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2018年2月

2018年2月25日 (日)

モーツァルト 「ラウラに寄せる夕べの想い」 マティス

Kokyo

ある晩の皇居周辺の夕べの様子。

ビルの間から東京タワーが見えました。

Mozart_mathis

     モーツァルト 歌曲「ラウラに寄せる夕べの想い」 K.523

       ソプラノ:エデット・マティス

       ピアノ :ベルンハルト・クレー

                                    (1972)


スイス、ルツェルン生まれのソプラノ歌手、エデット・マティス。

この2月に80歳の誕生日を迎えたそうです。

わたくしにとってスザンヌを代表とする永遠のモーツァルト歌いのひとり。

リリカルなその声質は、とても清潔で、無垢。
可愛いらしいその風貌とともに、そのチャーミングな歌声は、いつも聴いていたい歌手。
まだまだ健在で、ルツェルン音楽祭で、歌ではなく、「詩人の恋」のバリトンリサイタルで、詩の朗読を歌の合間に合わせるというコンサートに出演するみたいです。

バッハからマーラーまで、オペラからリートまで、たくさんあるマティスの音源をこれからも大切に聴いていきたいものです。

 さて、モーツァルトの数ある歌曲から、一番好きな作品を。
自身がそう記したことから、「夕べの想い」とも略されるけれど、一番スケールが大きく、深みのある一品。
1787年の作。
原詩の作者は不詳ですが、夕暮れと人生の黄昏時を重ね合わせた彼岸の淵にあるような内容に、モーツァルトは優しく、穏やかななかに、深い悲しみも織り込んだ素晴らしい音楽をつけた。

5分ぐらいの作品だけど、夜、床に就く前のささやかな心のなぐさめに最適の歌曲です。

マティスの優しく、少し生真面目だけど暖かい歌声と、ご主人のクレーのクリーンなピアノは素敵です。
いろんな歌手で聴いているモーツァルトの歌曲だけれど、レコード時代、初めて聴いたこのマティス盤が一番好きです。

   夕暮れだ、太陽は沈み
   月が銀の輝きを放っている
   こうして人生の素晴らしいときが消えてゆく
   輪舞の列のように通り過ぎてゆくのだ!


  ~第1節目 : 石井不二雄訳~

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2018年2月24日 (土)

高崎保男先生を偲んで

Tamachi_2

最後まで残っていた冬のイルミネーションですが、バレンタインの終わった週末を限りに、こちらも終了してしまいました。

このあたりは、旧薩摩藩の敷地で、幕末の出来事と所縁のある場所。
ビルの立ち並ぶエリアに、ぽつんと、勝海舟と西郷隆盛の会ったところ、などの表示があったりします。

Abbado_requiem

音楽評論家の高崎保男先生が、12月にお亡くなりなっていたそうです。

レコード芸術で、目立たぬように静かに記事になっていました。

故人のご遺志とのこと。

近年、ただでさえ、オペラの新譜が、ことに国内盤ではまったく発売されなくなり、レコ芸オペラ担当の、高崎さんの名評論がまったく読むことができなくなっていた。
しかし、ときおり出るソロCDなどで、今度は高崎先生の名前が見られなくなっていたので、ちょっと心配をしておりました。

そして、この訃報。

静かに去られた高崎先生。

わたくしが生まれて間もないころからずっとレコ芸のオペラ担当をされていらっしゃいました。
わたくしがオペラが好きになったのも、それから、クラウディオ・アバドが大好きになったのも、高崎先生の数々の文章があってのもの。

心に残るいくつかの記事を思いおこすと、今後活躍する指揮者の特集での「アバド」の記事。
オペラ評論での、「アバドのチェネレントラ」「カラヤンのトリスタン」「ベームのリング」「ヴェルデイ、オペラ合唱曲、アバド・スカラ座」「アバドのマクベス」「アバドのシモンボッカネグラ」・・・・数限りなくあります。

オールドファンの域に達しつつあるわたくし。
音楽を活字と共に味わう世代だったかもしれません。
今のように、あふれかえる音源を自由自在に受け止めることのできる時代とはまったく違う世の中だった。
高額だった1枚のレコードを擦り減るように聴き、そしてそれを買うにも、大切な指標となったのが評論家の先生の記事。
自分の想いと、波長のあう方のご意見なら間違いないと思う先生の存在がうれしかった。

そんな高崎先生でした。

同じレコ芸の、今度は巻末の訃報欄に、同じく音楽評論家の岩井宏之さんがお亡くなりなった記事が出てました。
岩井さんも、好きな音楽評論家でした。
やはり、アバドのことを高く評価し、さらには、神奈川フィルの役員もつとめられた方。

時の流れを大きく感じます。

高崎、岩井、両先生に感謝をいたしますとともに、その魂の安らかならんことをお祈りいたします。

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2018年2月12日 (月)

「Oh,Boy!」 マリアンヌ・クレバッサ

Shiba

梅もほころび、立春も過ぎて、春への歩みも一歩一歩と。

と、思いきや、先だっては日本海側で大雪、わたしのいる関東も雪もちらつき寒波も。

この写真は、まだ雪が残っていたときに撮ったものですので、いまはもっと開いて、梅の香りもただよわせていることでしょう。

休日に、美しいメゾの歌声を。

Crebassa

     
   「Oh,Boy! マリアンヌ・クレバッサ

 1.グルック(ベルリオーズ編) 「オルフェとユリディス」から
 2.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~いとしい瞳よ
 3.マイアーベア 「ユグノー教徒」~高貴な殿方
 4.オッフェンバック 「ホフマン物語」~見たまえ、わななく弓の下で
 5.モーツァルト 「ルーチョ・シッラ」~あふれる愛の報いの
 6.モーツァルト 「フィガロの結婚」~恋とはどんなものかしら
 7.トマ      「プシケ」~眠りのロマンス
 8.グノー     「ロメオとジュリエット」~昨日からご主人はどこへ
 9.マスネ     「サンドリヨン」~行け、僕をひとりにさせる・・・
10.オッフェンバック 「ファンタジオ」~ごらん、黄昏時の
11.グノー     「ファウスト」~君の哀しみを僕の魂にそそいで
12.モーツァルト 「偽の女庭師」
                          ~あなたが私を見捨てても私の心は変わらない
13.シュブリエ   「エトワール」~運命を司どる小さな星よ
14.モーツァルト 「フィガロの結婚」~自分で自分がわからない
15.アーン    「モーツァルト」~それでは、行く
16.モーツァルト 「皇帝ティトゥスの仁慈」
            ~私は行く、でもいとしいあなたよ

        Ms:マリアンヌ・クレバッサ

  マルク・ミンコフスキ指揮 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

                (2016.1.4~8 @ザルツブルク)


いまブレイク中のメゾ、クレバッサ。
昨年のプロムスのネット放送で聴いたのが初。
サロネンとフィルハーモニア菅のコンサートで、ラヴェルのシェヘラザード。
フランス語の美しさは、当たり前ながらにして、そのクリアーボイスは、精緻なラヴェルの音楽にぴったりだった。
そしてなによりも、BBCのサイトに載っていたポートレート写真のキュートさ。

Crebassa_1

86年、南フランス、モンペリエの西、ベジェの生まれ。
モンペリエ音楽院で学んで、同地のオペラ団でデビュー、パリ・オペラ座をへて、2012年にザルツブルク音楽祭へ、ヘンデルのオペラ「タメルラーノ」でデビュー。
以降、ザルツブルクの常連となり、欧米各地のハウスへの出演続出中。
昨年のザルツブルクでは、クルレンツィウスの指揮で「ティトゥスの仁慈」に登場し、大成功。

そのレパートリーは、バロックオペラから、モーツァルトを中心とする古典オペラ、そしてフランスもの全般というところに懸命にも絞り込んでいるようで、イタリアベルカント系やドイツ物にはいまのところ慎重にうかがえる。

そして、その歌声は、ヴィブラートの少ないまっすぐのクリアボイスで、高域もきれいに聴かせてくれるほか、一方の低域も嫌味のないほどにきれいに伸びる美しさ。
一発でお気に入りのメゾになりました。
デビューしたての頃の、フォン・シュターデを思い起こしました。

その彼女の1枚目のソロアルバムが、「Oh,Boy!」。
そう、オペラのなかから、ズボン役だけを抜き出したユニークな1枚。

フィガロのケルビーノを中心に、モーツァルトの初役、オッフェンバック、グノーらのフランスものなど。
オーケストラは、モーツァルトを歌うのに申し分のないバック、モーツァルテウム管に、古楽とフランスものの手練れ、ミンコフスキ。
最初にオーケストラを誉めちゃうと、ヴィブラートを排した清潔で生き生きとしたモーツァルトから、透明感あふれるフランスものまで、実に素敵でかつ、オペラティックな感興あふれたものだ。

そこに乗って歌うクレバッサも気持ちよさそう。
ベルリオーズ編曲で、フレンチテイストが加味されたグルックに始まり、意外や、私的にめったに聴くことのないマイヤーベアのアリアがとても気に入った。

2曲あるケルビーノは、早めのテンポで、淡々と、むしろ感情を殺したように歌うところが無垢な青年を歌いだしていてよかった。歌い過ぎないところがいい。
あと全体の流れのなかで、モーツァルトに挟まれたようにあるフランスオペラのいくつか。
ことに、トマ、マスネ、シャブリエ、アーンが、それぞれ煌めくようで、言葉の美感も含めて、実に美しい。
なかでも、初めて聴いた、アーンの音楽劇「モーツァルト」は、極めて美しく切ない音楽で、ここだけ、もう何度聴いたかわからない。
パリ滞在時代のモーツァルトが、浮名を流し、そしてパリを去るときに後ろ髪をひかれつつ歌うラストシーンの一節のアリア。
モーツァルトの役柄がメゾである。
フランス語の美しさもこのクレバッサの歌唱では堪能できる。

クレバッサのクリスタルボイスは、こうした近世フランスものに活きるように思う。
繰り返しだが、プロムスでのラヴェルは絶品だった(録音して何度も聴いてます)。

そして、最後におさめられたのは、アーンのモーツァルトに対比したかのような、ティトスの中から最も有名なアリア。
クラリネットのソロとともに、凛としたクレバッサのセストは素敵です。

クレバッサの2枚目のソロCDは、ファジル・サイと組んだ、フランス歌曲集。
そう、ラヴェルも入ってます。
聴かなくちゃ。

Shiodome

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2018年2月11日 (日)

ラヴェル 「ダフニスとクロエ」 小澤征爾指揮

Umezawa_1

海と月。

いまさら1月のスーパームーンの写真ですいません。

こういう光景に、ドビュッシーとかラヴェルの音楽を思い起こしてしまう、音楽好きのサガ。

Ravel_ozawa

  ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

     小澤征爾 指揮 ボストン交響楽団
           タングルウッド音楽祭合唱団

                (1973.10 ボストン)


アバド、メータときて、70年代の若手三羽がらす、小澤さんのラヴェル。

当時の3人の写真、いや、実際に自分の目で見た3人は、とても若くて、とてもアクティブで、指揮姿もダイナミックだった。
でも、3人のうちの二人が病に倒れた。
復帰後の活動は縮小したものの、より深淵な音楽を聴かせてくれるようになった。
でも、亡きアバドも、小澤さんも、痩せて、すっかり変わってしまった。

そんななかで、メータはひとり、大病もせず、ふくよかさは増したものの、風貌からするとあまり変わらない。
カレーのパワーは大きいのだろうか・・・

雑談が過ぎましたが、「小澤のラヴェル」。
1975年、高校生のときに単発で「ボレロ」の1枚が出て、そのあと一気に4枚組の全集が発売されました。
ラヴェル生誕100年の記念の年。
高値のレコードは眺めるだけでしたが、その年、もうひとつの手兵だったサンフランシスコ響を率いて凱旋し、ダフニスとクロエ全曲をメインとする演奏会が文化会館で行われた。
前半がP・ゼルキンとブラームスの2番で、アンコールはピチカートポルカ。
テレビ放送され、食い入るように見たものでした。

あと思い出話しとして、当時、小澤さんのコンサートを聴くために、新日フィルの定期会員になっていて、ラヴェルが多く演奏され、ダフニスも聴いております。
小澤さんの指揮する後ろ姿を見ているだけで、そこに音楽がたっぷり語られているようで、ほれぼれとしていた高校・大学生でした。

小澤さんのラヴェルは、こちらの70年代のものだけで、再録音はなく、その後はオペラしか録音していないので、貴重な存在。

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抜群のオーケストラコントロールで、名門ボストン響から、しなやかで、美しい響きを引き出すとともに、ダイナミックな迫力をも感じさせる若さあふれる演奏。
ボストンの時代が、自分には親しみもあるし、後年の落ち着き過ぎたスマートすぎる演奏よりは、熱さを感じる点で、より本来の小澤らしくで好き。
だって、「燃える小澤の」というのが、当時のレコード会社のキャッチコピーだったんだから。
まだまだミュンシュの残影が残っていたボストン響。
精緻さと豪胆さを兼ね備えていたミュンシュの魂が乗り移ったと言ったら大げさか。
それに加えて、俊敏なカモシカのような、見事な走りっぷり。
「海賊たちの戦い」の場面のド迫力を追い込みは見事だし、なんたって、最後の「全員の踊り」のアップテンポ感は興奮させてくれる。
 こうした熱き場面ばかりでなく、冒頭から宗教的な踊りにかけての盛り上げの美しさ、そして当然のごとく、そして、ボストン響の名技が堪能できる夜明けとパントマイムも端麗。

30~40代の颯爽とした「小澤のラヴェル」、ほかの曲も含めて堪能しました。

小澤さんのボストン就任の前、DGはアバドとボストンと「ダフニス」第2組曲を録音しましたが、そちらの方が落ち着いた演奏に聴こえるところが面白い。
もちろん、アバドも歌にあふれた美しい演奏です。
アバドが亡くなったとき、ボストン響はのメンバーがアバドの思い出を語っている様子が、youtubeで見れます。
アバドのボストン響客演は、そんなに多くはありませんが、80年代まで続き、シューマンの4番や、マーラーの2、3番など、魅力的な演目がありました。
どこかに録音が残っていないものでしょうか。

アバド、没後4年にあわせて、70年代のメータと小澤も聴いてみました。

Umezawa_2

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2018年2月 4日 (日)

プッチーニ 「トスカ」 メータ指揮

Mita_1

きれいな夕暮れが撮れました。

三田の丘のうえにある綱町三井倶楽部。

庶民には関係ない、一流の会社に所属している方が利用できるシステムとのこと。

わたくしは、外からみるだけ。

でも、100年の歴史のある洋館は、自分には、オペラのいろんなシーンを思い起こさせてくれる。

Tosca_mehta

     プッチーニ  歌劇「トスカ」

トスカ:レオンタイン・プライス  カヴァラドッシ:プラシド・ドミンゴ
スカルピア:シェリル・ミルンズ アンジェロッティ:クリフォード・グラント
堂守:ポール・プリシュカ     スポレッタ:フランシス・エガートン
シャルローネ:ジョン・ギブス   看守:ミカエル・リッポン
羊飼い:デイヴィット・パール

  ズビン・メータ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
               ジョン・オールディス合唱団

         (1972.8 ワルサムストウ・アセンブリー・ホール)


久しぶりに「トスカ」。

こんな名曲になると、逆に、めったやたらと聴かないもの。
すべての音と歌が完全に脳裏に刻み込まれてます。
大好きなプッチーニだけど、その作品のなかでも、一番聴きこんでるオペラかも。

話は変わりますが、かつて、ある地方都市で、飲んだあと、飲み屋街をふらふら歩いていたら、目に飛び込んできた「トスカ」の看板。
スナックですよ。
ほうほう、飲みながら音楽談義とか、オペラが流れてるとか、どんな歌姫に会えるんだろうか、と期待をふくらませながら入店。
いらっしゃいませ~、あ、チーン・・・でした。
しょうがないから、腰をおろしてウィスキーを飲んだけど、音楽はクラシックじゃないし、店名の由来聞いたら、オペラのことなんか知らないし・・で、さらにちーんでした。
 まあ、よくある話ではありますが。。。

さて、本日の「トスカ」は、メータの最初の録音のもの。
1973年のNHKホールこけら落としの一環のイタリアオペラ公演のテレビ放送が、わたくしの初トスカ。
もう、すぐに夢中になりましたよ。
で、レコードを購入しようという段になって、その候補のひとつにあがったのが、こちらのメータ盤。
日本盤ジャケットは、NHKホール公演のラストシーン。
撃たれたカヴァラドッシが動かないのに気付いて駆け寄るトスカの、サンタンジェロ城のシーン。鮮やかなブルーの朝の空が印象的だった。

でも、結局、レコード店で手にしたのは、カラスのプレートル盤でした。
レコ芸に、メータ盤の視聴記が出ていて、詳細は覚えていないけれど、ライターは、クレージーキャッツの桜井センリさん。
ローマで迎えた朝露が落ちる美しい光景を書かれていて、とても素敵な文章でした。
そのイメージをずっと抱えつつ、メータ盤を聴いたのはCD時代になってから。

シュトラウスやハルサイなどで、大ヒットを飛ばしていた当時のメータ。
ここでもプッチーニの見事なオーケストレーションの妙を、オーケストラから鮮やかに引き出し、ダイナミックかつ壮麗なサウンドを聴かせてくれる。
オペラティックというよりも、シンフォニックですらあるが、ずっと後年の手際のよさだけが目立つようになったメータの演奏よりも、ずっとずっとイキがよく、鮮度が高いと思う。
 オーケストラがロスフィルで、録音もデッカだったら、と思わなくもないが、まだクレンペラーのいたニュー・フィルハーモニアのクリーンな音色はとても美しく感じる。
桜井センリさんの書かれた、3幕の冒頭の夜明けのシーンと、実際にボーイソプラノを起用した場面はとても爽やかで、その後の劇的な場面との対比がとてもよろしい。

歌手では、分別くさい後年のものより、ずっとずっと熱い男、ドミンゴのカヴァラドッシが素晴らしいし、なによりも、役柄に完璧に同化してしまっているミルンズのスカルピアが素敵すぎる。
バッドガイの概念そのもののスカルピアを、美声でいやらしく歌う。
テ・デウムの壮麗さ、2幕にあるふたつのアリア、ともにわたくしを魅惑してやまないミルンズの歌声です。死に際のうめきもいけてます!

でも、この盤の少々残念なところは、ピーク時を過ぎてしまったプライスの声。
トウがたって、かえってドスが聴き過ぎた歌声は、おっかないトスカとはなっているけれど。

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70年代前半は、巨匠の時代を継ぐ次世代指揮者として、メータ、アバド、小澤が、若手三羽ガラスと呼ばれ、大いに注目を浴びたものです。
当時は、メータが頭ひとつ抜きんでていたと評価されていたように記憶します。
その後の3人の活躍ぶりは、もういうまでもないことですが、いま現在にいたるまで、エネルギッシュに活躍しているのもメータひとり。
 メータとアバドは、ウィーン修行時代のスワロフスキー教授のもとの同門で、仲良しでした。
ふたりは、ワルターやベーム、カラヤンなどの大指揮者の非公開リハーサルに、例えば合唱団として参加して忍び込んで、よくよく観察していたといいいます。
小澤さんもそうですが、若い頃の大胆な行動は、音楽をすることへの熱い思いが衝動となって現れているようで、いまの恵まれた環境にある若手指揮者の時代背景とは大違いで、いずれも伝説級のお話しになってしまいました。

若きメータの「トスカ」でした。

Mita_2

 

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