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2013年11月27日 (水)

バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲 シェリング&マリナー

Nakai_mikan

いまがさかり、神奈川西部のみかん。

温暖で、かつ、画像の奥に見える大山を中心とする丹沢山系の恵みもあり、水もきれいで、寒暖の差がそこそこある。

男子なもので、そんなに多く食べないけれど、地場のみかんや柑橘系は、体に合うような気がします。

誰も監視してないのに、こんなに実ったみかん畑が続く道で、ふとどきなことをする人はいません。
カラスや野鳥さえも、満たされてますし。

Bach_szeryng

  バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲

     Vn:ヘンリク・シェリング、モーリス・アッソン

 サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・セント・マーテン・イン・ザ・フィールズ

                      (1976.6 @ウェンブリー、ロンドン)


バッハの2曲のヴァイオリン協奏曲と同じく、1717~23年にかけてのケーテン時代に書かれた名作。
この時代、バッハは仕えた領主レオポルド公が大の音楽好きで、公付きのオーケストラもあったことから、その宮廷のためにカンタータや声楽作品というよりは世俗的な管弦楽や協奏曲作品を多く作曲しました。

そんななかの、一連のヴァイオリン協奏曲は、いまではヴァイオリニストのみなさんの重要なレパートリーとして定着しておりますし、教則的な意味でもはずせない存在なのですね。

ヴィヴァルディの様式にも通じる、コンチェルト・グロッソ的な華やかさを持ちつつ、しかし、バッハ本来の求道的、求心的な、音楽の美しい綾取りを持つ、この2重ヴァイオリン協奏曲。

2本のヴァイオリンだけど、まるで1本のように聴こえちゃう。

それだけ、お互いに絡み合い、お互いにオーケストラとも溶け合い、融合してしまう、思えば稀有の美しさ。
ことに第2楽章は極めて美しく、献身的なデリケートな美感を感じる。

かつて、1987年に上演された映画「愛は静けさの中に」を封切で観たことがあります。

アメリカの片田舎の聾唖学校に赴任した若い教師ジェームズと、そこで働く卒業生のサラの美しく、哀しい愛の物語。

 音楽好きなジェイムズが愛したのは、バッハのこの曲で、その第2楽章が映画のなかに流れていました。
ときに、この曲のレコードに針をそっと落とすジェイムズ。
でも彼は、大好きなこの曲が楽しめないと言う。
彼女には聞こえないから・・・。

ふたりの抱擁も、この曲が背景じゃなかったかな。
ショッキングな、サラの過去が判明。
同情ではなくて、真実の愛を悟り、語るジェイムズ。
そして、ついに発したサラの、振り絞るような叫ぶような声は、当然に美しいものでなかったけれど、真実の、心からの声でした・・・・・そして、涙にむせった若き日に一夜でした。

もう26年も前の映画ですが、心に残るものでした。
誰と観たかは、ご想像にお任せします。

バッハのこの曲を聴くと思いだします。

シェリングと、その弟子アッソンのこの録音は、ピュアなマリナー&アカデミーの楚々とした好伴奏に恵まれ、当面、この曲のナンバーワンでしょう。

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コメント

yokochan様、初めまして。
書き込みは初めましてですが、ここ一年ほどブログを拝見させて頂いておりました。
ディーリアスやフィンジのことを調べていて辿り着きまして、正直に言うと私の音楽の趣味嗜好とは重なり合わない部分もあるのですが(純音楽志向というか、歌もの、オペラ、標題音楽がいささか苦手です)、にもかかわらず含蓄のある文章に毎晩更新を心待ちに致しております(笑)。

この「愛は静けさの中に」という映画のことは知らなかったのですが、実はうちの相方(家内)も耳が不自由だったりします。全く聞こえないという訳でもないのですが、かなり条件が整わないと日常会話すら成立しません。

音楽好き(とこんなところで名乗るのもおこがましい限りですが)が耳の不自由な女性と結婚するとどうなるのか。

…相方は音を消してテレビドラマを見、私は目をつむってステレオを鳴らして音楽に没入したりしています(貧しい住環境のせいでそういうことになります)。

と、ロマンチックさのかけらもないのですが、確かに音楽を聴いて得られる感動のほんの幾分かのみでも相方に伝わればどんなに素晴らしいことだろう、とは時々思います。だからといって音楽を楽しめなくなるほどナイーブではないのですよね。残念ながら(笑)。
他に色々共有している趣味がありますし(笑)。

投稿: あかがね | 2013年11月28日 (木) 21時46分

あかがねさん、こんにちは、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。
いつも、同じような曲を聴き、もしかしたら同じようなことを書いてるかもしれません。
申し訳ありません。
ましてや、嗜好があっちこっちで。

奥さまの耳がご不自由でらっしゃる由。
佐村河内さんではありませんが、まして彼は音楽人として、自分の曲が聴こえないわけですが、あの方たちの真剣さに比して、充分に聞こえる自分たちの、大量消費的な音楽への接し方には辟易としつつあります。
自分にもあてはまると痛感してます。

かえって不自由さにとらわれてるような気がします。

ですから、音楽は慈しみ、大切に聴くようになりました。

すてきなコメント、どうもありがとうございました。
こちらも、じっくり、でも自分がなによりも楽しくまいりたいと存じます、よろしくお願いします。

投稿: yokochan | 2013年11月28日 (木) 23時20分

  今晩は。私が愛聴しているのは、リヒター盤です。昔好きだった人のことや今好きな人のことを考えながら聴くと楽しいけど切ない曲でもありますね。特に今のような晩秋から初冬への移り目の季節などに聴くと。「愛は静けさの中に」という映画、DVDで観てみたいと思います。マリナーとリヒターでは個性は全く違いますけれど、この2人のバッハ、どちらも素晴らしいと思います。この記事を拝読してリヒター指揮の件の協奏曲を聴き、さらにリヒター指揮の管弦楽組曲第3番とブランデンブルク協奏曲第3番を聴きました。ピリオド派のバッハやモーツァルトばかり普段聴いている私ですが、時々原点に立ち返る気持ちでリヒターやマリナーのバッハやモーツァルトを聴くのも本当にいいものです。
  退院後、病院のOT(作業療法)センターというところに通っています。集中力を高めることや余計なことを考えないようにすること、生きがいを見つけることなどがOTの目的です。他人の迷惑にならないことなら何をやってもいいのがOTです。プラモデルを作っている人もいるし書道をやっている人もいるし手芸をしている人もおられます。私は性懲りもなく独逸語の勉強を始めました。10年前に買って積読状態になっていたドイツの児童文学作家ブレンターノの原書を日本語に訳す作業をしています。翻訳が完成したら製本していつもお世話になっている主治医と例の心理の先生に進呈したいと思っています。心理の先生は、「越後のオックスさんは、頑張りすぎると根詰めて倒れてしまう傾向があるから、倒れない程度に頑張ってくださいね。気長に待ってますから」と言ってくれました。とても励みになるお言葉でした。

投稿: 越後のオックス | 2013年11月30日 (土) 19時21分

越後のオックスさん、こんにちは。
バッハにおきましても、古楽が隆盛の昨今。
こうして、従来のたっぷりとした音色と響きでもって聴くと、これはまた新鮮なものでした。
ことに、この曲はロマンティックな様相を持ってますから。

OTセンター通いですか。
目標が縛られない、自発的な活動なのですね。
とてもいいですね。
そんな時に、独語訳みたいなものを、思い起こし、しっかり取り組まれた越後のオックスさんは、立派なものです。
やりたいことが見つからない、というのが、むしろいまのわたしなんかもそうなのですが、あらゆる情報があふれまくる現代の悩みですからね。
是非頑張って、でもゆったりと頑張って完成させてください! 音楽も、同時に聴きましょう!

投稿: yokochan | 2013年12月 2日 (月) 22時02分

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