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2018年11月

2018年11月 3日 (土)

東京都交響楽団定期演奏会 シュレーカー、ツェムリンスキー

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 パソコンが逝ってしまったり、データも吹っ飛んでしまったりで傷心の日々。
遅ればせながら、超楽しみにしていたコンサートのことを書きます。

  東京都交響楽団 第864回定期演奏会

 シュレーカー      室内交響曲

 ツェムリンスキー   抒情交響曲

              S:アウシュリネ・ストゥンティーデ

      Br:アルマス・スヴィルパ

    大野 和士 指揮 東京都交響楽団

         (2018.10.24 @東京文化会館)

今年1月の「人魚姫」に続く、大野さんと都響のツェムリンスキー。
そして、シュレーカーとくれば、もう、わたくしのド・ストライク・ゾーンのコンサートなんです。

秋の装いが深まりつつある上野の森の晩、見上げれば月が美しい。

そこで響いた、後期ロマン派の終焉と、不安と焦燥、そして煌めく世紀末、それらを強く感じさせるふたりの作曲家の音楽。
その響きに身をゆだね、心身ともに開放され、我が脳裏は、100年前のウィーンやドイツの街を彷徨うような、そんな想いに満たされたのでした。

 シュレーカーの音楽をオペラを中心に聴き進めてきました。
9作あるオペラのうち、6作はブログにしました。
残る3作のうち、2つは準備中ですが、あとひとつが録音もない(たぶん)。
しかし、こんなわたくしも、「室内交響曲」は、存外の蚊帳の外状態でした。
音源も持ってるつもりが、持ってなかった。
 コンサートに合わせて予習しましたが、初期のブラームスチックな曲かと思いきや、「烙印された人々」の前ぐらいの時期で、わたくしの大好きなシュレーカー臭満載の、濃密かつ、明滅するような煌めきの音楽なのでした。

 文字通り、室内オーケストラサイズの編成でありながら、打楽器各種はふんだんに、そしてお得意のピアノに、チェレスタに、ハルモニウムが通常ミニサイズオケの後ろにぎっしり並んでる。
 連続する4つの楽章は、いろんなフレーズが、まるでパッチワークのように散り交ぜられ、それらが、混沌としつつも、大きな流れでひとつに繋がっているのを、眼前で、指揮姿や演奏姿を観ながら聴くとよくわかる。
それらの中で、オペラ「はるかな響き」と「音楽箱と王女」に出てきたような、聴きやすい旋律が何度か顔を出すのもうれしい聴きものでした。
 大野さんの、作品をしっかり掴んだ指揮ぶりは安定していて、都響のメンバーたちの感度の高い演奏スキルも見事なものでした。
 シュレーカーの音楽を聴いたあとに感じる、とりとめなさと、どこか離れたところにいる磨かずじまいの光沢ガラスみたいな感じ。
いつも思う、そんな感じも、自分的には、ちゃんとしっかり味わえました(笑)

     -----------

シュレーカー(1878~1934)、ツェムリンスキー(1871~1942)、ともにオペラ中心の作曲家であり、指揮者であり、教育者でもありました。
そして、ともに、ユダヤ系であったこともあり、活動期に登場するナチス政権により、他国に逃れたり、活動の制限を受けたりもしたし、シュレーカーの音楽にあっては、退廃音楽とのレッテルを貼られてしまう。
このふたりの音楽を並べて聴く意義を休憩時間にかみしめつつ。

後半は、オーケストラがステージ一杯にぎっしり。

黒い燕尾服に、シックな黒いドレス、リトアニアからやってきた、大野さんとも共演の多い二人の歌手は、指揮者の両脇に。

そして、始まったティンパニの強打と金管の咆哮。
この曲のモットーのようなモティーフ。
これを聴いちゃうと、もう数日間、このモティーフが頭に鳴り続けることになる。
この厭世観漂う、暗い宿命的な出だし、大野さん指揮する都響は、濁りなく豊かな響きでもって、この木質の文化会館のホールを満たした。
上々すぎる出だしに、加えてスヴィルパのバリトンがオーケストラを突き抜けるようにして豊麗なる歌声を聴かせるではないか。
不安に取りつかれたようなさまが、実に素晴らしい。
 それに対し、2楽章でのソプラノ、ストゥンティーデは、その出だしから声がこもりがち。
途中、強大化するオーケストラに、声が飲み込まれてしまう。
でも、のちの楽章では、しっかり復調したように、なかなかに尖がった、でもなかなかの美声を聴くことができて、とても安心した。

不安と焦燥から、こんどは濃密な愛を語る中間部。
バリトンの歌う、「Du bist mein Eigen、mein du,・・・」
「おまえは、わたしのもの、わたしのもの、わたしの絶えることのない、夢の中の住人よ」
もっとも好きなところ、まさに抒情交響曲と呼ぶにふさわしい場面。
胸が震えるほどステキだった。
 さらに、ソプラノがそれに応える、「Sprich zu mir , Geliebter」
「話してください、いとしい方」
復調のストゥンティーデのガラスのような繊細な歌声、それに絡まる、ヴァイオリンソロや、ハープにチェレスタといったキラキラサウンド。
耳を澄まして、そして研ぎ澄ませて、わたくしは、陶酔境へ誘われる思いだった。

でも、早くも男は愛から逃れようとし、女は別れを口にする。
大野さんのダイナミックな指揮のもと、激しいオーケストラの展開、打楽器の強打に、ビジュアル的にも目が離せない。
ここでのストゥンティーデの、カタストロフ的な絶叫も、ライブで聴くとCDと違ってスピーカーを心配することがなく、安心して堪能。
静的ななかでの、強大なダイナミズムの幅。
素晴らしい音楽であり、見事な都響の演奏と感じ入る。

最終章は、バリトンの回顧録。
スヴィルパさん、とてもマイルドな歌声で素晴らしい。
わたくしも、これまでの、この演奏のはじめから、振り返るような気持ちで聴き入りました。
そして、わたくしは、愛に満ちたマーラーの10番を思い起こしてしまった。
ときおり、あのモットーが顔を出しながらも、濃密でありながら、どこか吹っ切れたような、別れの音楽。
 ふだん、CDでは、あまり意識してなかった、オーケストラのグリッサンドが、この演奏ではとても強調され、そして効果的に聴こえたことも特筆すべきです。

静かに、しずかに終わったあとのしばしの静寂。
ひとこと、「ブラボ」と静かに発しようと思ったけど、そして、いい感じにできそうだったけれど、やめときました。
心のなかで、静かに声にするにとどめました。

この作品の良さを、心行くまで聴かせてくれた素晴らしい演奏でした。
大野さんの、この時代の音楽、オペラ指揮者としての適性をまた強く感じたこともここに記しておきたいです。

甘やかな気持ちで、ホールを出ると、月はさらに高く昇ってました。

Ueno

近くで軽く嗜んでから夢見心地で帰りました。

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