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2019年1月

2019年1月20日 (日)

アバドのプロコフィエフ

Ume_1

日の入り直後、浮かんだ雲が夕日を浴びて美しかった。

そして、クラウディオ・アバドが天に召されて早くも5年。

あの日の朝、ネットで海外ニュースをぼんやりと見ていて、飛び込んできたアバドの訃報。

呆然として、しばらく何も手につかなかった。

でも、ときおり思い出したように出てくる発掘音源が、心から楽しみだし、残された豊富な音源や映像に囲まれているのも、思えばファンとしては幸せなことなのかもしれない。

この日に、アバドの得意としたプロコフィエフをいろいろ聴いてみた。

Prokoviev_abbado

「ロメオとジュリエット」「道化師」 抜粋  ロンドン交響楽団 66年

ピアノ協奏曲第3番 マルタ・アルゲリッチ ベルリンフィル  67年

「古典交響曲」、交響曲第3番       ロンドン交響楽団 69年

「キージェ中尉」「スキタイ組曲」      シカゴ交響楽団  77年

「アレクサンドル・ネフスキー」        ロンドン交響楽団 79年

タイボルトの死               ECユースオケ  79年

ヴァイオリン協奏曲第1番・2番  ミンツ シカゴ交響楽団  83年

「ピーターと狼」「古典交響曲」ほか    ヨーロッパ室内管  86年

ピアノ協奏曲第1番・3番   キーシン  ベルリンフィル    93年

「ロメオとジュリエット」抜粋      ベルリンフィル    96年

 (あと映像として、シモン・ボリバルとのスキタイ、ピーターと狼
    ワンとルツェルンでピアノ協奏曲第3番)

アバドの録音したプロコフィエフは、以上だと思います。

こうしてみると、やはり、「ロミオ」が一番お得意で、あとは協奏曲。

でも、本当にアバドらしいのは、「アレクサンドル・ネフスキー」と交響曲第3番。

Prokofiev_alexander

「アレクサンドル・ネフスキー」、もともとは、エイゼンシュタインの依頼による映画音楽からチョイスした壮大な声楽作品。
ダイナミックで写実的な場面は、迫力満点で、アバドは、気脈の通じ合ったロンドン響と緻密かつ明快盛大な音楽を作り出している。
 しかし、この作品のもうひとつの一面、圧制に苦しむ民衆と、その開放、このあたりをよく描いていて、ムソルグスキーを愛したアバドの着眼点は、ここにあると思わせる、そんな「ネフスキー」の演奏になってます。
そして、録音が抜群によろしい。
 
 そして、ユニークなのが、交響曲第3番
若い頃から、プロコフィエフの交響曲ならこの3番のみを演奏してきたアバド。
西側の指揮者で、この3番に刮目した初の指揮者ではないでしょうか。
 2番とともに、アヴァンギャルドな作風も有しつつ、ロシアの憂愁や、甘味な旋律もあふれる、何気に素晴らしい作品で、バレエ音楽にも近い。
これをアバドは、イタリア人の明るい目線でもって、歌でもって答え、快活に演奏してしまった。
プロコフィエフの特徴である、クールなリリシズムを、アバドほど巧みに描きだす指揮者ないなかった。

Prokofiev

画像は借り物ですが、アバドのDGデビュー盤は、朋友アルゲリッチとの、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番とラヴェル。
ともに、両曲一番の名演だと、いまもって思ってます。
67年の録音ですが、この年、さらにベルリンフィルとは、ブラームスのセレナーデ2番などを入れてまして、カラヤン以外の録音は当時はとても珍しかったはず。
当の名器ベルリンフィルも嬉々として演奏している感があり、ノリノリです。
そしてアバドのスマートな指揮に、アルゲリッチの情熱的なピアノが見事な反応を起こして、チョーかっこいいプロコの3番が仕上がりました。
のちの慎重すぎのキーシンとのもの、さらには、アクロバティックな空疎なY・ワンのものより、ソリストとの組み合わせで、この一番古いものが好きです。

協奏曲で、シェロモ・ミンツとのヴァイオリン協奏曲
こちらも、今度は曲が、とくに2番が深いだけに、さらにシカゴがオケなだけに、演奏の充実度が高いです。アバドの緻密なバックがあって、ミンツの美音が光っている印象。
受ける印象は、冷たい空に浮かぶ怜悧な三日月みたいな感じの美しさ。

さらにシカゴの高性能ぶりをまざまざと見せつけてくれる見本のような、「キージェとスキタイ」。
このふたつの組曲の理想的な演奏がアバド盤でしょう。
切れ味するどく、どこもかしこもエッジが効いていて、リズム感も抜群、聴いていて、爽快かつ胸のすくような快感を覚えます。
さらに、この1枚もまた、録音がよい!

「ピーターと狼」は、各国の著名人たちがそれぞれに声を担当して各地で発売されたが、日本では、アバド自身が選んだ坂東玉三郎。
しかし、私の持っている外盤は、カレーラスで、スペイン語だったりします。
鋭敏な演奏で、面白いのですが、この音盤でステキなのは、その余白に収められた「ヘブライ序曲」と「軍隊行進曲」だったりします。
アバドらしい凝った企画です。

Abbado_prokofiev_romeojuliet

アバドのメジャーレーベルデビューが、デッカへの「ロミオとジュリエット」
組曲から、9曲を抜き出したロンドン響との演奏。
デッカの生々しい録音が今でも鮮度高いですし、アバドの堂々としてゆるぎない指揮ぶりもデビュー盤とは思えない充実ぶりを感じさせます。
音色は明るく、地中海的ですらあります。
そして、ここでも抜群のリズム感が光ります。

79年に、ザルツブルク音楽祭で、若いECのオケとの演奏会のアンコールに「タイボルトの死」を演奏。
この鮮烈かつ、血の出るような熱気あふれる演奏はライブで燃えるアバドならでは。

そして、デビュー盤から30年後、お互いにベストコンビとなったベルリンフィルとの録音は、今度は組曲からではなく、全曲版全52曲から、アバドが選び出し、曲順も変えた20曲の抜粋版。
以前に書いたこの音盤の記事と、今聴いても思いは変わらないで、ここに再褐しておきます。

<繊細な歌う絶妙のピアニシモから、分厚いフォルティッシモまで、広大なダイナミックレンジを持つ鮮烈な演奏。
威圧的にならず、明るいまでのオーケストラの鳴りっぷりのよさが味わえるのも、見通しいい音楽造りをするアバドならでは。
 有名な「モンタギュー家とキャピレット家」や「決闘」「タイボルトの死」などでは、オーケストラの目のさめるようなものすごいアンサンブルと、アバドの弾けるようなリズムさばきに興奮を覚える。
 一方、恋人たちの場面での明るいロマンティシズム、ジュリエットの葬式~死の場面での荘重で静謐極まりないレクイエムのような透明感、それぞれにアバドの持ち味。>

最後におかれた2曲~悲痛極まりないジュリエットの葬儀、それから、リリシズムをたたえたジュリエットの死をふたたび聴いて、5年目の想い出をここに閉じることといたしましょう。

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波立つ相模湾と、遠く、箱根の山に沈む夕日。

「ジュリエットの死」、美しすぎて泣けてきた。

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2019年1月18日 (金)

スメタナ 交響詩「わが祖国」 ビエロフラーヴェク指揮

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菜の花がもう満開の吾妻山。

1月4日に撮りましたが、現在、「菜の花ウォッチング」開催中。

再三、書いてますが、この町で、のほほんと育ったわたくしは、この山の麓にある小学校と、海沿いにある中学校に通ってました。

二宮金次郎像があって、木造の由緒正しき校舎はいまやありませんが、校庭には大きな楠の木がいまだに立ってます。

折に触れ帰っては、海と山を見て、郷里への想いを強くしてます。

ということで、「わが祖国」を。

Smetana_ma_vlast_belohlavek_1


   スメタナ  交響詩「わが祖国」

     イルジー・ビエロフラーヴェク指揮

        チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

            (2014.5.12 @スメタナホール、プラハ)

これまた何度も書いてるかもしれませんが、けっこう集めちゃう「わが祖国」。
最近でこそ、あまり訪問しなくなったCDショップで、必ずチェックしてみる棚が、「わが祖国」。
同じく、チェック先は、「幻想」に「チャイ5」に、「ディーリアス」を中心に英国もの全般。

「モルダウ」も素晴らしい名品だけれども、やはり連作交響詩としての「わが祖国」を通して聴くことの、音楽体験としての充実ぶりには及ばない。
しかも、レコード時代は2LPだったけど、CDでは、ちょうど1枚に収まる。
「第九」と同じく、CDになってからのメリットを、とても感じるのが「わが祖国」。

それから、自国のアイデンティティを鼓舞し、自国愛を歌うことで、それが等しく世界の共感をえるのが「わが祖国」。

そう、なんだかんだで、「わが祖国」なのであります。

6つの連作交響詩は、5年に渡って作曲され、ボヘミアへの溢れんばかりの思いがつづられ、モティーフも関連付けがなされ、結果として、ひとつの大きな流れをもつ大交響詩となりました。

1.「ヴィシェフラド」 モルダウ川沿いの古城、その城の栄枯盛衰を描く

2.「モルダウ」    スメタナが残した幻想的な注釈を読みながら聴くと
             新たな感動も

3.「シャールカ」   伝説の女傑シャールカが恋人に裏切られ、
           仲間の女戦士とともに、敵の男衆を皆殺ししてしまう
           ・・・怖いよ

4.「ボヘミアの森と草原から」 
           ボヘミアの自然賛歌と、市井の田舎の祝宴の様子
        
5.「ターボル」  キリスト教宗教改革の一派、フス教徒の拠点の街ターボル
        旧弊な教会サイドとの闘いは、チェコ民族の団結を強くした。

6.「ブラニーク」 フス教徒の戦士が眠る山、ブラニーク。
           国家存亡のとき、
           その亡国を思い戦士は蘇えり聖戦へ導くとされる
           ここに至り、戦士の動機と祖国への愛の旋律が合体し、
           高らかな勝利へ♪

過去の伝説と溢れる自然を交響詩に描きだしたスメタナ。
国のあふれる希望と期待を、その音楽に折り込んだ。
しかし、チェコがその後、大国に翻弄され苦難の道を歩んだのは、ドイツ・オーストリアに近いことや、その後すぐに東側に組み込まれたことで、歴史が示すとおりであります。

でも、苦難のときも、ビロード革命の末、民主化されたのちにも、常にチェコにあったのは、このスメタナの「わが祖国」であり、チェコ・フィルハーモニーであり、さらにチェコ出身の指揮者たちであったのです。

ちなみに、歴代のチェコフィルの指揮者たちは、チェコスロヴァキアの政治体制とまったく呼応するように、その進退を繰り返してます。
クーベリックは、戦後、共産体制になったことを受け、西側に亡命。
アンチェルは、68年のプラハの春のチェコ事件で楽旅中にカナダに亡命。
ノイマンは、東ドイツで活躍しつつも、アンチェルの後を受け、プラハの春に故国へ召還。
しかし、東側体制崩壊の1989年のビロード革命では、音楽面で大きな役割を担い、一貫してチェコのために生き抜いた。

以降は、チェコは、開かれた民主主義の国として、中欧の勤勉な国民のもと、穏やかな国として存在してます。
自国出身の指揮者として、1990年に就任したビエロフラーヴェクは、3年で退任し、その後、アルブレヒト、アシュケナージ、マカール、インバルを経て、2012年に、再びチェコフィルに復帰しました。
 その間、ビエロフラーヴェクは、国内ではオペラ、海外では世界中のオーケストラに客演し、なかでもBBCsoの首席指揮者になったことが、そのキャリアの上でも、最高のステップアップになりました。
フレキシビリティの高い優秀なBBC響は、ロンドンのなかでもLSOに次ぐ実力オケだと思ってます。プロムスでも多彩な演目をこなし、ビエロフラーヴェクは、イギリス国民のお祭り的なラストナイトを何年も指揮してました。

今回、取り上げた「わが祖国」は、ビエロフラーヴェクとチェコフィルが2014年のプラハの春音楽祭の恒例オープニングを飾った際の模様で、ゲネプロかなにかからの録音です。
最初の音楽監督就任時の1990年にも「わが祖国」は録音されていて、そちらも端正かつ、正しき演奏なのですが、時を経て、経験も経ての2014年盤は、それ以上に練れて、充実した内容となっておりました。

演奏タイムは、90年も14年も、ともに77分ほどで、ほぼ同じ。
あれこれ細かいことはせずに、王道のストレートな解釈なのですが、後年のものは、ともかく恰幅がよくなった感じで、堂々としているのです。
 この連作は、チェコの自然や生活、遺跡をそのままに歌い上げた1,2,4と、歴史の史実を掘り返してみせたような生々しい3,5,6とで、2種類の性格があるように思います。
それらをともに、きっちりと描きわけている点でも完璧だし、チェコフィルに沁みついた心の歌ともいうような旋律やモティーフが、それぞれに、あるがままに歌われること、同じアイデンティティを持った者同士でないとできない自然さであります。
 ふたつのこの連作作品の性格要素が、最後の「ブラニーク」で感動的に結実し、高らかに歌い上げられるとき、いつも以上に心よりの高揚感に満たされました。
優等生的解釈ながら、その正統ぶりには、誰しも真似できない近づき難いものに思われました。

かえすがえすも、病気とはいえ、ビエロフラーヴェクの早かった死が悔やまれます。
思えば、チェコフィルのチェコ出身指揮者たちは、みんな早世でありました。

ビエロフラーヴェクの後を継いだのは、セミョン・ビシュコフ。
チャイコフスキーの交響曲を順次録音中のようです。

フルシャとネトピル、若い次の世代も着実にきてます。

しかし、中欧・北欧・東欧、ロシアの作曲家たちって、祖国への熱い思いを、思い切りその作品に反映させているし、国民たちもそれを愛し、誇っています。
国民たちは、その思いを、同じく愛国心として吐露しています。
 なんだかうらやましい。
日本では。。。。

Azuma_02

今回、スコアを見ながら聴きましたが、ほんと、よく書けてる。
波乱万丈のスメタナ、失聴していたとは驚きです。

そして、チェコフィルの音は美しい♪

わが故郷から。

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2019年1月12日 (土)

テオ・アダムを偲んで

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バスバリトン歌手のテオ・アダムが亡くなりました。
1926年生まれ、享年92歳、生まれ故郷のドレスデンにて。

またひとり、わたくしのオペラ好き、いや、ワーグナー愛好の気持ちをはぐくんでくれた大歌手が逝ってしまった。

1952年に、マイスタージンガーの親方のひとり、オルテルでバイロイトデビュー以来、1980年のグルネマンツまで、長きにわたりワーグナーの聖地で活躍しました。

初めて買った「リング」のレコードが初出時の、ベーム盤。
1973年の盛夏に発売された、そのLP16枚組は、瞬く間に、少年のわたくしを魅了しました。
そのウォータンが、テオ・アダムで、当時まだ断片的にしか聴いてなかったショルティのホッターよりも早く、ウォータンの全貌をアダムの歌で聴き込み、それが刷り込みとなったのでした。

以来、意識することなく、ドイツ系のオペラや宗教音楽のレコードやCDを買うと、テオ・アダムの名前がそこに必ずと言って入っているのでした。

聴きようによっては、アクの強い声。でもそこには、常に気品と暖かさがあり、その強い声は、まさに神々しいウォータンや、大きな存在としてのザックスや、バッハの一連のカンタータや受難曲などで、まさになくてはならぬ存在でした。

いくつか接したその舞台で、記憶に残るものは、やはり、スウィトナーとベルリン国立歌劇場とのザックスに、ホルライザーとウィーン国立歌劇場とのマルケ王です。

Theo_adam_2

 今夜は、テオ・アダムの音源から、ウォータンとザックス、マルケ王にグルネマンツ。
それから、シュトラウスから、オックス、ラ・ローシュ、モロズス卿を、さらに、ドレスデン製十字架合唱団にルーツを持つことから、クリスマス・オラトリオやマタイ、カンタータなどのバッハ作品をあれこれ聴いてみることといたします。

Adam

テオ・アダムさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。

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2019年1月 1日 (火)

シューベルト 交響曲第5番・第8番「未完成」   アバド指揮

2019

2019年、平成31年の始まりに。

今年は、御代替わりの年で、自分とほぼ同世代の天皇陛下がご即位される。

自分にとっても、こうして年を重ねてきて、感慨深い1年となりそうです。

かつて停止したこともありました。

いまでは自分の音楽の体験録ともいえるようなこのブログですが、14年目となる今年も、ゆっくりとですが、稚拙ながらの言葉を連ねてまいりたいと思います。

今年の1枚目は、まさかの新譜登場、アバドの若き日のシューベルトです。

Schubert_abbado_1

   シューベルト 交響曲第8番「未完成」

            交響曲第5番


   クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

      (1971.5.31 @ムジークフェラインザール、ウィーン)


2018年に、突然登場したアバドの新譜ですが、実はこれ、わたくしはかつての昔に聴いていたのです。

音楽にひたすらのめり込んでいた高校時代。
FM放送の番組表をメインとするFMファンや、週刊FMを購読してましたが、NHKFMの番組表のなかに、アバドとウィーンフィルの「未完成」がプログラムのひとつにのってました。

「あれ? アバドとウィーンには、未完成のレコードはないはず?」
73年か74年だったかと思う。
完全なアバドファンだった自分は、アバドの録音のすべてを把握していたから、その当時、「アバドの未完成」の録音はない、というのが、当たり前の前提でした。

平日の昼時のレコードでのクラシック番組でしたが、運よく、テスト週間で早帰りで、疑心暗鬼で聴くことができました。
しっかり「アバドとウィーンフィルの演奏で」と放送されました。
 でも、当時より、アバドの全てを知っていたつもりのわたくしは、これは間違いだ、ベートーヴェンの8番とデータを取り違えているんだと思いつつ聴き、聴き終え、クリップスとウィーンフィルの演奏であろうということで、納得させた当時の自分でした。

でも、こうして、71年のオーストリア放送協会での録音の復刻を聴いてみると、時代的な裏付けもふまえても、きっとあのNHK放送は、この音源であったろうということを確信したのが、これを聴いた昨秋のことなどでありました。
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そう、ウィーン情緒を感じ取れる、まさにクリップス風の柔らかなシューベルト。

でも、ここにある歌心は、アバドの知的ななかにもあるイタリア心とも裏返しにあり、柔らかな中にも、劇的な局面も聴いてとれます。

「未完成」においては、遠い昔の自らの懐かしの記憶でありますミュンシュとクリップス、その間にあるような演奏だと、このアバド盤を聴いて思ったりもしました。

「第5」は、もう、ウィーンフィルのウィーンフィルである音色が満載。
CDのリブレットに、当時のオーケストラメンバーの一覧が掲載されてますが、をれを見ても懐かしいウィーンフィル。
いまや絶滅危惧種的と化した、オーケストラの個性的な味わいがここにあると聴いてとれました。
グローバル化したオーケストラの世界。
ウィーンフィルも例外でなく、70年代は、まだまだかつてのウィーンの音色を保ってました。
鄙びたオーボエ、柔和なフルート、甘味なクラリネット、もっこりしたファゴット。
ホルンも丸くて耳に美味。
そして琥珀の弦楽器は、ムジークフェラインの響きそのもの。
そして、歌、また歌のアバドの指揮。
あぁ、なんて美しいんだろう。

正月1日の朝から、耳のご馳走をたらふくいただきました。

もう帰ってこない組み合わせのシューベルトでした。
Ginza_01

本年もよろしくお願いいたします。

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