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2015年11月

2015年11月28日 (土)

神奈川フィルハーモニー第314回定期演奏会  サッシャ・ゲッツェル指揮

Minatomirai

横浜、みなとみらい地区は、今年も華やかなイルミネーションに彩どられる季節となりました。

そして、それに相応しい、ステキで煌びやかなコルンゴルト・サウンドを堪能できました。

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   ブラームス     ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op83

          ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

   コルンゴルト    シンフォニエッタ op5

   J・シュトラウス   ポルカ「雷鳴と電光」 ~ アンコール

     サッシャ・ゲッツェル指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                   (2015.11.27 @みなとみらいホール)


今シーズン、もっとも楽しみにしていた演奏会のひとつ。

そう、ワタクシは、コルンゴルト・ファンなのであります。

忙しいせいもありますが、この1ヶ月ぐらい、コルンゴルトの音楽以外は聴いてません。

ですから、オピッツという日本贔屓の世界的大家をソリストに迎えるという豪華なブラームスのことは、あんまり眼中になかったという不届きものです・・・・。

ブラームスの2番の協奏曲。
この大曲は、レコード時代からすり減るほどに聴いてきたけれど、演奏会で聴くと、何故か、いつも虚ろに聴いてしまい、途中から覚醒するということが多い。
実は、今回もそうなってしまった。
おまけに、オーケストラがどうもいつもの冴えがなかったように思いましたし、ちょっとした乱れもありました。
大好きな神奈川フィルに対し、ちょっと辛口の評価です。

そんな流れに、ピリッと引き締めが入ったのが、3楽章のチェロ・ソロでした。
ピアノに隠れてしまって、そのお姿が見えませんが、その優しいけれど、しっかりした語り口のチェロの音色は、山本さんと、すぐにわかります。
そう、ここから、わたくしも音楽に集中できたし、演奏もキリッと締ったような思いがしました。
実は、以前聴いた、ポリーニとアバド&ルツェルンの同曲の演奏会でも、前半は冴えず、しかも、あのポリーニがミスを連発するなどでしたが、3楽章でのブルネロのチェロがすべてを救い、その後は迫真の名演となりました。
そもそも、この曲が難しい存在なのでしょうか・・・。

それと、ゲッツェルさんの指揮が、ちょっと飛ばしすぎた場面もあるかもです。
このコンビの適性は、コルンゴルトや、マーラー、シュトラウスあたりにあるのかもしれません。

オーケストラのことが先行しましたが、しかし、オピッツさんのピアノは、抜群の安定感がありました。
まったくぶれがなく、滑らかかつ力強く、でも音には透明感すら漂う無為の域に達した凄さを感じました。
丸みと、強固さ、ともにブラームスに相応しい音色。
お姿どおりのピアノでした。
そして、いつも思うのは、サンタさんみたいだし、シュークリームのオジさんみたいだと(笑)

 さて、後半のコルンゴルト。

神奈川フィル応援のFBページに書きましたが、そこから一部転載します。

 神奈川フィルでコルンゴルトを聴くのは、これで4回目。

   2014年10月 ヴァイオリン協奏曲 (1945)

   2015年 1月 チェロ協奏曲     (1946)

       〃    「シュトラウシアーナ」 (1953)

   2015年11月 シンフォニエッタ   (1913)

ヴァイオリン協奏曲以外は、ゲッツェルさんの指揮。
作曲年代をみてわかるとおり、これまでの3曲は、いずれも、ナチスの台頭により、コルンゴルトがヨーロッパを去り、アメリカに渡り、映画音楽の世界で活躍し、戦後ふたたび、本格クラシックのジャンルの作品に回帰した時期のもの。
 そして、それより遡ること3~40年。

今回の「シンフォニエッタ」は、神童と呼ばれ、ウィーンの寵児としてもてはやされた時期、コルンゴルト16歳のときの音楽なのです。

このように、横断的にコルンゴルトの音楽を1年間で楽しめたことに、まず感謝したいです。

複数の音源で、徹底的に聴きこんで挑んだだけあって、大好きなコルンゴルトに思いきり浸ることができました。

冒頭の「陽気な心のモティーフ」が、4つの楽章それぞれに、いろいろと姿・表情を変えてあらわれるのが、これほど明快にわかったのは、やはりライブで、演奏者を見ながら聴くことによる恩恵でありました。
キラキラのコルンゴルトの音楽を、神奈フィルの奏者の皆さんが、楽しそうに、そして気持ちよく演奏しているのもよくわかりました。
 そしてゲッツェルさんも、この曲を完璧に把握して、いつもながら縦横無尽の指揮ぶり。
それはもう、音楽が楽しくて仕方がない、といった具合でした。
オーケストラから、もっともっとと、音楽をどんどん引き出す、そんな積極果敢の指揮。
この積極的音楽がゲッツェルさんの魅力です。
それが、われわれ聴衆にズバズバと伝わるわけです。

優しく羽毛のような軽やかさも楽しめた第1楽章。
強靱な響きと、文字通り夢見るような中間部の対比をダイナミックに描いた第2楽章。
そして、神奈川フィルならではの繊細さと、音色の美しさを堪能できた魅惑の第3楽章。
この楽章は、わたくし、大好きなんです。
イングリッシュホルンが素敵だったし、第1ヴァイオリンがボーイングを変えて弾く場面も興味深く拝見しました。
 不安と狂喜の交差する、ちょっとややこしい終楽章も、ゲッツェルさんは、しっかりと整理しながら、大いなるクライマックスを築き、華麗なるエンディングとなりました。
軽くひと声、ブラボ進呈しました。

屈託ない若いコルンゴルトの音楽ですが、後年は辛酸をなめ、郷愁をにじませ、その音楽は、ほろ苦さを加えてゆくのでした。

今宵は、甘味で、とろけるような、ウィーンのお菓子をたっぷりといただきました。

ゲッツェル&神奈川フィル、最高っsign03

アンコールは、ウィーンっ子大爆発。

自分的には、コルンゴルトのあとに、ウィーンものを持ってくるんだったら、もうちょっとおとなしめのポルカやマズルカを所望したかったけど、聴衆は沸きにに沸きましたねnote

縦横無尽・上下左右の軽やかなゲッツェルさんの指揮姿は、かのカルロス・クライバーを彷彿とさせました。

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2015年11月18日 (水)

コルンゴルト シンフォニエッタ バーメルト指揮

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今年も街は、クリスマスのイルミネーションで明るく輝くような季節になりました。

しかし、冬はもうすぐ、晩秋なのに、暖かな陽気で、イルミネーションもいまひとつ美しさに欠けるように思えたりもする。

そう、ほんとは、一日一日と、クリスマスを迎える喜びにあふれるはずなんだけど・・・・。

パリで起きたあまりに残酷な事件と、その前のロシア機の墜落。

犯行声明を出した連中からすれば聖戦ということらしいし、空爆を受け、そちらも民間人の被害が出ていることへの報復ということになろうが、こんな血で血を洗うことに、何の意味があろうというのだろうか・・・・・。

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東京タワーは、追悼の意を込めて、ひと晩だけ、トリコロールカラーになりました。

日本は、島国のため、敗戦時の占領治下を除き、外部からの支配を受けたことのない稀有な国だが、地続きのアジアや、中東、ヨーロッパは、長い攻防の歴史がある。
もっと言えば、白人優位社会が、宗教の旗印のもとに蹂躙してきた中東は、同じ地域に3つの宗教の聖地が入り乱れることからも、その不幸の歴史があるのですね。

ここで、それを紐解いて、どちらが悪いということは論じる場所ではないが、ナチスに追われたユダヤ人の国はできたけど、アラブの民は追われることになったし、それ以前の英仏のダブルスタンダード的な対応のひどさも根深い恨みを産むことになったわけだ・・・・。

いま起きているとは十字軍時代にまでさかのぼる、ほんとうに厄介な問題なのだ。

 音楽や文化芸術だけは、国境も、恨みやさげすみもなく、平和の域にあって等しく楽しめるものとしてあり続けて欲しいものだ。

今宵は、神童とされながら、ナチスに翻弄されたユダヤ系としてアメリカに没し、その名前すら一時は埋もれてしまった、エーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)のシンフォニエッタを再び取り上げます。

そして、この作品、11月の神奈川フィル定期演奏会とミューザ特別演奏会で、ウィーンっ子のゲッツェルさんの指揮によって演奏されます。

Korngold

  コルンゴルト  シンフォニエッタ Op5

    マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック

                         (1994.9 @マンチェスター)

    ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮 北西ドイツフィルハーモニー

                         (1986.7 @ヘルフォルト)


幼少期から音楽の才能の片鱗をあらわしたエーリヒ・コルンゴルトは、音楽評論家として、その毒舌ぶりがのちに恐れられることとなる、ユリウスを父として、実業家娘を母として、モラヴィア地方のブルノに生まれる。

この父が、かつてのレオポルドと同じく、神童モーツァルトをヨーロッパ各地にプロデュースしていったように、息子の才能に驚き、歓喜しつつも、ウィーンの寵児としてもてはやされるようにマネジメントしてゆくこととなります。

そして、爽快さと、R・シュトラウスばりの爛熟サウンドを早くも少年期コルンゴルトは造り出すのです。
わずか6,7歳のコルンゴルトの才能に、マーラーは驚きをもって迎え、そして可愛がり、少年エーリヒも大いに慕い、そして、R・シュトラウスは、初出版された少年の作品のスコアを見て、父ユリウスに祝福の言葉を贈っております。

そんな少年、エーリヒの最初の作品は、8歳のときに書いた歌曲で、その後、カンタータやワルツを書いたあと、ピアノのためのバレー音楽「雪だるま」を11歳で作曲し、これがセンセーションを引き起こすこととなります。

1911年、マーラーの没したの年に14歳にして、初の管弦楽作品「劇的序曲」を作曲。
この曲は、ニキシュとゲヴァントハウス管によって初演され、ここでも驚きを持って聴衆に迎えられます。
この曲は14分あまりの大作で、のちの「交響曲」の片鱗をうかがうこともできます。

そしてその次に、コルンゴルトが取り組んだのが、4つの楽章を持つ43分の大曲。
「シンフォニエッタ」と銘打ちつつ、大きな規模を持つ作品を完成させたのが1913年、16歳で、同年、ワインガルトナーとウィーンフィルによって初演され、大成功を導きだします。

シュトラウスや、マーラーやツェムリンスキー、その時代の先輩たちからアドバイスや影響を受けつつもすでに、成熟し完成型にあったその音楽スタイルは、のちのハリウッドでの明快で、煌びやかなサウンドも予見できるところもおもしろい。

本格交響曲のようには構成感や深刻さがなく、「Motiv des frohlichen Herzens」=「Theme of the Happy Heart」とされたテーマ、すなわち、「陽気な心のモティーフ」が全編にわたって用いられ、曲のムードや統一感を作り上げております。
このモティーフ、曲の冒頭から鳴ります。

Korngold_sinfonietta_2(CDリブレットより)


このいかにもコルンゴルト的なシャープのたくさん付いたテーマは、キラキラ感と羽毛のような優しい繊細さが半端ありません♯

第1楽章は、爽やかなムードがあふれるソナタ形式ですが、思わず、心と体が動かしたくなるようなステキなワルツもあらわれ、奮いつきたくなってしまいます。

スケルツォ楽章の第2は、打楽器が大活躍する活気あふれるダイナミックな場面、ここは、後年のオペラ「カトリーン」の劇場の場面を思い起こします。
それと中間部は「夢見るように」と題された場面で、静けさと抒情の煌めきを聴くこととなります。

聴くと、いつも陶酔郷へと導いてくれる、ロマンティックなラブシーンのような音楽が第3楽章。
これがいったい、16歳の青年の作品と思えましょうか。
ここでは、コルンゴルトの特徴でもある、キラキラ系の楽器、ハープ、チェレスタ、鉄琴が、夢の世界へ誘う手助けをしてくれるし、近未来系サウンドとして、当時の聴衆には感嘆の気持ちを抱かせたことでしょう。
ずっとずっと聴いていたい、浸っていたい、そんな第3楽章が大好きです。

そのあと、一転して、ちょっとドタバタ調の、不安な面持ちと、陽気さと入り乱れ、シュトラウスを感嘆せしめるほどの見事なフィナーレを築きあげるのが4楽章。
エンディングは高らかに、「陽気な心のモティーフ」が鳴り渡り、爽快な終結を迎えます。

この曲の音源は4種ほどあるようですが、そのうち、バーメルト盤と、アルベルト盤を聴いてます。
後者は、かつて記事にしておりますので、今回は、バーメルト盤を中心に聴きましたが、この演奏は、重心もどちらかというと軽めで、英国オーケストラならではのナチュラルさと、柔軟さがとても心地よいです。
 録音の取り方にもよるのでしょうが、そのあとに、アルベルト盤を聴くと、音の重心がもう少し下のほうに感じるところが面白いし、旋律の歌わせ方もより濃密です。
英国とドイツのオーケストラの違いでしょうか。
わたくしには、こちらの方が刷り込みですが、3楽章の美麗さでは、バーメルト盤かも。

快活でイキイキとした音楽造りのゲッツェルさんと、コルンゴルト・サウンドを本質的に持ち合わせていると確信している神奈川フィルの演奏、とても楽しみです。
ちなみに、そのコンサートの前半は、オピッツのピアノでブラームスの2番の協奏曲という、豪奢なウィーン特集なんです。

過去記事

 「アルベルト指揮 北西ドイツフィル盤」

神奈川フィル公演案内

  http://www.kanaphil.or.jp/Concert/concert_calendar.php
 
 

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2015年11月 8日 (日)

コルンゴルト 「死の都」~「マリエッタの歌」

Shiodome

ハロウィーンが終わって、街はクリスマスをピークとしたイルミネーションに徐々に染まりつつあります。

ことしは、なにかと気ぜわしく、そしてともかく絶不調ゆえに、あんまりウキウキもしないけれど・・・・・。

Shiodome_korngold

  コルンゴルト  「死の都」から  「マリエッタの歌」

   パウル:ルネ・コロ、トレステン・ケルル、クラウス・フローリアン・フォークト


もう何度も取り上げてきたけれど、最愛のコルンゴルトのオペラの一節。

亡くなった妻の面影を追い求め、そっくりの踊り子が歌う歌。
妄想と現実の狭間に落ち込みつつも、最後は、妻の思いでの詰まった古都をあとにする主人公パウル。
その彼が最後に歌う、踊り子マリエッタのあのときの歌。

 この身にとどまるしあわせよ
 永遠にさらば 愛しいひとよ
 死から生が別たれる
 憐れみなき避けられぬさだめ
 光溢れる高みでこの身を待て
 ここで死者がよみがえることはない


              (広瀬大介訳)

コルンゴルトの、甘く切ないメロディは、この悔恨と永遠の別れを決する男の想いを美しく映しだしてやまない。

甘口のテノールにうってつけの役柄だけど、全編出ずっぱりのあげく、随所に狂気に満ちた力強い歌声も響かせなくてはならないヘルデンテノールの持ち役。

70年代、コルンゴルト蘇生のきっかけとなったラインスドルフの録音で歌ったルネ・コロ。
それから、いまもっともこの役柄を歌いこんでいるに違いないトレステン・ケルルは、日本の舞台にも同役で立ちました。
そして、いまもっとも新しいパウルは、フローリアン・フォークトのクリスタルな歌声。

いずれも甲乙つけがたく、そして素晴らしい。
聴きこみの度合いと、懐かしさの点で、ルネ・コロが、わたくしには一番かな。

雨、降りそぼるどんよりとした空を眺めながら、ひとり聴きました。
 

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