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2014年2月11日 (火)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」 アバド指揮

Tristan

アバドが、胃癌に倒れ、療養を発表したのが、2000年6月頃だったかと記憶します。

思えば、その前から、病魔はアバドの体をむしばんでいたはずで、それでも、アバドは不調のなか、ベルリン・フィルと精力的に活動してりましたから、まさかの活動休止の報でした。

当時、取り上げていた演目は、大作ばかり。
ブルックナー9番、マーラー9番、大地の歌、新世界、コシ、ロ短調ミサ、そして「トリスタンとイゾルデ」。

自分が長年、抱いてきたこれらの作品への思いを実現する、その時期に達したという思いがきっとあったに違いありません。
そしてベルリンフィルとの関係も、まさに熟した、ともいえるその頃。

その思い半ばで病に倒れたアバドは、術後、驚異的な回復を示して、10月にはベルリンの聴衆の前に姿を現しました。
 そして、11月の末、心配されましたが、日本にベルリンフィルを引き連れ、やってきました。

ザルツブルク・イースター祭の引っ越し公演としての「トリスタンとイゾルデ」の舞台上演を中心に、ベートーヴェンの交響曲。
そして、万が一のためともあり、ヤンソンスが帯同して、彼はドヴォルザークを指揮するという、数あるベルリンフィルの来日では、日本初ベルリンフィルオケピットという超豪華版で。

わたくしは、アバドが休養発表する前、たしか5月の、その日は子どもの運動会かなにか。
そのチケット発売日に、いまや古めかしい携帯を掛けまくり、決死の思いで、「トリスタン」のチケットを入手したのであります。

その後の、癌の告白。
アバドのことが心配で心配でなりませんでした。
そして10月に復活。
そのあとは、ほんとうに日本にやってきてくれるのか?
トリスタンなんて大作、病みあがりで指揮できるのか?
こんどは、それが心配でなりません。

Tristan_abbado2000

  ワーグナー  「トリスタンとイゾルデ」

 トリスタン:ジョン・フレデリック・ウエスト イゾルデ:デヴォラ・ポラスキ
 マルケ王:ラースロ・ポルガー       クルヴェナール:アルベルト・ドーメン
 ブランゲーネ:リオバ・ブラウン       メロート:ラルフ・ルーカス
 牧童・水夫:ライナー・トロスト        舵手:アンドレアス・ヘアル

   クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                    ヨーロッパ祝祭合唱団
       演出:クラウス・ミヒャエル・グリューバー

             (2000年11月23,27日、12月1日 @東京文化会館)
 
   

オーケストラコンサートより先にトリスタン。

無事に来日し、幕を開けたとの報に、安堵し、情報はシャットアウトして、自分の購入した最終日を迎えました。

奮発して最上の席、そして目の前に現れたアバドの痩せこけた姿を見て、衝撃を受けました。
いつものあの飄々とした挨拶でしたが、くぼんだ目に光る眼光は、とても鋭く、決死の眼差しすら感じました。

そして始まった、トリスタンの「憧れの動機」。
その半音階に絢どられた旋律が、こんなにも悲しく、でも明晰に繊細に響くのを聴いたことがなかった。
続く「愛の旋律」も同じく。
重なりゆき、重層的に響きあい、クライマックスを迎えても、オーケストラピットからは、透明感あふれる繊細なトリスタンが立ちあがってくるのでした。
 いまアバドが戻ってきて、しかも、わたくしの最愛のワーグナーの、それも「トリスタン」をわたくしの目の前で指揮している。
それだけで、感無量となり、目の前がぼやけてきてしまいました。

もう13年も前のことですが、昨日のことのように覚えております。

Tristan_4
  
(音楽の友誌より拝借してますので、こんな風に、以下同じ)

グリューバーの演出は、スチールパイプを縦横に組み合わせた無機質的なセットを背景に、どちらかといえば、真新しいものの少ない、むしろファンタジー不足の舞台でしたが、それがかえって、ワーグナーとアバドの作りだす音楽を阻害せず、むしろ過不足なくそこに収まっていたのがよかったです。

アバドとベルリンフィルが、この夜の主役。
熱くもならず、冷たくもならず、不感症でもなく、ましてや絶叫したり、大音響の中に埋もれることもない。
どこまでも、知的で、透明感にあふれ、しなやかで敏感。
濁りのまったくない明晰な響きは、音がどんなに重なっても、そのすべてが耳に届きました。
絹糸のように、繊細に重層的に織り重ねられたライトモティーフの綾。
ワーグナーの筆致に驚くとともに、ベルリンフィルとのスーパー高性能ぶりに驚き、アバドのもとに、完全に一体化していました。

Tristan3

第2幕では、舞台装置がデフォルメされた林のようになっていて、そこで歌われるトリスタンとイゾルデの二重唱が、あまりにも美しくて、ずっと終って欲しくない、マルケ王の踏み込みは、ずっと来ないで欲しいと心底思いました。
ブランゲーネの甘味なる警告と、高まりゆく愛の動機。
この光景を見ながら、わたくしは、シェーンベルクの「浄夜」を思い、脳裡に響いたりもしました。

この場面をピークに、この日、もっとも感銘を受けた歌手のひとり、ポルガーのマルケ王の深いバスの長大なモノローグから、急速に「アバドのトリスタン」は悲しみの色を増してゆきました。
当時の自分のメモを読むと、ここに、マーラーや新ウィーン楽派の響きを感じたとありました。
なるほどに、それほど研ぎ澄まされた、洗練されたワーグナーだったのです。

幕が進むごとに、アバドの指揮ぶりは、鬼気迫るものを感じさせ、音楽にどんどん集中していくのが、そのうしろ姿からあふれ出て見えました。
そんなに、気をこめて、そんなに集中して、そんな姿が必死すぎて、わたくしは、もうマエストロ、いいですから、無理しないで・・・・、そんな風にして祈るようにもして聴きました。

3幕のトリスタンの長大な嘆きも、新鮮な響きが一杯。
バカでかい声の持ち主、ウェストは、アバドの繊細なトリスタンにはどうかと思いましたが、軽々とホールにその声が届いたのは、そのデカ声のせいばかりでもありますまい。
オーケストラは、どんなに抑えてもよく聴こえるし、そこに声がしっかり乗るように響いていたからでした。
そんな協調作業が、素晴らしかったのは、ドーメンのクルヴェナールと、ポラスキのイゾルデでした。

Tristan_2

「愛の死」での、細やかで、情のこもったポラスキの歌いぶりと、アバドの指揮する飛翔するかのような、しなやかで暖かなオーケストラ。

わたくしは、もう涙腺決壊し、あふれる涙を押さえきれませんでした。

静かに音楽が消えて、ホールは静寂につつまれました。

そのあとの、大きな拍手とブラボーの嵐は、いうまでもありません。

ずっと続いたカーテン・コールに出てきたアバドの焦燥しきった姿。
でも満足の、いつものあの笑みと、オーケストラを讃えるあの独特の手の平と指。

楽屋口で、出待ちをしました。
おなじみの楽員さんのお顔。
そして大柄で、大らかな笑顔のポラスキ。
でも、アバドには、ずっと待ちましたが会えませんでした。

わたくしの、音楽生活の3大エポックが、いずれもアバドの指揮です。
「スカラ座とのシモン」「ベルリンとのトリスタン」「ルツェルンのマーラー6番」

この「アバドのトリスタン」は、ベルリンでの演奏会形式上演がレコーディングされながら、発売は見送られました。
いつの日か、それを耳にする日が来ることを願います。

アバドが芸術監督をつとめたザルツブルク・イースター音楽祭。
ベルリンに着任してからすぐにそのポストには付かず、カラヤンの後をすぐに継いだショルティを補佐し、正式就任したのが1994年。
スカラ座、ウィーン国立歌劇場、ベルリンフィルがピットに入るザルツブルクと、続けてオペラ上演の場を得たことになります。
上演演目は、「ボリス・ゴドゥノフ」(2回)、「エレクトラ」「オテロ」「ヴォツェック」「トリスタンとイゾルデ」「シモン・ヴォッカネグラ」「ファルスタッフ」「パルシファル」の9年間・8演目です。

いずれも、ORFで放送がからんでるはずですので、今後、正規音源化される可能性はなくはないです。
 そして、いま視聴可能な「アバドのトリスタン」は、「前奏曲と愛の死」と、ルツェルンでの「第2幕」、非正規ライブの「第3幕」です。
これを3つ繋ぎあわせて、1幕の本編以外を聴くことができます。

Abbado_2

 こちらは、「前奏曲と愛の死」は、2000年11月の録音で、日本にやってくる直前の演奏。

Abbado_tristan

 ルツェルン祝祭管とのライブ映像は、2004年8月。
ウルマーナ、トレレーヴェン、パペ、藤村、ブレッヒュラー。
迫真の指揮と、オーケストラのアバドを見上げる眼差しがいい。

非正規盤は、きっと放送音源からで、音揺れが若干ありますが、かなり音はいいです。
ポラスキ、ヘプナー、サルミネン、ドーメン、リポヴシェク、ゴールドベルクと豪華布陣。
1998年11月9日のフィルハーモニーにおけるライブ。
きっとこの演奏会あたりが録音されているのでしょう。
ヘプナーのトリスタンは素晴らしいです。

このようにして、「アバドのトリスタン」の音源の正規発売に思いを焦がす、わたくし。

あの日、あのときの、アバドの指揮姿を脳裡に刻んで、待ちたいと思います。

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コメント

昨年、パルジファルのCD=ROMを買いまして、その精緻で歌うような演奏(かつ、スペインの物語!らしい明るさ。ペルジファルはゲルマンの森の話ではありません)を楽しんでいます。
ぜひ、トリスタン全曲も聴きたいです(><)

投稿: astar | 2014年2月22日 (土) 07時53分

astarさん、こちらでも、こんにちは。

アバドのワーグナーは、基本、明るいです。

ベルリンフィルを振っても、アルプスの向こう側の明るさを保ち、細部にわたるまで明晰。

いずれ、いろんな音源が正式に出ることを願いますね。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2014年2月23日 (日) 01時14分

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