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2016年1月

2016年1月25日 (月)

マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」 アバド指揮

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今年のお正月の吾妻山。

本日、日本列島は寒波が襲来し、雪と低温にみまわれておりますが、お正月はともかく暖かかった。
菜の花もほぼ満開。

そして、1月も残すところ、あと一週間。

碌なことがなく、八方ふさがりに陥って久しいが、ブログも頂戴したコメントも放置プレー状態。
いけないいけないと、一念発起して、曲を聴き、更新することとしました。

 そして、はたと気が付いた。

こともあろうに、アバドの命日を失念してしまうとは・・・・・・・。

ふがいない自分に、情けなくて、心が張り裂けそうだ・・・。

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マーラーが聴きたかった。

ひとつには、先だって、ロイヤル・コンセルトヘボウが主役の映画を試写会で観た。

そのことは、次のブログにしたためようと思うが、そこでは、上質のマーラー演奏の模様が映像化されていて、8番の神秘の合唱が、感動的に流れていたのだった。

そして、マーラーの音楽をとことん愛したクラウディオ・アバド。

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  マーラー 交響曲第8番 「千人の交響曲」

   S:チェリル・ステューダー、シルヴィア・マクネアー、アンドレア・ロスト

   A:アンネ・ゾフィー・オッター、ロセマリー・ラング

   T:ペーター・ザイフェルト

   Br:ブリン・ターフェル     Bs:ヤン・ヘンドリク・ロータリング

    クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
                    ベルリン放送合唱団
                    プラハ・フィルハーモニー合唱団
                    テルツ少年合唱団

                       (1994.2 @ベルリン)


シカゴとウィーン、ベルリン、そして、ルツェルンで、3つのマーラー録音を残したアバド。
しかし、8番は、ベルリンでのライブ録音を1種残したのみ。

ルツェルンでのシリーズの大トリに取り上げると予告されながら、結局は演奏されなかった。
それほどに、この大作を取り上げるには、体力と気力、そしてなによりも、オペラも歌える優秀な8人の歌手と、フル編成のオーケストラと大人数の合唱と、それを収納するホールといった具合にクリアすべき難題がたくさんある。

ロンドン響の時代から、シーズンには大きな命題を掲げて、練り上げられた知的なプログラミングを行ったアバド。
1994年のベルリンフィルのプログラムは、「ファウスト」にまつわる曲目が取り上げられました。
シューマンの「ファウストの情景」もここで取り上げられましたし、なんといっても、アバド初の「千人の交響曲」に注目が集まったものです。

95年に発売されたこのCD。
いまでは、わたくしの、アバドのCDのなかでも、宝物のような1枚です。

アバドらしく、明るくしなやかで、そして緻密な響き。
透明感あふれるサウンドは、どんなに音が大音量で重なっても美しく溶け合っていて、ベルリンフィルのスーパーぶりもそれに拍車をかける。
さながらオペラを指揮する時のアバドのように、全体に見通しがすっきりしている。
歌手も、合唱も、きっと歌いやすいのでしょう。
8人のソロの真摯な歌い口もとても素晴らしい。

ルツェルンでも、千人の交響曲をやって欲しかったけれど、数年後には病に冒されてしまうアバドが、ベルリンとウィーンで大活躍していた時期の覇気にあふれるこの名演が残されて、ほんとうに感謝しなくてはなりません。
 病後のアバドは、その音楽に別の魂が宿るようになり、鬼気迫るものがあり、ある種の高みに達したわけで、ベルリンフィルと、そしてその後のルツェルンのメンバーとも、その関係は完全同質化してしまったと思うのですが、その前のベルリン時代のひとつの絶頂期が94年ではなかったかと、これまた思ってます。

曲は、いま、「神秘の合唱」に差し掛かり、ほろほろと落涙。

数日遅れの、アバドの命日に。

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2016年1月11日 (月)

ラヴェル 「ラ・ヴァルス」 ブーレーズ指揮

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1月2日、日の出から間もない、吾妻山山頂。

いつもの帰郷は、今年は川崎大師は行かなかったけれども、この晴れやかな山頂と、箱根駅伝での母校の目覚ましい活躍に、日頃の鬱憤が吹き飛ぶような想いを味わったものでした。

最近、更新が滞りななか、年始からのシリーズ造りとして、ウィーンをモティーフにしたワルツ。
そんなテーマを考えておりました矢先。

ピエール・ブーレーズの逝去の報が、飛び込んでまいりました。

90歳という年齢でしたが、常に、ハルサイを指揮し、自作も次々に作り上げる、圧倒的なパワーの持ち主に、終わりはない、と思いこんでおりました。

その突然の死去に、自分にとって、ブーレーズといえば、コレ!
という曲を、まずは、聴いて、記事にしてみました。

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          ラヴェル  ラ・ヴァルス

   ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

                           (1974 NY)


わたくしが、ブーレーズを聴いたのは、クリーヴランドとのCBSハルサイからで、セルとともに来日した1970年の大阪万博の年だった。

作曲家であり、指揮者としても、近現代と前衛しかやらない、気難しい人との認識が、まず埋め込まれました。

そして、1974年、ニューヨーク・フィルの指揮者として、バーンスタインとともに再度来日。
この時、高校生のわたくしは、文化会館で聴くことができました。
プログラムは、マイスタージンガー前奏曲、メンデルスゾーン・イタリア、クルクナー・管弦楽のための音楽、ペトルーシュカ。
こんなユニークな演目で、いま思えば、ブーレーズのメンデルスゾーンなんて、極めて貴重なものでしたし、これらの曲を、70年の来日のときの写真で見て知っていた、気難しい顔のブーレーズが、腕っこきのNYPOの面々を前に、にこやかに指揮していたのでした。

バイロイトのDG「パルシファル」、CBSから出たNYPOとのワーグナー曲集なども聴き、バイロイト100周年の記念のリングの指揮者に抜擢されたブーレーズに、ワーグナー指揮者として、大いに期待をしたのも、そのすぐあとのこと。

さらに75年に、BBC響とともに来演し、NHKがそのすべてを放送してくれたものだから、ブーレーズのにこやかさ、プラス、本来の、とんがった姿をまざまざと体感できたのでした。
そのときは、自作や、ベルリオーズ、ドビュッシー、ラヴェル、バルトーク、ストラヴィンスキー、マーラー、シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクなど、まさに、ブーレーズの顔とも呼ぶべきレパートリーの、オンパレード。
いまだに、当時のエアチェック音源は大切なコレクションとなってます!

そして、76年のバイロイト・リング。
ここからの5年間は、ブーレーズ自身も、さらの演出家シェローのリングとの格闘です。
年々、向上する演奏の質。
ぼろぼろだった初年度と、録音に残された最終年度とでは、演奏の精度と出来栄えには、雲泥の開きがありました。

演奏家としてのブーレーズの凄さを、まざまざと感じさせたのは、実は、このバイロイト・リングでした。

その後の、ブーレーズの亡くなるまでの40年の歩みは、そのすべてを聴いてはおりませんが、概ね、70年代に成し遂げたことの、正確かつ、緻密な繰り返しではなかったでしょうか。
その証左として、2004年のバイロイトでの再度の「パルシファル」で、60~70年代の演奏と変わらぬ鋭さと、新鮮さを保っていたし、何度も指揮をしたハルサイも、若き日のフランス国立放送のものより、ますます若々しくなっていったのを聴くことができました。

作曲家としての評価は、ワタクシは疎い分野なので、言及はできませんが、今後は、バーンスタインの作品のように、多くの演奏家に取り上げられ、スタンダートと化してゆくものと思います。

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クールで正確無比なラヴェルを聴きながら、そう、まさに冷たいうえに、輝くような響きを持ったブーレーズの演奏で、その逝去を偲びたいと思います。

ピエール・ブーレーズさんの、魂が永遠でありますように、ここのお祈り申し上げます。

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1月2日の日の出。

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朝一番の日差しを浴びた水仙。

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2016年1月 1日 (金)

ヨーゼフ・シュトラウス ワルツ「水彩画」 アバド指揮

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2016年のスタート。

昨年は、世界規模で連動するかの如く、自然や人間の引き起す災禍に、みまわれました。

今年も、不幸なことに、そして、残念ながら、その流れを断ち切ることができないように思います。

厳しい現実ですが、人間に問われた試練、叡智を持って、ひとりひとりが対処していくことしかありません。

それでも、ともかく、いい年にしたい。

にこやかに、円満に過ごせる日々を送りたい。

そんな思いを抱きつつ、新春に、ワルツを1曲。

聴き始めといたします。

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  ヨーゼフ・シュトラウス  ワルツ「水彩画」 op258

     クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1991.1.1 @ウィーン)


ヨハン・シュトラウスの弟、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ。

ヨーゼフは、42歳で亡くなってしまう早世でしたが、その作品は、発表されたものだけでも、280曲以上。
芸術家と呼ぶに相応しいほどに、才能に恵まれ、指揮も練達だったし、絵画や文学にも精通していたそうな。
さらに、作曲家としても、シンフォニーやオペラのジャンルへも進出することを計画していたといいます。

多くを聴いてませんが、わたくしは、ヨーゼフの作品の中では、「天体の音楽」「うわごと」「トランスアクティオン」などが好きです。
 いずれも、抒情味があって、優しい歌心に満ちてます。

「水彩画」もそんな感じの作品です。
柔らかな出だしは、水彩画の少し輪郭のソフトな雰囲気をよく出してます。
でも、すぐさま、主部の元気のいいワルツに突入して、俄然、明るい基調となって曲は進行します。
次々にあらわれるワルツは、刻々と色合いを変えて、まさに色彩的ですが、それらが淡いほどに美しいのは、まさにヨーゼフの個性なのでしょうね。

89年と91年の2回しかニューイヤーコンサートには登場しなかったアバド。

いずれの年も、シューベルトやモーツァルト、そして得意の、オペラを絡めたカドリーユを織り込むなど、これまでにないユニークなプログラムを築いたアバド。

ヨーゼフの作品を、しなやかに、そして、思いきり歌い込んで、緩急も見事に付けて、とても見事に指揮してます。
 
そして、ウィーンフィル。近年の世界標準化してしまったこのオーケストラにとって、ここに聴かれる、ウィーン訛りを伴った、丸っこい音色は、いくつもある引き出しのひとつとなってしまいました。
この頃は、まさに、ウィーンはウィーンだった。。。。

twozeroonesix年、いい年にしましょう。

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