休憩時間~ウィーンのアバド
ウィーン国立歌劇場の音楽監督室のプレート。
1988年、アバドがその地位にあったときのもの。
日曜に、いろいろ探し物をして、かつてのビデオテープをDVDにしたもので、アバドのものを発掘。
民放局で、1989年頃に放送された、「ウィーンの街」の特集。
岸恵子さんが、ウィーンの街を探求し、オペラハウスやムジークフェラインもふんだんに紹介した番組でした。
国立歌劇場に登場した、若々しい小澤さんは、「エウゲニー・オネーギン」を颯爽と指揮。
同時に、音楽監督アバドは、シューベルト劇場で、「フィエラブラス」を上演。
さらに、ムジークフェラインでは、シューベルトのザ・グレイトをメインとするコンサート。
マエストロ・アバドは、いつも、この薄いブルーのシャツです。
ファッションには、頓着しないけど、いつも同じような格好でも、アバドはアバド、とてもお似合いでした。
ベルリンのフィルーモニーにもマッチしますが、アバドはムジークフェラインがしっくりくる。
岸恵子さんは、かかんにも、リハーサル後の、音楽監督室までの3分間のインタビューに、お得意のフランス語で挑みました。
フランス語に応じるアバド。
にこやかに、そして冷静沈着です。
歩きながらのインタビューで終わりの予定が、監督室へ招きいれて、延長。
「ウィーンが恋するアバドさんですが、いかがですか?」
「わたしもウィーンは大好き。音楽ばかりでなく、世界でもっとも芸術が栄え、映える街ですね」
眼差しは優しく、静かな口調のなかにもウィーンへの愛が感じられると、岸さん。
音楽への愛と、厳しさ。
そしてイタリア人らしい、明るくて鋭いユーモアも感じ、スゴイ人だなと思いました、と。
期せずして、ウィーンの街を行く小澤さんに出会った岸さんは、ただならぬ殺気が横切ったように感じましたと言ってます。
そして、鬼気迫るダイナミックな小澤さんに対し、アバドさんは、静かで、心に沁みとおるようなお人柄を感じました、と語っておられました。
25年前の映像に、かわらぬアバド像を見つけて、懐かしくて見入ってしまいました。
この番組には、小澤さんの指揮する「オネーギン」や、ジョーンズとリザネックの共演による「ワルキューレ」なども見ることができます。
わたくしにとっては、まさにお宝です!
ウィーン時代の、番外編としてお届けしました。
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コメント
これ、観ました。
グレートの冒頭、美しかったですよね。
テープ、どこかにあるはず・・・・。
亡くなってしまってからも、静かに、しかし、いつまでもずうっと続く思い出プレイバックもアバドならでは、と思います。
投稿: 親父りゅう | 2014年2月 3日 (月) 23時50分
寒波が関東地方を襲っているようですが、東京や横浜にも雪が降っているのでしょうか? こちらは1月から3月まで雪の新潟です。アバドの逝去後、精力的な追悼記事ありがとうございます。本当にうれしく読ませていただいております。今度、マーラーの2番の交響曲の記事にも投稿させていただこうかと思っています。
ただ、きっとお忙しいと思うので、どうぞゆっくりアバドの記事を書いていただければと思います。きっとまだまだ先は長いと思うので、どうぞ時々、今回の記事みたいにエピソード的なものもはさんでくださいませ。ちなみに私はアバドがベルリンに着任してマーラーの1番を取り上げた時の、楽員達との語り合いを今は、なつかしく思い出します。 アバドの軌跡を丁寧にたどっていただき、重ねて感謝申し上げます。
投稿: 新潟のbeaver | 2014年2月 4日 (火) 20時16分
親父りゅうさん、こんにちは。
ご覧になられたとの報に、同世代として心強く思います、ありがとうございます。
ふだん、憧れの場所に、憧れの指揮者や歌手を驚くほど普通に捉えていた番組でした。
アバドも、小澤さんも、若かった!
伸びきったビデオすら懐かしく感じる今日この頃です。
投稿: yokochany | 2014年2月 5日 (水) 00時15分
新潟のbeaverさん、こんにちは。
関東地方は、今宵冷え込んでます。
ぬるかった昨日比、マイナス14度以上。
極端ですが、雪の深いみなさまの地にくらべたら大したことはありません。恐れ入ります。
アバドとともに音楽を聴き続けてきて、今こそ、アバドの足跡と自分の関わり方を綴っておくべきだ、との思いに焦がれるようにして、毎晩キーボードを夢中で叩いてます。
あと何回かわかりませんが、アバドはベルリンにたどり着きました。
かといって、その前のことも、まだまだ思い至らずです。
そんな風に、アバドをことをずっと大切に、ずっとずっと聴いて行きたいと思っております。
ありがとうございます。
投稿: yokochan | 2014年2月 5日 (水) 00時23分