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2014年1月23日 (木)

ヴェルディ 「シモン・ボッカネグラ」 アバド指揮

Abbado_scala


クラウディオ・アバドは、私の音楽を聴いて楽しむという人生のうえでの、最大の支柱であり、心から敬愛し、思慕した人でした。

訃報に接し、嗚咽し、二日の間、晩には涙にくれました。

今日は、ボローニャでの、アバドの棺を担ぐ、アバドゆかりの人々の画像も確認しました。

悲しみは、悲しみとして受け入れなくてはなりません。

クラシック聴き始めの頃から、アバドは常に、私のそばに存在していた気がします。

最初のレコードは、71年に買ったアルゲリッチとのショパンとリストの協奏曲でした。

以来ずっと親しく聴いてきました。

そんな歴史を、顧みつつ、アバドを偲んで、しばらくの間、アバドを聴いていきたいと思います。

神奈川フィルの演奏会がありますので、そちらも挟んで。

アバドの世代以降の指揮者は、コンクールで優勝して、成功をつかみ、音楽界にデビューして行くというパターンが生まれました。
劇場の下積みで、一歩一歩叩きあげてゆくということでなしに、いきなり華やかにメジャーデビューしたりし始めたわけです。

アバドも同じく、名門一家の出自ながら、コンクールで賞を得て、バーンスタインやカラヤンに推されてニューヨークフィルやウィーンフィルを指揮するようになったわけです。
しかし、アバドの違うところは、根っからのオペラ指揮者であったことです。

早い時期から、オペラでも成功を導きだし、故郷のミラノ・スカラ座に迎えられました。

作品への深い洞察と、周到な準備に基づく完璧な表現と解釈。
限られたレパートリーを掘り下げ尽し、何度も挑戦しては、パーフェクトの度合いを深めていった。

その代表が、ヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」。

この演奏は、アバドの残した録音の最高傑作といってはばかりません。

それどころか、あらゆるオペラ録音の中にあっても最上級の評価に値する最大傑作だと思ってます。

70年代初めから取り組み始めた「シモン」。
何度も何度も上演し、折しも、イタリア経済界苦境のおり、スカラ座も予算が少なく、再演に次ぐ再演で、アバドは「チェネレントラ」とともに、この「シモン」を執拗なまでに取り上げました。

そのピークに録音されたのが、この音源。

さらに、その4年後、今度は、スカラ座を伴って来日して、この完璧に出来上がった「シモン」を、東京文化会館で上演してくれました。

Simon_abbado1

  ヴェルディ 歌劇「シモン・ボッカネグラ」

  シモン:ピエロ・カプッチルリ    フィエスコ:ニコライ・ギャウロウ
  ガブリエーレ:ホセ・カレーラス  アメーリア:ミレルラ・フレーニ
  ピエトロ:ホセ・ファン・ダム     パオロ:ジョヴァンニ・フォイアーニ
  隊長:アントニーノ・サヴァスターノ 腰元:マリア・ファウスタ・ガラミーニ

     クラウディオ・アバド指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団
                      ミラノ・スカラ座合唱団

                        (1977.1 @ミラノ CTCスタジオ)


知情意、三拍子そろった、耳と心洗われるヴェルディ演奏の真髄。

紺碧の地中海を思わせる、透明感と深みさえもった、緩やかな序奏を聴いた瞬間、私はいつも、この素晴らしい演奏と音楽に耳が釘付けになり、全曲を一気に通して聴かざるをえなくなる。

そして、常に思い出すのは、颯爽とピットに登場し、聴衆にサッと一礼し、指揮を始めるアバドの姿。
非常灯もすべて落として、真っ暗ななかに、オケピットの明かりだけ。
文化会館の壁に、浮かび上がるアバドの指揮する影。

1981年9月の初アバド体験は、「シモン」というオペラの素晴らしさとともに、アバドのオペラ指揮者としての凄さを見せつけられ、生涯忘れえぬ思い出となったのでした。

舞台も、歌手も、合唱も、そしてオーケストラも、アバドの指揮棒一本に完璧に統率されていて、アバドがその棒を振りおろし、そして止めると、すべてがピタッと決まる。
背筋が寒くなるほどの、完璧な一体感。

当時のつたないメモを、ここに記しておきます。

「これは、ほんとうに素晴らしかった。鳥肌が立つほどに感動し、涙が出るばかりだった。
なんといっても、オーケストラのすばらしさ。ヴェルディそのもの、もう何もいうことはない。
あんな素晴らしいオーケストラを、僕は聴いたことがない。
そして、アバドの絶妙な指揮ぶり。舞台もさることながら、僕はアバドの指揮の方にも目を奪われることが多かった・・・・・。」

ちょうど、そのひと月前、ベームが亡くなって、音楽界は巨匠の時代から、その次の世代へと主役の座が移りつつあり、アバドはその先端にあった指揮者のひとりなのでした。

海を愛し、イタリアを愛し、しかし、運命の歯車にその生涯を狂わせれた男の物語。
この渋いオペラをアバドは、スカラ座でも、ウィーンに移ってからも、そのあともずっと指揮し続けました。
「シモン」がアバドのおかげで、いまのようなメジャーな存在になったといっていいかもしれません。
こうした、運命に翻弄される人物や、心理的な内面を語るようなドラマ性をもったオペラ作品を、アバドは好んで取り上げました。
「ヴォツェック」「ボリス・ゴドゥノフ」もそれと同様の存在でした。

最後の場面で、シモンが体に毒が回るなか、窓を大きく開き、愛する海を眺めて歌うモノローグ。
そのあとの敵フィエスコとの邂逅、そして家族に囲まれて迎える死。
シモンは愛娘に手を差しのばしながら倒れ、フィエスコは、民衆にその死を伝える。

この静かなレクイエムのような終結部が、今ほど心に沁みることはありません。

アバドを送る、追悼として、心より捧げたいと思います。

Abbado_20140120a

音楽を愛し、音楽のためだけに生きたアバド。

その魂が、いつまでも安らかでありますように。
             
  

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コメント

永らくご無沙汰しておりました。
憶えていていただけましたでしょうか?
子供の頃からマエストロ・アバドひとすじだったlillaです。
このようなかたちで、またコメントを書かせていただくとは・・・

私の青春は、そしてそれに続く大切な大切な一つの時代は終わってしまいました。

シモン・ボッカネグラの幕がおりる瞬間が、マエストロの息を引き取る瞬間に重なり、涙があふれて止めようもありません。

今はただそうするより他はなく、愛してやまなかった輝かしい数々の名演を聴く余裕もありません。

マエストロの亡くなるわずか数日前、最愛の母を亡くした私には、この現実がつらすぎます。

心から愛していました。
マエストロ・アバド。
これからも永遠に・・

投稿: lilla | 2014年1月23日 (木) 14時33分

lillaさん、こんにちは。
そして、ご無沙汰をしておりました。
よく覚えてますよ。
わたくしの、アバド体験とほぼ機を一ににする点や、地元話などなど、いつも共感しておりました。

まず、ご母堂さまのこと、心よりお悔やみ申し上げます。
お力落としのことでしょう、ご察しいたします。

そして、アバドの思いもかけない旅立ち。

悲しみに拍車をかけるような出来事に、お言葉もございません。

悲しみを乗り越えるまでは、思いきり涙するのもいいかもしれません。
そして、いつかきっと、お母様も、アバドも、心の中にしっかり息づくようになると思います。

私の方は、少しづつ、アバドの音楽を聴くようになりました。
シモンの最終場面には堪えました・・・。

お辛いでしょうが、お体をしっかりご自愛ください。
今度、近くにまいりましたら、おじゃまさせていただきますね。


投稿: yokochan | 2014年1月24日 (金) 08時45分

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