コルンゴルト シンフォニエッタ バーメルト指揮
今年も街は、クリスマスのイルミネーションで明るく輝くような季節になりました。
しかし、冬はもうすぐ、晩秋なのに、暖かな陽気で、イルミネーションもいまひとつ美しさに欠けるように思えたりもする。
そう、ほんとは、一日一日と、クリスマスを迎える喜びにあふれるはずなんだけど・・・・。
パリで起きたあまりに残酷な事件と、その前のロシア機の墜落。
犯行声明を出した連中からすれば聖戦ということらしいし、空爆を受け、そちらも民間人の被害が出ていることへの報復ということになろうが、こんな血で血を洗うことに、何の意味があろうというのだろうか・・・・・。
東京タワーは、追悼の意を込めて、ひと晩だけ、トリコロールカラーになりました。
日本は、島国のため、敗戦時の占領治下を除き、外部からの支配を受けたことのない稀有な国だが、地続きのアジアや、中東、ヨーロッパは、長い攻防の歴史がある。
もっと言えば、白人優位社会が、宗教の旗印のもとに蹂躙してきた中東は、同じ地域に3つの宗教の聖地が入り乱れることからも、その不幸の歴史があるのですね。
ここで、それを紐解いて、どちらが悪いということは論じる場所ではないが、ナチスに追われたユダヤ人の国はできたけど、アラブの民は追われることになったし、それ以前の英仏のダブルスタンダード的な対応のひどさも根深い恨みを産むことになったわけだ・・・・。
いま起きているとは十字軍時代にまでさかのぼる、ほんとうに厄介な問題なのだ。
音楽や文化芸術だけは、国境も、恨みやさげすみもなく、平和の域にあって等しく楽しめるものとしてあり続けて欲しいものだ。
今宵は、神童とされながら、ナチスに翻弄されたユダヤ系としてアメリカに没し、その名前すら一時は埋もれてしまった、エーリヒ・ヴォルフガンク・コルンゴルト(1897~1957)のシンフォニエッタを再び取り上げます。
そして、この作品、11月の神奈川フィル定期演奏会とミューザ特別演奏会で、ウィーンっ子のゲッツェルさんの指揮によって演奏されます。
コルンゴルト シンフォニエッタ Op5
マティアス・バーメルト指揮 BBCフィルハーモニック
(1994.9 @マンチェスター)
ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮 北西ドイツフィルハーモニー
(1986.7 @ヘルフォルト)
幼少期から音楽の才能の片鱗をあらわしたエーリヒ・コルンゴルトは、音楽評論家として、その毒舌ぶりがのちに恐れられることとなる、ユリウスを父として、実業家娘を母として、モラヴィア地方のブルノに生まれる。
この父が、かつてのレオポルドと同じく、神童モーツァルトをヨーロッパ各地にプロデュースしていったように、息子の才能に驚き、歓喜しつつも、ウィーンの寵児としてもてはやされるようにマネジメントしてゆくこととなります。
そして、爽快さと、R・シュトラウスばりの爛熟サウンドを早くも少年期コルンゴルトは造り出すのです。
わずか6,7歳のコルンゴルトの才能に、マーラーは驚きをもって迎え、そして可愛がり、少年エーリヒも大いに慕い、そして、R・シュトラウスは、初出版された少年の作品のスコアを見て、父ユリウスに祝福の言葉を贈っております。
そんな少年、エーリヒの最初の作品は、8歳のときに書いた歌曲で、その後、カンタータやワルツを書いたあと、ピアノのためのバレー音楽「雪だるま」を11歳で作曲し、これがセンセーションを引き起こすこととなります。
1911年、マーラーの没したの年に14歳にして、初の管弦楽作品「劇的序曲」を作曲。
この曲は、ニキシュとゲヴァントハウス管によって初演され、ここでも驚きを持って聴衆に迎えられます。
この曲は14分あまりの大作で、のちの「交響曲」の片鱗をうかがうこともできます。
そしてその次に、コルンゴルトが取り組んだのが、4つの楽章を持つ43分の大曲。
「シンフォニエッタ」と銘打ちつつ、大きな規模を持つ作品を完成させたのが1913年、16歳で、同年、ワインガルトナーとウィーンフィルによって初演され、大成功を導きだします。
シュトラウスや、マーラーやツェムリンスキー、その時代の先輩たちからアドバイスや影響を受けつつもすでに、成熟し完成型にあったその音楽スタイルは、のちのハリウッドでの明快で、煌びやかなサウンドも予見できるところもおもしろい。
本格交響曲のようには構成感や深刻さがなく、「Motiv des frohlichen Herzens」=「Theme of the Happy Heart」とされたテーマ、すなわち、「陽気な心のモティーフ」が全編にわたって用いられ、曲のムードや統一感を作り上げております。
このモティーフ、曲の冒頭から鳴ります。
(CDリブレットより)
このいかにもコルンゴルト的なシャープのたくさん付いたテーマは、キラキラ感と羽毛のような優しい繊細さが半端ありません♯
第1楽章は、爽やかなムードがあふれるソナタ形式ですが、思わず、心と体が動かしたくなるようなステキなワルツもあらわれ、奮いつきたくなってしまいます。
スケルツォ楽章の第2は、打楽器が大活躍する活気あふれるダイナミックな場面、ここは、後年のオペラ「カトリーン」の劇場の場面を思い起こします。
それと中間部は「夢見るように」と題された場面で、静けさと抒情の煌めきを聴くこととなります。
聴くと、いつも陶酔郷へと導いてくれる、ロマンティックなラブシーンのような音楽が第3楽章。
これがいったい、16歳の青年の作品と思えましょうか。
ここでは、コルンゴルトの特徴でもある、キラキラ系の楽器、ハープ、チェレスタ、鉄琴が、夢の世界へ誘う手助けをしてくれるし、近未来系サウンドとして、当時の聴衆には感嘆の気持ちを抱かせたことでしょう。
ずっとずっと聴いていたい、浸っていたい、そんな第3楽章が大好きです。
そのあと、一転して、ちょっとドタバタ調の、不安な面持ちと、陽気さと入り乱れ、シュトラウスを感嘆せしめるほどの見事なフィナーレを築きあげるのが4楽章。
エンディングは高らかに、「陽気な心のモティーフ」が鳴り渡り、爽快な終結を迎えます。
この曲の音源は4種ほどあるようですが、そのうち、バーメルト盤と、アルベルト盤を聴いてます。
後者は、かつて記事にしておりますので、今回は、バーメルト盤を中心に聴きましたが、この演奏は、重心もどちらかというと軽めで、英国オーケストラならではのナチュラルさと、柔軟さがとても心地よいです。
録音の取り方にもよるのでしょうが、そのあとに、アルベルト盤を聴くと、音の重心がもう少し下のほうに感じるところが面白いし、旋律の歌わせ方もより濃密です。
英国とドイツのオーケストラの違いでしょうか。
わたくしには、こちらの方が刷り込みですが、3楽章の美麗さでは、バーメルト盤かも。
快活でイキイキとした音楽造りのゲッツェルさんと、コルンゴルト・サウンドを本質的に持ち合わせていると確信している神奈川フィルの演奏、とても楽しみです。
ちなみに、そのコンサートの前半は、オピッツのピアノでブラームスの2番の協奏曲という、豪奢なウィーン特集なんです。
過去記事
「アルベルト指揮 北西ドイツフィル盤」
神奈川フィル公演案内
http://www.kanaphil.or.jp/Concert/concert_calendar.php
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コメント
お久しぶりです。
今、失恋から来る躁鬱で壊れかかっておりますが、yokochanさんは、いかがお過ごしでしょうか。
今回、月曜休みのため、ミューザ川崎公演に行くことにしました。yokochanさんは、おそらくみなとみらいで聴かれるでしょうか。いつか3階最前列正面で聴けたらなと思います。あそこは、ふっくら豊かに鳴るのが、好きで。2階席だと最前列がたしか雨宿りで。
さて、コルンゴルトであれば、交響曲嬰へ調を生で聴きたいです。それでも、今回行こうと思ったyokochanさんが、コルンゴルトサウンドを体現した華麗なオケと述べていることと、ヴィーンフィルでヴァイオリンを演奏し、ヴィーン国立歌劇場も振った、訛りをよく知る、ヴィーンっ子であるサッシャ・
投稿: Kasshini | 2015年11月18日 (水) 10時13分
失礼致しました。続けますね。
ゲッツェル氏ということで、ワクワクしています。
ヴィーン訛りというと明るくまろやかな音色、とろけるストリングスの独特なアーティキュレーション、そしてテヌートですべての楽器が歌いに歌うところでしょうか。
シンフォニエッタは、バーメルト盤のみ持っています。
シンフォニエッタの解説は、あまり知る機会がないので大変勉強になります。ありがとうございました。なお、Amazon独英米で、最も星が多かったです。交響曲はケンペとメストが届きました。それは、後の機会に。
投稿: Kasshini | 2015年11月18日 (水) 10時33分
今晩は。ご無沙汰しております。図書館司書の資格取得のための勉強に励みつつも音楽と詩と小説にはどっぷりつかっている越後のオックスです。コルンゴルトのシンフォニエッタは恥ずかしいことに未聴です。ナクソスミュージックライブラリで今度聴いてみます。ゲッツェル先生また神奈川フィルの公演に来られるのですね。
コルンゴルトのオペラというとラタム・ケーニク指揮のケルルとデノケが出演しているDVD死の都しか鑑賞したことがなかったのですが、今日、モーセリが指揮した「ヘリアーネの奇蹟」のCDを聴いてぶっ飛びました。死の都よりも凄いですね。シュトラウスのエレクトラや影のない女に匹敵するほどの過激で絢爛豪華な響きに圧倒された三時間でした。こういう素晴らしい文化・芸術があるから、辛い苦しい勉強も何とか続けていられます。でもヘリアーネがコルンゴルトの絶頂期でそれから亡くなるまでの彼の作品には少し才能の枯渇のようなものが感じられるというとコルンゴルト・ヲタのブログ主様に怒られますでしょうか?
ブログ主様のコルンゴルト全オペラの講義、今から楽しみにしております。ヘリアーネはまだでしたよね?
傍信 Kasshini様
失恋とその躁鬱の苦しさ、お察しいたします。貴ブログはしばしば拝見しておりますが、とても素敵なブログを書いていらっしゃいますね。恋の大ポカをX回もやっている失恋の大家(笑)として言わせていただきますと、その苦しさもつらさもいずれ素敵な思い出に変わる時がきっと来ます。そして長い人生、素敵な新しい出会いもありますよきっと。華麗なコルンゴルト・サウンドが貴殿の痛みを癒してくれますように。傍信失礼いたしました。
投稿: 越後のオックス | 2015年11月18日 (水) 21時18分
どう書こうか迷いましたが、さっと。
越後のオックスさん、初めまして。よろしくお願い致します。
私の場合は、元々ASD,ADHDを持っています。IQ上は、125下は75。85未満4-6つほど。平均95。コミュ障、こだわり強い、不注意、落ち着きない、衝動的。躁鬱は派生。そのため、変えなければいけないこと、相手に求めざるをえないことは多いわけでして。心理的去勢に失敗した結果でもあります。千葉流山によさそうなSST受けられそうなところがあるので行くのを思案中。これ関係は、あと2冊読みたいといったところです。
さて、私も越後出身。上杉謙信の生まれ故郷で生まれ育ち。父方には、日本の撃墜王もいます。なので、越後のオックスの暮らしている米百票の街にも縁があります。といっても、わけあって本家とのつながりはありません。
このやりとり、こちらを間借りをするのも失礼かなと思いますので、Twitterで続けてみませんか。こちらは@kasshini_cubeです。ノリは、率直にいうと苦手ですが、本質的にダラダラ長文書いたりとか近いなと思っています。そういう方は、Twitterよりブログ向きだと思います。Twitterやチャットだと連投が増えがちですし。自分はアンチ・ゲーテは教養疑うなので、違うところは多々あると思います。それでよろしければと思います。
追伸
というわけで、yokochanさん、失礼致しました。こちらでのコメント進行を観て、コルンゴルト 交響曲のケンペ、プレヴィン、メスト演奏の感想を簡潔に書こうと思いますので、お楽しみください。では、失礼致します。
投稿: Kasshini | 2015年11月20日 (金) 11時06分
kasshiniさん、越後のオックスさん、こんにちは。
コメントを早々に頂戴しながら、ご返信、すっかり遅くなってしまい、申しわけありませんでした。
公私ともに多忙と、心痛の連続で、すっかりまいってまして、コルンゴルトの音楽のみをいまは聴く毎日です。
ぼちぼち、英国音楽とワーグナーも、と思ってます。
本ブログを借りての、みなさまの交流、大歓迎です。
ということで、簡潔ですが、よろしくお願いいたします。
投稿: yokochan | 2015年12月 5日 (土) 10時42分