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2018年11月14日 (水)

アルヴェーン 交響曲第4番「海辺の岩礁から」 ヴェステルベリイ

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お台場の夕暮れ。

ある日、芝浦サイドから、歩いてレインボーブリッジを走破し、人工の砂浜ですが、静かに波が押し寄せる浜に映る、美しい夕焼けを堪能しました。

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   アルヴェーン 交響曲第4番 ハ短調 OP.39
             「海辺の岩礁から」


       S:エリザベト・セーデルストレーム

       T:イェスタ・ヴィンベ

スティグ・ヴェステルベイ指揮 ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団

               (1979.2.20 ストックホルム)


スウェーデンの作曲家、ヒューゴ・アルヴェーン(1872~1960)は、後期ロマン派と民族楽派風なタッチとが織り合った作風で、主に管弦楽作品を中心に残した人。
1960年没というと、なんだかそんなに昔の人に感じないけれど、この時代の方としては、長命だったわけです。

5曲ある交響曲を、全部聴いてはみたが、やはり、自分的には、この4番が圧倒的に素晴らしく、このブログでも今回が4度目の登場なんです。
 というのも、大野&都響で、今年、聴いてきたツェムリンスキーの作品と、自分では姉妹的存在に思っていて、その締めくくりに、ぜひにも、あらためてじっくり聴いておきたかったのだ。
そう、ツェムリンスキーの「人魚姫」に「抒情交響曲」の姉妹です。

前者はまさに、海と人魚姫の伝説の物語、そして後者は、男女の愛と別離の物語。
そして、アルヴェーンの交響曲は、岩礁の岩場、まさに、北欧の海を背景にした男女の愛とその破綻。

その作曲年は、「人魚姫」が、1903年。
アルヴェーンの「岩礁」が、1919年で、「抒情交響曲」は、1923年となります。
ちなみに、シェーンベルクの「グレの歌」は、それらの狭間の1911年。
第一次世界大戦をはさむ、これらの年代。
ヨーロッパは、そのときどうだったのか・・・

こんな風に、同じ香りを持った作品を、世の出来事で対比して、見てみると面白いものです。

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アルヴェーンは、北欧の自然・風物を愛し、小島にサマー・ハウスを持って、そこで作曲に勤しんだらしい。
岩礁の多い海辺には、小舟を出し、そこで思索に耽り、この作品も構想された。

連続する単一楽章の作品だが、そこに込められた男女の愛の様相は、4つの場面にわけられ、まさにそれが、シンフォニーともいえる。
 ピアノとチェレスタ、ハープも含む大規模な編成で、このあたりも、ツェムリンスキーを思わせます。
 しかし、ユニークなのは、ツェムリンスキーの「抒情交響曲」のように、男女のソロが声楽パートして起用されるが、彼と彼女には、すなわち、テノールとソプラノには、言葉はなく、ヴォカリーズなのであります。
 「アァ~~」とか「はぁ~ん」とかでして、これがかえって悩ましく官能的。
初演時は、反道徳的とされ、それゆえに、当時、「シンフォニア・エロティカ」なんて呼ばれてしまった。
この時代の作品を聴きなれた、今のわれわれにとっては、エロティカでもなんでもなく、むしろ、作曲者がねらった、男女のソロが、まるでオーケストラの一員のような存在として、交響曲のひとつとして、ちゃんと聴くことができるのだ。

「この交響曲は二人の人間の愛の物語と関係があり、象徴的なその背景は外海へ転々と広がる岩礁で、海と島は闇と嵐の中で、互いに戦いあっている。また月明かりの中や陽光の元でも。その自然の姿は人間の心への啓示である。」

 記事のたびに載せるアルヴェーン自身の言葉。

①若い男の燃える、さいなまれるような欲求

②若い女の、穏やかで夢見るような憧れ~月明りに照らされた大きな波のうねり

③太陽が昇り、ふたりの最初で、しかも最後の幸福な一日

④強風によって揺さぶられ、悲劇的な週末が訪れる~幸福は破滅する


こんな4つの物語が、それぞれの楽章になってます。

なんど聴いても陶然としてしまう、この曲が大好きなわたくし。

レコード時代の終わりごろ、まだ健在だった、そして、クラシック好きの聖地だった、秋葉原の石丸電気で見つけたレコード。
聴いたこともない曲に、作曲者。
ジャケットのステキさもあって、何気なく購入し、そして帰って聴いてみたら、ずばり直球で大好きなサウンドだった。 
 前にも書いたかもしれないが、シェーンベルクやウェーベルンに始まり、ベルク、そして遡ってマーラーに行き着いた頃。

スウェーデン人だけの本場の演奏。
クールでクリスタルな声、セーデルストレームに、その後、ワーグナー歌手に成長するヴィンベイのこの当時はリリックな美声。
 そしてヴェステルベイの心のこもった、そしてよく旋律をうたわせた素晴らしい指揮に、ストックホルムの澄んだ音色のオーケストラ。
申し分ない演奏であります。
数年前に、スウェーデンプレスのCDを入手に、宝のようにしてます。

これを含めて、4種の音源をもってますが、あらためて、同じストックホルムのオーケストラを指揮した、N・ヤルヴィのものを聴いてみたら、てきぱきと曲が進捗し、角が取れすぎて濃密さも少なく感じた。
逆にスヴェトラーノフは、いい雰囲気だけれど、音楽の言語がロシアにすぎる感が。
で、以外といいのがウィレンとアイスランド響のクールさでした。

秋に聴く北欧の大人の音楽。

 高負担高福祉国家のスウェーデンは、 「IKEA」とか「H&M」の発祥の国でもあって、「北欧の顔」的な憧れの国ですが、移民政策にも寛容で、しかし、いまやその移民問題で治安も含め大変なことになっている。

海外のオーケストラ、ことにアメリカなどは、映像などで、そのメンバーを見るとあらゆる国のメンバーが中華系を中心に構成されている。
ナショナリズムを説くような信条は、まっぴら持ち合わせていないが、世界のオーケストラが巧くなり、そして音もグローバル化していく流れに不安を感じます。

スウェーデン産の音楽と演奏を聴いて、思うこと、これあり。

 「ウィレン&アイスランド響」

 「N・ヤルヴィ&エーテボリ響」

 「スヴェトラーノフ&ロシア国立響」

Toyosu

お台場の対岸、芝浦から。
正面は、豊洲市場。
船の左手は、建設中のオリンピックの選手村。

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コメント

yokochanさん、参考までに...

ボカリーズ付きの同世代のシンフォニー
ニールセン3番「シンフォニア・エスパンシーヴァ」1910年~11年
メラルティン4番「夏の交響曲」1912年
ヴォーン・ウィリアムズ3番「田園交響曲」1918年~21年

それぞれ、影響受けていますね。特に音色の使い方が、原色ではなく淡いパステル調の音色。
アルヴェーンは交響曲5曲の内、抜きに出ている作品だと思います。
的外れかもしれませんが、歌詞の無い「トリスタンとイゾルデ」と言った趣。

海の因んだもの
ドビュッシー:交響詩「海」 1903年〜05年
チュルリョーニス:交響詩「海」 1903年~07年
ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲1番「海の交響曲」 1903年〜10年
ベアセン:交響曲2番「海」 1904年
イベール:海の交響曲 1931年
リスエア:交響曲4番「シンフォニア・ガイア」 1939年〜40年
ニーストレム:交響曲3番「海の交響曲」 1946年〜48年
ハンソン:交響曲7番「海の交響曲」 1977年

人魚関連
メンデルスゾーン:序曲「美しきメルジーネの伝説」 1834年
ダルベール:ソプラノとオーケストラの為の「人魚」 1897年
ドヴォルジャーク:歌劇「ルサルカ」 1900年

投稿: さすらう人魚 | 2018年12月15日 (土) 11時40分

さすらう人魚さん、こんにちは。
大いに参考になる関連曲目のご案内、ありがとうございます。
半分は知り、弊ブログにも書いたことがありますが、大半は未聴だったり、存在すら知らなかった曲ばかり。
音楽のすそ野は広いですね!

そして、アルヴェーンのこの作品、まさにトリスタンの世界でして、その影響も多々受けております。
そのトリスタンの影を感じる作品は、それこそ枚挙にいとまがないですね。
このように、いろんな関連づけで、音楽を紐解きながら聴くことも、ほんとうにおもしろいものです。
ありがとうございました。

投稿: yokochan | 2018年12月17日 (月) 08時41分

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