ヴェルディ レクイエム アバド スカラ座
ここ数十年、夏のおやすみ、すなわちお盆休みは、いまから31年前に起きた惨劇、日本航空機の御巣鷹山墜落事故の日の記憶から始まり、終戦の日を迎えることとなり、それこそ人の命の尊さを、真夏の暑さのなかに、しっかりと噛みしめることとなっている。。。。
あの事故の日、まだ社会人になって4年目。
都内の冷房もない暑いワンルームに帰って、テレビをつけたら飛び込んできたニュースだった。
またもっと遡ると、テレビを通じての惨禍の記憶は、1972年のミュンヘンオリンピック事件。
9月5日、パレスチナゲリラが、イスラエル選手たちを人質にとり、空港で銃撃戦となり選手を含む多くが亡くなった。
男子バレーや体の金メダルラッシュで、浮かれていた中学生だったが、血なまぐさい事件に凍りついたものだった。
さらに、追悼セレモニーで、ルドルフ・ケンペの指揮するミュンヘン・フィルが競技場で、英雄交響曲の葬送行進曲を演奏した場面もはっきりと覚えている。
これらの悲しい出来事は、戦争を知らない私の、夏の惨事の記憶である。
世界を見渡せば、とんでもないテロリズムが蔓延し、日本でもどこかを踏みたがえた人間が惨劇を起こしたりもして、右も左も、かつては考えにくい悪夢を生んでいる。
もう、夏の記憶を血で塗り込めるのは勘弁してほしいものだ、いや、夏ばっかりじゃないけど。
そんなこんなを思いつつ、夏の「ヴェルディのレクイエム」を聴く。
ヴェルディ レクイエム
S:ミレルラ・フレーニ Ms:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
T:ヴェリアーノ・ルケッティ Bs:ニコライ・ギャウロウ
S:アンナ・トモワ・シントウ Ms:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ
T:ヴェリアーノ・ルケッティ Bs:ニコライ・ギャウロウ
クラウディオ・アバド 指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団/合唱団
(1981.9.3/11 東京文化会館)
NHKFMのエアチェックテープをCDR化した、私家盤です。
忘れもしない、これも夏の記憶。
音楽監督クラウディオ・アバドに率いられて、大挙来日したスカラ座。
しかもアバドの朋友、カルロス・クライバーの帯同という超豪華な引っ越し公演だった。
スカラ座は、その後も何度も来日しているが、アバドがやってきたのは、この年、1981年だけだった。
もう、何度も書いているが、アバドは、シモンとセビリアの理髪師。
カルロスは、オテロとボエーム。
多くの聴衆は、カルロス・クライバーの指揮に飛びついたが、アバド・ファンのわたくしは、一念発起して、アバドの「シモン・ボッカネグラ」を最上の席にて観劇することだけに、新入社員の薄給のすべてをかけた。。。。
だがしかし、NHK様が、すべての公演と、2度のレクイエム、そしてガンドルフィが指揮したロッシーニのミサ曲までも、テレビ・FM放送をしてくれるという素晴らしいことをしてくださった。
おかげで、わたくしのエアチェック・ライブラリーには、「シモン」を除く、そのすべてが今でも健在なのであります。(シモンは、放送日が観劇日だったのです。。。。)
そして、そんなに悪くない音質で残されたふたつのレクイエムを、久しぶりに、続けて聴いてみた。
それ以外のソロは、3人共通。
フレーニは、シモンのマリア。シントウは、オテロのデスデモーナ。
真摯でひたむき、そして耳も洗われるような正統ベルカント歌唱を聞かせるフレーニ。
ドラマテッィクで、ちょっとのヴィブラートが劇性を醸し出すシントウ。
どちらかといえばフレーニの方が好きだけど、どちらも、甲乙つけがたい名歌唱。
そして要のような存在感を示すギャウロウの朗々としたバス。
51歳で早世してしまった、テッラーニの琥珀に輝やく、そして、少しの陰りをもったメゾ。
あと、元気のいい、でも、思い切りテノール馬鹿を感じさせつつも、まばゆいルケッティ。
欲をいえば、ルケッティとダブルで、ドミンゴかアライサも聴きたかったものだ。
このふたつの演奏に通じる、音楽の密度の濃さ。
そして、途切れることのない緊張感と集中力は、曲が後半に進むにしたがい増してゆき、聴き手をやがて呪縛してしまうことになる。
それを生みだしているのがアバドの指揮なのだ。
ことに、2度目の11日の演奏の、ものすごい熱さといったらない。
絶叫するかのような合唱は、アバドの気迫の指揮と一体化し、かつ絶妙なピアニシモでは、完璧にコントロールされたオーケストラとともに耳が釘付けになる。
いつものように、静寂やピアニシモで歌う、そんなアバドの真骨頂がここにある。
スカラ座、ウィーン、ベルリンの3つの正規(ライブ)録音に比べてもそん色ない名演奏に思う。
いつか正規音源化を望みたい。
あと、アバドには、ローマでの若き日の演奏(youtubeあり)や、ロンドンでの演奏など、ヴェルレクは数々あり。
あと、かえすがえすも、ルツェルンでも取上げて欲しかったものです。。。。。
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コメント
さまよえる様は筋金入りのアバドファンですね。
ご指摘の通り、好きになった演奏って繰り返し聴いてしまいます。特にライブ盤だったりすると、演奏のミスやノイズ、聴衆の咳まで記憶してしまいます。ベルディのレクイエムを聴いてると「この曲って本当にお葬式で聴いて大丈夫なのかな」って思うくらい劇的なシーンが多い(ロッシーニのスタバートマーテルも同様)。アバドのレクイエムはまだ聴いていないので是非この機会に聴いてみます。夏休みも終わりそうでそわそわした毎日を送っています。
投稿: モナコ命 | 2016年8月16日 (火) 16時46分
吉田選手!
決勝を見ていて泣きました!
銀メダルおめでとう!
あまりにも胸が痛くなってライナー指揮、ウィーンフィル、テノールがビョルリンクの名盤でベルディのレクイエムを聴いています。
涙止まらず。。。
投稿: モナコ命 | 2016年8月19日 (金) 08時33分
モナコ命さん、こんにちは。
オリンピックロスもそこそこに、今度は台風ばっかり。
疲れますね。
ライナーのヴェルレク、わたしも好きです、録音もいいですね。
投稿: yokochan | 2016年8月27日 (土) 11時49分
こんにちは。初めまして。おそらく5年ぐらい下のものです。11日の演奏は教育テレビ(モノ)で放送され、未だに忘れられません。すさまじい集中力を擁した演奏だと思いました。なんとか聞けないものか探しまわった挙句、NHKにもなく、あきらめて数十年、さまよえる様の記事を拝見しました。スカラ座合唱団の声質はDG録音でも片鱗をとらえられていますが、人間のもつ根本を刺激するものですし、オケの響は黙示録のような厳粛さを湛え、後年の録音では聞けないものと印象がありました。可能ならぜひ数十年振りに耳にしたいものです。
投稿: ふじチェロ | 2016年9月 3日 (土) 12時21分
ふじチェロさん、コメントありがとうございました。
アバドのヴェルレクは、このときの来日公演が一番ではないでしょうか。
それを放送とはいえ、聴くことができたのは、ほんとうの喜びであります。
投稿: yokochan | 2016年9月22日 (木) 20時19分
さまよえるクラオタさま
コメントありがとうございます。
テンポを自在にあやつり、うけ狙いではなく
自らの思いがこもった演奏だと思います。
またソリストが素晴らしい!
演奏後の憔悴しきってにこりともしなかった
アバドの表情が思い出されます。
投稿: ふじチェロ | 2016年9月30日 (金) 23時29分
初めまして、アバド記事を中心に色々読ませて頂いています。本当にクラウディオ・アバドへの愛情溢れています。
私はただの趣味としてクラシック音楽を聴くようになりましたが、音楽のことは正直分からず、ただただ自分の耳で聴いて良い悪いを判断しているだけです。アバドに関しても、当初は悪い世評を信じて聴いていませんでしたが、ベートーヴェンを聴いて考えを改めました。とても素敵な音楽でした。
それから数々のCDを聴き、今ではすっかりアバドファンです。それはアバドが亡くなる直前くらいのことでした。
もったいないと思いました。せめて一度は直接コンサートを聴きたかった。
しかし、そう思っている時に、ここを見つけました。
何と素敵な愛情溢れる文章でしょうか。そして、一つ一つふんふんと納得出来る内容に感動しました。
ちょこちょこ来させてもらっています。
今後も是非色々書いてください。
楽しみにしています。
突然すみませんでした。
投稿: よしお | 2017年1月 8日 (日) 10時50分
よしおさん、こんにちは。
ご返信遅くなりまして申しわけありません。
そして、コメントありがとうございました、以前にもアバドへの想いあふれるコメントを頂戴しておりました。
アバドが旅立って、今月でもう3年となりますが、定期的に新盤が出ていた頃を思うと、ほんとうに悲しくなってしまいます。
自分で言うのもなんですが、ときおり、かつての記事を自ら読んだりして、そんな思いを晴らしたりしております。
数々の放送音源が、いつの日か正規に発売されることを願ってます。
命日に向け、いまから何を聴こうかと想いを巡らせております。
投稿: yokochan | 2017年1月10日 (火) 09時03分
3回目のコメントになります。事前承認の対象とならぬよう、節度を持ってコメントしていきたいと考えています。
私にとって実演では81年スカラ座来日公演における「ヴェル・レク」と「オテロ」が、ディスクではベーム指揮66年バイロイトの「トリスタン」と他で述べたブーレーズ指揮の「グレ」が、受けた衝撃の大きさにより生涯忘れぬであろう演奏の記憶となっています。
81年9月の時点ではポスト・カラヤンはクライバーとアバドで決まりと確信したのですが、その後の二人の指揮活動は紆余曲折した道を進むことになります。二人とも既に故人となってしまい、今となっては複雑な思いです。
で、肝心の「ヴェル・レク」は3日の演奏を楽しみました。会場は東京文化会館でした。オケの素晴らしさは評判通り、その上を行く感があったのが合唱団の威力でした。オケが巻き上げる大音量の中を突き抜けビンビンと耳に届いてくる様は圧巻で、それまでに接していた国内の合唱団とは次元が違いました。歌手ではフレーニが最高の出来であったのに対し、男性はルケッティが今一つ、ギャウロウは声のピークを過ぎつつあるかなという印象でした。
このコンビのDG録音はLPを発売早々に輸入盤で購入して以来、CDを買い直し愛聴しています。私にとって「ヴェル・レク」録音のファースト・チョイスです。ただし、この時期のDGであればより鮮明な音取りが可能であったはずで、迫力もカラヤン・BPOの録音の方が上と思います。私がSACD化による改善を期待している録音の一つです。
投稿: ハーゲン | 2019年1月 7日 (月) 09時42分