは、そこを訪れる芸術家たちを魅了し、北からやってきた作曲家にも、陽光あふれる、のびのびとした作品を書かせる地でありました。
英国紳士、エルガーもその例外でなく、解放的で、響きが豊かな明るい作品を書くことになりました。

20分の交響詩的な序曲ですが、全編大きく捉えると、急緩急の大枠に分けられますが、前後の華やかともとれる、ダイナミックで鮮やかなオーケストレーションの妙は、エルガーの有名曲からはあまり感じ取ることができませんが、その交響曲や大規模な声楽曲などを聴き進めていくと、オペラこそ書かなかったものの、エルガーの劇的な音楽の素晴らしさがわかると思います。

Alassio3

そして、この曲のなによりも素敵なところは、中間部で、全体が優しいピアノに落ち着いたところで、ヴィオラソロが、甘く美しく、奏でるセレナードのメロディ。
ホルン、そして弦が後を引き継ぎ、ハープの伴奏も夢のようです。

そのあと、再度、華麗で、眩しい日差しが戻ってきて、高貴なるエルガー・テイストもしっかり維持しながら、音楽は終ります。

Alassio_4

おそろく、こんな風光明媚な景色も眼にしたのでしょう、エルガーさん。

その音楽も、この景色も素敵にすぎます!

かつて2度聴いた大友さんのコンサートは、とても素晴らしいものでした。

そして、音源でも、いまは交響曲の余白に入ったりしているので、結構持ってます。

そんな中で、ノーブルで過剰な演出も少なめのマリナー盤が好き。

きっと、リゾートの典型のような街かもしれないけれど、行ってみたいなアラッシオ。

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2013年8月12日 (月)

メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」 ムーティ指揮

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連日の猛暑と、局所的な豪雨。

お見舞い申し上げます。

土曜の横浜、この日も暑かった。

こちら、屋形舟の出発地では、まさにお客さんが乗り込むところで、橋の上を歩いたら、天ぷらを揚げる香ばしい、いい匂いがしてましたよ。

何故か、イタリア、南国特集中。

Mendelssohn_muti

 
  メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」

    リッカルド・ムーティ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

                       (1976.7,9 アビーロードスタジオ)


メンデルスゾーン(1809~1847)の1833年がオリジナル、その後の改訂を受けて1838年の作品が「イタリア」交響曲。

順番で言うと5つの交響曲の3番目で、ひとつ繰り上がります。
この曲の場合、後の改訂版の初演が他より後だったり、それも不満だったメンデルスゾーンが出版を引っ込めてしまったから、余計に番号が前後した。

この明るくて、快活で、でもちょっと寂しいイタリア交響曲のどこが不満だったのでしょう、フェリックスさん。
そんなに早死にしなかったら、どんなイタリア交響曲に仕上げていたことでしょうか。

そう思いながら聴く、このような聴き古した名曲も、また新鮮に聴こえてきます。

この曲、明朗なイ長調で始まるけれど、哀愁を帯びた2楽章や、サルタレッロのリズミカルな終楽章は短調のプレストです。
ほの暗いスコットランド交響曲の方が、最後の解放感では、より明るく感じたりもするところが面白いところです。

この曲は、先輩アバドが、その若き日の録音で軽やかにすっきりと演奏してしまったのに対し、ムーティは、ナポリ生まれの熱血漢というイメージをまったく感じさせない、流麗でなめらかな演奏となっております。
ムーティをクレンペラーの後任として選出した、当時のニューが付いていた頃のフィルハーモニア管は、思えば極めて大胆な決断を行ったものです。
 このオーケストラの持つ弦の柔らかさと緻密なアンサンブル、マイルドな金管といった個性はカラヤン以来の特徴でしたが、ムーティは在任期間、それらに磨きをかけ、さらに敏感なまでのリズム感と強靭なカンタービレを持ち込んで、素晴らしい成果を残したものと思います。
 のちのフィラデルフィアとの演奏の数々も、オケの優秀さと、音そのもののエネルギー感において、素晴らしいものもありますが、私的には、ウィーンフィルとの初来日を聴いたあの頃の機敏かつエネルギッシュなムーティが好き。
フィルハーモニア時代のムーティの大胆さと、歌心あふれる演奏に、それを重ねあわせて聴くことも可能でして、この頃の録音を一番好んで聴いております。

そういう意味では、このイタリアは、ムーティとしては、少しおとなしめ。
メンデルスゾーンが悩んだ、イタリアらしさの表出を、わたしは、この演奏の2楽章の連綿と歌い上げる、オペラの一節のような表情に聴きとる思いがしました。
この楽章に関しては、ムーティのこの若き日の演奏が鮮度一番。
今日、無防備に聴いたら、思わず涙ぐんでしまいました。

こんな聴き方も、たまにはイタリア交響曲、ありですよね。

今は、大閣下となったマエストロ・ムーティ。
いつまでも強靭な音楽造りをして、お元気でいて欲しいです!

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2013年8月10日 (土)

「イタリア」 ニコラ・ベネデッティ

Daitoumisaki_4

房総半島、いすみ市の海浜植物群落。

オレンジ色の花は、スカシユリです。

かつては、一面を覆うようにして咲いていたそうですが、最近は盗掘の被害もあり、ちょっと寂しい状況に。

でも、緑とまばらながらのオレンジのユリ、そして青空が美しいのでした。

右手は、まるきりの海で怖いくらいに波が砕けてましたよ。

Nicora_vivardi

  「イタリア」 バロック・ヴァイオリン協奏曲集

   ヴィヴァルディ  ヴァイオリン協奏曲ニ長調RV.208

   タルティーニ   ヴァイオリン・ソナタ ト長調「悪魔のトリル」

   ヴィヴァルディ  ヴァイオリン協奏曲イ短調RV.358

   ヴェラチーニ   「ラルゴ」

   タルティーニ   ヴァイオリン協奏曲イ短調D.115

   ヴィヴァルディ  「まことの安らぎはこの世にはなく」

              ヴァイオリン協奏曲 「夏」


        Vn:ニコラ・ベネデッティ

    クリスティアン・カーニン指揮 スコットランド室内管弦楽団

                     2010.5、6 @エディンバラ、9@ロンドン)


夏の日に取り上げようと思っていた、わたしの大好きなニコラ・ベネデッティのバロックもの。

そう、ニコラたん、こと、ニッキーですの。

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3年前に録音されたこのアルバムは、イタリアバロック時代の協奏作品を、彼女の地元オケとともに演奏しておりまして、まことにハツラツ、俊敏、そして大らかな、彼女ならではの演奏になっているのでございます。

セールスビデオも拝見しましたが、こちらのジャケットもともに、60年代後半のセピア調のイタリアの街の古家を舞台にモティーフにしているようでございます。

このように画像は、セピアに染まるニコラたん、なのですが、その音楽は、彼女の持ち味である、奔放で明るい、ちょっと男まさりの快活なものなのでした。

「悪魔のトリル」のオーケストラバージョンは初めて聴きましたが、室内楽バージョンと違い、響きが多きすぎて求心力に欠けるうらみはございましたが、ニコラさまの大胆かつ、思い入れの込めたソロには魅かれますねぇ。

おおきなくくりでは英国人ですが、彼女はスコットランド人。
男まさりな大胆さと、繊細さが同居するようなハッキリとしたヴァイオリン演奏です。
その顔立ちも、少しのエキゾシズムと、端正な気品とが同居するお美しさ。
もう、わたくし、メロメロなんです。

予想通りに、きりっと、テキパキと運ばれるヴィヴァルディは、甘さも情緒も少なめながら、その大胆な表現の一方で、緩徐楽章における大らかな歌にはほとほと聴き惚れてしまいます。
その宗教曲から編曲された「まことの安らぎはこの世になく」は、リュートやテオルボも鳴り、古雅な雰囲気の中に、牧歌的にヴァイオリンがシンプルに歌いまくる。
彼女の本領のひとつでしょう。

そして、「四季」は、昨今もっと過激でダイナミックな演奏が多いですが、ここで演奏されている「夏」での、ニコラの演奏は、オケとともに基本ヴィブラート少なめ、ピリオドと呼べるほどじゃない、ほどよい潤いがそこある。
でも侮ってはいけません、ずばずばと弾きまくり、猛然たるアタッカやキレのいい楽想の処理。カッコいいのです。

この次は、是非とも鮮烈なる「四季」を全曲聴かせて欲しい。

そして、本格クラシカルにこだわり、変な路線に向かわないで欲しい。

コルンゴルトに酔わせてもらったから、次はバーバーを弾いて欲しい。

そして、ディーリアスやバックス、ハゥエルズなどの英国ヴァイオリンソナタを取り上げて欲しい。

ファンとは勝手なるのもで、そのような願望は次々と湧いてくるのでありました。

Benedetti_8

はいはい、それでは、この音盤のプロモーション映像をば。

ニッキーの魅力をもっと弾き出す録音を希望!

そしてもうひとつ、録音セッションから。

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2013年8月 9日 (金)

ヴェルディ レクイエム カラヤン指揮

Gote

クリスチャンだった叔父の墓地にて。

そこに佇むのは、わたくしの母です。

教会の共同墓地ですが、清々しさ漂う安寧の場所に感じました。

無情な雨も清らかに思えます。

人を死を悼む気持ちは、太古の昔から変わらず、亡き方々を偲び、手を合わせるのは、人間としてあたりまえの思いです。

今年もまた、広島、長崎、そして終戦の日と、8月の暑い夏を迎えております。

Verdi_requiem_karajan

  ヴェルディ  レクイエム

   S:ミレルラ・フレーニ    Ms:クリスタ・ルートヴィヒ
   T:カルロ・コスッタ      Bs:ニコライ・ギャウロウ

  ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                       ウィーン楽友協会合唱団

                    (1972.1 @イエス・キリスト教会、ベルリン)


毎年、8月のこの時期に聴く音楽です。

ヴェルディのレクイエム。

そして、ブリテンの戦争レクイエム。

さらに、ここ3年ばかりは、佐村河内守のHIROSHIMA交響曲。

死者を悼み、決してまた歩んではならぬ道を思う。
そして、家族や親類との絆を確認する、正月と並ぶ希少な時期。
子供たちへも伝えて生きたい、日本の夏です。

ヴェルディのレクイエムは、ヴェルディのオペラを初期のものから連続して聴いている自分にとって、そのオペラの延長上に位置する音楽であると同時に、かつては、ヴェルディのオペラをろくに聴かずして、その一番劇的な、ディエス・イレにみに着目して夢中になった初期の受け入れ時期と、ふたつの顔を持ちます。

しかし、歳を経て、ヴェルディの歌心と、オペラへの情念、したたかなまでのオペラというカテゴリーへの挑戦ぶり。
そんな作曲家の姿を知るにつれ、このレクイエムの存在が大きくなり、親しみもさらに増しております。

宗教曲としてのレクイエムに、イタリアのオペラを一身に背負ったヴェルディが持ちこんだ、極めてオペラティックな様相。
これは、そのオペラを聴いてみなければわからなかったこと。
通俗的なまでに有名な、アイーダや椿姫(トラヴィアータ)、リゴレット、トロヴァトーレ・・・ばかりでなく、初期の血のたぎるような作品や、中期の苦み走ったような作品、そして後期の悟りの世界に通じるような悲喜劇。
これらをしっかり把握して聴く、「ヴェルディのレクイエム」の素晴らしさと恐ろしさ。

その旋律は、メロディメーカーのヴェルディならではの、どこまでも続く歌、また歌、という様相で解釈できます。
レクイエムの要素である、人の死を美しく送り出すという概念にぴたりです。

一方の劇的な様相は、数度にわたる「ディエス・イレ」の万人が求める激しさでもって凝縮されております。
しかし、この曲の核心は、ここでもなければ、トゥーバミレムでもなく、全体を共通して流れる歌、それもカンタービレ、歌心でしょう。
禁欲的にあればならぬ、死者のためのミサ曲=レクイエムにあって、歌心というのは、ドイツ系の音楽ではありえないことでしょう。

その本質を、響きを解放させ、その壮麗さでもって、華やかになる直前まで持っていってしまったのが、カラヤンの演奏です。
カラヤンのヴェルレクは幾多ありますが、わたくしはこの音盤以外は知りませぬ。
中学時代に買ったこのレコードは、2枚組で豪華カートンボックスに入っていて、畏れ多い雰囲気でした。
ヴェルディのオペラを同時進行で、NHKのイタリアオペラでもって聴いていった時期。
「トラヴィアータ」「アイーダ」「オテロ」までは聴いていて、このレクイエム。
そのあとは、しばらくしての「シモン・ボッカネグラ」でもって、またヴェルディの印象や、そのレクイエムの印象も変わった。
そんな、1974年頃の出会いでした。

カラヤンのヴェルレクのあと、知った、「アバドのヴェルレク」。
実は、これがいまもって絶対的で、カラヤンの演奏にある上手さを、完全に消去したような真っすぐ感あふれる求心的なヴェルレクだった。
正直いって、「アバドのヴェルレク」に勝る演奏は、わたしにとって、この世にないものと思ってます。
カラヤン盤の「甘味さ」は、いま聴くとちょっと辛いもものがありました。
ギャウロウのコントラスト豊かな歌や、コスッタの美声、ルートヴィヒの少しのヴィブラートも、いまの耳には少し驚きでした。
しかし、90分の完成された油彩画のような鮮やかな大伽藍は、一方では耳のご馳走であり、刺激でもあります。
こんなにまで、完璧に音楽を美的に極め尽くすことの凄さを体感できます。
カラヤンは、あらためてスゴイと思いました。

そして、そんなカラヤンがあってもなくても、ミレッラ・フレーニの歌とその存在は芸術品です。カラヤンなんて関係なくフレーニなところ、素晴らしいのです。
アバド盤とまったく変わらぬフレーニさまです。

過去記事 ヴェルディ「レクイエム」

「アバド&ミラノ・スカラ座」

「バーンスタイン&ロンドン響」

「ジュリーニ&フィルハーモニア」

「リヒター&ミュンヘン・フィル」

「シュナイト&ザールブリュッヘン放送響」

「アバド&ウィーン・フィル」

「バルビローリ&ニューフィルハーモニア」

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2013年8月 7日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 バーンスタイン指揮

Hamamatsucho201308_a

8月の小便小僧は、ライフジャケットに身を包んだ、海上保安部の救護隊のいでたち。

今日から、関東はまた猛暑がぶり返し、しばらくの間、また暑い日々とのお付き合い。

そんな中、暑そうにも思えるコスプレ姿に、「ごくろうさま」と申し上げたいです。

Hamamatsucho201308_b

彼の背負う今月の旗は、強力です。

夏の海難事故は、慎重な準備と心持ちで防げるものです、と彼も申しておりました。

西日の厳しい浜松町駅の8月の小便小僧でした。

Bernstein_2

   ベルリオーズ   幻想交響曲 

 レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団

                          (1968.3.5 NY)


二度目のチャレンジ。

バーンスタインとニューヨークフィルの幻想交響曲の1968年盤。

1年ほど前に手に入れました。かつて持っていたレコードと同じように思います。

Berlioz_symphanta_bernstein

このCDには、レコード時代に17センチレコードとして付録についていた「ベルリオーズのサイケデリックな旅行」というバーンスタイン自身による解説が、余白に収録されてます。

本編も、68年ものとされつつ、実は旧録の62年ものだった以前の記事の音源と比較しましたが、明らかに異なる演奏だった。

無理に響きがよくマスタリングされた、前回のロイヤルコレクションのなかの1枚と比べて、まずなによりも音の生々しさが目立ちます。
洗練さはひとつもなく、むしろ62年物のほうが響きが付加された分、瑞々しく感じます。
音楽の持つリアリティさにかけては、こちらの方がむしろ、破天荒なベルリオーズっぽい。
録音がデッドなぶん、なおさらに感じる急緩の鮮やかさと、オーケストラの指揮者への忠実な反応ぶり。

1楽章から、思いきり、突っ走ってます。
リズムの刻みも克明で、がんがん迫ってきます。切羽詰まってます。
ベルリオーズの夢中な心境はこうでなくっちゃ。
 2楽章のワルツの弾みまくるイキの良さも特筆もの。
62年物もいいが、このとき、バーンスタインは、ヨーロッパへの定期航路も拓けて、意気揚々としていた時分。
 ゆったりと進行しつつ、後年のような濃厚さに結びつかない3楽章。
盛り上がりのか所では、激情ぶりを示し、野の情景がこんなにドラマティックだったことに驚き。
 そして、デッドな雰囲気がもっとも有効に作用した断頭台への行進。
無慈悲な打楽器に、エグい金管とベース、仕上げにチョンとばかりに音を切り上げる大胆さ。
 ヴァルプルギスの魔女たちと、破滅に追いやられたその当の熱き思いの彼女が踊るさまを、やたらとリアルな金管のデフォぶり。
テンポは快適なまでに早くて、聴いててどんどん次が欲しくなる、次はどうなるんだ的な、先へ先へとページを進めたくなる「あまちゃん」症候群に陥る。
そして、万事、思いの通りに、絵に描いたようにドラマティックに進攻を受け、最後には、快哉を叫ぶこととなるんです。

バーンスタインの一番面白かったのは、60年代後半から、70年代一杯だと思います。
もちろん、それ以降の深みは独特のものがありますが、音楽の生きづき方の新鮮なことにかけてはその前の時代のものが一番。

1970年に、バーンスタインはニューヨークフィルと万博記念公演で来日して、この幻想と、ベートーヴェンの7番、マーラーの9番を演奏しております。
そのいずれもが、歴史に残る名演だったといいますが、小学生だったわたくしは、レコ芸のバーンスタイン特集でもって、指をくわえて読んで想像するしかなかった時分でした。

Bernstein

まだまだ元気だったレコード業界。

CBSソニーレーベルは、バーンスタインの新譜・旧譜を毎月のように発売して、ファンを刺激していた時代でした。
一方の、日本ポリドールは、カラヤンを同じようにして売り出していて、クラシックファンは、両巨頭から目を離すことができない日々でしたのです。

いまはもう昔のことにございます。

 過去記事

「バーンスタイン&ニューヨークフィル 62年盤」

「バーンスタイン&フランス国立管   76年盤」

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2013年8月 6日 (火)

ブリテン シンフォニア・ダ・レクイエム ブリテン指揮

Daitoumisaki

先週、千葉の太平洋側、すなわち外房方面へ仕事でいったおり、訪問した、いすみ市(旧岬町)にある、太東岬灯台。

神奈川育ち、千葉県民のわたくし、同じ海あり県ですので、千葉はかねてより全県廻っておりましたが、こちらに訪問するのは初めて。

いすみ市は、おおざっぱに言うと、千葉県の太平洋側にあって、一宮・九十九里と勝浦・御宿の間ぐらい。
北側は、のんべんだらりとした美しい砂浜の続く九十九里海岸にあって、この地は、一番海側、すなわち、太平洋側に突出した岬にございます。

よって、灯台が古くからあって、安全の目印になっていましたが、戦時には、いち早く米軍の来襲を察知できるとあって、機関銃の銃砲台や、この画像の海軍電波深信儀、すなわちマイクロ・レーダーが据えられていたのです。

まさか、ひと気のないこの地に、戦争の跡を見出すとは思いもよらぬことでした。

当時のままのコンクリート基礎に、その向かう先は太平洋の向こう。

いまの平和な日本には思いもよらない戦争のあった日々。
それは歴史の上では数十年のいっときですが、その時代に生きた人々を戦いに、死に、そして別れと悲しみに追いやることとなりました。
けっして風化してはならない、わたしたち日本人の歴史のひとコマでもあるんです。

だから美化してはならない、でもそこに殉じた方々を決しておとしめてはならず、感謝と報恩の念を持ち続けなくてはなりませぬ。

今日聴く音楽は、人間の命と尊厳を戦いでもって失ってはならない、そんな平和希求の思いをもった真っすぐな作品です。

近隣の国々が、わたしたちの住むこの国を右だ、反省しないだ、なんのかんのかまびすしいですが、ご心配いただくまでもなく、わたしたちこそ、もっとも平和と安全を希求しつつ、精神的にも折り目正しきを重んじ、恥を知り、美を思う国民なのです。
あまたの自然災害をはじめ、あらゆる艱難に耐え、対策をし、反省もし、心を強く持ってきたわれわれ日本人をばかにするのもいい加減にして欲しいものです。

ブリテンが、1976年に63歳で早死にしなかったら、あと20年も活動してくれていたら、きっと平和を愛する日本に、今日の作品の続編をきっと書いてくれていたと思います!

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   ブリテン   シンフォニア・ダ・レクイエム

     ベンジャミン・ブリテン指揮 SWR南西ドイツ放送交響楽団

 

                       (1956.12 @バーデン・バーデン)

かつてより、現代ものを得意とするこのオーケストラの設立間もない頃の、現代作曲家を招いての放送録音や演奏会の一環であったブリテンの客演。

ちゃんと、お友達ピアーズも伴っての客演では、このレクイエムと、エリザベス2世の戴冠にまつわるふたつの委嘱作、すなわち、オペラ「グロリアーナ」と、「エリザベス朝の主題による変奏曲」という2作と、蹴られたけれど、日本政府からの委嘱作、といった委嘱ものでかためた筋の通ったプログラミングだったのです。

1940年、「日本国皇統2600年」奉祝のための作品依頼を受けたブリテンが作曲したのが、この作品だった。
日本政府は、おそれ多くも、こともあろうに皇国の祝賀に「鎮魂交響曲」とは何事ぞ!と、演奏を拒否してしまった。
1940年は、ブリテンがお友達のピアーズとともに、アメリカに長期滞在中、すなわち良心的兵役拒否という行動の一環としての活動のさなか。

日本国にこの曲を贈った真意は、人間のひとつの生きざまを音楽として捉えたものだと思います。
うごめきだす生、闘いの昼ともいうべき活力の裏には悲惨さも。
そして最後の楽章では、人生の終着点としての安らぎが。
3つの楽章をこんな風に解釈すれば、なにも拒絶することはない、人生譚だと思うのです。

当時の日本国は、ブリテンに対し、拒絶とともに、演奏できなかったことへのお詫びとして契約料以上の多額の報酬を支払ったとされます。

最後の、祈りに満ちた美しくも優しい音楽には、いつ聴いても心が動かされます。
「戦争レクイエム」とともに、そして先日取り上げた姉妹作「英雄のバラード」とで、3部作を形成していると思います。

モノラルの録音ですが、放送音源だけに、細部まで鮮明。
ブリテンの優しさが、その指揮にも表れていて、先鋭な南西ドイツのオケから、とても柔らかく感動的な終結部を導きだしてます。
いま、オペラ「グロリアーナ」を何度も聴いて、その記事を準備中ですが、こちらの組曲版は古典風でありモダニズムでもあり、懐古調でもある面白い作品です。
その組曲版も、大いに作品理解の参考になる音楽でした。

今日、広島の原爆記念日8.6に、ブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」を捧げます。

そして、佐村河内さんの交響曲のミューザでの演奏会まであと12日です。

過去記事

「シンフォニア・ダ・レクイエム  マリナー指揮」

「シンフォニア・ダ・レクイエム  ラトル指揮」

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2013年8月 4日 (日)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」④ バイロイト2013

Bayreuth_fest

緑の丘に響き渡る、ワーグナーのライトモティーフ・ファンファーレ。

劇場のバルコニーから、各幕の開幕を告げる金管ファンファーレは、放送の頭にも使われてまして、少年時代からおなじみ。
かつてのシンプルなものから、変化しつつあるような気もします。

いずれにせよ、演奏だけを聴いてるかぎりは、毎度書きますように、画像をみて、あれこれ想像をめぐらすのみ。

 ワーグナー  「神々の黄昏」

  ジークフリート:ランス・ライアン     ブリュンヒルデ:キャスリーン・フォスター
  グンター:アレキウサンダー・マルコ・ブルマイスター
  ハーゲン:アッティラ・ユン        アルベリヒ:マルティン・ウィンクラー
  グートルーネ:アリソン・オークス    ワルトラウテ:クラウディア・マーンケ
  第1のノルン:オッカ・フォン・デァ・ダムラウ 
  第2のノルン:クラウディア・マーンケ  第3のノルン:クリスティアーネ・コール 
  ウォークリンデ:ミレッラ・ハーゲン    ウェルグンデ:ユリア・ルーティグリアノ 
  フロースヒルデ:オッカ・フォン・デァ・ダムラウ


    キリル・ペトレンコ指揮 バイロイト祝祭管弦楽団
                    バイロイト祝祭合唱団

        合唱指揮:エバーハルト・フリードリヒ


        演出:フランク・カストルフ

        舞台装置:アレクサンダー・デニュク  

        衣装:アドリアーナ・ブラーガ・ベレツキ

        照明ライナー・カスパール

             (2013.7.29 @バイロイト)

G1

運命の女神、ノルン3姉妹は、どこか場末の劇場の歌手たちみたい。

しかもなに、そのお顔の血は?

運命の手綱を紡ぐなんてお話は、もう遠い遠い昔のことなのね・・・・・。

G2

甘ちゃんの坊やを諭す母は、坊やにもっと世界を見ておいで、と語るのでした。

G3

一方、違う世界のギービヒ家は、ニューヨークのスラムっぽいビルの狭間にあるバーガーショップだ。

パンクないでたちは、こんな連中からワーグナーの音楽が歌われることを強く拒絶したくなるもの・・・・。

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ここへ到着したジークフリートと店主グンターは、血の誓いでもって、いやケチャッップの誓いか・・・兄弟に契りを結ぶ。

しかし、うしろにある旗が気になる。トルコと何?

まめぶ、いや、ケパブもある。

テレビデオもあるのは、1980年代か?

G5_2

ブリュンヒルデの岩屋は、トレーラーハウス。

衣装も取り揃えました。どこぞの国からやってきた妹との会話。

G6

第2幕~ブリュンヒルデをどのように籠絡した不明なれど、これは一足早く帰ってきて、グートルーネといちゃつく、無邪気なジークフリート君。

アメリカーンな光景じゃありませぬか。

G7

野郎ども、これから目出てぇ催しものがあるぜーーーッ。

とハーゲンの呼びかけに集まったのは、パンク集団じゃなくって、予想に反した陰気で暗いオジサンたち・・・・・。

さきのグンターのお店は、「ドンナー・ハウス」だってさ。

しかし、どんな演出でも、バイロイトの合唱団は超強力ですな!

G9_3

ブリュンヒルデの告発に、やたらと興奮している風のグートルーネを義兄弟ふたりが必死にとどめる図は、滑稽の極み。

そういえば、槍はどこだ?

そんなもん、あるわけねぇ!

黄昏を観たり、聴いたりするとき、だまし、だまされの、この2幕の緊張感が、たまらないのであるが、画像を見る限り笑止ものだな。

ブリュンヒルデが、ばかにされたグンターに、ジークフリートへの復讐をそそのかす場面では、「Siegfried Tod」の言葉は、いとも軽々しく歌われる。

G10

第3幕冒頭では、これまたこんなふうになっちゃったラインの乙女たち。

わたしのイチオシ、ミレッラ・ハーゲンちゃんは左から2番目。

ラインの川面で戯れ、ジークフリートをからかう風には見えませんな。

そして、ジークフリート君は常に神経質そう。
もう、世の中、嫌になっちゃった風情ですよ。

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瀕死のジークフリートは、この期に及んで、まだまだ弱々しい。

憐れももよおすこの死にっぷり。

ここでも、案の定、銃声らしきものが・・・・。

G12

こちらは、指環だかなんだかしらんが、取りあいの末、義理の兄を叩き殺したハーゲン。

ぼこぼこにしてる音も聴こえますがな・・・・・。

まるで無法の悪ガキ・ギャングだがな。

おびえるグートルーネも少女風。

G13

そこに厳かに登場せしはブリュンヒルデだ。

パンカーたちの中にあって違和感たっぷりだが、これが本来か?

それにしてもオバサンだな。

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大団円は、実在するリアル、ニューヨーク証券取引所。

なんじゃこりゃ?

ここで、あの崇高なる自己犠牲の音楽が流れるのでありました。

もうこの読み替えを、ひもとき、想像することも嫌やだな。

1987年のブラックマンデーかいな?

アメリカの資本主義、夢は、一夜で崩壊するってこと?

まぁ、どうでもいい。

ワーグナーの音楽を、これら4回の舞台から想像し聴きとることは不可能。
唯一、ワルキューレがまともだった。

毎度思うことだが、こうした演出を否定するつもりはなく、そこにワーグナーの音楽があれば、すなわち、その音楽を殺さずに、理解したうえでの演出ならば由としたい。
だけど、これは好きじゃない。
面白そうだけど、面白いだけに終っていそう。
ワーグナー音楽の懐の深さを、かえって捻じ曲げることになったのでは。

つくづく、シェローや、G・フリードリヒ、クプファー、そしてトーキョー・リングのK・ウォーナーが懐かしい。

軽量級の歌手たちは、それなりによく歌ってます。
歌より演技に力が傾きがちなところもあるかも。
ライアンの声は相変わらず好きじゃない。
グンターのブルマイスターは、このなかでは一番のベテラン。
軽め・明るめだけど、この人は好き。

バイロイトで活躍が目立つ韓国系。ユンもそのひとりで、耳当たりのよさと言葉の確かさは、彼らの民族の強みか。いい声してる。
そしてブリュンヒルデのフォスターは、ワイマールのリングのDVDに出ているようで、ドイツでの実績をバイロイトで開かせたわけだが、黄昏の長丁場はお疲れぎみ。
しかし、同時進行プロムスのシュティンメと比べると、とくに彼女が急速に素晴らしくなっただけあって、声の魅力、アーティキュレーションともどもに大きな開きがあり、細やかな歌いぶりだけど、微妙にフラットしてます。
いまや最高のブリュンヒルデ&イゾルデになったシュティンメと比較しちゃ気の毒ですが、フォスターさんも、これからバイロイトでその声を磨いてゆくことになるのでしょう。
頑張って欲しいものです。

ペトレンコの指揮は、黄昏でも、万全の運転ぶりで、音は磨き抜かれていてオーケストラはきれいに、鳴りっぷりもよく、祝祭劇場の響きもまんべんなく楽しめます。
外観上は、レヴァインのように、ヘルシーで音が隅々までよく整理されていて、音楽の面白さを味わえるし、無理のない運びは、きっと歌手にとっても歌いやすいのでしょう。
しかし、音楽への踏み込みはもっともっと深くあって欲しいところ。
バレンボイムの勇み足を、先日書きましたが、でもやはりこうして全部聴いてみると、ペトレンコの力負けは明らかでした・・・・。
 この演出とともに、5年間は、お付き合いすることとなるペトレンコの指揮。
こちらも、これからますます良くなっていくことに期待です。

神々の黄昏の激しいブーイングが早くもyoutubeに。
いずれ削除されるでしょうが、お借りしておきます。

音源でも、あの感動的な救済の動機が終りざま、即座のブーまたブー!

ブーもひとつの勲章でしょうが、このプロダクション、今後どのように受け入れられ、あるいは手直し・変化をしてゆくことでしょうか。

Ec_wagner


どうしようかしらねぇ~

エヴァとカトリーネさん。

2015年には、ワーグナー姉妹ふたりの契約上の任期も切れます。

おそらくその血筋を守るという前提のもとに再契約になるのでしょうが。

「やっぱりあの人に賭けるしかないわねぇ。」って、え?

Meese

ファッファッハ~

この怪しい男は、ヨナタン・ミーゼ(Jonathan Meese)さん。

2016年の「パルシファル」の新演出はこのお方に。

1970年、なんと東京生まれのドイツ人、画家・パフォーマーさん。

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やばいよ、この感じ。

夢のバイロイト詣で。その気持にも陰りがさしてきたぞ・・・・・。

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2013年8月 3日 (土)

ワーグナー 「ニーベルングの指環」③ バイロイト2013

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ドイツの某会社から拝借の画像。

なかなかにシュールなバイロイト写真。

そして、画像のうえでは、思ったほどのことはない雰囲気になりつつある今年の新演出リング。

週末は、残る「ジークフリート」と「神々の黄昏」を。

  ワーグナー  「ジークフリート」

  ジークフリート:ランス・ライアン     ミーメ:ブルクハルト・ウルリヒ
  さすらい人:ウォウフガンク・コッホ   アルベリヒ:マルティン・ウィンクラー
  ファフナー:ゾリン・コルバン       エルダ:ナディーヌ・ヴァイスマン
  ブリュンヒルデ:キャスリーン・フォスター 鳥の声:ミレッラ・ハーゲン

    キリル・ペトレンコ指揮 バイロイト祝祭管弦楽団


        演出:フランク・カストルフ

        舞台装置:アレクサンダー・デニュク  

        衣装:アドリアーナ・ブラーガ・ベレツキ

        照明ライナー・カスパール

             (2013.7.29 @バイロイト)


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ジークリンデから、息子ジークフリートを託されたミーメは、「マルクス・レーニン・スターリン・毛沢東」らが、まるでアメリカの歴代大統領のように連なるのと、まるで同じ光景に収まる中で、野生児ジークフリートを育てあげる。

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まるで地下組織のようなミーメの住まいは、あきらかに世から姿をくらますためのアジトだ。

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この悩めるジークフリート同志のダークないでたちは、まるでソ連の殺し屋だ。

ジークフリートの鍛冶の金床は、妙にちまちました音で、小さなハンマーで、その部材も細かなもののようだ。

そう、ヤツは、もしかしたらソ連の誇る銃、カラシニコフを作っているんじゃないだろうか?

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バイロイト音楽祭のHPには、その演出のモティーフが毎年象徴的に表示されているが、ジークフリートは、コレですよ(涙)。

1幕が終ると、激しいブーにみまわれてますぜ。

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森の小鳥は、こんなにゴージャスで、アメリカからの使いみたい・・・・。

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ファフナーは、殺し屋ジークフリートに銃で撃たれて断末魔。

激しい銃声が聴こえます。

こんなの、ありか? 冒涜だ!

さすらい人まで、なかよく、死の教訓を聞いてます。(ふたりいる片方はたぶんウォータン?)

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なんだか共産圏風の雰囲気します。

右端には、殺られちゃったミーメ。

ソ連にはガラクタしかない。

それをゴミ袋にいれて採集してきたお疲れのジークフリートに、小鳥は自由の国をささやくのでしょうか???

2幕のあとも、ブー多し。

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なんだか色もの風のエルダ。

柱の世界地図が、ソ連が中心にあり、かの地であることを推量させる。

エルダは元締めか、現役○○か?

S9

ブリュンヒルデの眠る山も、かつてのアメリカ西部風なところから、このような陰気な賢人たちの足元に。

いやぁーな、雰囲気です。

S10

とりあえず、ジークフリートは目覚めたブリュンヒルデを、ソ連邦随一のおしゃれなカフェへと案内します。

思想の違うふたりの距離は離れたままなのでしょうか。

ワーグナーの作品のなかで、もっとも幸福感にあふれた二重唱の舞台はこんなです。

3幕終了時には、盛大なブーイングの嵐。

出演者にはブラボー。

いえねぇ、わたしのね、画像だけでの推測がどこまで的を得ているかわかりませんよ。

前作「ワルキューレ」からのつなぎを、最大限結び付けて、自由=財力と思いこんだ指環を奪われてしまったアルベリヒとミーメは、完全なる共産主義者に。
かつての財を奪うために、ひとりの殺人者を育てあげる。
さすらい人は、アメリカンな考えながら、一時はマルクスにも心奪われた。
いまは、なにが正解なのか、さすらいながら傍観してゆく立場と見た。
なにもわからないジークフリートは、次回は世界へと旅立つ。

なんだか、ばからしくなってきた。

こんなこと、なにもワーグナーでやらないでもらいたい。

病的で青白いジークフリートなんて、まっぴらだ。

なんども書きますが、限られた画像から推測するのみで、実際は全然違うかもしれません。

ジークフリート役のライアンは、いまやひっぱりだこの歌手で、今夏は、この3日前のロンドンのプロムスでバレンボイムの指揮のもと、同役を歌っております。
前回のプロダクションでも、歌っていたライアンですが、声の硬さと独特の癖のある歌い回しがどうも好きくない。一本調子にすぎる。
ミーメは、少しやりすぎな感じがとてもいいし、妙に軽めなアルベリヒも面白い。
さすらい人のコッホ、ウォータンのワルキューレの神妙さより、こうした饒舌でアクティブな方がいいかも。
ブリュンヒルデは、ここまで聴いてきたけれど、ワルキューレは良かったが、目覚めのブリュンヒルデは硬質な声が不安感を呼びさます。
神々の黄昏は大丈夫か?


ペトレンコの指揮は、ここでも堂々と、ツボを押さえつつ巧みに進行しております。
単調になりがちなジークフリートをしっかり全体を把握して、見通しよく流れもよく作り上げていると思います。
いま、ここでその印象を書いてるわたくしは、神々の黄昏も聴き、リング全体を確認したうえでおります。
ワーグナーの音楽が軽量化してしまった現在、ペトレンコも例外でなく、これでいいのだろうかという思いもあります。

「神々の黄昏」は、また次回。

やっぱり変だぞ、カストルフ。

Ecwagnercas

え~っ、そんなのいまさら・・・・

バイロイトはさぁ、もっと先を行っちゃってるんだけど・・・・・

姉妹も困った。
 

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2013年8月 2日 (金)

武満徹 「鳥は星形の庭に降りる」 尾高忠明指揮

Jyokenji

茅ヶ崎にある浄見寺というところの前庭。

波のように美しく手入れされた石庭でした。

以前の画像ですが、こちらは、大岡越前守忠相の菩提のあるところです。

春は桜がとても美しいです。

これが日本の庭と一概に呼ぶことはできませんが、京都の龍安寺の枯山水の石庭は、海外から見た、「日本の庭」というイメージのひとつの典型かもしれません。

われわれ日本人でも、老若男女、これに静謐で寡黙で禁欲的な禅的世界を感じ取ることができます。

Takemitsu_orion_odaka

  武満 徹  「鳥は星形の庭に降りる」 (1977)

    尾高 忠明 指揮 BBCウェールズ交響楽団

                (1995.11 @スワンシー)


ねこを挟んで、何気に庭園シリーズをやっておりますこと、お気づきでしたか。

優しく抒情的で気品のある英国、原色の色彩感と色気とエキゾシズムのスペイン。
そして静的で多くを語らずモノクロームながら深みのある日本。

それぞれですが、それぞれに美しく、音楽が表現できることの素晴らしさをいまさらに感じます。

武満徹(1930~96)が亡くなって、もう17年が経ちます。

日本人の演奏家の手を離れて、海外演奏家によるタケミツもいまや全然普通になりました。
コンサート・レパートリーとしても、大変に重要な位置を占めるようにもなりました。

これまでに、コンサートで武満作品はいくつも聴き、普通にその初演作にも接し、ステージに上がる武満さんを、この目で見たりもしておりました。
無念なことに、どの曲の初演に立ち会ったか、いまはよく覚えてないところがまずいところですが、ただひとつ、P・ゼルキンを筆頭としたアンサンブル・タッシと小澤征爾による「カトレーン」はよく覚えてます。

今日の「鳥は星形の庭に降りる」は、サンフランシスコ初演なのですが、その日本初演を聴いたような気もするという、はなはだに失礼な記憶しかありません・・・・。

音源では、小澤さんと尾高さんのふたつを持ってます。

今日の尾高さんは、BBCのオーケストラの知的でフレキシブルな側面を感じさせる整然とした演奏です。

この曲はともかく美しい。
作曲者が見た夢を音楽にした。
それは、星の形をした庭に、鳥の群れが下降していき、そこに降り立つというもの。
星の形=5を音楽に例えれば、5つの黒鍵があり、その音列を逆に下降させるという手法でもって曲を作ったといいます。
素人にはよくわかりませんが、そうすることで、少しの不安定感とともに東洋的な神秘感、そしてなによりも、鳥たちを客観的に見つめる人間の孤独感と平安も感じさせる気がします。
オーボエが、鳥の舞のような動きを示し、活躍しますが、最後のひと鳴きは、ついに庭に舞い降りるときの終息感が全音階的な和音でもって語られるとき、日本ならではの結びの、帰結の美が強く感じられます。

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2013年8月 1日 (木)

厳かなにゃんにゃん

Jinmyou_1

にゃーーん、年季入りまくりのにゃんこ先生。

本日は、音楽を聴く暇もなく、さきほど帰宅して久しぶりのにゃんにゃんシリーズをUPします。

このにゃんこサマ、こちらにおわします。

Shiba_myoujin_1

芝大門近くの、芝大神宮にございます。

オフィスビルの狭間にたつ、霊験あらたかな神社に、普通にいました。

この神宮で、猫で調べると、どうも有名な「くろねこ」さんがいらっしゃるようですが、こちらはまったく違うようです・・・?

Jinmyou_2

め組のあなたは美しい。

Jinmyou_3

うむ。

Jinmyou_4

こんなに近づいて、なでなでしても、大人しいにゃんこ様。

いいことありそうだった、この取材から1か月超、なにもわたくしにはおこりません。

ブログで、みなさんに見てもらって、明日からこそ、みんないいことありそうな、そんな秘力のありそうな、にゃんこ様でしたぁ~

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