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2014年1月

2014年1月31日 (金)

マーラー 交響曲第2番「復活」 アバド指揮

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クラウディオ・アバドとアメリカのメジャーオーケストラとのつながりも、長く深いものがあります。

1958年にクーセヴィッキー賞を取り、そのあとミトロプーロス音楽コンクールで1位入賞したのが1963年、33歳のとき。

バーンスタインに認められ、ニューヨークフィルを指揮。

以来、ヨーロッパとアメリカの一流オーケストラに招かれるようになったのです。

アバドが指揮した、アメリカとカナダのオケは、ニューヨーク、クリーヴランド、フィラデルフィア、ボストン、シカゴ、モントリオール、メトロポリタンです。
西海岸は、朋友メータがいましたが、客演したかどうかは不明です。

アメリカの機能的なオーケストラは、トスカニーニ以来、イタリアの指揮者を好む傾向がありますが、アバドも各楽団から、ひっぱりだこなのでした。

メータのあとの、ニュー・ヨークフィルが、アバドに次期音楽監督の就任を打診したとき、アバドはかなりその気になっていたといいますが、ウィーン国立歌劇場のポストも加わって、それは叶わぬこととなりまして、いま思えば、アバド&ニューヨークフィルというのも、実に新鮮な組み合わせだったですね。

それと、素晴らしい録音で、その相性の良さを残したボストン交響楽団との組み合わせも、本当はもっと多く実現して欲しかったところです。

ということで、いろいろと想像は膨らみますが、アバドがアメリカで持った唯一のポストが、シカゴ交響楽団の首席客演指揮者。
1982~85年という短い期間でしたが、ショルティの招きもあって、それ以前から客演を重ね、相思相愛の関係でもありました。

その成果は、多くの録音に残されてますので、多くを語る必要はありませんね。

ショルティのあとのシカゴは、本来ならアバドが引き継ぐべきでしたし、楽員・楽団からも絶大なる人気を誇っておりましたが、すでにベルリンフィルの座に着いていたので、選択肢としては厳しいものがあったのです。

音楽界に、こうしたことは常につきものですが、もしとか、そうなれば、の「たられば」が許されるなら、アバド&ニューヨーク、アバド&シカゴは、絶対に実現して欲しかったコンビであります。

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  マーラー 交響曲第2番 ハ短調 「復活」

   S:キャロル・ネブレット  Ms:マリリン・ホーン
    
      クライディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
                      シカゴ交響合唱団
               合唱指揮:マーガレット・ヒルス

               (1976.2 @シカゴ、メデイナ・テンプル)


わたくしにとって、アバド&シカゴ、ウィーンフィルのマーラーは、そのほとんどが刷り込み演奏であります。

この「復活」は、初めて買った2番のレコードで、熱烈なアバド好きだった私が、待ち望んだアバドの初マーラーでもありました。
1977年、大学の生協ですぐさま買いました。
LP2枚組、ずしりとした重量で、以来、シリーズ化する羽をあしらったジャケット、4600円でありました。

ともかく、むさぼるように聴きました。
マーラーの2番が、親しく、近くにやってきた、そんな思いに満たされた、このアバド盤との出会いでした。

硬派なショルティ&シカゴは、当時はあまり聴いてませんでしたが、アバドが指揮をしたシカゴは、無限大とも思える強弱のダイナミックレンジを有し、耳を澄まさなくては聴きとれない繊細なピアニシモから、強大な濁りのまったくないクリアーなフォルティシモまで、まさに、各段階がいくつものレヴェルに細かく分類できそうな、広大な音量と表現の幅を持つものでした。

作為性はゼロに等しく、マーラーの若さと、アバド&シカゴの新鮮な表現が、ピタリと符合し、率直なほどに歌うマーラーが出来上がっているのです。

アバド亡きあと、12日が過ぎた今日、この演奏を聴いても、思うところは一緒。

若々しく、素直な指揮者と、指揮者の思いを、鏡のように移し出し、完璧きわまりない演奏表現を披歴するオーケストラ。

アバドとシカゴは、そんなある意味、緊張感の高い、エッジの効いた先鋭的な関係だったと思います。
ショルティの剛に対して、アバドの柔というイメージはありますが、アバドの鋼鉄を思わせる鋭さも、シカゴでは実に良く出ていて、打ち立ての鋼のような、クールで熱い音楽となって聴き手の思いを熱くするのでありました。

2番は、シカゴのあとは、思い出満載のウィーンと再録し、最後はルツェルン。
ベルリンとは正規に残しませんでしたが、日本への来日公演で演奏してます。
 それぞれに、素晴らしいのですが、このシカゴ盤は、いろいろな思い出も満載なゆえ、そしてアバド&シカゴのカッコよかった関係性ゆえに、一番の演奏と決定付けます。

2楽章の、若やいだ優しい抒情は、ほかの誰の演奏にも聴かれないアバドらしい、しなかやかさがありました。

そして、今宵は、クロプシュトックの復活の合唱が、あまりにも静かに、耳をそばだたさないと聴こえないくらいに、アバドが抑えて聴かせる場面に、思わず涙が浮かび、最後のクライマックスへと向かう高揚感に、アバドの指揮姿を重ね、さらなる涙を禁じえないのでありました。

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シカゴの、いまの音楽監督は、リッカルド・ムーティ。

かつてのライヴァルも、アバドのベルリン時代後期、わだかまりも霧消し、お互いを讃え、尊重しあう中に。
アバドのスカラ座復帰も、一生懸命目論んだムーティさん。

「私は、ひとりの偉大な音楽家、世界的にも指揮や音楽の解釈の歴史のなかで、ずっと多くのものを残してきた、彼そのものの損失を深く悲しみます。
 彼の残したものは、ヨーロッパ・イタリアの文化の重要性への巨大な証言です。
私は、長く恐ろしい病気に直面して彼が示した、強い勇気、および、彼の生きざまが、音楽家であり、大巨匠であったことに、深遠さをこめて彼を賞賛します。」

アバドに送ったムーティの言葉です。

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2014年1月29日 (水)

チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 アバド指揮

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ミラノ生まれで、ウィーンに学んだアバド。

輝かしいデビュー時から、ミラノっ子は、我が街のヒーロー。

ウィーンっ子は、うちの街が育てたヒーロー。

お互いに譲ることのない、ふたつの音楽の街。

一方で、アバドは、より気が楽なロンドンを好んだ。

ミラノもウィーンも、その伝統の深さから、思わぬ落とし穴もあり、修復のつかない関係に陥ることもある。

カラヤンも、マゼールも、ムーティもそうだった。

そして、アバドもスカラ座も、のちにウィーンからも、遠ざかることとなった。

でも、わたくしたちは、アバドが66年に本格レコードデビューした1枚のベートーヴェンの7番を知っているし、パーマネントコンダクターや、国立歌劇場の音楽監督として活躍した蜜月時代をよく知っています。

いまや、宝のような録音の数々。

アバドとウィーン・フィルは、オーケストラが指揮者を育て、やがて指揮者がオーケストラを縦横に率いるようになり、お互いの個性が有機的に発揮される、という素晴らしい成果を見出したコンビなのです。

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   チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 「悲愴」 

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                 (1973.10 @ムジークフェライン、ウィーン)


1973年春に、アバドは、ウィーンフィルを引き連れて初来日しました。

ウィーンフィルの首席指揮者のタイトルを得て、40歳の若いアバドです。

その前から、アバドが好きだったわたくしは、NHKで放送されたアバドの指揮姿と、ウィーンフィルのお茶目っぷりに、すっかり感化されて、完璧なファンとなりました。

ブラームスとベートーヴェンの3番という演目で、まだよく知らなかったブラームスの3番に魅せられ、曲と演奏とに夢中になってしまいました。
ビデオなんて家庭にない時代でしたから、何度か放送された映像を脳裏に焼きつけるようにして見ました。

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長い髪に、大きな身振りを伴う、かっこいい指揮ぶり。
そう、アバドはカッコよかったのです。

アンコールのお約束、「青きドナウ」では、木管が繰り返しを間違えてしまい、思わぬミスにも、アバドとウィーンフィルの面々は、ニコニコと、思わず楽しそうに微笑んで演奏しておりました。
まるきり昨日のように覚えております。

ですが、何度も書きましたとおり、この時の一連の演奏会は、評論家の先生方からは不評で、個性なし、とかオケに乗っかってるだけ、とかの散々でした。
唯一よかったのは、ベートーヴェンの7番の終楽章のコーダと、ウェーベルンの5つの小品だけだ・・・とね。
イタリア人だから、リズミカルで情熱的だとの頭からの概念がそうさせたのだろうし、はなから、ウィーンならばドイツ的な演奏が至上だとの認識から生まれた狭量な評論の数々に、わたくしは、やり場のない怒りに震えたものです。
 ですが、よくしらなかったウェーベルンを誉めてる。
一体、ウェーベルンって誰?

そのあと、アバドの指揮で、5つの小品をFMで聴くに及んで、先生方が驚いたのがわかった。
静的で、動きの少ない精緻なウェーベルンの音楽。
その中でアバドは、歌って聴かせていたのでした。

ますます、アバドの凄さに感化された出来事でした。

 日本から帰った数カ月後、ウィーンで録音されたのが、「悲愴」。

日本発売されたその日に、速効買いました。

ムジークフェラインの響きを、まともに捉えた生々しい録音は、硬くなく、柔らかで、とてもリアルな音でした。
自分の、ぼろい装置でも良く鳴ってくれました。
なによりも、ウィーンフィルの響きが、しっかりとここに刻印されておりました。
抒情的なアバドの持ち味が、ウィーンのまろやかなサウンドと相まって、深刻になりすぎない、柔らかな「悲愴」となっておりました。

高校時代の日々、毎日聴きました。
冒頭のファゴットと低弦のあとの木管は、ウィーンの楽器が耳に刷り込まれているので、ほかの楽器では物足りない。
 1楽章の、クライマックスで、指揮者と楽員が身構えるのがよくわかるくらいに、緊張と集中力に満ちている。
 2楽章はもう、歌、そして歌ですよ。さすがにウィーン。
3楽章は、少しゴツゴツした雰囲気で進行しますが、これもまたウィーンのリアルさ。
そして、悲しみの終楽章ですが、波状的に訪れるカタストロフも、ウィーンの弦の、シビアになりすぎない、マイルドさが、悲劇に救いをもたらしている。

アバドとウィーンフィルの共同作業です。

どうようの演奏は、マーラーの3番や4番にも聴かれます。

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   (文化会館でリハ中 後ろ姿は、ヘッツェル)

アバドは、「悲愴」をウィーン、シカゴ、ベルリンと、3回録音してますが、わたくし的に一番は、このウィーンフィル盤。
ベルリンフィルのザルツブルクライブも、気合と思いの強くこもった集中力の高い演奏。
シカゴは、録音のせいか、全体に硬いイメージが。

ウィーンとは、多くの実りある成果をあげましたが、ウィーンフィルのサイトや、国立歌劇場のそちらは、今回の逝去に際して、ちょっとあっさりぎみ。

なんとも言い難いところです。

スカラ座では、朋友バレンボイムの指揮で、劇場をたくさんの聴衆が取り囲むようにして、しめやかに、神々しくエロイカの第2楽章が演奏されました。

ウィーンでの追悼の情報は、いまのところなしです。

ウィーンとアバドは、わたくしも大好きな関係でしたので、週末にオペラを聴こうと思ってます。

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アバドとウィーンの歌心にあふれたチャイコフスキーは、大好きです。

この先もずっと聴いて行きたい。

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2014年1月28日 (火)

ストラヴィンスキー 「火の鳥」組曲 アバド指揮

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クラウディオ・アバドと、もっとも相性の良かったオーケストラ。

いくつもその指を折ることができますが、ロンドン交響楽団は、アバドが気兼ねなく、好きなことをやれたし、アバドの個性がそのままストレートに表出できたオーケストラではなかったでしょうか。

アバドの本格的なデビューは、イタリアのトリエステですが、世界に羽ばたくきっかけとなったミトロプーロス指揮者コンクール1位入賞後のエポックは、ザルツブルクでのウィーンフィルとのマーラー「復活」。
 その後、スカラ座、ニュー・フィルハモニアときて、ロンドン響。
デッカへの、ロンドン響とのプロコフィエフ録音が生まれます。
同時に、ウィーンフィルとのベートーヴェンの7番。

ですから、アバド最初期のオーケストラは、スカラ座、ウィーンフィル、ロンドン響ということになりますし、同時にベルリンフィルとも関係が始まってます。

ケルテスからプレヴィンへと、ロンドン響の指揮者が変わっていった時期、アバドも同オケの重要指揮者となり、常連指揮者として相思相愛の関係が築かれました。

たくさんの録音がなされましたが、メンデルスゾーン、プロコフィエフ、ヤナーチェク、ロッシーニ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー、バルトーク、ビゼー、ラヴェル・・・・。
もうあげたらきりがありません。

そんな中から、今日は実演も聴いたし、アバドの名を一挙に知らしめたストラヴィンスキーをアバドの思い出とともに聴いてみました。

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  ストラヴィンスキー バレエ組曲「火の鳥」

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                    (1972.11 @ロンドン)


録音年代からすると、アバド初期といってもいいかもしれない。
このあと、「春の祭典」で、一挙に大ブレイクしたアバドのストラヴィンスキーは、ロッシーニやヴェルディ、マーラーとともに、アバドの才能を認めたくなかった評論家筋をも黙らせてしまう、個性的かつ鮮烈な演奏でした。

発売されるごとに、喜々として買い集めたアバドのレコード。
しかし、レコ芸などの評価は、あまり芳しくない。
自分の思いとは逆の評論に、腹立たしくもあり、がっかりの日々でした。

そんな時に出現した、「アバドのストラヴィンスキー」は、いずれも高評価で、アバドを信じ、愛してきた自分にとっても喝采を受けたような気分でした。

アバドのストラヴィンスキーは、強弱のメリハリがあきれるほどに豊かで、繊細な場面と爆音との格差が激しい。
しかも、その広大なダイナミックレンジにも関わらず、弱音でも強音でも、豊かな歌にあふれていて、ことに「ハルサイ」の歌謡性は、驚愕のものだった。

そのアバドの機敏な指揮に、ぴたりと付いて離れなかったのが、フレキシビリティあふれるロンドン交響楽団。

アバドの棒に、すぐさま反応し、歌い、そして暴れる。

三大バレエ、プルチネルラ、カルタ取り、ともに残したストラヴィンスキー。
すべてがわたしにとっては絶品です。

Lso1983


1983年に、アバドとロンドン交響楽団は、日本を訪れました。
来日中に、楽団は、創設以来初の音楽監督のタイトルをアバドに贈ることになり、日本で世界に向けて発表されました。

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わたくしは、この東京公演すべてを最上の席で聴くことができました。
サラリーマン生活も少し慣れ、給料は音楽と酒につぎ込む日々でした。

 ①ストラヴィンスキー 「火の鳥」
   マーラー       交響曲第1番「巨人」 人見記念講堂

 ②ラヴェル       「ラ・ヴァルス」
  マーラー       交響曲第5番      文化会館

 ③バルトーク      「中国の不思議な役人」
   ベルリオーズ    幻想交響曲
   ブラームス      ハンガリー舞曲第1番 (アンコール)文化会館


そのうち、①と②は、FM放送があったので、いまもその音源はCDRとして持っております。
2度目のアバドとの出会い。
間近でまみえるアバドの指揮は、若々しく、ダイナミック。
大きな身振りなれど、出てくる音は緻密で繊細。

当時の日記に、稚拙な文章ながら、その感動が記されておりました。

「大好きなアバドの指揮ぶりが、まさに目と鼻の先、2mくらい? で展開されたのだ。
思ったより大きい身ぶり。スカラ座のときより派手じゃないかな。
しかし、的確な動き、そしてクライマックスを築く巧さ、やはりLSOだと安心して力が入るのかな・・・・」

長いので、これはまた改めての機会に書き記したいと思います。

昭和女子大のホールは、当時よく利用されていて、確かに、女子大生が多かった。
女子大生に囲まれて、鼻の下を伸ばしながら、大好きなアバドのストラヴィンスキーやマーラーを聴いている、若いサラリーマンをご想像ください。

ブリリアントで、輝かしい「火の鳥」は、王女たちのロンドの弱音が極めて美しかった。
そして一転、凶暴なる、カスチェイの踊りの大トゥッティ。
安らかな眠りについていた女子大生たちが、仰天して、身構えて起きる姿を左右前後に確認して、ニンマリしたものです。

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  (音楽監督就任会見 オーボエのキャムデンと @東京)

3つの公演の圧巻は、マーラーの5番。
あとにも先にも、5番の実演では、わたくしはこれがイチバン。
アダージェットの繊細な歌いまわしの美しさと、終楽章の大クライマックスで、両腕で指揮棒を持ち振り降ろした、その劇的な指揮姿とオーケストラの見事な反応、怒涛の終結は、いまでも覚えております。

そのあとのアバドは、ミラノ、ロンドン、ウィーン、シカゴと欧米をまたにかける大活躍で、どんどん充実していくのでした。

いま手元にある「火の鳥」を、順繰りに聴いてます。
ロンドンDG盤、ECユースオケ盤、ロンドン来日公演、ベルリンフィル来日公演盤。

いずれのアバドの「火の鳥」も、しなやかに羽ばたく、輝かしい演奏でした。

多くの感動と力を与えてくれ、そしていま、天に羽ばたいていったアバドに感謝します。

ロンドン交響楽団との共演で偲んだアバドの業績。

次回は、ウィーンフィルです。

アバドと、つながりのあったオーケストラを、こうしてひとつひとつ聴いて行きたいと思います。

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LSOメンバーを東京で招待してパーティ。

マエストロ・アバドならではの、人懐こい笑顔ですね。
(当時の音楽の友より拝借)

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アバドの残してくれた、音楽とその思い出は、不死鳥のように、ずっと永遠です。

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2014年1月26日 (日)

神奈川フィルハーモニー第295回定期演奏会 ゲッツェル指揮

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神奈川フィルの定期演奏会、今回は土曜の午後でした。

マフラーや手袋のいらない気候に、ホールへ急いだあとは、汗ばむほど。

きっと元気を与えてくれそうなコンサートになるぞ。

その予想は、完璧に当たり、それ以上の大充足感を与えてくれました。

ゲッツエルさんの指揮者としての豊かな個性とその力量と、神奈川フィルの美音と底力。

それらをいやというほどに体感できました!

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    ブラームス    ヴァイオリンとチェロのための協奏曲

                      Vn:石田 泰尚   Vc:山本 裕康

    ヘンデル(ハルヴォルセン編)    パッサカリア~アンコール

    ワーグナー    「タンホイザー」序曲

    R・シュトラウス 「ばらの騎士」組曲

     J・シュトラウス 「狂乱のポルカ」~アンコール

  サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

              (2004.1.25 @みなとみらいホール)

冒頭、力いっぱいの出だしを聴いた瞬間、あっ、違う! と思いました。

それほどに、この日の神奈川フィルは、鳴りが違う、終始、胸のすくほどの鳴りっぷり。

そして、気のあったデユオ、石田&山本コンビは、最強。

艶やかな山本さんならではの、ソロの開始。
毎度ながらの優しいけれど、キリリと引き締まった見事なカデンツァはぴたりと決まった。

そのあとの柔らかな木管を引き継いで石田さんの、繊細きわまりないソロ。

そしてふたりの気合いが織り混ざった二重奏を経て、オーケストラがまた強く答える。

もうこの開始早々で、本日のコンサートの成功は約束されたようなものでした。

仲間のソロを盛りたて、つつみこむようなオーケストラの雄弁さも見ごと。

素敵だったのは、第2楽章で、ホルンと管に導かれ大らかにユニゾンで歌う名旋律に、心の琴線に触れるかのような大いなる感動を覚えました。
いかにもブラームスらしい、ふくよかで、たっぷりした響きがこのオーケストラから聴こえるのは、シュナイトさん以来ではなかろうか。
ピチカートに乗って奏でるお二人のソロ、美しすぎる、優しすぎる。
泣きそうになりました。
ずっとこの楽章が続いて欲しいと思いましたね。

そしてアタッカで突入した3楽章は、ソロもオケもノリノリ。
心湧き立ち、ドキドキしながら聴きましたよ。
この曲で、いつも思うのは、エンディングの場面がちょっと唐突なとこ。
でもそれもまた、一興と思わせるキレのいい終結部でございました。

しなやかに、大胆に、ときには繊細に、そして鋭く、劇的に!

そんな表現が集結したかのような、ヴァイオリンとチェロのデュオアンコール。
もう、言うことはありませんね。
完璧すぎます、カッコよすぎますよ、石田さん・山本さん。

休憩後は、わたくしお得意のワーグナーとR・シュトラウス。
ここへきて、オーケストラ、アクセル全開、フルスロットル。

耳にタコができるほどに聴き倒した「タンホイザー」だけれども、この日の「タンホイザー」は、高カロリーで、切れば血が吹き出るほどの濃密度。
しかも、全体の見通しもよく、オペラの全体を集約したかのような筋立ての見事さと、完結感とに溢れてました。
ゆったりと巡礼の合唱で始まり、その後のヴェーヌスブルクの妖艶な世界は、少し健康的。
崎谷さんを中心とするソロも美しい。
やがて曲が盛り上がってゆくと、それにつれてテンポもアップ。
金管も加わって、ヴェーヌスブルクの世界を押しやり、輝かしい勝利へと向かう。
その様が一気加勢で、その勢いはとどまるところをしらない。
聴く方も興奮が高まる一方だったが、オーケストラも夢中になって弾いているのが、拝見していて丸わかり。
ゲッツェルさんの棒に、完全に魅せられてしまいました。
劇的に終結したあと、すぐさまにオペラの幕が上がるかのようなそんな感興に満ちた演奏でございました。

そして「ばらの騎士」。
「ばらキシ」は、わたくしの最も好きなオペラのひとつ。
何度も舞台で観てまいりました。
そんなわたくしに、あの華やかな舞台が思い浮かぶような、華麗な演奏が、繰り広げられました。
高らかに鳴り響くホルンの鮮やかな出だし。
かのカルロス・クライバーもかくやと思わせる、生き生きと鮮度ピチピチの開始部に、わたくしはいきなりノックダウン。

何百回と聴いてきた「ばらキシ」のなかで、もうこれは一番!

上気する高揚感と、そのあとの銀のばらの献呈の場の透明感と、濃厚なロマンティシズムと出会った若い二人のドキドキ感すら感じる麗しき高揚感。
ウィーンの本場は、かくやと思わせるオシャレで、しなやかなワルツ。
オックス男爵のように、鼻歌まじりに、踊りだしたくなっちゃう。

そして、感動が最高潮に高まった、最後のクライマックスの三重唱の場面。
「いつかくることはわかっていた、でもこんなに早くやってくるとは・・・・」
元帥夫人の諦念にあふれた胸の内をあらわす美旋律を、石田コンマスは心をこめて弾き、そしてオーケストラは言葉に尽くしがたいほど、美しく鳴り響き、むせかえるほどのゴージャス・シュトラウスサウンドを聴かせてくれるのでした。

最後の男爵の賑やかな退場と威勢のいいエンディングでは、ゲッツェルジャンプも繰り広がられ、いやがうえでも興奮が高まり、曲の終了とともに、わたくしブラボーかましちゃいました!
大喝采の会場。
何度も呼びだされるゲッツェルさん。

それに応えて、「フリッソ・ポールカ!」と宣誓。
すぐさま、大爆発のような派手ハデの超絶ポルカ。
喧騒と狂乱渦巻く元気まんまんの曲。

腰をくねくね、お尻ふりふり、大きくなったり、小さくなったり、指揮をやめて、首だけで拍子とったり・・・・。
もうなんでもありの、ゲッツェルダンス全開

いやはや、最高に楽しかったし、とても音楽的で素晴らしい指揮だった。

この人の指揮棒の先には、音楽が張り付いているのか、というか、その先から音がまき散らされるのだろうか。
聴衆を虜にしてしまう。
そしてそれ以上にオーケストラの皆さんも夢中にさせてしまう。
ある楽員さんに、こんなによく鳴ったのはシュナイト以来でしたと話したら、同感いただきました。
まさに、そう。
神奈川フィルの魅力を100%引き出してくれた、そんなゲッツェルさんなんです。

若い団員さんも増えてフレッシュさに磨きがかかる神奈川フィル。
ますます楽しみだし、応援にも力が入ります!
本日、日曜日のミューザでの公演もソールド・アウトとのよし。

アバドが亡くなって、ちょっとしょげてたワタクシ。
シュトラウスでは、アバドを思い、落涙しました。
でも、ゲッツェル&神奈川フィルに元気にしてもらいました。
ありがとう!

Umaya

ビールとブルーダルと、ゲッツェルと。

We Love神奈川フィル懇親会は、興奮冷めやらず、大いに盛り上がりました。

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神奈川産の食材と出来立ての横浜地ビール。

こちらは、フィッシュ&チップスで、お魚はハマチでしたよ。

あらたなメンバーと、遠来のメンバーも加わって、とても楽しいひとときでした。 

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2014年1月24日 (金)

神奈川フィル定期演奏会 前夜祭 アバドの指揮で

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ベルリンフィルでは、アバドの思い出のための追悼演奏会が、25日に行われます。

アバドの朋友、メータの指揮。

マーラーの5番から「アダージェット」、ウェーベルンの6つの小品、ベートーヴェンの「皇帝」(ブッフビンダー)、R・シュトラウス「英雄の生涯」。

何度も取り上げ、共感し、常に指揮してきたマーラー。
新ウィーン楽派を得意にし、ことにウェーベルンを精緻に演奏しました。
ウェーベルンの母の死に捧げられたこの曲。
「皇帝」と「英雄の生涯」は、決してアバドそのひとが生きた人生に相応しいタイトルではないけれど、心優しいヒューマニストだったアバドを送るに、これもまた一興かもしれません。

いつまでも悲しんでいてもしょうがないです。

明日は、神奈川フィルの定期公演。

アバドは去ってしまい、これからは、心の中に生き続けるのですが、身近な神奈川フィルは、これからもずっと一緒です。

    ブラームス    ヴァイオリンとチェロのための協奏曲

                      Vn:石田 泰尚   Vc:山本 裕康

    ワーグナー    「タンホイザー」序曲

    R・シュトラウス 「ばらの騎士」組曲

  サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

              (2004年1月25日(土) 14:00 みなとみらいホール
                     
                     1月26日(日) 14:00 ミューザ川崎)


ウィーン生まれのゲッツェルさんの指揮は、きっと素晴らしいでしょう。

アバドの突然の逝去によって、音楽を聴く気持ちが少し萎えてしまったかれど、神奈川フィルを聴いて、その元気を取り戻せたらいいと思ってます。
その演奏を、自分としては、天国のアバドに捧げたいと思ってもいます。

仲間のみなさんとの、そのあとの乾杯も楽しみです。

明日の演目を、アバドの指揮で聴いてみました。

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  ブラームス    ヴァイオリンとチェロのための協奏曲

                      Vn:ギル・シャハム   Vc:ユジャ・ワン

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                   (2001.12 @イエス・キリスト教会 ベルリン)


ブラームス晩年の作品は、交響曲になる予定だっただけに、シンフォニックで、オーケストラ部分も分厚く、充実極まりない。
この曲は、第2楽章が好き。
大きく、澄んだ秋空に向かって、深呼吸するような、大らかでかつ渋い味わいにあふれています。

若いけれど、音色が豊かで美音の持ち主の2人のソロ。
アバドは、彼らを包み込むような、大きな度量と、繊細さでもって、ブラームスの枯淡の世界を第2楽章では築きあげてます。

アバドには、もうひとつ、シカゴ響を指揮して、スターンとマをソリストに迎えた音盤もありますが、ブラームスらしさでは、断然こちら。
ベルリンフィルのふくよかな響きは魅力的です。

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   ワーグナー    歌劇「タンホイザー」序曲

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                   (1993.12 @フィルハーモニー ベルリン
                    2002.3  @ザルツブルク祝祭劇場)


ワーグナーには慎重だったアバド。
スカラ座で「ローエングリン」をとりあげ、そのあとに、ザルツブルク・ベルリンで「トリスタン」。同様に「パルシファル」。
ウィーンの国立歌劇場とベルリンフィルを一時兼任したときは、ワーグナーを次々に取り上げる勢いがあって、自身も、「パルシファル」の次は「タンホイザー」、そして「マイスタージンガー」と語っていました。

「タンホイザー」序曲は、2種類の録音がありまして、そのいずれもがライブで、それぞれに10年の歳月が流れてます。

演奏時間も含めて、ほとんど変わりはありません。
しかし、最初の演奏の方が、歌謡性にあふれ、響きは波々としてホールを満たしてます。
後年のほうには、よりシビアで切実感がありますが、どちらかというと、最初の方の明るさが好きだったりします。

この曲、というかワーグナーがそうなのですが、内声部がしっかりしないと、旋律だけのひょろひょろの演奏になってしまいます。
加えて、低弦の下支えや、おどろくほど雄弁なパッセージも聴きもので、その点、ベルリン・フィルの機能は最上級のものです。
カラヤンが、うなりをあげるほどの低音をビンビン聴かせたのに比して、アバドはずっと軽やかで、透明感があります。
ヴェーヌスブルクも、官能的というよりは、あっさりとした、薄化粧で安心したりもします。

アバドの指揮で、「タンホイザー」全曲を聴いてみたかった。

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 R・シュトラウス 歌劇「ばらの騎士」から 最後の3重唱

   元帥夫人:ルネ・フレミング   オクタヴィアン:フレデリカ・フォン・シュターデ
   ゾフィー:キャスリーン・バトル  ファーニナル:アンドレアス・シュミット

  クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                    (1992.12 @フィルハーモニー ベルリン)


アバドは、「ばらの騎士」に関しましては、この最後の空前絶後の甘味なる美しさを持った三重唱しか録音しておりません。
大晦日のジルヴェスターコンサートのトリでして、92年のこの年は、R・シュトラウスがテーマ。

フレミングは、まだ駆け出しで、デビューしたてのころ。
そしてクラシック界は、バトル人気で湧いていた。
わたしには、そのバトルの虫歯が疼くほどの甘すぎる声に、魅惑的にすぎるシュターデのくすぐられるような美声の溶け合うさまが、あまりにも天国的で、夢見心地の陶酔郷なのでありました。
そのあとの、オーケストラの急転直下、機知に富んだエンディングが、アバドのあまりに鮮やかなアップテンポの演出に、思わず椅子から立ち上がりたくなる興奮を覚えるのです。

世の中に、美しいものはたくさんあれど、シュトラウスの書いたこの音楽は、その美しいものの最上級の存在ではないでしょうか。

「銀のばら」の献呈の場面、ゾフィーが、ばらのあまりの美しさと、芳香につぶやきます。

     「この世でなく、天国に咲いたバラのようです。

             これは、天国から私に届いた贈り物です」


この美しい歌もまた、マエストロ・アバドへ感謝を込めて、捧げたいと思います。

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2014年1月23日 (木)

ヴェルディ 「シモン・ボッカネグラ」 アバド指揮

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クラウディオ・アバドは、私の音楽を聴いて楽しむという人生のうえでの、最大の支柱であり、心から敬愛し、思慕した人でした。

訃報に接し、嗚咽し、二日の間、晩には涙にくれました。

今日は、ボローニャでの、アバドの棺を担ぐ、アバドゆかりの人々の画像も確認しました。

悲しみは、悲しみとして受け入れなくてはなりません。

クラシック聴き始めの頃から、アバドは常に、私のそばに存在していた気がします。

最初のレコードは、71年に買ったアルゲリッチとのショパンとリストの協奏曲でした。

以来ずっと親しく聴いてきました。

そんな歴史を、顧みつつ、アバドを偲んで、しばらくの間、アバドを聴いていきたいと思います。

神奈川フィルの演奏会がありますので、そちらも挟んで。

アバドの世代以降の指揮者は、コンクールで優勝して、成功をつかみ、音楽界にデビューして行くというパターンが生まれました。
劇場の下積みで、一歩一歩叩きあげてゆくということでなしに、いきなり華やかにメジャーデビューしたりし始めたわけです。

アバドも同じく、名門一家の出自ながら、コンクールで賞を得て、バーンスタインやカラヤンに推されてニューヨークフィルやウィーンフィルを指揮するようになったわけです。
しかし、アバドの違うところは、根っからのオペラ指揮者であったことです。

早い時期から、オペラでも成功を導きだし、故郷のミラノ・スカラ座に迎えられました。

作品への深い洞察と、周到な準備に基づく完璧な表現と解釈。
限られたレパートリーを掘り下げ尽し、何度も挑戦しては、パーフェクトの度合いを深めていった。

その代表が、ヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」。

この演奏は、アバドの残した録音の最高傑作といってはばかりません。

それどころか、あらゆるオペラ録音の中にあっても最上級の評価に値する最大傑作だと思ってます。

70年代初めから取り組み始めた「シモン」。
何度も何度も上演し、折しも、イタリア経済界苦境のおり、スカラ座も予算が少なく、再演に次ぐ再演で、アバドは「チェネレントラ」とともに、この「シモン」を執拗なまでに取り上げました。

そのピークに録音されたのが、この音源。

さらに、その4年後、今度は、スカラ座を伴って来日して、この完璧に出来上がった「シモン」を、東京文化会館で上演してくれました。

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  ヴェルディ 歌劇「シモン・ボッカネグラ」

  シモン:ピエロ・カプッチルリ    フィエスコ:ニコライ・ギャウロウ
  ガブリエーレ:ホセ・カレーラス  アメーリア:ミレルラ・フレーニ
  ピエトロ:ホセ・ファン・ダム     パオロ:ジョヴァンニ・フォイアーニ
  隊長:アントニーノ・サヴァスターノ 腰元:マリア・ファウスタ・ガラミーニ

     クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                      ミラノ・スカラ座合唱団

                        (1977.1 @ミラノ CTCスタジオ)


知情意、三拍子そろった、耳と心洗われるヴェルディ演奏の真髄。

紺碧の地中海を思わせる、透明感と深みさえもった、緩やかな序奏を聴いた瞬間、私はいつも、この素晴らしい演奏と音楽に耳が釘付けになり、全曲を一気に通して聴かざるをえなくなる。

そして、常に思い出すのは、颯爽とピットに登場し、聴衆にサッと一礼し、指揮を始めるアバドの姿。
非常灯もすべて落として、真っ暗ななかに、オケピットの明かりだけ。
文化会館の壁に、浮かび上がるアバドの指揮する影。

1981年9月の初アバド体験は、「シモン」というオペラの素晴らしさとともに、アバドのオペラ指揮者としての凄さを見せつけられ、生涯忘れえぬ思い出となったのでした。

舞台も、歌手も、合唱も、そしてオーケストラも、アバドの指揮棒一本に完璧に統率されていて、アバドがその棒を振りおろし、そして止めると、すべてがピタッと決まる。
背筋が寒くなるほどの、完璧な一体感。

当時のつたないメモを、ここに記しておきます。

「これは、ほんとうに素晴らしかった。鳥肌が立つほどに感動し、涙が出るばかりだった。
なんといっても、オーケストラのすばらしさ。ヴェルディそのもの、もう何もいうことはない。
あんな素晴らしいオーケストラを、僕は聴いたことがない。
そして、アバドの絶妙な指揮ぶり。舞台もさることながら、僕はアバドの指揮の方にも目を奪われることが多かった・・・・・。」

ちょうど、そのひと月前、ベームが亡くなって、音楽界は巨匠の時代から、その次の世代へと主役の座が移りつつあり、アバドはその先端にあった指揮者のひとりなのでした。

海を愛し、イタリアを愛し、しかし、運命の歯車にその生涯を狂わせれた男の物語。
この渋いオペラをアバドは、スカラ座でも、ウィーンに移ってからも、そのあともずっと指揮し続けました。
「シモン」がアバドのおかげで、いまのようなメジャーな存在になったといっていいかもしれません。
こうした、運命に翻弄される人物や、心理的な内面を語るようなドラマ性をもったオペラ作品を、アバドは好んで取り上げました。
「ヴォツェック」「ボリス・ゴドゥノフ」もそれと同様の存在でした。

最後の場面で、シモンが体に毒が回るなか、窓を大きく開き、愛する海を眺めて歌うモノローグ。
そのあとの敵フィエスコとの邂逅、そして家族に囲まれて迎える死。
シモンは愛娘に手を差しのばしながら倒れ、フィエスコは、民衆にその死を伝える。

この静かなレクイエムのような終結部が、今ほど心に沁みることはありません。

アバドを送る、追悼として、心より捧げたいと思います。

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音楽を愛し、音楽のためだけに生きたアバド。

その魂が、いつまでも安らかでありますように。
             
  

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2014年1月20日 (月)

さようなら、アバド

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まさか、ベルリン・フィルのサイトに、こんな画像が載る日が来るとは・・・・。

いつかは来ると思っていたけれど、そして、そんな日は絶対に来ないとも思っていたけれど。

クラウディオ・アバドが、本日1月20日、療養中のボローニャで亡くなりました。

享年80歳と半年。

42年間に渡って、ずっとアバドを聴いてきました。

その真摯な生き様は、いつも、私の範ともすべきものでした。

そして、兄のように心から慕ってました。

もう何も手につきません。

音楽を聴くことすらできそうにありません。

いま、できることは、マエストロ・アバドの魂が安らかならんこと、お祈りすることだけです。

さようなら、クラウディオ・アバド。

これからも、ともにあらんことを。

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2014年1月18日 (土)

R・シュトラウス 「ばらの騎士」 クライバー指揮

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もう大昔ですが、唯一のウィーン訪問で購入した「銀のばら」。

R・シュトラウスの「ばらの騎士」を、ずっと愛し、憧れをもってきた自分にとって、ツアーとはいえ、ウィーン訪問は、頭の中に、この曲のワルツが響き、タイミングさえ合えば、シュターツオーパーでこのオペラを観てやろうと意気込んでいました。
 しかし、現地での演目は、このとき、「セビリアの理髪師」でして、やむなく、フォルクスオーパーの「魔笛」を観劇しました。

以前にも書きましたが再度。
マリアヒルファーシュトラーセだったか、お洒落な雑貨店のショーウィンドウにあった、このバラ。
躊躇なく店内に入ると、こちらの箱入りの高級そうな1品以外にも、「銀のばら」が花瓶にたくさん入って売られている。
よしこれだ、とばかりに、ショーウィンドウ内の「銀のばら」を下さい、と、お店のおばさんに、言うのだけれど、全然通じない。
「Silver Roses」とかなんとか言ってるのに、結局は連れていって、指差し確認。
そんなこんなで、自分用に、この一品と、親族への土産に、花瓶の中に安い方を数本。

わたくしの、「銀のばら」は、こうしてまだ健在ですが、お土産にした安い方は、銀のメッキ塗装がすっかり剥がれ落ち、憐れな枯れすぼんだ安プラのバラのようになり果ててしまっております。

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   (バーンスタイン盤、一番好きなジャケット)

18世紀、モーツァルトの頃のウィーンが舞台の「ばらの騎士」の中で、貴族が婚姻のしるしに、相応の使者を立てて相手の女性に「銀のばら」を贈るというシーンが描かれていることから、「銀のばら」は、このオペラの象徴のようにして、レコードジャケットや公演パンフレットに描かれております。
 それを当時の風習と信じこんでおりましたが、それは、作者ホフマンスタールのまったくの創作なのでありまして、ウィーンの人々たちも、こちらが「銀のばら」と騒いでも、何それ?的な反応だったのでありますね。

今日は、映像にて、クライバーの最初の映像を。

そして、次週は、神奈川フィルが、ウィーンっ子指揮者ゲッツェルを迎えて組曲を演奏します。
首席客演指揮者としての披露定期と翌日の名曲シリーズであります。

   ブラームス    ヴァイオリンとチェロのための協奏曲

                Vn:石田 泰尚   Vc:山本 裕康

   ワーグナー    「タンホイザー」序曲

   R・シュトラウス 「ばらの騎士」組曲

  サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

              (2004年1月25日(土) 14:00 みなとみらいホール
                     
                     1月26日(日) 14:00 ミューザ川崎)



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 R・シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」

 元帥夫人 :グィネス・ジョーンズ オクタヴィアン:ブリギッテ・ファスベンダー
 ゾフィー  :ルチア・ポップ     オックス男爵:マンフレート・ユングヴィルト
 ファーニナル:ベンノ・クッシェ    マリアンネ:アンネリーゼ・ヴァース
 ヴァルツァッキ:デイヴィット・ソー アンニーナ:グードルン・ヴェヴェツォー
 警官:アルブレヒト・ペーター    家令:ゲオルク・パスクーダ
 テノール歌手:フランシスコ・アライサ

   カルロス・クライバー 指揮 バイエルン国立歌劇場管弦楽団
                   バイエルン国立歌劇場合唱団
                演出:オットー・シェンク
                         

                   (79.5,6 @バイエルン国立歌劇場、ミュンヘン)

これまで、いくつも記事にしてきた「ばらの騎士」。
音源も舞台体験も多い、わたくしの最愛のオペラのひとつですから。

いままで書いてきたことと、一部重複しますが、今日はまとめてみました。

まず、有名すぎるので、まったく触れてなかったあらすじを、簡略に。

18世紀、マリア・テレジア時代のハプスプルグ家治下のウィーン、貴族社会が舞台。

第1幕 元帥夫人(32歳)が、若き騎士オクタヴィアン(17歳)と朝からじゃれあっている。
そこへ、騒々しくやってきたのは、夫人の従兄オックス男爵(35歳)。
オクタヴィアンは、慌てて隠れて女中マリアンデルに変装。
好きものの男爵は、この女中に目を付けてちょっかいを出すが、来訪の目的は、婚約が決まった商売人ファーニナル家へ、「銀のばら」を届ける使者を紹介して欲しいというもの。
 元帥の館には、物売りや髪結い、歌手、司法書士などがやってきて喧しい。
男爵は、司法書士に婚約の持参金を先方から取るように異例にも指示、財産目当ての下衆っぷり。

 
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元帥夫人は、鏡に映る自分を見て嘆息し、皆を下がらせ、いまの喧騒と男爵の無尽ぶりを嘆き、そして、オクタヴィアンがやがて自分の元から去ることを思い、心を沈ませてゆく。
オクタヴィアンが戻るが、夫人は別れを予見して、時間の経過を疎ましく歌い、哀しげに今日は去りなさいと命じる。立ち去るオクタヴィアンに、「銀のばら」を小姓を通じて託す。

第2幕 ファーニナル家では、ばらの使者と、そのあとの婿の到着に浮足立っている。
輝かしく「銀のばら」を手に登場するオクタヴィアンに、ファーニナル家の一人娘ゾフィー(16歳)。

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口上の後、ふたりは見つめって、お互いの気持ちを確かめあう。
やがて父に伴われてやってきた婿殿オックスに、がっかりのゾフィー。
当主を始め、家中のものが貴族の栄誉に欲したいのでちやほやするなか、オックスは、ゾフィーをもの扱いで、下品このうえなく、彼女は露骨に嫌がり、オクタヴィアンはやきもきする。
男爵の連れてきた取り巻きが、家中で大騒ぎ、さらに事務手続きで席を外した父と男爵。ふたりきりとなった若い二人は、自分がきっと守ると、気持ちを通じ合わせる。
それを盗み見たヴァルヴァツキとアンニーナは、現場を取り押さえ、オックスを呼ぶ。
やってきたオックスは、またもや暴弱無尽。
ついにオクタヴィアンは剣を抜き、オックスの腕にかすり傷を負わせるも、情けない男爵は大騒ぎ。
部屋にこもるゾフィーと、ファーニナルに帰還を命じられたオクタヴィアン。
彼は一計を案じ、ヴァルヴァツキとアンニーナを金払いの悪い男爵から寝返らせ、女装したマリアンデルからの手紙を待たせる。

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恋文と思いこんだオックスは、怪我もどこ吹く風、有頂天になってワルツを歌う。

第3幕 オクタヴィアンの計略にはまって、ベッドのある、いかがわしい居酒屋を準備したオックス。ここでも、楽師や、給仕たちを帰らせるという徹底したせこさぶり。

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マリアンデルをくどきにかかるが、彼女(彼)は、酔ったふりをして泣き上戸を演じ、困らせたあげく、部屋のあちこちに仕込んだお化けや幻影をちらつかせ、オックスを当惑させる。
さらに、アンニーナ演じる、元妻が、子供たちを引き連れて、パパ、パパと騒ぎたてる。
この大騒ぎに、警官を呼ぶオックスだが、悪いことに貴族の鬘も脱いでしまい、自分のやましい立場を否定する証拠もなく、ついには、オクタヴィアンの計略通りに、ファーニナルとゾフィーまでもがあらわれ、マリアンデルを婚約者と称する男爵も八方ふさがりに。

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 そこへ、元帥夫人があたりを打ち払うように、神々しく登場。
予期せぬことに慌てるオクタヴィアン、喜ぶ男爵。
兼ねて知ったる警部を、すべてを含ませて帰したあと、男爵には、ものにはすべて終わりがある、諦めなさいと諭し、男爵は二人の関係を悟り、未練たっぷりながら、最後は威勢よく大勢を引き連れて賑やかに出て行く。

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 残された3人、三様。
ショックを隠せないゾフィーと、元帥夫人との間で、立場を決めかねるオクタヴィアンの背中を押す元帥夫人も悲しみは隠せない。
絶美の三重唱が歌われ、元帥夫人は、失墜した信用を引き立てるため、元帥夫人の馬車で4人で帰宅しましょうと提案し、ファーニナルを伴い出てゆき、残された二人は抱き合って愛を喜びあい、やがて後を追う。
 ゾフィーが落としたハンカチが舞台に1枚。
小姓モハメドが、それを拾い、小走りに出てゆくところで幕。

15作あるシュトラウスのオペラの、5作目。
ワーグナーの完全影響下にあった初期1作目「グンドラム」。
ジングシュピール、フンパーディンク風の2作目「火の欠乏」。
世紀末風で、過激な和声や不協和音も取り入れた、当時の前衛作「サロメ」と「エレクトラ」の第3,4作。

エレクトラに続いて、わずか2年後の1910年に書かれた「ばらの騎士」は、以前の古代の歴史絵巻から、18世紀に時代を移し、しかも、音楽は、軽やかで透明感あふれるモーツァルトを意識した世界へ。
自身も、台本作者のホフマンスタールとの膨大な往復書簡で述べているように、「フィガロの結婚」を前提として書いていて、女性が完全に主役。
ズボン役のケルビーノに対するオクタヴィアン(女声による男性役を多く書いたのもシュトラウスで、ほかに、アリアドネの作曲家とアラベラのズデンカがあります)

 ちなみに、「魔笛」を前提においたのが、後年の「影のない女」でもあります。
ホフマンスタールからの書簡では、メロディによる台本の拘束は、モーツァルト的なものとして好ましく、我慢しがたいワーグナー流の際限のない、愛の咆哮からの離脱を見る思い、だと書いてます。
 このように、シュトラウスはこの台本に熱中し、台本の完成より先に作曲を進めてしまいました。
 
 作曲者と台本作者との、思惑の完全一致作業であるところが、「ばらの騎士」(実際はエレクトラだが、そちらは既製品の台本)以降、始まるホフマンスタールとの幸せな仕事なのでした。
モーツァルトの時代には存在すらしなかったワルツを、このオペラに用いるように進言したのもホフマンスタールで、その初演が聴衆を熱狂させたように、知識階級や上流階級の世界のものだったオペラの垣根を下げて、一般大衆をも引きこんだことは、ホフマンスタールの劇場人としての思いの賜物でもあります。

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しかし、その音楽はモーツァルト風なわけではなく、シュトラウスならではの、甘味で、煌びやかな、耳馴染みのいいゴージャスサウンドなのであります。
後々、10のオペラ作品に共通するものでありますが、そこに常にあるのは、緻密な作風と、陰りの少ない健康的で明朗、そしてさわやかな諦念であります。

 以前読んだ本に、サヴァリッシュのシュトラウス協会での講演のものがありました。
そこでは、サヴァリッシュ教授は、シュトラウスの緻密な調性選択ということに触れ、恋愛の関係にはホ長調、その感情がすこしほつれたり、覚めたりすると他の調へ変転。
(元帥夫人の1幕の場面や、その最後の心の揺れ動きの場面)

明るく、呑気な場面では、ヘ長調(ティルや家庭交響曲)。
不愉快さや、不安さを、ホ短調(1幕の元帥夫人のモノローグ)。
夢見るような陶酔的な場面では、変イ長調(ドン・ファン、カプリッチョ月光の音楽)・・・などと一例をあげておりました。

そんな風に、登場人物にも、その人物たちの心の機微にも、巧みに調性とその転調が用いられ、シュトラウスを多く聴いてくると、不思議とシュトラウスの音楽の持つ繊細緻密な網目に、耳と心がすくい取られて行くようになって、いつしかそのパターンにハマってしまうようになるのです。
ワーグナーの強引なまでの有無を言わせない魔力とは違った、知らず知らずのうちに、そのお馴染みのパターンに引き込まれて陶酔郷に導かれるシュトラウスの魔性とも言えるでしょうか。

それから、このオペラの主役は誰でしょうか。

ホフマンスタールは、「オックス・レルヒナウと銀のばら」と当初は考え、シュトラウスも喜劇的な要素も強いことを意識して、「オックス」などと発言しておりました。
それが完成してみると、その全貌から、音楽のための喜劇「ばらの騎士」というように名づけられました。
全貌を見た場合に、パーフェクトなタイトルなことに間違いありません。
「オックス」じゃなくってほんとうによかった。

しかし、オックスは、全体を通して登場比率が高く、歌にも多くのものが振り当てられてますから、主役のひとりと言ってもいいでしょう。
お下劣で、小心、下衆っぽいけど、最後は豪放に、憎めない存在となる。

そして、劇場のカーテンコールでは、最後に登場の主役となっているのは、騎士たるオクタヴィアン。
彼女(彼)も、すべての幕に登場。
彼を巡って、男も女も恋の感情に揺れ動くわけだし、当然でしょうね。
こんな美味しい役はありませんが、ものすごく難しい役柄で、宝塚チックなお姿であれば満点ですな。

でも、わたしには、もうひとりの主役、元帥夫人~マルシャリンと呼んだ方がいい~の存在が一番好きです。
オペラの開始では、火遊びに身を任せ、喜びの中に溺れていたのに、髪を整え手鏡を覗きこんだ瞬間に自覚してしまった「時間」というものの残酷さ。
性を問わず、人間、歳を経てくると、ある時、そんな思いに突然捉われて、アンニュイになってしまうことが何度もある。
1幕の後半で、急変するマルシャリンの存在が、共感も伴い、素敵すぎるのです。

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 「今日か、明日かは知らないけれど、あなたは去って行く。別の人のために・・・、わたしよりもっと若く、もっと美しい人のために・・・・。」
 この予感がそのままに的中し、3幕では、愛した若いオクタヴィアンの背中を押して、新しい愛へと踏み出させるのです。
「いつか来ると思っていた、でも、こんなに早く来ようとはまったく思っていなかったわ」
身を引くことの美しさと哀しさ。
舞台から去るマルシャリンの後ろ姿に、いつも涙を禁じ得ないのです。

準主役ゾフィーは、これはもうお嬢様で、お人形さん。
でも意志をはっきり表明するところは偉い。
同じ親の都合で嫁がされる、マイスタージンガーのエヴァとも共通している役柄。
そして、「マイスタージンガー」と「ばらの騎士」は、登場人物の対比とハッピーエンドぶりがよく似ております。

このように、観る側によっての共感度合いも、さまざまなところが、このオペラの優れたところでしょうか。

 わたしの好きな場面は、
・1幕後半のマルシャリンのモノローグ。
・2幕前半のオクタヴィアンとゾフィーの人目を忍んでの愛らしい二重唱
・3幕最後の3重唱~大騒ぎで、オックスご一行が去ったあと、急激に雰囲気が変わり、精妙で感動的な音楽にうって変わる、この場面は神業に等しい。
そして、エンディングのお洒落で洒脱なことといったら!

まだまだ思うことたくさん。
でも長くなりますので、またいずれの機会に。

本日の映像は、ミュンヘンの毎年の風物詩だった、クライバーの指揮、写実的なシェンクの演出による79年の名舞台。
歌手もほぼ固定され、完璧に出来上がったチームだった。
72年の新演出で、翌73年のライブは、CD化されてますし、74年には、日本でも来日上演が行われてます。
マルシャリンは、ワトソンから、ジョーンズ、やがてポップへと引き継がれ、オックスは、ユングヴィルト、リッダーブッシュ、モルという変遷ですが、ほかの歌手はほぼ固定。
一番最良の時期に映像が残されて嬉しいです。

ジョーンズの気品あるデイムとしてのマルシャリンは、わたくしには最高です。
この頃、バイロイトでシェロー=ブーレーズのブリュンヒルデを歌っていた彼女。
素敵すぎます。
ファスベンダーのザ・オクタヴィアンは、もうそのもの、完璧。
同様に、ちょっと丸っこくなったポップの繊細で鈴の音のようなゾフィーも素敵。
彼女は、ゾフィーからマルシャリンに成長していったし、思えばジョーンズもオクタヴィアンまで歌い、そしてマルシャリンに
 ユングヴィルトは、演技はいいが、歌にもう少し個性とそのバスの深みが欲しいけど、贅沢かな。

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ちなみに、若きアライサがイタリア歌手。

そしてカルロス・クライバー!
何度も言うが、最高!
94年のウィーン盤よりも、ハツラツとしていて、音楽の弾み方がこちらの方がよろしい。
ピットの中で、嬉しそうに、腕をぐるぐる振り回している指揮姿も楽しい。
クライバー指揮するオーケストラは、舞台で起きている出来事や、人物の心情を抉るように、時には寄り添うように、千変万化して鳴り響いていて、耳が離せません。
音だけで聴いてもよろしい。
ソフトフォーカスな映像にそろそろ手を入れてもいのでは?

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過去記事 劇場編

 
「新国立歌劇場公演 P・シュナイダー指揮」

 「チューリヒ歌劇場公演 W・メスト指揮」

 「ドレスデン国立歌劇場公演 F・ルイージ指揮」

 「神奈川県民ホール公演 沼尻竜典指揮」

 「新日本フィルハーモニー公演 アルミンク指揮」

過去記事 音源編

「ばらの騎士」 バーンスタイン指揮

「ばらの騎士」~組曲 プレヴィン指揮

「ばらの騎士」~抜粋 ヴァルヴィーゾ指揮

「ばらの騎士」 ドホナーニ指揮

「ばらの騎士」~ワルツ ワルベルク指揮

「ばらの騎士」 クライバー指揮

「ばらの騎士」 ハイライト デルネッシュ

「ばらの騎士」~組曲 ヤンソンス指揮

「ばらの騎士」 ビシュコフ指揮

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ウィーン盤も美しい名演であります。
こちらはまたいずれ。

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2014年1月17日 (金)

ドヴォルザーク ピアノ五重奏曲 カーゾン&ウィーン

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去年、暮れの画像ですが、奇跡的に誰もいない靖国神社を背景に、九段下方面、大鳥居。

大村益二郎さんも立ってます。

なにかと喧しい、靖国神社ですが、都心ど真ん中に、こんな広いスペースがあって、日本庭園もあるし、わたくしのような人間でも、普通に憩える場所なのです。

前にも書きましたが、社会人になったとき、会社が九段下にあったので、ここから数分の場所でした。
よく散歩に来たし、7月には御霊祭(みたまさい)が華々しく行われて、若い同僚と来たものです。
夜店に、お化け屋敷に、数々の出し物。

いまや世界に名をとどろかす靖国ではなく、普通に、日本の市井にある神社のひとつの感覚でした。
あの頃はよかった。
バブルのずっと前。
力と発言力を増す隣国たちも、遠くにある存在だったし。

境内には、展示館があって、そこには戦闘機が置いてあったり、ショップもあって、かの国の方々が見たら卒倒しそうな品々も売られてますよ。
日本土産に、COOL!なんていって、喜んで買い求めるガイジンさんもいますしね。

わたしにとっては、若いサラリーマン時代の懐かしい場所だし、いまでは、近くに行ったときに立ち寄る緑多き憩いの場所なのです。

Dvorakfranck_klavierquintette

  ドヴォルザーク  ピアノ五重奏曲 イ長調

          Pf:クリフォード・カーゾン

     ウィーン・フィルハーモニー五重奏団

     Vn:ウィリー・ボスコフスキー、オットー・シュトラッサー
     Vla:ルドルフ・シュトレン   Vc:ロベルト・シャイヴァイン

       プロデューサー:ジョン・カールショウ
       エンジニア:ゴードン・パリー

                  (1962.12@ゾフィエンザール、ウィーン)


今年は、ドヴォルザーク没後110年だった。
もちろん、110という数字だし、特筆すべき記念年でもないけど。

ドヴォルザーク(1841~1904)は、天賦のメロディ・メーカーであります。

初期の地味な交響曲や、未知なるオペラ作品においても、どこか微笑みもたらす素敵な旋律が埋め込まれておりますし、後年の作品になれば、それはもうメロディ満載ということになります。

オールジャンルの豊富なドヴォルザーク作品の中にあって、室内楽部門は大きな比率を占めますが、タイトル付きの有名な弦楽四重奏曲とともに、今宵聴くピアノ五重奏曲は、曲の充実度もあって、もっとも知られた作品であります。

ピアノ五重奏は、2曲あって、ひとつは、1872年31歳の作品で、こちらは実は聴いたことがありません。
交響曲3番の頃なので、きっと、その民族的な要素も含めて、まだ個性が開花していない時分。

そしてイ長調の方は、1887年、46歳の充実期のもので、これも交響曲でいえば、第8番の頃。
それだけでも、いかに素敵であるか、わかりますよね。

4つの楽章のカッチリとした編成ですが、ドヴォルザークに特有の民族的要素がここでは、しっかりと据えられていて、第2楽章には「ドゥムカ」、第3楽章には「フリアント」と題された舞踊的なリズムが取り入れられてます。

ブラームスを思わせる、大らかで深呼吸をしたくなるような第1楽章。
ちょっと悲しげな旋律をロンド形式のように各楽器で展開するドゥムカ。
弾むリズムが楽しいスケルツォ楽章たるフリアント。
この楽章は、だいぶ前に、中村紘子が出たカレーのCMに使われてました。
そして、終楽章としてのしみじみした完結感と、たくみな堂々とした構成を見せる最後。
全曲に、たっぷりとした歌が満載ですよ。
いい曲です。

レコード時代は、スティーヴン・ビショップ・コワセヴィチとベルリンフィルの面々の演奏を愛聴しておりましたが、そちらのCDはまだ買い直すことができません。
そのかわり、CD時代初期に、カーゾンとウィーンフィルメンバーとのものを入手、これが実に優しくて、懐かしい演奏なのです。
往年のウィーンの雰囲気がそのままに、そしてクリアで、抒情的なタッチにカーゾンのピアノが、ドヴォルザークにぴったり。
この面々の名前と顔を思いだしつつ、聴いたりすることも楽しいです。

そして、ゾフィエンザールとカルーショウ、パリーですよ。

そうくれば、録音当時、進行中だった、デッカのリングの最強メンバーです。
芯があって、くっきりはっきり、暖かな音色が、スピーカーから流れてきます。

名曲・名演・名録音なり。

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2014年1月16日 (木)

ショパン 「舟歌」 ツィメルマン

Hakubai

都内の公園では、梅がもう、その蕾をふくらませてきまてました。

寒さはピークを迎えつつあり、北国では、雪もまだまだこれからなのに、こんな画像をすいません。

気持ちだけでも、春を先取っていただきたいものですから。

Chopin_balladen_zumerman

     ショパン 「舟歌」 ヘ短調

        ピアノ:クリスティアン・ツィメルマン

 

                  (1987.7@ビーレフェルト)

ショパン(1910~1849)の36歳の作品。

舟歌、と呼ぶよりは、「バルカローレ」と言った方が好き。

ショパンの作品の中でも、もっとも好きな作品。

ヴェネチアのゴンドラ漕ぎの歌を、舟歌=バルカロールとよび、8分の6拍子であることが多い。

そのたゆたうような、リズムを用いた音楽作品としては、フォーレのピアノ曲とオッフェンバックのオペラ「ホフマン物語」が、ショパンとともに高名です。

そして、日本人なら忘れちゃならない、演歌のひとつ、八代亜紀の「舟歌」もあります。

 お酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶったいかがいい。
 女は無口なひとがいい。

 しみじみ呑めば、しみじみと
 思い出だけが 行きすぎる

 涙がほろりと こぼれたら
 歌い出すのさ 舟歌を


あぁ、なんて、日本なんでしょう。
恨みつらみは、もう置いといて、諦念に身を任せ、酒にわが身を置くのだ。

そんなときのBGMは、八代亜紀じゃなくっても、心優しいショパンだっていいはずだ。
8分の12拍子でかかれたショパンの舟歌。

緩やかなリズムの、ピアノの漕ぎ手に、ゆったりと身を任せ、日々の思いを、ここに解放するのもいい。
微細に変化する旋律と、その調性。
わずか9分あまりのこの作品。
人の気持ちを、いつしか、デリケートに包みこみ、柔らかな感情にしてくれるでしょう。

このスムージィーな、この曲が大好きです。

ツィメルマンの硬軟豊かな演奏は完璧。

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2014年1月15日 (水)

モーラン 「ロンリー・ウォーターズ」 ディルクス指揮

Sodegaura1

1月1日の相模湾の夕日。

海辺に育ちながら、海から昇る朝日は、数えるほどしか見ていない。

朝が弱いのですよ。

それ以上に、夕日、夕焼けが大好き。

箱根と伊豆の山に、紅く染まりながら静かに沈んでゆく夕陽が、子供の頃から大好きだった。
そんな絵も描いてた少年でした。

Moeran

  モーラン 小管弦楽のためのふたつの小品

    「ロンリー・ウォーターズ」、「ホイソーンの影」

 

  ネヴィル・ディルクス指揮 イングリッシュ・シンフォニア

               (1971.6 @アビーロードスタジオ、ロンドン)


アーネスト・ジョン・モーラン(1894~1950)は、スコットランド系のジョン・アイアランドの弟子にあたり、ともに、英国抒情派のひとりとして、バックスとともに、ケルトの神秘かつ原初的な世界に大いに影響を受けた作曲家であります。

55歳の、海での事故死による短命だったが、その活動の当初は、アイルランド系にありながら、自身が育ったノーフォーク地方の民謡や風物の採取に熱中し、しかるのちにアイルランドの血に目覚めていったという生涯。

簡単にいうと、その音楽は、イングランド風な大らかでなだらか、そして抒情的なV・ウィリアムズの流れと、アイルランド・北イングランドのケルト風なシャープでミステリアスな、アイアランド・バックス風の流れと、このふたつの特徴を持ち、ときにそれらがミックス混在するユニークなものといっていいかもしれません。
(以上、自身の過去記事から引用しました)

そんなに多くはない、モーランの作品の中で、一番有名なオーケストラ作品がこちら。
あとは、交響曲とヴァイオリン協奏曲。

ふたつの小品とありますが、お互いにその関連性はないけれど、ともに、エッセイ風の瀟洒でデリケートな、ラプソディック作品であります。

「ロンリー・ウォーターズ」というタイトルからして、静的な水の流れを思わせ、気持ちが穏やかになりますが、その音楽も、まさにそのとおり。
移ろいゆく、水、それは、河でもあり、沼拓でもあり、静かな波の海でも、湖でもあります。
この動きの少ない静謐な音楽は、心に染み入る民謡調で、モーラン自身が少年時代を過ごしたノーフォーク地方のそれに相応しいものです。

日本人の誰しもが、和的な田舎の田園風景や、夕べの空に一筋に立ち上る野焼きの煙を思うように、モーランのこの音楽には、きっと英国に住まう人々の、同じような思いが去来するのかもしれません。
同様に、RVWも同じであります。

ふたつめの「ホリソーンの影」は、中世エリザベス朝の作曲家ホイソーンのパートソングに基づいたラプソディです。
古風ないでたちに身をまとい、そこに、先ほど来の、淡い色彩に基づく懐かしいほどの歌をにじませるのです。

こうした、モーランの作風は保守的ではありますが、そのいずれの音楽にも流れる抒情には、抗しがたい、ほのぼのとした魅力を感じるのであります。

英国ベテラン指揮者ディルクスの音源は、これ以外にはアイアランドやウォーロック、ハーティ、アーノルド、レイなど、地味系の英国音楽家のものばかりで、名も知れぬ要素ばかりなのですが、ここで聴く演奏は、心のこもった、共感にあふれたものでした。
優しいです。

モーランの過去記事

 「モーラン ヴァイオリン協奏曲 モルトコヴォッチ」 

 「モーラン 弦楽四重奏曲、ヴァイオリンソナタ メルボルンSQ」 

  「モーラン  交響曲 ハンドレー指揮」

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2014年1月14日 (火)

モーツァルト 交響曲第38番「プラハ」 アバド指揮

Gaien_4

冬の初めの頃の、外苑の銀杏から。

たっぷり敷きつめられた黄色の葉。

この頃は、日差しも弱くて、くっきりした日差しは、いまどきの雲ひとつない青空からのものの方がしっかりしてるかも。

まだまだ、これから冬は最盛期を迎えます。

日本全国、北はとりわけ厳しく、寒さもとりどりですが、どなたさまも、モーツァルトを聴けば、ほっこりするかも。

Mozart_abbado

 モーツァルト 交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」

   クラウディオ・アバド指揮 オーケストラ・モーツァルト

                     (2006.5 @ボローニャ)


アバドが、2004年に、ボローニャで創設した若い室内オーケストラ、モーツァルト管弦楽団。
とても残念なニュースが入ってまいりました。

先週末、その活動をしばらく停止するとのことです。

いつもお世話になってます、アバドのファンサイトを主幹されております、「ゆうこさん」のサイトでお教えいただきました。→こんぐらつぃあこんぐら日記

昨年のルツェルンを率いての来日中止以来、体調不良が伝えられているアバド。
その後の、モーツァルト管との演奏会もキャンセルが続き、その都度、同じく大巨匠のハイティンクが急場をしのぎ、ますます、ハイティンク神と、わたくしを熱くさせていたのですが、一方で、わたくしのアニキ、アバドのことが心配でなりませんでした。

そうした中で、飛び込んできたこのニュース。
とても不安です。
と同時に、ボローニャ市の苦境。

イタリア全体・各都市が財政難に悩んでいることは、アバドがスカラ座を率いていた頃と、なんら変わりがありませんが、アメリカのメジャーオケや、オペラ団体が破綻するなど、クラシック芸術分野をも蝕む不況の連鎖。
自由自在に、音楽が廉価に、気軽に楽しめるようになった時代の反動として、演奏の発信者の経済的不自由を生むこととなった。

既存レーベルの音源が発売早々から安く、自主制作の音源が高い。
これはもう歴然ですね。

話が別の方向に行ってしまいましたが、アバドが、若い演奏家たちに託した思いは、絶対に残して欲しい。
カラヤンが、音楽ビジネスを確立させようと躍起になっていたことは、いまの音楽業界のひとつの礎を築きましたが、一方で、アバドは、同じ70年代から、ヨーロッパ・ユースオケを指導し、ユーゲント・マーラー・オケを創設し、同じく、マーラー・チェンバーも作り出し、若い人の登竜門を開きました。
彼らは、欧米のオーケストラ奏者へと育っていきました。
さらに、ベネズエラ・メソッドにも協力し、凄腕ルツェルン管と、メーラー・チェンバーと、シモンボリバルを融合する流れも築きました。
同時に、イタリアでは、モーツァルト管。
20代の奏者限定で、アバドを慕うベテランたちが、進んで彼らを指導したりもしてます。

いつまでも若い音楽家との交流を大切にし、愛したアバド。

その音楽性の若々しさと、進取の気性がにじみ出ているのが、このモーツァルト演奏です。
スコア遵守、繰り返しを全部やって、3つの楽章、37分の大交響曲となった「プラハ」。

外観はそうでも、中身は、軽やかでしなやか。
ヴィブラートを抑え目に、ピリオド奏法も意識しつつ、そこに歌心は満載。
大巨匠が導く力の音楽表現という図式は皆無で、オケと指揮者の爽やかで、にこやかな相対関係。
ルツェルンと、年一回のベルリンフィル以外、プロの既存オーケストラの指揮台に立つことをやめてしまったアバドの思いが、とてもよくわかる演奏です。

でも、ファンとは、ずるいもので、そんなアバドに、ウィーンフィルの指揮台に立ってもらいたいし、何よりもスカラ座、ロンドン響や、シカゴ響にも、そうして欲しいと思うものなのです。

ゆっくりと体調を取り戻して元気な若々しい笑顔を見せて欲しいです、マエストロ、クラウディオ・アバド。

オーケストラ・モーツァルトのHP

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2014年1月11日 (土)

マーラー 「さすらう若人の歌」 F=ディースカウ

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もう松は取れてしまいましたが、東京駅の丸の内側にあった賀正リース。

かなり大きくて見栄えのするものでした。

いつも思うのですが、街を飾ったこうしたシーズン用品は、終わったら捨ててしまうのでしょうかね?
お飾りなら、納めるということもあるでしょうが、クリスマス系はとくに。

え?何故って、捨てるなら、もったいないから、欲しいから。

新年の名曲シリーズ。
今年は、各ジャンルごとに聴いてきましたが、最後は、歌曲部門。
さすがに、音楽史、現代部門には、万人の名曲というのは難しいもので、今回で終了となります。

Mahler_fd

    マーラー  歌曲集「さすらう若人の歌」

        ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

      ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

                     (1968.12 @ミュンヘン)


マーラーは、ブームではなく、もう完全に音楽界に定着したわけですが、歌曲の方は、その数も限定されているに限らず、交響曲に比して、必ずしも多く聴かれているわけではありません。
いずれの歌曲も、交響曲と密接なつながりを持ち、歌詞があることで、マーラー独特の厭世感と楽天的な明るさ、そしてドイツの風物に根差した自然観といったものが、より色濃く出ております。

一番聴きやすいのが、「さすらう若人の歌」で、わたくしも、これを一番先によく聴くようになりました。
交響曲第1番と、ほぼ併行するように書かれ、その旋律も共通していることからです。

いまでは、むしろ、この歌曲集は、あまり聴かなくなって、「リュッケルトの詩による歌曲集」を好むようになりました。
「亡き子を偲ぶ歌」は、あまりに宿命的で暗いけど、トリスタン的な世界が好き。
「子供の不思議な角笛」は、楽しくてバラエティ豊か。

で、「さすらう若人」は、若書きにもよるが、ちょっと稚拙。
しかも、この曲は、角笛民謡にも影響を受けつつの自作の詩。
それがよく読むとまた極端に情けない若人なのだから。

 1.君が嫁ぐ日

 僕の恋人が嫁ぐ日は、悲しい日。僕は自分の部屋に引きこもってしまうんですよ。
鳥さんに、もう歌わないでくれと言ってしまう。

 2.露しげき朝の野辺に

 鳥さんも、野の花も、世の中素晴らしいよ、と歌いかけて、元気になる僕ちゃん。
でも、僕はもう知っちゃてる。
僕の花は咲かないんだ、と、いきなりマイナス・オーラに・・・。

 3.僕の胸には燃える剣が

 僕の胸の中には、喜びと苦しみを、ずたずたにする剣があるんだ。
ブロンドの彼女を見ることすら苦しいよ。
だから棺桶に身を横たえてしまえば、もう見なくてすむね。

 4.君の青い瞳

 青い瞳が、僕を遠い地へと愛と悩みを手に旅立たせてしまった。
誰も別れを言ってくれなかった。
あっ、菩提樹が立っている。
そのもとで、身を横たえよう、はらはらと雪と花が舞い落ちてくる。
こうして、すべて忘れてしまおう。気分が楽になったわ。

ちょっと、茶化してしまいましたが、こんな哀しい若人。
しっかりせい、と言いたいところだが、若き日の、マーラーの一面である、その心の一端なのでありましょう。
ヨハンナ・リヒターというソプラノ歌手に恋して、ふられたマーラーの心情も映しこまれているともされます。

1と2の曲に、交響曲第1番の旋律が共通しております。
4の、最後、菩提樹のくだりでの、安住の地を得たかのような、安堵と諦念の入り混じったような場面は、とても素晴らしいと思います。

そのような千変万化の心情を、言葉ひとつひとつに託して、巧みに歌いこむことに関しては、フィッシャー・ディースカウは、名人芸級の歌手でした。
プライの青年的な微笑ましいくらいの歌唱とともに、F=ディースカウの知的で考え抜かれた歌唱も大好きであります。
明るく、ハリのある声と明晰な発声によるドイツ語は、安心感と寛ぎをわたくしに与えてくれます。

多くの録音と共演者のある同曲ですが、オーケストラは、クーベリックとバイエルンの明るい音色と、どことなくボヘミアの自然を感じさせる演奏は、これが一番かもです。
 

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2014年1月10日 (金)

モーツァルト 「フィガロの結婚」~「恋とはどういうものかしら」

Mikan_1

この正月、神奈川の実家の庭は、例年にないくらいの果実の収穫でした。

左は、甘夏で、こちらはまだもう少し。
右がネーブルで、いまが食べどき。
そして、あと、伊予柑に、柚子にレモン。

猫のひたいのような庭ですが、子供の頃には、桃、柿、ぶどう、キウイと、あらゆる果物を植えてました。
桃栗3年、柿8年、という言葉もまさに実感しましたね。

そう思えば、いまが最盛期の柑橘類なのでしょうね。

名曲シリーズにからめて、久しぶりに、お願いランキングを。

テレビ朝日の深夜番組で、萌えキャラに託したランキング番組であります。
それ系は、好きでもなんでもないけど、なんでもランキングが楽しい。

わたくしは、かねてより、クラシックヲタクとしての、自らのランキング記事をいくつか書いてます。
カテゴリーにも、ランキングを作ることとしましょう。

Bg_character_2014

今日のランキングは、ケルビーノの初々しいアリア「恋とはどんなものかしら」を。

  モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」 第2幕から

     「恋とは、どういうものかしら」

ヴェルディ、ワーグナー以降のオペラばかり聴いているワタクシですが、それでもやはり、モーツァルトのオペラは別格です。
なかでも、「フィガロ」は、その愉悦性と、その裏に潜む深い人間洞察を感じさせる音楽とで、本当に至宝の作品に思います。

シンプルが一番。

ピュアな音楽ですから。

ランキングとか言いながら、実は、順番は付けられません。
古今の名盤と言われるものを意外と聴いてないのもありますが、手持ち音源のケルビーノたちが、いずれも素敵なものですから。

かつて大求愛をされて結婚して伯爵夫人となったものの、いまや浮気な伯爵の愛も遠のいたように感じている夫人ロジーナ。
権力者の悪しき風習、初夜権を行使しようと、夫人の小間使いスザンナに色仕掛けを目論む伯爵。
スザンナの結婚相手は、かつて伯爵の恋の仲立ちをした、街の何でも屋フィガロ。
みんなで、伯爵を懲らしめる、ついでに、フィガロも騙されちゃう、社会体制や男社会に一矢投じたモーツァルトと台本作家ダ・ポンテの名作。

その中で、ケルビーノは、若くて可愛い小姓で、女性たちは、彼を女装させて、伯爵を騙そうというツールに利用しようとします。
でも、当のケルビーノは、伯爵夫人にも、そしてオペラの狂言回し的な主役スザンナにも、恋心を抱きます。
そんな彼が、揺れる心を、純心に可愛く歌うアリアがこれ。

メゾソプラノにあてられた役柄ですので、ズボン役ということになります。

後世、R・シュトラウスは、不協和音の激しい作風から、古典的な清潔な和音の世界に帰着し、その手始めに書いたオペラが「ばらの騎士」です。
そこでは、オクタヴィアンという若き騎士が、メゾ役で、その彼が、旧貴族を称する野比な男爵を懲らしめるというものです。
しかも、伯爵夫人の火遊びのお相手で、彼女は、自分の歳と時間の経過に怖れを抱いている・・・・・。

「フィガロ」と「ばらの騎士」は、わたくしの大好きなオペラの両巨頭でもありますが、このようにして姉妹作的な存在でもあるのです。

モーツァルトの書いた最高の名旋律のひとつ。
ヲタクの亭主を持った反動で、クラシックをまったく聴かない、うちのカミさん。
何故か携帯の着信が、この曲で、思いきりびっくりしたもんです。
それだけ、誰にでも親しまれる旋律なのですね。

・フレデリカ・フォン・シュターデ

フリッカのデビューレコードでも歌ってました。
カラヤンとショルティ全曲盤もありますが、わたしは、FM録音した、カラヤンのザルツブルクライブを長く聴いてきました。
まさに蠱惑的ともいうべき、フリッカの甘くて、シルキーな声。
今風のキレのいい歌唱とは相いれませんが、わたしには最高の歌声です。
そして、なによりも端正な美人さん。

・テレサ・ベルガンサ

ロッシーニの書いたロジーナもベルガンサは最高だけど、ケルビーノもいい。
知的で、すっきり、ボーイッシュで、ほのかな色気も漂わせます。

・アグネス・バルツァ

若き情熱と理性とのバランス感に秀でた、優等生的なバルツァのケルビーノ。
これはこれで、可愛い。
そして抜群の歌唱力。

・チェチーリア・バルトーリ

これまた巧い、うますぎる。
ときに、モーツァルトの場合、やりすぎの感もなきしにもあらず。
アバド盤での装飾歌唱は驚きだったけど、ソロ盤は、かなり抑制してます。
いずれにしても、最高のケルビーノでしょう。

・クリスティーネ・シェーファー

ソプラノよって歌われたケルビーノ。
聡明なシェーファーならではの、磨きぬかれ、考え抜かれた歌唱は、まるでシューベルトの歌曲のようで、凄みがありました。
映像で見たのですが、いつもながらに、ホクロの可愛い彼女です。

・タティアナ・トロヤノス

なんだかんだで、このケルビーノが好き。
ピュアで、ニュートラル。
なんにも染まってない純心純潔の美しさ。
ベームの、おっとりした伴奏もいい。

フリッカ、こと、フレデリカ・フォン・シュターデの映像発見。

コトルバスに、キリ。いい時代でした。

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2014年1月 9日 (木)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ルービンシュタイン

Wako

すらりとした駿馬。

銀座の和光のショーウィンドウ。

午の年、鮮やかに快走したいものでありますが、気が付くと、引くもの、負うものたくさんですよ(笑)。

まぁ、そんな「悲愴」感にとらわれず、2013年には、「告別」を送り、夜の「月光」の中でも、どんなときでも、「葬送」行進のようにならずに、緑鮮やかな「田園」の中をさっそうと走り抜ける「熱情」を持ちましょう。

ベートーヴェンの曲のタイトルって、どうしてこんなに、眉間にシワ寄せたような雰囲気のものが多いんでしょ。

Rubinstein_beetohoven


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調「悲愴」

        ピアノ:アルトゥーロ・ルービンシュタイン

                       (1962.4 )


ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、有名どころを中学生のときに、それ以外も広範に聴きだしたのは、高校から大学。
全曲盤を手に入れたのは、社会人1年目。

そんな感じで、ステップアップしていきました。

その後はマーラーの興隆にともない、ワーグナーから後期ロマン派の作品へと、嗜好が変わっていったものだから、あれだけ聴いたベートーヴェンのソナタからは、ちょっと遠ざかることとなってしまいました。

そんな日々の中に、かつて懐かしいソナタの数々を、たまに聴いたりすると、やたらと新鮮で、苦虫噛んだようなベートーヴェンの中にある、抒情や青春の息吹きを感じとったりして、あらためて、ほんとうに、いい曲なんだな、と痛感します。

「悲愴」ソナタは、1798年頃、ベートーヴェン27~8歳の時の初期に属する作品。

普段、曲にあまり命名しないベートーヴェンが、自らスコアに「パセティック大ソナタ」と書きいれた。
よほどに、悲劇的な側面を、タイトルにも入れて強調したかったのでしょうか。
いま聴くわれわれは、後のベートーヴェンのもっと深刻なる音楽を知っているので、ここでいう、ピアノソナタの「悲愴」の具合は、さほどでもなく聴くことができます。

交響曲第1番よりも、以前の作品とは思えないロマンの表出。
そこには、若さならではの情熱もあります。
楽章を3つに絞ったのも革新的だし、両端楽章が、厳しい短調に支配され、その間に抒情的な歌謡性を持つアダージョ・カンタービレの2楽章。

両端楽章の張り詰めたような、劇的で緊張感ある音楽に、胸を焦がした中学生時代。
2楽章のロマンに目覚めるのは、もっとあとのこと。

そして、いい歳こいた今、やはり2楽章の、あまりにも有名で、優しい抒情にあふれたメロディを聴くと、ほっとします。
今夜は、雪もちらつき、寒いです。
暖房の赤い色を、ぼんやり眺めながら聴く、この楽章。
とても癒され、懐かしい気持ちに満たされました。

ルービンシュタインのベートーヴェンは、そんなベートーヴェンの優しさを見事に引き出すとともに、男らしいきっぱり感も、感じさせる演奏です。
前にも書きましたが、「月光」はルービンシュタインのみずみずしい演奏が、中学生時代からの刷り込み。
「悲愴」や「熱情」は、もう少しあとから聴きましたが、少しばかりの華麗さも感じる、磨き抜かれた演奏に思いました。

名曲名演。

そして、わたしにとって、ベートーヴェンのピアノソナタ全集といえば、古めの人間ですからして、バックハウスということになります。

名曲シリーズは続く。

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2014年1月 8日 (水)

シューベルト ピアノ五重奏曲「ます」 ギレリス&アマデウスSQ

Azumayama_4

毎度の画像ですが、お正月の吾妻山は、相模湾を背景に菜の花が咲き誇っております。

春まで、この菜の花は一部頑張って、桜の花と華麗な饗宴を行います。

初夏にはつつじ、紫陽花、夏にはいち早くコスモス。

今日の名曲は、室内楽から、心弾むような素敵なメロディのこの曲を。

Trout_gilels_1jpg


  シューベルト ピアノ五重奏曲 イ長調 「ます」

         Pf:エミール・ギレリス

         Cb:ライナー・ツェペリッツ

   
         アマデウス弦楽四重奏団

    
                  (1975.8 @トゥルク、フィンランド)


シューベルトの音楽には、どこもかしこにも「歌」がある。

その朗らかな「歌」と裏腹に、どこか悲しい死の影のようなものも聴いてとれる。

でも、この「ます」には、ちょっと風変わりな編成ということもって、家族的な雰囲気も漂ってます。

1919年の秋口に書かれたこの作品は、オーストリア北部の町で鉱山業を営み、音楽を愛するアマチュア・チェリスト、パウムガルトナーさんの依頼によって書かれました。
ときに、シューベルト22歳。
その生涯は、あと9年しかありません。

昨日のショパンは、19歳の作品で、39歳の生涯。
モーツァルト35歳、シューマン46歳、メンデルスゾーン38歳。
早世の作曲家たちのなかでも、シューベルトは一番若くして亡くなり、そして、オールジャンルにわたったその作品数も非常に多い。

歌曲「ます」の旋律を第4楽章の主題として、変奏曲形式として、全体が5つの楽章に。
ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの編成。
だから、この曲は、低音域が厚みがあり、その分、ピアノの軽やかさと、高音域が引き立つように聴こえて、見事な5という数字のバランスを保っています。

Trout_1

「ます」の旋律は、まず弦楽だけで、優しく、親しみを持って奏でられます。

Trout_2


そして、第1変奏から、ピアノが登場。
弦が、さながら水のさざ波のように、たゆたう中、ピアノは、その中を泳ぐ鱒のように、ときにトリルを聴かせながら、気持ちよさそうにメインテーマを弾くのです。

こんな素敵な旋律と、その変奏の展開って、ちょっとないですよ。

歌の人、シューベルトに脱帽です。

きっと初演で、チェロを弾いたであろう依頼者のパウムガルトナーさんは、幸せな気持ちで、一家団欒のようにして、こお曲を楽しんだことでしょう。

ほかの4つの楽章も、みんな素敵ですよ。

思わず深呼吸したくなるような、みずみずしい第1楽章に、さわやかで、次々に転調していって微細にムードが変わる2楽章は、いつまでも浸っていたくなります。
快活なスケルツォの3楽章、陽気な終楽章でおしまい。

今宵の演奏も、ちょっと古めだけど、思い出の1枚。
高校生の時に、よく聴いたものです。
硬派なイメージのギレリスは、西側に出てきてDGに録音をたくさんし始めて、柔和さと、音の深い探求ぶりとで、実は凄いピアニストなのだということを痛感したものです。
ブラームスやモーツァルトの協奏曲に、ベートーヴェンのソナタなど。

アマデウスとのコラボレーションが、とても新鮮だったこの1枚。
全員が、生真面目にこの曲に取り組みながらも、どこか微笑みを絶やさす、まろやかな美しさにあふれた名演だと思います。
ベルリンフィルの名物コンバス奏者、ツェペリッツも嬉しい。

ブレンデルやペルルミュテールもよく聴いてきた1枚ですね。

Azumayama_5

こちら側の海は、三浦半島。

子供たちが寒いのに、薄着で元気に、縄跳びで遊んでいました。

お正月の光景です。

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2014年1月 7日 (火)

ショパン ピアノ協奏曲第2番 ポゴレリチ&アバド

Narcissus

お正月の吾妻山のスイセンの群生。

満開で、いい香りをふりまいてました。

学名は、ナルキッソス。

そう、ナルシストは、ギリシャ神話の美少年から来た言葉。
あまりに美しいけれど、いいよる女性を片っ端から断り、あげくには、水鏡に映り込む自分の姿に恋するように呪いをかけられ、自分に恋焦がれて死んでしまう。
下をうつむく、水辺に咲くこの花に、その名前がつけられたよし。

日本水仙は、そんなことは思わせず、清潔清楚な雰囲気でありますね。
白と黄色と緑がよろしい。

新春名曲シリーズ。

Choin_pogprelich_abbado

  ショパン ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調

         Pf:イーヴォ・ポゴレリチ

    クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

            (1983.2 @オーケストラホール、シカゴ)


2曲のショパンのピアノ協奏曲は、最初は、1番を聴き、2番はだいぶ後で聴いた。

中学生という多感な時期に聴いたアルゲリッチとアバドの1番の名盤。

少し大人になると、その1番を聴くのが何故か恥ずかしくなって退屈するようになってしまった。
大学生の頃に、真面目に聴いた今度は2番の方。
こっちの方が好きになった。

ショパンのピアノ作品全般を万遍なく聴くようになったからか、そのリリシズムが、この曲の第2楽章にもっともよく表れていると思ったものだ。

そして、自分の結婚式では、式中に流す音楽を自ら選曲し、この2番の2楽章を流しました。
今思えば、これもまた恥ずかしいことなのですが・・・・・。

その時に使った音源が、今日の演奏です。

1829年、ショパン19歳の時の作品で、出版の関係で、この曲の方が先で、1番は翌年の作曲。
有名なお話ですが、ロマンティックな2楽章は、ワルシャワ音楽院を卒業したばかりの声楽家、コンスタンティア・グラドコフスカ嬢のことを思いながら作曲したとあります。
甘~いエピソードですねぇ。
6歳上のジョルジュ・サンドや、ポトツカ伯爵夫人、婚約までした若いマリア・・・モテモテショパンを思うと、恋愛感情は、いかにショパンの創作を刺激していたかわかります。
わたしら凡人が、そんなことしたら、怒られてオシマイですが・・・・・。

ポゴレリチ様も、その道にかけてはなかなか。
師であり、妻でもあったアリス・ゲシュラッゼの死もありました。
とはいっても求道的な面もあるポゴ様ですから、何を考えてるかわかりませぬ。

指揮する、我らがアニキ、アバドも、それなりに、そちらもありましたね。

芸術家は、お盛んだということで。

しかし、若き日の、ポゴレリチのピアノの多彩さと恐るべき推進力といったらございません。
他の演奏が、これ聴いちゃうと、やたらとヤワに聴こえてしまう。
テンポを自在に動かし、強弱の対比も凄まじく、それでいて非自然さはなく、いつの間にか、聴く側はすっかりポゴ様のピアノに飲みこまれてしまい、夢中になってしまうという按配であります。
ことに、2楽章はすんばらしい!
シャープさも感じる鋼のような表情に感じる抒情。
変な表現ですが、甘さ一切なしの、ロマンティィズム。
両端楽章の活力あふれる変幻自在ぶりにも耳が離せませぬ。

そんなポゴに、アバドとシカゴ響は、完璧について行きます。
こんなハイスペックのオーケストラを、響きの薄いショパンのオケに使うなんて、なんと贅沢なことでしょう。
ときに、威圧的な分厚さをオケに感じますが、アバドは、さっと押さえこんでしまいます。
オケは2楽章で、そっとささやくような絶妙の背景を作り出しておりました。

Pogorelich

デビューした頃のポゴレリチを、砂川しげひささんが描いてました。
レコ芸の連載から。

そんなポゴさまと、わたくしは、よく見たら同い年。

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2014年1月 6日 (月)

グリーグ 「ペールギュント」組曲 ハンドレー指揮

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夕暮れの相模湾と箱根山麓。

まだお日様が明るいうちから、こうして山の向こうに沈むまで、1時間も見てました。

こんなゆっくりとした時間も自分には、とても愛おしく思えたお正月の一日。

はやくも、はじまりましたね、日常が。

みなさまも、心に、そんなゆったり感をきっと秘めて、また毎日の始まりを実感されたのではないでしょうか。

例年通り、正月明けは、新春名曲シリーズであります。

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   グリーグ 「ペール・ギュント」組曲 第1番、第2番

     ヴァーノン・ハンドレー指揮 アルスター管弦楽団

              (1986、89 @アルスター・ホール、ベルファースト)


グリーグ(1843~1907)の「ペール・ギュント」は、中学校の音楽の授業で聴きました。

その時の音楽の教科書には、絵入りで、冒険に燃えるペールは、きらきら眼の青年、故郷に残した可哀そうな老母と、彼を愛したソルヴェーグは、すがるような気の毒な眼差し。

まったく、海や山に近い国々の男たちは、故郷や肉親を顧みずに、アドヴェンチャーなのでして、それは洋の東西南北もありません。

ノルウェーの文豪イプセンの書いた物語そのままに、劇音楽とし、同時に管弦楽組曲を仕立てたグリーグ。

中学の音楽では、国民楽派というカテゴリーで習いました。
たしかに、そのとおり。
ドイツ・オーストリア・イタリア・フランスじゃない広域ヨーロッパ音楽の一環。

じゃぁ、イギリスはどうなんだ?

北欧系の音楽が、イギリスの作曲家にあたえた影響は少なからず大きい。
ディーリアス、バックス、バントック、アイアランド、

国民楽派でなく、ヨーロッパ後期ロマン主義と呼びたい。

グリーグの音楽は、北欧ならではのクールな清涼感と、優しく懐かしいメロディにあふれている一方、なかなかにダイナミックなオーケストレーションの妙も味わあせてくれます。

「朝、オーゼの死、アニトラの踊り、山の王の宮殿にて」

「イングリットの嘆き、アラビアの踊り、ペール・ギュントの帰郷、ソルヴェーグの歌」

いずれの8曲も、何故か、中学の授業で聴いたとおりの印象があり、そして、それぞれの曲名をそらんじてる自分が嬉しかったり。
同じ思いは、「くるみ割り人形」と同じ。

長じて、この曲に、北欧の澄んだ空気と、リリシズム、優しい歌、それらの半面の、厳しい環境と荒々しい生活を、より感じるようになりました。

名曲も、少年時代と、オジサン時代とで、受け止め方が変化するのはあたりまえ。

ハンドレーとアイルランドのオーケストラのクール感は、ブルー系で、とってもグリーグに相応しい桂品なのでございました。
昨日のカラヤンも、手とり足取り、明快な演奏なのですが、充分すぎる案内人に、疲れてしまいそう。
ほどよく、突き放してくれる、ハンドレー盤。

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2014年1月 5日 (日)

チャイコフスキー 交響曲第5番 カラヤン指揮

Hamamatsucho201401

毎度おなじみ、2014年1月の小便小僧。

左手は新幹線、右手は山手線。

Hamamatsucho201401_2

はいはい、ご覧のとおりに、正装で、干支の縁起物も飾られてますね。

まいど、これらのコスプレを手掛けられてるボランティアの皆様の手際には、毎度、感服いたします。

そして、今年もお世話になります。

ながらく、月替わりの小便小僧は、月イチの幻想交響曲とセットで、記事にしてまいりました。
まだまだ、幻想交響曲の音源はありますし、聴いてみたい音源もたくさん。

しかしながら、今年から、変化も加えたくて、月イチに、もう1曲加えたいと思いまして、なんたって、あなた、チャイコフスキーの交響曲第5番なのです。

「月イチ、チャイ5」、始めました。

その時の気分で、「幻想」と交互に聴きます。


Tchaiko_sym5_karajan

  チャイコフスキー 交響曲第5番

   ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1964.@ベルリン・イエスキリスト教会)


2014年のスタート、1月の月イチ・チャイ5は、カラヤンの64年物。

生涯にカラヤンは、この曲を何度録音したことでしょう。

でも、わたくしは、この演奏と次のEMIのものしか聴いたことがありません。

小学生のときに、N響アワーかなにかで観た岩城宏之の熱烈な指揮によるこの曲の演奏が、初チャイ5。
マイクをテレビのスピーカーにあてがって、家族に会話厳禁を指示しながらの必死の録音は、いま思えば、あまりに稚拙。
終楽章のコーダで、終った感があったので、マイクを話しちゃったら、まだ続いた・・・・。
のちに、伯父が、○○ちゃん、イヤホーンジャックにコードを繋いげば、マイクなんていらないよ。と教えてくれ、一皮向けたエアチェック生活。

この曲に開眼し、さてレコード購入と、冬休みの従兄の家でお年玉をもらい、そのまま池袋のヤマハへ。
たくさんあった、チャイ5のレコード。
マゼールか、カラヤンか。当然に、当時まだカラヤン好きだったし、シングルジャケットのマゼールには目もくれず、豪華見開きのカラヤン盤を。

以来、擦り切れるほどに聴いたレコードは、実家のレコード棚に、いまだにきれいに保管されてます。

この演奏は、すでに当ブログにて記事にしてまして、重複しますが、月イチ開始によりまして、その第1回目は、やはりこれを聴かざるをえません。

歳を経て、あらためて聴いてみて、少し華美にすぎるとか、表面的にすぎるとか、思うことも事実です。
しかし、美しい音色と響きを、ともかく集約させた演奏。
どんなときでも、美しい。
人が落ち込んでいようと、悲しんでいようと、明るく元気なときでも、カラヤンのチャイ5は、変わらずに美しく、なめらかで、明るく、華やか。

イエス・キリスト教会での当時のベルリン・フィル録音に共通の、響きの良さと、その華やかさ。
後年の、フィルハーモニーでは、音に芯があってかっちりした感じを与えることになるが、こちらは、より壮麗。
どちらもまた、ベルリンフィル、そしてカラヤンの音をよく捉えていると思います。

そうした印象をそのままに、そこにさらに、カラヤンの巧さが加わり引き立つわけです。

前にも書きましたが、2楽章の甘味さは随一で、クライマックスを過ぎ、弦のピチカートをバックに主題が再現されるところを、他の演奏では、「ポロン・ポロン」と聴こえるが、カラヤンは「ポロローン、ポロローン」と余韻豊かに聴こえます。

終楽章のあきれかえるくらいの、推進力と爆発力は、ベルリン・フィルの威力炸裂。
木管・金管の名手たちの名人芸も、カラヤンの統率からはみ出て華麗に振る舞ってます。

 

何度聴いても、何度聴いたかわからないけれど、カラヤンのチャイ5は、大好きなのです。

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ジャケットB面、いい雰囲気

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小便小僧B面、よくできてます、凛々しい~

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2014年1月 2日 (木)

J・シュトラウス 「くるまば草」序曲 アバド指揮

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1月2日の夕方の吾妻山。

菜の花が7分咲き。

相模湾に夕日が映ってきれいなのでした。

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   J・シュトラウス 喜歌劇「くるまば草」 序曲

 

 クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                        (1991.1.1 @ウィーン)


最近は、すっかり見なくなってしまった、ウィーンフィルのニュー・イヤーコンサート。

いつから見なくなっただろう。

たしか、ヤンソンスが初登場した年が最後だと思うから、もう10年かもしれない。

何故、こうなったかはよくわからないけど、ウィンナワルツがちょっと飽きちゃったのと、毎年変わる指揮者たちに、あんまり新味がなくって、わくわく感もなくなっちゃったからかも。

昔は、ボスコフスキー・オンリーで、そのあと、マゼール、カラヤン、アバド、クライバー、メータ、ムーティと、思えば楽しかったものだ。

でも、もっと年とって、おじいちゃんになったら、孫か、猫を膝に抱いて、うっとり顔で、ニュー・イヤーコンサートを見ることになるかもしらん・・・・・。

今日は、かつて2度登場した、アバドの最後のニューイヤー、1991年ものの中から、冒頭演目の「くるまば」序曲を。
当然に、ことしのニュー・イヤーは見てないけど、いま調べたらバレンボイムだったのね。
そして、この曲も演奏してるのね。
全然偶然の選曲でした。
だって、この序曲、大好きなのです。
ボスコフスキーで聴いて、そしてアバドが爽快に演奏したものを聴いて!

1895年に初演されたシュトラウスのオペレッタで、その内容はよくわかりませんが、ブラームスが、シュトラウスのスコアに手を加えたとあります。
分厚い響きも感じますが、優美なワルツと、少し表情を情熱的にした同じワルツの対比が素敵ですし、アップテンポで盛り上がってゆく、終結部も、オペラの始まりを楽しく予見させるナイスなものです。

Abbado


アバドのにこやかな表情と、しなやかな指揮ぶり。
オーケストラの面々も、大ニコニコ大会であります。

アバドが、ウィーンフィルを指揮しなくなってしまって、もう久しいですが、こんな演奏や、下の映像を見ちゃうと、もう一度!、と熱望したくなります。

昨年に来日取りやめ以降、コンサートのキャンセルが続いてますが、ことしは、じっくり養生して、また元気な笑顔を見せて欲しいものです。
大巨匠ですが、アバドは、わたくしにとっては、アニキみたいな存在ですからして。

わたくしも、このときの映像はビデオに残してあります。

懐かしい~

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2014年1月 1日 (水)

R・シュトラウス 「ばらの騎士」組曲

Jpg

年 今年もよろしくお願いいたします。

さっき、ご挨拶をしたとおもったら、もうこれだ。

この終いをつけ、あらたな始まりを祝う風習や、その感情の醸成は、島国の日本人ならでは。

わたくしも、日ごろの鬱憤を忘れて、新春を寿ぎましょう。

今年の、アニヴァーサリー作曲家は、キリのいい年周りでいうと、R・シュトラウス(1864~1949)ぐらいで、あとは小粒です。
強いていえば、ラモー(没後250)、C・H・E・バッハ(生誕300)、グルック(生誕300)、リャードフ(生誕100)、あと、アルマ・マーラー(没後50)なんてのもあります。

ですから、わたくし的には、R・シュトラウス・イヤーなのです。

これまで、全オペラを聴いてきましたが、またいくつか取り上げたいと思います。

そんな楽しみもある2014年の始まりは、「ばらの騎士」。

「ばらキシ」でございます。

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   R・シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」 組曲

    アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                 (1992.10 @ムジークフェライン、ウィーン)


15作あるR・シュトラウスのオペラの中で、一番上演回数も多く、人気がある作品が、「ばらの騎士」です。

前作「サロメ」までの、尖鋭的で、血なまぐさい音楽とドラマは影をひそめ、耳当たりのいい、ワルツを中心に据え、細やかな感情の機微を、ホフマンスタールの名台本を得て描き尽した名作です。

そのなかから、管弦楽曲を編み出して、組曲としたものが、約22分ぐらいのこちら。

さらに、一番有名なワルツは、コンサートのアンコールピースとしてもよく演奏されます。

「ばらの騎士」は、あらゆるオペラの中で、5指に入るくらいに好きで、その舞台もたくさん見ております。
少し年を経てしまった女性の、揺れ動く気持ちと、自分を見つめ、時間の経過に気付く、自戒と諦念、そして、あらたな道へと踏み出す勇気。

そんな儚いドラマを、シュトラウスは音楽で完璧に描き出してやみません。

今月の神奈川フィルの定期演奏会と、翌日のミューザ特別演奏会では、この曲がメインとなります。

親子でウィーンフィル出身のゲッツェルさんの、主席客演指揮者就任披露公演となります。

年初めから、とろけるような魅惑的な演奏会に出会うこととなってます。

そちらで、お会いできれば、幸いです。

本年もみなさまにとって、よき1年でありますように。

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