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2015年4月30日 (木)

レスピーギ 劇的交響曲 ナザレス指揮

Tokyo_tower_a

まいど、こちらでは、おなじみ東京タワーです。

そろそろ夏の白のライトアップ仕様に変更の季節です。

5月連休も始まるし、ほんと、月日の流れるのは早い。

この前、お正月だったのにね・・・

 先日の、「ローマ三部作」以来、脳内は、噴水松祭りとなっておりまして、ことあるごとに、それらのフレーズが鳴り渡っております。

その流れでもって、レスピーギのほかの作品も聴きましょう。

Respigi_sinfonica

  レスピーギ   劇的交響曲~Sinfonia Drammatica

    ダニエル・ナザレス指揮 スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1986.2@ヴラティスラヴァ)


1.レスピーギ

オットリーノ・レスピーギ(1879~1936)は、ローマ三部作や、リュート組曲ばかりが突出して有名ですが、交響曲から、室内楽、器楽、オペラ、声楽まで、あらゆるジャンルに広範にその作品を残した多作家です。

作曲以外にも、音楽学者・教育者としても実績があり、指揮者であり、奏者としても、ピアノ・ヴァイオリンの名手であり、音楽の分野すべてにその情熱を注いだ才人でした。

ボローニャに生まれ、音楽教師の父から、ピアノとヴァイオリンを学び、音楽の道を進む。
地元の音楽院で、本格的に楽器や作曲を習得し、当初は、ヴァイオリン奏者としてキャリアをスタートさせ、ペテルブルグでは、R=コルサコフに出会って、大きな影響を受けたりもしている。
 1900年以降(21歳)からは、活動の主力を作曲に移し、1913年には、聖チェチーリア音楽院に職を得て、ローマに移住し、教鞭とともに作曲活動に従じることとなります。
 1919年(40歳)には、作曲の師弟で、歌手でもあったエルザ(1894~1996)と年の差の恋を経て、結婚。
エルザは、レスピーギを献身的に支え、自身の作曲活動は押さえ、主人の作曲した歌曲や声楽作品の演奏や、編曲、そして、没後も、未完のオペラの補筆完成、伝記の執筆、レスピーギ財団の設立など、多くの偉業を残し、102歳で亡くなってます。
 96年のことですから、まだ少し前ですね。
彼女の存在は、レスピーギにどれだけ、力を与えたか、はかり知れません。
彼女自身の作品も、そこそこ残っておりまして、オペラ作品もあるみたいです!

そんな献身的な愛を背景に、多くの作品をローマを拠点に残したわけです。
あと、レスピーギを語るうえで、忘れてはならないのは、トスカニーニの存在です。
「松」と「祭」の初演者であり、いまにいたるまで、その残された録音は名盤として輝いてますが、トスカニーニは、「松」の初演の大成功を自身が独占したかのようにふるまって、レスピーギの不興を買ったりもしてます。
 それと、方や自由の国アメリカで、その活動を謳歌したトスカニーニですが、ローマで、音楽の最高学府の院長も務め、ローマを愛したレスピーギは、ときに台頭したイタリアン・ファシズム、ムッソリーニとも折り合いをつけなくてはなりませんでした。
ローマの栄光の回帰を謳ったムッソリーニに共感も覚えたことは確かでしょうね。
 しかし、幸いなことに、といったらなんですが、戦争が激化する前、1936年に、レスピーギは、心臓の疾患で亡くなることとなりました。
 ひとまわり世代が上の、アルプスの向こう側にいたR・シュトラウスとナチスとの関係も、心の中では従っていなかったという点においても、どこか共通していると思います。

2.シンフォニア・ドラマティカ

1913~14年(34歳)の意欲作。
大規模な声楽作品や、オペラも3つ書いていて、その作曲の腕は、ほぼ完成の域に達していました。
15年には、「ローマの噴水」が待ち受けてます。

全曲で1時間。しかも3つの楽章。
 そう、先達のフランクの影響もあるのでしょう、同じ3つの楽章で、循環形式を思わせ、3楽章では、前の楽章の旋律が諸所回顧されます。

しかし、長いです。
1楽章:23分 2楽章:17分 3楽章:18分

多くの構想を経ての作曲だったらしく、しかも、全体は、シリアスなムードに覆われてます。

なかでも、長大な1楽章は、全編深刻。
フランクのような重々しい序奏部があり、その後の展開は、マーラーのような深刻・激情・憂愁、といった感じのなかに、明るさも垣間見られるものです。
しかも、その多彩な響きは、R・シュトラウスです。
 その音楽を聴いて、誰に似てるとか、・・っぽいとか言うのは簡単ですが、実は、年代の考察と、地理的環境を鑑み、それこそが、彼らの音楽の影響のし具合を推し量るものなのです。

第2楽章は、抒情の極み。
全編、メランコリックなまでに、いじらしい旋律が支配する。
それは、R・シュトラウスも感じさせつつ、でも濃厚さはなく、すっきり系のこだわりの少ないR=コルサコフって感じ。
そのオーケストレーションや、響きが、ちょっとロシアン後期ロマン派です。
そう、聴きようによっては、スクリャービンも顔を出します。
 ともかく、美しい音楽で、核心的な深みはなくとも、その磨き抜かれた美音は快感なのです。

第3楽章は、これまでの最終結として、すべての要素、作曲家の影が、ちらつき、オーケストレーションにおいても、明晰・明快の限りを尽くし、巧みの筆致に近づきつつあります。
この楽章は、まさに「劇的」で、3管編成、ホルン6、打楽器4、オルガンといった大編成オケが炸裂します。

正直、イマイチ感はありますが、レスピーギを知るうえで、この交響作品も必聴の音楽のひとつだと思います。

このCDは、インド出身の、ダニエル・ナザレスとスロヴァキアのオケという、多国籍演奏ですが、なかなかにウマイものです。
ほんとは、シャンドスのダウンズ&BBCフィルの方が、バリッとしてそうですが・・
でも、こちらの演奏の、ヨーロピアンな雰囲気とやるせない終末感、世紀末感は、とても気にいってます。
 ナザレスさんは、70年代後半からウィーンを中心に活躍した指揮者で、メータっぽい芸風で、確か、N響にも来たはずです。
知的な中に、没頭的なスタイルを有し、爆演もときに披歴する面白い指揮者だったと記憶してます。
FMの海外ライブでよく聴きました。
昨年、早世してしまったそうです。

レスピーギの特集、ほかの作曲家もランダムに挟みながら、いくつかやろうと思ってます。

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コメント

ナザレスさん、なくなってしまったんですか。しらなかった。
私もむかし、FMでスクリャービンなんか聴いたおぼえがあります。
Youtubeにチャンネルがあったんですが。

レスピーギ、といえばいぜん「吼える指揮者」がおもしろかったことがあって、ミュンシュとかシェルヘンとかの映像をYoutubeでみたんですが、やっぱりチェリだろう、ということになって、それならローマの松、っていうんで検索したら、ありました。ラスト、どアップになって吼えてたです。

投稿: もちだ | 2015年5月 3日 (日) 22時49分

yokochanさん
 もちださんの投稿を見ていたら、「ミュンシュとかシェルヘン」とあって、レスピーギ、例えばローマ3部作でもミュンシュの演奏が採りあげられることがあるのかな、と思いました。1980年に偶然買ったカセットで、ミュンシュ・ニューフィルハーモニアのローマの噴水、松があり、長年愛聴していたもので。いわゆる評論家の評判にはマッタクのぼらないようで、不思議ですが、なかなか色とりどりの演奏ですよ。ただ、CDが出るようになってからは1度もみたことがありません。

投稿: 安倍禮爾 | 2015年5月 4日 (月) 17時18分

もちださん、こんにちは。
ご返信、遅くなりました。

ナザレスさん、わたしのFMでの記憶は、「惑星」で、N響では「ダフクロ」をやったと思います。
 そして、チェリの「ローマの松」は、そう、日本にロンドン響と来たときのテレビ放送があったかな・・・
ここは、ちょっと曖昧で、もしかしたら、読響かもしれません。
いずれにしても、「吠え」。すぐに思い浮かびますね(笑)
一方で精緻な、ジャニコロとの対比もすごい演奏ですね。

投稿: yokochan | 2015年5月 8日 (金) 07時57分

安倍禮爾さん、こんにちは。
ミュンシュの「ローマの松」は、「噴水」とのカップリングで、贅沢なLP1枚のカットでしたね。
ミュンシュの珍しいデッカ録音に、ニュー・フィルハーモニアとの組み合わせで、オッフェンバックもあとありました。
 レコード時代、ついに手にすることはありませんでしたが、デッカのフェイズ4の鮮やかな録音、CDで聴いてみたいです。
CD化はされていたはずですので、中古ショップを漁ってみようと思います!

投稿: yokochan | 2015年5月 8日 (金) 08時05分

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