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2014年4月 6日 (日)

バッハ ミサ曲ロ短調 アバド指揮

Tokyotower_201404_a

東京の桜は、もうほぼ終わってしまいましたが、ピーク時に見てきました。

左下の写真集にまとめておきたいと思います。

桜は、パッと咲いて、1週間ぐらいで、サッと散ってしまう、その潔さが刹那的で、その魔的なまでの美しさも、儚いから許されるのかもしれない。

咲いたあとの、花吹雪も、頼むから散らないで~的な、別れの悲しさ。

咲いてる時も、散る時も、日本の美しい春、そんな桜です。

Abbado


 バッハ   ミサ曲 ロ短調 

   S:ヴェロニク・ジャンス     Ms:アンネ・ゾフィー・オッター

   T:チャールズ・ワークマン   Bs:ホセ・ファン・ダム

     クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                      スウェーデン放送合唱団

                       (1999.2.26 @ベルリン)


アバドの「ロ短調ミサ」。
これは、正規に残された演奏ではなくて、わたくしがFM放送を録音したものです。

カセット・テープからCDRに焼き起しました。

録音当時は、さして印象に残っておりませんでしたし、なんせ、カセットだったので、溢れかえるCDのなかにあって、繰り返し聴くこともなかったのです。

それを数年前にCDR化して、じっくりと聴いてみた。

そして、これが実に素晴らしい演奏だとわかったのでした。

 アバドのバッハの演奏は、ブランデンブルクが有名ですが、声楽作品では、「マタイ受難曲」をミラノ時代に指揮していたほか、ロンドン響でも、カンタータなどを数曲演奏しておりました。
そして、ベルリン時代、満を持して取り上げた「マタイ」は、1997年のことでした。
注目されたこの演奏、その模様は、レコ芸等の雑誌でも、伝えられたが、かなり抑制され、淡々としたものだったようで、福音史家のシュライヤーが、かなり苛立っていたとも報道されました。

当時のアバドの演奏には、たしかに、気の抜けたような瞬間を感じさせるようなものもあったり、一方で、得意の演目はさらに磨きがかかっていたものです。
長らくエヴァンゲリストを歌い続け、隅々まで知り尽くしたシュライヤーとの共演自体も、もしかしたら、アバドの目指そうとした「マタイ」からしたら失敗だったのではないかと、勝手に想像もしたものです。

この「マタイ」のライブは、ムジコムというイタリアのレーベルから正規発売されてますが、まったくの入手難となってまして、欲しくてしょうがないです。

さて、その「マタイ」から2年後にとりあげた、「ロ短調ミサ」。

アバドがベルリン・フィルにもたらした改革のひとつは、「響き」。

「カラヤン時代は、どの時代の音楽も、同じ響きで演奏してました。そんなベルリン・フィルの一色しかない響きに強い不満を感じたのです。そこで、近年急速に進化した古楽研究の成果も吸収しながら、その時代に相応しい響きと演奏様式をベルリン・フィルに持ち込みました。
 ご承知のように、バロック・古典・ロマン・現代と、その時代によって求められる響きは異なります。これを実現するために、数年かけて、世界各国の優秀な若手演奏家を採用するなど、ベルリン・フィルの新陳代謝を進めました。その結果、ベルリン・フィルは、さらに国際化するのに成功したと思います」

アバドが2003年に、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したときに、来日したおりのインタビュー記事です。

まさに、この言葉通りの響きが、このロ短調ミサの演奏からは聴こえてまいります。

おそらく、マタイの97年から、この99年の間での試行錯誤が、ここに結実したのではないでしょうか。
極端なピリオドではありませんが、奏者も合唱も少なめに刈り込んで、ヴィブラートは抑えめに、透明感あふれる清らかなバッハ演奏となっております。
オーケストラのソロのすべてにいたるまで、こうしたアバドの意向は行きわたっていて、グロリアにおける、ソプラノソロのオブリガート・ヴァイオリンを伴った場面は、いえも言われぬ美しさなのでした。

シュライヤーのような大ベテランを廃して、すっきり系の歌手たちを集めたのも成功の要因。
若いころはともかく、後年の劇的なシュライヤーのバッハは、カラヤンの指揮にこそ相応しく、アバドの目指すバッハには合わなかった。
とりわけ、ジャンスとオッターの清流のような歌声は、耳にも、心にも極めて優しく響きました。
ただ、ファン・ダムは少し甘味にすぎるかな。

この静的で、清らかなバッハに食い足りない思いを描く方もいるかもしれません。
もしかしたら、いずれ、正規音源として出てくるかもしれませんが、バッハ演奏に答はありません。
ベルリン・フィルで、このような演奏を打ちたてたこと自体が、驚きだし、ラトルの功績の端緒は、アバドのこうした革新にこそあったわけです。

アバドは、その晩年、バッハの音楽をつねに聴いていたそうです。
きっと、マタイも含めて、新たなバッハ演奏を思い描いていたかもしれません。

Karajan


こちらは、カラヤン盤。

1972年録音。ヤノヴィッツ、ルートヴィヒ、シュライヤー、カーンズ、リッターブッシュ、ウィーン楽友協会と、いつものカラヤン・チームは、オペラでも演奏できそうなメンバー。

アバドの演奏との違いの大きさに、いまさらながら驚き。
壮麗で、劇的で、テヌート気味に進行する場面も多く、カラヤン臭もたっぷり。
美しさの概念もいろいろありで、これはこれでまた独特の美的な演奏に思います。
しかし、大規模に演奏されたバッハは、いまの耳からすると、大時代的で、何度も聴くには辛すぎるものがあります。
歌手たちの美声は驚きですが、ヴィブラート過多の歌い口は、バッハにはもう厳しく感じるのです。

カラヤンの演奏時間は、合計126分。
アバドは、110分です。

このカラヤンと、アバドの演奏との間の四半世紀の流れは、ベルリン・フィルにとっても、そして音楽演奏スタイルの変遷ひとつをとってみても、大きな変革期にあったものと痛感します。
 一方で、そんな演奏スタイルという枠を超越して、バッハや、その先にある神に帰依してしまったような、ハンス・マルティン・シュナイト師の大演奏もわたくしは体験しております。

復活祭(20日)は、アバドの3か月忌、ロ短調ミサをその前に聴いてみました。

Tokyotower_201404_b


過去記事

 「アバドのブランデンブルク協奏曲」



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コメント

やはり、アバドに戻り、バッハに戻りますね。

この演奏は聞き逃していますが、アバドのバッハと言えば、先日聴いたブランデンブルグが尋常でない感動でした。
あのようなブランデンブルグは聴いたことがありません。

このときのロ短調もじっくりと聴いてみたくなりました。

投稿: 親父りゅう | 2014年4月 6日 (日) 14時22分

親父りゅうさん、こんにちは。
バッハ、そして、わたしには、ワーグナー。
アバドが指揮くれれば、という願望の強かった作曲家でした。

晩年の澄みきった指揮でのバッハ。
ブランデンブルクも、アーノンクールのようなぎすぎすした感触はなくて、息のかよった新鮮なピリオド奏法に思いました。

投稿: yokochan | 2014年4月 6日 (日) 21時12分

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