ショスタコーヴィチ、バーンスタイン ワシントン
もちろんレプリカですが、ちょっとウィキったところ、アメリカの自由の女神は、独立100年の記念に、フランスが贈ったもの。
さらに、その返礼として、パリ在留のアメリカ人、まさに「パリのアメリカ人」が、パリに建てたものもあります。
東京のものは、1988のフランス年に展示され、この時は、大の親日家シラク大統領のもとでした。これが好評で、2000年より正式に、お台場に設置されたとのこと。
ほかにも、いろんなところにあるそうな。
いずれにしても、自由と民主主義の象徴なのであります。
アメリカのオーケストラシリーズ。
メジャーの5大オケは、あとまわしにして、それに次ぐエリート・イレブンとか一時いわれたオーケストラを聴いていこうという作戦です。
これまで、ミネソタ管、デトロイト響、ピッツバーグ響と聴いてきました。
今回はアメリカの中心都市、大統領のおひざ元、ワシントンのオーケストラ、ナショナル交響楽団を。
ショスタコーヴィチ 交響曲第8番 ハ短調 op.65
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮 ナショナル交響楽団
(1991年 ワシントン、ケネディーセンター)
正式名称は、ナショナル交響楽団(The National Symphony Orchestra)で、日本では、ワシントン・ナショナル交響楽団という呼称になってます。
国家とか、お国のオーケストラという意味合いなので、ワシントンをわざわざつけなくてもよろしいかと。
もちろん、民間のオーケストラですが。
ちなみに、ワシントンにあるメジャーリーグのチーム名も、ナショナルズという名称です。
もともと、国事や、公的な祝祭日用のオーケストラとして1931年に創設。
大統領のオーケストラと呼ばれる由縁です。
キンドラー、ミッチェルと地味な指揮者を経て、このオーケストラがレコードなどで世界的に名前が出てくるようになったのは、アンタル・ドラティが1970年に音楽監督に就任してから。
ここでもオーケストラビルダーとしてのドラティの名がアメリカ楽壇に残されることとなります。
デッカの鮮やかな録音で、チャイコフスキーやワーグナー、アメリカ作品、さらにダラピッコラなんてのもありました。懐かしい。
そして、1977年に、ロストロポーヴィチが音楽監督を引き継ぎます。
当時、大統領は、カーターさんで、共和党から民主党に政権が変わった年。
そんな年、74年にソ連から亡命したロストロポーヴィチが、こともあろうに、大統領のオーケストラと呼ばれるナショナル響の指揮者になる。
反体制で、言論人を多く擁護してきたロストロポーヴィチを起用するという、アメリカという自由な国の典型的な実例がここにあるわけであります!
その後、78年には、ソ連邦は、ロストロポーヴィチの国籍をはく奪するという対抗処置に出ます・・・
チェリストであり、ピアニストであり、指揮者でもあったロストロポーヴィチ。
自国の作曲家の作品を積極的に指揮して、広めることにも責務を感じていたと思います。
ソ連邦崩壊後、ナショナル響とロンドン響を振り分けて録音したショスタコーヴィチの交響曲全集。
その全部を聴いてませんが、ロストロポーヴィチならではの、濃厚な解釈と、そこここに聴かれるユニークな節回しなど、普段、わたくしが好んで聴く、欧州勢による純音楽的なスコアの解釈による、シンフォニックなショスタコーヴィチと異なるものを感じます。
この8番も、ナショナル響が、ロストロポーヴィチの解釈にピタリと合わせていて、長大な第1楽章や4楽章のラルゴなど、実に深刻で暗澹たる音色を聴かせます。
一方で、スケルツォや行進曲調の楽章では、オーケストラの個々の奏者の妙技を引き出してますし、はちゃむちゃ感もお見事。
独ソ戦下に書かれた8番。
1943年の作品。
世界は戦争という災禍に覆われてました。
ナショナル響の本拠地、ジョン・F・ケネディ・センター。
1971年、このホールのこけら落としのために作曲されたのが、バーンスタインのミサ曲。
バーンスタインとこのホールとの関係でいうと、もう1曲。
1976年のアメリカ建国200年を記念して作曲された「ソングフェスト」があります。
間に合わずに1年遅れとなりましたが、1977年の10月に、作者がナショナル響を指揮して初演、12月にレコーディングされました。
そう、まさにロストロポーヴィチの音楽監督就任の年でもあります。
バーンスタイン ソングフェスト
~6人の歌手とオーケストラのためのアメリカの詩による連作~
S:クランマ・デイル Ms:ロザリンド・エリアス
Ms:ナンシー・ウィリアムズ T:ネイル・ロッセンシャイン
Br:ジョン・リアードン Bs:ドナルド・グラム
レナード・バーンスタイン指揮 ナショナル交響楽団
(1977.12 ワシントン、ケネディーセンター)
Ⅰ.賛歌
①冒頭の賛歌 「 一篇の詩を」 フランク・オハラ
Ⅱ.3つのソロ
②「高架線の向こうの駄菓子屋で」ローレンス・フェルリンゲッティ
③「もう一人の自分に」 ユリア・デ・ブルゴス
④「君の言葉に言おう」 ウォルト・ホイットマン
Ⅲ.3つのアンサンブル
⑤「僕も、アメリカに歌う」 ラングストン・ヒューズ
「ニグロでいいの」 ジューン・ジョルダン
⑥「大事な愛しい夫へ」 アンネ・ブラッドストリート
⑦「小さな物語」 ガートルード・スタイン
Ⅳ.6重唱
⑧「もし君に食べるものがなかったら」 e.e. カミングス
Ⅴ.3つのソロ
⑨「君と一緒に聴いた音楽」 コンラッド・アイケン
⑩「道化師の嘆き」 グレゴリー・コルソ
⑪ソネット「わたしがキッスしたのは?」エドナ・セント・ビンセント・マリー
Ⅵ.賛歌
⑫締めの賛歌「イズラフェル」 エドガー・アラン・ポー
バーンスタインによって選ばれた、アメリカ建国前の17世紀半ばから、20世紀当時までの300年にわたる自国の詩につけた歌曲集で、それらをソロやアンサンブルでつないで行く巧みな構成。
光と闇もありますが、愛のこと、結婚のこと、日常の生活、個人・みんなの豊かな豊富、創造的な思いなどを歌い継ぎ、作曲時の建国100年という節目に、良きアメリカを包括的に振り返るという内容になってます。
一方で、ピューリタンとしてやってきた彼らの社会に内包される、黒人、女性、同性愛者、移民などを含むマイノリティの問題も、ここで取り上げているところが、アメリカの良識であり、バーンスタインらしいところです。
曲はとても聴きやすくて、エレキギターや電子オルガンなども含み、多彩な響きがオーケストラから鳴り渡りますが、明るく屈託がない場面や、シリアスなシーンも多々。
バーンスタイン節がそこここにあふれてます。
最後のポーによる「イズラフェル(天使のひとり)」賛歌の一節
住みたいものだ イズラフェルのところに
彼がいる天上に そう、彼もわたしの住む地上では
あんなにうまく歌うのは無理だ
地上のメロディを天上と同じようには
それにひきかえ、私ならもっと大胆な調べがあふれ出てくるのだ
天にのぼって、私が竪琴を奏でれば
(かちかち山のたぬき囃子さまの記事より)
理想を高く掲げ、求め続けるアメリカです。
いや、でした、か。
ポリティカルコレクトネスのもと、すべてがフラットに、という観念に縛られすぎ。
過去にも遡って断罪される。
異なる信教の方のために「メリー・クリスマス」も言えない。
そんな堅苦しくなったアメリカに、Make America Great Again! と掲げる大統領が出てきた。
バーンスタインが100歳で存命だったら、いま、どんなアメリカを作曲するんだろう。
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ワシントンD.C.
District of Columbia、特別自治区としての称号、コロンビアは、コロンブスのこと。
大統領のお膝元、ワシントンは、ワシントン州の州都。
人口は、60万人ほどだが、周辺首都圏ゾーンとしては、600万人ぐらいの規模となります。
桜並木で有名なポトマック川を背に立つ、ケネディ・センター。
その東に目を転じると、ホワイトハウスがあります。
ホワイトハウスを中心に、放射状の街づくり。
地図でも見ても合理的でかつ、美しい。
そして、アメリカの歴史に名を残した人物たちが、街のあちこちに、その名を刻まれている。
自己の建国以来の歴史に、誇りを持ち、それを高らかにしているアメリカという国。
世界の民主主義をリードする覇権国家。
日本の街には、こんなあけすけな名前の付け方の場所はない。
敗戦で尊い永き歴史を一時的に否定されそうになったが、いまや民主主義国家として、アメリカと同盟を組み、ともに自由な理念を世界にリードしていく国となった。
飛躍しすぎましたが、ワシントンの街と地図をつらつら眺めていて思ったことです。
ザ・アメリカのひとこま
観光HPより拝借してます。
クリスマスには、「ハッピー・ホリディ」じゃなくって、「メリー・クリスマス」と言いたいよ。
八百万(やおろず)の神のわがニッポンですからなおさら。
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ナショナル響の指揮者の変遷。
ロストロポーヴィチ(1977~1994)、スラトキン(1996~2008)、I・フィッシャー(2008~2009)、エッシェンバッハ(2010~2016)、J・ノセダ(2017~)
実務的な実力者ばかり。
しかし、みんな録音が少ない・・・・
ノセダは、好評で、2025年まで、その任期を延長してます。
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