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2014年12月30日 (火)

ブルックナー 交響曲第9番 アバド指揮

Tokyo_tower_2

東京タワーには、数日前から2014年の表記が。

そう、あと1日で、終わってしまうんです、2014。

Tokyo_tower_6

2014は、ショックなことが起きた。

最愛のクラウディオ・アバドの死がそうです。

なんで、神様は許してくれなかったんだろう。

音楽に全霊を尽し、謙虚に、静かに生きたクラウディオを、神様はまるで急いだかのようにして、天国に召してしまった。

そんな矛盾と齟齬に、怒り、悲しんだ2014。

 その後も、何人かの聴き親しんできた演奏家たちの訃報が相次いだ2014。

Bruckner9_abbado

  ブルックナー  交響曲第9番 ニ短調

   クラウディオ・アバド指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団

                (2013.8.21~26 @ルツェルン)


いまの時点で、アバド最後の演奏の録音です。

今年のブラームス・チクルスは、主を失ったオーケストラを、ネルソンスが救いましたが、2013年のルツェルンでは、アバドは二つのプログラムを指揮しました。

 ①ブラームス   「悲劇的序曲」

   シェーンベルク 「グレの歌」から

  ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」

 ②シューベルト  交響曲第8番「未完成」

   ブルックナー  交響曲第9番

このふたつのプログラムを、2013年の秋には、①の内容を替えて②を携えて、日本にやってくる予定でした。

それから数か月で訪れたアバドの死に、なすすべもなく、泣き崩れたワタクシでした。

①は、NHKで、昨夏、すぐさま放送されましたが、ブラームスとエロイカは、覇気が少し弱く、アバドの指揮にも疲れを感じたのでした。
 でも、シェーンベルクになると、息を吹き返したかのような、感興あふれる没頭感ある指揮ぶりだったところが、いかにもアバドらしくて、気に入りました。

 でも、それにしても、疲労の色濃い、「英雄」の指揮ぶりには、その元気の具合が確かめられるゆえに、不安と不満を覚えたものです。
 ずっと、ずっとアバドを見守り聴いてきた自分には、あの映像にあるアバドの指揮ぶりが、これまでとは明らかに違うものを感じ、録音したその音源にも、一瞬、気が抜けたような箇所を、感じ取っていたのでした。

 この様相と同じものを、かつて、99~00年、最初の癌のときの、少しばかり緊張感の抜けた緩い場面を、そのときどきのライブ放送に、そして、いくつかの録音に感じていたのでした。

そして、今宵の、アバドのブル9。

素晴らしき高みに達した、あきれかえるくらいの音楽再現という名のすさまじい行為。

執念すら感じる、アバドの音楽への打ち込みぶりを感じ、そのアバドの全霊を受けとめ、そっくりそのまま、鏡のように跳ね返すオーケストラ。

演奏という音楽の表現行為の、行き着いた最果ての結果を、ここに感じます。

「無為自然」

あるがまま、なにもせず、すべてが充足し、あるようで、なにもない。

そんな感覚を呼び覚ますのが、アバドが到達した最後のブルックナー。

 気の抜けたような生気の不足は、もしかしたら、現世からの離脱、肩の力が抜けきった、ほんとうの別次元を数々体感した、アバドならではの優しい世界=領域ではなかったか・・・。
そのように、この音盤を聴いて思います。

①で、あれ、っと思ったブラームスとエロイカも、もう一度ちゃんとした映像で確認したくて、正規盤を入手すべく、クリックいたしました。

ひとりの偉大な人間の、最後の瞬き。

こうあって欲しい。

いや、こうあらねばならない。

いろんな想いを抱きつつ聴く1時間は、ほんとに、あっさりと、最後の崇高なアダージョの最終局面を迎えることになるのでした。

ブルックナーの第9とはいえ、格別な存在じゃなくて、普通に存在する名曲として、さらりと演奏してしまった、高度な演奏だと思います。

アバドは、明日も生きようと思っていたし、オケも、このマエストロともに、次のブラームスを楽しみにいていた、そんな前向きな演奏に感じます。

でも、くどいようですが、少しの気の抜け方と、ゆるやかさがどうにも気になる1枚でした。。。。

 アバドのブル9過去記事

 「ウィーン・フィル」

 「ベルリン・フィル」

ベルリンフィルとのライブが、異様なまでのテンションで、切れば血しぶき、ほとばしるような、すさまじい最高潮の名演なんです。

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コメント

2013年の元日に、いつ死ぬかわからないと思い立ち、自分の葬式で流すBGMをCD2枚に焼きました。ワルター・コロンビアによるブルックナーの7番と9番のアダージョ、田部京子のブラームスとシベリウスの小品、ヴィアノヴァカルテットによるフォーレの弦楽四重奏です。
クラヲタ様が、2014年の締めの曲のひとつにブル9を選ばれ、うれしく思いました。

投稿: faurebrahms | 2014年12月31日 (水) 07時26分

大晦日を迎えて慌ただしい中、いかがお過ごしですか?
今年はよこちゃん様には辛い出来事もあったかと思います。
そんな中でも豊富な内容の記事、楽しませていただいています。

最近ニャンコ先生の話題が少なくて、ちょっと寂しいですよ。
この1年の感謝を込めて…ありがとうございました。
良いお年をお迎え下さい♪

投稿: ONE ON ONE | 2014年12月31日 (水) 15時58分

faurebrahmsさん、こんにちは。
年の瀬は、ベートーヴェンもいいですが、ブルックナーの第9も実にいいものです。
マーラーのそれとなると、ちょっと違う気もしてしまいますが。
ワルターのブルックナーとはまたいいですね。
CBSのあのサウンドとともに、脳裡に思い浮かびます。
わたくしも、いつも、旅立ちの音楽を考えてますが、集大成しなくてはと思ってました。。。
いつなにがあるかわからないし、家人にはわからない世界ですからね。
 そして、さすがのブラームスとフォーレの作品。

どうぞ、よいお年をお迎えください。

投稿: yokochan | 2014年12月31日 (水) 22時20分

ONE ON ONEさん、どうもこんにちは。
まったくですよ、1月ののっけから、最愛の演奏家とのお別れ、そして、Sの件。
多くの演奏家の死に遭遇したのも、今年は稀なる年でした。
寂しい気分満載でしたし、実生活も仕事もへろへろに疲弊しました。

ですがね、数々の音楽に癒され、ここに足跡を刻むことで、気持ちの平常を保てた気がしております。

にゃんこたちは、そこそこストックがありますが、いつも同じ顔ぶれですので、開拓が要となっております(笑)

こちらこそ、良いお年を♪

投稿: yokochan | 2014年12月31日 (水) 22時28分

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