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2017年4月16日 (日)

ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」 クーベリック指揮

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花咲き乱れる春がやってきた。

野辺の花々も、喜ばしく咲いている。

そう、今日は、復活祭、イースター。

クリスマスと並ぶ、キリスト教社会最大のお祝い事の日。

この日をピークに、イースター週間は、お休みになったりする。

クリスマスをばか騒ぎしてしまう日本は、イースターは完全にスルー。
せいぜい、イースター・エッグぐらいで、それはもう、商業主義に則ったものにすぎず、バレンタインもハローウィンもみんなそう。

ひとつの宗教にしばられない、なんでもあり、八百万神の国、そんなこだわりのない日本が、島国でもありつつ、いいのかもしれない。
世界的にも、こんな国はないかも。

まだ記事にはしていないが、映画化された「沈黙」を観ても、そんな想いを持った次第だ。

Tulip_c

クリングゾルに踊らされる花の乙女たち、その彼女たちは、聖金曜日の奇蹟により、美しく咲く野辺の花となって、パルシファルを迎える・・・・

そんな絵のように、美しい情景を、その音楽を聴くたびに思い描いてきた。

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   ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル グルネマンツ:クルト・モル
  ティトゥレル:マッティ・サルミネン   パルジファル:ジェイムズ・キング
  クリングゾール:フランツ・マツーラ  クンドリー:イヴォンヌ・ミントン
  聖杯守護の第の騎士:ノルベルト・オルト、ローラント・ブラハト
  花の乙女:ルチア・ポップ、カルメン・レッペル、スザンネ・ゾンネンシャイン
    〃   :マリアンネ・ザイベル、ドリス・ゾッフェル
  小姓   :レギーナ・マルハイネッケ、クラウディア・ヘルマン
    〃   :ヘルムート・ホルツァプフェール、カール・ハインツ・アイヒラー
  アルト  :ユリア・ファルク

     ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
                       バイエルン放送合唱団
                       テルツ少年合唱団
            合唱指揮:ハインツ・メンデ
                   ゲアハルト・シュミット・ガーデン

                   (1980.5 @ミュンヘン、ヘルクレスザール)

記事にして、もう何度も自分の浅い思いながら、書き尽くしてきた「パルジファル」。

キリスト教社会の源にもある「原罪」。

アダムとイヴが、蛇にそそのかされて、禁じられた木の実を、まずイヴが食べてしまい、ついで、アダムも口にする。
そう、禁制を破った罪を、人間は、悔い改めなくてはならない・・・という根源にある発想。
人間はつねに、罪深いと。

その蛇を悪魔に例え、それに対峙したのが、イエス・キリストであるという、のが、大まかなキリスト教という宗教の根源か。

「パルジファル」には、原罪からの解放者という観念が織り込まれている。
アンフォルタス、クンドリー、クリングゾール、そしてパルジファルがそれぞれに役割分担されている。
物語の語り部、目撃者としてのグルネマンツは、さながらエヴァンゲリスト。
そして、パルジファルが行った行為は、1幕でアルトにより歌われる予言のような言葉、「同情による救済」である。

パルジファルが行う最初の救いは、クンドリーへの洗礼。
そこで、パルジファルの膝元にあるクンドリーが、はらはらと涙をこぼし、静かに泣きくずれる場面は、いくつか観た舞台や、映像でも、わたくしの落涙箇所のひとつ・・・

ワーグナーが、舞台神聖祭典劇とタイトルしたことは、だいそれたことでもなく、この作品の根底を端的にあらわしたものだ。

この「パルジファル」を編み出すまでに、ワーグナーは、キリスト教劇「ナザレのイエス」や、仏教劇「勝利者たち」という台本のスケッチを残していて、それらを統合しつつ、この「パルジファル」になった。
それらのスケッチをぜひ知りたいものだ。
ワーグナーによる、ブッタの仏教劇なんて、いったいどのようなものになったであろうか・・・・・。

ワーグナー好きは、このようにして、ワーグナーが残したそれぞれの作品について、あれこれ妄想や思索にふけるのであり、ずっとずっと、そんなことをしながら、その音楽の魔力に囚われ続けているわけである。

           ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「マイスタージンガー」のときもびっくりしたが、クーベリックによる「パルジファル」が、忽然と登場したときは、ほんとうにびっくりし、狂喜したものだ。
しかも極上のデジタル、スタジオ録音で!
さらに、超豪華なキャスト。

1年ほど前に、ブログ継続を断念すべく、大好きなオペラとして「パルジファル」のレビューを行ったとき、このクーベリック盤については言及しなかった。
古いものばかりの音源(クナ、ショルティ、ブーレーズ、レヴァイン)との思い出が勝ったからだけれども、このクーベリック盤の完成度の高さは決して忘れてはならない。
突然あらわれたクーベリック盤は、わたくしには、最近登場した新譜のような感覚なので、「パルジファル」の思い出から抜け落ちてしまった。

いまや、ベルリンフィルやウィーンフィルとならぶ、人気と実力のバイエルン放送響の礎を築いたクーベリック。
明るく、明晰、そして温もりのある南ドイツサウンドが、ここでも、素晴らしい録音によって、たっぷりと聴くことができる。
幾多ある場面展開における音色の、ときに緩やか、かつ、鮮やかな変転が実に見事で、根っからのオペラ指揮者であるクーベリックの手腕と、オーケストラの機能性の高さを感じさせる。
3幕での、聖金曜日の奇蹟における、神々しくも厳かな高揚感には、誰しもしびれるような感銘を受けるに違いない。

豪華な歌手の名前を何度ながめても懐かしい思いとともに、耳になじんだその歌声が脳裏に木霊するのを感じる。
いまだ現役の歌手もいるが、ほとんどが物故してしまった。

グルネマンツとザラストロは、この人をおいてほかにいないとまで思ってたクルト・モルも先ごろ亡くなってしまった。
絶頂期にあったモルは、ここでも含蓄あるグルネマンツを聴かせてくれる。
 若々しく美声のヴァイクルのアンフォルタスや、朗々としたサルミネンのティトゥレル。
ナイトリンガーのあと、バイロイトのザ・クリングゾールだったマツーラ。
過度にドラマティックにならない女性的なクンドリーのミントン。
それから、花の乙女たちのなかに、ひときわ懐かしい声を聴けるのは、とてもうれしい、そう、ルチア・ポップ。ショルティ盤でも、キリ・テ・カナワなどとともに歌っていた・・・・

タイトル・ロールのジェイムズ・キング。
亡くなって、もう11年もたつけれど、この歌手の陰りある声が大好きで、何を歌っても悲劇のジークムントに聴こえてしまうが、このパルジファルは、70年代のバイロイト放送のエアチェックや、ブーレーズ盤で、ずっと聴いてきたから、ことさらに懐かしく聴くことができる。
全盛期をやや過ぎた時分での録音ながら、風格と味わいは格別。
2幕での劇的な覚醒と、3幕の神々しさはキングならではであります。

これを書きながら、復活祭の日曜に、もう2度も聴いてる。
いま、ちょうど、聖杯が輝き、鳩が舞い降りる清らかなる終結部を迎えております・・・・。

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春は来たれり、そして、平安であれ。

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「飯守泰次郎 東京シティフィル オーケストラルオペラ」

「クナッパーツブッシュ バイロイト1958」

「バイロイト2005 FM放送を聴いて ブーレーズ」

「アバド ベリリンフィル オーケストラ抜粋」

「エッシェンバッハ パルシファル第3幕」

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