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2014年1月 9日 (木)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ルービンシュタイン

Wako

すらりとした駿馬。

銀座の和光のショーウィンドウ。

午の年、鮮やかに快走したいものでありますが、気が付くと、引くもの、負うものたくさんですよ(笑)。

まぁ、そんな「悲愴」感にとらわれず、2013年には、「告別」を送り、夜の「月光」の中でも、どんなときでも、「葬送」行進のようにならずに、緑鮮やかな「田園」の中をさっそうと走り抜ける「熱情」を持ちましょう。

ベートーヴェンの曲のタイトルって、どうしてこんなに、眉間にシワ寄せたような雰囲気のものが多いんでしょ。

Rubinstein_beetohoven


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調「悲愴」

        ピアノ:アルトゥーロ・ルービンシュタイン

                       (1962.4 )


ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、有名どころを中学生のときに、それ以外も広範に聴きだしたのは、高校から大学。
全曲盤を手に入れたのは、社会人1年目。

そんな感じで、ステップアップしていきました。

その後はマーラーの興隆にともない、ワーグナーから後期ロマン派の作品へと、嗜好が変わっていったものだから、あれだけ聴いたベートーヴェンのソナタからは、ちょっと遠ざかることとなってしまいました。

そんな日々の中に、かつて懐かしいソナタの数々を、たまに聴いたりすると、やたらと新鮮で、苦虫噛んだようなベートーヴェンの中にある、抒情や青春の息吹きを感じとったりして、あらためて、ほんとうに、いい曲なんだな、と痛感します。

「悲愴」ソナタは、1798年頃、ベートーヴェン27~8歳の時の初期に属する作品。

普段、曲にあまり命名しないベートーヴェンが、自らスコアに「パセティック大ソナタ」と書きいれた。
よほどに、悲劇的な側面を、タイトルにも入れて強調したかったのでしょうか。
いま聴くわれわれは、後のベートーヴェンのもっと深刻なる音楽を知っているので、ここでいう、ピアノソナタの「悲愴」の具合は、さほどでもなく聴くことができます。

交響曲第1番よりも、以前の作品とは思えないロマンの表出。
そこには、若さならではの情熱もあります。
楽章を3つに絞ったのも革新的だし、両端楽章が、厳しい短調に支配され、その間に抒情的な歌謡性を持つアダージョ・カンタービレの2楽章。

両端楽章の張り詰めたような、劇的で緊張感ある音楽に、胸を焦がした中学生時代。
2楽章のロマンに目覚めるのは、もっとあとのこと。

そして、いい歳こいた今、やはり2楽章の、あまりにも有名で、優しい抒情にあふれたメロディを聴くと、ほっとします。
今夜は、雪もちらつき、寒いです。
暖房の赤い色を、ぼんやり眺めながら聴く、この楽章。
とても癒され、懐かしい気持ちに満たされました。

ルービンシュタインのベートーヴェンは、そんなベートーヴェンの優しさを見事に引き出すとともに、男らしいきっぱり感も、感じさせる演奏です。
前にも書きましたが、「月光」はルービンシュタインのみずみずしい演奏が、中学生時代からの刷り込み。
「悲愴」や「熱情」は、もう少しあとから聴きましたが、少しばかりの華麗さも感じる、磨き抜かれた演奏に思いました。

名曲名演。

そして、わたしにとって、ベートーヴェンのピアノソナタ全集といえば、古めの人間ですからして、バックハウスということになります。

名曲シリーズは続く。

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