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2014年1月28日 (火)

ストラヴィンスキー 「火の鳥」組曲 アバド指揮

Lso

クラウディオ・アバドと、もっとも相性の良かったオーケストラ。

いくつもその指を折ることができますが、ロンドン交響楽団は、アバドが気兼ねなく、好きなことをやれたし、アバドの個性がそのままストレートに表出できたオーケストラではなかったでしょうか。

アバドの本格的なデビューは、イタリアのトリエステですが、世界に羽ばたくきっかけとなったミトロプーロス指揮者コンクール1位入賞後のエポックは、ザルツブルクでのウィーンフィルとのマーラー「復活」。
 その後、スカラ座、ニュー・フィルハモニアときて、ロンドン響。
デッカへの、ロンドン響とのプロコフィエフ録音が生まれます。
同時に、ウィーンフィルとのベートーヴェンの7番。

ですから、アバド最初期のオーケストラは、スカラ座、ウィーンフィル、ロンドン響ということになりますし、同時にベルリンフィルとも関係が始まってます。

ケルテスからプレヴィンへと、ロンドン響の指揮者が変わっていった時期、アバドも同オケの重要指揮者となり、常連指揮者として相思相愛の関係が築かれました。

たくさんの録音がなされましたが、メンデルスゾーン、プロコフィエフ、ヤナーチェク、ロッシーニ、ストラヴィンスキー、チャイコフスキー、バルトーク、ビゼー、ラヴェル・・・・。
もうあげたらきりがありません。

そんな中から、今日は実演も聴いたし、アバドの名を一挙に知らしめたストラヴィンスキーをアバドの思い出とともに聴いてみました。

Firebird_abbado

  ストラヴィンスキー バレエ組曲「火の鳥」

   クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団

                    (1972.11 @ロンドン)


録音年代からすると、アバド初期といってもいいかもしれない。
このあと、「春の祭典」で、一挙に大ブレイクしたアバドのストラヴィンスキーは、ロッシーニやヴェルディ、マーラーとともに、アバドの才能を認めたくなかった評論家筋をも黙らせてしまう、個性的かつ鮮烈な演奏でした。

発売されるごとに、喜々として買い集めたアバドのレコード。
しかし、レコ芸などの評価は、あまり芳しくない。
自分の思いとは逆の評論に、腹立たしくもあり、がっかりの日々でした。

そんな時に出現した、「アバドのストラヴィンスキー」は、いずれも高評価で、アバドを信じ、愛してきた自分にとっても喝采を受けたような気分でした。

アバドのストラヴィンスキーは、強弱のメリハリがあきれるほどに豊かで、繊細な場面と爆音との格差が激しい。
しかも、その広大なダイナミックレンジにも関わらず、弱音でも強音でも、豊かな歌にあふれていて、ことに「ハルサイ」の歌謡性は、驚愕のものだった。

そのアバドの機敏な指揮に、ぴたりと付いて離れなかったのが、フレキシビリティあふれるロンドン交響楽団。

アバドの棒に、すぐさま反応し、歌い、そして暴れる。

三大バレエ、プルチネルラ、カルタ取り、ともに残したストラヴィンスキー。
すべてがわたしにとっては絶品です。

Lso1983


1983年に、アバドとロンドン交響楽団は、日本を訪れました。
来日中に、楽団は、創設以来初の音楽監督のタイトルをアバドに贈ることになり、日本で世界に向けて発表されました。

Lso1983_a

わたくしは、この東京公演すべてを最上の席で聴くことができました。
サラリーマン生活も少し慣れ、給料は音楽と酒につぎ込む日々でした。

 ①ストラヴィンスキー 「火の鳥」
   マーラー       交響曲第1番「巨人」 人見記念講堂

 ②ラヴェル       「ラ・ヴァルス」
  マーラー       交響曲第5番      文化会館

 ③バルトーク      「中国の不思議な役人」
   ベルリオーズ    幻想交響曲
   ブラームス      ハンガリー舞曲第1番 (アンコール)文化会館


そのうち、①と②は、FM放送があったので、いまもその音源はCDRとして持っております。
2度目のアバドとの出会い。
間近でまみえるアバドの指揮は、若々しく、ダイナミック。
大きな身振りなれど、出てくる音は緻密で繊細。

当時の日記に、稚拙な文章ながら、その感動が記されておりました。

「大好きなアバドの指揮ぶりが、まさに目と鼻の先、2mくらい? で展開されたのだ。
思ったより大きい身ぶり。スカラ座のときより派手じゃないかな。
しかし、的確な動き、そしてクライマックスを築く巧さ、やはりLSOだと安心して力が入るのかな・・・・」

長いので、これはまた改めての機会に書き記したいと思います。

昭和女子大のホールは、当時よく利用されていて、確かに、女子大生が多かった。
女子大生に囲まれて、鼻の下を伸ばしながら、大好きなアバドのストラヴィンスキーやマーラーを聴いている、若いサラリーマンをご想像ください。

ブリリアントで、輝かしい「火の鳥」は、王女たちのロンドの弱音が極めて美しかった。
そして一転、凶暴なる、カスチェイの踊りの大トゥッティ。
安らかな眠りについていた女子大生たちが、仰天して、身構えて起きる姿を左右前後に確認して、ニンマリしたものです。

Abado_lso_1_2
  (音楽監督就任会見 オーボエのキャムデンと @東京)

3つの公演の圧巻は、マーラーの5番。
あとにも先にも、5番の実演では、わたくしはこれがイチバン。
アダージェットの繊細な歌いまわしの美しさと、終楽章の大クライマックスで、両腕で指揮棒を持ち振り降ろした、その劇的な指揮姿とオーケストラの見事な反応、怒涛の終結は、いまでも覚えております。

そのあとのアバドは、ミラノ、ロンドン、ウィーン、シカゴと欧米をまたにかける大活躍で、どんどん充実していくのでした。

いま手元にある「火の鳥」を、順繰りに聴いてます。
ロンドンDG盤、ECユースオケ盤、ロンドン来日公演、ベルリンフィル来日公演盤。

いずれのアバドの「火の鳥」も、しなやかに羽ばたく、輝かしい演奏でした。

多くの感動と力を与えてくれ、そしていま、天に羽ばたいていったアバドに感謝します。

ロンドン交響楽団との共演で偲んだアバドの業績。

次回は、ウィーンフィルです。

アバドと、つながりのあったオーケストラを、こうしてひとつひとつ聴いて行きたいと思います。

Abado_lso_2

LSOメンバーを東京で招待してパーティ。

マエストロ・アバドならではの、人懐こい笑顔ですね。
(当時の音楽の友より拝借)

Lso_2

アバドの残してくれた、音楽とその思い出は、不死鳥のように、ずっと永遠です。

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コメント

yokochanさん

 懐かしい記事!、この頃私も若く、あの頃を思い出します。私は昔から海外の指揮者名を漢字で書いて遊んでいましたが、アバドは「蔵腕尾・暴度」でした。減帯・本・空家(ヘルベルト・フォン・カラヤン)とか、序氏・競(ジョージ・セル)、及弦・四踏(オイゲン・ヨッフム)など、ふざけて喜んでいたものでしたが。
 アバドの火の鳥は、組曲なのでちょっと残念ですが、他の2曲は全曲盤で、聴き応えがありますね。

投稿: 安倍禮爾 | 2014年1月28日 (火) 23時34分

安倍禮爾さん、こんにちは。
蔵腕尾・暴度とはまた!
さすがです!まいりました。

ロジェストヴェンスキーやスクロヴァチェフスキーは、どうなってしまうんでしょう(笑)

アバドの3大バレエは、アバドの残した若き日の金字塔だと思います。

投稿: yokochan | 2014年1月29日 (水) 12時20分

2月5・7・9・11日に、アムステルダムの’指輪4部作’を変則的に観ます。(黄昏、ライン、ワルキューレ、ジークフリート)


ところで、コンセルトへボウの今シーズンのテーマ は、ロシア物。どこの室内楽もオーケストラも極力、最低1曲は取り上げています。

今度2月6日、マリス・ヤンソンス指揮ロイヤルコンセルトへボウ管で、ストラヴィンスキーの”カルタ遊び”。を聴きます。
(日本に来ていないはずの)Apollon Musagèteカルテットで、同日に”コンチェルティーノ”という作品も取り上げています。

アバド指揮のストラヴィンスキーは、レコードという時代から名盤扱いでしたよね。。覚えていますよ。。


僕はもう田舎から東京に行くことはないです。。。東京に居るときは、本当数多くの’衝動状態’でクラシックのコンサート・オペラに通いました。もうないですね。。。

飛行機での、空港の3レターコードで書きますが、この春の羽田国際化で同日中に、ヨーロッパに行くことが可能になってしまうからです。自宅から空港まで高速道路使って、空港まで28分。
TOY--(via HND---FRA、MUC、CDG)--VIE,
ZRH等が可能になってしまうからです。帰りも羽田着の同日中にTOY到着ができるからです。

アバドの逝去、しばらく音楽業界に影響を残すでしょう。

こういうことなら、ベルリンフィルのポスト競争をしたロリン・マゼールの演奏会、ミュンヘンフィルも視野に入れて置くべきだったですね。

視野に入れた日のコンサート、マゼールも真面目に充実しているので。。


投稿: T.T | 2014年1月29日 (水) 17時21分

 尊敬するアバドの逝去後、初めて投稿させていただきます。アバドの音楽を35年に渡り、聞いてきてきました。最初はマーラーの4番の交響曲で魅了され、ロンドン交響楽団とのモーツアルトの40番、41番の端正な姿にほれぼれしたことを思い出しています。ストラビンスキーの「春の祭典」は一昨日CDで聞きました。
 近くにはアバドの芸術を共に語り合う人もいないので、しばらく静かに彼の音楽を聴き続けようと思うます。この1983年のロンドン交響楽団の来日の際はまだ学生でコンサートには行けませんでした。しかし新聞評でも絶賛で、特にマーラーの5番の交響曲はこの時からコンサートの曲目として定着した記憶があります。
 ただ一つ気になるのは、確かにアバドのロンドンでの仕事は最高でしたが、その後のウィーン、ベルリン、ルッツェルンなどでの仕事も素晴らしかったと思うのですが。この一週間は、アバドとウィーン・フィルのベートーヴェンの交響曲を聴きながら、柔らかなしかも明晰な演奏に心打たれ、素晴らしい光をあびているような心持ちになっています。 まとまりが悪い文章ですいません。まだ活躍を予想していたので、逝去の報に動揺しました。心からの感謝と敬意をアバドに捧げたいと思います。あなたほど、音楽を通じて人間の尊厳を体現した人はいないと思います。

投稿: 新潟のbeaver | 2014年1月29日 (水) 20時24分

よこちゃん様。遅くなりましたが貴殿の最愛のマエストロ、アバド氏の死去に心から哀悼の意を申し上げます。
何だか会見の写真がサイモン&ガーファンクルに見えて仕方ないのですよ。
記事を読んで「火の鳥 」久しぶりに鑑賞しました。明日は「ハルサイ」を聴こうと思います(アバド盤でなくて申し訳ない…)
亡くなってなおその人に傾倒し敬愛する貴殿の心に触れ、いいなぁ(単純だけど、この表現が一番ぴったりくるので)と思う私です。

投稿: ONE ON ONE | 2014年1月30日 (木) 02時54分

T.Tさん、もうすぐ渡航ですか。
あちらも寒そうですが、リング楽しまれることをお祈りしてます。

成田はますます寂しいことになります。
物流基地化するのでしょうね。

アバドは若い奏者をオケの中でたくさん育てましたので、これからもずっと、アバドの意志や気持ちを汲んだ奏者たちの活躍で、アバドの影響は残り続けるでしょうね。

投稿: yokochan | 2014年1月31日 (金) 09時04分

新潟のbeaver さん、アバドへの思いあふれるコメントを頂戴いたしまして、ありがとうございました。

亡くなってしまってもう10日が過ぎました。
いまだに信じられないし、信じたくありませんが、いまは過去の演奏から順に聴くことで、アバドの存在が自分の中にしっかり根付いていくことを感じております。
きっと多くの方がそうなのではないでしょうか。

アバドはフレキシビリティあふれる指揮者でしたから、ロンドン後の活動は、それぞれのオーケストラと手を携えるように、素晴らしい活動をしました。
そのあたりを、振り返っていくつもりです。

マーラーの5番は、ちょうどこの頃から、わたくしも集中的に演奏会で聴くようになりました。
アバドの少し前に、ベルティーニ、アバドのあとに、マゼール、ショルティ、小澤とたくさん聴きましたが、アバドが一番でした。

あらためまして、心に触れる哀悼の言葉、ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2014年1月31日 (金) 09時12分

ONE ON ONEさん、こんにちは。
アバドへの追悼のお言葉、いたみいります。

あの写真、時代的に、そんな風ですね。
当時のロンドン響の首席奏者たちは、超有名なひとばかりで、写真で見ると、みんな当時のロックやポップス歌手みたいなんです。

アバドの死、自分との歳の開きも鑑みて、いつか来るもの、とは思っておりました。
が、しかし来てみると、現実とは思えず、ぼぉ~っとしてしまう自分があるのでした。
年頭に、手兵のモーツァルト管の活動中止の報など、なんとなく不安な気持ちになっていて、ブログでも書いたのですが、それが的中してしまいました。

ずっとずっと、アバド好きで、これからも、そうあると思ってます。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2014年1月31日 (金) 09時18分

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