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2017年12月30日 (土)

ベートーヴェン ミサ・ソレムニス クレンペラー指揮

Totower_2

年も押し迫ってまいりました。

東京タワーの前にあるクリニックのイルミネーション。

星と地球、そしてラッパを吹く天使たち。

音楽が聴こえてきそうなモティーフが好きで、毎年、楽しみにしてます。

Beethoven_missa_klenmp

   ベートーヴェン ミサ・ソレムニス

  S:エリザベート・ゼーダーシュトレーム A:マルガ・ヘフゲン
  T:ヴァルデマール・クメント        Bs:マルッティ・タルヴェラ

   オットー・クレンペラー指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
                     ニュー・フィルハーモニア合唱団
             合唱指揮:ヴィルヘルム・ピッツ

                  (1965.9 @キングスウェイホール ロンドン)


今年最後の記事は、ベートーヴェンの究極の名作、ミサ・ソレムニス。
「荘厳ミサ曲」と呼ぶよりは、わたくしは、「ミサ・ソレムニス」。
ずっと、不遜にも、「ミサ・ソレ」と呼んできたから。

12月に入ると、演奏会は、第9だらけ。
ほぼすべてのプロオーケストラが、等しく第9で、たまには違う第9や、声楽曲を取り上げるオーケストラがあってもいいと思うんだけど。
 それでも、今年は、共に代役だった、鈴木優人氏と、ゲッツッル氏の第9はとても気になりましたが。
 そして、クリスマスが終わると、テレビやスーパーマーケットなどのBGMは、「喜びの歌」だらけになってしまう。
もう耳を覆いたくなる・・・。
でも、第9は好きですよ、ことに3楽章までは。

で、年末に聴くのは、第9でなく、ミサ・ソレの今年なのでした。

第9が、シラーに詩の内容に沿うように、歓喜、自由、友、世界と神などを希求するものとなっているのに対し、ミサ・ソレは、ラテン語のミサ典礼文が歌詞であり、その詞からは、ミサ・ソレの音楽の内容や本質はくみ取りにくい。
 熱心なカトリック信者でもなかったベートーヴェンが、ミサ・ソレの第1曲、キリエの冒頭に書き込んだ言葉。

「願わくば、心より出て、そして再び心に帰らんことを」

これがモットーのように、ベートーヴェンの信条として、この作品を貫いている。
心の平安と世界の平安。
この想いは、ベートーヴェンの晩年の作品に共通のもので、澄み切った、透徹した心情が、その音楽に反映されているわけだ。
第9の3楽章とか、ピアノ・ソナタの最後の3作、後期弦楽四重奏曲など。

わたくしが、この偉大な作品に、初めて感動したのは、クーベリックとバイエルンのFM放送のエアチェックテープをじっくり聴いたとき。
大学卒業の春、就職を控えたある日に、何気なく聴き始めたら、集中して一気に聴き進め、ベネディクトゥスで落涙してしまった。
以来、ミサ・ソレには、厳ついイメージでなく、優しい柔和なイメージを抱くようになった。

が、しかし、社会人になり、結婚して、子ももうけ、やがて子供らも大きくなった、そのあとに、ようやく聴いたクレンペラー盤。
無言で佇む、巨大な音による造形物を前に、そのときのわたくし、言葉も感情も失い、ただただ聴き入るだけでありました。
この辛口ともいえる、厳しい演奏のなかから、ベートーヴェンの「心より、心へ」のあの言葉が立ち上ってくるのを感じる。
 どうしても耳が美しさを求めてしまいがちなベネディクトゥスでは、確かに美しい音楽が奏でられるものの、その前段にあるサンクトゥスの幽玄な美の方と、ベネディクトゥスへの移行の場面が、この演奏では極めて素晴らしかったりする。
 でもなかでも圧巻は、クレド。複雑なフーガも、厳しい指揮棒のもとに、一糸乱れず、劇的な効果など、目もくれずにひたすらに音を重ねていく感じ。
バイロイトの合唱の神様、ピッツの指揮する合唱団のすばらしさは、録音のイマイチさを突き抜けて感動させてくれる。

シュヴァルツコップでなくて、ゼーダーシュトレームだったことも、この演奏の成り立ちとしてはよかった。北欧歌手に特有のクリアで、色気の少ない歌声がいい。
タルヴェラも北欧系だが、そのふくよかバスは、滋味深いマルケ王を思い出させてしまう。
ワーグナーつながりで恐縮ながら、ヘフゲンも、ながらくバイロイトのパルジファルのアルトの歌声の方。安定的なそのお声は、こうした宗教作品とクレンペラーの演奏にふさわしい。
少し甘めクメントも、ここでは端正で凛々しい歌声。

こんな感じで、合唱も、独唱も、対抗配置のオーケストラも、クレンペラーの下に、厳しくも、真摯にとり組んだミサ・ソレムニスの巨大な名演なのでありました。

あまりに巨大なので、そう何度も繰り返し聴くことも憚れる。
ときには、ウィーンの魅力満載のベーム盤や、ふっくらした響きとオーケストラの機能的な響きが結びついたハイティンク盤、同じバイエルンで、歌心にあふれたクーベリック・エアチェック盤、意外やロマンティックなリヒター盤、ドミンゴにはずっこけながらも大らかなレヴァイン盤なども聴きます。
 そして、なんと、バーンスタインとカラヤンは、持ってない。
いずれもその新旧録音を聴いてみたい。

人類にとっての至芸の音楽のひとつである「ミサ・ソレムニス」。

年末に、思い切り聴きこんでみました。

Totower_1

よいお年をお迎えください。
    

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コメント

まぁ、ミサソレムニス
あたしゃ、LP
カラヤン版だったな
ケチって中古かったんじゃーなかったな
大枚だして高い高い買い物だったんじゃーないかのふ
聞いたが・・・・よっくわかんねえのよ
あの時、既に補聴器やってたがのふ
やっぱ、カラヤンが悪かったのふ
なんせ、カラヤンのモーツァルトはベルリンフィルのは
ダメだったからのふ 
同じカラヤン・ベルリンでも若い頃のモツの作品は良かったが・・・
ひょっとしてクレンペラーで聞くと おおおお となるのかのふ クラだとそれはありえますがのふ
オーマンディ・フィラデルフィアのぺートーベン7番 これさっぱり分からずダサい曲だと思ったのですが、カラヤン・ウィーンフィルを友達の家で聞いて オオオオ となりましたからのふ カラヤン版・・・まだあったはずですねぇ

いやぁ、新年おめでとうございます 

投稿: 真坊 | 2018年1月 4日 (木) 21時20分

カラヤンのミサソレは、数種ありますが、60年代のベルリン盤をいずれは聴いてみようと思ってます。
いまいろいろ聴き直してるのは、やはりDGの60年代ものです。。。
本年も宜しくお願い致します。

投稿: yokochan | 2018年1月10日 (水) 08時10分

お久しぶりです。今オーマンディーのベートーヴェン・ミサソレムニスを聴いています。勢いに満ちた歌うとこは歌う指揮が印象的です。優美な音色はオーマンディ フィラディフィア管弦楽団コンビならでは。
バスはまさかの20世紀最高のドン・ジョバンニだったチェーザレ・シエピにびっくりしています。
クレドの最後は「願わくば、心より出て、そして再び心に帰らんことを」を体現していて、連日圧倒されています。

投稿: Kasshini | 2018年2月25日 (日) 06時44分

Kasshiniさん、こんにちは、そして、こちらこそご無沙汰してます。
オーマンディのミサソレとはまた渋いところをついてきました!
さらに、シエピのバスとは!
この音源は知りませんでした。
オーマンディのCBS時代の声楽作品は、アメリカ人歌手との録音が多く、明るく、米語なまりだったりで、逆におもしろかったりしますが、シエピは聴いてみたいです。
 そして、この作品は、やたらと聴けませんが、心に染み入る音楽ですね。

投稿: yokochan | 2018年2月25日 (日) 22時00分

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