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2014年10月

2014年10月31日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 スラトキン指揮

Hamamastucho21410_a_2

超、遅ればせながら、10月の小便小僧。

ハロウィンがテーマです。

迂闊にも忘れてましたが、ハロウィンだったので、ぎりぎり、当日に、しかも、魑魅魍魎のヴァルプルギスの宴、幻想交響曲こそ、相応しい、ということでnotes

Hamamastucho21410_b

今回も、力のこもった、まさにコスプレ仮装は、ほんとに見事です。

前後左右、完璧ですね。

Berioz_fantastique_slatokin

  ベルリオーズ   幻想交響曲

   レナード・スラトキン指揮 リヨン国立管弦楽団

                    (2011.8,9 @リヨン)


幻想交響曲の聴きどころは、幾多あれど、やはり衆目の多くは、最後の楽章の魔女たちを始めとする魑魅魍魎たちの宴の場面で、最後に激していって、爆発的に終焉を迎えるところかと。

わたくしも、最後にそれがあるから、それまでの、恋模様・夢・舞踏会・のどかな田園風景・処刑といった各場面が、それぞれに光彩を放って活きてくるのを楽しめるわけです。

ベートーヴェンの第9から6年後にあるベルリオーズの「幻想」は、多彩な楽器を、それこそ多彩な奏法を駆使しつつ、とうてい6年後とは思えない別次元の響きでもって存在します。
ベルリオーズの革新性に、その年月を思うと、いつも驚きです。

しかも、ライトモティーフの走りとも呼ぶべき、統一主題の巧みな使用と、繊細で、リリカルな歌心も併せ持ったオーケストレーション。
何度も聴いて、聴きあきないのが、ベルリオーズの、そして幻想の魅力であります。

もちろん、ロミオも、ファウストも、レクイエムも好きですが、長さ的に、そう何度も聴けるものではありません。
オペラ、トロイ人にチャレンジ中ですが、あれはまた長大すぎて、まだ全貌をつかめません。
いずれにせよ、おもろい作曲家ベルリオーズなんです。

 スラトキンが、二世指揮者として、彗星のように登場したのは、70年代後半。
セントルイス響を鍛え上げて、アメリカのメジャー5大オケに次ぐとまで言われるようにしてしまった。
その後に、N響に客演して、鮮やかな日本デビュー。
ラフマニノフ2番、マーラー、ショスタコ、そして幻想と、メリハリと元気のいい爆発的な指揮でもって、わたくしは、テレビにくぎ付けになりましたね。
 そのスラトキンが、N響の音楽監督候補のひとりに名があがり、最終的にはデュトワになったことも、よく覚えてます。
 スラトキンは、どうも、大きなメジャー・ポストには、無欲(無縁)のようで、セントルイス後も、ニューヨークフィルで名があがりながらも、ワシントン・ナショナル響、BBC響、ナッシュビル響、デトロイト響、そして、リヨン管という就任歴を持ってます。

器用すぎるのと、厳しすぎるのがいけないのかしら?

そのスラトキンも、もう70歳。

かつての俊敏さに加えて、この録音では、じっくりとした語り口の味わい深さを、野の情景に感じますし、ちょっとしたフレーズでも、手を抜かず、ハッとするような切り口でもって新鮮さを聴き手に与えてくれます。
南仏のオケでありながら、ちょっと渋い幻想に仕上がった感もありますよ。
そして、もっと暴れてもよかったかも・・・

コルネット付きの、第2楽章が、別トラックに収録してありまして、そちらの華やかさが妙に浮き立っているのも、面白いものでした。

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2014年10月30日 (木)

メンデルスゾーン 「美しいメルジーネの物語」 マリナー指揮

Asakusa_kaminari

ある日の浅草、雷門。

こっちは、土曜で、さんざん飲んで、いい気分。

花嫁さんが、この下で記念撮影してましたよ。

いい感じですね。

お幸せに~

Mendelssohn_marriner

  メンデルゾーン 序曲「美しいメルジーネの物語」

   サー・ネヴィル・マリナー指揮

         アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ

                       (1994.10.17~19@ロンドン)


爽やかマリナー&アカデミーの、爽やかメンデルスゾーン。

これは、もう、鉄板ですな。

交響曲のスコッチとイタリア、真夏の夜の夢、エリア、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲などの録音とともに、今宵の序曲集も、このコンビの名に恥じない、すっきり爽快、さわやかさんなのです。

序曲という、交響詩の生まれるまえの、劇的かつタイトル音楽に、たくさん作品を残したのは、ベートーヴェンとメンデルスゾーンでありましょう。
 ことに、メンデルスゾーンは、そもそも最初は序曲だけだった「真夏の夜の夢」もその代表作に、有名な「フィンガルの洞窟」など、そこそこの作品を残してます。

オラトリオもオペラも手掛けたメンデルスゾーンは、短命にも関わらず、ほんとうにその作品数も多いし、作品のほとんどが、明るく幸福な歌にあふれてますね。
 深刻な作品も、この序曲たちにはなくはないですが、今宵の「メルジーネ」は、ファンタジーとラブロマンスに満ちた、幸せな音楽です。

オーストリアの劇作家、フランツ・グリルパルツァー(1791~1872、長命!)の台本に基づいた作品で、ベートーヴェンによるオペラ化を期待して書かれたものの、断られ、異なる作曲家の手でオペラ化された。

これを聴いたメンデルスゾーンが、もっと強い思いと共感を寄せて書いたのが、この序曲です。

人魚メルジーネは、人間界にあらわれ、騎士とすぐさま恋におちいり、その妻となります。
二人は、妻のその素状を問わないということを前提に、10人の子供たちを誕生させ、育てます。
しかし、騎士は、その禁をやぶってしまい、幸せな生活は終わりを告げざるをえなくなり、メルジーネは、もといた世界に戻ってゆく・・・・。

鶴の恩返しか、ローエングリンか・・・、そんなロマンティックな物語につけたメンデルスゾーンの美しくも、ちょっと儚い音楽が、短い中にも、デリケートな感情でもって、聴くわたしたちに迫ってきます。

マリナーの楚々たる演奏が、至極、相応しく聴こえます。

同様に、アバドもかつてロンドンのオケで、流麗爽快な演奏を残しております。

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2014年10月28日 (火)

ハイドン 交響曲第101番「時計」 アバド指揮

Zoujyouji_bell

ちょうど、鐘突きの時間。

午後5時、外人さんも注目中。

Haydn_abbado

  ハイドン 交響曲第101番 ニ長調 「時計」

 

   クラウディオ・アバド指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団

               (1988.11 @ウィーン・コンツェルトハウス)



ハイドンの熱心な聴き手じゃありません。

たくさんある作品が、みんなおんなじに聴こえちゃう。

いかんね、それでは。

モーツァルトは、それぞれに、区別がつきます。

でも、ふたりとも、昨今は、コンサートでなかなかメインプログラムになりにくくなった現状。

マーラーを中心に、大規模で、豪華なサウンドが好まれ、バロックや古典は、コアなファンの好むものになりつつあるのかしら。
しかも、古楽奏法という演奏スタイルが定着したものだから、従来通りのスコアで、従来通りに演奏したのでは、聴き手にすぐに飽きられてしまう。

かといって、へたな、ピリオドスタイルによる無機質な演奏では、人を感動させることもできない。

古典派の音楽の再現は、いま、とても難しい局面に来ていると思います。

 前おきが多すぎました。

ハイドン「時計」といえば、第2楽章の変奏曲形式のおなじみのメロディ。
そう、時計の振子を思わせることから、誰ともなく、「時計」のタイトルが付いちゃった。
そのイマジネーションは、実にたいしたもので、ハイドンは意識していなかったとしても、その楽章の冒頭のチクタク・リズムは、いかにも、アナログ時計。
 そう、ハイドンはデジタルじゃなくて、ピリオドでもなくて、アナログの、のほほん系の演奏が好きなんですよ。

今日の演奏の、アバドは、若いヨーロッパ室内管から、とてものびのびと、すっきりと。
そして、歌いに歌って、ほんとに気持ちいい第2楽章を築き上げています。

もちろん、不安に満ちた前奏ののちの快活な1楽章の弾み具合。
思いのほか、かっちりしたメヌエット楽章では、微笑みを。
ノーブルで、品のよさと、爆発力も兼ね備えた終楽章のバリッとした感じ。
 いずれも、アバドの、にこやかで、どこか惚けたような緩やかな指揮ぶりが、思い浮かぶような桂演なのです。

1794年、ウィーンで着手後にロンドンで完成させた充実のシンフォニーです。

ピリオドによる演奏も、いくつか聴きましたが、やはり、上品なアバドのこの音盤が好き。

それと、忘れえないのは、カール・リヒター&ベルリンフィルの名演です。

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2014年10月27日 (月)

シューマン 幻想曲 ポリーニ

Zoujyouji

ある日の夕焼け。

都内増上寺の境内にて。

夕焼け大好き、ロマンティックおじさん。

Schumann_pollini

  シューマン 幻想曲 ハ長調

      ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ

        (1973.4 @ミュンヘン ヘラクレス・ザール)


今夜は、思い入れのある1曲、そして1枚。

レコードでさんざん聴いていたけれど、CD時代になって、CD再購入をしていなかった。

レコード・CD、両時代を知るものにとって、こんな風に、妙に宙に浮いてしまった1枚ってあるんじゃないでしょうか。
レコードプレーヤーを再稼働させることもないと、こうなります。

先日、思いついたように、中古屋さんで、入手しました。

そして、CDプレーヤーに乗せるや否や、あの頃の、ポリーニの硬質で、かつ、ブルー系のピアノの音色が、一挙に、わたくしを、若き日々へと誘ってくれました。

あぁ、なんて、素晴らしい音楽に、演奏なんでしょう。

外は、冷たい風が吹き始めました。

でも、このシューマンの音楽は、暖かく、ロマンティックで、人肌を感じさせます。

 幻想曲という名は、自由な構成感から来ているもので、本来、シューマンは、ベートーヴェンの没後10年という意味合いを込めて、気合を入れて作曲に没頭した。
しかし、なかなか、そのアニヴァーサリーには完成できず、1年後の1838年に仕上がった。

3つの楽章からなりますが、この曲の白眉は、きっと緩徐楽章である、終楽章でありましょうか。
初めて聴いていらい、つねに、その楽章に焦点を絞って聴いてきました。

ショパンでも、リストでもない、シューマンにしか書けなかった、本物のロマンティシズム。
「星の冠」と、当初は名が与えられたのも、さもありなん的な、美しくも、陰影も感じさせるシャイな音楽だと思います。
 この楽章は、キリリとした、白ワインがぴたりときます。

ポリーニの、硬質ななかに、明るい透明感あふれる演奏が、この楽章を、神々しいまでの純粋な音楽に昇華しております。

 もちろん、ほかのふたつの楽章も、好きですし、ポリーニの演奏も明晰極まりないのですが、わたくしの耳は、かつての昔より、この3楽章に首ったけなのでした・・・・。

はぁ・・・・、もう40年近くの年月が経つんだ。。。。

遠い目線に、遠い思い出。

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2014年10月26日 (日)

ヴォーン・ウィリアムズ コンチェルト・アカデミコ シリトー

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すすきの穂もだいぶ垂れてまいりました。

日に日に、秋は濃くなりつつありますな。

佐倉あたりの風景です。

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  ヴォーン・ウィリアムズ ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための協奏曲

               ~コンチェルト・アカデミコ~

         Vln:ケネス・シリトー
 

     ブライデン・トムソン指揮 ロンドン交響楽団

                       (1987.11 @ロンドン)


ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ(RVW 1872~1958)の唯一のヴァイオリン協奏曲。

多くの作曲家にとって、ヴァイオリン協奏曲は、必須のジャンルで、シンフォニストだった、ブルックナーとマーラー、オペラ作曲家だったワーグナーとヴェルディ、プッチーニには、貴協奏曲作品は一切ありません。

英国の多くの作曲家は、特定のジャンルに特化した人は少なく、概ね、多くのジャンルにその作品を残していると思います。
そんな中でも、RVWは、規模の大小はあるものの、多数の協奏作品を書きました。

ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、オーボエ、チューバ、ハーモニカなどの作品たちがそれです。気がつけば、あんまり聴いていませんでしたので、今後徐々に聴いて行こうと思ってます。

さて、ヴァイオリン協奏曲は、16分ほどのコンパクト作品で、編成も小編成の弦楽オケのみ。
1924年、交響曲でいえば、3番〈田園)と4番の間ぐらい。
そのスタイルは、バッハを意識させる古典的な佇まいをもったもの。
それゆえに、「コンチェルト・アカデミコ」と呼ばれることもあるわけです。

リズミカルななかにも、ときおり、立ち止まって懐かしい思いを吐露する、そんな風情がいい第1楽章。

第2楽章は、いかにもRVWらしい、抒情と連綿たるノスタリジーの極まりを堪能できる、素晴らしい音楽。
これは、ほんとうに美しいです。
秋の日に、ぴったり。
「揚げひばり」が好きな方は、きっとお気に召すはずです。

3楽章は、プレスト。
ジーグのリズムでもって、民俗的なムードでもって、一気に聴かせてくれ、最後は、こっそり静かに終わる洒落た音楽です。

 ブライデン・トムソンのRVW全集は、交響曲の余白に、こうした協奏作品や、合唱作品がカップリングされていて、とても重宝してます。
演奏も、それぞれ万全で、録音もよく、オケも上手くて、文句なし。

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2014年10月25日 (土)

神奈川フィルハーモニー第303回定期演奏会 湯浅卓雄 指揮

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イルミネーションが夜に映える、そんな季節になってまいりました。

横浜MM地区のコスモワールドから。

これから聴く、神奈川フィルのコンサートは、わたくしの大好きな作曲家の曲目ばかり。

ニタニタして写真撮ってたかもしれず。。。

Kanaphil201410

  エルガー     弦楽セレナーデ

  コルンゴルト   ヴァイオリン協奏曲

        Vn:石田 泰尚

   エルガー      交響曲第3番 (A・ペイン補筆完成版)

       湯浅 卓雄 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

  フォスター     金髪のジェニー(アンコール:Vn石田)

             (2014.10.24@みなとみらいホール)


湯浅さんの客演によるエルガー交響曲チクルスの最終。

そして、神奈川フィルが誇るコンマス石田さんが、ついにコルンゴルトを。

以前に、藤沢で演奏したときは、聴き逃した。

わたくしのブログをご覧いただいてましたら、おわかりかもしれません。
コルンゴルト愛、ことにこのヴァイオリン協奏曲への偏愛ぶりは、狂おしいほどで、絶対に聴きたいと思っていた、石田&神奈川フィルの組み合わせに、プログラム発表時の昨年から、心待ちにしておりました。

そして、その夢が、満たされたいま、とても幸せな気分に、ずっと浸っております。

演奏は、終始、石田氏の思うペースによって貫かれていたと思います。

テンポは、1,2楽章はゆったりめ。
彼のヴァイオリンをお聴きになった方なら、誰でも想像がつくことでしょう。
繊細かつ華奢な音色は、コルンゴルトの持つ官能と憂愁を、完璧なまでに描き尽しておりました。
冒頭のソロから、わたくしは、心臓をぱくっと掴まれたようで、息苦しくもなるほどになってしまいました。
あぁ、このまま倒れたらどうしよう、でも、もう本望かも。
いや、最後まで聴かなくちゃ・・・・、なーんて思いながら(涙)

バリッと冴えたオーケストラも、それに応えて見事でした。
強音でも音割れすることなく、澄んでましたし。
そして、実演だと、とてもよくわかるコルンゴルトのマジックサウンド。
右に配した、ヴィブラフォンとシロフォン、左のチェレスタとハープ。
それぞれが呼応しあい、溶け合うさまは、まさにコルンゴルトの特徴で、その音楽が、当時、近未来的サウンドとして聴こえたことでしょう。
そんな夢みたいな音空間にも酔いしれました。

圧巻は、夢幻的な第2楽章。
ゆったりと連綿と、切々と奏でられる石田ヴァイオリンから、銀色の月の雫が舞い降りてきて、ホールにふりまかれるような思いにとらわれました。
耽美のあまり、音楽の在り方として、もしかしたら、すれすれの表現だったかもしれません。
ですが、いいんです、それで。
石田&神奈川フィルだから、いいんです。
これが、彼らの魅力なのですから。
いつまでも、永遠に浸っていたかった・・・・・。

一転、ばりばりの無窮動的な終楽章は、まさに、のりのり石田。
伸びたり縮んだり、縦横無尽のあの演奏スタイル。
おわかりいただけますね。
わたくしのドキドキも、こちらでは、大いに乗せられて、高まりました。
体動いてなかったかしら。
華麗なるテクニックは、ここにきて爆発。
流れるように、そして弾むようなオーケストラとともに、熱狂のうちにエンディングを迎えましたsign01
 もちろん、わたくし、ブラボー献上いたしましたよ。

いくつも聴いてきた、コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲で、わたくしの中では、いまや一番の演奏となりました。

また聴きたいnote

2 3

さて、エルガーnote

ロビーコンサートも、エルガーで、弦楽四重奏曲の第2楽章。

歌にあふれた、とても美しい楽章を演奏したのは、崎谷さん、直江さん、山本さんに、高野さんの4人。
本日のコンサートの導入部に相応しく、かつ、弦楽セレナーデにつながる、巧みな選択だったかと存じます。

ステキな曲、弦楽セレナーデを、愛おしむように指揮された湯浅さんのもと、神奈川フィルの弦楽のしなやかで、スリムな響きは、極めて美しく、愛らしかった。
ここでも、第2楽章がとびきり素晴らしかった。

だがしかし、この曲の終わりに、嫌な予感。
静かに、楚々と終わる音楽なのに、間髪いれずの、ブラボー野郎がP席に。
ムッとしましたよ。
2階席の方でも、最近よく登場する、伸ばし屋さんが呼応。

休憩が終わり、会場アナウンスは、飴ちゃん注意(袋から出す音はやめて的な)と、指揮者のタクトが降りるまで、最後の余韻をじっくりお楽しみくださいと。

ということで、頼むから・・・という思いで、ペイン補筆完成版の3番にいどむ。

テヌートぎみに引きずるような印象的な主題から始まる部分で、そんな不安は、すぐに消し飛び、エルガーの世界に一挙に入り込むことができました。
この最初の場面で、もう決まったな、と確信。
湯浅さんにすべて委ねて大丈夫と思いました。
それほどまでに、英国音楽・エルガーの音楽の伸びやかな呼吸を、完全に体得されていて、オーケストラにもそれがしっかり伝わっているのがわかりました。
 指揮棒を持たずに、ときにゆらゆらと体を揺らしながら指揮する湯浅さんの指揮ぶりは、その後ろ姿を見てると、尾高さんに似てるな、と思ったりも。

緩やかな第2主題での歌いぶりも、実に神奈川フィルらしく、コンマス席に戻ってきた石田氏のもと、心地よく演奏されてました。
あぁ、いいなぁ、これこそエルガーだな、と頬緩みっぱなし。

可愛い第2楽章では、中間部との対比も鮮やかで、楽しい聴きものでした。

そして、憂愁に包まれた3楽章は、わたくしの一番好きな場面。
ホルストの土星もかくやと思わせる重々しさに支配されるなか、徐々に優しい旋律があらわれて、光明が差してくる・・・・。
そんな、あたたかな雰囲気が、実によく捉えられていた演奏で、明滅するような抒情の世界に、目もうるんでしまいました。。。

最終楽章は、指揮もオケも、思いきりの力演。
石田コンマスの腰も、何度も宙に浮きます。
フォルテとピアノの対比がやたらと大きく、波のようにそれらが訪れるが、このあたりの構成感というか、つながりが、少し霊感不足なところかも、です。
でも、実演で聴くと、オケの動きがとても面白くて、ホールの豊かな響きも加わって、感興もいやがうえにも、最後の場面に向かって高まっていきます。
大きな盛り上がりのあと、急速に力を落として、静かに、第1楽章を回顧、そして銅鑼ひと鳴り。。。。。

息を詰めて、その展開をじっくり見聴きしておりました。

演奏は、完璧に決まり、湯浅さんも、ほんとうに集中して、この最後の場面を迎え、ほんとうに静かに腕を降ろしていきます。

が、2階席左方面の男性が、ばたばたと席をたち、扉を開けて出ていくじゃありませんか!
そして、チロチロと何かが聞こえました。
あぁ、いかん、いかん。。なんだっちゅーの。

そして、ダメ押しのように、例のP席ブラボー野郎。
一応、銅鑼が鳴り終わって、指揮も終了してからのブラボーさんでしたが、やはり間髪ナシ。
演奏のみなさんも、われわれも、静かに、感動をかみしめたかったのに。
あとは、呼応する伸ばし屋さんも登場で、賑やかなコールになりました。
オーケストラをステージ袖で讃える湯浅さんが印象的でした。
また英国もので、登場して欲しいな。

まぁ、いろいろありましたが、演奏が素晴らしかったから、よしとしましょう。

それにしても、楽しかったし、どきどき感動の一夜です。

こんな風に、わたくしの大好きプログラムを、果敢に取り上げてくれた、楽団と事務局さまに、感謝いたします。
ありがとうございました。

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アフターコンサートは、おなじみのコレbeer

楽員さまにも、お疲れのところご参加いただきました。

先ほどの出来事や、なによりも、ふたりの作曲家の素晴らしい作品のこと、そして神奈川フィルのことなどなど、大いに語り、飲みました。

みなさま、お疲れさまでした。

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2014年10月24日 (金)

神奈川フィル定期演奏会前夜祭 エルガー、コルンゴルト

Osanbashi

大桟橋付近からの、MM21地区のながめ。

あそこで、神奈川フィルのコンサートです。

今回の定期は、わたくしの大好物ばかりで、正直いって、今シーズンで、一番楽しみにしていたプログラムです。

その音のひとつひとつが、体に、脳裏に、しみついておりますが、聴くたびに、いろんな発見や喜びが増します。
ほんとうに、愛してやまない曲たちを、神奈川フィルで聴ける喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあります。

  エルガー     弦楽セレナーデ

  コルンゴルト   ヴァイオリン協奏曲

        Vn:石田 泰尚

  エルガー      交響曲第3番 (A・ペイン補筆完成版)

       湯浅 卓雄 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

        2014年10月24日 金曜日 19:00 みなとみらいホール


それぞれに、そこそこ音源を抱えてまして、そのどれが一番、ということは言うことができず、みんな好きです。
ですが、一番、よく聴くものを、チョイスしときます。

Sargent

弦楽セレナーデは、サージェントとボールトのノーブルな演奏。
あと、若いバレンボイムの意欲感じる演奏も好き。
ほんとに、愛らしくていい曲です。
2楽章が特にすてき。

Silver_violin_1

コルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は、夢の中でも、よく鳴っている、最高に好きな音楽。
甘味さと、ほろ苦さ、ノスタルジックなこの曲、以前より何度も書いてますが、ベルクとバーバーとともに、わたくしの三大ヴァイオリン協奏曲です。
 健康的で爽やかなニコラ・ベネデッティが、最近、もっぱらのお気に入り。
あと女性の魅力満載のムターと、録音も含めて、郷愁さそうハイフェッツ、バリッと完璧なシャハムなどなど、いやはやキリがないです。

この作品を、石田&神奈川フィルで聴きたい、と何度も何度も、ここに書いてきましたし、だいぶ前に、神奈川フィルで聴きたい曲の自己ランキングをやったおりにも、上位ノミネートしてました。
 そのいわば夢がかなう。
うれしくて、たのしみで、吐きそうになっちゃう。

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そして、自身、これで3度目の実演に接する、ペイン編のエルガー3番。
細部の把握は、まだまだですが、聴きほどに、味わいを増して、いまはエルガーの音楽として、なくてはならぬ作品になってまして、3つの交響曲を等しく愛するようになりました。

尾高&札響を一番よく聴きますが、先日入手した、ヒコックス盤も極めて素晴らしい。

Ep3

中古店で、激安で放置されていたBBC放送のペイン解説によるスケッチも手にいれました。

まだまだ、これから、いろいろ楽しめそうなこの作品です。
湯浅さんのエルガーですから、安心して、この身をゆだねることができます。
ライブ録音して欲しいものです。

 エルガー 交響曲第3番 過去記事

 「アンドリュー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団のCD」
 

 「尾高忠明指揮 札幌交響楽団のコンサート」

 「コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団のCD」

 尾高忠明指揮 札幌交響楽団のCD

 「
ワトキンス指揮 東京都交響楽団のコンサート」

 コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 過去記事


 「ムター&プレヴィン」

 「パールマン&プレヴィン」

 「ハイフェッツ」

 「シャハム&プレヴィン」

 「ハイフェッツ&ウォーレンシュタイン」

 「ベネデッティ&カラヴィッツ」

 「ズナイダー&ゲルギエフ」
  

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2014年10月23日 (木)

東京都交響楽団演奏会 ブラビンス指揮

Suntry

アーク・カラヤン広場を見渡してみました。

いまさらながらの光景ですが、調和のとれた景色ですな。

サントリーホールには、こちら側から。アプローチすることが多いですが、コンサートへのワクワク感が、ほんの少しの距離ですが、増す、そんな広場の空間であります。

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  ヴォーン・ウィリアムズ ノフォーク・ラプソディ第1番

  ブリテン          ピアノ協奏曲 op13

            ピアノ:ステーヴン・オズボーン(※)

  ウォルトン         交響曲第2番

    マーティン・ブラビンズ指揮 東京都交響楽団

                    (2014.10.20@サントリーホール)

  ※アンコール  ドビュッシー 前奏曲集第2巻 第10番「カノープ」


都響の会員ではございません。

神奈川フィル一途の昨今。

ただし、演目によって各オケに登場するわたくし。

そして、ご覧ください、このプログラム。

しかも、指揮には、英国のブラビンズ氏。
トムソン、ハンドレー、ヒコックス亡きあと、英国音楽の指揮者の伝統を受け継いでゆくべき人と、思っております。
その氏が、名古屋フィルの指揮者になったと聞いたときは、びっくりしました。
CDも、そこそこ所有してまして、それらは、いずれも珍しい曲目ばかりなところも、実に気に入ってました。
なかでも、コルンゴルトのオペラ「カトリーン」は、わたくしの大フェイバリットのひと組です。

 そんなこんなで、あるブログ仲間の方からは、○○さんのためにあるような・・・的なコメントも頂戴しまして、ウキウキほいほいで、サントリーホールにまいりました。

まずは、RVWのステキな一品、ヴィオラソロもいかにもVWな音楽。
かつて、現田さんの指揮で、聴いたことがあります。
懐かしくも、牧歌的な音楽は、民謡採取に情熱を注いだVWらしく、古風な佇まいさえも感じさせ、聴くわたくしたちを遠く目線にさせてしまう。
中間部の元気な場面との対比も明確で、ブラビンズの明快な音楽造りが際立ちました。

1曲目から、いい気分にさせていただきました。

そして、ブリテンの若書きの大作、ピアノ協奏曲。
ブリテン大好きのわたくしですが、この曲は、もっとも苦手で、唯一所有するCDを聴いて、何度か記事にしようと思ったけれど、どうにも書けなかった。
 そう、ブリテンらしさが感じなくて、さっぱり捉えどころがないのでした。
ラヴェルっぽくて、ショスタコみたいだし、プロコフィエフでもあり・・・。

今回、実演に接し、この曲が、近くに感じ、見えてきた感じで、帰宅後、CDを聴き返したとき、あそこはこんな風に弾いてたとか、オケはこんなだった、とか思い返すこともできて、曲への親しみを持つことにつながりました。

ですが、後年の厳しさと、クールさ、優しさが、それぞれ相混じったブリテンの音楽スタイルからすると、やはり弱いと思ったりもしてます。

ラヴェル風の元気のいい1楽章では、この日のソロ、オズボーンさんの、目にも鮮やかな超絶技巧に魅惑されました。
楽章の終わりの方の木管の動きに、ブリテンらしさを感じます。
 2楽章は、お洒落なワルツ。ここでもヴィオラソロが決め手で、さすがに店村さん、素晴らしい。
オケの全奏を伴いつつ奏でる中間部のワルツは、実に心地よく、体が動きそうになりました。
 一転、晦渋な雰囲気の3楽章は、沈鬱な気分にしてくれましたが、終わりの方に、ブリテンらしいヒンヤリムードが醸し出されて、いい感じになれました。
さらにまた転じて陽気な旋律が忘れられなくなる終楽章では、ブラスも打楽器も大活躍、ピアノもバリバリ。

 しかし見事なお手前だったスコットランド出身のオズボーンさんのピアノ。
完全に、この難解至極な曲を手のうちに入れてる。
表現の幅が極めて大きく、かつ繊細さも。
そんな彼の個性がさらに発揮されたのは、アンコールのドビュッシー。
このガラスのように繊細な曲を、さらに透き通るような音色で、絶妙なタッチで演奏して、満場のホールを、シーンとさせてしまった。
調べたら、ブリテンも、フランスものも、お得意なようですね。
気にいりました、オズボーンさん。

 さて、後半は、タイム的には30分と、ちょっとものたりないけれど、ゴージャスで、オケががんがん鳴るウォルトンの2番。
1番は有名ですが、2番は、めったに演奏されない。
セルの演奏がかつては有名でしたが、わたくしは、入手しやすいプレヴィン盤のみ。

今宵のブラビンズさんは、1番とカップリングした録音を残しているので、今度手にいれましょう。

さて、コンパクトな外観に関わらず、この1960年の作品は、保守的でありながら、その豪放でかつ、ゴージャスサウンドは、かつてはともかく、いまでこそ受ける類の音楽だと思います。
事実、ほとんどの方が初聴きだったかもしれない、この日。
演奏終了後、ブラボーの大歓声で、ブラビンズ氏は、何度もステージに呼び返され、最後には、ウォルトンのスコアを高く掲げ、自分の胸に抱きしめるという、ナイスなパフォーマンスまで見せてくれるというありさまになりました。

そう、ほんとに、すごいかっこいい曲であり、完全無比の演奏でした。
さすが都響の緻密さと、そのパワーは素晴らしい。
それを縦横に引き出したブラビンズさんの、的確かつ熱い指揮ぶりにも感嘆。

緊張感と切迫感あふれる第1楽章は、ウォルトンならではの疾走感がたまらない魅力。
 そして、一番ステキなのが2楽章。
この日のコンサートで、一番楽しみにしていた楽章です。
抒情と情熱が、入り混じった、クール・ビューティなブルー系のサウンドは、ウォルトンが得意とした銀幕の音楽にも通じるものがあります。
陶然とした気分で、この楽章に酔いしれてしまったワタクシです。
 転じて、これまた豪快かつ緻密・繊細で、多彩な音色や響きが楽しめる終楽章。
12音によるパッサカリア形式といいますが、そんなことは、あまり気にせず、音楽が変転しまくるさまを楽しみました。
エンディングも、チョーかっこエエsign01

名古屋フィルが羨ましく思えたブラビンズさんの、都響客演です。

あと、ウォルトン1番をメインに据えた、もう一夜のブリティッシュプログラムもまいりますnote
  

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2014年10月19日 (日)

ブレッド&バター 45th コンサート

Burebutta

「ブレッド&バター」の45周年コンサートに行ってきました。

兄妹デュオ、幸矢と二弓のブレバタは、茅ヶ崎生まれ。

湘南サウンドを育んで、45年という息の長い活動をしております。

わたくしが、ブレバタを初めて聴いたのは、高校生の頃。
たしか、テレビ神奈川(TVK)で見たはず。

当時は、フォークソング的なジャンルだったかと思います。

ニュー・ミュージックとかAORってジャンルが出るのは、もう少しあとのこと。

いっとき、聴かない時期もありましたが、やはり、「懐かしい」という言葉が思わず先行する、「ブレバタ」のイメージ。

でも、今回のコンサートに接し、懐かしいという思い以上に、彼らが、まだまだ現役で、バリバリ、音楽を愛するミュージシャンであることへの驚きと感銘の方が上回りました!

Burebutta2

 
ほぼ2時間、歌いも歌い、歌いまくってくれました。

デビュー曲や、有名曲も含めて、全部でどうだろ、15曲もあったかしら。

誰もが経験したかもしれない学生時代の仲間との日々と、もうあまり会うこともなくなった今を歌った「第2土曜日」を聴いたときには、思わず涙が出てしまいました。

 「This is My Life ~ This is Your Life 僕らは、今生きている」

似たようなコンセプトの名曲、ユーミンが書いた「あの頃のまま」も、泣きそうになっちゃった。
いくつになっても、子供たちが成人しても、自分は大人になりたくなんかない。
そんな、勝手な気持ちを持つ自分が、いつも、もっとも共感してる曲。

あとは、なんといっても、「マリエ」。
幸矢さんが、語ってましたが、1970年当時、アメリカでは反戦歌や平和ソングが全盛だった。
そんななかでの、自分たちの、これはある意味、反戦ソングと。
しみじみと、じんわりとせまってきましたね。
わたくしと同世代、もしくは、ずっと上のお客さんもたくさん。
聴き入る会場内は、静かな感動の波につつまれたのでした。

変わらぬ高音、変わらぬふたりのハーモニーに酔いしれるこの夜。

バックも実力者揃い。
ユーミンとの共演も多かった方々です。
それから、同質の声でふたりに溶け合ったハーモニーを聴かせてくれた鈴木雄大さんは、素晴らしかった。

最後は、「1969」と書かれたTシャツに着替えて登場のブレバタのふたり。

50周年には、いくつになるんだろう?
死ぬまで現役、一生現役と、力強いお言葉をいただきました。

聴いてて、いろんな思い出や、シーンが、走馬灯のように自分のなかに駆け巡るのを感じました。
音楽には、力がありますね。

そして、ブレバタにありがとうです。

いつまでも、ずっと、その歌声を聴かせて欲しいですnote

Torihage_1 Torihage

アフターコンサートは、ご一緒した仲間たちと、おいしい焼きとり屋さんで乾杯。

思い出はそれぞれですが、ブレバタへの想いは一緒。

楽しく過ごしました、お世話になりました。

 過去記事

  「あの頃のまま」

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2014年10月17日 (金)

モーツァルト 「孤児院ミサ」 アバド指揮

Kaikoukinenkan

横浜市開港記念館。

近くの県庁、税関とともに、横浜三塔を形成してます。

1917年、大正6年築の歴史的構造物で、昼間もその佇まいは、きりっとしていて、素晴らしいけれど、ライトアップされた夜のこの姿も、それは美しいものです。

Mozart_messe_abbado

   モーツァルト ミサ・ソレニムス ハ短調 「孤児院ミサ」K139

  S:グンドゥラ・ヤノヴィッツ  Ms:フレデリカ・フォン・シュターデ
 
  T:ヴィエスワフ・ホフマン   Bs:クルト・モル

 

   クライディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
                   ウィーン国立歌劇場合唱団

                 (1975.10 @ウィーン、ムジークフェライン)


K139という、かなり若い番号のミサ曲。
たくさんあるモーツァルトの宗教作品の中でも、かつて、あまり知られていなかった作品であります。
メジャーな演奏家である、アバドが豪華な演奏陣を率いて、この曲を録音して、いきなり世に出てきたものだから、当時はびっくりしました。
 もちろん、知ってる方は知ってる。
77年でしたか、当時、大学生のわたくしは、学校の生協で、すぐさまこのレコードを購入し、初めて知るこの曲を熱心に聴いたものです。

ジャケットは、グルダとのモーツァルトの協奏曲の録音のもの。
その協奏曲や、悲愴、ハルサイ、ロッシーニ序曲など、若々しく、爽快、軽快な演奏を次々に繰り出していた40代に入ったアバドでした。
マーラーも、この頃、さかんに取り上げていて、2番、4番の録音も間近です。

そんな風に、曲よりも、アバドのことに思い入れのある1枚なのですが、なんたって、この演奏、オーケストラとソリストが素晴らしい。
普通に、モーツァルトのオペラが上演できちゃうくらいのメンバー。
ヤノヴィッツとシュターデの競演なんて、もしかしたらこれが唯一かも。
ともに、あの美声で天国的な声を聴かせてくれます。
緩やかなモルの、あの独特の声も印象的です。
当時、宗教作品では、テノールはこの人しかおらず、ベームやカラヤンにも重宝されたホフマンは、他の3人ほどではありませんが、生真面目な歌いぶりは、モーツァルトの伸びやかな音楽の邪魔はしておりません。

合唱が立派すぎて、人数も多く感じますが、当時はこれが普通。
ウィーンとの蜜月時代のアバドは、ウィーンフィルのマイルドな響きを、ごく自然に導きだしていて、過不足のない指揮ぶりだと思います。
全般に明るい響きなのですが、トロンボーンを始め、金管の想わぬシリアスな登場には、耳をそばだたせるものがありまして、それとともに、ピアノの部分の繊細な描き方も、当時のアバドのこだわりがあるように感じました。

 さて、演奏のことが先行しましたが、このK139は、1768年の作で、モーツァルトが、なんと12歳のときのもの。
自分は12歳のときに、何をしていたか、皆さんもどうですか?
恐ろしき少年であります。
 ミサ曲でも、その規模が大きい場合に、ミサ・ソレムニス=荘厳ミサ曲と呼ばれます。
45分、キリエ・グロリア・クレド・サンクトゥス~ベネディクトス・アニュスデイの通常ミサ典礼文のしっかりした構成を持つ大作です。

ウィーンの孤児院が新しい付属聖堂を建て、その献堂式に際して演奏すべく作曲されました。
トランペット、トロンボーン、ティンパニにオーボエ、そして弦五部という、当時としては大きな編成で、その音楽の構えの大きさ、とうてい12歳の少年のものとは思えません。
荘重な出だしのキリエから、トロンボーンのソロが印象的で、晩年のレクイエムもかくやと思わせる、美しいアニュス・デイまで、充実した音楽を一気に聴いてしまいます。

 師ハンス・スワロフスキーの追悼式に合わせて演奏された際の、スタジオ録音ですが、こうした世にあまり知られてない作品に、じっくち焦点を合わせて、集中力とともに、気持ちのこもった演奏でもって、曲の良さを知らしめてしまう、そんなアバドらしい1枚であります。

最近、国内CD復刻されましたが、わたくしがCDで購入したのは、かなり以前の海外盤。
5つのトラックしかありませんが、国内盤は、調べたら、詳細にトラック割りされているようです。
 そして、2012年の再録音ライブ映像は、まだ未視聴です。
是非、聴かなくては。

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2014年10月16日 (木)

R・シュトラウス オペラ お願いランキング

Osanbashi_3

横浜港、大桟橋からのMM21地区の眺め。

先日の県民ホールでの「アラベラ」観劇の帰りです。

お馴染み、みなとみらいホールは、あちらの方向。

さて、久しぶりにランキングやってみよっと。

前から、やろうやろうと思ってた、R・シュトラウスの15のオペラです。

そして、生誕150年の今年もあと、3ヶ月を切ってますから。

Onegai_seito_1

え?

テレビを、しばらく見ないうちに、萌えのお願い戦士たちは、こんなになっちゃった・・・。

なんでも、お願い生徒さんなのだそうな。

工事やっちゃうみたいですよ。

なんかピンとこないけど、まぁいいか。

Rosenkavalier_bernstein

   1.「ばらの騎士」

   2.「影のない女」

   3.「アラベラ」

   4.「カプリッチョ」

   5.「ナクソスのアリアドネ」

   6.「ダフネ」

   7.「ダナエの愛」

   8.「インテルメッツォ」

   9.「エジプトのヘレナ」

  10.「エレクトラ」

  11.「無口な女」

  12.「サロメ」

  13.「平和の日」

  14.「グンドラム」

  15.「火の欠乏」


バーンスタインの「ばらの騎士」のジャケットを飾ったのは、その演奏が1位という訳でもなくて、そのジャケットが大好きだからです。
数々の上演にも接し、それぞれステキなものだったし、映像・音源もたくさん持ってるけど、そのどれもが大好きな、そんな1位に輝く「ばらきし」です。

1~5位までは、比較的、すらすらと思い当たりましたが、あとがいけません。

お馴染み、サロメとエレクトラが、こんな後ろでいいのか、とのこともあります。

でも、あの時期の、当時にしては前衛だっバリバリのシュトラウスより、「ばらきし」以降、古典帰りを見せたシュトラウスの方が大好きです。

ロマンティックな、「影なし」と「アラベラ」が安定の上位は当然ですが、数年前に、二期会の舞台に接し、心から好きになったのが「カプリッチョ」です。
練達のシュトラウスが、クレメンス・クラウスとともに、達成した円熟の境地は、枯淡の域に達しつつも、明朗で、曇りなく、そして希望に満ちてます。

そう、どんなときにも、明朗快々、シュトラウスの音楽の本質は、その澄み切った明るさにあると思うのです。

15作、全部愛おしいのですが、そして、その全部が、ユニークな特徴を合わせ持っているのですが、体系的に見て、分類することも楽しいものです。

数年前に作った、15作の早見表。

Strauss_opera_2

バラエティあふれるその諸作ですが、その多くは、女性=女声を主人公とするもので、彼女たちも、いろんな性格で描かれてます。

これも、以前の記事からの引用ですが、振り返ってみましょう。

恐ろしくおっかない女性・・・・・・サロメ、エレクトラ

優美でかつ大人の訳知りの女性・・・マルシャリン(ばらキシ)、マドレーヌ(カプリッチョ)

強い意志をもったまっすぐ系・・・・アリアドネ、皇后、バラクの妻、ダフネ、ダナエ、アラベラ

ワル・・・・・・・ヘロディアス、クリテムネストラ

カワイイ系・・・・ゾフィー、ズデンカ

ゴージャス美人・・・ヘレナ、アラベラ、ダフネ、ダナエ

小悪魔ちゃん・・・・ツェルビネッタ、フィアカーミリ(アラベラ)

もしかして世の奥さま・・・・アミンタ(無口な女)、クリスティーネ(インテルメッツオ)


 こう見ると、おっかない女性の作品は、後ろの方に、おとなの女性・真っすぐ系が上位にランキングされてますね。
男性としては、至極あたりまえになりましたが、みなさまはどうでしょう?

オペラは、時間もお金もかかります。
今後、残された時間に、どれだけ楽しめるかわかりませんが、シュトラウスのオペラは、常に、近くにあって、聴いて行きたいものだと思ってます。

ちなみに、わたくしにとって大切なオペラ作曲家は、モーツァルト、ワーグナー、シュトラウス、プッチーニ、ヴェルディ、ブリテンの6人。
ここに、コルンゴルトとシュレーカーが加わります。
ベルカント系は苦手なもので、あいすいません。

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2014年10月13日 (月)

R・シュトラウス 「アラベラ」 首都オペラ公演

Kenminn

ふたつの幕間に、白と赤、いただきました。

ことに、白ワインは、この日の出し物、R・ストラウスの甘味な音楽にぴったりのお味でした。
県民ホールにある、フレンチレストラン「英一番館」のラベルが貼ってありましたよ。

横浜を中心に活動する首都オペラの公演、「アラベラ」を観劇してきました。

ピットには、毎年、神奈川フィルが入ります。

Kenminn1

こんな感じ。

舞台には、旅行鞄が並んでまして、ホテル住まいの伯爵一家を表現してます。

生誕150年のR・シュトラウスですが、日本でのオペラ上演は、新国のアリアドネとアラベラ再演、あらかわのアリアドネぐらいしか見当たらず寂しいものでしたが、そんななかで、横浜での「アラベラ」は、画期的な上演でありました。

Arabella

   アラベラ:津山 惠         マンドリーカ:月野 進
   ズデンカ:山口 佳子        マッテオ:内山 省吾
   ヴァルトナー伯爵:佐藤 泰弘  アデライーデ:佐伯 葉子
   エレメール:浅野 和馬       ドミニク:御野  鋼
   ラモラル:宇田川 慎介       フィアカーミッリ:石井 実香
   カルタ占い:前坂 美希       ホテルのボーイ:柳亭 雅幸
   ヴェルコ:北芝  潤          デューラ:北上 龍郎
   ヤンケル:吉田 宣俊

  中橋 健太郎左衛門 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
                   首都オペラ合唱団

                演出:佐藤 美晴

                    (2014.10.11@神奈川県民ホール)


舞台観劇は、これで2度目。
映像・音源もそこそこ持ってますが、忘れ得ないのは、テレビで見た、バイエルン国立歌劇場の来日公演。
サヴァリッシュの指揮で、ルチア・ポップとヴァイクルのコンビの舞台は、演奏の素晴らしさとともに、具象的な装置に心理描写も豊かな演出でもって、理想的なイメージで脳裡に残り続けてます。
 具象的なリアル演出も健在ながら、筋の読み替えや、抽象化、人物たちの動きの多弁化など、あらゆるスタイルが混在するオペラ界であります。

そんな中での、日本のオペラ界は、極めて穏健で、どんな方が観ても安心の舞台が約束されております。

今回の「アラベラ」上演も、まさにそう。
もう少し、ひねりが欲しいとも思ったけれど、よけいなことを一切していなかった点と、あとは観劇者の想像力で補えばいいという、シンプルぶりがよかったと思います。

Arabella

  (公演パンフレットより拝借の舞台模型画像)

舞台は、3幕を通じて、上褐の階段が据えられ、1幕では、仕切り壁があって、ホテルの部屋を作りだしていたほかは、このままの簡潔ぶり。
階段には、よく見ると、オーケストラピットに折り返し描かれた、クリムト風の金の模様がアクセントになってます。

あとは、カラフルな照明の効果が印象的で、光りは、ときに青く、赤く、ピンクになったりして、舞台の進行と、人物たちの心情を裏付けております。
 ことに、美しかったのは、2幕のアラベラとマンドリーカの二重唱の場面。
無数の星がまたたくような背景に、シュトラウスの甘く切ない音楽がばっちりとかみ合った美しいシーンでした。

ただ、このオペラを初めて観る方、オペラ自体がもしかしたら初の方には、ちょっと説明不足にすぎる舞台であったかもしれません。
その点では、可も不可もない舞台でもあり、演出でありました。
 加えて、各幕ともに、幕の下ろし方が、音楽の急転直下の洒脱さの素晴らしさに、まったく相容れなくて、もたもたした感じで、後述のオケが、さばさばなものだから、いらいら・もやもや感が残りましたこと、声をあげておきます。

 海外組が主体の新国立劇場にも、オール日本人のダブルキャストの時代もありました。
そして、プロでもアマでも、難しいオペラに果敢にチャレンジすると、同胞として、大いに応援したくなります。
 まして、ドイツ語垂れ流し、言葉の洪水みたいなシュトラウスのオペラとなると、さぞかしたいへんと思います。

ですから、基本、日本人歌手のことは、いつも褒めちゃいます。

そんなひいき目を度外視して、アラベラとズデンカの、津山さんと山口さんは、実に素敵な姉妹となりました。
夢見るお嬢様アラベラを気品よく凛とした明快な歌唱で歌った津山さんは、そのお姿も美しかったです。、
そして、現実的な一方、姉にも、友人で愛する人にも献身的な愛を尽くすズデンカ。
少年であり、妹であり、最後には、ひとりの愛する自立する女性という多面的な役柄です。
山口さんは、ほんとに、可愛く、素直で優しい歌唱でもって、演じ歌いました。
最後のふたり姉妹の許し合いのシーンには、涙が出ましたよ。

若々しい月野さんのマンドリーカは新鮮な発見。
何度も接してる内山さん。そのマッテオも伸びのあるテノールでよかった。
コミカルさも、味わいあった佐藤さんの親父伯爵に、母アデライーデ佐伯さんは、声の艶よく貫録すら漂わせてます。

フィアッカーミリ、3人の伯爵は、ちょっと弱かったけれど、それぞれ熱演でした。

 指揮の中橋さん、初めて聴きました。
そのお名前のインパクトに気おされてしまいますが、地道にオペラを極めてられるお方とのこと。
指揮ぶりを拝見していて、その的確なる指揮ぶりはよくわかりました。
ですが、快速ぎみで、てきぱきと進むばかりで、音楽の情緒や情感が置き去りにされた感が強く、せっかくの神奈川フィルの美音が、さっぱりと活かされていないように感じました。
あまりの職人ぶりが過ぎるとでもいいましょうか・・・。
シュトラウスの音楽は、もっとたっぷりと、なみなみと演奏して欲しいもの。

でも、ピットのなかは、わたくしにはお馴染みの神奈川フィルで、その音色はいつものかなフィルに間違いなく、安心感すら覚えるのでした。
そうした意味では、きらめくシュトラウスサウンドは、神奈川フィルのもので、このオーケストラに助けられたといっても過言じゃありません。

首都オペラさまには、毎度、意欲的な上演をありがとうございます。
来年は、トゥーランドットとのこと。
さらに、きっと神奈川フィル向きの作品であります。
1年先ですが、わたくしもきっと観劇します、神奈川フィル2度目のトゥーランドットです。

最後に、シュトラウスのオペラ好きのみなさま、朗報です。
来年のやはり同じころ、二期会が、「ダナエの愛」を上演いたしますよ!

さらに最後に、マンドリーカには、お水を飲みほしてあと、空のグラスを投げすてて、かち割って欲しかった。
今回は、それらは、エアでしたので・・・・

 過去記事

 「ショルティ&ウィーンフィル」

 「ハイティンク&ロンドンフィル」

 「新国立劇場公演 シルマー指揮」

 「サヴァリッシュ&バイエルン国立歌劇場」

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2014年10月 9日 (木)

ハウェルズ エレジー ヒコックス指揮

Hagi_higan

もう季節は巡って、過ぎてしまいましたが、彼岸の頃の野辺の様子。

初秋を、彩る、萩と彼岸花でした。

これらの草花に、似合うのが、夜の月や、秋の虫の音色。

月といえば、昨夜(8日)は、月食でした。

雲に覆われながらも、後半を見ることができました。

古来、月食は不吉なものとされますが、大昔の方々からしたら、月がみるみる欠けてしまう、しかも、赤く光るなんて、そりゃ、なにかよくない印と思えたことでしょうね。

それでも、なにごともなく、穏便に日々が過ぎることを祈るばかりです。

次の月食は、来年、2015年4月4日だそうです。
春の月ですよ。

Howells_strings

   ハゥエルズ  エレジー

       
       ~ヴィオラ、弦楽四重奏と弦楽オーケストラのための~

    サー・リチャード・ヒコックス指揮 シティ・オブ・ロンドン・シンフォニエッタ

                    (1992.10 @ロンドン 聖ユダ教会)


今日は、心静かに耳を傾け、ちょっと泣ける音楽を。

ハーバート・ハゥエルズ(1892~1953)は、わたくしの大好きな英国作曲家のひとりです。
シンフォニックな作品や、大規模な作品は、残してませんが、美しい管弦楽作品、声楽曲、器楽曲などに、心に沁みとおるような味わいあふれる音楽を書いた、英国抒情派のひとりです。

その時代を生きた芸術家と同じく、ふたつの大戦を経験し、多くの死にも接して、そして、その死への思いが、彼の音楽の根底に、ときに悲しく、ときに優しく刻まれてているのです。

さらに、40代にして、最愛の息子を今度は病気で亡くしてしまい、ハゥエルズの音楽は、さらにシリアスに、そして宗教的な祈りの要素も加えながら深みを増してゆきます。
傑作「楽園讃歌」は、その代表です。

そのハゥエルズも、若き日々は、英国の田園風景の機微にてらした、緩やかな音楽をしばしば書いておりました。

今日の「エレジー」も、その流れの中にありながらも、友の死を悼んだ作品でもあります。

1917年の作。
遡ること、1910年、ヴォーン・ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」を聴いて、大いに感銘を受けました。
そして、ロイヤル・カレッジ時代の、パーセル・ウァーレンという友が、第1次大戦で亡くなってしまう。
ヴィオラを専攻したその友のことを想って書かれたのが、この「エレジー」です。

10分くらいの作品ですが、全曲にわたって、ヴィオラが、まさに「哀歌」とよぶに相応しい、哀しくも、儚い楚々たるメロディーを奏でます。
そのムードは、さきに感銘を受けた。RVWのタリス幻想曲の古風な佇まいにも似て、静謐でありながら、悲しみをたたえた独特の雰囲気があります。

あまりに動きが少なく、静かに、静かに、音楽が過ぎゆくものですから、最初は何も感じることがなく終わってしまいますが、何度も繰り返し聴くことで、心の中に、哀しみと、癒しの気持ちが芽生えてくるのを感じます。

ハゥエルズの音楽を、多く残してくれた、亡き名匠、ヒコックスの指揮で。

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2014年10月 6日 (月)

マーラー 交響曲第8番 現田茂夫指揮 県民ホールリニューアル&開館40周年記念

Mahler8

満員御礼でました。

台風が近づき、あいにくの雨模様でしたが、ホールは、開始前から熱気に包まれ、感動のエンディングでは、ブラボーの嵐!

神奈川県民ホールの耐震補強を中心とする大規模リニューアル工事の完成お披露目と、開館40周年を記念するコンサート。

1975年の開館オープニングコンサートは、たしかFMで放送されたような記憶がありますが、N響で何が演奏されたかは覚えてません。
第9だったかしら?
でも、その年の、BBC交響楽団をブーレーズが指揮したものは覚えております。
それと、同じ年のムラヴィンスキーとレニングラードフィル。
飛行機嫌いのムラヴィンスキーは、船でやってくるので、横浜は真っ先に演奏会場に選ばれました。

船といえば、外来オペラも大掛かりな装置を伴うものは、横浜から入りました。
ワーグナーの「リング」日本初演の地も、横浜のこのホール。
さらに、オープン年の目玉は、マリア・カラスが舞台に復活、という世界的な話題をさらった「トスカ」上演。
でも、カラスは降りてしまい、カバリエが代役をつとめたことも鮮烈な思い出です。

数々の歴史を刻む県民ホールの新たな出発に、マーラーの8番が選ばれるのも、時代の流れ、かつては考えられないことで、しかも、地元神奈川フィルですから、これも開館時には思いもしなかったことです。

Mahler_sym8_kenmin

  マーラー 交響曲第8番 「千人の交響曲」

    S:罪深き女:横山 恵子       S:贖罪の女:並河 寿美
    S:栄光の聖母:管 英三子    A:サマリアの女:竹本 節子
    A:エジプトのマリア:小野 和歌子   T: マリア崇拝の博士:水口 聡
    Br:法悦の神父:宮本 益光     B:瞑想の神父:ジョン・ハオ

   現田 茂夫 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

              県民ホール特別合唱団
              湘南市民コール
              洋光台男性合唱団
              神奈川県立湘南高等学校合唱部
              神奈川県立大和西高等学校合唱部
              神奈川県立蛯名高等学校合唱部
              小田原少年少女合唱隊

         合唱指導:岩本 達明、松平 敬
         言語指導:三ヶ尻 正
         児童合唱指導:桑原 妙子


                     (2014.10.5 @神奈川県民ホール)

演奏中、グロスで区切って、おおざっぱに数えました。
オーケストラは、108。
合唱は、700を切る。
都合、約800人とみた演奏者が、せり出した舞台に、たっぷり、ところ狭しと並ぶ光景は、壮観と呼ぶに相応しい光景でした。

3度目の実演の千人。
これまでは、文化会館と藤沢市民会館(現田さん指揮)でしたから、破格に大きいホールでの千人は、これが初のギッシリぶり。

そして、今回の席は、3階席にしてみました。
このホールの1階、2階は、上階のかぶりが大きいのと、デットさが際立つように、いつも感じていましたから。
最上階は、意外と、音がすべて届いて、バランスもよくて、残響も適度にやってくるから。
昨年の「ワルキューレ」で痛感しました。

 指揮棒を持たない現田さん。
いつものように若々しい登場で、さっと降り上げて、オルガンの第一声を伴って、「Veni , creator spiritus!」と歓喜を伴う爆発的な開始。
いきなり、ガツンときました。

さて、ここで、今回は、ふたつの面から、この夜の「千人交響曲」について書いてみたいと思います。

 まず、ちょっと辛口的観点から。

メモリアル的・祝祭的な意味合いの強いこの手の演奏会は、企画の段階から、壮大な構想、今回でいえば、合唱団を公募し、さらに県内のアマチュアを交えた600~700人の大合唱団を仕立て上げるという快挙も伴いました。
 それに伴うリスクは、精度の低下と、巨大な音の塊の咆哮になりかねないということ。
オーケストラは、拮抗できるけれど、独唱者はオケと合唱に挟まれて埋没してしまった。

マーラーの8番は、巨大な作品だけれども、その本質は、緻密で繊細な、愛がもたらす救済のドラマです。
第1部は、ガンガン行けばいいけれど、第2部は、細部に渡るまでよく聴こえなくてはいけない細やかな音楽です。
もう少し合唱団の数は、刈り込んで、明瞭な響きを築いて欲しかった。


あと、声の問題は微妙で、席によって届いた歌手と、そうでない歌手がいると思います。
横山さん、並河さんは、どんなときにもビンビンにきました。
でも、宮本さんと、ハオさんは、オケに埋没。
水口さんも、スタミナ配分、きっとたいへんだったでしょうが、厳しかった。
前に聴いた、「グレの歌」でもそうでした。
でも、この同じホールで聴いた「トゥーランドット」は完璧だった。
難しいものです。

それと、第1部と第2部との間の休憩20分。

当初は、通し演奏と告知されていながらの休憩。
事情は、推察するしかありませんが、仮にも交響曲と銘打つ作品で、4つの楽章の区分けもできる音楽です。
1楽章が終わって休憩はいけませんよ。
もしかしたら、多くの聴衆が初めて聴くかもしれないマーラーのこの曲。
連続して演奏した方が、ホール内の集中力も、音楽の流れも持続したはず。
メモリアルのコンサートだから、きっとそうだし、わたくしの周りにも、そんな感じの方々がちらほら。
なんたって、さんざん館内放送で禁止してるのに、写真撮りまくりの、しかもスマホですから、その電源はどうしたんだって話でしょ。
まったく制止しなかった、ホールの関係者もおかしい。
2階で響いた別働隊バンダと、栄光の聖母の声に、ほぼ立ち上がりかけてきょろきょろする方も・・・。
 少しはお勉強してからのぞんで欲しい、そんなめったにやらない大曲なんですよ!

すいません、文句を先に書きました。

続いて、激賛コーナーupnotenote  

多くの合唱団のみなさま、きっと、生涯忘れえぬ思いでと経験をされたと思います。
客席から観て、聴いていて、ともかく、うらやましくて、眩しかった。
渾身の「Veni・・・」と、「Komm」そして、「神秘の合唱」いただきました。
 独語指導の三ヶ尻さんの、賜物もあって、子音もクッキリ。
ウムラウトを身に付けたカーテンコールの三ヶ尻さんの思いが、しっかり成果に出ていたと思います。
(問題は、数とホールのキャパなんです)

そして、なんたって、現田&神奈川フィルの紡ぎ出す、音色は、なんでこんなにブリリアントで、美しいの?
なんの小細工も施さない現田さんの指揮は、天然・自然のままに感じられます。
だけど、ほかのオーケストラでもそうですが、出てくる音色が、華美とはいわないまでも、楽しい美しさを持ってるんですよ。
生き生きとした音とリズム、思いきりの歌は、それぞれ、こちら側聴き手の心をくすぐります。
アマオケを振っても、そんな音が出てくるんだから、お互い知りつくした神奈川フィルとの間では、お互いがどう思おうと、自然に、美音が満載の垂れ流しとなってしまう。
 その音の瞬きに、いつしか身も心も任せきってしまう自分を、現田さんの演奏に、いつも見つけるのです。
ラフマニノフの2番、ワーグナーのリングに、チャイ5に・・・・・・
 きっとオケも歌手も、合唱も、知らない間に乗せられちゃってるんだと思います。
オペラ指揮者の本領を見る思いです。
とりわけ、第2部の第3部。
第1ヴァイオリンが、えもいわれぬ美しい旋律を静かに奏で始める時、現田さんは、第1ヴァイオリンの方へと完全に体を向けて、ここぞとばかりに、歌うこと要求。
そして、それに応えた神奈フィル・ヴァイオリン群の美しさといったらない。
ここで、ワタクシは涙腺決壊。
 続く、独唱女声ソロたちの贖罪合戦でも、天上の響きとも言える涼やかな音色に、わが耳もとろけてしまいそう。

で、その神奈川フィルは、今宵も完璧。
とりわけソロの多かった、石田コンマスは、初外しを聴いたものの、そんなの関係ない。
石田サマ以外のなにものでもない音色は、つねに、神奈フィルのサウンドを先頭きって牽引してました。
 麗しの木管、ことに大見さんのピッコロは最高!
明るいサウンドの金管、神戸さんがいないのは寂しかったですが、平尾さんの多彩な演奏ぶりが楽しめた、いぇーーい。

神奈フィルファンとして、どうしてもオケばかりに目がいってしまいます。

でも、大掛かりな合唱の、マスとしての威力は、ことに第1楽章では炸裂してました。
耳を圧するという言葉が相応しく、逆にまた、そこにこそ、この曲の実演での演奏の難しさがあるといえるのでしょうね。

いつかまた、川瀬さんが、もっと年を成して、みなとみらいホールで、きりっと、小股の切れあがるような千人を聴かせてくれること、夢見ておきましょう。

甘辛交えた、今回の感想。

最後は、県民ホールのお祝いプラス、神奈川フィルのマーラー交響曲完全演奏記念の祝宴です。
聖響さんの金字塔、残した8番を現田さんが完璧に指揮。
神奈川フィルに、マーラー演奏の足跡と自信をしっかり根付かせた聖響さんに感謝し、オペラの大家、現田さんが補完したマーラー・チクルスは、日本のオーケストラ界でも誇っていい実績です。
全部はやっても、10番全曲版をやってないオーケストラがありますからね。

Chukagai2

強い雨もものともせず、興奮に火照った頬を雨に濡らしつつ、中華街へGo!

Dsc07824

小澤征爾さんが、ウィーン時代、帰国すると必ず寄った店「福楼」さんへ。

有名人も多数の、台湾料理系です。

Ebichiri

ともかく、うまい。メンバー全員、言葉もなかった絶品海老マヨ。

Kuushinsai Mabo

空芯菜に、マーボー。

ともかくうまい。

Letasu

そして、自分的に、これも最高にうまかった、中華レタス巻き。

彩りも鮮やか。

あとまだまだ天心もふくめて、たくさんいただきました。

神奈川フィルを応援する醍醐味は、こんな風にたくさんありまぁす。

次の終末は、「アラベラ」だよnote

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2014年10月 2日 (木)

ブリテン 「真夏の夜の夢」 ハイティンク指揮


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真夏の夕暮れの東京タワー。

ついこの前までの暑い夏は、涼しい秋にとってかわりました。

冬から春も劇的だけど、夏から秋も、いつのまにか風が変わってしまい、朝晩に急に季節が進行したことを痛感します。

懐かしいな、夏。

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    ブリテン 歌劇「真夏の夜の夢」

 オベロン :ジェイムス・バウマン   ティターニア:イレアナ・コトルバス
 パック   :ダミエン・ナッシュ     テセウス :リーヴェ・ヴィッサー
 ヒッポリタ :クレイエ・パウエル     ライサンダー:ライランド・デイヴィス
 ディミトリアス:デイル・ディージング ハーミア:シンシア・ブキャナン
 ヘレナ  :フェリシティ・ロット       ボトム:クルト・アッペルグレン
 クィンス :ロバート・ブリソン        フルート:パトリック・パワー
 スナッグ :アンドリュー・ギャラガー スナウト:アドリアン・トンプソン
 スターヴリング:ドナルド・ベル
 妖精:蜘蛛の巣、豆の花、からしの種、我・・・・ボーイ・ソプラノ

        演出:サー・ピーター・ホール

     ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                        
                         (81.@グラインドボーン)

   
シェイクスピア原作の「真夏の夜の夢」。
「真夏」とありますが、本来のこの物語の季節は、夏至の頃。

そして、夏もすっかり終わった秋のいま、こうして記事にしてます。
というか、真夏に鑑賞してたのに、今頃の記事。
最近の週末は、忙しくて、以前のようにオペラ記事を書く時間がないのです。

音楽での、「真夏の夜の夢」の代表作は、メンデルスゾーンの同名の劇音楽でありましょう。
あと、古くは、パーセルの「妖精の女王」で、原作から半世紀後。
そして、英国からは、ずっと下って、ブリテンのこちらのオペラとなります。
あと、変わったところでは、コルンゴルトがメンデルスゾーンの作品を映画様にオマージュした同名の劇作品もあります。

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ブリテンのオペラは、1960年の作品。
そして、原作のシェイクスピアの戯曲は、1596年。
ほぼ400年を経て、ブリテンと朋友のピアーズは、原作にほぼ忠実に従い、幻想・ロマン・笑い・風刺・夫婦愛といった妖精を介した人間のドラマが、楽しく美しくここに描かれることとなりました。

保守的な作風だったブリテンですから、1960年という年の作品にしては、メロディも豊かで、とても聴きやすいオペラで、しかも全3幕、2時間30分という長さながら、ドラマの運びと、巧みな音楽とで、楽しみつつ、あっという間に終わってしまう。

過去に2度記事にしてますが、簡単な、あらすじ・・・。

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妖精の王オベロンと妃のティターニアが、愛しい少年をめぐって喧嘩をして、頭にきたオベロンは、遊び心で、寝て起きて最初に見た人に恋してしまうという薬草を、妖精パックに探しにいかせる。

 人間の男女4人が、それぞれ、たがいに違う相手と出てきて、恋の悩みをぶつけ合う。

それを観察するオベロンは、気を効かせて、うまく恋が成就するように、パックに、かの惚れ薬を塗るように命じるが、そそかっしいパックは、違う相手の瞼に塗ってしまい、本来の恋人希望でない女性に起こされた彼は、彼女をひと目で好きになってしまう。

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 一方、森には、演芸の出し物を練習しにきた職人たち数人。

かたわらでは、妃ティターニアが休みにつくが、パックは職人のひとりを誘い出して、その姿をロバにしてしまう。

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 翌朝、目を覚ました妃は、ロバを見て、即、恋に落ちる。

妖精たちもまじえて、平和かつ滑稽な情景が続くが、一方、ひとりの女性を巡り、大げんかとなった4人の男女の喧騒もすさまじい。

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 パックに、ひと違いをしたことに、激怒して、お仕置きをするオベロン。

パックは、4人をばらばらに呼び出し、ふたたび、惚れ薬を処方。 

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さらに、妃の魔法も解き、妖精の王夫妻と4人は、仲直りの美しい朝を迎える。

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そして、その晩は、領主の婚礼。

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合わせて、4人の祝福も同時に行い、宴の出し物は、職人たちの抱腹絶倒の寸劇。

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やがて、劇も終わり、皆が去ったあと、妖精夫妻も仲良く歌い、最後に一人になったパックが狂言回しとして、舞台の幕を締める。


 登場人物が多くて、一見、ばたばた騒ぎに見えるけれど、舞台や映像に接すれば、その思いは霧消してしまいます。

 3幕の滑稽な劇中劇も、1幕で行われる職人たちの練習風景と巧みに結びついていて、もやもやが晴れるし、なによりも、全体に巧みなライトモティーフの使用による効果があふれ出てます。
 1幕と3幕は、それぞれ夢想的な前奏曲から始まり、そこから次々に、その幕の出来事も含めて音楽が派生して、大きくドラマを築いて行くさまが聴きこむとよくわかる。
さらに、中間の第2幕は、長大なパッサカリア形式ともとれるそうです。
 そう、全体をシンフォニックに捉えることも可能なオペラなのです。

 また、原作に妖精たちとして、少年がたくさん出てくることも、ブリテンの好む素材でありましたでしょう。
オペラでも、妖精たち=少年合唱は、3つの幕でそれぞれに大活躍で、古雅なまでのコーラスを披露して、3つの幕を結びつける効果も生んでいるように思われます。

あと、狂言回しのパックちゃんですが、語りに重点を置いたシュプレヒティンメのような存在で、歌いません。
わたしの持つデイヴィス盤では青年が、観劇した舞台では女性が、そしてこちらの映像のハイティンク盤では少年が、これまた、まったく達者に機敏に演じております。

ブリテンのオペラ16作中、10番めのものですが、このオペラよりあと、旋律的なオペラに別れを告げ、東洋風な音楽も取り入れ、よりミステリアスでユニークな、ある意味感覚的な音楽の方向へと向かうのでした。

 さて、グラインドボーン時代、1980年代のハイティンクは、ロンドンフィルの指揮者という立場でもって、オペラを本格的に指揮し始めた頃で、必死にレパートリーの開拓に努めていた頃。
モーツァルトのダ・ポンテオペラや、ストラヴィンスキー、ブリテンなどの名演をこうして残してくれました。
いずれもふくよかで、穏健な解釈ながら、音楽はときに生真面目すぎたりもしましたね。
でも、シンフォニックなアプローチが、ブリテンには、ピタリと決まって、とてもスッキリしてます。
カーテンコールに出てくるその姿も、頭は一緒ですが、まだ50代だから、とても若い。
グラインドボーンのあと、デイヴィスの後を受けて、コヴェントガーデンの音楽監督となり、オペラ指揮者としての立場も完成させることになるハイティンクでした。

歌手では、お馴染みのコトルバスが素晴らしいですね。
バウマンのオベロンも見栄えもよく、完璧な歌です。

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そして、4人の人間の恋人たちの素晴らしさ。
とりわけ、若きロットとR・ディヴィス。

 最後に、演出は、ピーター・ホール。
王立シェイクスピア劇団やナショナル・シアターの監督をつとめたピーター・ホールは、劇や映画に加え、オペラ演出でもかなりの舞台を残しております。
英国で、数々実績をあげていたホールに、バイロイトが声をかけたのは、シェロー&ブーレーズの革新的な「リング」のあと。

 ショルティとともに、バイロイトに乗り込み、それまでの「フレンチ・リング」に対し、「ブリテッシュ・リング」と呼ばれたのが1983年のこと。
このブリテンの映像の頃は、もう構想・準備に入っていたものと思われます。
 具象的で、ロマンティックだったバイロイトの「リング」は、ある意味賛否両論で、前が凄すぎたのと、ショルティが、劇場の音響にうまく自分の想いを合わすことができず、1年で降板してしまったことが気の毒な評価となってしまいました。

 ですが、その後を受けたペーター・シュナイダーの指揮が素晴らしくて、歌手もベーレンスを中心に安定して、このプロダクションは成功裏に終了することとなりました。
こちらの映像は残されませんでしたが、ほんのちょっとだけ、ビデオで持ってますよ。

話が飛んでしまいましたが、ホールの造りだす舞台はとても美しくて、あらゆる人の想像の中に出てくるものと同じ感じでもって展開するので、幻想と現実の狭間をただようこの舞台を理想的な演出として評価してもいいと思います。
 リングでは、「リアルなメルヘン」と評されましたが、ここでも、まさにそう。
ある意味、原作に忠実であることの美しさです。
 もちろん、解釈により生まれる美しさや、刺激を否定するものでなく、大いに双方を受け入れたい心情に変わりはありません。

いまや、いろんな演出や演奏が登場していると思われますが、ひとつのスタンダートとして大切な映像に演奏だと思います。

それにしても、ブリテンのオペラのエンディングは、急転直下かっこいい

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「妖精さんのしでかす出来事は、いつでも、ありまぁす

by パックさん



 
過去記事

 「デイヴィス&ロンドン響」

 「名古屋二期会公演 阪 哲朗 指揮」
  

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