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2015年3月

2015年3月28日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 小澤征爾 指揮

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一挙に開きました。

春、きたー。

それでも、朝晩は、肌寒く、一進一退ですが、晴れた日の陽気の気持ちよさは、ハンパなく、人間も、動物も、そして花たちも、気持ちよく開放的になります。

こちらは、本日、土曜日の都内、港区の桜。

たくさんの方が、見上げて、写真を撮ってましたよ。

そして、そんなサタデーナイトに、気分よろしく、フロム・ザ・ニュー・ワールド。

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  ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

    小澤 征爾 指揮  サンフランシスコ交響楽団

                    (1975.5 @サンフランシスコ)


いまは、手放してしまいましたが、このジャケット、大好きでした。

サンフランシスコとボストンという、西と東のアメリカのメジャーオケの音楽監督を、同時につとめた小澤さんの若々しい横顔。
 背景は、ゴールデンゲートブリッジ。

サンフランシスコ響を指揮した、アメリカ由来の作品に相応しい、秀逸なジャケットでした。
欧米中心のクラシック音楽の世界にあって、そこに新風を吹かせた、まさに、新世界を切り開いたアジア人が当時の小澤さん。

いまでこそ、世界各地の指揮者や、オーケストラが、あたりまえのように、クラシック音楽の最前線で活躍し、等しく、扱われる世の中となりましたが、そのパイオニア的な存在だった、小澤さんの存在や、役割は、ほんとに大きかったと思う。

語り草となった、その渡欧歴伝や、大演奏家たちとの出会いや交流。

そして、ともかく、海外にポストを持った小澤さんは、登り竜そのものでした。

トロント、サンフランシスコ、ボストンの順に、北米のオーケストラの指揮者に次々となる一方、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドンと、欧州でも定期的に招かれ、もちろん、日本でも、N響との問題を跳ね返すように、日フィルと、解散後の新日フィルで高レヴェルの演奏を繰り広げてました。

この頃の、小澤さんに熱をあげて、さかんに聴いてきたわたくしは、やはり、この頃の小澤さんが一番、輝いていたように思えて、一番好きなんです。

もちろん、その後の、すなわち、ボストン後のウィーンを中心とするヨーロッパでの活躍に、わが邦のサイトウキネンも、高く評価するわけですが、でも、やはり、70~80年ぐらいの小澤さんが、自分は好き。
 兄貴のような存在の小澤さんに、一緒になって、クラシック音楽の道を歩んできたような気がするし、そんな世代だからです。

 そんな思いの存在は、そう、アバドと、メータにも強く感じるところです。

いつものように、前段が長すぎで、メインは短くなりますが、こちらの、サンフランシスコでの「新世界」。
バリッと、乾いた録音のせいもあるけど、ともかく、さわやかで、明るく、からっとしたカリフォルニアサウンドを思わせるような、若々しい演奏なんです。

ジャケットと、その演奏と、その録音が、イメージにおいて、3つかみあったような、爽快感。

ほんと、気持ちいい。

晴天、雲なし、ピュアで、正直、じめじめしてなくて、どこまでもまっすぐ。
行くところ敵なし、ビューティフル・アメリカ&ジャパン。
いまなら、クール・ジャパンで、スシ美味しい~、ニッポンシュサイコー・・・・

こんなふうに、いろんなことを思い、想像しながら、久しぶりに聴きました。

でも、この録音時の頃のサンフランシスコを舞台にした映画があります。

そう、クリント・イーストウッドの「ダーティ・ハリー」シリーズです。

病めるアメリカ、人種の坩堝に、ベトナム戦争の後遺症にありながら、社会がすさんでゆくなか、組織をも無視したアウトロー刑事が、次々に犯罪を断罪してゆく映画シリーズでした。
大学時代、全部見ました。

 あの頃に、小澤さんは、アメリカで活躍したんですね。

小澤さんの、音楽にピュアに取組む、まっすぐぶりや、バーンスタインゆずりの、かっこいい指揮ぶり。
そして、その言動にもあふれる、繊細で、優しい音楽造り。
 アメリカの人々の心を、掴んだのもよくわかります。

そんなこんなを、この爽やかな「新世界」を聴きながら思ったりもしました。

2楽章の「ラルゴ」のしなやかな歌心には、癒されます。
そして、随所に、小澤さんの唸り声が聴かれますが、そのお声は、若く瑞々しい~

いまの仙人の域に達した、高みにある小澤さんに、多大なる敬意を崇敬を表しつつ、わたくしは、かねての自分の導き手であった頃の小澤さんを、懐かしみ、親しみを感じる次第です♪

同時に録音された、「英雄」も、またこの春の日に聴いてみようかな。。。

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2015年3月24日 (火)

立ち入り禁止のにゃんにゃん

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立ち入り禁止のにゃんこ~

ほぼ久しぶりの、ねこネタ、にゃんにゃんシリーズでございます。

いい感じの茶トラちゃんっす。

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ふがふがぁ~

わたくしの前にも、立ち入り禁止の虎カラーのポールがあって、これ以上、踏み込めません。

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リラックス、無警戒ムードから・・・・

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よっこらにゃん

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にゃにゃにゃにゃーーん

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あらよっと、にゃーんすよ

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ようはにぇ、かいーーの

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ぽりぽり

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ばりばりっ

ワイルドな、今日の、にゃんにゃんでした。

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2015年3月22日 (日)

ヴェルディ 「オテロ」 神奈川県民ホール・オペラシリーズ2015

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久しぶりのオペラ観劇。

やっぱり、オペラはいい。

ドラマの展開と、音楽の進行に、どんどん自分が引き込まれてゆくのがわかる。

幕間に、ロビーに出て、同じ思いを多くの観客と共有できていることもわかる。

そして、上出来のほぼ完璧な舞台に、歌唱に、演奏だった。

 ヴェルディの「オテロ」、3度目の観劇体験でした。

1度目は、はるか昔、今回と同じ二期会のプロデュース。
若杉弘さんの指揮で、日本人キャストに、日本語上演というものでした。
千両役者オテロの登場は、「よろこーーべ・・・・」でしたね。

2度目は、新国。ヴェネツィアの水辺を、リアルに水をはった鏡面的な美しい舞台で展開される悲劇は、タイトル・ロールのステファン・グールドの劇演でもってすさまじい体験でした。

そして、3度目は、今回。
なんといっても、絶賛応援、神奈川フィルがピットに入ることが、わたくしにとっての最大のアドバンテージ。
その神奈川フィルの、オペラにおける実力はこれまで、なんども体験してきて既知のものでしたが、さらに、今回は、実力派の日本人歌手たちの素晴らしい歌唱も加わり、身も震えるほどの感銘を受けました。

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   ヴェルディ   歌劇「オテロ」

     オテロ:福井  敬       デスデモーナ:砂川 涼子
     イヤーゴ:黒田 博      エミリーア:小林 由桂
     カッシオ:清水 徹太郎    ロデリーゴ:二塚 直紀
     ロドヴィーコ:斉木 健詞    モンターノ:松森  治
     伝令 :的場 正剛
    
     沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
                びわ湖ホール声楽アンサンブル
                二期会合唱団
                赤い靴スタジオ
         合唱指揮:佐藤 宏

         演出:粟國 淳

                  (2015.3.21@神奈川県民ホール)


シェイクスピアの原作も、ヴェルディのオペラも、とことん突き詰められた心理描写の人間ドラマを内包しているものだから、その演出にあたっては、無駄な解釈は不要。

演出:  粟國さんの演出は、新たな解釈はしていないけれど、そうした意味では、余計なことはまったくせずに、ともかく、オテロという男が、ひとりの女性を愛するあまりに、突き進んでゆく悲劇をまっすぐに捉えたシンプルなものでした。

それは、誰が観てもわかりやすく、幕の進行とともに、緊張感の増してゆくもので、最後には、幸福の絶頂の1幕の2重唱が、懐かしく思い起こされるという按配。
 オテロが、息も絶え絶えに、デスデモーナに最後の口づけをしようとする場面。
口づけの主題が、オーケストラにあらわれるとき、わたくしは、儚くなって、涙が滲んできてしまった。
 副官イヤーゴに翻弄され、すべてを失ってしまったオテロの孤独が、最後の最後に、愛を取り戻した瞬間が、自分の死であり、死でもって成就した愛は、まるで、トリスタン的なものを感じてしまいました。
 ベットに横たわる二人だけに、スポットライトがあたり、まるで、レクイエムのように、浄化されたエンディングでした。

15世紀半ばのヴェネツィアの時代に忠実な衣装デザイン。
ちょっと殺伐とした荒々しい舞台装置は、島と海も感じました。
あと、舞台の中心には、8角形のステージがつねに据えられていたけど、ここで繰り広げられる愛憎のやりとりのうえで、とても効果的だと思いました。
 こうした段差があったり、急階段を上り下りしたりと、昨今のオペラ歌手たちは、たいへんだな、とも感じたり。

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歌手: 主役3人に人を得ました。

あんまり期待してなかったと言ったら怒られちゃいますが、福井さんのオテロが、実に素晴らしかった。
最初から最後まで、出ずっぱり、つねに強い声をはり出さなくてはならない難役を、スタミナ配分もしっかりとって、完璧な歌唱でした。
冒頭の「Esultate!」の力強い一声で、今日は、決まったな、と確信しました。
そして、疑心にとらわれ、最後の悲劇にむかって、徐々に正気を失っていくさまも、見事で、エキセントリックな一本調子にならずに、必然性があるかのような、ある意味冷静なる歌唱に思いました。日本人歌手ならではの、、丁寧なきめの細やかさともいえるかも。

さらに、すばらしかったのが砂川さんのデスデモーナ。
オテロに倒され、真横になって歌っても、その、まっすぐな声は、しっかり届く。
最後の、「柳の歌~アヴェ・マリア」では、その凛とした歌声が、まったくの不純物なく、こちらの耳に届きました。
堅実かつ、感動的な彼女の歌唱に、わたくしは、フレーニの歌声を思い起こしてしまった。
透明感ある、彼女のベルカント歌唱をわたくしは、初聴きでしたが、これから注目して聴きたいと存じます。

イヤーゴの黒田さん。声の威力は少し物足りませんが、邪悪さよりは、スタイリッシュで、頭脳犯的なクールなイヤーゴを歌いだしていたように思います。
オペラグラスで、ときおり拝見してましたが、その眼光や顔の表情ひとつに、細やかな演技が伴っていて、さすがと思わせました!

あと、わたくしのお気に入りのメゾ、小林さんのエミリーリア。
以前に、「ナクソスのアリアドネ」の作曲家を聴いて、その誠実な歌が好きになりました。
今回も献身的な歌と演技で、最後には、ついに、イヤーゴに抑えつけられていた思いを爆発させる強さも見せてくれました。
 カッシオの清水さんの明るい声もよかったです。

オーケストラ:的確なる沼尻さんの指揮に、有機的なオーケストラ

ドイツのリューベック歌劇場での活動も評判のオペラ指揮者としての沼尻さん。
オーケストラをあおったりすることもなく、舞台の歌手たちが歌いやすいように、ある意味、穏健な棒さばきで、全体の流れを作り、その中にドラマを構築してゆくという感じ。
職人的なさばき方や、棒のテクニックがドイツで受けるのは、若杉さんを思わせるからかな。
不満はないけれど、もっと、音楽が熱くなってもよかった。
乗りきらないところや、聴衆が温まってなかったからか、最初の方は、ちょっと温度不足。
激する、オテロとイヤーゴの二重唱と、そのあとの激情的な後奏は、それこそ、もっと激しくやって欲しかった。
でも、3幕、4幕は、そんな自分の思いこみの不満も、まったくなくって、緊張感ある音楽造りに、魅せられるようになりました。

 そんな指揮に、われらが神奈川フィルは、機敏に応えつつ、このところ痛感するようになった、オケ全体の有機的な存在としての響きを醸し出しています。
今回は、ピットのなかの、オペラのオーケストラとして、舞台の出来事、歌手たちの発する声とその背景に、たくみに反応して、ヴェルディの円熟の筆致を聴き手に味わわせてくれたように思います。
 上からのぞいてましたから、その演奏ぶりも確認できましたよ。
1幕の愛の二重唱の前奏、門脇さんの素敵なソロを中心とする4人のチェロ、美音でした。
うごめく低弦のクリアーさ、炸裂する打楽器、そして歌心を持った、木管に、弦楽。
ヴェルディならではの、バンダもともなった金管のスリムな輝き。
 ステージの神奈フィルも好きですが、オケピットのなかの神奈フィルも大好きであります。

好きなオペラのことだから、ついつい、長文になってしまいました。

来年のこのシリーズは、「さまよえるオランダ人」です。
そして、今年は、9月に「トゥーランドット」、12月に「金閣寺」があります。
楽しみ~

 「オテロ」過去記事

「ヴィントガッセン&F=ディースカウ」

「メータ&メトロポリタン」

「フリッツァ、石井 @新国」

「クライバー&スカラ座」

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ホールから見えた、大桟橋に停泊中の旅客船「飛鳥」。

3幕の途中あたりで、出港したようです。

あと、4幕、各幕終了ごとの20分の休憩は、ちょっと、流れが阻害されたかも・・・。
もちろん、舞台変換と、歌手の負担を考えたら、そうなのですが。

素晴らしいロケーションの県民ホール。
デッドな響きがふだんは辛いところですが、ピットに入ると、とても音がよく響きます。
今回は、3階のライト前方で、ここは上にひさしもなく、音が溶け合って上に届くから、とてもよいのです。
あとは、1階の出来るだけ前方かな。

ご参考まで・・・・

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2015年3月15日 (日)

シューマン 「女の愛と生涯」 エデット・マティス

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ハートの花キャベツであります。

世では、ホワイトデーとかいう日があったようです。

 そして、哀愁とロマン、ほんわかとした愛情を感じるシューマンの女声用の歌曲を。

Schumann


  シューマン 歌曲集「女の愛と生涯」

     ソプラノ:エデット・マティス

     ピアノ :クリストフ・エッシェンバッハ

                                    (1982)


シューマン(1810~1856)が、歌曲の年1840年に作曲した、女声のための歌曲集「女の愛と生涯」。

その年、訴訟をしてまで、クララとの愛を成就させ、結婚することのできたシューマンは、愛する妻への想いも込めてこの歌曲集を書いた・・・・、のだろうか。

いや、きっとそうだろう。

時代の流れで、その価値観、というか考え方も変わるもの。

夢見るような少女が、男の人に憧れ、恋をして、妹たちに祝福されて、結婚し、そして、可愛い赤子を産み、しかし、夫の死を見送る・・・・。

そんな女性の生きざまは、多様化した生き方のなかで、ほんの一例ですが、原詩も、作曲も、男性の手によるところが、実はとても興味深いところです。
 わたしも、そこそこの年代の人間ですから、自分の母が、そのような生き方をしていたと感じていたし、父は、早くに世を去ってしまったから余計です。
男性からみた視点には限界があります。

もっと後年、女性を多面的に描くことでは、天才的だったR・シュトラウスは、ホフマンスタールというパートナーも得て、格別な存在であったと思います。

 フランス系ドイツ人の作家シャミッソーの同名の詩集を選んだシューマン。
原作は、それこそ、女性の生涯を描いていて、夫亡きあと、孫の婚礼までを詩にしているものの、シューマンの歌曲では、夫との別れで終了。
 筋立ては、もしかしたら、一方的ですが、シューマンの素晴らしすぎる音楽は、そんなことをちっとも感じさせません。

 1.あの人に会ってから

 2.彼は誰よりも素敵なひと

 3.わからない、しんじられない

 4.わたしの指の指環

 5.手伝って、妹たち

 6.やさしい人、あなたは見つめる

 7.わたしの胸に、わたしの心に

 8.今、あなたは、初めて、わたしを悲しませる


以上の8曲で、さほど長くはないので、いつでも、軽い感じで聴けるのは、その内容が、7曲目までは、幸せに満ちていて、明るい色調だからです。

それでも、同じ、幸せな思いも、それぞれのシテュエーションによって、それぞれに異なる喜びが歌い込められてますね。

出会ったときのときめきを、じわじわと歌う第1曲。
ピアノの伴奏が、全編にわたって、いかにもシューマンらしいロマンティシズムに満ちているのも素敵です。
 毅然として、彼への愛を歌う第2曲に、揺れ動く女心も感じさせる3曲目。
自分の指にはまった指環を見ながら、しみじみとする第4曲。
婚礼のわくわく感を、妹たちへの想いに込めただい5曲目。
 そして、愛する人とふたりきり。愛するがゆえの不安の涙も。
でも、やがて生まれ来る天使への予感も静かに歌いこんでる6曲目は、いかにも、シューマネスクな世界です。
 そして、我が子を、その胸にした喜びの表現は短いけれど、幸せに溢れている第7曲。

でも、一転、曲調は短調に転じ、夫の死へと直面する第8曲。
止まりそうなくらいの独白に胸が詰まる。
 でも、「あなたがわたしの世界だった・・・・」と歌い、そのあとは、長い長い、ピアノの後奏が、しみじみと続いて、静かに曲を閉じますが、この部分は冒頭と同じ旋律。
ここで、聴き手に与えられる、安らぎと、安堵感は、ほんとうに感動的です。

さらに、物語を発展させて欲しいという思いも、このシューマンの美しい音の世界の中に、見ごとに完結される思いです。

すばらしき、シューマンの歌曲とピアノの世界の融合。

 清潔・清廉な、エデット・マティスの歌声で聴く「女の愛と生涯」。
それは、麗しく、正直で、疑いもない、美しい愛の結露と聴こえます。
加えて、ドイツ語のディクションの正しさも、耳にさわやかです。

 そんな歌に、エッシェンバッハの雄弁なピアノは、不釣り合いと思われるでしょうが、それが、それぞれに、美しい均衡を保っているところが、またシューマンの歌曲のゆえでしょうか。
聴き惚れるほどに巧みな、ナイーブなピアノに、まっすぐなソプラノ。

この曲の、名演のひとつですね。
                 

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2015年3月14日 (土)

スクリャービン 交響曲第3番「神聖な詩」 キタエンコ指揮

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霧雨にけぶった、みなとみらいへの眺め。

開港時の景色とは、明らかに違いますが、ここ、横浜は、いまも進取の気性にあふれた、高感度の街です。

そして、わたくしには、この街は、後期ロマン派的な場所とも思えるんですよ。

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 スクリャービン  交響曲第3番 「神聖な詩」

    ドミトリー・キタエンコ指揮 フランクフルト放送交響楽団

                       (1994 @フランクフルト)


今年は、アレクサンドル・スクリャービン(1872~1915)の没後100年。

モスクワ生まれ、途中、西欧に過ごしたが、モスクワに病死したスクリャービンは、43歳という短命でした。

もう少し、長く生きていたら、相当に面白い作品たちが生まれたはず。

その生涯に、作風が見事に変転していったからであります。

同時代人に、ラフマニノフ(1873)、シェーンベルク(1874)、ラヴェル(1875)などが、いますが、その変化っぷりは、シェーンベルクに等しいものがいえると思います。

ピアノの名手でもあったことから、ショパンやリストの影響下にあった前期。
そして、後期は、ニーチェに心酔し、神秘主義へと、その音楽も変化させてゆき、神秘和音を編み出し、やがて、視覚と聴覚に訴えかける作品(プロメテウス)も生み出すようになる。

さらに拡張して、五感を呼び覚ます長大な劇作品をも手掛けたが、未完。

どうです、その先、どうなっていったか、むちゃくちゃ興味ありますよね。

 日本では、ピアノ作品は、さかんに取り上げられますが、オーケストラ作品では、4番の「法悦の詩」ぐらいしか、あまり聴かれないのではないでしょうか。
欧米でも、せいぜい、5番「プロメテウス」と、そして、3番「神聖な詩」ぐらい。

50分あまりを要する、この大規模な交響曲は、先に書いた作風の変化の、ちょうどターニングポイントみたいな曲で、素材からして、神秘主義的な傾倒のあらわれが見受けられます。
その音楽も壮大かつ、濃厚なロマンティシズムのなかに、怪しい不思議感をも感じさせ、とても魅力的なんです。
 ちなみに、リッカルド・ムーティが、この作品をとても得意にしていて、盛んに取り上げておりました。
エアチェック音源でも、ウィーンフィルやバイエルンとのものを愛聴してますよ。

1904年の完成で、妻を捨ててまで、同じ神秘主義仲間(?)のタチャーナ・シュレーゼルと同居し、さらに西欧へもしばしば出かけていた時分。
ニーチェからの影響のあらわれか、連続する3つの楽章は、それぞれ、フランス語で、「闘争」、「快楽」、「神聖なる戯れ」とタイトルされております。

曲の冒頭に、威圧的ともとれる序奏がついていて、これが全曲通じて出現するモットーとなってます。
1楽章は、このモットーがかなり威勢よく鳴り響く一方、活気ある主題も印象的で、約26分の長大さも、飽かずに聴くことができます。
 
 

 わたしが、たまらなく、好きなのは、濃密な2楽章で、これが、「快楽」なのかしらと、思える、イケナイ雰囲気は、甘味料もたっぷり。
ときおり、だめよダメダメ的な警告音も入りますが、このトリスタン的な世界は、ともかく魅力的でアリマス。

 甘味な思いに浸っていると、曲は止まることなく、すぐさま、トランペットの早いパッセージでもって「神聖なる戯れ」に突入。
そう、この作品は、全般に、トランペットが大活躍するのです。
「法悦の詩」でもそうですが、輝かしさと、狂おしさ、ともどもの表出は、スクリャービン作品では、この楽器がキーポイントです。
独奏ヴァイオリンが、「快楽」の思いでをちょいと奏でますが、すぐに、トランペットに否定されちゃいます。
 そう、快楽はほどほどに、神聖の儀なのでアリマス。
曲は、全楽章を振りかえりながら、金管を中心に、カッコよく展開し、だんだんと崇高の境地に至ってまいります。
最後のフィナーレは、めちゃくちゃ盛り上がりますぜ!

キタエンコの指揮は、ロシア的な分厚さや、押しつけがましさが一切ない、西欧風なものでありながら、しっかりした音のうねりを感じさせる点で、まったく素晴らしいものです。
インバルに続いて、ふたつのスクリャービン全集を録音した、フランクフルトのオーケストラの優秀さについては申すまでもなく、トランペットも突出することなく、全体の響きのなかに溶け合っていて、ドイツのオーケストラであることを実感させます。

この曲のあとに、4番「法悦の詩」を聴くと、スクリャービンの変化をさらに感じることができます。

スクリャービン過去記事

 「交響曲第1番  キタエンコ指揮」

 「交響曲第4番  アバド指揮」

 「交響曲第4番  アバド指揮」

 「交響曲第5番  アバド指揮」

 「ピアノ協奏曲  オピッツ」

 「ピアノ協奏曲  ウゴルフスキ」

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2015年3月11日 (水)

スメタナ 「モルダウ」 ミュンシュ指揮

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   スメタナ  交響詩「我が祖国より」~「モルダウ」

     シャルル・ミュンシュ指揮 フランス国立放送管弦楽団


わたくしの「モルダウ」は、これが刷り込み。

もう2回目の記事になりますが、今夜は、これが聴きたくなりました。

もう4年、いや、まだ4年。

今日は、あの悲しい出来事の起きた日でした。

 日本中の心が、一体になった。

決して、その心や気持ちを、風化させてはいけません。

 4年前の、自分のブログを振り返って、読んだりもしてみました。

なにも、情報が入らないままに、震災翌日に、神奈川フィルの定期に足を運び、ガラガラの会場で、壮絶なマーラーの6番の演奏を聴き、心震えました。

昨日のことのように、覚えてます。

そのあと、知りあった、いまや、作者不詳とも言っていい某交響曲とか・・・。

 いずれにしても、音楽が共にあって、その音楽の力を痛感しつつ、それに包まれるようにして、自分は生きていたし、これからも、そうあるのだということを、いやというほど実感したのでした。

 誰しも、懐かしい音楽ともいえる「モルダウ」を聴きつつ、それこそ、自分にとって懐かしいミュンシュの演奏には、大昔の自分や、育った町にまで、その思いを馳せることになるのでした。

コンサート・ホール・レーベルの60年代の録音は、もこもこ系で、決していい音はしませんし、演奏も、少し乱暴なところもある一本義な指揮ぶりですが、このジャケットを見ながら聴くと、ほんとうに郷愁を覚えます。

音楽って、シンプルに、こうゆうことでもあるんですよね。

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2015年3月 8日 (日)

神奈川フィルハーモニー第307回定期演奏会  広上淳一 指揮

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ランドマークに、一足はやく、「春」やってきました。

河津桜咲いてました。

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この日は、朝から、真冬のような寒さで、しかも、冷たい小雨も舞う曇天。

冷たい曇り空と、春先の桜。

 さぁ、これから聴く、珠玉の北欧音楽の数々に、どこか、ぴたりと符合していて、ホールに向かう足取りも軽くなりました。

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  ラーション       田園組曲

  ステンハンマル   2つの感傷的なロマンス

  シベリウス      ヴァイオリンと弦楽のための組曲 Op117

           ヴァイオリン:小林 美樹

               交響詩「タピオラ」 Op112

  グリーグ       「ペール・ギュント」第1組曲、第2組曲

  菅野 祐悟      大河ドラマ「軍師官兵衛」より「天才官兵衛」~アンコール

    広上 淳一 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.3.7 @みなとみらいホール)


ごらんのとおりの北欧音楽ばかりを集めた素敵なプログラム。

神奈川フィル、今シーズン最後の演奏会を指揮するのは、スウェーデンのノールショピング交響楽団の指揮者もかつてつとめた広上さん。

後半は、なじみのある「タピオラ」と「ペール・ギュント」で、前半は、クラヲタである、わたくしですら音源も所有したことない、初聴きの3曲。

でも、それら3つが絶品の曲であり、演奏でした。

 ①スウェーデンのラーション(1908~1986)。
序曲・ロマンス・スケルツォの3つからなる「田園組曲」は、まさに、わたくしたちが思う、すっきりとした透明感あふれる抒情あふれる北欧音楽のイメージそのまま。
静かに始まり、すぐさま快活な曲調になる序曲からして、オケはエンジンがすぐにかかり、明快な響きを引き出す広上さんのもと、のりのりでした。
 次ぐ、ロマンスの美しいこと。
かなフィルの弦楽の魅力を、コンサート開始すぐさま堪能することになります。
いつまでも浸っていたかった、そんな優しい音楽に演奏でしたね。
 フルートが小鳥たちのさえずりのような、合いの手を入れ、とても楽しい、うきうきするようなスケルツォ。
指揮者の楽しい動きを見てると、こちらも、にこにこしてしまう、そんな曲。

 ②こちらもスウェーデンのステンハンマル(1871~1927)
その歌曲を、フォン・オッターの歌でよく聴くステンハンマル。交響作品もいいですが、歌がお得意のこの作曲家らしく、まるで、愛らしいオペラアリアのような、ヴァイオリンソロのために作品です。
若い小林美樹さんの、柔軟でかつ、伸びやかなヴァイオリンにも魅惑されます。
 春の野辺に座って、去りし冬を思うような曲調の第1曲目。
艶のあるヴァイオリンです。
 哀愁溢れるメロディが、メンデルスゾーンのようにソロにもオケにも充満していた第2曲目は、どこか古典的な佇まいを感じ、とても麗しかったですね。

 ③おなじみ、フィンランドのシベリウス(1865~1957)の「ヴァイオリンと弦楽のための組曲」は、その作品番号のとおりに、作曲活動を緩めてしまう時期の直前のころ、すなわち、最後期の曲。
発表すらされなかったこの曲の初演は、1990年。
 さすがに、聴き親しんだシベリウスサウンドが、短い曲ですが、随所にあふれていて、安心感と、小品の名手であるこの作曲家の腕前に感心しました。
 3つの部分が、それぞれにまったく異なる顔を持ってます。
「田園風景」「春の宵」「夏に」のタイトルどおりの曲調で、いずれも、優しく、平易で、メロディアスでした。
美樹さんの、たおやかなヴァイオリンは、この曲でもぴたりとはまります。
とりわけ、もうじき訪れるであろう、春の宵のぬくもりと、甘い花の香りを感じさせる美しい2曲目は、とても、弦楽もソロもともに魅力的。
さらに、弦楽のピチカートにのって、細やかかつ、技巧的な名技性を発揮した3曲目も楽しく、盛り上がりました!

 以上の、前半、桂曲を聴けた喜びに、ホールの聴衆もほっこりいたしました。

 後半は、厳しい北欧の一面をみせつけるシャープな交響詩「タピオラ」。
この曲を、コンサートで聴くのは、もしかしたら初です。
音源の、かっこいい聴かせ上手のカラヤンや、ヤルヴィで聴く北欧系クールかつ熱い演奏
とも、この日のものは、あたりまえですが、異なりました。

 神奈川フィルならではの、華奢だけれど、美しい響き。
少し薄めだけど、スリムな音色が、徐々にホールを満たしてゆく、みなとみらいホールならではの体感。
けぶるような、深い森と湖の光景というよりは、われわれ神奈川県人の思う、神奈川県の海と山の自然と、横浜の街を思いたくなるような、そんなシベリウス。
都会的であり、ローカルでもあるシベリウスを堪能しました。
 どのセクションも、どの楽器も、みんなよく聴こえます。

広上さんの、愉快な(?)指揮姿と、出てくる音楽の齟齬は、面白いものでしたが、神奈フィルのシベリウスは、今年アニヴァーサリーを迎え、交響曲や協奏曲も控えてますので、大いに楽しみです。

 ⑤最後は、ノルウェーのグリーグ(1843~1907)の名曲「ペール・ギュント」。
どこをとっても、みなさん、お馴染みのメロディーやフレーズが満載。
でも、恥ずかしながら、ライブでは、初ペール・ギュント。
山田さんの秀麗なフルートに始まり、小山さんの暖かなオーボエに受け渡される「朝」を聴いて、おじさんのワタクシ、一挙に中学時代の音楽室の一隅にワープ体験しました。
そんな風に、楽しんだ35分間。
思えば、神奈川フィルも、この曲は、学校訪問のときの定番。
味わい深さも、きっと、進化させてますね。
 「オーゼの死」や「ソルヴェイグの歌」では、思わずゾクゾクして、心が震えてしまいました。
名曲・名演とは、このことを言うのですね。
広上さんの、熱のこもった指揮姿は、それは楽員さんを奮い立たせるものでもありましたが、やはり、面白い(笑)
できるだけ、楽員さんたちの熱演だけを拝見しつつ拝聴しました(笑)
 そして、神奈フィルの誇る、打楽器陣の活躍する「魔宮の宮殿」では、大興奮。
 ほんと、楽しく、美しく、充実のペール・ギュントでした♪

何度も、歓声に応えた広上さん。

素敵なスピーチをいただきました。

「日本のオーケストラが、レベルアップしているなか、神奈川フィルも例外でなく、ここ数年の充実ぶりは素晴らしくトップレベルに達した。
将来、日本の指揮界をしょって立つだろう、若い川瀬君(広上さんが師ですね)と、ベテランと若手このオーケストラを称えたい。
東京に近く、地域の皆さまとの触れ合いも大切に、みなさんで大いに盛り上げていただきたい・・・・」
こんなお言葉と、最後に、もう1曲。

 広上さんの、お弟子のおひとりの、菅野氏が担当した「軍師官兵衛」の最終話、官兵衛の死の場面で、彼が人々への感謝の気持ちを覚えつつ亡くなるシーンの音楽とのこと。

この素晴らしいプレゼントに、そして、その感動的な音楽に、わたくしは、目頭が熱くなるのを覚えました・・・・・・。

今シーズンも、これで大団円。

いつにもまして、このオーケストラを愛し、応援してきて、ほんとうに良かったなと思いながら、みなさまに、お疲れ様のご挨拶をしつつ、仲間たちと、ビールを傾けに巷に向かいました。

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横浜地ビールの、いつもお馴染みのお店。

グラスもリニュール、お料理も、春バージョン。

2 3
4 5

春野菜とサーモンのサラダ、カツオと春鯛のお刺身、ハマチのフィッシュ&チップス、カレー風味のチキン、ほうじ茶のゼリー・・・・・。

そして、ビールたくさん。

今回も、お疲れのところ、楽員さんにも、ご参加いただき、楽しいひとときを過ごすことができました。

次の、神奈フィルは、わたくしは、ヴェルディの「オテロ」。

そして、シーズンが変わって、4月は、モーツァルトのホルン協奏曲(豊田実加さん)と、ハイドン「告別」に、シューマン「ライン」で、春の出会いと別れを味わい。

さらに、みなとみらいでは、レスピーギの「ローマ三部作」で大爆発。

春、きますね。

神奈川フィルを聴きに、横浜へ行こうじゃん!
 

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2015年3月 6日 (金)

ベルリオーズ 幻想交響曲 バティス指揮

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3月の浜松町駅・小便小僧は、春の火災予防運動に連動して、消防服をまとってます。

顔隠れちゃってまして、かわゆす~

201503_hamamatsucho_b

まいどながら、よく出来てますね。

春先は、風も強く、乾燥してます。

みなさま、火の用心。

熱血注意?

Berlioz

ジャケットが、ちょろっとお花のカラーといい感じですな。

あらためまして、説明しますと、毎月、この小便小僧クンの衣裳替えに合わせまして、月一回の「幻想交響曲」を、いろんな演奏で取り上げてます。

この月イチ大作戦、幻想に飽き足らず、大好きなチャイコフスキーの5番も加え、月替わりでやってます。

   ベルリオーズ  幻想交響曲

     エンリケ・バティス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

                     (1998 @ロンドン)


メキシコの謎の爆演指揮者、エンリケ・バティス(1942年生まれ)は、そこそこ聴いてますが、どうにもよくわからない。
 なにゆえ、爆演かも、さっぱり聴きとれない。

ロンドンのオケとの録音しか聴いてないので、至極まっとうにしか思えない。
メキシコのオケのもの聴かずして・・・と叱られそうですね。

クラシックを聴き始めた69年頃、ロンドンレーベルが売りだした、アルゼンチンの指揮者、カルロス・パイタも爆系と言われましたが、実際はそうでもない感じで、そのパイタとバティスが、どうもイメージ的にかぶってしまって、いまに至るまで変わりません。

 でも、今宵は、ほろ酔いで、バティスの幻想に、のめり込むようにして食い入り、聴きました。
スマートな演奏様式による「幻想」に慣れ親しんだ自分です。
よくよく聴けば、このバティスの幻想、ロンドンのオケとは思えないくらいに、荒々しい響きを引き出してます。
つーか、正直、粗い。

ゆったりと丹念な出だしの1楽章ですが、主部が始まると、怒涛のような勢いの激しい、息もつかせてくれない疾風感あふれる様相を呈し、一気に突き進みます。

ワルツは、すいすいと進むなか、意外と歌心もあって麗しい感じよ。
気持ちいい。
でも、音圧が高いし、強いとこが、この指揮者ならでは。

やる気のなさそうな感じで始まる、野の情景ですが、流れがとてもよくって、ここでも、のびのびと歌うこと、実に気持ちがイイ。

狂ったような、すっとんきょうな、木管。
エンドは、まさに、ストンと落ちちゃう断頭台の4楽章は、おもろすぎ。

さぁさぁ、来るぞと身構える終楽章のヴァルプルギス。
蠢く低弦、よじれるような奇怪な管。
ぶわーーっとくる、音圧は、激しくて、デリカシーもくそもなく、野放図すぎ。
全部フォルテは、正直、疲れるわ。

でも、おもろい。
でも、疲れるし、めんどくさい。

 といことで、いいんだか、なんだか、さっぱりわからない「幻想交響曲」を、酔っ払いが聴いてみました。。。

この演奏、ロイヤルフィルの数年前のものともいう説もアリマス。
メキシコ産のCDですからして・・・・

あっ、テキーラでも飲みながら聴いてみるんだった。

メキシコ産の「1812年」も仕入れましたので、いずれまた。
 

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2015年3月 4日 (水)

神奈川フィルハーモニー県民ホールシリーズ第3回定期演奏会 川瀬賢太郎 指揮

Kaikouhiroba

県民ホールでの演奏会の前に、ちょっと手前に回り込んで、開港広場から、みなとみらい方面をパチリ。

この日は、時間があったから、関内駅から、伊勢佐木町をふらつき、馬車道、かつて会社の支店のあった相生町あたり経由で、ハマスタで祈願し、県庁を仰ぎみての日本大通り、山下公園からの、県民ホール。

途中、県庁も横切りましたが、ここは、小学生時代、県民学習遠足かなにかで来ましたね。
大きな会議場や、屋上からの港の眺めを、いまでも覚えてます。
長洲知事の時代でした。

「やきとり」の看板の誘惑に、何度も負けそうになりつつ、「あっ、今日はチャイコだ!」と胸に念じつつ、魅惑の街並みを散策。

一直線でホールに行く「みなとみらい」にくらべ、県民ホールは、このように、アプローチの仕方が、多様にあって、ちょっと遠いけど、とても楽しい。
 「音楽堂」もそうですが、なんたって、四季おりおりの横浜が楽しめる立地ですからね。

神奈川フィルの魅力が、こうして、いろいろ楽しめる。
都内のオーケストラには、絶対にない高付加価値ですね!

みんな、来てよ! 横浜に、神奈川フィルを聴きにsign01

そして、3月3日の定期演奏会。

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   チャイコフスキー  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

         Vn:郷古 廉    

               交響曲第5番 ホ短調

      川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

         ~アンコール~

   バッハ        無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番 第2楽章

    チャイコフスキー  交響曲第4番 第3楽章

                   (2015.3.3 @神奈川県民ホール)


オール・チャイコフスキー。

2週間前の2番の交響曲「小ロシア」から、しっかりリンクしてて、われわれ聴き手は、川瀬&神奈川フィルの描き出すチャイコフスキーを、すっかり、耳にしみ込ませることとなるのでした。

この日の、2日前、ミューザでも、同じ演目が取り上げられました。

 まずは、今年21歳の郷古さんの弾く協奏曲。

いやはや、とんでもなく、感服しましたぞ。

この聴き古された名曲、へたすりゃ通俗名曲とも言われかねないヴァイオリンの定番協奏曲を、ここまで、堂々と、王道ゆく演奏してしまう若者とは!
 コンサートの前座、楽しみは後半、などと、不詳思ってた自分を恥じました。

なみなみと豊かに、ほんの一丁のヴァイオリンが、この大きなホールを、その音で満たしてしまう。
艶もありつつ、一音たりともブレがなく、しっかり地に付いた音を、名器ストラディバリからすんなりと引きだしてる。
その滔々たる豊穣な音色に、聴き惚れつつも、若さに似合わず、音楽の核心へと果敢に切り込んでゆく強さも感じました。
 自分の息子と同じような世代が、このような豊かな表現能力を、巧まずして兼ね備えつつ、技巧の限りを楽々と尽すとは・・・・・。

川瀬さんの指揮する、繊細かつ、大胆に盛りあげる神奈フィルは、若い郷古さんとの息もぴったり。
 

若さならではのフレッシュさと、年に似合わぬ求道的な姿勢。

この難しい両立を成し遂げていたかに感じた郷古さん。
歳を経て、いろいろな人生作用が、いかに彼にどんな風に及ぼすか、そういう意味でも、興味深いです。

バッハのアンコールでは、思わず、落涙したくなるような感銘を受けました・・・・

 さぁ、チャイ5。

大好きこの曲。

自分の血肉と化した、この曲を神奈川フィルで聴くよろこびといったら、ありません。

かつて聴いた、現田さんの指揮では、ロシアのメランコリックな憂愁と、爆発的な解放感とが、たくみに融合された、オペラティックな輝かしい演奏だった。

そして、今回の若きマエストロ、川瀬さんのチャイ5は、若さならではの閃きが随所に、そう、彼が感じたまんまのフレッシュな感性そのままに、曲中いたるところに表出していたのを感じとることができたのも、最愛のこの曲ゆえだからでしょうか。

終わってみたら、全曲は、約52分。
この作品にしたら、長いです。
1楽章と2楽章で、34分ぐらい。

そう、この前半のふたつの楽章に、思い入れを込めて、各フレーズのタテヨコを、とても丁寧に歌いあげていった結果です。
 冒頭の暗い運命の動機からして、わたくしの聴く音源たちからすると、少しゆったりで。
そのあと、テンポをあげつつ、全オーケストラにひろがって行くサマは、もう、聴いていて、わくわくしましたし、気持ちが大いに盛り上がりました。
 

 2楽章の抒情とロマンが、すっかり身にしみるようになりました。
でも、泣き節は、もう困るから、明るく伸びやかな歌い回しが好き。
今宵は、ホルンの美加ちゃんが、あの息の長い旋律をがんばりました。
ブリリアントでした、オケの音色の公約数をちゃんと引き継いで、かなフィルのホルンの音色を、しっかり出していたと思います。
 先輩たちに暖かくフォローされ、実加ちゃん、神奈フィルの顔を引き継いでますね!

チャイコフスキーは、管のソロが多いから、それぞれみなさんを知りつつ応援していると、わくわくと、どきどきの連続ですよ。

この日は、いつものように、みんな素敵だった。

そして、思いきりに歌いまくる弦楽器のみなさん。
いつもお馴染みの方々が、この素晴らしい曲に打ち込んで、全霊を込めて演奏している姿を、見つつ、音楽の感興を高めてゆくのも、ライブ演奏会ならではです。

1・2楽章を、アタッカでつなげて、より、抒情と幻想味を引き出した川瀬さん。

3楽章は滑らかにスムージーに、でも、こだわりの歌も、ちょいちょい引きだして新鮮。

そして、4楽章は、キリリと、疾走感もまじえて、ずばずばとした音楽造り。

構成的に、いびつな、チャイコフスキーの交響曲の常で、終わってしまうと、華々しい終楽章のなかに、前半を忘れてしまうことが多々。

そんな聴き手の反省に応えてくれたかのような、前半志向の表現力豊かなチャイ5。

めちゃくちゃ、おもしろかったし、これなら、音源として、繰り返し視聴に耐えうる精度も持ち備えた演奏だと思いました。

 協奏曲も、交響曲も、大きな拍手でしたし、各種ブラボーも盛大な夜でした。

ナイスな、アンコールがあるのも、特別演奏会がセットになっている今回の定期ゆえ。

つなぎで、4番のフィナーレも聴きたくなるという、渇望さえも呼ぶ、オール・チャイコフスキー・コンサートでした!

 川瀬さんは、チャイコがいいぞnote

まいどのことで、すいません。

興奮やまず、喉も渇き、飲みましたぞ。

Toritetsu_1 Toritetsu_2

雨がパラパラの状況もあり、駅近で・・・

みなさん、おつかれさまでしたnote

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2015年3月 1日 (日)

ドヴォルザーク 序曲「自然の中で」 スゥイトナー指揮

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よい天気、久しぶりの浅草。

この日は、そして、久しぶりのクラヲタ会。

1年ぶりくらいでしょうか。

クラシック好きの皆さんで、かつ酒好きブロガーさんたちの愉快なつどい。

不定期に行いますので、みなさまのご参加、是非にもお待ちしております。

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浅草で、まだ日の高いうちから飲むには、そう、ホッピー横町、またの名を、もつ煮通り。

あまりに混雑した、通勤電車なみの、雷門から仲見世通りを避けて、左通路を、それでも、人をかき分けつつ伝法院通りへ。

そして、右折すれば、そこは、ラテン系のチョー明るい飲みすけの聖地。

今回は、「鈴芳」さん。

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定番の、辛口の煮込みに、焼き鳥ざんす。

この人気店も、トイレ渋滞が起きるほど。

でも、なにを食べても美味しいし、ちゃきちゃき。

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この画像は、いわゆる、替えを中外(なかそと)交互に頼みつつの、いわゆるホッピーですが、こちらのお店のウリは、ホッピー・マシンで、生ビールのようにして、供される生ホッピーざますよ。

これが、口当たり滑らかでもって、けっこう、いけちゃう。


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ホッピー通りをあとに、改修なった浅草寺へ、みんなでお参り。

大吉引き当てた方もいらっしゃいますよ!

よるの浅草寺も、巧みなライトアップでもって、とっても美しい。

ナイスな感じでしたよ。

右むけば、スカイツリー、左むけば五重の塔。

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そして、次の店は、浅草もんじゃですよう。

お店の人が、しっかりやってくれました。

ありがとう、お店のヒト。

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まだ飲む、次々焼く。

イベリコちゃんも焼く。

みんな会話が止まらない。

ワーグナーに、ブルックナー、マーラーに、ポーランド音楽に、シューマンはなにが一番かに、ショパンに、ブラームスに、らぶりーほもおに、なんたってバッハ!

ホッピー通りで、もつや、競馬中継みながら馬刺し食って、マタイが最高、でもヨハネもいいね、いやロ短調だ、あぁ、ゴールドベルクだし、無伴奏だし・・・・的な会話をしてる連中はどこにもいやしませんぜ。

クラヲタ最高。

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そんなヲタク会の、デザートは、あんこ系のもんじゃ。

餅に、シロップにあんこ、きなこ。

これ、じつは、むちゃくちゃうまかった。

なんだかんだで、もんじゃ、5種ぐらい食べちゃった。

そして、リーズナブル。

観光地だから、その真髄は、もしかしたらなかなか尽せないかもしれないけれど、知るほどディープ、路地にこそ味わいのある浅草を、これからも楽しみたいものです。

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日曜は、おうちの用事で忙しい、さまよえるオジサン。

今宵は、短めのドヴォルザークの桂品をば。

8番と9番のあいだぐらい、1891年の作は、「謝肉祭」と「オテロ」とともに、序曲三部作をなす「自然の中で」。

ドヴォルザークらしい、ほのぼの、のほほん系のこの作品の根底は、やはり、ボヘミアのナチュラル感。。
 人間の営みの「謝肉祭」、人間のサガの「オテロ」、そして、自然の当作品。

でも、「オテロ」においても、自然を感じさせる、ドヴォルザークの優しさと可愛さは、とても愛おしい。

昨晩は、ちょっと飲みすぎましたが、ほんと、癒される、気持ちいい音楽です。

クラヲタ飲食会、次回は、こちらや、SNS系でも告知いたしますので、是非みなさま。

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