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2015年8月11日 (火)

ジャン・ジル レクイエム コーエン指揮

Uminohoshi_1

わたくしの育った町にある幼稚園のカトリック教会。

海の松原が、風で鳴る音が聞こえる家に住んでました。

そして幼稚園は、さらに海に近いところに2か所って、わたくしが通ったのは、ここではなく、西にほんのちょっと行ったところにある、プロテスタント系の幼稚園。

こちらの、カトリック系のほうが、敷地も広く、日曜学校でも、クリスマス会でも、ちょっと派手で、子供心に羨望をいだいたりしたものでした。
 50年も経って初めて、こちらの教会の中に、足を踏み入れてみましたが、思いのほか、簡潔で、とても清潔でした。
その様子は、また次の投稿で。

Umi_gilles

   ジャン・ジル   レクイエム

     S:アンヌ・アゼマ     CT:ジャン・ニルエ
     T:ウィリアム・ハイト   Br:パトリック・メイソン

 ジョエル・コーエン指揮 ボストン・カメラータ
                 エクサン・プロヴァンス音楽祭合唱団
                  アンサンブル・ヴォーカル・サジッタリウス
                  プロヴァンス・タンブール・アンサンブル

  (1989.7、1992.8 @サン・ソブール大聖堂 エクサン・プロヴァンス)


ジャン・ジルは、17世紀の南フランスの作曲家。

1669年生まれ、1795年没と、その生涯は、わずかに36年。
生来、虚弱な体質であったそうで、残された作品も、モテットが15曲、詩篇7曲に、この大作レクイエムのみ。
以下、かつてのレコード解説を一部、参考にしてます。

 いうまでもなく、ルイ14世の治下、パリ・ヴェルサイユに政治・文化が一極集中するなか、多くの音楽家は、都に集まり、華やかなヴェルサイユ楽派を形成しました。
 同時代の作曲家に、リュリ、ラモー、ドゥラランド、カンプラなどがいます。
そんななか、ジルは、南フランスから出ることなく、教会の音楽長として、プロヴァンスや、ラングドック地方の教会のために音楽を残し、演奏し、そして、最後は、トゥールーズの教会での職でもって亡くなります。

体が弱かったことや、生家が貧しかったことなども要因したのでしょうか。
この早世の、作曲家ジルの名前は、しかし、このレクイエム1曲でもって、音楽史に大きな足跡を残したものといえます。

同じ、プロヴァンス出身のカンプラは9歳上で、兄弟子にあたり、ジルのことを、とても可愛がり、このレクイエムもとても大切にあつかいました。
 カンプラのレクイエムも、とても美しい作品ですが、そちらの作曲は、1695年頃と言われてまして、こちらのジルが1694年。
 カンプラは、ジルのレクイエムが世に広まるよう大いに努め、カンプラの死後、フランス王族の葬儀や、ラモーの葬儀などにも演奏され、人々に愛されたといいます。
 さらに、南フランスでは、ジルとカンプラの、ふたつのレクイエムをミックスして演奏するようになり、それは、フランス革命が起きるまでの習慣となったそうです。

 ジルとカンプラのレクイエムは、わたくしは、もう30年も前でしょうか、ルネサンス・古楽の音楽にハマっていた頃に、レコードで、同時に購入しました。
それは、ともに、ルイ・フレモーの指揮で、いまでは、とうてい考えられないような、ロマンティックな、ヴィブラートギンギンの演奏でした。
 でも、それらは、この二つの美しいレクイエムが、南フランスの音楽のカテゴリーにあることをとてもよく理解させてくれるものでもありました。
さらにいえば、「ディエス・イレ」を持たない、鎮魂と救いの眼差しを大切にした、癒しのレクイエムという点で、ずっと後年の、フランスのレクイエムフォーレデュルフレにそのスタイルは引き継がれているのであります。

 その後に、古楽分野としての、ちゃんとした(?)演奏をCDで購入し、耳の膜が、1枚も1枚もそぎ落とされたような、新鮮かつピュアな思いで、さらに、これらのレクイエムの優しさが、一段と身にしみるようになりました。

 このジルのレクイエムは、南国ムードたっぷり。

曲の冒頭に、プロヴァンスの太鼓が葬送の開始のようにして、連打されます。
それは、痛切というよりは、どこか明るく、海から響く風音のようです。
このCDでは、曲の冒頭と最後に、それぞれ、フェイド・イン、ファイド・アウトで、プロヴァンスの現地の太鼓軍団が実際に演奏しているものが収録されてます。(なかほどにもあり)

そして、かつてのレコードではなかったことですが、ミサの典礼にのっとり、「ジルのレクイエム」の合間合間に、グレゴリオ聖歌の死者のためのミサが、挿入されてます。
これが、実に教会で体感しているような雰囲気あるものです。
 しかし、結果として、CD1枚の演奏時間がかなり長くなって、冗長さを覚えるのも事実です。
ですから、わたくしは、ときに、ジルの部分だけを抜き出して聴きます。
 曲は、全般に、明るい色調で、屈託なく、爽やかです。
レクイエムなのに、爽やかという表現もなんですが、南の風が吹き抜けるような、ゆるやかな優しさなのです。
そして、カンプラとも通じる、典雅で、繊細な抒情的な曲調。
巧みに、統一された音形は、全体のなかで、豊かな構成を伴い、品よくまとめられていて、起承転結的な聴後感もあって、レクイエムなのに、幸せな気持ちになります。
 まさに、癒しなのでしょうね、これが。

ひさびさに、取りだしたコーエンの演奏ですが、もう20年も前の演奏。
その先も、進化した古楽演奏。
変な言い方ですが、もっと、新しい解釈でも、こんど聴いてみたいものです。

過去記事

 「カンプラ レクイエム  ガーディナー指揮」

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コメント

ご無沙汰しております。あけましておめでとうございます。“レクイエムなのに爽やか”仰る通りのこの曲…当時(何時?笑)ブリテンやモーツァルトのレクイエムの箸休め(オイオイ失礼だぞ!)にぴったりの作品でございました(笑)

投稿: Booty☆KETSU oh! ダンス | 2016年1月 1日 (金) 22時27分

Booty☆KETSU oh! ダンスさん、こんにちは。
そして、ご挨拶状、すっかり遅くなってしまいました。
この南欧レクイエム、おっしゃるとおりの爽やかぶり。
深刻なレクイエムとはまた違って、癒されますね。

投稿: yokochan | 2016年1月24日 (日) 20時44分

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