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2018年10月

2018年10月20日 (土)

ベルリーニ 「ノルマ」 カバリエを偲んで

大歌手のひとり、モンセラ・カバリエさんが、10月6日になくなりました。
享年85歳。生まれ故郷のバルセロナにて。

引退して久しいが、その全盛期の数々の名唱を聴いてきたわたくしのような世代には、寂しさもひとしおです。

歌手が亡くなるたびに思い、ここで記することですが、指揮者や器楽奏者の場合、現役を全うしつつ亡くなるというケースが多く、突然の悲しみにみまわれる訳ですが、歌手たちの場合は、一線を退いたのち、かなりの年月を経ての訃報を受け取ることが多いので、その喪失感は、耳に馴染んだその歌声とともに、じわじわとくることとなります。

人間の声は、聞く人の脳裏に記憶としてしっかりと刻まれるので、歌手たちの声もそれぞれに、人々の耳に残り続けることとなります。
そんな風に親しんだ声のひとつが、カバリエの声。

Bellini_norma_caballe_1
 ベルリーニ 歌劇「ノルマ」

ノルマ: モンセラ・カバリエ  アダルジーザ:フィオレンツァ・コソット
ポルリオーネ:プラシド・ドミンゴ オロヴェーソ:ルッジェロ・ライモンディ
クロティルデ:エリザベス・ベインブリッジ フラヴィオ:ケネス・コリンズ

 カルロ・フェリーチェ・チラーリオ指揮 ロンドン・フィルハーモニック
                アンブロジアン・オペラ・シンガーズ

             (1972.9 ロンドン、ウォルサムストウ)


ベルカント系のオペラをふだん、まったくといっていいほどに聴かないわたくし。
オペラ聞き始めのころは、なんでも貪欲に聴いたものだから、ベルリーニもドニゼッティもまんべんなく聴いたものですが。

 そして、カバリエの訃報を受けて、まず取りだしたのが「ノルマ」。
美しい旋律と歌にあふれたベルリーニのノルマ。
70年代前半のカバリエの絶頂期をむかえた頃の歌声は、ともかく優しく、美しく、そして、このオペラのアリアのように清らか。
もともと、ドラマテックな声も充分に持っていたカバリエだけど、愛する男を信じる優しい女性から、不実な男と知り、怒りに燃えてゆき変貌してゆく主人公を見ごとに歌っている。
カラスの強烈なまでののめり込み具合はここにはないけれど、カバリエのノルマの方が、普段聴きできる親しみやすさがある。
 そして、この演奏でのさらなる魅力は、コソットとの黄金コンビが聴けること。
コソットのアダルジーザは、同役での最高の歌唱に思います。
水もしたたるような素晴らしい歌声、声のディクションも純正そのもので、まさに本物!
その二人の歌う素敵な二重唱は、すてきなこと、このうえなし。
 ドミンゴの声は若く、輝かしい。
苦手意識はぬぐえないが、カバリエの歌で久々に聴くベルリーニのオペラ、美しいものでした。

そして、思い出のカバリエとコソットの名コンビといえば、これ。
  

Adoriana_2

チレーア 「アドリアーナ・ルクヴルール」

NHKが招聘した、1976年のイタリア・オペラ団。
このあと、この企画は終了してしまったけれど、その最後に相応しい名舞台だった。
何度も、このブログで自慢してますが、高校生だったワタクシ、この舞台にくぎ付けとなりました。
カバリエとコソットの、ひとりの男(若かったカレーラス)をめぐる、恋のさや当て。
お互いに、その素性を隠しながら、はじめは静かなやりとりが、だんだんと激昂してゆくさまが、ほんと、手に汗ものでした。
こんな、おっかない女性たちの板挟みになる小柄なカレーラスが、ほんと気の毒に思えたのでした。

Adoriana_1

思い出のすみれの花を送り返され、哀しみに暮れるアドリアーナ。
この儚く美しいアリアを、カバリエは、あの絶妙のピアニシモでもって歌い、巨大なNHKホールの隅々に、耳を澄ます人々の耳に、響かせたのでした。
このあと、駆けつけたカレーラスのマウリツィオと、ドラーツィのミショネ、この3人によるセンチメンタルな幕切れに、わたくしは落涙したのです。
いまでも、忘れられない。

Tosca_davis

  プッチーニ 「トスカ} 

そして、「トスカ」のカバリエも思い出深い。
アドリアーナを聴いたその年、同じくカレーラスとの共演に、イタリアオペラに初登場のコリン・デイヴィスの指揮によるレコード。

これがまた、フィリップス録音の奥行き豊かな素晴らしい録音とともに、シンフォニックな、かっちりした「トスカ」だった。
ドラマティコとしての、存在感を、その前の「アイーダ」での歌唱で、普遍的にしたカバリエのスケール豊かで、かつ、絶妙の音域の上下を、オペラの歌唱に導入した見事な歌。

カラス&プレートルと並ぶ、「トスカ」の本流とも呼べるCDのひとつと、自分では思ってます。

 わたくしが、カバリエのアドリアーナを体験する前年。

カラスが、ステファーノとコンビを組んで、日本で限定復活という「トスカ」上演計画がありました。

残念ながら、ほんとの直前で、カラスはキャンセルし、その代役の白羽は、カバリエにあたりました。
横浜の県民ホールでの上演で、NHKは、FMで生放送。
わたくしは、必死にカセットでエアチェック。
ピアノ伴奏もする、ヴェントーラというピアニスト兼指揮者と、新日フィルのバック。
このオケは、あまり冴えないものでしたが、そこそこの年齢に達してたステファーノのいまだに最高水準のカヴァラドッシは驚きだった。
それ以上に、例の弱音から、強い声まで、振幅の幅の大きい素晴らしい歌唱。
「恋に生き、歌に生き」のアリアでは、またも県民ホールを、ソットヴォーチェで満たしたのでした。

Aida_muti

 ヴェルディ 「アイーダ」

これが、実はカバリエの初レコード。
若獅子と呼ばれたムーティのデビュー間もないころの1974年の録音で、アバドがスカラ座で取り上げたそのキャストを、アイーダ役以外そのまま使って録音したことで、EMIに怒りを覚えたけれど、そんな思いは、この鮮烈なレコードを聴いて吹っ飛んだ。
 「わが故郷」では、また絶妙のピアニシモが。
んでもって、アイーダとアムネリスの対決は、ここでもコソットとの最高コンビでした。
ドミンゴもピカピカしてますし、カプッチルリにギャウロウ、ローニと超豪華な布陣です。

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 ヴェルディ 「群盗」

ドラマは、むちゃくちゃだけど、ヴェルディ初期~中期の歌の宝庫のようなオペラ。
ガルデッリによるヴェルディの初期シリーズにも、カバリエは登場して、その鮮度の高い声を聴かせてました。


Mehta_nypo_ring

ワーグナーもあり。
正規音源では、メータとニューヨークフィルと、あとロンバールともアリア集を録音しています。
この音源は、一部未入手なのですが、メータのリング抜粋に、「ブリュンヒルデの自己犠牲」が挿入されてまして、ドイツ系の歌手にない、サラっとしたクセの一切ない歌唱は、新鮮ではありましたが、耳当たりばかりが良すぎて、あまり残るものもなかったのも事実でした。
イゾルデを歌った若い頃の音源を目にしたことがあります。
予想される内容ですが、全曲なら一度聴いてみたいです。

Salome_caballe

 R・シュトラウス 「サロメ」

1968年の録音。
若い頃は、ドイツ物をかなり歌っていて、なかでもシュトラウスは、マルシャリンやアラベラなど、各タイトルロールを演じていました。
そんなシュトラウスへの適性を感じさせるこの「サロメ」。
少女であるサロメが、ヨカナーンを知ることで、怪しい女に変貌していく、そんなシュトラウスの狙いを、このカバリエの歌唱は見事に歌いだしていると思う。
ともかくキレイで、後に怪しい。
マッチョのミルンズのヨカナーンに、バリッとしたキングのナラボートも面白い。

Caballe_bernstein

シュトラウスを録音したバーンスタインとのワンショット。

フランス国立管との、サロメと歌曲。
このDGの1枚もカバリエらしい美しい1枚。
そして生き生きとしたバーンスタインの指揮に、フランスのオケの明るさも。

Strauss_caballe

     R・シュトラウス  4つの最後の歌

   アラン・ロンバール指揮 ストラスブール・フィルハーモニー

1977年頃の録音。
ロンバールとは、このほか、タンホイザーとトリスタンの一部を録音している。
多分にムーディに聴こえるカバリエのシュトラウスだけれど、言葉への思いは、そこそこに、シュトラウスの音符をこれほどまでに美しく歌い上げた歌唱は少ない。

カバリエの美声を聴くのに相応しい音楽、そしてその逝去を偲ぶにこの美しい音楽は相応しい。

わが若き日々に、オペラの奥行き深い楽しみを教えてくれたカバリエさんの数々の歌声。

カバリエさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2018年10月 8日 (月)

フィンジ エクローグ、チェロ協奏曲 A・デイヴィス指揮


9月のお彼岸に、彼岸花の群生(といっても町で植えたわけですが)を見てきました。

お家からすぐです。

個々には、怪しい雰囲気の花だけど、緑に赤、集めてみるととても美しいです。

日本の野山や路傍には、必ず咲いてます。
生命力のある花だし、古来、害獣を防ぐ効能があることから、お墓や田畑の境界に植えていったといいます。

夏が終わり、深まりつつある秋への、ちょっと寂しい想い。

高い空を見上げつつ、秋に聴くに相応しい音楽を。


Finzi_davis_1

 フィンジ  チェロ協奏曲 イ短調

      ピアノと弦楽オーケストラのための「エクローグ」

        ノクターン~新年の音楽

       「大幻想曲とトッカータ」~ピアノとオーケストラ


     チェロ:ポール・ワトキンス

     ピアノ:ルイ・ロルティ

  サー・アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団

            (2018.2.3,4 ワトフォード)

ジェラルド・フィンジ(1901~56)の音楽を聴き始めて、もう14~5年は経つけれど、しばらくなかったフィンジ作品の新録音の登場に小躍りしてしまった自分。
しかも、シャンドスレーベルが、その英国音楽の録音の使途としたアンドルー・デイヴィスの指揮によるものです。

短い生涯で、ただでさえ寡黙な作曲家だったのに、自己批判も強く、いくつかの作品やスケッチを破棄してしまい、40数曲の作品しか残さなかったフィンジ。
どの作品も、いずれも優しく、ナイーブな感性に貫かれ、英国抒情派と呼ぶにふさわしい存在。
フィンジは、ディーリアスと同じように、みんなで、よってたかって、聴きまくるというよりは、静かに、ひとり、ひっそりと聴くような、そんな作曲家であり音楽であります。
 とかいって、ワタクシ、本ブログで、二人の作品を書きまくって、ほめちぎっておりますが・・・・。
ロンドンっ子で、イングランド南部ハンプシャー州アッシュマンズワースで、50代半ばにして悪性リンパ腫がもとで亡くなってしまう。

父を9歳にして亡くし、その後も兄や弟という最愛の肉親も相次いで亡くなる。
さらに父の影をみたかもしれない音楽と心の師であった、アーネスト・ファーラーをも戦争で失ってしまう。18歳までにして、このように親しい人との別離を経験してしまったフィンジ。
こんな切なく悲しい体験が、フィンジの心に哀しみの思い出となって蓄積ということはかたくない。
それでも、作曲家を志し、いろんな先輩作曲家や演奏家(なかにはボールトもいる)と関係を築き、徐々にその名を音楽界にあらわしていくようになります。
 先に書いた通り、慎重な筆の進め方だったので、だいたい、年1~2作のぺースで、30歳代にはロンドンでもそこそこ名の通った作曲家となります。
 歌曲や、このCDに入ってる「ノクターン」などがそうです。
あとピアノ協奏曲も若い頃の作品ですが、これが未完に終わり、「エクローグ」として残されます。

その30代前半、バークシャー州のオルドボーンに移り、そこでなんと、リンゴの研究を始める。さらに39年には、ロンドンの西部、ハンプシャー州ニューベリー郊外アッシュマンズワースに移住し、ここでの田園生活で残りの生涯を過ごすことになります。

Ashmansworth

そこでは思索に満ちた作曲活動とともに、果樹園を手にいれての果樹栽培という園芸家としての才能もあらわします。

Finzi_fomer

 そこでは、アマチュア演奏家を集めて、いろんな作品を演奏したりしたそうです・
いまも現存するフィンジの家の画像を見ると、そんな慎ましくも微笑ましい田園生活ぶりが伺えます。
 フィンジ好きが、いまでもここで、小さなコンサートを催しているようです。
FINZI FRIENDS

第二次大戦後は、筆のペースも少しあげ、クラリネット協奏曲を書いたりもしますが、先に記した通り、フィンジに残された命はあと少ししかありませんでした。。。

チェロ協奏曲は、フィンジがずっと書きたかったジャンルの音楽で、もうあと5年から10年ぐらいの余命と宣告されていた時期に、バルビローリの勧めに応じて、書き始め、1955年に完成させたのが38分に及ぶ大作。
同年7月、チェルトナム音楽祭で、C・ビューティンの独奏、バルビローリとハルレ管によって初演された。
翌年56年のプロミスで、バルビローリび急病を受けて指揮台に立ったJ・ウェルドンの指揮によりロンドン初演。
しかし、そのあとすぐに、フィンジは亡くなってしまう。

以下は、以前の記事より引用。

>3つの楽章のうち、1と2の楽章で30分あまり。
そのふたつの大きな楽章の素晴らしさと、終楽章の舞曲風な明るい楽しさの対比が、妙に心に残る。

シリアスで、自在なスタイルで作曲することの多かったフィンジが、協奏曲の王道にのっとり揺るぎないソナタ形式で書いた第1楽章。
ラプソデックであり、かつヒロイックなチェロ独奏は、思いのたけを思い切りぶちまけているようで熱く、それを受けてオーケストラも孤独の色濃く壮絶。
辛いけれど、聴きごたえ充分で、大河ドラマの主題歌のようにドラマテックな音楽に驚く。

でも第2楽章は、あの優しくシャイなフィンジが帰ってきて、静かに微笑んでくれます。
このいつまでも、ずっとずっと浸っていたい音楽はいったいどのように形容したらよろしいのでしょうか。
冒頭、オーケストラによって、この楽章の主要旋律が、どこか懐かしい雰囲気で静かに奏でられる。
あまりの美しさに、手をとめて、目をとじて、じっと聴いていたい。
今日のいやなこと、昨日の悲しいこと、明日ある辛いこと・・・、そんなことは、もういいよ、といわんばかりにフィンジの音楽が包みこんでくれます。
楽章の終りに、メイン主題がチェロによって静かに繰り返され、オーケストラがピアニシモで儚くそれに応え、静かに終わります。泣きそうになってしまいます。

そして、チェロの上昇するピチカートで開始される舞曲風の第3楽章。
明るいけれど、2楽章と違った意味で、どこか懐かしい。
ふたつの楽章からすると軽めだけど、クラリネット協奏曲の終楽章と相通じる飛翔するような音楽。
洒落たエンディングが待ち受けております。<

シャープな印象だけれど、内省的な第1楽章を、今回のワトキンスの大らかだけど、芯のしっかりしたチェロで聴くと、フィンジの見据えたゆらぐ不安と未来のようなものが、しっくりと描かれているよな気もします。
そして、フィンジ節満載の2楽章は、チェロも、サー・アンドルーのオーケストラも美しさの極みで、そして儚い。
終楽章の軽めなあり方も、この演奏でよいと思います。
 ワトキンスは、エルガーのチェロ協奏曲もCDで持ってますが、何と言っても指揮者としても活躍しており、都響でエルガーの3番を聴きました。→ワトキンス指揮都響

お馴染みの泣ける音楽の筆頭、「エクローグ」。(牧歌)
 清純無垢の汚れない美しい音楽で、これを聴いて心動かされない人はありえませぬ。
言葉にすることができません。
 作曲家ラッブラは、この作品を称して「乱れぬ落ち着き」としたそうでありまして、それは落ち着いた悲しみの抒情という意味でまったくその雰囲気を言い得ているものといえましょう。
1929年、ピアノと弦楽のための協奏曲の2楽章として造られたものだが、1952年に、全体を未完として、エクローグとして残されることとなったが、死後の1957年まで、出版されることも演奏されることもなかった・・・・。

 ここでのロルティのピアノは、エクローグという曲にもまして繊細です。
デイヴィスの指揮する弦楽オーケストラも含めて、これまでの、エクローグの演奏音源の中で、一番といっていいほどに、静かで、内省的で、ドラマもなく、劇的でもなく、そして何もありません。
 こんなエクローグは、聴くまで想像もしてなかった。
現在の英国楽壇のメジャーな演奏家たちによる静かすぎるフィンジの演奏。
 ささやくような、その演奏。
いやでも、耳を澄まさなくてはなりません。
そこに浮かび上がるフィンジの抒情のひとしずく。
ほんとに、美しく、そして儚く、どこか哀しい。

ノクターン」は、常に助言者でもあり、仲間でもあった、ヴォーン・ウィリアムズを思わせる、ちょっと古風な言い回しの、篤信あふれる音楽。
弦が主体の祈りの気持ちが、ときに篤く、そしてちょっと寂しさも。

 BBC響の緻密なサウンドでもって、この古風な雰囲気の作品が蘇るような、そんなアンドルーさんの指揮ぶり。

幻想味溢れるピアノが聴ける、ちょっとジャジーで、即興的な雰囲気も感じる「大幻想曲とトッカー」。タイトルから想像がつくように、大バッハを意識した作品です。

1920年代後半に、書かれた若書きの幻想曲に、ずっと後年、1953年にトッカータを書いて追加した作品で、合わせて16分あまり。
「エクローグ」との作品の関係性も、フィンジのピアノ協奏曲の完成形という意味でもあります。

 (以下過去記事を基に編集してます)

静的でナイーブな落ち着きを持った「エクローグ」と異なり、この「幻想曲とフーガ」は、技巧的で自由で即興的な雰囲気が漂い、とりわけ幻想曲では、バロック的な華やかさとバッハ風の峻厳さを感じます。
 これを聴くと、わたしは、キース・ジャレットのピアノを思い起こします。
思えば、キースもバッハの人。
ピアノによるソロが長く続きます。
そんなジャジーな幻想曲を聴いてると、フィンジとは思えなくなってきます。

そして、ウォルトンに影響されて付け足すこととなったトッカータは、一転、オーケストラによる爆発的な開始で、ピアノ協奏曲の第3楽章のようなフィナーレ的な効果を持つ華やかなものです。
 その後、数十年を経ながらも、フィンジは、前半の幻想曲のフレーズを、後半オーケストラとピアノで、シリアスの奏でて、やがてトッカータが帰ってきて爽快に終了するように書きました。

このように、前半と後半が、巧みに結びついたこの曲に、「エクローグ」は入り込む余地はありませんでした。
やっぱり、別々に聴きましょう。
まして、ロルティのピアノは、ここでは冴えまくっていて、エクローグの時の静的な雰囲気とはかなり違います。
デイヴィスの指揮するBBC響も、バリッと冴えてます。

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フィンジの代表的な作品に、最新の録音による名演が加わったことを、心から喜びたいと思います。
 と、同時に、もっと違った演奏、例えば、もっともっと耽溺的な哀しすぎる演奏をも、心の中では求めているのも事実です。

Higanbana_1

秋の日に。

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2018年10月 6日 (土)

「タンホイザー」と「巨人」 ピッツバーグ響

Umezawa_2

夜明けの相模湾。

左手は三浦半島。

このところ、雲に覆われる日々ばかりで、せっかく海のある街に帰っても、日の出を拝むことができなかった。

しかし、これはこれで絶景。

自然は怖い牙をむくけれど、静かなときは美しいものだ。

Wagner_tannhauser_maazel_1

  ワーグナー  交響組曲「タンホイザー」
            (パリ版に基づくマゼール編)

    ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (1990.12 ハインツホール)

マゼールが、84歳で亡くなってから、もう4年が経つ。
神出鬼没的な存在で、個性的で、ときに鼻につくこともあったけれど、なんだかんだで好きな指揮者でもあった。

その歴任ポストも世界をまたにかけたユニークな渡り方で、ベルリン放送響→ベルリン・ドイツ・オペラ→クリーヴランド管→フィルハーモニア菅(准指揮者)→フランス国立管→ウィーン国立歌劇場→ピッツバーグ響→バイエルン放送響→トスカニーニ・フィル→ミラノ・スカラ座(准指揮者)→ニューヨーク・フィル→ミュンヘン・フィルと、まあすごいことなんです。
日本にも、東響や読響、N響を振りに何度も来てました。

マゼールが一番面白かったのは、ベルリンからクリーヴランドぐらいまでと思ったりもしてます。
あとは、ウィーンで失敗して、ベルリンフィルの座も取れなくて、なんか迷走したりもした時期もあったりで。

そんななかから、ピッバーグ時代の1枚を。
マゼールのピッバーグ時代は、1984年~1996年と、割と長期に渡ってまして、なぜなら、マゼールは名門ピッバーグ大学で学んだほか、ピッバーグ響でもヴァイオリン奏者を務めた経験があるので、街にもオーケストラにも愛着があったわけだ。

ワーグナーのオペラ全曲録音を残すことがなかったのは、とても残念なことですが、抜粋や管弦楽作品は、いくつも残してくれました。
そんななかで、マゼールが手をいれた風変りな作品が「タンホイザー」組曲だ。

序曲から大規模なバッカナールになだれ込むパリ版に忠実な1幕前半。
なかなか堂々たる演奏で、バッカナールもマゼールならではの悩ましさ。
そして曲は、ヴェーヌスとタンホイザーの絡みがネットリと続き、そのままヴェヌスブルクは崩壊し、清廉な野辺へと転じ、騎士たちとの再会で高らかに終わる第1幕。
 2幕は、歌の殿堂の場面は、かなり華やか聴かせ、タンホイザーとエリーザベトの二重唱もしっかりあるが行進曲はおとなしめな印象。
エリーザベトの嘆願をへて、ヴェーヌスへ、としずしずと進むとこで終わり。
 3幕からは巡礼行から始まり、エリーザベトの祈り、しんみり夕星ときて、そのあと怪しいムードでヴェーヌスがやってきて、さらに駆け足で、ローマ語りをすっとばしながらやってからの巡礼たちの合唱、ここは合唱はなんとハミング、そして思わぬ軽やかさで曲を終結。
以外に尻すぼみな感じの構成で、マゼールとしては、みずから編んだのに、前半はマゼールらしいが、後半は、もっとガンガンやって欲しかった的な感じです。
 
 ドイツ的な響きを持つピッバーグ響は、腰の低い低音から、マゼールの紡ぎだす妖艶なサウンドまで、とても能動的に機能してます。うまいです。
 マゼールは、ウィーン国立歌劇場での音楽監督のデビュー演目に、この「タンホイザー」でもって、歌手の不調もあって、大ブーイングを浴びてしまい、さらに、カーテンコールで親指を下にするパフォーマンスをしてしまい、大炎上した、と読んだことがあります。
因縁のある「タンホイザー」を故郷のひとつ、ピッツバーグで、自らの編曲でリベンジしてみた1枚でした。
 ワタクシには、どうも歌がないと、気の抜けたビールのように思えてしまうのであります。
リングのオケ版もそうです。
 それより、マゼールのバイロイトでの「リング」を正規発売してほしいと思います。

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Pittsburgh_1

ピッツバーグは、ペンシルバニア州の大都市で、オハイオ川の起点にあることから水辺の街でもあります。

Pittsburgh
                           (Southern Airways HPより拝借)

鉄鋼の街として栄えたが、その後の鉄鋼産業の衰退で、次はハイテクや金融、まさにいまのアメリカの主要産業を基軸にした都市となっている。
大学も多く、むかしからの大企業も存続していて、そのひとつがケチャップの「ハインツ」。
ドイツやイギリスの資本の企業も多数。欧州との結びつきが大きい。

都市圏としての人口は240万人で、冬はとても寒そうだ。
野球は、そう、「パイレーツ」ですよ。桑田真澄がいっとき在籍してましたな。

Pittsburgh_heinzhall_1

そして、オーケストラはピッツバーグ交響楽団。
ケチャップのハインツがスポンサーだし、本拠地もずばり、ハインツホール。

1895年の創立。一時、財政難で解散し、再スタートしたときは、クレンペラーも尽力し、そして、このオーケストラの基本を作り上げたのは、フリッツ・ライナー。
ライナーのあとは、スタインバーグが長く腰を据え、ドイツ的な響きを身につけた。
さらに、プレヴィン(76~84年)、マゼール(84~96年)、ヤンソンス(95~04年)、A・デイヴィス、ヤノフスキ、トゥルトリエの3人体制(05~07)、ホーネック(08~)という陣容。
 財政的に豊かなこともあり、そしてこのオーケストラや街や環境もいいのか、名指揮者たちが長く歴任してます。

Pittsburgh_heinzhall_2
                  (ピッバーグ響のHPより拝借)

スタインバーグからマゼールまでは、レコーディングがたくさんあったのに、ヤンソンスとはとてもいい関係だったのに係わらず、ショスタコーヴィチぐらいしか録音がない。
自主製作盤に魅力的なものはあるが、残念なこと。
90年代終わり頃から、アメリカのメジャーオケの録音は、お金がかかりすぎて採算が合わないようになってしまったからか・・・

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Honeck

   マーラー 交響曲第1番 「巨人」

    マンフレート・ホーネック指揮 ピッツバーグ交響楽団

               (2017.9.4 @Proms)


現在の指揮者ホーネックは好評で、先ごろ2022年まで、その任期を延長しました。
このコンビのCDは、そこそこ出てますが、高いし(笑)、腐るほど他盤持っている曲目ばかりなので、手が伸びません。
しかし、昨年ロンドンのプロムスの放送で聴いたマーラーは、実に活力みなぎる演奏で、いま聴き返しても、たくさん新鮮なヵ所が続出し、飽きさせることのない名演でした。

これほどの名曲になってしまうと、曲がちゃんとしているので、楽譜通りに演奏すれば、それなりの成果をあげることができるのですが、ホーネックは一音一音を大切に、そしてフレーズにもごくわずかに聴きなれない味付けを施します。
緩急も、かなりつけるのですが、それが自然体なのは、オーケストラ出身の指揮者だからでしょうか、嫌味がありません。

このホーネックの自在な指揮に、ピッバークのオケはピタリとついていきます。
そして金管の巧いこと!弦がしなやかで美しいこと。

いいオーケストラだと思います。
アメリカの香りのするヨーロッパのオケって感じ。
ボストン響にも通じるかな。

マーラーの最後のクライマックスの築きあげ方、じわじわ来ます、そしてタメもうまく決めつつ、底知れぬ大爆発。

ロンドンっ子も大歓声と大絶叫!

アンコールのJ・シュトラウスのポルカもすごいことになっちゃってます。

アメリカ、オーケストラの旅、楽しい~

Umezawa_1

薄日に、漕ぎ立つ船あり。

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