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2013年9月13日 (金)

ワーグナー 「ワルキューレ」 県民ホール公演によせて

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                              (1980 バイロイト)

神奈川フィルが、センチェリー響と合同でピットにはいる、神奈川県民ホールとびわ湖ホールの共同制作による7作目。
例年、春にびわ湖から横浜にやってくるのですが、今年は春に続いて秋。
しかも、横浜からびわ湖へ。
県民ホールが今年12月から来年9月まで改修工事に入るためであります。
しかも今年は、春のヴェルディ、秋のワーグナーと、アニバーサリー作曲家をしっかりと上演。

演出は、ベルギーのジョエル・ローウェルスで、ある意味、日本ではお馴染みの方。
わたくしも、二期会での前回の「ワルキューレ」(飯守指揮)、「カプリッチョ」(沼尻指揮)と体験済みです。

今日は、これまでのありあまる「ワルキューレ」記事から抜粋し、神奈川フィルのファンページのファイスブックに投稿した記事の一部をここに転載して、まとめておきます。

それにしても「ワルキューレ」という作品は、とてもよく出来ています。
「リング」をひとつの作品としてみると、また別な観念で見ることができますが、単体作品でいけば、「トリスタン」「パルシファル」「ワルキューレ」は、ここに「マイスタージンガー」も加えて、ワーグナーの最大傑作だと思います。
とかいいながら、全部好きなのですが。

「愛のデパート? ワルキューレ」
 

4部作「ニーベルングの指環」を超短縮してみると・・・
「ラインの黄金」・・・神々の時代。小人族が世界を自分のものにできる黄金を手に入れ、そこから錬金した指環の争奪戦が神々と巨人族も交えて始まる。
「ワルキューレ」・・・神々の長ウォータンは、指環を奪い返すために、人間界に英雄を育てるが失敗。しかも愛する娘ブリュンヒルデとも別れることになる。
「ジークフリート」・・・英雄の末裔がやんちゃに育ち、指環も効能をしらずに手にいれ、ブリュンヒルデと結ばれる。
「神々の黄昏」・・・・ジークフリートは、世界行脚の旅に出るが、小人族の末裔ハーゲンに騙され、忘れ薬を飲まされ別な女性と結婚し、ブリュンヒルデをも別な男とめとらせてしまう。
最後はすべてを悟ったブリュンヒルデが世界を焼き尽くし、魔力の宿った指環をライン川に戻して世界の争いを終結させ救済。

こんな内容を、延べ15時間、4夜に渡って繰りひろげるのであります。

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                   (2009 新国立劇場)

今回、単発上演の「ワルキューレ」には指環は登場せず、直接の指環争そいはありません。
そしてここにあるのは、「愛」の物語。
その「愛」も多彩でして、時にインモラル。
兄妹が愛をはぐくみ、子をなしてしまうのだから。
そして、やがて生まれる甥っ子への愛の予感もあるヒロイン。
略奪され無理やり夫婦にされてしまった気の毒な愛のかたち。
正妻に頭が上がらず、いいなりになってしまう夫の見かけの愛。
旅先や計略で生れた子供たちとの親子愛。
その親子愛は、離れ離れの父と息子の信頼とその思いもよらぬ悲しみの別れ。
そして自分をもっとも理解している最愛の娘との今生の涙の別れ。
しかし、そこに厳然とあるのは、愛を断念せざるを得ないという、指環の持つ呪いと魅せられてしまったものへの悲しい宿命。

あぁ、愛のデパートの数々は、なんと一人よがりで、なんて甘味なまでに悲劇的なのでしょうか!

独断のあらすじ

第1幕)前作で皆に止められ、泥棒から奪った指環を手放したウォータンはいまだに未練たっぷりで、指環を竜に変身して守り抜く巨人族から再度拝借するために、戦いに秀でた英雄を量産することを考え、その頂点として自身が人間界に赴き生みだしたのがウェルズング族。
期待の星ジークムントなのでありました。
没落の神々が入植し生んだウェルズング族は、聡明なれど戦い好き。
人を助けようと思い、よかれと思って救っても、却って恨みと憎しみを買うばかり・・・。
父とはぐれ、やがて追われる身になるも、敵国で相見まえしは、なんと略奪結婚の気の毒な妹なり。
その妹とイケナイ恋に陥り、お互いへの愛しか眼中になくなって、まわりのことはおかまいなしの夢中の逃避行に・・・・・。

第2幕)可愛い子には旅をさせろ、とばかりのウォータンが自身与えた最強の武器ノートゥングを難なく手にいれた息子ジークムントに父はニンマリ。
 ところがどっこい、正妻フリッカがあらわれ、不倫の末の、しかも下界の人間どもに生ませた子供が憎たらしい。
しかも兄妹愛でもって、略奪されたすえの妹ジークリンデの結婚とはいっても正式な夫婦の誓いを破って逃げた兄妹が自分の立場をバカにしていると怒りまくるのがウォータンの正妻のフリッカ様。
 欧州の伝統と格式からしたら、本能のおもむくままの民族はケシカランのである。
亭主ウォータンをつかまえて、正論でもって堂々と対峙し、見事、亭主の矛盾を看破してしまい、ジークムントの保護を断念させたあげくに、逃げられたジークリンデの夫との戦いの勝利を約束させてしまう。
 いつの世も、げに恐ろしきは妻なり!!
苦しい心の内を理解してくれるのは、手塩にかけて強い娘に育てたブリュンヒルデ。
でも諦念を滲ませつつ、きっぱりとジークムントをあきらめるウォータンなのでありました。
 しかし、父のDNAをしっかりもった娘は、愛まっしぐらのジークムントとジークリンデに会って、これこそ父の意志とばかりに、大いに同情して戦いに勝手に助成してしまう。
 これを見た父ウォータンは、自ら与えた最愛の息子ジークムントの武器を砕き、哀れ死にいたらしめてしまう。
 そして仮にも我が命令、背いたからには許しはせぬと、ブリュンヒルデを愛するがゆえの怒りに燃える。
ブリュンヒルデは愛と同情に芽生えた段階で自身が持つ未来を予見させるのでした。

第3幕)ブリュンヒルデが怒り心頭の父ウォータンから逃げ隠れた先は、父が大いに励んで産ませた8人の戦乙女軍のもと。元気なんです、ウォータン。
兄(夫)の折れた剣を持った傷心のジークリンデに、将来自分の夫になるであろう子供が宿っていることを告げ、勇気づけ、ジークリンデは生きる希望を蘇らせる。

「リング」のなかでも、もっとも感動的なシーンであります。
怒髪天にも昇る勢いの父ウォータンが飛んできて、娘から神性を奪い、眠りにつかせ一介の男に委ねられる普通の女になることを宣言されるブリュンヒルデ。
 娘は、父にせめてもの願いとして、弱虫男のものにはなりたくない、岩山を人を寄せ付けぬような業火でもって囲んで欲しいと必死に懇願し、さしもの父も心折れ、涙の別れとなる。
Photo
                   (1987 ベルリン)

父娘の別れは、なんど観ても、なんど聴いても、感動の涙なくしてはいられません。

 「わが槍の穂先を恐れるものは、この炎を超ゆることなかれ!」

ウォータンは、こんな捨てゼリフを残して、火に囲まれ眠る愛娘を振り返りつつ、山を降りてゆくのでした。
                  幕

 

「ワルキューレ 聴きどころ見どころ」

音楽の聴きどころを独断チョイス。

1幕)ジークフリートが蜜酒を飲む場面のチェロの美しいソロ。
ジークフリートが武器を求めるところ、その前から聴かれるノートゥンク、すなわち剣のモティーフは「リング」を通じて重要なヒロイックな旋律。
ジークムントの「冬の嵐も去り」の名アリアから最後までのロマンティックな愛の二重唱。

2幕)ウォータンとフリッカの身につまされる夫婦の会話は、はぐらかすウォータンが次第に理路整然と論破されていくところで、不満が募ってゆくところ。音楽も不機嫌に。
そのあとのウォータンの沈鬱な長大なモノローグ。
ここでは、バスバリトンというウォータンの声域の深さと、苦悩と怒りをいかに抑えて表現するか、歌手の最大の聴かせどころでもあります。
 ジークムントとジークリンデの悲しみの逃避行と、ブリュンヒルデによる死の告知、そしてブリュンヒルデの父の命に背く決意の感動的な盛り上がりは涙がでるほど。
敵に破れるジークムントの死では、父ウォータンの胸に抱かれて死ぬ演出だと、これまた感動的。
 
3幕)自暴自棄のジークリンデに、お腹の子供(将来のジークフリート)の存在を告げ、生きぬくことに目覚め、感謝の念を歌う場面。
ここでは、ブリュンヒルデはジークフリートの主題にのって、赤ちゃんの存在を歌います。
そして、ジークリンデは、ブリュンヒルデに感謝して歌う旋律は、「神々の黄昏」の最後を締めくくる「救済の動機」です。
これまた涙誘う名場面のひとつと音楽です!
 父と娘の反省会。やがて父の心裂かれる告別となる場面。
ここでのウォータンの、感動に震える歌唱と昔を懐かしむ歌唱、そしてヒロイックな歌唱と、最高の聴かせどころです。同時に必死に懇願するブリュンヒルデの力強いソプラノも素晴らしい聴きどころ。
あらゆるワーグナー作品の中でも、ここは、もっとも泣けるところ。
娘を持つ父としては、これはいけない。泣かせないで欲しい。
 二期会で以前演出したローウェルズは、ここでは、父ウォータンは昔を回顧して少女時代のブリュンヒルデが飛び出してきて、父親の胸に飛び込んだんだもの、聴衆は、涙ぼろぼろチョチョぎれまくりにございました。

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                          (2008 二期会)

「Wer meines Speeres Spitze furchtet, durchschreite das Feuer nie!」
 (わが槍の穂先を恐れるものは、この炎を超ゆることなかれ!)

 そのあと、大抵の演出では、ウォータンは後ろ髪引かれつつ、真っ赤に燃える山を、振り返りながら舞台を去るわけです・・・・・。

 


登場人物たちのプロフィール」

ジークムント:リングきっての、いやワーグナー作品きっての悲劇のヒーロー。
自ら、自分のいくところ、常に悲しみがついてまわる、と言明するなどの自覚があったが、妹を花嫁にすることで、一瞬、春を迎える。
しかし、父親に見捨てられてしまう、どこまでも悲劇の主人公。

ジークリンデ:兄で花婿のジークムントと同じく、悲劇一色。
しかし、母の自覚とともに、生き抜く強い女性となった。
こんな両親のもとに生まれたジークフリートがなぜ、あんなに脳天気なのか不思議でならない。(ミーメの育て方がよかったのか??)

フンディング:粗暴な小市民だけど、いいバス歌手に歌われると存在感ある役。
タルヴェラ、モル、リッダーブッシュ、クラス、サルミネン、パペなどなど。
新国のマッキンタイアなんていう贅沢な布陣もありだ!

ウォータン:偉そうにしてるけど、カミサンにはからきし弱い。
日頃の不養生を掴まれている弱みがあり。ついでに娘にもからっきし弱いときた。
かつては神々の長として、その行状の悪さに触れるのはタブーだったが、昨今は、ごるつきのような存在だったり、小心物だったり、と複雑なあり方として演出されます。
だって、金もないのに築城して、代金は盗んだ黄金で支払い、払った(盗んだ)指環欲しさにいろいろ画策するんですから・・・、しかも世界各地で浮気を。。
しかし、ウォータンは何からも自由な存在、そこが強い神様なのです。

フリッカ:「ラインの黄金」での従順そうな妻が、怖い女に一気に成長。
悪い亭主のおかげで、「女はみんなこうしたもの」でアリマス。

ブリュンヒルデ:元気印で登場しつつも、愛に生きようとするジークムントを知ることで、自立的な考えに至り、父親の命に背くことも辞さないように。
この急激な成長ぶりは驚きで、そのあと、神性を解かれ、ずっと眠り続けて起きた暁にはさらに一人の人間の女となっていた変化ぶり。
さらに争う世界の終焉の幕を引くため、自己犠牲をなす天女さま。

ワルキューレたち:その多大勢的な軍団だけど、「神々の黄昏」でソロをはり、神々を代弁するワルトラウテのみ有名になる。
この8人の名前を諳んじている人がいたら、尊敬します。
あと、叫び声と歌を聴いて、これは誰と当てたら、もうそれは神であります。

 「最後に、演出について」

ローウェルス氏の演出はご本人が語っておりますように、「詳細な描写で忠実に
物語を語る」とあります。そして「予備知識なくても、舞台を咀嚼して追体験ができるように」、とも。
 ですから、最近の舞台設定条件をまったく変えた読み替え演出になる不安もなしに、ワーグナーのト書きに忠実な舞台が期待されます。
あまりあれこれ想像したり悩むことなく、舞台の出来事を素直に、素晴らしい音楽とともに楽しめばいいのです。
 2008年に二期会で、ローウェルスは同じワルキューレを演出しておりますが、そのときもかなりきめ細やかな舞台でした。
4部作全体のひとつとして捉えて観るのと、単独でも上演機会が多い「ワルキューレ」を完結感あるひとつの物語として観ること。
後者に注力するゆえの具象性にこだわる舞台が予想されます。
 ただ、前回も同じようなコンセプトだったのですが、本来そこに出てこないものまでもが、くどいくらいに登場するので、そこまでやるか?的な思いを抱く方もおられました。
さぁ、今回はどんな舞台になるでしょう!

そして神奈川フィルとセンチェリー響による沼尻さん指揮するオーケストラピットの中と、ベテラン揃いのワーグナー歌手のみなさんに、大いに期待しましょう。

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                    (2013 バイロイト)
資本主義と社会主義、石油までもまきこんだ、ファンタジー不足の嫌になるヘッポコ演出がバイロイトで行われている。

よっぽど、ワーグナーの精神を汲んだ、ちゃんとした演出になりそう。

2008年の二期会「ワルキューレ」記事

「ワーグナー 「ワルキューレ」 二期会公演①」

「ワーグナー 「ワルキューレ」 二期会公演②」

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