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2015年7月

2015年7月29日 (水)

ヤナーチェク シンフォニエッタ クーベリック指揮

Hills_1

夜のドライブ。

六本木トンネルを抜けたあと、ヒルズの真下へ。

都会の土曜日の夜は、空いていて快調。

こんな時は、ブラスが鳴り響く音楽を高らかに聴きたい。

Hills_2

  ヤナーチェク  シンフォニエッタ

    ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団

                        (1970.5.1 @ミュンヘン)


チェコのモラヴィア出身のレオシュ・ヤナーチェク(1854~1928)。

かつての昔、わたくしが、このシンフォニエッタでもって、初めてその名前を聴いた頃は、「モラヴィアのムソルグスキー」とただし書きが付けられていました。

1971年に発売された、クーベリック指揮による、このレコードのFM放送でもって、初めて、ヤナーチェックを聴きました。
カセットテープに録音して、何度も何度も聴きましたし、ほどなく、マタチッチが、N響で指揮した演奏も放送で聴きました。

このレコードの発売は、暮れの時期で、クリスマスムード漂うなか、当時、ハマっていた「メサイア」や、キラキラ系のフィードラー&ボストン・ポップスのクリスマス音楽などとともに、聴きました。
 だから、自分のなかでは、まったく関係もないけれど、クリスマスっぽいイメージが、ちょっとだけつきまとう曲でもあるんですよ。

でも、この印象的かつ強烈なジャケットは、併録された、より民族的(ウクライナ、コサックの物語)な「タラス・ブーリバ」をイメージするもので、ともに忘れえぬ思いでとして、わたくしの中に刻まれているものなんです。

さて、70年代初めは、ヤナーチェクといえば、このこれらの作品と、ヴァイオリン曲、室内楽作品ぐらいしか馴染みがなかったはずです。

それが70年代後半から、マッケラスが、ウィーンフィルとデッカに、より、ヤナーチェクの本領があるオペラ作品を、次々に録音するようになって、ヤナーチェクの全貌が見えるようになってきたんだと思います。
チェコの音楽やオペラ劇場による録音は、少しはありましたが、メジャーレーベルによる、有名歌手を起用しての本格録音は、それまでローカルで、局所的な存在だったヤナーチェクのオペラが、まさに、「モラヴィアのムソルグスキー」と呼ばれるべき、社会問題や人間存在のあり方を、見つめ、突き詰めた作品たちであること、それが、完璧に理解できるターニングポイントとなるものでした。

従来の管弦楽作品の演奏史のなかでは、今宵のクーベリックの演奏が、ひとつの金字塔ではないかと思います。
セルの演奏は、恥ずかしながら未聴。
あとは、ここでもマッケラスとVPO、そして、大好きなのが、アバドのLSO盤。
ベルリンの渋い再録とともに、ロンドンのブラスの輝かしさが、アバドらしさを引き立ててます。(アバドには、あともう一品、ウィーンフィルとのライブ自家製CDRがありまして、そちらは、ムジークフェラインの丸くて、生々しい響きが魅力的ですよ)

クーベリック盤は、バイエルン放送響の金管セクションのマイルドであり、明るくもある、アルプスの山々さえも感じさせるビューティフルサウンドが魅力的。
バリッとした両端楽章のファンファーレでは、まさにそう。
 でも、この演奏の素晴らしいところは、ポルカ調であったり、ロンド調であったりと、舞曲風な節回しにあふれている、中間の3つの楽章。
オペラ指揮者、クーベリックらしく、両端楽章と中間3楽章との対比の鮮やかさと、母国語で難なく語り、それを巧みに受け止めることのできる高機能オーケストラが民族臭豊かな響きを紡ぎだしております。

もう、45年近く前に聴いた、この演奏に、この曲ですが、あらためて聴き直してみて、クーベリックという指揮者の器用さと、いまにつながるBRSOのウマさに感服しました。

村上春樹の小節に、出てくるというこの曲。
毎年、ノーベル賞候補にあがる、この人気作家の作品、実は、ひとつも読んだことがありませんこと、カミングアウトしときます。

ということで、今宵3度目のファンファーレを聴きつつ、おしまい。

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2015年7月24日 (金)

ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死 ティーレマン指揮

Shiba_a

連日、暑い日が続き、その合間に台風の影響もあってか、驟雨にみまわれる首都圏。

風が強くて、雲も勢いよく流れます。

夕方には、ドラマティックな夕焼けの光景が展開されます。

そんな日に、ビルの屋上で東京タワーと一緒の夕焼け風景を撮ることができました。

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  ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

    クリスティアン・ティーレマン指揮 フィラデルフィア管弦楽団

              (1997.4 @コーリングスウッド、ニュージャージー州)

                         ウィーン国立歌劇場

           イゾルデ:デボラ・ヴォイト

              (2003.5 @ウィーン国立歌劇場ライブ)


今年も、始まりますよ、バイロイト音楽祭。

ここのところ、画像だけで、けちょんけちょんにして、がっかりしているものだから、中学時代からの積年の夢であります、聖地訪問の志しは、年々、衰えている最中であります。
 ドイツの劇場は、意外と画像の放出に寛大なものだから、先に、画像ニュースが飛び込んできて、映像作品として味わうよりも前に、だいたいのところが想像できて、辛口の言葉を紡いでしまうのです。
 個人のつぶやきですので、そのあたりは、今年も、寛大なお心をお持ちになって、どうかお許しください。

 今年のバイロイトの演目 7月25日が初日。

「トリスタンとイゾルデ」 新演出 カタリーナ・ワーグナー ティーレマン指揮

   S・グールド、ヘルリツィウス、ツェッペンフェルト、ペーテルソン、C・マイヤー

「ローエングリン」    ノイエンフェルス演出  アラン・アルティノグリュ指揮

   フォークト、ダッシュ、ラシライネン、P・ラング

「さまよえるオランダ人」  グローガー演出   アクセル・コバー指揮

   サミュエルとクワンチュルのユン韓国コンビ、メルベート、ムツェーク

「ニーベルンクの指環」   カストルフ演出   キリル・ペトレンコ指揮

   コッホ、ドーメン、マーンケ、ボータ、カンペ、フォスター、フィンケ、コンラッド
   ブルメイスター、ミリング・・・・

以上のリング+3演目。

パルシファルは、今年もお休みで、来年、恐怖の奇抜演出家による新演出(笑)で、そちらの指揮は、ネルソンス。

異母姉妹のエヴァが共同監督から降りる前の、妹、カタリーナの新演出による「トリスタン」。
バイロイトでの演出は、マイスタージンガーに続いて2作目で、相棒は、いまのバイロイトの音楽監督とも呼ぶべきティーレマン。

待望の新演出ですが、大植英次がプリミエを指揮したマルターラーの長く続いた演出以来、10年ぶりの新トリスタンです。
 当初、イゾルデは、アニヤ・カンペが予定されましたが、ジークリンデ役で、ずっとバイロイトで高評価を得ていた彼女は、イゾルデへの挑戦を断念し、降りてしまいました。
変わりに、といっては失礼なくらいに、きっと立派なイゾルデを演じ歌うでありましょう、ヘルリツィウスに、今回も、きっと救われることとなるでしょう。
 トリスタンは、お馴染みのグールド。
新国でも、熱き名唱は、忘れえぬものですからして、他の諸役も充実の顔ぶれだし、ティーレマンだから、音楽面での成功は約束されたようなものです。
 カタリーナの、思いつきではない、シンプルな演出を期待したいです!

ずっと続いたノイエンフェルスによる、ねずみローエングリンは、ヘンテコなキモイ演出の「タンホイザー」が打ち切りになったため、延長。
ゆえに、指揮は、ネルソンスに変わって、フランスのオペラ指揮者、今後、大注目のアルティノグリュ。
なにげに、おなじみ、ラシライネンが初テルラムント。

へっぽこ演出ゆえか、降りたタンホイザーのヘンゲルブロック、そのあとを指揮したアクセル・コバーが、今度は、ティーレマンに変わって「オランダ人」。
実務的な指揮ながら、ドイツのオペラハウス叩きあげの典型のような、いわば、シュタイン的な存在のひとに思います。
おそらく、最後の出し物になって欲しい、その扇風機工場オランダ人は、韓国系歌手ふたりが主役級。

そして、「リング」は、ペトレンコ。

このバイロイトで、ベルリンフィルの指揮者を期せずして争うこととなった、ティーレマンとペトレンコが、同じ時期に、その指揮台に立ちます!

今年の、バイロイトの最大のトピックは、申し訳ないけど、カタリーナのトリスタン演出じゃなくて、今後の指揮界をしょってたつ、ティーレマンとペトレンコのふたりが、聴けるという点にあるのではないでしょうか!

ちなみに、ペトレンコのリングの指揮は、今年まで。
後は、降りてしまいましたが、アルティノグリュか、コバー、もしかしたら、P・シュナイダーの復活も・・・・、そんな風なことを思いめぐらすのも、ワーグナー好きの楽しみです。

 さてさて、今年の新演出の「トリスタン」。
ティーレマンは、DGとの録音の早い時期にフィラデルフィアと管弦楽曲として。
その後に、ウィーン国立歌劇場でのライブを、それぞれ、録音しました。

フィラ管とのコンビは、いまや貴重な組み合わせですが、長く、サヴァリッシュが指揮し、そして愛された土壌を、このドイツ的な重厚でありつつ、音色の豊かな演奏に感じます。
念入りに、じっくりと、タメもたっぷりに演奏された、この「前奏曲と愛の死」は、演奏時間19分40秒。
あらためて、スコアを見ながら聴いてみましたが、一音一音、ほんとにたっぷり弾かせているし、休止も完全にしっかり取ってる。
流れに任せたようなところは一切なく、ティーレマンの思う通りの完璧な音符の再現をなした演奏です。
 そこには、トリスタンの持つ、情念やうねりは、逆に感じることがないのも事実。
面白いものですね。
コンサートオーケストラを指揮したゆえかもしれません。
ただ、これを、ワーグナーのオーケストラ曲として、単品で楽しみならば、完璧な演奏です。
 

Thielemann

一方、6年後の、ウィーンでの劇場ライブで、この「前奏曲と愛の死」だけをチョイスしてみると、その演奏時間は、18分42秒。
ほぼ1分、早くなってます。
オペラのオーケストラとしてのウィーンフィルとともに、ピットに入ったティーレマンの指揮には、ライブ感にあふれた自在さを感じ、ドラマの起承転結の、最初と最後を切り取ったかのような思いをいだきます。
前奏曲では、焦燥感を描きつつも、まだ燃焼不足ですが、愛の死では、大きな物語を集結させる大河の流れのような安堵感と集結感があります。
 これぞ、オペラ指揮者ティーレマンの本領なのでしょう。
このように、切り取って聴くべきじゃない、全曲録音と、最初から20分のドラマに集約しようとした管弦楽曲録音との違いをまざまざと感じました。

違ってあたりまえですが、その点、カラヤンは、スタジオ録音では、どちらも均一だったように思います。
でも、ライブでは凄かった!

 さて、明日開幕の、バイロイト・トリスタンの画像をドイツ紙から拝借。
ブルーな感じですな・・・

Tristan2015

3幕の牧童とクルヴェナールでしょうかね・・・・・

 過去記事

「トリスタンとイゾルデ」 ティーレマン&ウィーン国立歌劇場

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2015年7月22日 (水)

ストラヴィンスキー 「春の祭典」 メータ指揮

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またしても靖国神社の御霊祭ネタで恐縮です。

青森ねぶたを始めとする、提灯系の艶やかかつ、原初的な各地の祭りの飾りがいくつか展示されてました。

青森や弘前のねぶた(ねぷた)は、本格シーズンでは観たことありませんが、祭り前の展示物は、何度か拝見しました。
 ともかく大きく、細工も精巧で、ねぶた、いや、そもそも年に一度の祭りにかける人々の情熱を強く感じました。
そして、ねぶたの印象的なところは、これまた原初的な、そして、日本人の心に潜むリズム感を刺激する、そのお囃子。

心と体にビンビンきますね!

Mehta_lapo_stravinsky_2

そして、どうしようもなく暑い、暑いから、「春の祭典」だsign03

  ストラヴィンスキー  バレエ音楽「春の祭典」

     ズビン・メータ指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック管弦楽団

                    (1969.8 @ロイスホール、LA)


わたくしの、初ハルサイが、このメータ&ロスフィルの名盤。

1971年に発売され、その年のレコードアカデミー賞管弦楽部門に、選ばれました。

中学生のわたくしは、即座に、このレコードを買い求め、その演奏もさることながら、この「春の祭典」という、当時、超モダンで、激しくダイナミックな、ゲンダイオンガクに、心の底から魅せられ、学校から帰ると連日、聴きまくったものでした。

スピーカーの配置を、いろいろ試しつつ、このデッカ特有の目にも耳にも鮮やかな分離のよい、芯のある録音の良さを楽しみましたが、以前にも書きましたが、あるとき、ためしに、勉強机と一体化した本箱の上に、そのスピーカーを置いて聴いてみたときのこと。
 あまりの重低音と、鳴りのよさに、安くて軽量なスピーカーが暴れだし、本箱の上から、机の上に見事に落下。
あやうく、頭部への一撃は免れましたが、机には、大きな傷を残すこととなりました。

どっかの評論家先生じゃありませんが、メータのハルサイは、命がけなのであります(笑)

この思いで満載の、メータ・ロスフィルのハルサイをCDで買い直したのは、そんなに昔のことではありません。
 この演奏以降に、とくに、70年代は、個性的かつビューティな「ハルサイ」が、たくさん出現したものだから、それらのCD化盤をともかく先に買い直したり、初聴きしたりで、何故かメータの原初盤は、後回しになっていたのです。
 メータのハルサイは、ほかにもいくつもあるもので、そちらの音盤を持っていたから、後回しになっていたということもあります。

 わたくしの、「ハルサイ」ナンバーワンは、申すまでもなく、アバド盤です。

あの軽やかで、スマートなハルサイは、まるでロッシーニのように軽快かつ、スピーディなものです。
 そして、メータ・ロスフィルのハルサイは、同じくして、スピーディで、各所にみなぎるスピード感は、もしかしたら、ハルサイ史上の中でもトップクラスかも。
でも、そこに重量感と、濃厚な味わい、完璧なまでの統率力と切れ味の豊かさ、これらが恐ろしいほどにビンビンと来て、「ハルサイ」に感じる野卑なイメージも見事に表出しているものだから、年月を経ても色あせない凄演になっているのです。

あのときのメータと、ロスフィル、そして、デッカの録音陣、三位一体にして出来上がった名演奏・名録音だと思います。

当時のアメリカは、70年代初めにかけて、大統領はニクソン、そして長引くベトナム戦争は泥沼化しつつあり、映画では、「明日に向かって撃て」や「イージー・ライダー」「真夜中のカウボーイ」の時代。
 東海岸のバーンスタインは、ニューヨークをそろそろ抜けだして、ヨーロッパへと活動の場を求める時期。
 そんな時代背景にあった、メータ&ロスフィルの黄金時代。

69年「ツァラトゥストラ」、71年「春の祭典」、72年「惑星」、74年「ヴァレーズ・アルカナ」。
毎年、このコンビは、日本のレコード・アカデミー賞を獲得しました。
グラマラスな音楽造りと、鮮やかな録音がなす、まさに、レコード芸術でした。

いずれも、豪華で、ガソリンを大量消費するパワーあふれるアメ車を乗りこなすようなゴージャスな演奏。
 いま聴けば、こんなに豊かな演奏は、ほかにありません。
ちまちました小手先だけの演奏や、解釈にこだわりすぎた干からびた演奏が多くなってしまいました。
 演奏も、録音も、豊かに、輝いていた時代のひとコマだと思います、メータ・ロスフィル。

Mehta_nypo_stravinsky

  ズビン・メータ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック(1977.8)

               ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1985.8)


メータは、ロサンゼルスを卒業後、ニューヨークへ。
CBSへ移籍後の第1段が、得意の「ハルサイ」。
テンポは、快速から、中庸に変わりましたが、その重量級かつ、ド迫力の推進力には変わりはありません。
慎重さから、一気呵成の元気さは不足しますが、NYPOという名器を手にした喜びと、でも、かつての手兵と違う、どこか遠慮がちなメータも、初めて経験したものでした。
いま、CDで聴き直すと、初めて聴いたときとは違って、力感のみが強調されて聴こえるのも、面白いものです。

ともかく、ハルサイ好きのメータ。

イスラエルフィルとも、始終演奏していて、エアチェック音源も複数ありますが、同団とのものは、結構、のびのびと、自由自在な感じです。

そして、お馴染みのウィーンフィルとも、何度も演奏してまして、ザルツブルクライブも音源化されてます。
あのウィーンフィルとは思えないくらいに、軽い感じでドライブしていて、重厚でありつつも、色気を持たせつつ、さらりと演奏してしまいました。
マゼールが、オケの首を絞める勢いで、ぎくしゃくとした妙にナイスなハルサイを残したのにくらべ、メータは、あくまで自然な感じです。

さらに、テルデックにも録音するようになったメータ&NYPOは、80年代後半(?)に、再度録音。
こちらは、残念ながら未聴です。
そして、2013年、77歳にして、オーストラリア出身の世界オーケストラメンバーと、ハルサイを録音しました。

どんだけーーー==

ブーレーズと、きっと双璧の、ハルサイ指揮者ですよ。

でも、メータさん、不思議なことに、「ペトルーシュカ」は指揮しても、「火の鳥」を絶対にやらない。インド人もびっくりの、ハルサイ・おじさんなのでした。

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2015年7月21日 (火)

ブラームス ハンガリー舞曲 アバド指揮

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文字通りの笑顔。

いろんな民族の顔。

先週の、靖国の御霊祭での、各界著名人たちの筆による提灯のなかから。

いろいろと難しいこともありましょうが、ともかく、世界が平和であってほしいもの。

 でも、そんな思いや笑顔を蹂躙する指導体制にある国が、いくつもあることはたしか。

人々は、「みんな笑顔」で、それぞれの立場で接することができるんだけど、国レヴェルではどうにもならないということ。

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世界中のあらゆる民族には、その民族の心や生活に根差した「調べ」が、必ずあります。

クラシック音楽のいいところは、思想信条は抜きにして、そうした音楽たちを、心置きなく楽しめること。

各地の舞曲シリーズをさりげなくやりましたが、最後は、中欧の香り満載の、ブラームスの、ハンガリー舞曲を。

Abbado_brahms


 ブラームス  ハンガリー舞曲 全21曲

    クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                  (1982,4,6 ウィーン、ゾフィエンザール)


ハンガリー舞曲は、ブラームスのジプシーの民族音楽から素材を得ての編曲で、全部で21曲。

これを一度に聴くと、正直飽きてしまいます。
その時の気分によって、つまみ聴きするか、BGMみたいにして流し聴きするのがいいかも。
そして、それぞれの短さと盛り上がりの効果から、コンサートのアンコールピースとして定番の曲もいくつかあります。
この点も、ブラームスがアドヴァイスしたという、ドヴォルザークのスラヴ舞曲と兄弟のような関係にあります。

若きブラームスが、レメニーというヴァイオリニストとピアノでコンビを組んで、楽旅したおりに、そのレミニーからハンガリー・ジプシーの音楽の魅力を教えられた。
数十年後、ピアノ連弾用のハンガリー舞曲を出版し、さらに、10年後には、第2集を完成させる。
1集目のときに、レメニーから著作権の問題を指摘されるも、ブラームスのこの曲集は、編曲でるということで、うまく折り合いが付いたと言うのも高名なおハナシです。

21曲をオーケストラ編曲したのは、ブラームス以外に、ドヴォルザークも含めて複数いて、その力量にも差があったりして、曲によってはさっぱり印象に残らないものもあったりです。
そんな訳で、全曲試聴は、ちょっと中だるみが伴うのですよ。
編曲の編曲というややこしいおハナシ。

アバドのこちらの全曲録音は、早いテンポで、ずばずばと、軽快に、そして、ウィーンフィルならではの明るく、丸っこい音色も魅力的。
 切れ味よろしく、リズム感も豊か。
郷土色は薄目でも、スマートで軽快なハンガリー舞曲です。
聴いていると、アバドのあのニコニコ笑顔が思い浮かんでくるようです。

ロンドン響との来日でのアンコールは、お得意の1番でした。
ことあるごとに、この1番や5番、6番を演奏してましたね。
 国内盤の初出レコードのこのジャケットが一番好きですな。

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2015年7月19日 (日)

ドヴォルザーク スラヴ舞曲 ハイティンク指揮

Yasukuni

靖国神社の御霊祭に行ってきました。

東京地区のお盆は、7月のこの時期。

それに合わせて、行われる都会の夏祭りなのですが、本来は、靖国に眠る英霊への慰霊を込めた、いわゆる慰霊祭。
このたくさんの提灯にも、個人や、戦没者の遺族、同期の会などの名前が刻まれてます。

今年から、境内・参道には、出店もなくなり、より慰霊の念の強まる厳かな雰囲気が。

もちろん、遅い時間に行ったので、このような感じでしたが、もう少し早いと、盆踊りが、写真の先にある、大村益次郎さんの像の下の特設ステージで行われてましたし、日によっては、青森ねぶたとか、歌謡ショーとかもにぎやかに行われています。

前にも書きましたが、社会人1年生のとき、当時の会社が、九段下にあったものですから、当時は、よくこのお祭りに行ったものでした。
当時は、おどろおどろしい見世物小屋とか、お化け屋敷なんかも出てて、完全なお祭り状態。
祭、本来の意味を考えるうえでも、今回の出店中止の処置やよかったのではないかと。

浴衣を着た若者や、欧米中心の外国人など、ほんとに多かったですし、わたくしも何人ものシャッターを押しましたよ。

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  ドヴォルザーク  スラヴ舞曲第1集 第1番~8番 op46

   ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

                        (1959~68 @アムステルダム)


ハイティンクの若き頃の録音。

ハイティンクはドヴォルザークには、そんなに積極的ではなくて、交響曲は7番と8番、その折りのカップリングとして作品46のスラヴ舞曲。
あとは、ジャンドロンとチェロ協奏曲。
これぐらいしかないです。
「新世界」を振らない~ハイティンクの七不思議のひとつです。

以下、過去記事より~
「先輩ブラームスの勧めもあって、ドヴォルザークは、ピアノ連弾用のボヘミアの舞曲集を作曲することとなるが、それは同時に、ブラームスのハンガリー舞曲でひと儲けした楽譜商ジムロック社にとって、二匹目柳の下のドジョウなのでした。
 8曲の作品46のこちらのスラヴ舞曲集は大成功をえて、文字通りドヴォルザークの本格出世作となり、即座にオーケストレーションもされました。

8年後には、作品72の二番目の曲集も作曲され、全16曲のスラヴ舞曲は、ボヘミアの息吹きを感じさせるばかりでなく、スロヴァキア、ウクライナ、ポーランドなどのスラヴ諸国の民族音楽の集大成のような舞曲集となっております。

コンサートのアンコール曲でも、この曲集のなかの多くが定番となってます。」

全曲録音も多くて、セルやクーベリック、ノイマンらの往年の東欧系指揮者によるものを聴く機会がどうしても多いです。
そんな中で、妙に好きだったのが、この堂々たるハイティンクの演奏。
高校時代に、ハイティンクのファンになりましたが、その時の来日を機に発売されたいくつかのレコード。
その中にあったのが、ハイティンクとコンセルトヘボウの管弦楽曲名演集で、全部で8曲。
スラブ舞曲の第1番が、そこには収録されてまして、正直重々しくて、当時効き慣れてたセルのリズム感あふれる演奏との違いに驚いたものでした。

そして、後年、ハンガリー舞曲とカップリングされて、まとめられた作品46の8曲の廉価CDを入手し、その年代の違いによる録音の質感の違いはあるものの、当初の1番を聴いた重厚感あふれるイメージに包まれていて、さすがはこのコンビと唸らせるものでした。
 さらに聴き重ねるごとに、このオーケストラの持つ、独特の色気のようなものも感じるようになりました。
 ことに4番ヘ長調あたりであらわれる、各種楽器のソロの色香に。
独奏ヴァイオリンは名手、クレバースでしょうか。
 6番ニ長調の軽やかさと、思わぬ自在さは、当時、ぼんくらのように批評していた評論家諸氏は、何を聴いていたのでしょうか。
 やはり、ブルックナーやマーラーなどの大曲ばかりを、60年代から録音しまくっていたハイティンクは、それらがまだ完全認知されていない時代に先行していたために、まともに聴く人がいなかったから、その評価が遅きに失したのでしょう。
後年、スケールが大きくなり、オーケストラの結びつきも強まり、他のオーケストラでも、遜色なく名演を残すようになったハイティンクは、若いころから変わりなく、ハイティンクでした。

8番のダンス音楽として熱気をはらんだ雰囲気と、恰幅のいい悠然たる響きを伴った演奏を聴いて、つくづくそう思います。
ともかく立派でありつつ、洗練された軽やかさも。
そんな印象が、この曲集の最初から最後まで貫いてまし、毎度の褒め言葉は、フィリップス録音の素晴らしさ。

廉価CDのカップリングのブラームスのハンガリー舞曲は、後年、80年に10曲録音されたもので、こちらも最高ですよ、立派すぎるのが難点(笑)。

ともに、民族的であるよりは、ヨーロピアンな香りの舞曲集の演奏でありました。

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2015年7月17日 (金)

アーノルド 英国の舞曲 トムソン指揮

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梅雨の最盛期のときの紫陽花。

今年の梅雨は、台風も絡んで異例ずくめ。

いつ終わるか、どのタイミングかさっぱり不明で、気象庁泣かせ。

世界中、そうなんだろうな・・・・

Ajisai_shiba_2

  アーノルド  英国の舞曲

    4つのイギリス舞曲集第1集、第2集

    4つのスコットランド舞曲集

    4つのコーニッシュ(コーンウォール)舞曲集

    4つのアイリッシュ(アイルランド)舞曲集 

    

   ブライデン・トムソン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

                     (1990.2 @ユダ教会、ロンドン)


サー・マルコム・アーノルド(1921~2006)は、イングランド中東部のノーザンプトン出身の作曲家。
かなりの多作家で、その作品数は、300超。
映画音楽もかなり手掛け、国民的な人気もあった存在です。
 そう、あの「戦場にかける橋」の音楽を担当し、アカデミー音楽賞をとったのがアーノルドです。
誰もが知ってる、クワイ河マーチですよ、あの口笛。

一方で、本来は、クラシカルな存在でして、あらゆるジャンルに万遍なくその曲を残していて、交響曲は、ちゃんとお約束通り9曲。
ハーモニカやオルガンなど、さまざまな楽器のための協奏曲。
今回のダンス曲や、序曲、バレエ。
室内楽、器楽、歌曲、オペラ、吹奏楽・・・・。

おまけに、ロンドンフィルのトランペット奏者であったり、指揮者であったりと、ともかく、音楽に関しての超マルチな方でした。

その作風は、現代に生きた作曲家でありながら、明快で、基本は聴きやすい調性音楽です。
そうした点で、軽んじられていた向きもありますが、ダイナミックで耳を心地よく刺激する鳴りのいい音楽は、今後、もっと聴かれるようになるかもしれません。
先輩のウォルトンと、映画音楽系の後輩、J・ウィリアムズの間をゆく音楽と言ったらわかりやすいでしょうか。
 いや、わたくしは、まだアーノルドの音楽を、交響曲数曲と、こちらの舞曲のみしか聴いてないので、即断はいけませんね。

 さて、この英国連邦の舞曲集セット。

イギリス、スコットランド、コーンウォール、アイルランドの順に作曲されましたが、最初と最後では、30年以上の年月の開きがあります。

1950年代に二度に分けて書かれたイギリス舞曲は、広域のイギリスを描いたもので、ドヴォルザークのスラヴ舞曲を多分に意識していたらしいです。
トラディショナルな英国スタイルをイメージしてみてください。
気品と、ウィットとユーモア、そしてちょっとの憂愁。
戦場にかける橋を思わせるマーチも出てきますよ。
1956年には、サドラーズ・ウェールズ・バレエ団のレパートリーにも取り入れられたらしいです。

1957年には、スコットランド舞曲。
こちらは、スコットランド民謡が満載で、どこかで聴いたことあるフレーズが、じゃんじゃん登場します。
少し、いかつい、男臭さも漂い、スコットランドの雄大な自然を俯瞰するかのようなスクリーンの背景っぽい場面もあります。

1966年に、コーンウォール。
イギリスの最南西、トリスタンの生まれ故郷は、ケルト文化の里でもあります。
この地を愛したアーノルドは、海の街に特有の明るさと、大らかなユーモアあふれる人々が好きだったらしい。
 船乗りの歌、マーチングバンドの曲、そしてミステリアスな雰囲気、ジーグ、力強い男声合唱を思わせる曲など、ユニークなものです。

最後は、1986年のアイルランド。
連邦を離脱して、政争も経て、英連邦とは複雑な関係にあったアイルランド。
元気よく開始しますが、この曲集には、解説にもありましたが、曇り空に覆われたような陰りある雰囲気を感じます。
これまでの、明るく、快活で聴きやすい音楽から、アーノルドは、その筆に、なにか引っかかるものを感じさせるものを書きました。
70~80年代って、アイルランドは、連邦として残った北アイルランド、IRAなどの問題の方のイメージが先行して記憶されます。
本来のアイルランドといっしょくたにすべきではないですが、そんなシャープな雰囲気も感じさせるアイルランド舞曲なのでした。。。

 アーノルド、面白いでしょ。

ブライデン・トムソンと、ザ・フィルハーモニアの切れ味と、大らかな味わいにあふれた演奏は、録音の良さもあいまって最高です。

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2015年7月15日 (水)

ベルリオーズ 幻想交響曲 ロンバール指揮

Hamamatsucho201507_a

7月の小便小僧は、夏休みバージョン。

小便も元気いいです。

しかし、梅雨はどこへ行った?暑いよ。

Hamamatsucho201507_b

前も、後ろも、見事なひまわり。

毎度、コスプレ担当のボランティアのみなさまに、感謝。

Berlioz_lombard

  ベルリオーズ  幻想交響曲 op14

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団

                    (1973 @ストラスブール)


ロンバール?、お若い方々には、ご存知ないかも知れませぬね。

70年代半ばに、彗星のようにあらわれた、フランスは、パリ出身のダンディー指揮者なんざぁますよ。

Lombard

1940年生まれ、フランス国内での活動から、1966年のミトロプーロス指揮者コンクール優勝(ちなみに、我らが飯守先生は、このとき4位。わがアバドは、63年優勝)。
その後、バーンスタインの助手をつとめ、アメリカでメトなどで活躍し、オペラ指揮者としての才覚もあらわす。
71年からは、母国ストラスブール・フィルの音楽監督となり、エラートとの契約も成立し、当時、オーケストラ録音にこぎ出したエラートの看板コンビとして、大量の録音を残しました。
 その後は、ボルドー・アキテーヌ管弦楽団、そして、いまは、スイス・イタリア語放送管弦楽団の指揮者として活躍してます。

メジャーに躍り出ることは、いまに至るまでなかったけれど、エラート時代に残した演奏の数々は、当時も今も、フランスのエスプリと、ストラスブールという多面的な顔を持つ街のオーケストラの特色を引き出した点で、大いに評価されていい指揮者だと思います。

ストラスブールは、地政学的な文化面で言うと、ドイツであり、そして、政治的な存在としてはフランスなのです。
ライン川を隔てて、ドイツのケールという街と一体化してます。
さらに、地図で地名を見てみると、フランス内のストラスブール周辺は、ドイツ的な地名ばっかり。
シュトラスブルク、ドイツ語では、そうなるんですね。
EUの街、そして交通の要衝となってます。

ロンバールとストラスブールフィルのコンビは、確か70年代に、日本にも来たと記憶しますし、ロンバールも読響あたりに来演してたと思います。
いまは、太っちょになってしまったロンバールですが、エラート時代の録音の数々は、クライバーや、デビュー当初のレヴァインもかくやと思わせる、新鮮で、イキのいい、ピッチピチの演奏を造り上げる指揮者でした。
しかも、エラートの録音が、また鮮明で実によかった。
ラヴェルやドビュッシーのレコード、FMでエアチェックした幻想や、カルメンなどなど、そのイメージは脳裏に刷り込まれてます。
 レコ芸で、誰かが、ロンバールの指揮に対して、小股の切れあがったナイスな演奏と評しておりましたが、当時は、まさにそんなイメージだったんですよ。

今回、久方ぶりにCDで聴くロンバールの幻想。

快速です。
47分ぐらい(繰り返しなし)。

そして、速さと同時に、勢いと若さがありまして、これはまた意気軒昂とした超前向き演奏と感じましたよ。
爆演系じゃありません。
スピーディで、スマート。細部にこだわらないようでいて、意外や緻密。
指揮者の強い意志も感じる、この疾走感あふれる幻想は、いくつもある幻想のなかでも、ユニークな存在だと思います。
 それは、古豪レーベル復活をかけたエラートの熱意と、ほぼ録音などなかった指揮者とオーケストラの前向きさ。それらが融合した結果のものかと。

ドイツ的なきっちり感と、オペラのオーケストラでもあるストラスブールフィルに、ラテン系だけれども、スマートな側面も持ってるロンバールの、ステキな名コンビの結実です。
 彼らの「幻想」は、掛け値なしに、かっちょよくって、大好きですよ。

CD化されてないものも多いですが、このコンビの音盤は、ラフマニノフのピアノ協奏曲、フランク、R・シュトラウス、新世界、ヴェルレク、カルメン(クレスパン)、ペリコール、ファウスト、コシ、トゥーランドットなどなど、かなりあります。
そこそこ聴いてますので、それらはまたいずれここで。

台風が近づいてます、日本全国、広く用心、そして安心安全でありますよう、お祈り申し上げます。

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2015年7月11日 (土)

神奈川フィルハーモニー第311回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

Minatomirai_20150710_a

久しぶりの金曜夜の神奈川フィル定期。

それでも、まだ明るくて、これまた久しぶりのお日様は、西日が眩しいのでした。

県民ホール定期の最愛のプッチーニ、音楽堂のハイドンと、2回欠席してしまい、これまた久しぶりの神奈川フィルです。

今宵は、ドヴォルザークと、アイヴズ。

一見、まったく関係のない二人の作曲家ですが、アメリカというキーのもと、前半に「新世界」、後半にアイヴズの交響曲という、実に秀逸なるプログラム。

若きマエストロ、川瀬さんが、是非とも聴かせたかったというこの組み合わせです。

夕日が沈むように、調和の和音が消えるように終る前半と、賑やかな中に、意表をついて不協和音一発で終る後半。
 これもまた、鮮やかななる対比でございましたnote


Kanaphill201507

      ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調op95 「新世界より」

   アイヴズ      交響曲第2番


           川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.7.10 @みなとみらいホール)


まず、苦言をひとつ。
楽員さんが登場し、いつも拍手でお迎えして、みなさんのご挨拶から始まる恒例の定期。
ホールは静まり、指揮者の登場を待ちうける静寂に聴こえはじめた、ピッ、ピッという時を刻むようなデジタル音。
ん? 私の席の斜め後ろの方からする。
曲が始まっても、いや、最初から最後まで、静かな場面ではずっと気になって仕方がなかった。
 周りの皆さんも等しく苦言を呈してました。
休憩時に、事務局さんを通じて、この件をお話しして、調査していただき、後半には解決したのですが、メトロノームの電子音だったそうな。
ご本人は気がつかなかったのだろうか?また、何故にメトロノームが作動?
まったく論外のこと、多少の雑音は目をつぶるにしても、今回に関しては、とんでもないこととして、猛省を促したい!

 さて、気を取り直して、「新世界」。
先の雑音を耳から取り除くようにして、ステージ上の熱演に集中。

いゃぁ~、こんな本気の「新世界」、久しぶりに聴きました!

聴衆も、オーケストラも、互いに、聴き古し、演奏し尽くした名曲中の名曲。
でも、若き川瀬さんの、情熱溢れる指揮ぶりと、新鮮な切り口が、活力あふれる、まさに、ニュー「新世界」といっていいくらいの名演を築きあげることとなりました。

時間を測ったら46分。1楽章の繰り返しを行ったこともありますが、ともかく丁寧に歌い上げ、細部にも目を凝らした結果、その演奏時間だったのではないかと思います。
 それでいて、意図的であったり、恣意的であったりといった感じは、まったく受けることなく、指揮者の感じたままの感性が素直に、そのまま音になって奔出してくる、といった風情なのです。
 強弱のダイナミクスが豊かなこと~弦がサッと静まり、木管の主旋律がふわっと浮かんできて、この曲ならではのしみじみとした魅力が引き立ちます。
 ヴィオラやチェロの内声部にも気をつかい、ときに浮き上がらせ、思わぬ表情が聴かれることもしばしば。
 そして、なんたって、ラルゴのイングリッシュ・ホルンの、懐かし感は、この音楽のイメージそのもの。ここで、こんなに感激したの久しぶり。
ソロの方も、見事で、演奏後、喝采を浴びてましたね。

 ボヘミアを感じさせた3楽章のトリオは、まさに舞曲で、体も動きそう。
そして、決然と、颯爽と、そして、疾走感も、高揚感もたっぷりあった終楽章。

褒めちぎっちゃいましたが、ともかくナイスな「新世界」だったんです。
楽員さんたちの、夢中の演奏ぶりも印象的でした。

あの不愉快な音も、忘れちまいました。

 休憩後は、アイヴズ。

新世界が1893年。アイヴズの2番が1900年。
その7年の年月が、まったく短く感じた、今回のアメリカ・テーマの聴き比べ。

 生命保険会社のサラリーマン・経営者として、ニュー・ヨークに在住を余議なくされながらも、故郷コネチカットを想い続けたアイヴズ。
マーラーと同じくして、曲中に、故郷で聞いたマーチングバンドや賛美歌、民謡などがごった混ぜになって挿入されるその作風。

ライブで聴くと、オーケストラが何をやってるか、どの奏者がソロを奏しているかがよくわかって、錯綜したアイヴズの音楽が、すっきりと整理されて耳に届きました。
 それも、この曲に熱意をかけた川瀬さんの献身的な指揮ぶりと、神奈川フィルのクリアーで透明感あふれる音色、そして、ベテランと若手の素晴らしいソロがあってのことかも。

ともかく面白かった。
CDで聴くと、1~4楽章は流し聴きしてしまい、終楽章で覚醒する感じなのですが、今回は、5つの楽章が、互いに関連性を持ちつつ、最後の不協和音の一音に向かって積み上げられているのを受け取ることができました。

分厚い弦の響きが楽しめた第1楽章。
何故か、マーラーの6番のフレーズを思い起こしてしまった第2楽章では、リズム感がとても豊かで、川瀬さんのジャンピングも決まってましたよ。
小山さんの奏でるオーボエ、江川さんのフルートに橋渡しされる旋律も可愛い。

緩除楽章たる3楽章の、アメリカの方田舎を思わせる、夕暮れ時のしみじみ感。
山本さんの情感あふれるソロも聴けます。
ほのぼのして、体の余分な力が抜けていく感じでしたね。

次ぐ4楽章は、最初の楽章の回帰では、弦ばかりでなく、フルオケ。
一転して、明るく楽しげな、終楽章。
川瀬さん、弾んでましたぜ。
お馴染みの旋律がちょこちょことと顔をだし、ホルンから、これまた懐かしい調べが。
実加ちゃんの艶のあるホルンを聴いてて、何故か、フンパーデインクの「ヘンゼルとグレーテル」を思い起こしてしまいました。
休みなく、いろんな表情を交えつつ、木管群の巧さも炸裂、金管も分厚く入ってきて、太鼓やスネアも効いてます。
石田さんは、腰を浮かせ、となりの崎谷さんも熱い演奏ぶり。
 そしてですよ、曲はまたしみじみ調に。
フルートのオブリガートを伴いつつ、チェロのふるい付きなるような素敵すぎるソロが。
ずっとずっと聴いて、浸っていたかった山本さんのチェロです。
 そんな気持ちをひきはがすように、曲はずんずんと、お祭り騒ぎに突入し、不協和音一発で終了。

あ~、楽しかった。

お客さんの反応も上々で、みんな集中して熱心に聴いてたし、アイヴズって、こんなに面白いのって、きっと思える曲に、演奏でした。

神奈川フィルの定期は、今回で夏休みに。
サマーミューザでも、アメリカものやるから、平日昼だけど、行こうかなnote

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2015年7月 8日 (水)

ショスタコーヴィチ 交響曲第13番「バビ・ヤール」 コンドラシン指揮

Shenyang_a

中国の瀋陽市に行ってきました。

一応、お仕事です。

瀋陽は、旧満州国の奉天。そう、小澤征爾さんが生まれたところです。

最近では、ピアニストのラン・ランがこの地の出身。

人口800万人を超える大都市で、中国には、この規模以上の街が、ごろごろあるから、そりゃマスとしての力はスゴイもんです。

ホテルからの朝の景色は、高層マンションの群れ。
街中、ビルだらけで、環状線で見事に整備された都市景観となってました。

ベンツなどの国内生産の欧州ブランド車に、韓国車など、いずれもいい車ばかり。
しかし、その運転は激しくて、よく事故らないかと思うくらいに、スリルにあふれていて、乗ってて心臓が、何度も飛び出しそうになりましたよ。
 ちょっとでも前へ出ようと、車線変更の嵐で、へたすりゃ車線の真ん中を走ってるし。
自転車も、歩行者も、みんな強気で、車とすれすれ・・・・。
 でも、へこんだりしてる車があんまりないから、連中は運転が超絶上手いのでしょうか・・・・。

いろんなことを見て、思いましたが、それは、またいずれ。

ともかく、光と影、外から来た人に見えるところと、そうじゃないところ、それらが明確に区別されているような気がしました。
株価急落とか云々も、まったくわからないし。

Tako13

 ショスタコーヴィチ 交響曲第13番 変ロ短調 op113 「バビ・ヤール」

        Br:ジョン・シャーリー=クワァーク

    キリル・コンドラシン指揮 バイエルン放送交響楽団
                     バイエルン放送合唱団

                                        (1980.12.18 ミュンヘン)


ショスタコの13番。
好きなんですよ。
ともかく、暗くて、シニカルで、かつダイナミック。
独唱と合唱も、どこも皮肉たっぷりのペーソスが効いてる。

過去記事より~「1962年、スターリン体制終結後のフルシチョフ体制化の作品で、「体制の雪どけ」で固く閉ざしてきたリアルな音楽を書き始めた頃。
エフゲニー・エフトゥシェンコの詩「バビ・ヤール」のいくつかの部分と、さらに、この作品のためにあらたに書かれた詩の5篇からなる。
「バビ・ヤール」は、キエフ郊外にある谷の名前で、ナチスがユダヤ人はおろかウクライナ人、ポーランド人、ロシア人までも大量虐殺した場所という。」

 しかし、初演後、当局からは、反体制のレッテルを貼られ、詩は改定を余儀なくされ、その後数回演奏されただけで封印されてしまった。
初演は、まさに、キリル・コンドラシン。

モスクワ・フィルを指揮した、コンドラシンのショスタコーヴィチ全曲録音の13番は、1967年の録音で、当然に、改訂版が用いられている。
 
 このいわくつき作品を西側初演したのがオーマンディで、70年、大阪万博の年にフィラデルフィアで、同時に録音。
こちらは、当然に、初演時の版によるもの。

 そして、その8年後、1978年、この曲の初演者コンドラシンは西側に亡命。
1980年、首席指揮者が内定していたバイエルン放送交響楽団に客演し、この「バビ・ヤール」を指揮した。

バイエルンとコンセルトヘボウ、ウィーン、ドイツ各地、東京などで、ひっぱりだことなった、コンドラシンは、81年3月、67歳の誕生日を迎えてすぐ、心臓麻痺を起こして、亡くなってしまう。
 「バビ・ヤール」の演奏後、3ヶ月。

ソビエト時代は、モスクワフィルの音楽監督として長く活躍し、そのイメージは、見た目の厳しさも加味して、妥協のないシャープな演奏で、ソビエト体制下にある厳密な指揮者だった。
でも、マーラーを早くから取り上げたり、来日公演でも第9を演奏するなど、他のソ連指揮者と、どこか違うところも散見されました。
 わたしのコンドラシン観は、そんなもので、西側に出て、急速に、その実力が日の目をみてからというもの、イメージは一新されました。
 そのターニング・ポイントは、コンセルトヘボウとの「シェエラザード」と、N響への客演。

早めのテンポ設定で、スマートな演奏を築きあげつつ、細部もおろそかにせず、なかなかこだわりの表現もするコンドラシンでした。
このきっと思い入れ深かった「バビ・ヤール」を、異常なまでの集中力と、一気呵成の勢いと厳しさでもって指揮してます。
それに応えるバイエルン放送響のうまさと、機能性の高さ。
ハイティンク盤のコンセルトヘボウとともに、この曲に、大いなる奥行きを与えているオーケストラなのでした。
 

この演奏、NHKFMで放送され、エア・チェックしたテープは、いまもCDRとして保存してあります。
そして、この日、演奏されたのは、あと、ベートーヴェンの8番で、こちらも名演でした!

過去記事より~

①「バビ・ヤール」この曲の白眉的な1楽章。ナチスによる暴虐が描かれる。
独唱は、自分がユダヤ人ではないかと歴史上の人物たちを上げて歌う。アンネ・フランクの悲劇についても言及される。リズミカルで不気味な行進調の音楽が2度ほど襲ってくる。
ファシストたちの到来である・・・・。

②「ユーモア」、ユーモアを忘れちゃならねぇ。支配者どもも、ユーモアだけは支配できなかった。辛辣かつ劇的な楽章、オーケストラの咆哮もすさまじい。

③「商店で」、獄寒のなかを行列する婦人たちを称える讃歌。
これも皮肉たっぷりだが、音楽は極めて深刻で寒々しい・・・。

④「恐怖」、これまた重い、重すぎの音楽。恐怖はどこにでもすべりこんでくる。その恐怖はロシアにおいて死のうとしている。・・・・が、詩(DSは作曲であろうか)を書きながらとらわれる、書かないという恐怖にかられる。仮面を被った痛切きわまりない音楽に凍りそうだ。

⑤「出世」、終楽章は一転おどけた、スケルツォのような音楽だ。
ガリレオ、シェイクスピア、パスツール、ニュートン・・・、世の偉人たちが生前そしられ、誹ったものたちは忘れられ、誹られた人々は出世した・・・・。
「出世をしないことを、自分の出世とするのだ」
皮肉に満ちた音楽、最後はチェレスタがかき鳴らされ静かに曲を閉じる。。。。。

過去記事

 「プレヴィン&ロンドン響」


 「ハイティンク&コンセルトヘボウ」

 「オーマンディ&フィラデルフィア」


 

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2015年7月 6日 (月)

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第1~3番 バックハウス

Zojyoji

出たり引っ込んだり、関東では、今年の梅雨も7月の上旬に、いよいよ本番。

紫陽花は、もう見ごろのピークを終えてしまいましたか・・・

いろんな色があるけれど、やっぱりブルーですかね。

そして、新鮮なブルーに似合うのが、ベートーヴェンの初期作品の清々しさ。

Beethoven_backhaus

  ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調 op2-1

                ピアノ・ソナタ第2番 イ長調  op2-2

        
             ピアノ・ソナタ第3番 ハ長調 op2-3


        Pf:ウィルヘルム・バックハウス

                      (1963.10 1968.3 1969.4
                         @ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホール)


ベートーヴェンは、1795年(25歳)、作品番号2の3曲のピアノ・ソナタを完成させ、師ハイドンの前で、演奏しました。
 その3曲の前にも、5曲ほど、ソナタないしはソナチネは書かれているが、番号付きとしては、これらの3つがスタートとなります。

ウィーンに出てきたばかりの頃のベートーヴェンは、当時のウィーンの大御所、ハイドンの門をくぐり、勉強をしたものの、血気あふれるベートーヴェンからすると、師のもとでの授業は、予想外に退屈なものだったらしい。
 
 むこうみずにも、別な先生のもとに走ったベートーヴェンは、さすがに、師ハイドンに対して気兼ねし、感情的な行き違いを、なんとか解消しようとして、師に捧げるべく、これらの3つのソナタを作曲したわけです。

ですから、この3曲は、意欲的な顔、師への感謝を込めた明朗な顔、そして、のちの大きなソナタへの先駆けのようなシンフォニックな顔、いずれも異なる気分が横溢している。

1番は、いきなり短調という悲劇色の濃い作品。
短いけれど、ベートーヴェンの野心がにじみ出たソナタです。
短調の両端楽章にはさまって、2楽章と3楽章は、軽やかで、装飾性も豊かで古典的。
終楽章は、のちの、熱情ソナタみたいですね。

2番は、1番とかわって、明るいイ長調。
短調のあとには、明朗快かいたる、長調がやってくる。
これも、後年のベートーヴェンの常かもです。
ちょっと掴みどころがないけど、流れるような優美さと、弾むリズムの対比がいい1楽章。
内省的な面持ちをもった2楽章は、これも後年、ベートーヴェンの美しい緩徐楽章の典型の走りと感じます。
低音で、ずっと続くスタッカートも印象的。
 そして、この曲で、はやくも、軽やかにスケルツォが登場。
さらに4楽章も流れがよく、明るく、のびのびした若々しさを感じます。
この2番のソナタは、結構好きですよ。

さて、一挙に規模を大きくした3番
ハ長調ならではの、壮麗さと、がっしりした印象をあたえる構成感。
よく演奏される曲だし、耳馴染みもいい。
 なんたって、1楽章は、アレグロ・コン・ブリオ。
いかにも、ベートーヴェンらしい。
アダージョ楽章は、ずいぶんとロマンティックで、古典派の枠をすでに超えた雰囲気もあり、なかなかに詩的であります。
この楽章は、好き。
 短めのスケルツォは、弾みがよろしく、続く華麗なフィナーレの前段として、交響曲の中の同じ存在のように聴ける。
ダイナミックで、技巧的でもある終楽章は、意欲に燃えるベートーヴェンらしく、元気はつらつ♪

 レコード時代、一気に全集で購入したバックハウスのソナタ全集。
当時は、ドイツものだったら、なんでもバックハウスとケンプだった。
そののちに、ブレンデルやアシュケナージ、ポリーニがやってきたのだったが、CD化された同じ全集を、あらためて、入手して、ことあるごとに聴いていますが、揺るぎない威厳と格調の高さが、こうした初期作でも感じるのは、バックハウスならでは。

最近の演奏家たちのような、鮮烈さや、タッチの冴え、考え抜かれた多彩な解釈などとは、一線を画するバックハウスの演奏ですが、やっぱり、わたくしには、別格の存在であります。
梅雨の長雨のなか、とても麗しい時間を過ごせた夜です。

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2015年7月 3日 (金)

ヴォーン・ウィリアムズ 「ドナ・ノビス・パーチェム」 ヒコックス指揮

Komayama_1

大磯町の高麗山と夕陽。

隣接地、湘南平は、子供の頃の遠足の地でしたが、このあたり一帯は、高句麗からの来訪者が住んでいたり、高麗寺が、家康に保護されたりと、歴史的にもゆかしい場所であります。

なにより、そして、容がいいです。

Komayama_2

  ヴォーン・ウィリアムズ カンタータ「ドナ・ノビス・パーチェム」

                    ~我らに平和を与えたまえ~


     S:イヴォンヌ・ケニー    Br:ブリン・ターフェル

   リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団/合唱団

                      (1992.3 @アビーロード・スタジオ)


レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872~1958)は、クラシック音楽のあらゆるジャンルに、万遍なく、その作品を残した作曲家です。
運命の数字の9曲の交響曲に、お馴染みのグリーンスリーブスや、タリスなどの管弦楽作品、協奏作品、室内楽、器楽に、オペラ複数曲、そして歌曲や声楽曲も多数。

ふたつの世界大戦を体験し、その影が、その作品たちにはうかがえることもしばしば。
一方で、そんな陰りなどは、まったく感じさせない、英国の田園風景や自然、そして民謡採取から生まれた懐かしさ感じる音楽も。

RVWの音楽は、もっともっと聴かれていいと思います。

そんな曲のひとつが、今日の声楽作品である、カンタータです。

「ドナ・ノビス・パーチェム」は、バターフィールド合唱協会の委嘱により作曲され、1936年10月に初演。
英国は、大国として、世界に植民地政策を敷いていた時期でもありながら、徐々に、その国力も衰退の色が出てきて、一方で、20年前の敗戦国、ドイツでは、ヒトラーがすでに政権を握り、この年の8月には、「ヒトラーのオリンピック」と言われた、ベルリン・オリンピックが行われております。
 ちなみに、日本では、2・26事件が起きた年でもあります。

そんな不穏な空気が、少しづつ流れつつあった世界。

ヴォーン・ウィリアムズは、このカンタータに、戦争の悲惨さや哀しみ、そして平和を祈る気持ちを、しっかりと込めました。

最初に、言います、自分の気持ち。

「この作品は、ほんとうに、美しく、感動的です。
泣きます、思わず、手を合わせてしまいます・・・。」

6つの部分からなるこのカンタータは、続けて演奏されます。
全体で39分。

ラテン語による典礼文、聖書、そして現代詩が交互に、または混合されて出来上がっている。
それは、まさに、後年のブリテンの「戦争レクイエム」を思わせる構成となっていて、そちらがそうであったように、祈りと悼み、そして戦争の辛さを、われわれに訴えかける力が極めて強く出来上がっていると思う。
 そして、詩の方は、RVWの作品に多くあるように、アメリカの詩人ウォルト・ホイットマン(1819~1892)の作品から取られております。

①「アニュス・デイ」・・・静かに、でも痛切な思いを込めて、ソプラノがアニュス・デイと歌い始め、ドナ・ノビス・パーチェムと、この曲の各章の締めに歌われるタイトルを表出する。
やがて、合唱も同じように静かに入ってきて、さらに悲しみを強く持ちながら強い音の場面となってゆく、ラテン語による第1章。

②「叩け、叩け、太鼓を」・・・・ホイットマン詩、米南北戦争時で、実弟が戦地にあり、それを思って書かれた詩。
RVWは、英国にあって、第一次大戦での思いを、この詩に重ね合わせた。
 この章は、レクイエムにおける、「怒りの日」に相当するような雰囲気で、不吉なラッパから始まり、急に激しい咆哮となり、オルガンも加わってダイナミック。
教会の中での集まり、結婚式、それらの平和な日常生活に、ドアをぶち破って、戦争へ導く太鼓や行進の響きが轟く・・・そんな詩の内容。

③「Reconcliation~和解」・・・・こちらも、ホイットマンの詩。
繊細なヴァイオリンソロにより始まるこの章は、静かで、心に沁みわたる曲調で、RVWの抒情の世界が味わえる、ほんとうに美しい音楽。
バリトンのソロと、エコーのような合唱。
 「青空は美しい、美しいから戦争も、虐殺も、時間が経過すれば、きれいに忘れられる。死と夜の姉妹の手は、たえず優しく、何度も繰り返し、この汚れた世界を洗ってくれる・・・・」

なんて、哀しいんだろ。

人間の編み出す悲惨な戦争や殺し合い、でも、どんなときにも、変わらぬ自然の美しさ。。。。

この美しい章の最後には、また、「Dona nobis percem」が歌われます。

④「二人の老兵のための哀歌」・・・・ホイットマンの詩集「草の葉」から。
この詩に寄せた曲は、1914年に書かれていて、それが転用されている。
そして同年、朋友のホルストも、この詩に、素晴らしい作品を書いてます。
 行進曲調の太鼓、低弦のピチカートに乗って歌われる合唱だけの章。
前章の戦時の太鼓の響きを引き継ぎ、息子に語りかける老兵、月の静かな光のもと、銀色に輝く横顔、それが天国では、明るく輝くだろうと・・・・。
淡々としたなかに、悲しみと、諦念が滲んだ桂章。

⑤「死の天使が、地上に舞い降りた」・・・・・英・仏・露・土で行われたクリミア戦争(1853~6)に反対した、政治家、ジョン・ブライトの反戦の名演説を、バリトン独唱で、無感情に。

 合唱とソプラノで、強い「Dona nobis percem」を挟んで、旧約のエレミア書から。
「われわれは、平和を望んだが、よいことはなかった・・・、民の娘は、いやされることがないのか。」

ここでも、繰り返し、争いの無情さを訴える章。
でも、音楽は、少しずつ、明るい兆しが。。。

⑥「おおいに愛される人々よ、恐れるには及ばない」・・・・安心しなさい、心を強くし、勇気を出しなさい。 旧約ダニエル書から。
後光が差すかのような厳かなバリトンソロで開始。
「わたしは、この場所に栄光を与える・・・」と同じくバリトンソロによる主の宣言、これは、旧約のハガイ書。

次いで、合唱で、ミカ書、レビ記、詩篇、イザヤ書、ルカ伝と、合唱が歌い継いでゆく。
平和・平安を思わせる空気が充満し、じわじわと盛り上がり、高まる感動に乗せて、ついには、栄光をと歌う!
 そして、曲は、最後に、急速に静まり、「Dona nobis percem」が、ソプラノ独唱で繰り返されるなか、合唱が絡み合い、オケは鳴りをひそめ、アカペラで進行する終結部。
 思わず、ここで手を合わせたくなる心の祈り。
Percemを繰り返すソプラノが、静かに消え入り、この天国的に美しい章は消えてゆくように終わり、優しい気持ちにつつまれて、ひとときの心の平安を味わうこととなります・・・・・・・。

でも、すぐに現実に引き戻され、喧騒と情報の渦に引き込まれる、そんな現代人なのです。

 ヒコックスの献身的なまでの感動的な指揮ぶりが、よくわかる名演。
手塩にかけたロンドン響コーラスの見事さ。
英国ソプラノの典型とも呼ぶべき、無垢でピュアなケニーの美しいソプラノ。
後の威圧的な声が想像できない、ピュアなターフェルのバリトン。
素晴らしい曲に、素晴らしい名演だと思います。

ブライデン・トムソン、ボールトの演奏も、いつか聴いてみたいと思ってます。

そして、この作品と似たような構成を持ち、ヨハネに題材を求めた「聖なる市民」が、この音盤にはカップリングされてまして、そちらもいずれ取り上げましょう。

もうひとつ、RVWのオペラも、一作を除き、ほぼコンプリートしましたので、時間はかかりますが、ゆっくりと書いて行きたいと思ってます。
すでに取り上げたお気に入り作品は、「毒のキッス」でして、これまた怖いタイトルにもかかわらず、愛らしいオペラなんですよ。(過去記事→

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