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2017年3月

2017年3月29日 (水)

チャイコフスキー 交響曲第1番「冬の日の幻想」 ユロフスキ指揮

Zojyoji

ようやくほころんだ今年の桜。

いま2~3分咲きぐらい。

でも、まだ冬の名残は、朝に晩に強いです。

だから、終わってしまう冬に、まだ聴いていなかったこの曲、まだいけます。

Tchaikovsky_sym1_jurowski_1

  チャイコフスキー 交響曲第1番 「冬の日の幻想」

     ウラディミール・ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団

                         (2008.10@RFHホール、ロンドン)

しかし、3月ももうじき終わるのに、風が冷たい。

例年なら、桜はもう咲いて、コートも薄手のスプリング系に、コートなしもちらほらなハズなのに、真冬の恰好じゃないと寒い。

繰り返しますが、この曲を冬気分で聴けてよかった。

「冬の日の幻想」は、チャイコフスキーの交響曲、いや、作品のなかでも、5番と並ぶくらいに好き。

  第1楽章 「冬の日の幻想」~アレグロ・トランクィロ・・・

  第2楽章 「陰鬱な地方、霧深い大地」

  第3楽章 「スケルツォ」

  第4楽章 「フィナーレ」

ロシア風のむせ返るような憂愁のかわりに、さらさら感のあるパウダー・スノーのような軽やかな抒情があるし、素晴らしい旋律が全編みなぎっていて、メランコリックな感情にも浸ることができる。
冒頭の木管で奏される旋律からして素敵だし、その後の展開も夢のよう。
2楽章のオーボエの歌とそれに続く夢想するような展開は、暖炉にあって、窓辺の雪景色を見るかのような想いになる。
3楽章のスケルツォでは、中間部の憧れに満ちた場面が愛らしくも、いじらしい。
そして全曲ファンファーレのような元気のいい終楽章は、くどいくらいのエンディングが用意されていて、微笑ましい。

抒情と夢想、哀愁と、ほどよい劇性、ともかく好き。

これまでたくさん聴いてきたけれど、西欧式の演奏ばかりである。

ロシア(ソ連)系のオケ&指揮者のものは、どうも分厚い響きと重厚感、それと威圧するような金管やヴィブラートが苦手なものだから・・・・。

そして、今日は、最近のお気に入りの演奏で。

今後活躍する次代を担う指揮者たちのひとり、ウラディミール・ユロフスキで。

Vladimirjurowski

モスクワ生まれのサラブレット指揮者、ユロフスキは、父親も高名な指揮者、祖父は作曲家。
18歳にして、ドイツに移住して、ベルリンとドイツに学び、本格デビューは、R=コルサコフの「五月の夜」で、オペラ指揮者としてであった。
以降、ヨーロッパを中心に、オペラハウス、オーケストラの一流どころと共演をかさね、以下のポストを歴任中。

 2001年~ グラインドボーン音楽祭(ロンドン・フィル)音楽監督

 2005年~ ロシア国立交響楽団 首席客演
             〃        芸術監督(2011~)

 2005年~ エイジオブエンライトメント 特別指揮者

 2007年~ ロンドン・フィルハーモニック 首席指揮者

 2017年~ ベルリン放送交響楽団 首席指揮者

もうじき、45歳にして、このポスト。

いかにその才能と、辣腕ぶりが高く評価されているか、わかります。
ことに、ヤノフスキが、東側のオケを高度なオケへと変貌させたベルリン放送響との関係は、注目に値します。
そして故国の名門オケも率いつつ、オペラのポストや、古楽奏法のオケとの関係、それから、しのぎを削るロンドンのオーケストラも、巧みに率いている。

画像は、かなり濃い雰囲気ですが、映像などで、その指揮ぶりを拝見すると、大きな動きはなく、抑制された棒さばきで、細やかな目線や表情で、オーケストラを導いてゆくタイプと伺えた。

その音楽も、そんな指揮姿に符合して、スタイリッシュでありつつ、なめらかかつ、初々しい。
どこにも、曖昧なところはなく、音楽の運びは自信にあふれ、でも、爽快なところが、この人の特徴でありましょうか。
2楽章の連綿たる抒情も、クールでありながら、暖かな雰囲気を感じさせ、3楽章の中間分の麗しさとスケルツォ部分の切れ味との対比も見事なところ。
 で、まわりくどい終楽章は、アゴーギグを充分に効かせつつ、熱狂と、驚きの最終結末を迎えるのでありました。

という訳で、ロシア人でありながら、イギリスのオケのくすんだ響きとマイルドさを、チャイコフスキーに素晴らしく、融合させたユロフスキの見事な才能でした。
やはり、この人は、オペラ指揮者としての才覚が高い。
しっかりとした全体の見通しを構築しつつ、知らぬ間に、聴く人を乗せてしまい感興に引き込む手練れでありました!!

今年秋、ユロフスキ&ロンドンフィルが来日しますが、メインは、チャイコフスキーの5番と6番。
そして、それぞれに、辻井伸行さんがソリストで、同じチャイコフスキー。
うーーーーん、なんだかなぁ~
東京公演は完売。
そして、このコンビにしてはチケット高め・・・・

いつも思う、外来公演の弊害。

客を呼べる、人気ソリストをセットにする→有名曲のオンパレード→外来側は、こんなもんか的に10日ぐらいの滞在スケジュールをこなす→高いチケットをありがたがって購入して悦に入る聴衆。

ユロフスキとロンドンフィルという、10年を迎える、世界楽壇でも高度に優れたコンビなのだから、彼らの本質を聴かせてくれるような、本格的なプログラミングを持ってきてほしかった。
2番じゃないラフマニノフとか、今回の冬の日とかマンフレッド、スクリャービン、プロコフィエフやショスタコ、さらに、マーラーにシュトラウス、ツェムリンスキー、タネーエフなどなど・・・

難しいものですな・・・・・・。

「冬の日の幻想」過去記事

「マリナー指揮 アカデミー・セント・マーティン 

「メータ指揮  ロサンゼルス・フィル」

「ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ」

「M・ティルソン・トーマス指揮 ボストン響」

「秋山和慶 指揮 札幌響」


「ユロフスキの惑星」


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2017年3月26日 (日)

「ラヴェンダーの咲く庭で」 映画

Ravender

 その音楽だけは、ニコラ・ベネデッティの演奏するCDを通じて、とても気にいってたし、きっと、わたくしの理想とする英国の辺境の海辺の街が、すてきに描かれてるんだろうなと、想いをめぐらせていました。

いつも探してた。

そして、なんのことはない、近くのツタヤにありました。

そしてお借りして、じっくり鑑賞。

じんわりと、そして、あまりに同調もできる美しくも哀しい心情。

今日は、自分にも特別な日かもしれないのど、メルクマール的に、エントリーしておきます。

美しい映画の印象と、その思いは、またあとで、追加更新したいと思います。

(2017.03.26 追記)↓

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トリスタンとイゾルデを思わせる、コーンウォールが舞台。

老いても、また、落ちぶれても、どんな悲しみにあっても、人間というものは、愛を希求し続けるんだ。

その愛は、世相や、世間で許されないものであっても、愛を抱く気持ちには罪はなく、限りなくピュアなものだ。

と、心から、想いたい。

そんな気持ちにさせてくれる、美しい映画だった。

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年齢の違い、国の違い、などは考えにも足らず、ただひたすらに、優しさと愛おしさが貫く愛を、だれが間違いといえようか。

とんでもない想いだと、声を荒げる方もいらっしゃるかもしれないし、もしくは、ほのかに、自らの経験や想いに、同感なさる方もおられるかもしれない。

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わたくしは、ここでは表明しませんが、ともかく儚く、そして麗しい心情に、ことのほか、同感いたしました。

 英国、コーンウォール地方の海辺の町。

1936年のこと。
仲良く暮らす、二人の老人の域に間もなく達する姉妹。
そのもとに、難破のすえうちあげられた、若いポーランド人。

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彼を介抱しつつ、二人の姉妹に生まれる、ほのかな恋心。
そして判明した、才覚あふれるヴァイオリニストとしての隠れたる才覚。

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 おりからあらわれた、ドイツ系の若き絵描きの女性。

彼女には、高名なるヴァイオリニストの兄があって、ポーランド人に接触し、この才能を、世に出すべく、兄と画策。
 この憎むべき動きを察し、隠ぺいしようとした姉妹と、若きヴァイオリニストとの間で生まれた確執。
そこに、地場のローカルイズムや、初老医師の嫉妬、ユーモアあふれるお手伝いさん、などが、巧みにからまり、後半は緊迫のドラマとなる。

姉妹に、事情を説明し挨拶をしたい想いを封じられ、やむなくロンドンに消えたポーランド人から、ふたりのもとへ、謝罪と自画像、そして、近くロンドンで演奏会デビューする旨の手紙が届けられる。
 コーンウォールでは、気のいい村人たちが、ラジオの前に集まり、これから始まるポーランド人の演奏のライブに耳をすませる。

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そして、はじまったコンサート。
鳴り渡る、麗しくも哀しいメロディに、会場の人々は、感動のゆえ固唾をのみ込み、コーンウォールの村人たちは、誇らしげに、でも、失ったものへの悲しみに耐えつつも涙する。
コンサートの会場の感動した聴衆のなかには、ふたりの姉妹がありました・・・・

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コンサート後のレセプション。
ふたりの姉妹を見つけたポーランド人は、かけより、感謝と喜びをあらわしますが、つらいことに、この夜の花形。
この場の一番偉い、貴族から声をかけられ、本人の意思とは逆に、姉妹のもとを離れることに。
振り返る若きヴァイオリニスト。
でも、一番愛した、妹は、姉を促し、帰りましょうと・・・・

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コンサート会場を去るふたりの老姉妹。
そして、地元のコーンウォールの海辺を散策するふたりのシーンに切り替わり、この素敵な映画は終わりました。

 続いて流される、この映画の音楽。

そう、ニコラ・ベネデッティが奏でたあの曲。

ナイジェル・ヘス作曲の書き下ろし作品。

ともかく美しい。

映画では、ジョシュア・ベルが弾いてます。

美しくてなにが悪いんだろう。

こんな愛らしい気持ち、それは、世代も、身分も超えて、はぐくまれる愛情や想いは、本人たちしか、結論を見いだせないのだから、それはそれで、いいのではないのか。

そんな風に想う、3月25日でありました。

 

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2017年3月21日 (火)

ショスタコーヴィチ ふたりのペトレンコ

Zojyoji_2

お彼岸の昨日。

東京は、温暖の陽気に。

ここ、増上寺も、桜がちらほらと、開花し始めました。

東京の開花宣言は、靖国神社で、そちらが、まだ準備ととのわずとのことだったけれど、21日の今日、開花宣言なされました。

春ちかし。

が、しかし、冷たい雨で、一進一退・・・・

で、ペトレンコ。

Petorenko

これからの、オーケストラ界をリードする指揮者たち。

今回は、ふたりのペトレンコ。

ニュース的に、情報量の少なさや、日本での馴染みの不足から、驚きの報だった、キリルの方のペトレンコ。

シベリア地方の出身で、音楽家だった両親とともに、若き日に、オーストリアに移住し、同国と、ドイツのオペラハウスで、叩き上げのオペラ指揮者として、徐々に頭角を現すようになった。
 そんな、伝統的なカペルマイスター的な、積み上げの成果が、バイエルン国立歌劇場の音楽監督や、バイロイト音楽祭でのリングに結びつき、そして、ベルリンフィルの指揮者という最高のポストにたどり着いた。

2018年の正式就任には、46歳となるキリルさにん。

天下のベルリンフィルに、この年代で若すぎるのでは・・、と思ったら、現任のサイモン・ラトルは、47歳での就任だった。
クラウディオ・アバドは、さまざまな華やかなポストを歴任したあとの、ベルリンフィル音楽監督は、57歳。
ちなみに、カラヤンは、フルトヴェングラーのあとを継いだのは47歳。

より自主性を増したこのオーケストラの判断の正しさは、これまでの歴史と経緯が物語ってます。
そして、さらに、キリル・ペトレンコの音楽メディアに対する慎重さが、ユニークであり、そして、キリルに対する謎めいた雰囲気を高める効果ともなっている。
 いま聴ける、正規音源が、スークの作品と、ベルりンへの客演映像のみ。
商業的にたくらみそうな、ベルリンフィルとの録音や、バイエルンでの映像もなし。

いいじゃないか、こんな硬派な存在!

数年前のライブ録音を、youtubeから聴いた。

 ショスタコーヴィチ  交響曲第7番「レニングラード」

   
キリル・ペトレンコ指揮 RAI交響楽団


2013年ごろの演奏会ライブと思われます。
RAIは、トリノのイタリア国営放送のオーケストラで、ローマと、ミラノ、トリノにあった放送オケをトリノで一体化させたもの。

 スピード感と、音圧のすごさを、この放送音源からでも感じます。
そして、重苦しくならない、軽やかさと、不思議に明るい解放感も。
 終結の、豪勢きわまりないエンディングも、このイタリアのオーケストラから、びっくりするぐらいの精度も伴って引き出してました。
 しかしながら、表面的な効果狙いとは遠く、さまざまな問題提起のある、意義深いショスタコを聴いた想い。
これはまた、ベルリンでのショスタコの全曲演奏に、大いなる期待を抱かせてくれるひとこまでありました。
 ちなみに、戦争の主題の繰り返しのサブリミナル効果場面では、ものすごい興奮と熱狂が聴く人を待ちうけてますよ。

こういったところも、うまいんだ、これまた、キリルさん。

Shostakovich_13_petorenko_a

  ショスコーヴィチ 交響曲第13番「バビ・ヤール」

     Br:アレクサンダー・ヴィノグラードフ

 ヴァシリー・ペトレンコ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
                       〃          男声合唱団
                  ハッダーズ・フィールド・コーラル・ソサエティ

                       (2013.9 @リヴァプール)

もうひとりのペトレンコ、ヴァシリーの方は、今年41歳。

キリルと比べても、まだ若手だけど、しかし、もうすでに多くの録音と、日本への数度の来日もあって、その存在は、ひろく知れ渡っている。
 サンクトペテルスブルクの出身で、若き日々にソ連崩壊を経験し、音楽家としては、オペラの道を極めようとした点で、キリルと同じ。

しかし、旧西側でのポスト、ロイヤル・リヴァプールフィル、さらにはオスロ・フィルの指揮者となることで、コンサート指揮者としての存在ばかりが評価されるようになった。
この世代としては、録音に恵まれていて、ナクソスとEMIに、相当量の音源を残しつつあるし、共演盤も多いことから、合わせものでの才覚もある。
 が、しかし、ヴァシリーさんは、キリルと異なって、得意であるはずのオペラに、いまだに恵まれていない。

キリルさんの方は、とんとん拍子に、オペラとオーケストラを高度なポストでもって披歴することが可能となったが、ヴァシリーさんは、いまのところ、コンサート系のみ。
 オペラのポストは、なにかと忙しいし、苦難も多いから、それがゆえに、才能あふれるヴァシリーさんには、どこかオペラのポストも得て、ゲルギーなみの物理的な多忙さをコントロールしていって欲しい。

で、リヴァプールフィルによるショスタコーヴィチは全曲録音も完結し、次々に、多様なプロジェクトに取り組むヴァシリーさん。
ロシア物以外にも、エルガーに取り組んで、英国での長い活動をレパートリーに反映させるようになってきた。
このあたりの本来の多彩な活動ぶりが、もっと表面化し、評価されるようになると、ヴァシリーさんは、さらにステップアップすると思います。

で、今回の「バビ・ヤール」。
スマートで、イギリスのオーケストラならではの、ニュートラルな雰囲気で、金管をはじめ、弦は爽快なまでに爽やか。
でも、ときに、手荒な混沌たる響きを導きだすのが、ヴァシリー・ペトレンコの腕前で、悲壮感あふれる強大なフォルテの威力は強烈だ。
 わたくしには、このリヴァプールのオケは、チャールズ・グローヴスのもと、ディーリアスの数々の繊細な演奏での印象が強くあるが、こんな音色を聴くことになることに、驚きを感じた次第。
13番ならではの、皮肉にあふれたシニカルな様相も、たくみに表出されている。
 しいていえば、エグさが少ないかも。
その点は、キリルさんの方が多様に持ち合わせているかも。

 キリルとヴァシリー、ふたりのペトレンコ。
これからも、注目して、聴いて行きましょう。

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2017年3月12日 (日)

ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋 P・ジョルダン指揮

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銀座の顔のひとつ、ソニービル。

築51年の老舗ビルは、2017年3月末を持って閉館し、解体される。

待ち合わせや、ビル前での催し、飲食店など、私にとっても懐かしい思い出がたくさんある。

2018年から2020年にかけて、この場所はイベントスペースとして活用され、その後にビルとなる。

このビル前の、数寄屋橋阪急もいまはリニューアルされたし、松坂屋は、いまギンザシックスという巨大な複合ビルとして、開業間近。

思えば、街も、人間と同じで、新陳代謝や新旧交代がなされて、あらたに生まれ変わって、成長していく。
都会ばかりでなく、どの街も、人が係われば、大なり小なり同じことだと思う。

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春は近いよ!

そして、今日は、血肉と化したワーグナーを。

前記事に続いて、次世代大物指揮者を。

さらに、こちらは、二代目サラブレット。

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  ワーグナー ニーベルングの指環 抜粋

   フィリップ・ジョルダン指揮 パリ・オペラ座管弦楽団

     ブリュンヒルデ:ニーナ・シュティンメ

                 (2013.6 @パリ、バスティーユ)


スイスの名指揮者、アルミン・ジョルダン(1932~2006)の息子、フィリップ・ジョルダンは、42歳の、指揮者にとっては若手中堅筋。

しかし、そのオペラにおける豊富な実績からして、もうオペラ界の重鎮的な存在といってもいいかもしれない。
 バレンボイムのもとで、ベルリンで活動し、2009年より、パリのオペラ座の音楽監督になってる逸材。
しかも、2014年から、ウィーン交響楽団の首席指揮者に登用され、オペラとコンサート、両方の確たるポジションを築きつつある。

オペラを極めた親父ジョルダンと、そっくりの道のりを歩むフィリップ。

父ジョルダンは、ルツェルン出身で、チューリヒに没し、フィリップは、そのチューリヒが出身。
多国籍的なスイスにあって、ドイツ語圏だから、親子ともに、ドイツ・オーストリア音楽に近しい。
さらに、スイスの国柄から、フランスとイタリアにも境があって、当然にフランス系の音楽や、イタリアオペラにも精通してる。
そんな親子ともどもの共通点のDNAを高レベルでもって引き継いでるジョルダン氏。

 バイロイトには、2012年に、パルシファルで登場し、今年のマイスタージンガーのプリミエを任された!

そんなフィリップ・ジョルダンのワーグナーを確認できる音盤が、パリのオペラオケを指揮したリングだ。

これが実に、素敵なワーグナーなんだ。

重厚でオーソドックスな、師バレンボイムと、明晰で透明感あるブーレーズの解析度、ともに譲り受けたようなスタイリッシュなワーグナー。

そう、ドイツの本格派を引継ぎながら、ラテン的な目線も持つクリアなワーグナー。
ヴィーラント・ワーグナーが聴いたらな、とても喜びそうな曇りない音楽で、クラウディオ・アバドのワーグナーにも通じると聴いた。
 聴かせどころで、私の基準からすると、ちょっとスルーしてしまうところもあるが、どうしてどうして、本物のクリア系ワーグナーですよ。

クリュイタンス以来の、パリ・オペラ座のワーグナー録音。
思えば、バスティーユ・オペラと呼ばれていた時分の初代指揮者は、バレンボイムだった。
そして、数年前、ビシュコフの指揮で東京で聴いた「トリスタン」も、フレンチでありつつ、明快なワーグナーだった。

ティーレマンとドレスデンのワーグナーと、対極にありつつ、ともにワーグナーの真髄を聴かせてくれる、そんなジョルダン&オペラ座でありました。

「ブリュンヒルデの自己犠牲」では、シュティンメが、ぜい肉をそぎ落としたような、まったくもって、赤身肉のような、脂身ゼロの、超ウマい美声でもって、リングのハイライトを締めくくっております!!

さぁ、次の有望指揮者は、誰にしましょうね。

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