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2015年3月28日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」 小澤征爾 指揮

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一挙に開きました。

春、きたー。

それでも、朝晩は、肌寒く、一進一退ですが、晴れた日の陽気の気持ちよさは、ハンパなく、人間も、動物も、そして花たちも、気持ちよく開放的になります。

こちらは、本日、土曜日の都内、港区の桜。

たくさんの方が、見上げて、写真を撮ってましたよ。

そして、そんなサタデーナイトに、気分よろしく、フロム・ザ・ニュー・ワールド。

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  ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」

    小澤 征爾 指揮  サンフランシスコ交響楽団

                    (1975.5 @サンフランシスコ)


いまは、手放してしまいましたが、このジャケット、大好きでした。

サンフランシスコとボストンという、西と東のアメリカのメジャーオケの音楽監督を、同時につとめた小澤さんの若々しい横顔。
 背景は、ゴールデンゲートブリッジ。

サンフランシスコ響を指揮した、アメリカ由来の作品に相応しい、秀逸なジャケットでした。
欧米中心のクラシック音楽の世界にあって、そこに新風を吹かせた、まさに、新世界を切り開いたアジア人が当時の小澤さん。

いまでこそ、世界各地の指揮者や、オーケストラが、あたりまえのように、クラシック音楽の最前線で活躍し、等しく、扱われる世の中となりましたが、そのパイオニア的な存在だった、小澤さんの存在や、役割は、ほんとに大きかったと思う。

語り草となった、その渡欧歴伝や、大演奏家たちとの出会いや交流。

そして、ともかく、海外にポストを持った小澤さんは、登り竜そのものでした。

トロント、サンフランシスコ、ボストンの順に、北米のオーケストラの指揮者に次々となる一方、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドンと、欧州でも定期的に招かれ、もちろん、日本でも、N響との問題を跳ね返すように、日フィルと、解散後の新日フィルで高レヴェルの演奏を繰り広げてました。

この頃の、小澤さんに熱をあげて、さかんに聴いてきたわたくしは、やはり、この頃の小澤さんが一番、輝いていたように思えて、一番好きなんです。

もちろん、その後の、すなわち、ボストン後のウィーンを中心とするヨーロッパでの活躍に、わが邦のサイトウキネンも、高く評価するわけですが、でも、やはり、70~80年ぐらいの小澤さんが、自分は好き。
 兄貴のような存在の小澤さんに、一緒になって、クラシック音楽の道を歩んできたような気がするし、そんな世代だからです。

 そんな思いの存在は、そう、アバドと、メータにも強く感じるところです。

いつものように、前段が長すぎで、メインは短くなりますが、こちらの、サンフランシスコでの「新世界」。
バリッと、乾いた録音のせいもあるけど、ともかく、さわやかで、明るく、からっとしたカリフォルニアサウンドを思わせるような、若々しい演奏なんです。

ジャケットと、その演奏と、その録音が、イメージにおいて、3つかみあったような、爽快感。

ほんと、気持ちいい。

晴天、雲なし、ピュアで、正直、じめじめしてなくて、どこまでもまっすぐ。
行くところ敵なし、ビューティフル・アメリカ&ジャパン。
いまなら、クール・ジャパンで、スシ美味しい~、ニッポンシュサイコー・・・・

こんなふうに、いろんなことを思い、想像しながら、久しぶりに聴きました。

でも、この録音時の頃のサンフランシスコを舞台にした映画があります。

そう、クリント・イーストウッドの「ダーティ・ハリー」シリーズです。

病めるアメリカ、人種の坩堝に、ベトナム戦争の後遺症にありながら、社会がすさんでゆくなか、組織をも無視したアウトロー刑事が、次々に犯罪を断罪してゆく映画シリーズでした。
大学時代、全部見ました。

 あの頃に、小澤さんは、アメリカで活躍したんですね。

小澤さんの、音楽にピュアに取組む、まっすぐぶりや、バーンスタインゆずりの、かっこいい指揮ぶり。
そして、その言動にもあふれる、繊細で、優しい音楽造り。
 アメリカの人々の心を、掴んだのもよくわかります。

そんなこんなを、この爽やかな「新世界」を聴きながら思ったりもしました。

2楽章の「ラルゴ」のしなやかな歌心には、癒されます。
そして、随所に、小澤さんの唸り声が聴かれますが、そのお声は、若く瑞々しい~

いまの仙人の域に達した、高みにある小澤さんに、多大なる敬意を崇敬を表しつつ、わたくしは、かねての自分の導き手であった頃の小澤さんを、懐かしみ、親しみを感じる次第です♪

同時に録音された、「英雄」も、またこの春の日に聴いてみようかな。。。

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コメント

yokochanさん
 この録音は、何と、もう40年前ということになってしまうのですね!
 日本でもこの録音は今も出ているのかな?。この録音が出た頃(今でもかな?)、海外崇拝(?)の意識は強く、日本人の小澤氏の演奏は、高く評価しようという空気はあまりなかった気がします。ボストン交響楽団とのマーラーの交響曲も、やはりそういう扱いだった記憶があります。マーラーも今聴き直したらまた新しい発見があるかもしれませんね。

投稿: 安倍禮爾 | 2015年4月 1日 (水) 19時13分

安倍禮爾さん、こんにちは。

そうなんですよね、サンフランシスコ時代は、もう40年前。
このコンビで来日し、P・ゼルキンでブラームスの2番と、ダフクロ全曲をテレビ観劇し、小澤さんのカッコよさにしびれたものです。

ですけど、ご指摘のとおり、小澤さんの指揮する、アメリカのオーケストラの録音は、高評価ながら、聴き手は小澤さんのファンに限られるみたいな感じだったかもしれません。
 わたしは、その頃ばかりを聴き、サイトウキネン以降は、まったく聴かなくなりました。

どちらの小澤さんも、しっかり聴きたいものですね。

投稿: yokochan | 2015年4月 2日 (木) 21時50分

17CD-22と言う再発CDで、この盤持っております。当時流行の長髪族っぽい艶々した髪をなびかせながら、アメリカのメジャー-オケを仕切っていらっしゃった、小澤さん。クラシックの音楽家でも、大物然とした如何にも巨匠でござい‥と言った風情に成る前の、『これから天下を取って見せるぞ。』と言わんばかりの意欲的な姿勢の頃の方が、後年のそれより魅力的と言うケース、あるかも分かりませんね。

投稿: 覆面吾郎 | 2019年12月29日 (日) 17時51分

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