« ディーリアス 北国のスケッチ グローヴス指揮 | トップページ

2017年2月 4日 (土)

シベリウス 交響詩「タピオラ」 ハンニカイネン指揮

Hijiridai

最近行ってないので、過去の北海道ネタから。

本州では桜が咲いている頃、道内・美瑛あたり、雪が溶け始め、湖水の氷もなくなり始めた。

日本は南北に広い。

昨日あたり、南と北で、50℃も気温が違ったという。

 ここは、美瑛近郊の貯水湖で、車のなかからぱしゃりと撮影したもの。

寒くて、外には出られませんでしたよ。

今回も冬っぽい音楽を。

Sibelius_vlncon

      シベリウス 交響詩「タピオラ」 op112

     タウノ・ハンニカイネン指揮 ロンドン交響楽団

                       (1958 @ロンドン)

シベリウス、ほぼ最後の頃の作品。
1925年62歳で、「タピオラ」を仕上げたあと、1930年の最後の作品までは、楚々としたピアノ作品や、小品しか残さず、以来27年間、悠々たる隠遁生活を送った。

そんなシベリウスに、晩年の作品、とレッテルを貼るのはおかしなことだが、でも、そうとでもいいたくなるほどに、行き着いた到達境と、くみとり、尽しがたい味わいと内面の深さを感じることができる。
1年前に書かれた交響曲第7番の、究極の交響曲とも呼べそうな濃縮された音楽の在り方にも、相通じるかもしれない。

フィンランドの大叙事詩「カレワラ」は、シベリウスの音楽のひとつの源泉ともいえるが、この「タピオラ」もそう。

「カレワラ」に出てくる、森の神「タピオ」の領土が「タピオラ」。
ここに、タピオの物語が描かれるわけではなく、シベリウスが愛した、フィンランドの国土を代表とする風物、森をイメージしているわけです。

われわれが、フィンランドに対していだくのは、「森と湖の国」。

まさに、それを感じさせてくれる、神秘的で、かつクールな、ブルー系の音楽なのだ。
ちょっと晦渋な雰囲気も持ち合わせているけれど、何度も、噛みしめるように聴くと、す~っと、北欧の景色が脳裏に浮かんでくるようになる。

何度も繰り返される「森の主題」に、木管で繰り返される「タピオの主題」。
この、ともに寂しい感じの主題が絡み合いながら進行し、最後には、浄化されたような平和な和音にて曲を閉じる。

このあとに、大きな作品を残さなかったのも、このエンディングを聴くとわかるような気がする・・・・。

今日聴いたのは、前世紀末に生まれ、1968年に没したフィンランドの指揮者ハンニカイネンのもの。
少年時代に、日本コロンビアから続々と発売されたダイアモンド1000シリーズのなかの1枚で、そのいかにも北欧の孤独を感じさせる秀逸なジャケットが気になり、店頭で何度も手に取ったけれど、ついぞ買うことのなかった1枚。
 長じて、コンサートホールソサエティからCD化されたものを入手したのは、CD時代になって間もなくだった。

録音は決して、パッとしないけれど、カップリングのヴァイオリン協奏曲とともに、さりがねいなかにも、シベリウスの音楽の語法をしっかりと語りつくしているようなスルメのような演奏で、とても味わい深い。
ロンドン響を使いながらも、すこし褪せた録音が、また鄙びた雰囲気を醸し出していて、ローカル感もあるところもいい。

フィンランド政府の観光局のサイトを見ていたら、シベリウスの旅がしたくなりましたよ。

こちら→http://www.visitfinland.com/ja/kiji/sibelius-no-finland/

 

|
|

« ディーリアス 北国のスケッチ グローヴス指揮 | トップページ

コメント

私はシベリウスが大大大大大好きで、何種類もの交響曲全集&管弦楽曲集をとっかえひっかえ聴いております。交響詩『タピオラ』も、当然のことながら何種類も持っています。

……ですが、最も素晴らしいと思う演奏はこのハンニカイネン&ロンドン響によるものだと思います。なかなか聴くことは難しい録音だと思いますが、何年も探して、ようやく念願かなって聴くことができました。

個人的にはこれが決定的な名演だと思います。「森」と「大気」そして他の演奏では伺い知ることができない、土着の宗教や呪術が、まだ人々の心の中で信じられていた時代の雰囲気をよく伝えていると思います。

なぜこれほどの演奏が名曲名盤ムックなどに取り上げられないのか、不思議であり、不満に思っています。

投稿: walman | 2017年2月14日 (火) 20時37分

walmanさん、こんにちは。
そしてコメントどうもありがとうございます。
「決定的な名演」!
おー、シベリウスを聴きこまれてるwalmanさんの賛意、とても説得力があります。
ちょっと冴えない録音もプラスに聴こえてしまう、なるほどの名演です。
ハンニンカイネンの交響曲の方の録音もすばらしいですね!

投稿: yokochan | 2017年2月17日 (金) 23時53分

管理人様、レスありがとうございます。

>おー、シベリウスを聴きこまれてるwalmanさんの賛意、とても説得力があります。

ありがとうございます。かつてベルグルンドがヨーロッパ室内管でシベリウスの全集を出した時、「シベリウスを演奏するにはフィンランド人である必要はありません。優れたオーケストラ・プレーヤーに徹すればいいのです」とコメントを出しておりましたが、このハンニカイネン盤はその言葉を30年以上前に実践してしまった演奏だと思います。

>ハンニンカイネンの交響曲の方の録音もすばらしいですね!

おおっ。さすが管理人様。お分かりでいらっしゃいますね。彼は2番、4番、5番の録音を残しておりますが、4番を聴くことは現在きわめて困難です。EMIに2番と5番を残しています。ただ残念なことに、録音用の臨時編成オーケストラなので、演奏者側が十全とは言えません。できればロンドン響を使ってほしかった。

でもこの人の解釈は、どこか雪原を自分の足で踏みしめながら歩くような生々しさがあり、同時に野生の生命力のようなものを感じます。

私がこの『タピオラ』を決定的名演! としたのは、その野生の生命力を感じたから。私だけかもしれませんが、聴いているうちに、森の中でオオカミが登場し、ウサギを狩り、食いちぎり、冬でエサをめぐってクマと対決し、双方相打ちになって息も絶え絶えとした中で雪が降りしきる。遠のく意識の中オオカミは森を支配する「意識」を見る。彼らは再び森の中で生まれ、餌を追い、争い、闘い、……そして死んでいく。タピオの支配下にあるこの森の、このサイクルの中で永遠の営みが続くのだ……という作曲家の意図が観え(聴こえ)たから。後代の指揮者の演奏では、ついぞそんなものは観え(聴こえ)なかったからです。

この「野生」はベルグルンド以後の指揮者が切り捨ててしまった部分だと思います。ですのでハンニカイネンの一連の録音を知ったときはショックを受けました。

ベルグルンドのような清冽な解釈をやりつくしてしまった後、後世の指揮者の誰かが、この「野生の世界」を復活させてほしいと願っています。

投稿: walman | 2017年2月20日 (月) 20時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/151893/64849439

この記事へのトラックバック一覧です: シベリウス 交響詩「タピオラ」 ハンニカイネン指揮:

« ディーリアス 北国のスケッチ グローヴス指揮 | トップページ