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2018年3月31日 (土)

ワーグナー 「パルジファル」 レヴァイン指揮

Azumayama_1

わがふるさとの麗しき季節の1枚。

先週の1枚ですので、桜はまだ三分咲きぐらい。

いまごろ、ピンク色に染まっていることでしょう。

花ひらく春。

今年の復活節は、少し早めで、聖金曜日が30日、イースターは、4月1日。

ということで、年中聴いているけれど、とりわけ、春のこの時期にふさわしい「パルジファル」。

けがれなき愚者が、目覚め、放浪をした末にたどり着く荒廃した聖杯の地。
聖なる槍が戻り、聖金曜日の奇跡が起こる。
まずは罪深き女に洗礼を施し、女ははらはらと涙する。
ワーグナーの書いたなかで、もっとも美しい音楽のひとつ。

バイロイトの戦後のパルジファルの演出は、7演目あり、伝統に根差した静謐なものから、2000年代になると、わたくし的には、激化、いや劣化も見受けられる内容になってしまった。(と思う)

聖金曜日のシーン(一部、そうと思われるシーン)。

Parsifal_3a

 ヴィーラント・ワーグナー 1951~1973

Wolfgang_1

 ウォルフガンク・ワーグナー 1975~1981

Friedrich

 ゲッツ・フリードリヒ  1982~1988

Wolfgang_2

 ウォルフガンク・ワーグナー 1989~2001

Shurugen

 クリストフ・シュルゲンジーフ  2004~2007

Herheim

 シュテファン・ヘアハイム  2008~2012

Laufenberg

 ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク 2016~

こうしてみると、緑系の色柄が多い。
春は、芽吹く季節だし、冬が終わり、春がやってくることは、信仰でも救いの証ともなる。

それを感じさせるのは、ワーグナー兄弟のものぐらいで、ほかはさっぱりで、情報過多の目まぐるしい演出の果て、疲れ切った聖金曜日の場面みたいに感じる。
そして、ワーグナー兄弟のときのパルジファルは、いずれも長く上演され、恒例行事のような、ひとつの儀式化した意味合いをも持つものだったが、不評すぎて打ち切られたシュルゲンジーフのもの以降、5年のサイクルになったようだ。
パルジファルに特別な意味合いをことさらに持たせることなく、リングも含めたほかの諸作品と同等の位置づけとなったとみてよい。

でも、自分は、古いものほど好きだな、パルジファルは。
静的・神的であって欲しい。
中東を舞台になんてしてほしくないし、政治色を入れると、すぐに色あせちゃうし。。。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

戦後バイロイトでのパルジファル上演を指揮者でみてみると、ダントツでクナッパーツブッシュ。

  クナッパーツブッシュ  13年
  レヴァイン         10年
  シュタイン          8年
  シノーポリ          6年
  ブーレーズ          5年
  ガッティ           4年
  ヨッフム           3年


あとは、2年以下、単年の指揮者も。
ティーレマンは、まだ1年度しかパルジファルを振っていないが、録音した2001年の演奏は実に素晴らしい。

クナに次いで、G・フリードリヒとウォルフガンク・ワーグナーの演出の指揮を受け持ったレヴァインの登場年度が10ということで、これはバイロイトのパルジファル史上でも画期的なこと。

手元には、1985年のバイロイト正規録音、1990年と1991年のバイロイト放送録音、1991、92年のメット・スタジオ録音があり、1週間かけて、そのすべてを聴き直してみた。

Parsifal_1985_3  Wagner_parsifal_levine_1

  ワーグナー 舞台神聖祭典劇「パルジファル」

  アンフォルタス:サイモン・エステス  ティトゥレル:マッティ・サルミネン 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ペーター・ホフマン
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (85年7月バイロイト)

 
アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル

 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:ギュンター・フォン・カイネン

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (90年8月2日バイロイト)

 アンフォルタス:ベルント・ヴァイクル ティトゥレル:マッティアス・ヘレ 
 グルネマンツ:ハンス・ゾーティン   パルシファル:ウィリアム・ペル
 クンドリー:ヴァルトラウト・マイヤー  クリングゾル:フランツ・マツーラ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 バイロイト祝祭管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年7月26日バイロイト)

 
アンフォルタス:ジェイムス・モリス  ティトゥレル:ヘンドリク・ロータリング
 グルネマンツ:クルト・モル      パルシファル:プラシド・ドミンゴ
 クンドリー:ジェシー・ノーマン     クリングゾル:エッケハルト・ウラシハ

   ジェイムス・レヴァイン指揮 メトロポリタンオペラ管弦楽団/合唱団
                    合唱指揮:ノルベルト・バラッチュ
                               (91年4、92年6月NYC)

それぞれ、ジェイムズ・レヴァインの41歳から48歳にかけての演奏に録音。
ほぼ4作均一、高度に練られた、そして音楽の初々しさと、ゆったりと流れる川に身を任せることのできる安心感を伴った演奏。
演奏時間の長短は、演奏の良し悪しには結びつかないが、レヴァインのワーグナーはテンポがゆったり。

    トスカニーニ                       4時間48分
    グッドール                         4時間46分
    レヴァイン(85年)               4時間38分
    レヴァイン(メット)         4時間32分
    クナッパーツブッシュ(62年) 4時間10分
    クナッパーツブッシュ(56年) 4時間19分
    ブーレーズ(70年)       3時間48分
    ブーレーズ(2005年)     3時間35分

均一といいながらも、当然にメットのオーケストラは機能的に完璧なれど、劇場空間もひとつの楽器のようになったバイロイトの雰囲気豊かなオーケストラの音色には遠くかなわない。
ひとりひとりの奏者の音色が明るく、技量的にも万全なれど、やはりドイツのオーケストラ奏者の奏でるちょっとしたフレーズにもかなわない。
 そして、ここでもバラッチュの合唱指揮はあるものの、メットの合唱団の言葉ひとつひとつはきれいすぎる発声で、さらりとしすぎている。
あと、なんたって、ドミンゴのパルジファルは、その彼のヴァルターと並んで、わたくしには異質で、テカテカと輝かし過ぎるし、ひっかかりの少ない滑らかな独語がどうも・・・・
あと、ノーマンの立派にすぎるクンドリーもおっかなすぎる。
モリスもウォータンみたいなアンフォルタスだし。。
 って、メット盤をけなしすぎるのは、やはり、バイロイトの録音が素晴らしいから。

レヴァインの明快で、よどみのない指揮は、バイロイトの劇場あってのものだと思う。
リングにおいても、シネマティックなメットの演奏よりも、ずっと大叙事詩然としていて勇壮なものだった。
 ホフマンのヒロイックかつ剛毅なパルジファルに、硬質な声で二面性を見事にうたったマイヤーに、年とともに深みを増していったゾーティンのグルネマンツなどは耳に馴染みとなりすぎて、安心の極み。
ザ・クリングゾルともいうべき歌手、マツーラもファンタスティックだし、早くに亡くなってしまったアメリカのヘルデン、ペルの91年盤は素晴らしい声だと思う。

ということで、現役指揮者で、もしかしたらもっともパルジファルを指揮している人、レヴァインのものをまとめて聴いてみた次第。

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というのも、去年暮れから音楽界に衝撃を走らせたレヴァイン・スキャンダルのことがあったから。
こんなに豊かな音楽を作り出していた人が何故?

デュトワの女性に対するセクハラ、レヴァインの同性に対するセクハラ。
アメリカ発のセクハラ訴訟パンデミック。
時効もなく、大昔のことまで掘り起こされる。
行き過ぎた問題意識の掘り起こしは、ときにいかがかと思うが、誰もが聖人君子のようにふるまわらなくてはならないのだろうか。
ことに、映画監督や音楽家、とくに指揮者のように多くの人を統率する立場の芸術家は、今後ますます萎縮せず、正々堂々と音楽に向き合っていって欲しいと思う。
ほんと、ややこしいことになったもんだ。

で、バーンスタインに次ぐアメリカ音楽界のヒーロー、レヴァインも告発を受け、メットからもその職を解雇され、一転ダークな存在へと化してしまった。
日本と同じように、アメリカのマスコミの報道も容赦なく、レヴァインが、メット解雇を不服として損害賠償を起こしているが、悪の親玉のような写真を使用されているし、告発者を取材し、卑劣な出来事を詳細に報道している。

告発の内容は、1965年から70年代初めへとさかのぼる。
告発者は、ヴァイオリン、ピアノ、ベース、チェロのそれぞれ男性の演奏者4人。
ジョージ・セルから、指揮者としての才能を認められ、その後クリーヴランド音楽院の学生だったなかから、20人ほどがそのレヴァイン(当時20~30代)のもとにアンサンブルオケとして集められた。(なかには、クリーヴランド管の首席チェリストL・H氏も)
そこでは、レヴァイン・ナイトと称する閉ざされた関係のなかで、音楽に対する献身と決意を求められた。
衣食住もともにし、暴力的な性的関係も求められたと証言している。
なかには、母親とどちらを選ぶかなど、極端な選択も強いられたと・・・・
もっとあるけど、ここでは書けない・・・・。

70年代初めと言えば、レヴァインがマーラーやヴェルデイのオペラで鮮烈なデビューを果たしたころだ。
80~90年代をピークに、その後、体調も悪くし、ミュンヘンフィルやボストン響の指揮者でもパッとせず、病気がちだったレヴァイン。
今回の件で、音楽界からは、完全に抹殺されてしまうことだろう。
メットのHPでは、レヴァインは名前だけで、その経歴など一切消されているし、同様に、デュトワもロイヤルフィルを首になり、HPから名前すら消えている・・・・

彼らの音源だけは残るわけだが、その残された音楽たちには罪はない。
でも、わたし、レヴァイン・ファンなの、デュトワ・ファンなのとは、言いにくいことになってしまった。
NHKも忖度して、彼らのCDは放送できないのだろうか?
レコード会社も、彼らのCDはもう販売しないのだろうか・・・うーーむ。
つくづく、ややこしいことになってしまったものだ。

今回のレヴァインのパルジファルのなかで、一番充実していて、気合の入っていたのが、91年の上演の第2幕だ。
酒池肉林のクリングゾル城の花の乙女たちの怪しさとクンドリーの悩ましさ、それは、新ウィーン楽派を先取りするような斬新さがあるが、その描き方が明快で、その後のパルジファルの神性への目覚めも鮮やかな演奏に感じるのだ。

今年の復活節は、誰もが持つ人間の内面に存在する罪の深さ、そしてその人間の営みの光と影、なんてことも考えたりもしました。

「マタイ」とともに、「パルジファル」、その内容と音楽の存在も大きいです。

Azumayama_9

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コメント

ほー、
相変わらずの ワグナー
あんたも好きねぇ だのふ
高校時代の3年のエーゴの担任のセンセーもお好きでしたな ワグナーすごいよってのふ

県立音楽堂の隣の掃部山公園 さくらの季節はまったく40数年ぶり 眼前の勃起ビル林立にはうんざりしたなぁ 桜は綺麗でしたがのふ ビル共が枯れるまでみてえが そふいふわけにもいかんのふ

投稿: 真坊 | 2018年4月 5日 (木) 21時36分

追記
トスカニーニ遅いのねぇ こりゃ意外ですのふ

投稿: 真坊 | 2018年4月 5日 (木) 21時41分

もうかれこれ、45年はワーグナーにどっぷりの生活にございます!

投稿: yokochan | 2018年4月13日 (金) 08時16分

突然のコメントご容赦願います。かねてより折に触れ貴ブログを参照しておりました一野次馬です。
さて昨年来のレヴァイン及びデュトワに振りかかった醜聞には、何とも複雑な思いを抱いておりました。無論糺されるべきは糺されるべしなのでしょうが、あまりにも昨今の世情に流されたとしか思えない関係諸方面の対応には大いに鼻白む思いを抱かざるを得ません。
某公共放送は昨年12月のデュトワ指揮定演のオンエアを全てお蔵入りといういかにもな判断をしたようですし、レヴァインもメトの輝かしき歴史からその巨大な業績が抹殺されてしまいかねない成り行きで。
引き合いに出すのは差し障りがあるかも知れませんが、往年のフルトヴェングラーやクレンペラーも今日なお存せば果たしてどのような指弾を受けたのかと考えるとなおさら暗然たる思いにとらわれます。
このような形で今は亡き三浦淳史氏の言われた「芸術の夕映え」がかき消されてしまうのは耐え難い思いでなりません。ブログ主様と同世代の自分としては、この件に明確なご意見を発して下さったことに感謝致します。長文にて失礼いたしました。

投稿: Edipo Re | 2018年4月15日 (日) 05時37分

Edipo Re さん、こんにちは、そして、コメントありがとうございます。
ご指摘の点、すべて、もっともと同意いたします。
アメリカとヨーロッパから発した、こうした、過去の掘り起こしは、さらに日本では、ゴシップ的なマスコミ報道と結びついて、さらには、政権批判の対象ともなってしまいました。
 悪しきは断じられべきでしょうが、このなんでもかんでも追い詰める的な風潮は、芸術表現への意欲を矮小化させますね。
かつての清濁併せのんだ、大巨匠の時代はもう遠くに追いやられ、そつなく、スマートで無難な音楽がその主流となってしまうことが悲しいです。

投稿: yokochan | 2018年4月18日 (水) 22時30分

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