ツェムリンスキー 「昔あるとき・・」 グラーフ指揮
ちょっと前ですが、満開の梅。
葵の御紋のある神社。
芝東照宮、徳川家康を祀った神社です。
江戸時代、鎖国をして外部をシャットアウトしたけれど、四方が海だったからできたことかもしれない。
いまは、耳をふさごうと、目を閉じようと、おかまいなしに、世界の今とつながってしまう世の中となった。
まさに、おとぎ話のような昔のはなし・・・
ツェムリンスキー 歌劇「昔あるとき」 Es War Einmal
王女:エヴァ・ヨハンソン 王子:クルト・ヴェスティ
カスパール:ペル・アルネ・ワールグレン 王:オーゲ・ハウグラント
警官:オーレ・ヘッデガート 指揮官:クリスチャン・クリスチャンセン
使者 :クリスチャン・クリスチャンセン 第一の待女:スッセ・リリソーエ
ハンス・グラーフ指揮 デンマーク国立放送交響楽団
デンマーク国立放送合唱団
(1987.6 デンマーク放送)
ツェムリンスキー(1871~1942)には、8つのオペラ作品があって、そのうち6作品は入手しており、ときおり聴いてはいるものの、日本語解説がなく、一部は独語のみの解説書だったりして、概要はわかっても詳細な筋建てが不明だったりして、どうにも釈然としない。
オペラの楽しみは、リブレットを理解してのうえで聴きこむ(観る)に限ると思っているので。
ちなみ、未入手のあと2作は、第1作の「ザレマ」と、4作目の「馬子にも衣装」。
ただし、「ザレマ」は録音されたこともない。
ゆっくりとですが、ツェムリンスキーのオペラを順次取り上げたい。
今回は、2作目の「昔あるとき」。
1897年に作曲を始め、1899年に完成。
1900年に、ウィーンの宮廷歌劇場の芸術監督だったマーラーの指揮によって初演。
10数回上演されヒットしたものの、その後は1912年にマンハイムとプラハで上演され、以降半世紀以上も忘れられてしまったオペラ。
それが、1987年、デンマーク放送によって蘇演され、その時に録音された音盤がこちらで、唯一の音源と思われます。
調べたところ、あと、1991年にキールで、1999年にロンドンで(A・デイヴィスとBBC)演奏されている。
87年の蘇演が、なぜデンマーク?
そう、このオペラの原作が、デンマークの詩人ホルガー・ドラックマンの「Der Var Engang(むかしむかし)」というお伽噺なのですから。
ドラックマンは、ヤクブセンと同年代で、当時は、ドイツやオーストリアでもとても人気がったそうで、この作品をマキシミリアン・シンガーという人が、独語訳されたものを脚本を書きし、ツェムリンスキーがオペラ化したもの。
王女:エヴァ・ヨハンソン 王子:クルト・ヴェスティ
カスパール:ペル・アルネ・ワールグレン 王:オーゲ・ハウグラント
警官:オーレ・ヘッデガート 指揮官:クリスチャン・クリスチャンセン
使者 :クリスチャン・クリスチャンセン 第一の待女:スッセ・リリソーエ
ハンス・グラーフ指揮 デンマーク国立放送交響楽団
デンマーク国立放送合唱団
(1987.6 デンマーク放送)
ツェムリンスキー(1871~1942)には、8つのオペラ作品があって、そのうち6作品は入手しており、ときおり聴いてはいるものの、日本語解説がなく、一部は独語のみの解説書だったりして、概要はわかっても詳細な筋建てが不明だったりして、どうにも釈然としない。
オペラの楽しみは、リブレットを理解してのうえで聴きこむ(観る)に限ると思っているので。
ちなみ、未入手のあと2作は、第1作の「ザレマ」と、4作目の「馬子にも衣装」。
ただし、「ザレマ」は録音されたこともない。
ゆっくりとですが、ツェムリンスキーのオペラを順次取り上げたい。
今回は、2作目の「昔あるとき」。
1897年に作曲を始め、1899年に完成。
1900年に、ウィーンの宮廷歌劇場の芸術監督だったマーラーの指揮によって初演。
10数回上演されヒットしたものの、その後は1912年にマンハイムとプラハで上演され、以降半世紀以上も忘れられてしまったオペラ。
それが、1987年、デンマーク放送によって蘇演され、その時に録音された音盤がこちらで、唯一の音源と思われます。
調べたところ、あと、1991年にキールで、1999年にロンドンで(A・デイヴィスとBBC)演奏されている。
87年の蘇演が、なぜデンマーク?
そう、このオペラの原作が、デンマークの詩人ホルガー・ドラックマンの「Der Var Engang(むかしむかし)」というお伽噺なのですから。
ドラックマンは、ヤクブセンと同年代で、当時は、ドイツやオーストリアでもとても人気がったそうで、この作品をマキシミリアン・シンガーという人が、独語訳されたものを脚本を書きし、ツェムリンスキーがオペラ化したもの。
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マーラーは、ツェムリンスキーの1作目オペラ「ザレマ」もミュンヘンで初演していて、作曲家としてのツェムリンスキーを大いに評価していた。
この2作目も、ウィーンで初演するにあたり、シナリオやツェムリンスキーの楽譜にも、かなり注文をつけたり、変更のアドバイスをしたりした。
この録音は、そうした経緯も入念に踏まえてなされたと記されてます。
で、マーラーとツェムリンスキーのコンビは、次なるオペラ「夢見るゲールゲ」も、同じようにウィーンの劇場で上演しようと目論んだが、マーラーがウィーンでの職を投げ出したことで、見送りになり、その後1980年まで演奏されることはなかった。
ちなみに、アルマ・シントラーと交際していたツェムリンスキーは、彼女の音楽の師でもあったが、そのアルマが、マーラーと結婚をしたのが1902年。
ツェムリンスキーはどう思っていたのでしょう。
そして、マーラーは、アルマが作曲家であることを快く思っておらず、遠回しにその筆を絶たせたりもした。(かつて観た映画でもこのシーンはありましたよ)
ツェムリンスキーの仲間や、弟子筋は、シェーンベルク、シュレーカーやコルンゴルトなど、たくさんいて、すごく人がいいんじゃないかなとも思ったりもしてる。
マーラーは、ツェムリンスキーの1作目オペラ「ザレマ」もミュンヘンで初演していて、作曲家としてのツェムリンスキーを大いに評価していた。
この2作目も、ウィーンで初演するにあたり、シナリオやツェムリンスキーの楽譜にも、かなり注文をつけたり、変更のアドバイスをしたりした。
この録音は、そうした経緯も入念に踏まえてなされたと記されてます。
で、マーラーとツェムリンスキーのコンビは、次なるオペラ「夢見るゲールゲ」も、同じようにウィーンの劇場で上演しようと目論んだが、マーラーがウィーンでの職を投げ出したことで、見送りになり、その後1980年まで演奏されることはなかった。
ちなみに、アルマ・シントラーと交際していたツェムリンスキーは、彼女の音楽の師でもあったが、そのアルマが、マーラーと結婚をしたのが1902年。
ツェムリンスキーはどう思っていたのでしょう。
そして、マーラーは、アルマが作曲家であることを快く思っておらず、遠回しにその筆を絶たせたりもした。(かつて観た映画でもこのシーンはありましたよ)
ツェムリンスキーの仲間や、弟子筋は、シェーンベルク、シュレーカーやコルンゴルトなど、たくさんいて、すごく人がいいんじゃないかなとも思ったりもしてる。
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プロローグと3つの幕からなるが、全体で2時間弱のコンパクトなオペラ。
プロローグ
むかしあるとき、イリヤという国に、美しいけれど気位の高くて、冷たい王女がいました。
その美貌を求めて、世界から求婚してくる人々はひっきりなし。
気のいい王とともに、男たちに謁見するものの、誰もかれも否定し、縛り首に。
そしてある日、北の国の王子とその友カスパールがやってくる。
王子は、自分の国の美しさ、四季や自然のすばらしさを歌い、求婚するが、王女はまったく関心を示さず、あなたと結婚するなら乞食と結婚した方がまし、と立ち上がり、処刑されたくなければ、ここに膝をついて慈悲を乞いなさいと言い放つ。
王子は、慈悲を乞うためにでなく、自分は愛のためなら膝を屈すると王子、怒った王女は出てゆく。
第1幕
夜、宮殿の前庭。王子とカスパールはジプシーに扮して待機。
王女と待女たちが、輪回しで楽しそうに遊んでいるところへ、王子らがバラードを歌い気を引く。王子はゴブレットの中に金箔の玉を入れ、さらに蝶の羽を撒く。
王女はそれが欲しくなり、待女のひとりをつかわし、王女の髪に飾った薔薇の花との交換を申し出る。
しかし、王子は、ダメだ、王女の口づけをと望む。
交渉決裂、王女は帰ろうとするが、その間に、カスパールを王のところに行かせる。
今度は、王子は魔法のヤカンを取り出す。沸騰すると考えたり、言われたりしていることがわかるんだと語る。
これまた王女の気を引き、彼女は民衆にどう思われているかを教えて、という。
ヤカンは、機智や美貌があり、王女は人気がある、でも本当は愛を知り、亭主を持つことでさらにその隠された魅力が引き出されるのだと回答。
王女はヤカン欲しさに、王子に口づけをする。
そこに来た王様は、王女が知らない男性にキスをするのをみて、そのジプシーと出て行って、結婚しろと追放命令を下す。
王女や待女が嘆願しても無駄、王子は、彼女を引っ張っていく・・・(もちろん王子とは知らず)
第2幕
海を渡って北の国へ。フィヨルドの森の中の粗末な小屋に到着。
ここで暮らすようになった二人。1幕とは、明らかに身なりも、行いも変わってしまった王女。
いまや、王女でなく、単にキャサリーンという名の女性。
でも、名誉やプライドはまだ残っていて、妻としての行いを思い起こさせようとする王子が、それらをやらせようとすることに対し、軽蔑の思いをもって拒絶する。
王子は、しかし、それを強いることなく、古い北欧の歌を優しく歌う。
王子は、食料を得るために、森の中へ行くが、一人きりになってしまうことに、不安な王女は、行かないでくれと頼むが、王子はそれを振り切り出てゆく。
王女は、ひとり想いにふけり、哀しみ、遠く離れた地にいまこうして連れてこられたことを嘆くものの、当のジプシーの亭主を憎むことができない。
そこへ、銃声がして、王子が飛び込んでくる。
かくまってくれということで、別室へ逃げ込む。
そこへ警官が追ってきて、男はどこだと王女を責めるが、亭主は重い病気で寝込んでいると答える。
こんどはそこに、カスパールがやってきて、怪しい男が、森のあっちへ逃げて行ったぞと告げ、警官と出てゆく。
さぁ、一安心の王子。王女のためにも食料をと、また出ていこうとするが、今度は王女は行かないで欲しい、一緒にいて欲しい、わたしの中のなにかが変わったの、愛しているの、と語る。。。
第3幕
街の市場で、まるでカーニバルのような雰囲気で、人々は飲んで歌って、踊っている。
王女は、夫婦で焼いた花瓶や壺を売るためにそれらを持って市場にやってきた。
そこへカスパールが登場、どうだい、君の亭主も、もしかしたらそこらへんで飲んで遊んでるかもしれないよ、と茶化すが、彼女は、主人は病気で家で寝ているの、とかばう。
そこへ王子(の姿)や兵士たちがやってきて、王女へさらなる試験をしかける。
王子は、彼女をちゃかして、キスをしてくれたら金貨をあげるよ、とまで言う。
拒む彼女、おまけに、喧騒のなか、売り物の花瓶たちが割れてしまい台無しに。
ここで使者が大声で伝達。
王子はまもなく異国の王女と結婚式を挙げるが、その姫が急病になり、婚礼衣装を合わせることができない。誰か、同じ体格の女性で衣装合わせをしてくれるものはいないか?
そこで、王子が本物として登場。
小さくなってる王女をみつけ、あなたに衣装合わせをしてほしいと言い出すが、彼女は売り物が壊れ、お金がまったくない自分としてそれを拒絶、それでもどうしてもと王子とカスパールから懇願され着ることになり、美しい花嫁姿になり登場。
王子は、彼女に、自分と王位をともに継いで欲しいと語る。
王女は、どんな豪華な位よりも、自分は愛のなかに最高の価値を見出したの、王冠よりも、金持ちの生活よりも乞食の妻でありたいのと熱く、優しく語る。
王子は大いに感動して、キャサリーンと声をかける。。。。
その声に、ジプシーの夫の声と同じ響きを聴き、王女は涙を流して、あなた、あなたなのと、泣きだしてしまう。
カスパールは、さぁ人々よ、めでたいニュースを聴くがよいと宣言。
王子は人々に、長い旅は終わり、ここにいま自分の運命をみつけた。
みなさんは、妖精のゲームをここに見たのだ。
壺焼きの妻が、イリヤの国の王女だったのだ、そしていま私と結婚する!
人々は喝采し、王子を称える。
幕
CDの独英のみの解説書をたよりに、ざっとこんな感じの筋立てかと。
ちょっと時代めいてるけど面白いでしょ。
そう、「トゥーランドット」とシェイクスピアの「じゃじゃ馬ならし」なんですよ、雰囲気が。
1922年に、この劇作に忠実に作られたデンマーク映画が、ネット上で見ることができました。復刻されたもので、しゃれたピアノソロをバックに、一部の欠落は画像で補うものではありますが、このドラマの大筋は、そちらでもつかむことができました。
この映画が原作に忠実だという前提で、ツェムリンスキーのこのオペラとその台本が端折ったところを補うと。
①プロローグで王子が首をはねられなかったのは、逃げ出したお気に入りのオウムが戻ってきて気分がよかったからという理由もひとつ。
②追い出されて悩んだ王子のもとに、爺さんの妖精さんがあらわれ、人の耳を魅了するガラガラ(くるくる回すヤツ)と未来が見える魔法のヤカンを、将来の幸せのためにと渡す。
③王女と待女を魅了したのは、そのガラガラとヤカン。
王子は、最初はキスでガラガラを渡し、次のヤカンで、王女の部屋の鍵を。
④夜中に王子は、王女の部屋で待女付きで一晩を過ごす。
カスパールは、王に対し、デンマーク王子と結婚させなければ、軍が攻めてくると脅したりする。そして、王女の部屋にいざなって、そこにいる王子を発見、そして追放。
⑤異国の地、それはデンマークで、王女はその生活に馴れ、王子と共に神に祈ったりする。そして窯業の職人としての夫をサポート。市場に二人で売りに行くが、トラブルで、王女だけが市場へ。
しかし、野営の兵士に見つかり、商品はこなごなに砕かれ、逃げ惑う。
悲しみのうちに帰宅し、事情を説明したところ、妻は悪くない、くそっとばかりに武器を手に仕返しに行き、殺傷。それを見た警官が家に訪ねてきて、夫を病として匿う王女。
⑥結婚式には、王女の父も、よろよろとやってくる。
あとはだいたい同じ。
手の込んだ仕掛けが、実は本筋の愛情育成になったわけで、なにも王子がそこまで、それから、幾重にもわたるお試しが、くどくも感じるが、そこはまあ、おとぎ話の世界ということで。
オペラに加え、古き映画も見ることで、作品理解が深まるものと思います。
------------------------------
この古風なフェアリー・テイルにツェムリンスキーがつけた音楽は、マーラーがその背後にあるように、まだシュトラウスの「サロメ」が登場する5年前の音楽シーンを物語っている。
耳に馴染みよい、ワーグナー初期、フンパーデインク系統のオペラの流れがここにあります。
しかし、牧歌的な雰囲気のなかに、キラリとひかるツェムリンスキーの煌めいた筆致は、随所に聴かれます。
美的なオーケストラによる間奏曲、王子や王女のモノローグにおける無常感じる世紀末感など、実に素敵なものがあります。
前半と後半で、がらりと変わる王女の境遇と心情。
その描き分けも、見事なものがあります。
このあとのツェムリンスキーの音楽の進化・変貌も、これを基に聴くと大いに楽しめるものでした。
唯一の音源のこちら、デンマークのオーケストラが北欧風のクールなサウンドと、オーストリアの指揮者グラーフが引き出すツェムリンスキーサウンドを背景に、デンマーク由来の歌手たちが素晴らしい歌唱を聴かせます。
なかでも、ヨハンソンの王女の二面変貌の歌い分けは見事でありました。
2幕における、絶妙の心情変化とその吐露は泣かせますし、終幕のモノローグも!
舞台や映像で観てみたいオペラです。
梅の写真をいまさら載せましたが、季節は早くも桜です。
プロローグと3つの幕からなるが、全体で2時間弱のコンパクトなオペラ。
プロローグ
むかしあるとき、イリヤという国に、美しいけれど気位の高くて、冷たい王女がいました。
その美貌を求めて、世界から求婚してくる人々はひっきりなし。
気のいい王とともに、男たちに謁見するものの、誰もかれも否定し、縛り首に。
そしてある日、北の国の王子とその友カスパールがやってくる。
王子は、自分の国の美しさ、四季や自然のすばらしさを歌い、求婚するが、王女はまったく関心を示さず、あなたと結婚するなら乞食と結婚した方がまし、と立ち上がり、処刑されたくなければ、ここに膝をついて慈悲を乞いなさいと言い放つ。
王子は、慈悲を乞うためにでなく、自分は愛のためなら膝を屈すると王子、怒った王女は出てゆく。
第1幕
夜、宮殿の前庭。王子とカスパールはジプシーに扮して待機。
王女と待女たちが、輪回しで楽しそうに遊んでいるところへ、王子らがバラードを歌い気を引く。王子はゴブレットの中に金箔の玉を入れ、さらに蝶の羽を撒く。
王女はそれが欲しくなり、待女のひとりをつかわし、王女の髪に飾った薔薇の花との交換を申し出る。
しかし、王子は、ダメだ、王女の口づけをと望む。
交渉決裂、王女は帰ろうとするが、その間に、カスパールを王のところに行かせる。
今度は、王子は魔法のヤカンを取り出す。沸騰すると考えたり、言われたりしていることがわかるんだと語る。
これまた王女の気を引き、彼女は民衆にどう思われているかを教えて、という。
ヤカンは、機智や美貌があり、王女は人気がある、でも本当は愛を知り、亭主を持つことでさらにその隠された魅力が引き出されるのだと回答。
王女はヤカン欲しさに、王子に口づけをする。
そこに来た王様は、王女が知らない男性にキスをするのをみて、そのジプシーと出て行って、結婚しろと追放命令を下す。
王女や待女が嘆願しても無駄、王子は、彼女を引っ張っていく・・・(もちろん王子とは知らず)
第2幕
海を渡って北の国へ。フィヨルドの森の中の粗末な小屋に到着。
ここで暮らすようになった二人。1幕とは、明らかに身なりも、行いも変わってしまった王女。
いまや、王女でなく、単にキャサリーンという名の女性。
でも、名誉やプライドはまだ残っていて、妻としての行いを思い起こさせようとする王子が、それらをやらせようとすることに対し、軽蔑の思いをもって拒絶する。
王子は、しかし、それを強いることなく、古い北欧の歌を優しく歌う。
王子は、食料を得るために、森の中へ行くが、一人きりになってしまうことに、不安な王女は、行かないでくれと頼むが、王子はそれを振り切り出てゆく。
王女は、ひとり想いにふけり、哀しみ、遠く離れた地にいまこうして連れてこられたことを嘆くものの、当のジプシーの亭主を憎むことができない。
そこへ、銃声がして、王子が飛び込んでくる。
かくまってくれということで、別室へ逃げ込む。
そこへ警官が追ってきて、男はどこだと王女を責めるが、亭主は重い病気で寝込んでいると答える。
こんどはそこに、カスパールがやってきて、怪しい男が、森のあっちへ逃げて行ったぞと告げ、警官と出てゆく。
さぁ、一安心の王子。王女のためにも食料をと、また出ていこうとするが、今度は王女は行かないで欲しい、一緒にいて欲しい、わたしの中のなにかが変わったの、愛しているの、と語る。。。
第3幕
街の市場で、まるでカーニバルのような雰囲気で、人々は飲んで歌って、踊っている。
王女は、夫婦で焼いた花瓶や壺を売るためにそれらを持って市場にやってきた。
そこへカスパールが登場、どうだい、君の亭主も、もしかしたらそこらへんで飲んで遊んでるかもしれないよ、と茶化すが、彼女は、主人は病気で家で寝ているの、とかばう。
そこへ王子(の姿)や兵士たちがやってきて、王女へさらなる試験をしかける。
王子は、彼女をちゃかして、キスをしてくれたら金貨をあげるよ、とまで言う。
拒む彼女、おまけに、喧騒のなか、売り物の花瓶たちが割れてしまい台無しに。
ここで使者が大声で伝達。
王子はまもなく異国の王女と結婚式を挙げるが、その姫が急病になり、婚礼衣装を合わせることができない。誰か、同じ体格の女性で衣装合わせをしてくれるものはいないか?
そこで、王子が本物として登場。
小さくなってる王女をみつけ、あなたに衣装合わせをしてほしいと言い出すが、彼女は売り物が壊れ、お金がまったくない自分としてそれを拒絶、それでもどうしてもと王子とカスパールから懇願され着ることになり、美しい花嫁姿になり登場。
王子は、彼女に、自分と王位をともに継いで欲しいと語る。
王女は、どんな豪華な位よりも、自分は愛のなかに最高の価値を見出したの、王冠よりも、金持ちの生活よりも乞食の妻でありたいのと熱く、優しく語る。
王子は大いに感動して、キャサリーンと声をかける。。。。
その声に、ジプシーの夫の声と同じ響きを聴き、王女は涙を流して、あなた、あなたなのと、泣きだしてしまう。
カスパールは、さぁ人々よ、めでたいニュースを聴くがよいと宣言。
王子は人々に、長い旅は終わり、ここにいま自分の運命をみつけた。
みなさんは、妖精のゲームをここに見たのだ。
壺焼きの妻が、イリヤの国の王女だったのだ、そしていま私と結婚する!
人々は喝采し、王子を称える。
幕
CDの独英のみの解説書をたよりに、ざっとこんな感じの筋立てかと。
ちょっと時代めいてるけど面白いでしょ。
そう、「トゥーランドット」とシェイクスピアの「じゃじゃ馬ならし」なんですよ、雰囲気が。
1922年に、この劇作に忠実に作られたデンマーク映画が、ネット上で見ることができました。復刻されたもので、しゃれたピアノソロをバックに、一部の欠落は画像で補うものではありますが、このドラマの大筋は、そちらでもつかむことができました。
この映画が原作に忠実だという前提で、ツェムリンスキーのこのオペラとその台本が端折ったところを補うと。
①プロローグで王子が首をはねられなかったのは、逃げ出したお気に入りのオウムが戻ってきて気分がよかったからという理由もひとつ。
②追い出されて悩んだ王子のもとに、爺さんの妖精さんがあらわれ、人の耳を魅了するガラガラ(くるくる回すヤツ)と未来が見える魔法のヤカンを、将来の幸せのためにと渡す。
③王女と待女を魅了したのは、そのガラガラとヤカン。
王子は、最初はキスでガラガラを渡し、次のヤカンで、王女の部屋の鍵を。
④夜中に王子は、王女の部屋で待女付きで一晩を過ごす。
カスパールは、王に対し、デンマーク王子と結婚させなければ、軍が攻めてくると脅したりする。そして、王女の部屋にいざなって、そこにいる王子を発見、そして追放。
⑤異国の地、それはデンマークで、王女はその生活に馴れ、王子と共に神に祈ったりする。そして窯業の職人としての夫をサポート。市場に二人で売りに行くが、トラブルで、王女だけが市場へ。
しかし、野営の兵士に見つかり、商品はこなごなに砕かれ、逃げ惑う。
悲しみのうちに帰宅し、事情を説明したところ、妻は悪くない、くそっとばかりに武器を手に仕返しに行き、殺傷。それを見た警官が家に訪ねてきて、夫を病として匿う王女。
⑥結婚式には、王女の父も、よろよろとやってくる。
あとはだいたい同じ。
手の込んだ仕掛けが、実は本筋の愛情育成になったわけで、なにも王子がそこまで、それから、幾重にもわたるお試しが、くどくも感じるが、そこはまあ、おとぎ話の世界ということで。
オペラに加え、古き映画も見ることで、作品理解が深まるものと思います。
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この古風なフェアリー・テイルにツェムリンスキーがつけた音楽は、マーラーがその背後にあるように、まだシュトラウスの「サロメ」が登場する5年前の音楽シーンを物語っている。
耳に馴染みよい、ワーグナー初期、フンパーデインク系統のオペラの流れがここにあります。
しかし、牧歌的な雰囲気のなかに、キラリとひかるツェムリンスキーの煌めいた筆致は、随所に聴かれます。
美的なオーケストラによる間奏曲、王子や王女のモノローグにおける無常感じる世紀末感など、実に素敵なものがあります。
前半と後半で、がらりと変わる王女の境遇と心情。
その描き分けも、見事なものがあります。
このあとのツェムリンスキーの音楽の進化・変貌も、これを基に聴くと大いに楽しめるものでした。
唯一の音源のこちら、デンマークのオーケストラが北欧風のクールなサウンドと、オーストリアの指揮者グラーフが引き出すツェムリンスキーサウンドを背景に、デンマーク由来の歌手たちが素晴らしい歌唱を聴かせます。
なかでも、ヨハンソンの王女の二面変貌の歌い分けは見事でありました。
2幕における、絶妙の心情変化とその吐露は泣かせますし、終幕のモノローグも!
舞台や映像で観てみたいオペラです。
梅の写真をいまさら載せましたが、季節は早くも桜です。
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コメント
「ザレマ」は昔CDで出ていました。
KOCH CLASSICS 3-6467-2
1996年のドイツ・トリアでの録音です。
私はツェムリンスキーも大好きですが、8曲の内、
この「ザレマ」と「むかしむかし」の2曲だけは、
実演で聴いたことが有りません。どこかで上演される
のを待っております。ですので、今回のあらすじは
助かりました。
投稿: 関 慈 | 2018年3月20日 (火) 13時23分
関 慈 さん、こんにちは、コメントをどうもありがとうございます。
「ザレマ」の音源をご教示いただき、こちらもありがとうございました。
ザレマとむかしある時以外は、その実演に接したことがおありなのですね!
素晴らしいです。世界のどこかでツェムリンスキーは上演されているのでしょうが、日本はまだまだですね。
新国でフィレンツェをやるのがいまから楽しみです。
投稿: yokochan | 2018年3月21日 (水) 15時58分